No.63852

帝記・北郷:番外記~龍か人か~


えーと、はい。予告とは違ってまた龍志編です。
実は、四日ほど家を空けることになりまして。その前に、前作のコメントからやはり龍志についてははっきりさせておかないと不味いかなと思いましたので、短いですが投稿させていただきます。

オリキャラ注意

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2009-03-17 22:04:12 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5354   閲覧ユーザー数:4411

 

『帝記・北郷:番外記~龍か人か~』

 

 

夜も更けて、草木も眠る丑三つ時。

風が幕舎を揺らし、煌々と陣を照らす松明を揺らす。

警備の兵以外は寝静まっているであろうこの時間に、未だ灯りの点いたまま他の幕舎があった。

孫呉の新将・龍泰こと龍志の幕舎。

彼は特に何をするでもなく、ただ卓上に輝く灯火を見つめている。

それにしても驚くほど空虚な部屋だ。鎧と剣。その他には衣服を入れる小さな葛篭と少々の書物。そして卓と椅子だけ。

座臥すらない。彼は孫呉に来てから睡眠を椅子の上でとるのが常であった。

「……眠れないのですか?」

彼の他には誰もいない幕舎に、柔かな女の声が響く。

それに驚くこともなく、龍志は一言。

「はい」

「そうですか…」

大きく灯火が揺れる。

風の為ではない。急激に濃くなり始めた龍志とは別の存在に反応しているのだ。

やがて、宅を挟んで龍志の前に現れたのは水鏡先生こと夢奇であった。

「お久しぶりです」

椅子から立ち上がり丁寧に頭を下げる龍志。

かつて外史に巻き込まれ、今にいたるまでの五百年近く。その間、彼に武芸と兵法を教えたのはこの夢奇である。

「折角久しぶりに会ったんです…星を見ながら話しませんか?」

夢奇の提案に、龍志は微笑みながら首を縦に振った。

 

呉の陣営近くの河原。

ただでさえ夜である上に、戦争が始まると聞いて周辺の民達は避難をしてしまっているこの周辺には、人影の類は全く見えない。

いや、厳密には二つの影が河原に佇み静かに清流の音色に耳を預けていた。

「……どうですか?呉は」

「はい。自分でも驚くほど……辛いです」

昼間、冥琳に答えたのとは全く違う答え。

その事を知ってか知らずか、夢奇は閉ざされた目をすっと細めて。

「良かった…私にまで上辺だけの言葉を言っていたら、破門するところでしたよ」

「最初から解っていると思っていましたからね……」

苦笑気味に笑う龍志。

その笑みは、見る人が見たら涙を流さんばかりに痛々しい。

「龍…風…将の中の将…王の選定者……あなたを語る言葉を耳にするたびに、昔のあなたを知る身としては何とも言えない空々しさに襲われますよ。結局、あなたはそういうものでしか求められない。人間・龍志を求める者は今、この大陸に何人いるのか……」

「都合の良い話だとは我ながら思いますがね。自分が選んだ…そう、きっと自分が選んだはずの道なんですから……」

それはまるで、自分に言い聞かせるような言葉。

五百年の放浪の果てにようやく得た、自分の天命。

そのいや、天命かどうかなど関係ない。自分が生きながらえてきた命を燃やすにふさわしいと彼自身が決めた生き方。

そう、彼自身が決めたはずの。

 

 

「なかなか面白い脚本じゃありませんでしたか?」

不意に明るい笑みを浮かべて龍志は夢奇を振り返る。

「この世界に戻って来た一人の男の持つ未完成の器を育て上げ、自分の死によって…自分が永久に失われることによって男の器は完成し、自分は長きにわたる生の充足を得る……」

「死が欲しかったのですね。あなたは。自分の生きてきた歳月に見合った意義ある死が」

夢奇の問いに、くっくっと龍志は喉を鳴らし。

「ええ…死にたかった。ただ襲い来る敵を倒し、生きて欲しいという恋人の願いの元にひたすらに生き続けた五百年。生きること…それ自体が自分の生きる理由だった五百年……何かの為に生きる。そんなことすら忘れてしまう日々の果てに…せめて何かの為に、誰かの為にこの命を燃やしつくしたかった」

百年を越え、時に千年を越える生粋の外史の管理者ですら、外史の管理や干渉といった存在理由によってあり続ける。

だが、龍志は元々ただの人間なのだ。不老の身を得たとしても、心は人間のままなのだ。

人間の心のまま、五百年をただひたすらに生き続けた。

ただ生きる為に敵を倒し、見届ける外史に過去の面影を見ながら過ごし続ける。

そんな最中だった。

北郷一刀を見つけたのは。

「北郷一刀…」

空を仰いでぶるりと身を震わせる龍志。

「数多の外史の中でただ一人、その脚本を書き換えた存在」

龍志は一刀に興味を持った。その秘めたる可能性に。

初めて、生きること以外に自分の生きる目的を得た。

そして、彼こそが自分の五百年のフィナーレを飾るに相応しいパートナーだと確信した。

「彼を導き…彼の為に死ぬ。それが俺の望み。そしてそれは満たされる…そう、満たされるはずだった!!」

狂おしい程の絶叫が森を震わす。

眠っていた鳥が数羽、夜闇へと飛び立つ。

「なのに…私はまた死に損なった!!生き永らえた!!あの日と同じように!!」

「そして、思ったわけですね。外史に絶望し、異端者として外史に染まることなく生き続け、今また外史の新しい可能性を創らんとした自分もまた……外史の掌の上で外史の思い通りに動かされてる駒に過ぎないのではないかと」

理想の死すら許されず、自らの意思とは関係なく生かされる。

もしも自分の生殺与奪すら外史のものであるなら、彼の五百年は彼の意思ではなく外史の意思ではないという保証がどこにあろう。

北郷一刀の可能性もまた、外史の脚本通りだとしたらどうなのだろう。

「だから、戻れなかった。あなたが新魏に戻らなかったのは北郷一刀の成長の為ではない。彼と共に歩む道が自分の意思によるものでないと思うのが怖かったから。五百年の生存意義を見出した相手から、それを覆しかねない真実を突き付けられたくなかったから」

はあ。と夢奇は深い溜息を吐く。

その息は重く、河原の空気そのものすら沈ませんばかりに重かった。

 

 

「そしてそれを否定するかのようにあなたは自分がこの世界で作った役割にこだわる。北郷一刀という王を育てる風、王を見極める選定者…嗚呼、無残滑稽笑劇諧謔。何という皮肉。何という茶番。否定されんとするものに縋りつくことでしか自己存在を確立できない。他にあなたの五百年を彩るものは何も無い。いかなる将器もいかなる武技もいかなる才能も、あなたが生きた証にはなりえない。何故なら人間にとっての自己存在とは他者に依存することなしには語れないものであると共に、あなたにとってそれらは生きるために得、一字の安らぎの為に得た、路傍の花にすぎないのだから!!」

漆黒の外套を打ち鳴らし、歌姫のように手を掲げる夢奇。

陶酔した表情から紡がれるは傾国の美女の歌声のようであり、万魔を統べる夜闇の王の哄笑であり。

「……そう。全ては路傍の花。俺の生きてきた意義を示すものなど何も無い。全ては無為…全ては無価値…この身は所詮、外史の脚本に抗わんとして彼のものに操られ続けた愚かなる道化」

「ですが、この世界と縁を繋いだ以上。あなたの存在はこの世界に与える影響は大きい…聞きましょう龍志君。あなたが今、本当にしたい事は?」

「俺は…俺は一刀の下に戻りたい」

振るえる声で、しかしはっきりと龍志はそう言う。

「俺に…五百年の人生の価値を教えてくれたのはあいつだ…でも、でも俺があいつと共に戦う度に、もはや俺はそれが自分の意思なのか外史の意思なのか解らなくなる」

「だから、『何となく』孫呉にいるわけですね。北郷一刀を思う気持ちを否定すれば今まであなたが築いた自己存在が薄くなり、彼を思えば思う程それが自分の感情なのか解らなくなる…だから、答えが見つかるまでは感情の赴くままに彷徨うのみ。ふふ、周公謹も哀れなものです。君の振る舞いに君を測りかねていると言うのに、その実は現実から目を背けるための戯れに過ぎないとはねぇ」

「……彼女は助けますよ」

「くく…良くも悪くも真面目でお人よしだ。気まぐれでもその一挙一動には責任を持たずにはいられない」

『だから外史だの存在意義だのに振り回されるのだ』とは言わないでおく。

龍志の考えが正しかろうと間違っていようと、彼がそう思い行動するならば夢奇にそれを否定する権利はない。

その果てに龍志に如何なる最後が訪れようと、傍観者たる自分がその命運を左右するつもりはない。

彼女は水鏡、何かを映すものでありその形を歪めるものではない。

求められれば助けることもあるが、そうでなければただ見詰めるのみ。

(ですが…)

それでも、こうして龍志の元に顔を出したのは。

彼が自分の愛弟子であり、形は違えどかつての自分と同じだから……。

「…長居をしました。あなたも明日から荊州に向かうのでしょう?」

「ええ…一刀と刃を交えるのはまだ後になりそうです」

「ふ…その覚悟があればですがね。まあ、それも私にとっては好々」

すっと、夜闇に溶けて行く夢奇。

その姿を驚くほど穏やかな瞳で見詰めながら、龍志はただ一言こう言った。

「ありがとうございました」

その言葉に笑みと共にうっすらと閉ざされた瞼を開いて、夢奇は消えていく。

(将帥…風…選定者……彼がこの世界で作って来た偽りの姿。もしも彼を救える人がいるとしたら、それらではなく龍志という一個の人間を求める人なのでしょうね……)

そんな事を思いながら。

 

                       ~終~

 

 

あとがき

 

どうも、タタリ大佐です。

まず、嘘予告すみません。やっぱり旅立つ前にこれだけははっきりしておかないと、帰って来た頃に龍志の株が大暴落していそうだったもので、二話分くらい早くこちらをアップしました。

読んで解るかもしれませんが、これは前作とは対になる話です(タイトルも変更を忘れていたので変更しました。というか、今回の件の原因はそこにある気がする。なんで『王佐の才』のままにしていたんだろう……)

前作で龍志の行動に疑問を抱いた方々。正解です。前作の新タイトルを見れば解ると思いますが、龍志は二つの演技をしていました。一つは記憶を失ったという演技。もう一つは自分と読み手を偽る演技です。

正直、他の恋姫作品ではないものを書きたいと思った時に、一つ大きなウェイトを持ったのが龍志の過去です。外史に取り込まれた人間の末路の一つにはこう言うものもあるんじゃないかなぁと思っていたものの一つを書かせていただきました。

今までが一刀の成長の物語だとしたら、これからは少しですが龍志の成長にも視点を当てます。

というのも、一刀≒龍志という初期からの構図は未だに生きている以上、彼も成長させるべきですし、救わねばならない対象だと思うからです。

お分かりかもしれませんが、もしも龍志があのまま死んでいたら、それが今回書いたように龍志の幸せだったという書き方にするつもりでした(個人的にはあまりしたくなかったので助かりましたが)。

 

それから前作のコメントでありましたが、維新軍の本来の目的はどうなったんだという問いですが…これに関しては実は半分は作者の企みどおりに動いていたりします。

そもそも、華琳救出戦以降から維新軍の在り方は変更を余儀なくされています。そのことをあえて詳しく書かなかったのは、一刀が王としての自覚に目覚めて覇王の道を選ぶまでを状況に流されてではなく、彼の意思で行うと言う事を強調したかったからです。

まあ、作中でのさりげない説明や補足を私が忘れている段階でもはや破綻していたのですが……。

 

切腹!!

 

では、今度こそ一刀の話で出会う事を約束して、しばらく後にお会いしましょう。

 

 

追伸

龍志と原作キャラの恋愛についてですが、現在用意している予備稿の内には華雄を含めれば二人ほどあったりします(今のところ本稿にはなっていませんが)

書くことはないと思いますが、予想してみても面白い……事はないですね別に。

基本的にそれ系統はほぼ無いです(華雄を除けば)蓮華のあれは恋愛というよりも(存在への)憧れみたいなものですし、亜紗は敬愛という事にしています。

 

 

ではでは、いずれまた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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