No.645554

コミケ85新刊「吸血喫茶でお茶とダンスを。」テキストサンプル

FALSEさん

薄くて軽く読める本なので会場のみの頒布となります……とか言ってたらとらのあな様で委託していただけることになりました。
詳細はこちらをどうぞ: http://false76.up.seesaa.net/vampcafe/index.html
とらのあな: http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/17/57/040030175711.html
既刊についての情報はブログを参照されたし: http://false76.seesaa.net/

2013-12-15 23:57:39 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1135   閲覧ユーザー数:1135

 

 酷い無駄足の一つを語ろう。

 荒廃の進んだ番外地の喫茶店を指定してきた情報提供者に会うため、私達はアスファルトの割れ目から雑草が生えるがままになった道を進んでいた。

 私から言わせれば、この案件からは私達の求める境界の匂いなんてとても感じられない。しかし我が相方が珍しく幻想存在の匂い強くを感じると熱心に主張したので、酔狂半分で乗ってみることにした。

 出生率低下。環境の悪化。そうした様々な要素の混合に端を発する世界的な人口の減少は、こうした廃町村を数多く生み出した。放棄されたそれらは、解体も為されないまま静かに朽ち続けている。人口規模に合わせコンパクト化された行政では、処置がとても追いつかないのだ。

 そうして出来上がった文明の隙間に、時折幻想のものが潜り込んでくる。例えば目の前に建っている、耐震年数など十数年前とうに超えたであろう煤けた鉄筋コンクリートのビルのような場所に。

 目的地はビルの一階にあった。分厚いカーテンが内装を阻まれた大窓の真ん中に、くすんだクリーム色の取っ手を持つガラス戸が一つ。

 相方は営業中の表札が扉にさがっているのを確認すると、手にしたメモ用紙をパチンと指で弾いた。

「地図の通りだったわね。とりあえず場所からして出鱈目じゃなくてよかったわ」

 ――例え本当だとしても、あなたの昼ナビはあんまり当てにはできないんだけどね……

「私も年中星だけ見て場所探しをしてる訳じゃなくてよ? そんなことより、入ってみましょうか」

 相方には相も変わらず迷いがない。電飾の消えた看板の脇を擦り抜け、重厚なガラス戸を開ける。

 その向こうは、死にかけた闇の世界だった。

 乱雑に並べられた机。

 年代も形状も雑多な椅子。

 片隅に追いやられたマガジンラックと、古文書のように読み古された雑誌の束。

 私がノスタルジックすら忘れる店内の遺跡じみた古臭さに圧倒されていると、横から亡霊のような声をかけられた。

「座ったら。客だろ」

 どこからどう見ても普段着な枯草色のセーターを着たニット帽の老婆が重い腰を上げる。彼女がこの店のオーナーだと理解するのには、時間を要した。

 ――あ、あの、私達人待ちで……

 一瞬拒否反応を示しかけた私の肩を相方は軽く押さえて、老店主に対し脱帽する。

「二人なんですけど」

「どこでも空いてるよ。好きな所に座りな」

 老店主は雑多なテーブルを手がかりにしながら、重々しい足取りで店の奥の暗がりへと消える。相方は物怖じせずに、喫茶店の片隅にあるテーブルへと陣取って私を手招きした。

「ここまで来ておいて遠慮なんて不要でしょう?」

 ――あなたに遠慮がなさ過ぎるだけよ。日本人古来の奥ゆかしさは、何処へ行ったのかしら?

「墓暴きにまで手を出した私達に、元から謙虚の心があったとは思い難いわ。さて、これがメニュー? お勧めは何かしらね」

 皮装丁の大仰な冊子を相方が持ち上げる。ホット、アイス、オレンジジュース、レモンスカッシュ……メニューのラインナップまで古典的で抽象的だった。合成コーヒー豆の製造工場すら書かれていない。

「食べ物はないよ。品切れ中だ」

 覚束ない足取りで、老店主が水の入ったグラスを運んでくる。

 食事が出ないのも無理はない。寂れきった店内は贔屓目に見たって、流行ってるとはとても思えない。この場にいるのは私達と老店主と、それから他には客の姿など……一応、いた。

 店の奥に、ボロボロのジャンパーを羽織った痩せぎすの人影が一つ、店内にもかかわらず帽子を深く被ってテーブルに突っ伏している。

 不吉さばかりが漂う。正直長居をしたくなる空気とは、お世辞にも言い難い……が。

「アイスコーヒー二つ」

「あいよ」

 我が相方の状況適応能力は、正直天性のレベルであった。再びのたのた店の奥に戻っていく老店主。

 ――あなた本当に危機感薄いわね。

「あら、こんなスラムに足を伸ばしてる段階で十分に腹は座ってますわ。自警団の人達も偶に見回りに来てくれるっていうし、何とかなるでしょ」

 ――うん、余計不安になりました。そもそもこんな場所を待ち合わせに指定してくるなんて尋常ではない相手だと思うのだけれど、本当に大丈夫

「尋常じゃなくて、済まないね」

 ――え?

 横に立った影に、鳥肌を覚える。ついさっきまで居眠りしているように見えた、店の奥のあの人物だ。しゃがれた声は低く、恐らくは男。しかしその姿は見るからに異常という言葉で表現する以外にない。着ている服は奇妙にだぶついており、内側に収まる体が相当に細いことを物語っている。

 そして見えなかった彼の顔は、分厚いマフラーですっぽりと覆われていた。帽子と相まって、素肌が全く見えないのだ。さらには、手までジャンパーの袖の中へと隠されている。右腕の方が肘の辺りからだらりと垂れ下がるがままになっており、服の下は隻腕と見て間違いはなさそうだ。

 彼の移動の様子は全く視界に入って来ず、僅かに相方の方へ視線を向けた隙にやってのけたらしい。向かいに座る相方も流石に絶句していた。

「……貴方が、その」

「ああ、私が君達に連絡した。よく目立つ姿だから、一目でそうだと分かったよ」

 相も変わらず彼は掠れた声だった。喉をやられているのだろうか。

「君達の噂はよく聞いている。結界暴きをしているんだって? よく当局にばれんものだ」

 椅子を左腕で引き寄せ、私達の間に腰掛ける。

「あくまで不可抗力よ。そういうめぐり合わせなの」

 目の高さが私達に近づいたが、彼は首を深く俯け、私達に素肌を一瞬たりとも見せようとしなかった。

「そしてその不可抗力で私のタブロイドめいた情報を真に受け、こうして会いに来ている。大した偶然もあったものだ」

「必然だったとでも? 私達があなたの提供情報を信じることが」

 相方はポーチから、折り畳まれたプリンタ用紙を取り出した。開かれた紙の中に描かれているのは、数世紀前の映画にでも出てきそうな奇怪な生物だ。

 ヒューマノイドだけど、霊長類に比して腕が長く体表は不自然な緑色。昆虫の複眼みたく大きな赤い目は写真向こうの私達を睥睨しているようで、相方の目と負けず劣らずの気持ち悪さだ。

 そんな不気味な生き物が地面に力なく横たわった写真。大きく開いた口からは先端が針みたいに尖った舌がだらしなく突き出されており、恐らくは死体。

 写真に載っている生物には、見覚えがある。相方のコレクションにあった、かなりの昔に存在が否定された未確認生物の一つ。

 

 生き物の名は、チュパカブラという。

 

 


 
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