No.675105

機動戦士ガンダムSEEDDESTINY 運命を切り開く赤と菫の瞳

PHASE14ローエングリンを討て

2014-03-31 13:42:25 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2085   閲覧ユーザー数:2018

行く手には衝立のように、ごつごつとした岩山が連なり、吹き溜まりのような砂地がその間を埋める。からからに干上がって緑のかけらもない風景の中を、地上艦レセップス艦『デズモンド』と中型地上艦ピートリー艦『バグリイ』が先行する。ミネルバはその後尾を超低高度を維持しながら飛行していた。

あれから程なくして、ラドル指令とタリアたちは作戦を詰め、マハルーム基地を発った。問題のガルナハンはすぐ先だ。

 

「けど、現地協力って……つまり、レジスタンス?」

 

シンはブリーフィングルームに向かいながら、思わずルナマリアに尋ねた。

今回の作戦には地球連合軍の占領下に置かれたガルナハンの住民が、この作戦に寄与する役割をシンはあらかじめ聞かされていたのだ。

 

「まあ、そういうことじゃない?大分酷い状況らしいからね、ガルナハンの町は」

 

ルナマリアが眉を顰めながら答える。

シンにはなんだな現実感のない話に思えた。レジスタンスと協力して敵を討つなんて、映画か何かの中みたいだ。

ブリーフィングルームに入ると、マハルームからのパイロットたちに並んで着席する。しばらくすると、アーサーとイチカにハゲランが入室してきた。パイロットは一斉に起立し、シンも立って敬礼する。と、アーサーとハゲランの間に、小さくて最初は気付かなかったが、民間人の少女がいるのに気付いた。年齢は十三、四歳程度。マユより少し年上くらいだろう。隣にいたショーンが呟く。

 

「……子供?」

 

茶色のパサパサした髪を後ろでくくり、砂にすり切れたような服を身に付けた少女は、ショーンの言葉を聞いたのか、むっと口をひん曲げる。きりりとした眉の、気が強そうな娘だ。

 

「着席」

 

アーサーが声をかけ、シンたちは座った。少女はまだハゲランの横に立ったままだ。

この娘は何なんだろう……。シンは不審に思ったが、アーサーの話が始まったのでそちらに目をやる。

 

「ではこれより、ラドル隊と合同で行う『ガルナハン・ローエングリンゲート突破作戦』の詳細を説明する」

 

ローエングリンとは、地球連合軍が扱う陽電子砲の名称だ。丁度ミネルバのタンホイザーと同じ原理の兵器である。

 

「だが知っての通り、この目標は難敵である。以前にもラドル隊が突破を試みたが、あー……結果は失敗に終わっている」

 

アーサーは少し気がさしたように言いよどんだあと、続ける。

 

「そこで今回は……」

 

だがそこで彼は言葉を切り、くるりとイチカに顔を向ける。

 

「イチカ、代わろう。どうぞ、あとは君から」

 

「はい」

 

戸惑う素振りを全く見せず、イチカは自分のチェックボードを取り上げる。部屋が暗くなり、モニターに俯瞰図が投影される。

 

「『ガルナハン・ローエングリンゲート』と呼ばれる渓谷の状況だ。この断崖の向こうに町があり、そのさらに奥に火力プラントがある」

 

細長く曲がりくねった渓谷の奥をポイントしながら、イチカは説明する。

 

「こちら側からこの町へアプローチ可能なラインはここのみ」

 

ポインターが一本しかない渓谷を示し、次に、町の手前に一際高く聳える岩山の上を指す。

 

「が、敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、渓谷全体をカバーしていて、どこを行こうが敵射程内に入り、隠れられる場所は無い」

 

淀みないイチカの説明を聞きながら、アーサーが関心したように頷いている。シンは始め、副長は何故作戦説明をしないのかと思っていたのだが、彼はイチカに花を持たせて、所謂『度量の広いところを見せた』のだろう。

 

「長距離射撃で敵砲台、もしくはその下の壁面を狙おうとしても、ここにはモビルスーツの他にも陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーが配備されており、有効打撃は望めない」

 

モニターの俯瞰図が途端に二機のモビルアーマーの画像に移し替えられる。

一つはオーブ沖で遭遇したヤシガニのような機体。

そしてもう一つは異様な巨体をしていた。ずんぐりとしたグレイの胴部と両側から突き出した六本の脚部、一対の翅のようなスラスターを備えた機体は、昆虫の形状を思わせる。そして本体上部に人型モビルスーツの上半身が生えている様が、さらにその異様さを強調していた。

 

「そこで今回の作戦だが……コニールさん」

 

イチカが涼しい顔で言い、照明をつけながら、横で待っていた少女に向き直る。

 

「あっ、はい」

 

物珍しそうにブリーフィングルームを見渡していた少女は、我に返ったようにイチカを見上げた。イチカは丁重な調子で彼女に話し掛ける。

 

「彼が、その(・・)パイロットだ。データを渡してやってくれ」

 

「えっ、あの人が?」

 

「そうだ」

 

シンは内心驚いていた。もしかしたらと思ってはいたが、するとこのコニールと呼ばれた少女が『現地協力員』だというのだろうか?レジスタンスと聞いてシンが思い浮かべたものと、この少女はあまりにかけ離れていた。

コニールが不満げにじろじろとシンを眺める。シンは不審に思いながら尋ねる。

 

「……何だよ?」

 

少女は彼など相手にする気もならないというように、イチカに向き直った。

 

「この作戦が成功するかどうかは、そのパイロットにかかってるんだろ?なら隊長のあんたたちのどっちかがやった方がいいんじゃないのか?」

 

コニールが真剣な表情で訴えている。

 

「失敗したら町の皆だって、今度こそマジ終わりなんだから!」

 

「それは百も承知だ。だからコニールさん、ちょっと落ち着いて……」

 

イチカに詰め寄るコニールを宥めていると、そこへ副長ののどかな声が割り込む。

 

「あーなるほどー、イチカとアスランかぁ」

 

それまで黙っていたアーサーが、しきりに頭を捻っている。

 

「いや、それは考えてなかったなあ……あ、でも」

 

本人は真剣なのだろうが、話をよけいにややこしくしようとしているとしか思えないアーサーを、シンは思わず注意したくなった。イチカも、がっくりして言う。

 

「…………副長までやめてください」

 

「え?でも……」

 

「部屋のエロゲ、纏めてぶっ壊されてもいいんですか?」

 

ニコッ★と影を指したような満面の黒い笑みを浮かべたイチカがどこから取り出したのか、鉄製のハンマーを取り出して軽く手に振り下ろした。

 

「フォンドゥヴァオゥ!?」

 

「━━と、こんな馬鹿な話は置いといて……」

 

意気消沈しかけているアーサーを無視すると、表情を和らげてコニールに話し掛ける。

 

「彼ならやれますよ。大丈夫です。なんたって、ミネルバのエースですから」

 

性格に少し難があるけどね。と隣でルナマリアが囁いていた気がするが、子供っぽいのは自覚している為に反論できなかった。

 

「だから、データを」

 

コニールは黙ってデータディスクを出し、イチカがそれを受け取ろうとした。だが、しばらく少女はディスクを掴んだ指先に力を入れて離そうとしない。そうする間も彼女は迷っているのだ。ここにいるのが、ディスクを託すべき相手なのかどうか。その仕草を見て初めてシンは、彼女の必死の思いがそのディスクに詰まっているのだと思い知った。

やがてコニールはディスクをようやく話した。イチカが彼女をたたえるように、小さな肩をポンと置いた後、シンに歩み寄る。

 

「シン」

 

シンの目の前に、ディスクを差し出すイチカの手があった。シンはそれを素直に受け取る。

ただのディスク。その筈なのに、何故だかそこにはあるはずのない重みがあった。このディスクには、彼女を含む町の人たちの想いが詰め込まれているのだ。シンはディスクを持ったまま、コニールに視線を合わせる。

 

「ありがとう」

 

コニールとその側にいたハゲランは驚いたようにシンを見上げた。そんなに可笑しな事を言っただろうか?協力してくれた事に感謝する事の、何が悪いのだろうか。

 

「必ず、救ってみせるから。もうこれ以上、連合の好きにはさせない」

 

シンはインド洋の時のような行いを他の地域でもしている連合に怒りを持っていた。戦争で両親を奪われたシンからすれば、自分たちの都合で関係のない人々を戦争に巻き込んでいるようなものだからだ。

 

『間もなくポイントB。作戦開始地点です。各科員はスタンバイしてください。トライン副長はブリッジへ』

 

その直後、艦内にアナウンスが流れた。

 

「おおっとぉ」

 

アーサーがあたふたと立ち上がり、その弾みで書類を取り落とす。慌てて床に散らばった紙をかき集めた後、泡を食って部屋を飛び出していった。

いよいよローエングリンゲート攻略戦が始まるのだ。他の艦のパイロットたちも持ち場に帰っていく。慌ただしい中、シンはふと視線に気付いた。コニールが険しい表情で彼を睨みつけていた。

 

「……どうした?」

 

シンが促すと、少女は躊躇いながら口を開く。

 

「前に……ザフトが砲台を攻めた後……町は大変だったんだ。それと同時に、町でも抵抗運動が起きたから……」

 

シンはハッとして、思い詰めた表情で語るコニールを見つめる。

 

「地球軍に逆らった人たちは、めちゃくちゃ酷い目に遭わされた!殺された人だってたくさんいる!今度だって、失敗すればどんな事になるかわからない……」

 

彼女は目を上げ、縋るようにシンたちを見て叫んだ。

 

「だからっ、絶対やっつけて欲しいんだ!あの砲台!今度こそ!」

 

その目に涙が光っている。シンは胸が締め付けられるような思いで彼女の叫びを聞いた。

 

「だからっ……頼んだぞっ!」

 

両手を堅く握り締め、黙り込んだコニールの背に、そっとイチカが手を置いた。シンは痛々しい思いで、小さな肩が震えるのを見た。

こんな子供なのに。見つかったらただではすまないだろうに、たった一人で、彼女はやってきた。町を救うという大任を背負って。

シンは握り締めたディスクの重さをさっきよりもよりひしひしと強く感じていた。この重みは、コニールの、町の人たち全ての思いだ。彼の胸が熱くなる。

居ても立っても居られなくなったシンはコニールの背中に向けて、高らかに叫んだ。

 

「━━ああ、任せろ。必ずぶっ壊してやる!必ずだ!」

「作戦開始」の打電がラドル司令官のいるデズモンドから発信された。それを受けて、各艦からモビルスーツが次々と飛び立っていく。

ミネルバでもモビルスーツの発信シークエンスが進んでいた。

 

「ブリッジ遮蔽。対モビルスーツ戦闘用意」

 

タリアは操舵士のマリクに向かって命じる。

 

「インパルス発進後、デズモンド、バグリイの前に出る」

 

ローエングリンに匹敵する火力を持つのはミネルバだけだ。だがその火力さえも、今回の戦闘では役に立たない可能性が高い。タリアは発進シークエンスを読み上げるメイリンをちらりと見やる。

 

「ハッチ開放。射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常……」

 

現在、発進しようとしているインパルスこそが、この作戦の最も重要な要素を占めている。メイリンが告げる。

 

「進路クリア。コアスプレンダー、どうぞ」

 

『シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!』

 

気合いのこもったシンの声が応じ、白い戦闘機がカタパルトから射出された。続いてチェストフライヤー、レッグフライヤーが飛び出していく。

タリアは内心の不安を押し殺しながら、それらの気鋭を見送る。

始め、イチカに作戦を聞かされたときは、シンが適任かどうか、彼女は迷いを覚えた。

彼女はもちろん、オーブ沖での戦いを経て、シンの力量は認めている。だが、今回彼に要求されるのは完璧なまでに精密な操縦技術、また、タイミングとチームプレイだ。それらはどれも、現在のシンには欠けているものに思えた。

だがイチカは彼女に保証した。シンになら出来る、と。

どの道、この役目はインパルスでなければ(・・・・・・・・・・)無理なのだ。

 

 

 

発進したシンはいつものように合体シークエンスへ移行することなく、ミネルバやデズモンドの進行方向とは針路を転じた。チェストフライヤー、レッグフライヤーはコアスプレンダーから発信されるビーコンに従って、正確に軌道を辿って付いてくる。これからしばらくは、これらのパーツだけをお供に単独行動となる。

シンは手元のモニターに映し出された地形図に時折目をやりつつ、両側に迫る岩山を縫うように飛ぶ。やがてその目に、岩壁に細長い裂け目が飛び込んできた。

 

「あれか……」

 

それは注意しなければ見過ごしてしまいそうな、ごく狭い穴だった。ずっと昔に遺棄された坑道の入り口だ。地元の者たちでさえ殆ど知らない場所だとコニールは言っていた。つまり、連合はこの坑道の存在さえ知らないという事だ。

 

(今後の自分の行動いかんで、作戦の正否が決まるんだ)

 

自分の肩に掛かる重圧をひしひしと感じながら、シンは操縦桿を握り直す。

彼の操るコアスプレンダーは、躊躇する事なく、岩の裂け目に飛び込んだ。

「イチカ・オリムラ、ゲルググ出る!」

 

イチカは管制に告げ、ブラスターウィザードを装備したゲルググを発進させた。続いてミネルバからルナマリア、レイ、アリサ、デイルのザクとマユのガイア、ハゲランのセイバー、ショーンのバビが射出され、ローエングリンゲートを臨む岩山に降り立つ。

デズモンド、バグリイからも次々とバクゥやガズウート、ジンオーカーが吐き出され、艦の前面に展開していく。ミネルバはモビルスーツを射出したのち、上昇して前に出た。

基地から出撃してきたダガーLが上空を覆っている。ミネルバの機首が開き、巨大な砲口が覗いた。陽電子で一気に、密集する敵モビルスーツ隊を薙ぎ払おうという構えだ。

イチカはゲルググを岩影に着地させ、斜線に巻き込まれないようにする。

ミネルバの発射態勢に気付いたのだろう。その時ダガーL隊の前面に異様な機体が躍り出た。ずんぐりした胴体からダガーの上半身が突き出した、巨大なモビルアーマーだ。

 

(よし!引っ掛かった!)

 

イチカは心中で大きく頷く。モビルスーツ隊を掃討すると見せ掛けつつ、ミネルバが真に意図したのは、噂のモビルアーマーを最前線に誘い出すことだった。

タンホイザーが臨界し、やがて、白い先攻が視界に溢れた。モニターが光度を自動調整してもなお白く輝く画面の中で、太い光条はモビルアーマーの巨体を包み込み、完全に消し去ったかに見えた。陽電子が射線にある全ての物質と対消滅を起こし、凄まじい爆発を起こす。ミネルバの巨体さえ、叩きつけられた爆風にあおられ、木の葉のように揺れる。イチカは突如起こった人工の砂嵐に吹き飛ばされないよう、機体を低くして岩に身を寄せた。地上でまともに陽電子砲が発射されるところを見るのは初めての経験だが、思った以上の凄まじさだ。

ほどなくして、視界を覆っていた砂嵐が晴れる。グレイのモビルアーマーが、その直前と同じように無傷で滞空しているのを見たイチカは、既にその性能を知っていたにも関わらず、愕然とした。

こんなバケモノを、シンはどうやって倒したんだ?

一瞬の自失の後、イチカはすぐに気持ちを切り替えた。

 

「行くぞ!敵モビルスーツ隊もできるだけ引き離すんだ!」

 

通信機からパイロットたちの『了解』の声が返ってくる。前進するモビルスーツ隊の周囲に、ダガーL隊がばらまいたミサイルが着弾し、炸裂する。イチカは着弾を避けると、同時に撃ち出された十数発のミサイルに向けて胸部の左右開閉式装甲カバー下に隠された4門のビームガトリング砲で次々と殲滅させていった。

その時、敵モビルスーツ隊が一斉に左右に分かれた。イチカはハッと息をのんで、岩山の上に見える砲台に目を向ける。陽電子砲は真っ直ぐに、上空のミネルバを狙っている。これがこの作戦で最悪のリスクだ。敵も陽電子砲を撃ってくる事、そしてこちらにはそれから守る楯がない事。

ローエングリンが臨界し、白い光を迸らせる。

 

(避けてくれ!)

 

イチカは思わず祈った。ミネルバは失速したかと思うほど急激に下降し、白い光条は爆発を引き起こしながらブリッジの上を抜ける。その船体は腹で砂地を掠めながら、なんとか艦首を引き上げて再浮上する。イチカは痛いほど強ばっていた肩から、ほっと力を抜く。

見ると、あのモビルアーマーが後退しようとしていた。イチカはダガーLの砲撃をシールドライフルで受け止め、お返しにと両肩アーマーと両脚ランチャーポッドのホーミングミサイルを放ちながら叫ぶ。

 

「あいつが下がる!……皆!」

 

ルナマリアのガナーザクウォーリアがオルトロスを腰だめに構えて放つ。二機のダガーLがその光条に巻き込まれて宙で爆発した。レイのザクファントムショーンのとバビはそれぞれミサイルポッドを開き、敵のミサイルを薙ぎ払う。イチカはマユを連れてモビルアーマーを追う。間に飛び出したダガーLをかわしざま、抜く手も見せずにシールドライフルからビームサーベルを展開するとフライトユニットを斬り裂いた。彼はレイのモビルアーマーを、そして、その向こうでチャージ中の砲台を見やる。

一発目はかわした。だが、次はどうなるかわからない。

イチカは焦りを覚えながら考えた。

━━シンはまだか……!?

一方その頃、シンは一条の光もない暗闇の中をコアスプレンダーで進んでいた。遺棄された坑道の中は差し込む明かりもなく、コアスプレンダーが通り抜けるのもやっとという狭さだったのだ。

出撃前に、イチカが「お前にしか出来ないことだ」と言っていたが、なるほど。確かにこの狭さでは人型のモビルスーツは勿論のこと、ハゲランのセイバーやショーンのバビでも無理だっただろう。

彼は手元のモニターに表示される3D画像に目を落とす。これがコニールの渡したデータの中身だ。遠い昔に忘れ去られた坑道。しかしそれは岩山の中を貫いて延び、地球連合軍の砲台の下に直接繋がっているのだという。先述したようにこの狭い道をモビルスーツが通れるはずもない、だが、合体する前のインパルスなら……。

だからイチカは、シンにこの任務を任せたのだ。

翼端が岩壁を擦り、シンは慌てて操縦桿を抑え込んだ。

イチカやミネルバら本隊がモビルアーマーやモビルスーツ隊を引き付け、前面に誘い出す。そして、敵砲台の直下にシンが飛び出し、一気に砲台を陥とす。それがイチカの作戦だった。

話を聞いたときは理路整然として、確実な作戦だとシンにも思えた。だが……

 

「くっ、マジでデータだけが頼りかよ……」

 

岩の間から染み出した水が、滝になって流れ落ちる中を突き抜けながら、シンはひたすらイチカを恨んだ。

頭の回転が凄まじい彼は、昔から地形を利用した奇策を得意としていた。特にオーブの山は彼にとっては庭のようなもので、自分やマユを虐めにきた子供たちをハチの巣のあるポイントまで誘導したところを怒らせたハチで追い払ったり、アニメに出てくるような深い落とし穴を作ったりととにかく色んな意味で厄介者だった。そんな楽しい記憶も、今では遠い過去のことだが……そして今、その思い出の国は今もなおシンを裏切り続けている。

データの入ったナビゲーションシステムが、突然電子音を発し始める。道筋に集中していたシンは、その音で我に返った。

 

「ゴール……ここか?」

 

出口までの距離が五〇〇を切っていた。坑道の出口は、岩が崩れ落ちて塞いでいる。シンは暗闇の先にロックオンし、ミサイルを放つ。

 

「行けよーっ!」

 

シンの叫びにせき立てられるように、ミサイルが闇を貫き、そして爆発した。瞬間、光がなだれ込む。コアスプレンダーが爆破された岩の空隙を突き抜け、光の中へ飛び出す。

そこはまさに、砲台の真下だった。

急上昇するコアスプレンダーのあとからチェストフライヤー、レッグフライヤーが飛び出してくる。シンは素早く合体シークエンスを進めた。コアブロックが二つのパーツ挟み込まれ、手足、頭部が展開して、鮮やかな青、赤、白のモビルスーツがその場に出現する。

シンの眼下には巨大な砲台があった。

あれがローエングリン……あの砲台さえ潰せば!

舞い降りるインパルスに向けて、ローエングリンを取り囲む対空防御用の砲座が無数の弾を撃ち込む。シンはビームライフルでそれらの砲座を次々と潰し、また防御のダガーLを狙う。

砲台のある崖下に、特異な形状のモビルアーマーが見えた。例のリフレクターを装備したモビルアーマーだ。シンはその機体に気付くのが遅れ、その間にモビルアーマー上半身のダガーが両手のライフルでこちらを狙っていた。ひやりとした一瞬ののち、降りかかる上空からのビームがモビルアーマーの狙いを妨げる。モビルアーマー形態に移行したガイアが、その名の通り大地を駆ける漆黒の獣のようにモビルアーマーに襲いかかった。二本の光刃が鋭い弧を描き、次の瞬間、ビームライフルをグリップしたままダガーの両腕が宙を舞う。

 

『お兄ちゃん!』

 

マユの警告が耳を打つ。シンがハッとして見上げると、ローエングリンの砲台がゆっくりと基部の下に沈みかけていた。インパルスの奇襲に気付いた敵が、砲台を収容しようとしているのだ。

 

「くっそぉぉぉっ!」

 

シンは前に立ちはだかろうとするダガーLを撃ち倒しながら砲台に向かって走る。連射しすぎたライフルのチャージを待たずに投げ捨て、なおも進路を阻もうとする敵モビルスーツに来たいごとぶつかっていく。インパルスの腰から巨大なアサルトナイフが飛び出す。シンはそれを掴むが早いかダガーLのコクピットに突き立てた。焦る視線の先では砲台が完全に基部へ収容され、その上のシャッターが閉まりつつある。

 

(間に合わない!)

 

シンは咄嗟に、たった今ナイフを突き刺したダガーLを持ち上げた。インパルスのエンジンが急激な負荷に唸るが構わず、シンは声を上げながら、シャッターの隙間目掛けてダガーLを投げつけた。駄目押しとばかりに胸の機関砲でその機体を撃ちまくる。息を詰めて見守る目の前で、蜂の巣にされたダガーLが、閉じかけていたシャッターの隙間に飛び込んだ。シャッターが閉まった直後、くぐもった音が中で響き、次いで内からの爆発がその表面を押し上げる。ダガーLの爆発によって、陽電子砲が誘爆を起こしたのだ。

シャッターが紙のように引きちぎれ、凄まじい炎が砲台のあった場所から噴き出す。その時にはシンはインパルスを操り、崖下へ飛び降りていた。誘爆の勢いはそれだけでは収まらず、基地の中を駆け巡ってあらゆる開口部から噴き出した。

時を同じくして、崖下の戦いも終わりを迎えていた。ゲルググのシールドライフルから放たれたビームで足元のバランスを崩したモビルアーマーにガイアのヴァジュラ・ビームサーベルがリフレクターを展開する余裕もなく斬られ、その巨体は崩れ落ちるとすぐに爆発を引き起こした。

並んで立ったインパルスとガイア、ゲルググを、燃え盛る炎が朱に照らした。

【オマケ】

 

イチカ「ところでアスラン。今日は何かあったのか?ブリーフィングルームの待ち合わせ時間にちょっと遅かったけど」

 

ハゲラン「あ、ああ……気にしないでくれ。ただの寝坊だ」

 

イチカ「そうか。でも次から気をつけろよ?今の皆の評価、かなり酷いからな。ルナなんて滑り墜とせないか、なんて言われるくらいなんだぞ?」

 

ハゲラン「ああ、すまない。とりあえず次の基地でマユに謝るよ」

 

イチカ「頼むよ」

 

ハゲラン(……言えない。朝起きたら額に凸、ハゲ、カツラ、ヅラなんて字が書かれてた上に育毛剤がダンボール五箱分墨汁にすり替えられていて困惑していただなんて……)

 

一方その頃、ブリーフィングルーム。

 

レイ「…………ふっ」


 
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