No.660345

花菖蒲(戦国BSR佐←弁)

自サイトの拍手駄文を入れ替えたので、投下。
花言葉を、最後の台詞にしております。

2014-02-03 23:39:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:780   閲覧ユーザー数:780

 数えて7歳となった弁丸の、夕餉を取る室の床の間に、花菖蒲が生けられていた。普段はどんな花が飾られていようと興味を示さない佐助だが、今回は花に心当たりがある故に気になった。

 

「あの花、生けてもらったんですね」

 

 佐助は食後のお茶を弁丸に渡しながら、花のことに触れた。弁丸はお茶を受け取り、佐助の目線の先にある花に気付くや「ああ」と頷く。

 

「なんとかならぬかとわたしたら、ああなったのだ」

 

 それは、弁丸が穂先を綿と布で包んだ棒を使って槍の稽古をしていた時だ。

 

ー若様、そろそろご休憩ですよっと。

 

 ひらりと音もなく降りてきた佐助と、丁度、横凪に払いきった棒の風圧によって、花菖蒲が数本折れたのが重なった。花菖蒲の花弁が舞い、重力のままに地面に落ちるのを、弁丸は時が止まったように眺めた。

その花を持って城に帰り、最初に出会った家臣に渡したのだ。

 

ー弁のせいでおれてしまったから、なんとかしてほしい。

 

 所用でその場にいなかった佐助は、容易に家臣の様子が想像できた。武芸以外の手習い、特に華道や茶道を苦手とする弁丸を知るゆえに、花を気遣う姿だけでも十分驚くべきことになる。

 

「はは、若様が花に興味を持たれたのを、喜んだんじゃないんですか」

 

「そういういみで、わたしたのではないぞ」

 

 当たっていたのを象徴するような弁丸の複雑な表情に、今度はわざとらしくため息をつく。

 

「そうだったら良かったんですがねえ。じゃ、なんでです?」

 

 世話役でもない佐助にとって弁丸が花に興味を持とうが持つまいが、それこそ興味が無い。とはいえ武将として将来に必要なことは、身につけて欲しいと思っている。

 

 だから内心では、弁丸のこの行動を気にはしていた。

 

 そんな家臣や佐助の心配を知らぬ未来の城主は、「その花菖蒲だけを気にかけたのはなぜか」という佐助の問いに首を傾げる。

 

「わからぬ」

 

「あらそう」

 

 弁丸が嘘を言っていないと分かるから、あっさり引いた。

 

「じゃ、生けられているのを見た感想は?」

 

 きっかけが何であれ、そこから発展すればと思ったが、弁丸は首を傾げるばかり。

 

 人の手で形を決められた姿より、生えるままの姿が一番とは思うものの、折れた理由が己だからどうしようもない。

 

「むー、やはりよくわからぬ」

 

 単純に生け花としての感想となれば、一層そう言うしかなく、困った心境をお茶で飲み下す。

 

 小さな主が分からないとした物に言葉は出せないから、佐助はこの話をここで止めた。

 

「いつか分かれば良いんじゃないんですか」とだけ、のんきな声で言った。

 

 その夜のこと。

 

 いつもなら穏やかな寝息が聞こえる弁丸の閨は今、うめき声が覆っていた。

 

「……っ、ぐ、う……」

 

 敷布の上で弁丸は苦しげに喉を抑え、体を丸める。熱い、あつい、焼けるように熱く、痛かった。

 

 いったいどうしたのだろうと、何かにすがるように顔を上げれば、真っ暗な閨に一層深い闇があった。

 

 姿よりも先に、気配で察する。

 

「さす……け?」

 

 闇に居たのは佐助だった。この忍びは、主がうめき声を最初に漏らした時にはすでに、天井から畳へと降りていた。今は畳の上に正座をして、無言で弁丸を凝視している。

 

 どうして声をかけてくれないのかと、不安な眼差しを向ける。傍に来て助けて欲しい、この苦しさを解放して欲しい。けれど主の異常な状態だというのに、佐助は微動にしない。

 

 声をかけようとして、むせる咳でも喉が痛い。

 

 もう一度佐助を見たのが合図だったようで、ようやく佐助の口が開いた。

 

「草の毒だよ」

 

 心配する様子など欠片も無い抑揚の無い声に、弁丸は訝しい表情を浮かべる。佐助は気にせずに言葉を続けた。

 

「どれに入っていたか分かる?」

 

 何を言われているのか分からなかったが、だんだんと夕餉に毒が仕込まれているのだと主が悟るや、忍びは己が出した問いに回答する。

 

「汁物だよ。ちゃんと鼻で嗅ぎ分けて、舌で気付かずに完食するから、こうなるんだ。取り返しの付かない毒だったらどうする?いつか分かるようじゃ遅いんだよ」

 

 そして再び、佐助は闇と同化する。

 

「さす、け……っ、う……」

 

 咄嗟に名を呼んで、ゲホゲホとむせる。佐助は何も言わない。どれだけ辛そうな姿でも主の傍には付かず、観察するように眺めるだけ。

 

 不思議なことに、佐助が何もしないことで、弁丸は心が平定されていった。

 

 弁丸には佐助の全てにおいて、疑う物など存在しない。余地すら無いのだから、自ずと弁丸は、これは己が受けねばならない試練であると悟る。

 

 滅多に両膝をつけることをしない忍びが、正座をしている。両手は膝の上に置かれ、何もする様子はない。そうして弁丸の一挙手一投足をつぶさに見る姿に、佐助もまた試練を受けているのだと感じた。

 

 これは真田忍び隊の長と、弁丸の父である真田昌幸からの命を受けて、佐助が行ったもの。弁丸が毒に耐性と警戒を持つようにとする為に、佐助自ら毒を調合し、伝えた通り汁物に盛った。

 

 手を出さないのは、己が調合した毒がどんな結果をもたらすのかを見るため。当然中和剤は懐に忍ばせてあるが、あくまでそれは死線が見えた時だけ。

 

 佐助は主の苦しみを見ているしか出来ない。それが仕事だからだ。

 

 事前に知らせていないから、裏切りと誤解をされても仕方がない。理不尽な痛みから恨まれても仕方がない。

 

 全てを闇に隠し、主を傷つける夜が過ぎるのを待つ。

 

 やがて、夜目の効かない弁丸でも、佐助が座っている場所が床の間の前だと気付く。既に忍びとして才能を発揮しているとはいえ、まだ体の出来上がっていない佐助の半身越しにあるのは、閨へと運ばれた花菖蒲の生け花。

 

 夕餉の際は、どうしてこの花菖蒲を拾ったのか分からないと答えた。その意味を、今も分からない。

 

 弁丸の脳裏に残っているのは、風圧で折れて舞う花菖蒲の花弁と、木から降り立つ佐助。ただ、それだけ。ただそれだけで、弁丸は無意識に、花菖蒲に意味を作った。

 

「……だいじょうぶ、だ……」

 

 弁丸は必死に声を紡ぐ。喉を焼く熱が下がる気配はまだ訪れない。けれどこの痛みは、別な形で佐助も負っているのだ。

 

「さすけ、は……あんずるな」

 

 痛くない素振りなど出来ないけれど、ゴホゴホと何度咳こんでも、主として言わなければならない。

 

 背中を丸めて耐える姿に、佐助は無言で、膝に置いた手に力を込める。

 

 どうしてこの主は、痛みを与えた相手を心配するんだろう。花を拾う意味を、愛で方が分からないと言った童が、確固たる意志で語ろうとしている。

 

 思わず声をかけてやりたくて口を開いたが、すぐに噤んだ。闇が何を出来るというのか。何もしてやれないもどかしさを抱える己の忍びに、弁丸はほんの微かながら、自然と笑みがこぼれた。

 

「弁は」

 

 主の自業自得を半分背負う影に、弁丸は花でも愛でるかのような眼差しを向ける。佐助の背後にある、意味を与えられた花菖蒲は、直に二人で耐えた夜の証人となるだろう。

 

「さすけをしんじているぞ」

 

 

花菖蒲の花言葉「あなたを信じます」


 
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