No.649934

真恋姫無双~年老いてContinue~ 一章

もうちょっとだけ続くんじゃよ

2013-12-30 20:02:16 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3931   閲覧ユーザー数:3017

 

「あるところに女がいた。ただひたすら我が道を行く女よ。

 その女はある日、男と出会った。その女よりもはるかに愚かな男だった。

 その男は、女に力を貸してやるといった。

『ただ、ちょっとだけ、みんなに笑っていてほしい。』。

 ここにいた誰よりも強くそう願ったその男自身は、最初世の中を皮肉ったように笑っていたわ。

 女もそいつのいうことをそこまで信用していなかった。

 利用できればして、終わったら捨ててしまっても構わない位に考えていた。

 いつからだったか。

 男がその願いのために全力で生きているとわかった。

 それに気がついた時に、男が子供のように笑っているように見えた。

 そんな笑顔に惹かれていたのね。

 そのことに気がついたとき、その女は望んだのよ。

 女の願いはたったひとつ。その男が最後まで自分についてくること。

 女の悲願がどうとか、その男には関係なかった。

 男にはその女の子が泣いてるように見えたらしいわ。

 結果、男は皆を背負い、弱音も吐けずに強がった。

 男は女に握る手のあたたかさを教えてくれた。

 女は悲願を成し遂げたわ。しかしそれは多くの犠牲を払った。

 女の仲間は疲弊し、傷つき、中には倒れたものもいた。しかし、女は歩みを止めなかった。

 男もそれについてきた。最後まで一緒にいるといったその男の言葉を、女は信じた。

 きっと男も信じていたのでしょう。その言葉が、その約束が果たされると。

 でも、そうではなかった。女の悲願が成就したその日、役目を終えたとその男は女のもとを去った。

 そして、いなくなって初めて、その男がどれだけ大きい存在だったか気が付いた。

 でも時既に遅し。

 結局、愚か者とは女の方だった。

 ただ、それだけの話よ。」

 

華琳は珍しく饒舌にあの人のことを語った。

話のきっかけは桃香の何気ない一言だった。

 

「愛紗ちゃんが妙に執着する御使いさんのこと、わたしも聞きたいな~!」

 

酒の席での他愛のない一言だった。

その場にいた華琳の配下たちはみな一様に顔をしかめ、目を伏したが、華琳だけは違った。

 

「あら、あなたにはまだ話していなかったかしら?

 そうね、何度もしつこく聞かれては困るし、いいでしょう。」

 

そういって、華琳はこれまでのことを話して聞かせた。

この話ができるまでには、決して短くない時間があった。

~~~~~~~~

 

大陸を巻き込む覇道のぶつかり合いが終わりを迎えたあの日、友として初めて同じ卓を囲もうと劉備と孫権の前に現れた華琳の目は泣き腫らしたように赤かった。

曹魏の将が慌ただしく何かをしていることはなんとなく察してはいたものの、華琳の表情を見ても二人には何が何やらわからない。

しかし、広間にて他国の将達を迎えていた春蘭と秋蘭には何が起こったのかわかってしまった。

客人たちを待たせることになってすまないが、どうしても皆に伝えなければならないことがある。

それはあまりに身勝手だが客人の前でする話でもないからと劉備・孫権を始めとする同盟予定国一同に少しの時間をもらい、華琳は人をはけさせ、部下を集めた。

春蘭、秋蘭。

季衣、流琉。

桂花、風、稟。

凪、真桜、沙和。

霞、恋。

月、詠、音々音。

天和、地和、人和。

それぞれの前で、天の遣い、北郷一刀の最後の言葉を伝え、謝った。

彼をひきとめられなかったことを謝った。

季衣と流琉は泣いた。

凪は掌から血が出るほど強く拳を握りしめていた。

真桜と沙和は凪を気遣ってはいたけれど、その目は真っ赤だった。

風も稟も言葉を失った。

桂花は恨み事をぶちまけた。

霞は華琳に詰め寄った。

秋蘭は一人顔をしかめ、目頭を抑えていた。

天和、地和、人和は、力なくその場に崩れ落ちた。

月は詠にもたれかかるようによろめいた。

詠は、なにもできなかった。

恋は呆然とする音々音を撫でていた。

華琳が口を開いた。

「この責任をとって。

 皆の愛する男をみすみすいかせたことへのけじめのために…」

 

自らの髪に手をかけて。

春蘭が先に、その長い黒髪を切り落とした。

 

「いけません、華琳様。それでは今後に差し支えます。」

 

春蘭は、笑っていた。

 

「華琳様が髪をきってけじめとするのであれば、これでけじめがついたことになりましょう。

 あの日、私がこの目を失った時に言っていただいた言葉。

 この身はすべて華琳様のものなのですから。

 お前たち、あやつのことで悲しいなら思いっきり泣くがいい。

 お前たちが泣くならば、恨むのならば、私が代わりに笑ってやるから。

 最後くらい、あやつの言う通りにしてやろうではないか。

 さぁ、泣け。なんなら胸を貸してやるぞ。」

 

その目には大粒の涙を浮かべているのに、春蘭は笑っていた。

 

皆が大声で、彼との別れを惜しんだ。

~~~~~~~~~~

 

「そうだったんですか…あの日、そんなことが…」

 

結いあげてはいるものの、いまでは長く伸びた春蘭の髪を見ながら桃香が言った。

 

「私が思っていたよりも、皆、大分立ち直りは早かったけれどね。」

 

華琳は答える。

 

「そうね、悲しみを乗り越えるのには時間しかない。

 私達の場合はそんな場合じゃなかったから一概に同じじゃないけどね…」

 

雪蓮は、乱世の中でなくなった母を思い出していたようだった。

 

「私も、本当を言うと何人かはもう立ち直れないのではないかとさえ思ったわ。

 けど、違った。彼が残したものはそんなに小さいものではなかった…」

 

あの日と同じ大きな月を見上げて、華琳は言う。

その言葉に偽りはなかった。

彼に、北郷に想いを寄せていた面々は、本当に立ち直れないのではないかと思っていた。

その筆頭が彼の部下であり、長く共に戦った姉妹であり、父のように慕っていた子達であり、それは皆、彼を一人の男として愛していたもの達…

~~~~~~~~~~~

 

しかし、その予想は大きく外れた。

一番最初に立ち直ったのは、他でもない凪だった。

戦の後処理も終わり、将達も元の仕事に戻ろうというころ。

朝議を終えて背筋をしゃんと伸ばし、街の警邏にまっすぐに向かおうとした凪をみて、華琳は思わず聞いた。

 

「あなたは、大丈夫なの?」

 

凪は答えた。

 

「私が警邏をサボってしまったら…

 そうです。サボって、しまったら。誰が他に街の皆を守るのでしょうか。

 それに、隊長はあのとき、あの格好のまま去っていったのですよね?

 でしたら、私たちの魂は隊長とともにあります。

 それなのに、私達が下を向いたままだったら、隊長に叱られてしまいます。

 ですから、大丈夫です。」

 

その目は、まっすぐに輝きに満ちていた。

その言葉に、真桜と沙和は反応した。

 

「せやな。うちらは隊長とともにおる。せやから、まぁ大丈夫やな!」

「そうそう、すっかり忘れてたの!隊長に連れて行ってもらったんだから、贅沢言っちゃいけないの!」

武器は不完全だが作りなおすつもりはないとの理由で、お互いがお互いの短所を補うために凪が螺旋槍を、沙和が閻王を、真桜が二天を持ち意気揚々と警邏へ向かっていった。

 

その背中をみて、春蘭は、満足そうに頷いていた。

 

その影響もあってか、次いで流琉が、次第に元気を取り戻していった。

 

「おじ様でしたら、きっとこういうと思うんです。

 美味しいものでもつくってくれよって。

 だから美味しい物作って、季衣に元気になってもらわないと。」

 

自分たちを助けるときに彼は倒れた。

そのことを気にかけていた秋蘭と流琉は、それを隠すように、それを忘れるように明るく振舞っているようにも見えたが。

調理場では、以前のように振る舞うようになった秋蘭と流琉が。

その料理を待つ季衣、恋、音々音も彼が去って行く前のような明るさを取り戻していった。

 

警邏隊の隊長になってくれと、凪達に頼まれたのは霞だった。

その席は空席に、と言葉にしないが皆考えていた。

しかし、凪は言う。

「きっと、隊長の言いたかったこととは違うかと思います。

 ですが、霞様の居場所はここだと、私達は思うのです。」

「姐さんやったら、隊長のあとでも務まるとおもう。いや、姐さんやないと務まらんと思う。」

「だから、お願いします、なの!」

 

最初はいやいや働いていた霞も、徐々にその顔に生気が漲っていった。

 

次第に、賑やかさを取り戻していった。

月や詠達小間使いの仕事は日をまして増えていった。

だんだんと、彼のいなくなった傷は癒えていった。

そんな矢先に、月が北郷の部屋を掃除している際に、彼の残した文章が見つかった。

都の警邏に関するもの。

新兵教育のもの。

ちょっとした技術を書き記した『メモ』

歌、踊り、服飾に物語。

走り書きで記されていた彼の覚書であろうもの。

その内容は多岐にわたり、見たことも聞いたこともないようなものまで含まれている。

軍師たちの眼の色が変わった。

使えるものとそうでないもの、実現可能なものかそうでないものか。

どこか気の抜けていた桂花、風、稟たちは、また寝る間を惜しんで読み、書き、議論を戦わせるようになった。

 

すこしずつ。

すこしずつ大陸は平和になりはじめていった。

すこしずつ。

すこしずつ数え役萬☆姉妹の活動範囲も広がっていった。

彼女たちに、泣き事など言っている暇はなくなっていた。

彼女たちの魂には、また、小さな炎が灯っていた。

~~~~~~~~~~~

 

「彼は言ったわ。転んだら、立ち上がればいいと。

 ちょっとの間、休んでもいいものかと思ったけれど、そうもいかなかったわ。

 私一人の覇道ではないと叱られてしまうもの。みんなが立ち上がっているというのに私一人寝ているわけにもいかない。

 …なんだが、取り留めもない話になってしまったわね。

 武官の皆は明日、国中の猛者を集めた天下一品武道会記念大会があるのだから、そろそろお開きにしましょう。」

 

その華琳の一言をきっかけに、三国合同会議の挨拶という名目の宴は終わりを告げた。

華琳の話を自分のことのようにワンワンと泣きながら聞いていた劉備(真名を桃香という)は関羽(真名を愛紗)と黄忠(真名を紫苑という)に付き添われ部屋に戻っていった。

彼女にしては珍しく黙って華琳の話に耳を傾けていた孫策、真名を雪蓮は黄蓋、真名は祭、に絡みながら広間を後にした。

その他、大勢の武将たちは三々五々、部屋に戻っていく。

 

華琳は黙って、その後姿を見送っていた。

「めずらしいですね。」

 

雪蓮たちの背中を黙って見送っていた春蘭が言った。

 

「あなたの短かった髪も、もうそんなに伸びたわ。

 話せるだけの時がたった、ということなのかしらね。」

 

華琳は彼との約束がはいった首飾りを触りながら答えた。

結い上げた春蘭の髪を見つめて、華琳は言う。

 

「まぁ、いいわ。気の迷いにせよなんにせよ、我が友人たちが満足したようだもの。

 このまま予定通り進めましょう。

 全員、用意。ついに手に入れた貴重な友人たちよ。この笑顔、なんとしても守りぬくわ。」

 

あの夜に。

こんな私を愛しているといったあの男に負けないように、と。

あいつが一番望んでいた、あいつがいたからこそここにあるものを守りぬくのよ。

口にはしなかった。

許昌の夜は、更けていく。

あの日のように、少し慌ただしい夜だった。

 


 
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