No.642255

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第二十四話

Jack Tlamさん

短めです。董卓軍の面々の記憶が甦ります。

まあある一人を除いてですが…あの人は微妙な立ち位置なので。

ではでは、第四章の予告もあわせてどうぞ。

2013-12-03 00:30:58 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:7478   閲覧ユーザー数:5255

第二十四話、『いずれ別れるその日まで』

 

 

―俺達は無事、試験を通過した。おかげで賈駆と陳宮は相当打ちのめされたのだが…。

 

そして、かつての記憶をビジョンとして見ていた月に頼まれ、記憶を甦らせた。俺への絶対の信頼を示してくれ、

 

驚くべき洞察力も示した彼女と別れ、俺達は宿屋に戻った。翌日、俺は灯里と二人で再び宮殿へと赴いた。

 

そう、次にやるべきこと…賈駆や陳宮と和解し、記憶を甦らせるために。

 

 

 

董卓軍の将が会議などの用途で使用している広間に通された俺達は、そこで待っていた将の面々と再会した。

 

「おー、一刀。今日は朱里はおらへんのやな?」

 

「ああ。ちょっと用事を頼んでいるものだから。灯里と二人で来たのさ」

 

実の所、朱里に用事など頼んでいない。頼んでいるとすれば、彼女達の記憶が甦った後に忍者兵を除いた皆を連れて宮殿まで

 

来てもらうためだ。俺達は月の根回しによって、すでに宮殿に出入りする許可は貰っている。月は俺達一行の内情を朱里から

 

説明されて知っているので支障はないはずだ。華雄はいないが、来る途中に警邏をしているのを見かけたので、今日は彼女が

 

町の警邏をやっているらしい。

 

「………北郷」

 

ふと、賈駆に声を掛けられる。見ると、少々顔が青い。

 

「賈駆か…随分と顔色が悪いが、大丈夫か?」

 

「平気…別に病気とかじゃないから」

 

思ったよりまともな返答が来た。おそらく心労による不調だろう。俺にもそういう経験が何度かある。

 

賈駆が話を続ける。

 

「正直、ナメてたわ…噂は逆の意味で真実ではなかったようね」

 

「逆の意味?」

 

「控えめ過ぎて逆に真相が見えないのよ。恋は黄巾党の一師団を一人で壊滅させたっていう噂がちゃんと流れているから、

 

 諸侯も警戒するでしょうし、おそらく恋の力を欲する諸侯もいるでしょうね。でも、あんた達は…噂以上の事実っていう

 

 ことはよくあることだけど、それにしても噂が控えめ過ぎる。情報がほとんど漏れていない証拠とも言えるし…若しくは、

 

 あんた達が意図的に力を隠していたか、ね」

 

ああ、なるほど…噂では伝わり切らないということもよくあるが、それにしても表現があいまい過ぎたと言っているのだろう。

 

恋の場合は具体的な戦果が伴っているが、俺達に関する噂は「武に長けている」「優れた政治的手腕を持つ」などと、なんとも

 

あいまいな領域に留まっている。だからこそ警戒された、というのもあるのだろう。

 

「なかなか良い洞察だ。君の推察はどちらも当たっている。確かに俺達の力を必要以上に知られるわけにはいかなかった。

 

 だから間諜対策はしっかりやったし、必要以上の力を出したことはない。誰の目にも触れない所では使ってたけどね…」

 

「あんた達の力を狙う勢力がいたから?」

 

「…正直なところ、乱世に乗り出そうと考えている勢力はどこも同じだと思うよ。俺達が『約束された勝利』を齎す存在だと

 

 勘違いしている連中もいるようだし…乱世を終わらせ、国を築く…そのための力として俺達を欲する勢力は…有力なのは主に

 

 劉備軍、曹操軍、孫策軍だ。この三勢力はそれぞれの理由で俺達の存在を欲している」

 

「国を作るため?」

 

「そういうことだ。いささか、物扱いされている気がしないでもないがな」

 

「ふーん…ま、確かに同意も無しに祭り上げられちゃたまったもんじゃないわよね」

 

「だからだよ…ここに来たのは。乱世への前哨戦…董卓がその生贄にされるのは、許容できなかった」

 

まだ月が俺達に真名を許したことは月本人しか知らないという手前、姓名で呼ぶということは心掛けた。色々と言いたいことは

 

あるが、それよりも率直な気持ちを伝える方が、こういう場合は良いのだ。下手に言葉を弄するよりは、自分の気持ちを素直に

 

伝えればよい。言葉を弄するのは説明をする時だけでいい。それが俺の在り方だし、変えるつもりはない。

 

賈駆はしばし考えていたが、ややあって深く頭を下げてきた。

 

「本当にごめんなさい。ボクの視野が狭すぎたことを思い知らされたわ。まだよくわからないところはあるけど、あんたからは

 

 野心を一切感じない。ただ、月を純粋に救いたいっていう気持ちは伝わってきた。ボクはそれに嫉妬してしまったのかもね…

 

 ずっと一緒にいて、あの子を守ってきたっていう自負があるから…なまじ、あんたは男だし…」

 

「…嫉妬、か」

 

「ええ…ボクもまだ未熟だったってことね」

 

自分の言動や行為を顧みるというのは非常に重要なことである。前だけ見ていればいいというものではないのだ。

 

そして、そこから教訓を得ていかなければ、人生とは非常に困難な道行ということになってしまう。経験はどのような状況でも

 

大きな力になるのである。何度も同じような時間を繰り返してきた中でも、そういったことは幾度となくやって来た。

 

内容はまあ、繰り返しているだけに全部似たり寄ったりだったんだけど…。

 

「…一つ、ここでボクに与えられた罰を明かすわ…ボクは、あんたと…もう一人の御遣いに、ボク自身を形作る真名を…預ける」

 

…それは、この世界においては相当な重罰である。

 

真名とはその人自身の本質を示す、いわばその人の存在証明となるものだ。

 

改名は、風がやっていたように割と簡単に行えることのようだが、それはあくまでそれが表向きの名前に過ぎないからである。

 

真名を変えることは、どうあがいてもできない。それ自体が自身の本質なのだから。そして、それを明かすということは無上の

 

信頼を示すことでもある。本来であれば、そのような罰はあってはならないはずだ。何人であろうとも、個々人に備わっている

 

最上の誇りである『真名』を、みだりに扱うことは許されないのである。

 

「ボクは、あんた達の意志を汚した…それも、あんた達自身の在り方をも汚して。それはあんた達の真名を汚したも同じこと。

 

 ボクのほうが罵倒されてもおかしくなかった。償いにはならないかもしれないけど、ボクの真名…詠。これを受け取って」

 

「…わかった。預かる。朱里にも預けたということでいいんだよな?」

 

「ええ」

 

「そうか。でも、俺達は国の風習の違いで真名というものを持たない。字すらない。名が真名に相当する…好きに呼んでくれ」

 

「…ええ、わかったわ、一刀…もう一人にも…後で謝らなければね」

 

そう言って、賈駆…詠は苦笑する。昨日のことが余程堪えたのだろう。かなり長い時間、色々と考えていたはずである。

 

そうできるからこそ、人間は再び歩み出せるのである。己の行為を省みれない人間に、明るい未来に進む資格はないのだから。

 

 

―その後、同様の経緯で陳宮…音々音からも真名を預かった。曰く、もう恋ばかりに頼るのはやめる、とのことだった。

 

その直後に月が広間に現れる。全員から真名を預かり、信頼を得られたかなと思った俺は、思い切って『処置』に踏み切った―

 

 

 

「―さて、これで結盟という運びになったわけだが…俺はその前に、皆に話しておかねばならないことがある」

 

「話しておかなければならない事?それってどういう事よ?」

 

「せかさないでくれ、詠。だが、時間にそれほどの猶予が無いのは事実だ…手短に言おう。

 

 俺達は上洛してきたのは、月を救うこと以外にもう一つ、果たさねばならない目的があるからだ」

 

「目的?」

 

「そうだ…皆は、この世界が今、崩壊の危機に陥っていると言ったらどう思う?」

 

俺の言葉に、全員が訝しげな顔になる。それはそうだ。急に何言ってるんだこいつ、って思うのが関の山だろう。

 

「世界が崩壊するって、どういうことやねん」

 

「本来、『天の御遣い』の使命は、この世界をはじめとして数多存在する世界…『外史』の崩壊を防ぐことだ。存在しない筈の、

 

 しかし想いの結晶として生まれ出でた『もしもの歴史が紡がれる世界』。それが『外史』だ。ここにいる面々の名は、天界で

 

 広く知れ渡っている者が多い。董卓、賈駆、呂布、陳宮、張遼…特に月を含めた武将三人は非常に有名だよ。だが、注意して

 

 もらいたいのは、その名は俺の世界で語られる歴史では男性のものだ。そして、有名とは言っても…董卓と呂布については、

 

 悪評と言ってもいいかもしれない。この世界での董卓や呂布の実像は、天界の歴史には関係しない事だからね」

 

「『外史』ねぇ…そんなものが存在するの?」

 

「考えるには大変だろうから、別の世界だと解釈してもらって構わない。俺が先日までいた天界がまさにそれだ。天界はこの

 

 大陸の今の時代から実に千八百年後の時代にあたる。この時代は、俺からすればはるか過去のことなのさ…だから、大体の

 

 出来事は把握している。黄巾党の乱にせよ、反董卓連合にせよ…」

 

「…避けられなかった、っていうの?」

 

「外史には『修正力』が存在する。『正史』に悪影響を及ぼさないよう、なるべく外史の内容を『正史』に近づけるためにね。

 

 現在この外史の『修正力』はとある理由によりほとんど機能しなくなっているが…歴史上起こるべき事象の発生を防ぐことは、

 

 不可能であるようだ。だが『内容』と『結果』は変えられる。それがわかっていたから、俺達は可能な限りの手を尽くしたんだ」

 

「…」

 

まあ、ややこしいことこの上ない話だし、俺も噛み砕き方が下手だな。俺は教師にはなれなさそうだ。

 

「…大体のことは理解できました。それで…一刀さん、その方法とは?」

 

まさか『ご主人様』と呼ぶわけにもいかないので月は俺を名で呼ぶようにしたようだ。多少躊躇ったのは恥じらいからか。彼女は

 

俺を名前で呼んだことがたぶん無かったと思うし。まあそれは置いといて。俺は話を続ける。

 

「まずはこの乱世を終わらせ、大陸を統一する。そして、いずれ訪れる『敵』と戦い、勝利しなければならない」

 

「『敵』?」

 

「…あらゆる外史を蝕むもの、らしい。それ以上のことは、外史を見守る管理者達も詳細を掴んでいない」

 

「管理者?なんやそれ?」

 

「字面通りに受け取ってくれて構わない。その名の通り、外史を見守っているのが彼らだ。俺達の出現を預言した管輅もまた、

 

 外史を見守る管理者なのさ。俺は彼らと協力関係にある。彼らが『敵』の襲来を必死で食い止めてくれている間に、俺達は

 

 乱世を収束させ、大陸を統一し…戦いに備えなければならない」

 

「そんで、月んとこに来たっちゅうわけやな。せやけど、そやったらなんで今んなって来たんや?」

 

「そうね。それだったら、最初から天水に来ていてくれれば話が早かったでしょうに」

 

…まあそうだよな。当然の疑問だろう。確かに最初から天水に行くことも選択肢としてはあった。俺達がそれを選ばなかったのは

 

桃香について見定めなければならなかったという一点にまず集約される。もう一点は当然、張三姉妹のこと。彼女達を保護すれば

 

曹操軍の勢力拡大を抑止できる。その曹操と、孫策を見定めるというのも重要な点で、結果的に大きな収穫があった。彼女達には

 

悪いが、『計画』の遂行に際して最初から董卓軍に行くのは得策ではないと判断したからそうしたのである。

 

「…それを話す前に、やっておかなければならないことがあるんだ。皆、とりあえず椅子に座ってくれ」

 

「「「「???」」」」

 

俺は皆に、椅子に座るように促す。気を失って倒れさせるより、椅子があった方がいいからだ。普段はあまり使わないという

 

椅子をわざわざ用意してもらい、それに座ってもらう。既に記憶が甦っている月は立ったままである。

 

俺は『思抱石』の御守りを胸元から取り出す。石は既に淡い光を放っており、発熱しているようにも感じる。地和が言うように、

 

暖かい光だと思う。しかし、それは当然だ。この『思抱石』は外史に満ちる数多の想念の結晶体…外史に生きた『命』達の記憶…

 

それそのものなのだから。

 

「それ、何?」

 

「これは『思抱石』。外史を形作る『想念の力』の一部が結晶化し、大地に眠ったものだ。これには不思議な力があって、人の

 

 想念の力を増幅させることができる。また、俺や朱里のような『外史を渡るもの』は、この石のさらなる力を引き出せる。その

 

 力の一端を、君達に見せようと思う。月、人払いはできているかな?」

 

「はい。もう宿の方に使いの方を出しました。たぶん、一刀さんの説明がある程度終わった頃にはいらっしゃると思います」

 

「よし…では、始めよう…」

 

詠、恋、霞、音々音…『超越者』とそうでない者が混じっているこの場では、どのような真言が適切であろうか。

 

二つを組み合わせるのがいいだろうな…意味が通じればよいのだから、そのどちらの記憶も甦らせるという意味合いで真言を発し、

 

心に思い浮かべればいけるはずだ。これまでもそうだった。今回もまた…同じことを繰り返すだけだ。

 

…霞に首を絞められる覚悟はしておかなきゃいけなさそうだけどな。羅馬に行くっていう約束、結局守ることはできなかったし。

 

俺は言葉に魂を込め、言霊と成して真言を紡ぐ。

 

 

『―数多の想い宿せし、理を超越せし者、悠久の輪廻に封じられし者よ。今こそ封印の枷を解かれ、現世と幻世の狭間より舞い戻れ!』

 

 

 

二つの意味を込めた真言。シークエンスそのものは同じでも、起点が不要なものと必要なもの。その相違が俺の身体に負荷をかける。

 

身体の奥底から湧き上がる力。これまでにも感じていたことだが、今日はそれよりも強い。異なる二つの真言を掛け合わせたことで、

 

より強い力が発生しているのだろう。

 

『思抱石』が眩い光を放ち、広間が光で満たされていくとともに、想念粒子が奔りはじめる。

 

「「「「―っあああああああああああああっ!!??」」」」

 

少女達の悲鳴は、俺達には聞こえても広間に響くことはない。悲鳴が光に呑み込まれていくのに替わるかのように、想念粒子の音が

 

高まり、不可思議な歌となって奏でられる。外史の外側に漂う彼女達の『過去』の想念が、『現在』の彼女達の中へと吸い込まれる。

 

俺もまた『過去』の記憶を心に浮かべ、彼女達と紡いだ『時』の欠片へと同調し、それに向けて想念を導いていく。

 

現実と夢幻の狭間に置かれたかのような感覚に支配されるほどに、想念粒子の音色は高まっていく。

 

やがて―

 

 

『―分かった。北郷一刀。あなたの保護を受けることにするわ』

 

 

『―簡単に……どうして信じる?』

 

 

『―お、ご主人様やん。こんなとこで何してんの?』

 

 

『―音!音!音!音々音なのです!』

 

 

―出会いの記憶がフラッシュバックすると同時、広間を満たす光は俺の手元へと収束していく。

 

そしてそれが完全に収まり、『思抱石』の光がまた柔らかい光に戻ったところで俺はそれをしまった。四人ともしばらくの間、

 

気を失って椅子に力無く座っていたが、やがて詠、恋、霞、音々音の順で目を覚まし、何が起きたのかわからないという様子で

 

周囲をぐるぐると見渡し、そして俺に全員の視線が集まった。

 

「…一刀?」

 

「…ご主人様…?」

 

「…一刀…?」

 

「…主殿?」

 

…さて。どう説明したものやら。まあまずはいつも通りに行こうか。こういうのは手順を踏まないといけないからね。

 

「そうだ。俺は君達が知る『北郷一刀』本人さ…霞、すまなかった。急に消えたりして…」

 

「いや…それはもうええねん。なんや、びっくりが一周してもうて別に驚かんかったわ…しっかし、どういうことやねん…」

 

意外なことに霞は襲い掛かってこなかった。ふう。俺の首は無事で済んだようだ。いくら今の俺が霞より強いからって首を

 

締められたら命にかかわるからな…。

 

「どういう事…?これは、何…?」

 

「…」

 

「説明してほしいのです」

 

「そうだな。だがまあ、この世界に来た経緯については既に説明した通りだ。それは省いて、まずはこの世界の真実について

 

 説明しよう。ちょっと長くなるが…恋、寝ないでくれよ?難しい話になるけど、頑張って聞いてほしいんだ。いいかな?」

 

「…(コクッ)」

 

恋の同意が得られたところで、俺は話し始める。輪廻する『外史』の真実を。外史を救うための俺達の『計画』についても。

 

そしてその果てにある、永遠の別れについても―

 

―――

 

――

 

 

俺が大体話し終わった頃、広間には重い沈黙の空気が垂れ込めていた。

 

「…これが、俺と朱里で作り上げた『計画』…こうして上洛してきたのも、半分はそれが目的だったのさ」

 

「私は涿でそれを聞いて、外史の真実と一刀さん達の覚悟を知って参加を決意したの」

 

俺の取り敢えずの締めに、灯里が追随する。これで俺の説明は終わったわけだが、誰も言葉を発しようとしない。恋は悲しげに

 

じっとこちらを見つめているし、詠も困り果てたという顔だ。霞は先ほどからため息をもう何回もついている。音々音も何だか

 

複雑そうな表情だ。月も『計画』については初めて説明されたので困惑顔だが、俺との『関係』についてはすでに承知している

 

からなのか、他の面々と比べて落ち着いてはいる。別れのことについても、ある程度は推測を立てていたようだ。

 

「…なあ、一刀」

 

ふと、霞が猫背のまま問いかけてくる。

 

「ん?」

 

「…一刀があん時消えた理由…それは華琳から聞いとるからもうわかっとるんやけど…ホンマにまた帰らなあかんの?」

 

「…ああ。そうでなければ、また意味のない輪廻が繰り返される。俺と朱里が属していた天界をも巻き込んで、な」

 

「そこが疑問なんよ。なんで朱里だけそうなったんや?月や詠、恋…ウチかて、一刀の世界には行っとるんやで?」

 

「…そうね。どうして朱里だけがあんたと一緒に居られるのか、それが知りたいわね」

 

詠も乗っかってくる。これについてはまた複雑な説明になるな…簡単に説明するか。大体は先ほどの説明と内容が被るしな。

 

「『始まりの外史』での戦いの果て、外史は崩壊を始めた。そして最後の戦いの果てに、消えゆく俺が心に思い浮かべ、そして

 

 俺を追いかけてきたのが朱里だった。朱里は『最初の超越者』…俺と共に初めて別の外史…つまり天界へと渡った者となった」

 

「それが理由?」

 

「おそらくそうだと思う。そして、『前回』の世界から俺と共に脱した時点で朱里は『超越者』という分類を外れ、俺と同じく

 

 『外史を渡るもの』となり、この外史の存在ではなくなってしまったんだろうね。物語の『規定』を外れ、外史を渡ったから」

 

推論が多いことは認める。だが、貂蝉ら管理者から得られた情報、そして俺と朱里の経験から考えて、現状最も信憑性が高い論が

 

これだ。卑弥呼は朱里を『外史を渡るもの』と呼んだ。つまりそれは、俺と同じように異なる外史を渡る存在となったことを意味

 

している。俺がこの世界の存在ではないように、朱里もまたそういう存在へと変質したのだと、俺達は考えている。

 

 

「ボク達はそうはなれなかった?」

 

「君達も『超越者』だが、それはおそらく叶わなかっただろう…これ以上のことは俺にもわからない」

 

「…そう」

 

詠はまた考え込んでしまう。すると、今度は音々音が口を開いた。

 

「主殿、『始まりの外史』にはねねはいなかったのですか?」

 

「そうなる。董卓軍の面々は『始まりの外史』からほぼ変化が無い。ただ、ねねが加わったのは『閉じた輪廻の外史』に

 

 なってからだ。正直、それによって取り得る作戦は増えたと思うんだけど…物語の規定上、それが叶わなかったんだよね」

 

「つまり、ねね達がいくら頑張っても…」

 

「…はっきり言ってしまえば、どうあがいても董卓軍の敗北、滅亡は避けられなかったさ。それに責任を感じる必要は無い」

 

「うう…はっきり言いますなー…でも、今はもうへぼ君主なんて言えませんからねねも主殿を信じるのです」

 

…ねねから敬意を向けられる日が来るとは。長生きはするものだな。

 

「…経緯も目的もわかったわ。でも…最終的には皆…笑えなくなってしまうわね…」

 

考え込んでいた詠が再び言葉を発した。だが言葉の後半部分は震え、最後には唇も、肩も震えはじめた。目をこちらに向けず、

 

何かをこらえるように俯いている。心なしか、膝も震えているように見える。

 

「…すまない、詠。俺も、できれば君達を笑顔のままでいさせてあげたい。だけど、今は個人の幸福を守っているだけでは

 

 いけないという事態なんだ…俺達がしくじれば、すべては終わる。俺達がこの世界に留まれば…輪廻は再び始まってしまう。

 

 そうなれば多くの命を巻き込んでしまうことになる。それを許すわけには、いかないんだ」

 

「それはわかってるけど…月が…月が笑顔を失くしちゃうような『計画』なんて…認めたく、ないわよ…!」

 

そこまで言って、詠は泣き出してしまう。

 

…やはり…か。そうだよな…いくら未来を築くためとはいっても、そこで生きていくであろう彼女達は、俺を永遠に失うのだ。

 

なまじ朱里は俺を失わずに済むということもあり、余計にそう思ってしまうのだろう。自惚れかもしれないが、俺はあまりに

 

多くの女性を愛し、また愛されてきた…正直な話、彼女達が笑顔を失ってしまうことになるのは嫌だが…どうしようもない。

 

「恋殿…恋殿は主殿の傍らでずっと頑張っておられたのです!それなのに…それなのに…!」

 

音々音も辛そうだ。それは俺がいなくなる云々というよりは恋のことだろう。恋は確かに、俺への依存度合いが強いような所は

 

あった。「離れたら、見つけられなくなる」…あの時、恋はそう言っていた。もう見つけるなどといった生易しい事態ではない。

 

もう二度と、彼女の手の届かない場所へと俺は去らねばならない。

 

「…ご主人様、いなくなる…?」

 

「…すまない、恋。他にどうしようもないんだ。俺はこの世界では異邦人に過ぎないのだから」

 

「…見つけられなくなる…恋には…もう…見つけられなくなる…ずっと、一緒って…約束した…!」

 

「恋…」

 

「…恋殿……主殿、本当に何とかならないのですか?」

 

恋が取り乱すのを見、音々音の問いを受けても、俺はただ首を横に振るしかなかった。

 

「一刀…羅馬に一緒に行くゆうて約束したやんか…もうそれ、果たしてくれへんの…?」

 

「…すまない。どうすることもできないんだ、霞」

 

「…キッツイなぁ…そらキツすぎるで、一刀…」

 

これ以上ないくらいに落ち込む霞に対しても、俺は首を横に振ることしかできなかった。

 

―それしかできないことが、何よりも辛かった。

 

 

「―皆さん、一つ聞いてほしいことがあるんです」

 

 

悔恨の念に苛まれていると、月が凛とした口調と共に進み出る。ちらと彼女の横顔を窺うと、決然とした表情を浮かべていた。

 

「私は『始まりの外史』で両親を人質に取られ、ご主人様をおびき寄せて殺すための餌にされました。何もできず、ただ運命に

 

 身を委ねているしかなかった私を、ご主人様は救ってくれました…そればかりか、私の生を願ってくださいました…今でも、

 

 その感謝の念は忘れていません。返しきれないくらいのものを、ご主人様から頂きました…」

 

月の声に淀みは一切ない。月の特徴的な口調は変わっていないものの、あくまで澄んだ声で言葉を紡いでいる。

 

「月…」

 

「…だからこそ、思うんです。これは私達に課された試練…今まで意味のない輪廻を繰り返してきたとはいえ、それにまったく

 

 意味が無いということはないはずです。そこで真剣に生きていた以上、私達にはその経験を活かす力がもう備わっているはず

 

 なんです。歩んできた道を…そこで得た経験を、力を…本当の意味で活かさなければならない時が来たんです」

 

「…」

 

「今まで、私はご主人様…或いは桃香様に救われるのを待つしかありませんでした。先ほどねねちゃんが指摘したことは実に

 

 鋭い指摘だと思います。私達は、そういう役回りでしかなかったんです…でも、もう今は違うのでしょう、ご主人様?」

 

「…ああ」

 

…そうか。月はちゃんと理解しているんだな。今の自分達が為すべきことを。

 

「私達はもう『規定』に縛られることはないんです。そして、ご主人様が仰っていたように、私達は自分達の力のみで明日を

 

 切り開いていかなければなりません。私達の物語を、私達自身が紡ぐんです。『これから』のことを考えなければなりません。

 

 もう、ご主人様に頼り切りではいけないんです…ご主人様には、ご主人様の物語があるのですから…」

 

「月…月はそれでいいの!?あんなに一刀のことが好きだったじゃない!それなのに…!」

 

「…それを言って、何になるの?」

 

「え…?」

 

「そんなことを言ったら、朱里ちゃんはどうなるの?雛里ちゃんをはじめ、たくさんの人と別れなきゃいけないんだよ?

 

 朱里ちゃんだけが寂しくないと思ったら大間違い…思い出を共有しているのはご主人様だけ。本当の意味で頼れるのも

 

 ご主人様だけ…そんな状況が、寂しくないなんて言える?私達より、ずっと孤独だと思うよ…」

 

「う…」

 

「…生きているんだから、失うことは覚悟しなきゃ駄目。私達の我儘で、本当に大切なものを失ってはいけないの。だから、私は

 

 ご主人様の『計画』を支持します。思い出しか残らないとしても…それがあるならまた私達は歩み出せる。きっと、それこそが

 

 私達が今ここに生きている意味だと思います。悲嘆に暮れ、蹲っていても、未来はこないんです。なら、あがけるだけあがいて

 

 最後まで生きて、ちゃんとお別れするほうがいいと思います。たとえ世界を隔てても…私達の絆は切れることは無いんですから」

 

月にしては珍しく、強く言い切った。迷いなどどこにもない、覚悟に満ちた澄みきった声が、広間にはっきりと響くのがわかった。

 

 

月の声の残響が消えてからしばらく、広間は静寂に支配された。誰も、声を発しようとはしない。

 

黙ったままの灯里はともかくとして、声を震わせて泣いていた詠も、取り乱していた恋も、酷く落ち込んでいた霞も、中てられて

 

涙を眼尻に溜めていた音々音も。誰も何も言おうとせず、声すら出さない。すすり泣きも、鼻をすするような音も聞こえない。

 

「…この戦いが終わった時、別の道を選ぶのなら、私は止めません」

 

月は付け加えるようにそう言った。

 

「「「「…」」」」

 

長い沈黙。それは何も俺の話だけではなく、軍のトップに立つ月が俺についていくと言ったことにも原因が求められる。事実上、

 

軍としての方向性は決定したようなものだ。責任のある立場に在る以上、月個人でついてくるつもりだとは考えにくい。しかし

 

当人はその覚悟があると取れるような語調である。翻意するつもりもないようだ。

 

「…一刀」

 

その沈黙を破ったのは詠だった。

 

「何かな、詠?」

 

「…あんたは、ここに来て他の皆と…桃香や愛紗達は勿論、華琳や蓮華…みんなをもしかしたら殺してしまうかもしれない。

 

 あんたにその覚悟はあるの?あれだけ多くの女性を囲っていたお人よしのあんたに、その覚悟はあるの?悲しませる覚悟はあるの?」

 

…救いたいと思っている人達を傷付け、最悪喪うかもしれないというリスクを背負ってまで、戦うのか。詠はそう訊いているのだろう。

 

だがまあ、ここまで俺は自分の覚悟について口にしてはいない。あくまで説明しかしていないのだから、問われるのも道理だ。

 

「それが二つの世界を救うために必要なことならば、な」

 

「喪った人は二度と取り戻せないのよ?それでも?」

 

「…奪った命が生み出し得たすべてを、俺は背負う。命をこの手にかけるその時は、その命を背負わなければならない。たとえこの身が

 

 修羅に堕ちるとも、戦いが果てる時まで歩みを止めない。『未来』を紡ぐためなら、すべてを失うとしても、誇りと共に戦うだけだ」

 

そこで俺は言葉を切った。不思議と、俺の声は広間に響いた気がしなかった。まるで全て何かに吸い込まれたかのように。

 

再び訪れる沈黙。俺は確かに変わってしまったかもしれない…彼女達がよく知る俺とは、ほとんど別人と言っていいくらいに変わって

 

しまったのだろう…。変わることが必要だった。変わらなければ、未来を変えることなどできなかった。だから、俺は己の信念自体は

 

曲げずとも、己を変えたのだ。『これから』の物語を紡ぐために。

 

「…月や一刀にここまで言わせておいて、黙って背ぇ向けるっちゅうわけにはいかへんなぁ」

 

二度目の沈黙を破ったのは霞であった。

 

「霞…」

 

「忘れとった。アンタはそういう奴やった。自分から進んで苦しむような奴や。ええよ、アンタらの『計画』、乗ったろうやないか」

 

「…すまない、ありがとう、霞」

 

落ち込んでいた霞だったが、吹っ切れたのか胸を張り、不敵な笑みを浮かべている。それに続いて詠が口を開く。

 

「そう…よね。言葉ではどうとでも言えるけど、その実自分のことなんて何にも考えてないんだから…放っておいたらもうどうなるか

 

 わかったもんじゃないわ。朱里や灯里がいるし、あんたも呉で軍師をやってたっていうけど、知恵者はいくらいても困らないわよね」

 

「…そうだな。詠の知は是非欲しいところだ」

 

「なら最初からそう言いなさいよ。なんだかんだ言ってきたけど、あんたになら協力するのは吝かじゃないわ…よろしくね」

 

「ああ…よろしくな、詠」

 

普段あまり見せない詠の穏やかな笑み。まだ目元が赤いが、言葉はもう震えてはいなかった。

 

「…ご主人様と一緒がいい…離れたくない…でも、知らないうちにいなくなるのは、もっと嫌」

 

ふと恋の声が聞こえたので首を向けると、恋は未だに悲しげな表情を浮かべていたが、訥々と言葉を紡ぎ出していた。

 

「…恋」

 

「ご主人様は恋が守る…今は、朱里の方が強い…ご主人様も、恋より強い…だけど恋は、いつだってご主人様の最強の矛」

 

「…」

 

「ご主人様が、守りたいものは…恋が守りたいもの…だから」

 

「恋…ありがとう。君の力、俺に貸してくれ」

 

「ん…その代わり、勝手にいなくならないで…最後まで、恋はご主人様を見失いたくないから…」

 

「ああ…約束する」

 

悲しげだった恋の表情はだんだんと決然とした表情に変わり、俺が「約束する」と言う頃にはもう笑みが戻っていた。

 

「恋殿がそう仰るなら、ねねも主殿についていくのです」

 

「それでいいのか、ねね?」

 

「これまでねねは、恋殿があまりにも強いので、それに頼りきりだったのです。ですが、それでは通用しないことがあると、主殿と

 

 朱里に教えられたのです。これまでの無礼、謝罪いたしますです。この陳公台の知、主殿の『計画』にお役立てて頂きたいのです」

 

「わかった、君の力も借りよう。それと、償う必要は無い。その気持ちだけ受け取っておく」

 

「はいなのです!」

 

少々意外だったが、今のねねは俺に敬意を向けてくれているようだ。詠なんてまだ可愛げがある方で、丸っきり毛嫌いされていたので

 

いささか…ちんきゅーきっくとか面食らうことも多かったけど、俺が成長したからなのかもしれない。少なくとも、今の詠やねねには

 

俺に無闇に低評価を下すようなつもりがないのはわかった。

 

「ご主人様…」

 

「月…」

 

「私達の力、未来のためにお使いください…。ご主人様が作る未来…みんな、それが見たいんです」

 

「…ああ。約束する。必ず未来を切り開いて見せる…力を貸してくれ、月」

 

「はい!」

 

月が最高の笑顔を見せてくれる。そこで俺の傍らにずっと控えていた灯里が肩を叩いてきた。灯里も笑みを浮かべている。

 

「よかったですね、一刀さん」

 

「…ああ」

 

「それにしても…あの恋や詠がこうまで惚れてるなんて…これまでの一刀さんは本当に女…いえ、人たらしだったんですね…」

 

「そこは人望があったとかそういう風に表現してくれよ…」

 

「あら、事実でしょう?私だってあなたに惚れてしまいましたよ?」

 

「そこで爆弾発言しないの!」

 

色々と台無しである。さっきまでの心が震える雰囲気はどこに行った。

 

「ふふふっ…ご主人様は変わっておられませんね…老若男女問わず、自分自身の魅力で人を惹きつける…私じゃ敵いません」

 

「月…君は本当にいい子だよなぁ…」

 

朱里が不在なだけに、月のフォローは心に染みた。さっきの雰囲気を思い出して、俺は思わず涙が出そうになってしまった。

 

 

―広間の扉が開き、朱里が入ってくる。

 

「…どうやら、終わったようですね」

 

「朱里…だいぶ遅かったみたいだけど?」

 

「一刀様がお話を終えられる頃に到着できるように考えながら来ましたので。ご迷惑でした?」

 

「いや…グッドタイミングだ、朱里」

 

「お褒めに預かり光栄です。さて…皆さん、お久しぶりですね」

 

そう言いながら、朱里は仮面に手を掛け、それを外す。

 

「おお、ホンマに朱里や!」

 

「雰囲気変わったわね、朱里。背も伸びたし…髪も少し長くしたのかしら?」

 

「天界に行ってから急に背が伸び始めたので…一時期成長痛が酷くて通学が辛かったこともありました」

 

この外史では肉体的な成長・老化は基本的にない。まあ髪の毛や爪は伸びるのだが…。天界は普通にそういうことがあるので、

 

もともと年齢からすれば発育不足な点が否めなかった朱里も、相応に成長してきている。それでもまだ小柄な方なんだけどね。

 

「私の話はこのくらいにして…皆さん、入ってきてください!」

 

朱里が扉の外にいるのであろう一行に呼びかける。次の瞬間、扉が開け放たれる。最初に流琉、次に張三姉妹、最後に三羽烏の

 

順で入室してきた。入ってきた面々の顔ぶれをみて皆が驚いたが、全員魏のメンバーなので、特に霞の驚きようが凄かった。

 

「ちょ、アンタらまでおったんかい!?」

 

「はい。霞様、お久しぶりです」

 

「おお、凪~久しぶりやなぁ~…って!ちゃうちゃう!アンタら、この頃はもう華琳のとこおったはずやろ!?」

 

「まあ色々あってん。青州で隊長に会うてからこっち、ご一緒させてもろてますわ」

 

「そーそー。隊長たちが来てくれなかったら、もしかしたら沙和たち死んでたかもしれないのー」

 

「流琉に張三姉妹までいるの!?どういうこと!?」

 

「私は黄巾の乱が収まってきた頃に灯里さんと出会って、それで見聞を広めるために旅でご一緒させてもらってたんです。

 

 でも、涿で兄様に会って『計画』を知って、ついていくことに決めました。連合が許せなかったっていうのもありますけど…」

 

「…天和たちは…ご主人様とはどこで…?」

 

「わたしたちは徐州に隠れてたんだけど、ほとんど一刀の差し金だったの。だからこうなるのは当然だったかなって」

 

「姉さん、それじゃあ一刀が悪巧みしたみたいに思われるじゃない。ちぃ達は一刀のおかげで助かったのよ?」

 

「乱が起きてしまった頃から一刀さんが私たちを守るために手を回してくれていたと聞いたときは驚いたけど。

 

 …こうしてまた会えるのはやっぱり嬉しいね。まだちょっと、恋さんを前にすると身体が震えちゃうけど…」

 

「ん…事情は知ってる…三人は悪くない…怖がらせて、ごめんなさい…」

 

「ううん…恋さん、わたしたちのやったことは消えないから。いつか償うために、一刀についてきたんだよ、わたしたち」

 

それぞれが挨拶を交わす。これまでこの時期には異なる道を歩んでいたはずの彼女達が、今こうしてここに集ったことは本当に

 

奇跡としか言いようがないことだ。物語の『規定』が消失している以上、各人が元の勢力に所属することは絶対ではないのだ。

 

孫策軍は動きが無いが、劉備軍や曹操軍、公孫賛軍など激しい動きがあるところもある。人材が増えた公孫賛軍、内部分裂の兆しが

 

ある劉備軍、かつての主な人材の半分以上を俺に確保された曹操軍。そして今、董卓軍にこれまでにない動きが生じようとしている。

 

『三国志』の物語の中では完全な敵役である以上、これまではどうあがいても敗北の道を辿るしかなかった董卓軍。しかし今、この

 

軍は各勢力以上に人材が充実し、優秀な将が増えれば士気も上がるだろう。連合に数で勝る董卓軍に、質が加わったのだ。さらには

 

馬騰の支援もあるし、埋伏の毒である公孫賛軍、事実を知る孔融、そして月への助力を俺に託した陶謙。多くの勢力から有形無形の

 

援護までも得ることに成功した。ただの生贄でしかなかった董卓軍が、ようやく叛逆のための力を得たのだ。

 

俺と朱里が今まで打ってきた、勝利への布石が、今この時になって初めて活きてきた。思わぬ事態もプラスに働き、今や董卓軍は

 

大陸有数の勢力となった。連合に勝つことまではできずとも、無事に涼州…あるいは長安まででも撤退することができるだろう。

 

「ご主人様は本当にすごい方ですね…こんなに力になってくれる人がいるなんて…」

 

「出来る限りのことをやって来ただけさ。想定外の事態もあったけど、それも利にすることができたし」

 

「…これからが、本当の戦いですね」

 

「ああ…起こるべき事象の発生は避けられずとも、細かい部分で思わぬ事態が生じてくるだろう。ここからが正念場だな」

 

「はい」

 

「彼女達…張三姉妹については、ちょっと別個にやらなければならないことがあるんだが…」

 

「といいますと?」

 

「…陛下に御目通りを願えないかな?そこで陛下にもお話ししたいと思う」

 

まずは陛下に御説明差し上げなければならない。陛下がどういう人物なのかは会ってみなければわからないが、月が言う限りでは

 

物の道理と人情をよく心得、どちらかといえば道理に重きを置くが、決して人情を切り捨てない方であるとのことだ。なにも話が

 

通じない相手ではないと判断したうえで、俺はこう頼むことにしたのである。

 

「…そうですね。わかりました。私のほうから劉協様にご上奏申し上げます」

 

「すまない、頼む。三羽烏と流琉は軍の方に任せる。俺と朱里もできれば将として登用してもらいたい」

 

「…いえ。ご主人様には全軍の指揮権をお任せしたいと思っています」

 

「何?」

 

「陛下の御裁可を頂いてからになりますが…ご主人様は我が軍内でも勇名を馳せておられますから、兵も喜ぶと思います」

 

「…わかった。陛下の御裁可を頂いた暁には、責任を持って董卓軍の指揮権を預かる。ただ、俺達は連合への隠し玉でもあるから

 

 ギリギリまで秘匿してほしいんだ。いきなり俺達が立ちはだかれば連合は混乱し、足並みが揃っていないことが仇になって最悪

 

 空中分解することになる」

 

「ふふふっ…わかりました。ご主人様もお人が悪くなりましたね」

 

「『前回』は呉で冥琳の教えの下で軍師をやってたんだぞ?その後は大都督だ、ちょっとくらい人が悪くならないとな」

 

俺とて軍師の端くれ、多少はあくどい手も使う。俺達が突然出現すれば、十面埋伏どころの騒ぎではなくなるだろう。今まで大陸

 

全域に勇名を響かせてきたのはこの時のための布石でもあった。諸侯は動揺すると同時に、俺達を確保しようと押し寄せてくる。

 

麗羽や美羽はともかく…劉備軍、曹操軍、孫策軍は確実に俺達を確保するために動くはずだ。もともと反董卓連合はまともに連携

 

しているわけではない、形だけの連合である。それも各々が利を得るために動くことが予想されるため、ちょっとつついただけで

 

完全に混乱するだろう。さてさて、どうなることやら。

 

「正式な結盟は、陛下への御目通りが叶った後にしよう」

 

「そうですね…陛下も、もしかしたらその場にお立会いになるかもしれませんし」

 

「ああ。じゃあ、改めて…よろしくな、月」

 

「はい、ご主人様」

 

困難な戦いが始まる。それは最初から覚悟していたことだ。

 

だが、ここにいる面々の半分は偶然の出会いによって結び付けられた仲間達だ。これだけの力があれば、きっと乗り越えていける。

 

この時の俺は、そう思わずにはいられなかった。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

はぁ~ひぃ~ふぅ~。

 

やっと書き終わりました。Jack Tlamです。

 

今回は短かったですが、内容はそれなりに濃くできたと思います。できたかな?今になって疑問だ。

 

 

まあ多くは語りませんが、詠もねねもちゃんと謝ったし、内容は明かされずじまいでしたが罰も受けてます。

 

そして記憶が甦ると…チ○コだとかへぼ君主だとかそんなこと一切言いません。一刀があらゆる面で強くなっていることを既に

 

知っているからです。

 

 

さてさて、今回はちょっとこの後にやりたいことがあります。

 

 

第四章『連合への叛逆』(仮称)の予告です。作ってしまいました。

 

 

では、あとがきはここまでです。また次回お会いしましょう。

 

 

追伸

 

次回はとうとうあの人の登場です。

 

そして遂に恋姫たちに明かされる一刀の出自。それが意味するものは何か。

 

次回、『遠き血の記憶』。お楽しみに。

 

 

第四章『連合への叛逆』(仮称)予告

 

 

 

遂に集結する反董卓連合。そこに渦巻く多くの野心。

 

その様はまさに醜悪。正義のための連合と謳いながらも、陰謀と野心に塗れた奸物どもの巣窟。

 

 

「―おーっほっほっほっほ!さあ皆さん、雄々しく、華麗に、前進いたしますわよ!」

 

相も変わらず考えなしの袁紹。

 

 

「―董卓軍には優秀な人材が多いと聞くわ…欲しいわね。我が覇道の為に…」

 

優れた人材を多く擁する董卓軍を前に、不敵に笑む曹操。

 

 

「―董卓自身は悪くないかもしれないけどね…孫呉の未来のために、董卓にはここで舞台から降りてもらうわ」

 

愛する祖国の未来のために、敢えて連合の陰謀に乗る孫策。

 

 

「―妾の子ばかりにいい顔などさせぬのじゃ!」

 

ただ袁紹への対抗心で動く袁術。

 

 

 

そんな連合の中、ただ一つ、ある意味見当違いな考えで参加している勢力があった。

 

 

「―これだけの人が集まったんだもん…権力争いなんて、きっと関係ないよ…悪いことをしている董卓さんを倒すために…

 

 みんな、集まったんだよ、きっと。だから、みんなで力を合わせて、都に住んでる人達を助けるんだ♪」

 

 

それは、劉備軍であった。

 

己が掲げる甘ったるい理想に酔っているかのような、場違いな笑顔を浮かべる劉備の姿が、かの軍の陣地に在った。

 

 

 

そして、そんな劉備軍を離れた場所から見据える、連合が呑んでしまった猛毒・公孫賛軍の陣地には…

 

 

「―連合の意義など、最初から存在しない…この狂った連合が奏でる戦いの音色…お前はそれに踊らされるだけでいいのか?」

 

 

友を想いつつも、その成長を願い敢えて沈黙し、静かに佇む公孫賛の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

進軍を始める連合軍。

 

汜水関を前に激戦を繰り広げる中、蒼天にはためく『董』の旗の隣に、二つの旗が翻った―

 

 

 

 

 

 

 

「―そ、そんな…っ!?」

 

 

 

「―あれは…見間違うはずもない、何故あの旗がっ!?」

 

 

 

「―お、お兄ちゃん…なんでなのだ!?」

 

 

 

「―ど、どうして…どうしてなの、ご主人様ぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

汜水関に翻る、黒と白の十文字旗。悲痛な声をあげる劉備軍の面々。

 

それを横目に、諸侯もまた驚愕に包まれる。

 

 

 

「―『天の御遣い』…!…そう、その道を選ぶのね…でも、必ず私の手中にしてあげるわ…ふふふ…」

 

驚きつつも、やはり不敵に笑み、『天の御遣い』をその手中にすると一人宣言する曹操。

 

 

「―あははっ、面白いわね、あの子達…自分の力で攫いに来いってことね?…いいわ、付き合ったげる!」

 

やはり『天の御遣い』を手に入れようと言いつつも、立ちはだかる強敵の予感に心震わせる孫策。

 

 

 

そして、公孫賛軍。

 

 

「―始まったか。ならば、我らも往こう。ただ、誇りとともに」

 

 

己に託された役目を演じるべく、戦場に踏み出す公孫賛。

 

 

 

 

 

「―何故です!何故、あなたが董卓軍などに!悪政を敷く董卓などに肩入れするのですか!」

 

「―深く考えもせずに人を悪と断じる劉備に付和雷同し、刃を振るうあなたなどに教えることではありませんよ、関雲長!」

 

軍神関羽、対するは黒十字を掲げる北郷朱里。

 

 

「―どうしてなのだ!?お兄ちゃん、なんで鈴々たちの前に立ち塞がってるのだ!?」

 

「―知りたいなら、俺を倒して見せろ!すべての答えは、自分で戦って勝ち取らなければならないんだ、鈴々…いや、張翼徳!」

 

燕人張飛、対するは白十字を掲げる北郷一刀。

 

 

 

そして、その姿を求めてやって来た劉備。

 

 

「―どうして董卓さんなんかに味方するのっ!?わたしたちのご主人様であるあなたが、どうしてっ!?」

 

 

そのあまりに身勝手な物言いを、一刀は静かに、かつ峻烈に糾弾する。

 

 

「―俺は、君達の主人になった覚えはない…まだ、そんなことを言っているのか!身勝手に過ぎるぞ、劉玄徳!」

 

 

一刀の糾弾を無視するかのように、劉備は尚も言い募る。

 

 

「―董卓さんは洛陽の人たちを苦しめる悪い人なんだよ!どうしてそんな人に味方するのっ!?目を覚まして、ご主人様ぁっ!!」

 

 

目の前に見えるものに拘泥し続ける劉備の言葉は、決して一刀に届くことは無い。

 

 

「―その眼に映る真実のみに拘泥することが、如何に愚かしいかわからないのか!理想を追う君の戦いが、誰かの理想を

 

 奪っていると、何故気づかないんだ!希望も、絶望も、どちらか一方に偏ることは決してないと、俺は君に教えたはずだ!

 

 君の理想は、決して実現し得ない愚かな『夢想』なんだ!」

 

 

「―実現できるよっ!だから、ご主人様たちも一緒に戦おうよ!そうすれば、みんなで笑顔になれる世界が作れるんだからぁっ!!」

 

 

劉備の放つその言葉を受け、一刀は遂に激昂する。

 

 

「―それがすでに君の理想を裏切っていることに、何故気づかないっ!この…愚か者がぁっ!!」

 

 

一刀の刀が、劉備を地面に打ち据える。そして、一刀は劉備にその切っ先を突きつけ、言い放った。

 

 

「―最早、問答無用…俺は、君の敵だ。この乱世が果てるその時まで…俺達の道が交わることはない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠久の時を超えし『外史を渡るもの』…その真の力の一端が、今ここに解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人々は思う―我々は何を間違った?

 

 

 

 

 

人々は戦慄く―我々は何を敵に回した?

 

 

 

 

 

人々は瞠目する―我々は何を得ようとした?

 

 

 

 

 

人々はただ頽れる―我々は何を見ているというのだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―人などでは、ない―


 
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