No.671699

返すものは利子の付かないうちに

理緒さん

ホワイトデー企画でトカゲから企鵝さんにお返しします。
トカゲの人への当たり方はいつわりびとかそうでないかで結構変わってきますね。
登場するいつわりびと:トカゲ 企鵝

2014-03-17 23:12:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:383   閲覧ユーザー数:369

直接渡すのは気恥ずかしいのだから、仕方無いではないですか。

言い訳めいた言葉を胸中に、白い単衣に藍の袴、薄物をはおって向かうはとある部屋。

バレンタインのお返しをするというこのホワイトデーと言う催し物。今回は店主の趣向で茶屋の二階だけでなく厨房や東屋などが解放されていた。

 

「どちらにいらっしゃるんでしょう……」

 

 小さな箱を持った手に重ねるようにして手を組み、寄った眉根で辺りを見回す。まぁ、これだけ人が多ければ一人の居場所が分からないのも仕方のない事。一つ、ため息をついた。

すれ違うここのつ者、いつわりびとに挨拶をかわし、いつもの茶屋の二階の部屋のふすまに手をかけた。

 その背中に声がかかる。

 

「誰か探しているんですか?」

 

「……企鵝さん」

 

あぁ、見つけてしまった。これでは直接渡すしかないじゃないか。自分を見るなり驚いたような妙な表情をしたのが気になるのか、企鵝も怪訝な表情になる。

 

「いえ、何でもないんです、すみません、道をふさいでしまって」

 

 手を企鵝から見えない位置に下して横にずれて道を譲るが、企鵝は気付いたようだ。武道派の印象が強いが、彼も決して愚鈍な訳ではない。

 

「あぁ、もしかして私に用でしたか?」

 

一歩、足を進めて両者の間にわずかにあった距離を詰め、隠し持つようにしていた小箱を手首ごと捕まえる。逆にこちらは武道派でない上に体格差もかなりある。箱にくっつけておいた紙片も見えているだろうから、直接渡さずに済ませると言う方法は出来ないようだ。

企鵝は腕を掴んだまま紙片の表に書かれた宛名を眼で追い、得心がいったように軽くうなづいた。

 

「……そうでしたね、今日は先日のバレンタインデーのお返しをする日でしたか。それにしても律義ですね、トカゲ」

 

 ……以前ここのつ者とかちあった時と言い、正体がばれるときは手を掴まれるという決まりでもあるのだろうか。

 ため息と一緒に演技を一部やめる。純粋無垢そうな表情って案外疲れるのだ。

 

「今後の参考に聞かせて下さい、…どこで気付きましたか?」

 

 これでもあの巫女は何度か催し物で見かけているから、細かな癖はともかく声音や仕草は写し取れているつもりだった。

 

「だって、さっき涼さんとは厨房で話していましたし」

 

「そっからですの!?」

 

 涼の変装をしたまま、トカゲは驚愕の声をあげる。驚いても声音は変えたままなのは流石というか。

 

「……私、企鵝より運が悪いつもりはなかったんですけど」

 

「ご愁傷様です。それにしても、お返しなら普通に渡せばいいと思うんですが、なんでわざわざここのつ者の。それも涼さんに変装しているんですか?」

 

理由によっては三枚に下ろさないといけませんね……と、冗談なのか良く分からない口調で言う。八割方冗談だと分かっているから、こちらもわざとらしく怖がって見せるだけだ。

 

「俺っちの柄じゃありませんもん。かといって借りを作るのは嫌なんです。だって、利子が付いたら面倒じゃないですか」

 

律義なのか何なのか。捕まえたままの手首には一月前に企鵝が贈ったアレキサンドライトの飾りが巻かれていた。

 企鵝~、腕痛くなってきたから離してくださいませんか?と言うトカゲを無視して、企鵝は開いた手で包みにあった紙片の中を読む。

 

「……顔を合わせて渡すのが嫌だと言っていたのに、言伝は残しておくんですね」

 

「私がちゃんと返したと分からせないと借りをかえしたことにならないじゃないですか!あと目の前で読むなバカ!」

 

「涼さんの格好をしてるならちゃんとそれらしい口調にしてください」

 

「企鵝さん、大好きです、お慕いしております」

 

「わかりました、後で綺麗に三枚に下ろしましょう。安心してください、慣れてますから」

 

「うん、すみません、おいらが悪かったです」

 

いったい何に慣れているというのか。聞くまでもないか。一応こいつもいつわりびとなのだ。自分と同じ。

ふと、だれかの足音を耳が捉えた。ここのつ者か、同業者か。

自分の性質性格のせいで自分に対して好印象持っているものは少ないし、そのようにふるまってしまう性分は変えるつもりもない。面倒事になる前に、嫌われ者のトカゲは退散するとしようか。

クルリと手首をひねり、いつの間にか力の緩んでいた企鵝の手を外す。涼を模した面と着物を脱ぎ去っていつもの紫の着物姿になる。

 

「じゃ、俺っちはかーえろ。」

 

「おや、部屋には入っていかないんですね」

 

意外そうに言う企鵝を見上げ、トカゲはにやりと笑って懐から取り出した巾着を見せる。

 

「菓子ならもう巾着にいただいてるんでね。どこか静かな所でも見つけてのんびりしようかなって」

 

目星はもう付けてある。茶屋の地下の方におかしな通路を見つけたのだ。潮の香りがしたから海にでも続いているのかもしれない。そこなら菓子をちょろまかした事をとがめられることもなく過ごせるだろう。

 

「そうですか。では、また」

 

「おう、また今度ですわ~」

 

素の状態で次の約束をする事は少ない。貴重だと感じる半面、あまり人らしい情を持つことに対する拒否感も少なからずある。自分はいつわりびとだ。

まぁ、仕事とそれ以外で割り切れている今のうちだけ、と言うことにしておこう。

 楽しいと感じるのもまた自分なのだから。

 

 


 
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