私にとっての明日は何のものでもない。ひたすらに無駄と思うことを、ひたすらにこなすだけの日々だ。小屋に閉じ込められた豚と同様に、思考に無駄なぜい肉をつけ、それでは飽き足らず体に醜悪な肉をまとう。直視する事の出来ぬ目に縛られ、四畳半の部屋で燻っては時間をどぶに捨てていた。子供の頃、空を見上げると葉に透けた葉脈が夏の到来を告げていた。今となっては夏など億劫の対象でしかなく、現代文明から生れた私たちはさながら赤ん坊のようにベビーカーでゆられていた。きらきらした水面も、眩しすぎて見つめることもできず、下を向いてごみを蹴飛ばすだけの足となってしまう。
目下のところ、やるべきことは腐るほどあるのにも関わらず、悲観的になりそれを言い訳として背を向けているのは誰が見ても事実だった。社会に牙を剥けている自分に溺れ、それを弱さとも知らずにここまで来てしまったのは十分に滑稽な姿であろう。まず、極東の島国に生れたことによってこのような頭でっかちで逃亡的な思考を生むことが出来たのかもしれない。熱帯地域のどこかの貧困国に生れていたら、まずは生存しなければならない。胃袋に栄養となる何かを入れて臓物に力を与え、体に力を漲らせる。その力でごみ山を漁り金になるものを入手して、また飯を食う。何とも端的な生活ではないか! こんな生活をしていたら、芸術を生み出す隙もない。しかし枯渇した状態から生み出されたものはおそらく、夏日に透かされた葉脈よりも、水面が反射させる光よりも、何等美しく力強いものになるだろうと推測する。しかし、文明に侵され、調教された現時点ではその境地に辿り着くことは困難だ。だからと言って、これまた悲観的になることは至極愚か者だ。
今は大衆が、社会が、などと弱々しく言っている暇などない。やれることはやるのだ。それが仮に逃れられないとしたら、駄々をこねずやるのだ。貧困国の彼らを見るのだ。寝て、起きて、汚い飯を貪り、ゴミを拾い、売って、また飯を食い寝る。これこそ人間の元あったスタイルであり、それに比べたら恵まれ過ぎている!
私は起きた。
「あら、今日は早いのね」お母さんは何か言いたげだったが、優しい微笑みを私に授けてくれた。
「うん」顔を洗って、パジャマを脱いで制服に着替えた。制服を着たのはいつぶりだろうか。
さて、通学バックを見る。嫌な思い出がぞっと、指の先から髪の先までを包んだ。汚いぜい肉の生み出す思考が生温かく、包んだ。布団から出た気力を根こそぎ奪い、悪魔のごとく、私を真っ暗な深海へと突き落とした。
吐き気がする。目まいがする。黒い画用紙に黒いクレヨンでめちゃくちゃならせんを描いているような真っ黒な感覚。風邪をひいている時特有の、変な夢を見ている恐怖感。森の中で辺り一面生首が転がり、それが「助けて」と口々にする。
「もうやだ……」
窓を開けてベランダに飛び出す。快晴が待ちわびていたように、心地よい風を吹かせた。
母さんの叫び声が聞こえる。知らない。私は自由になる。風に抱かれて、どこかへ行く。
「やっぱり、簡単じゃないな」
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