No.638045

BADO〜風雲騎士〜矜持

i-pod男さん

第三話投下です。どうぞ。

2013-11-18 23:33:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:527   閲覧ユーザー数:527

「凪、朝。起きる。」

 

エプロンを付けたララに揺すられ、凪は重い瞼を擦って上体を起こすと、大の字になって寝そべっていたキングサイズのベッドから滑り降りた。ベッド脇に置いてある水差しから直接飲み、喉を鳴らして中身を全て飲み干した。

 

「ご飯、出来た。食べる。」

 

「ああ。そうする。」

 

引き出しの中から数あるタンクトップの一つに袖を通すと、コートを肩に引っ掛けて座った。トーストやスクランブルエッグなどの質素な献立が湯気を立てている。

 

「元老院に向かう。短剣を渡したら、閑岱に行くぞ。」

 

閑岱は、ララの様に魔戒法師だけが幼い頃から修行を積む所である。だが、そこでやって行くには騎士に負けず劣らず厳しい修行に耐え続けなければならない。

 

「まだ早い。何で?」

 

「頼んでいた物を受け取りに行く。今の俺じゃ、父さんみたいに気力だけで高威力の術は使えない。ある程度負担を軽減する為の道具が必要だ。今日はレオさんは確かそこにいる筈だ。」

 

「閑岱、久し振り。ガライ法師、会いたい。」

 

凪は大きく齧り取ったトーストを咀嚼し、コーヒーで流し込んだ。

 

「会えるかどうかは分からん。急ぎの用事だからな。物を受け取ったら直ぐに帰る。魔街道を使えるうちに済ませる。閑岱からまたここに戻るまで徒歩では一週間近く掛かるからな。」

 

「うぅ〜。」

 

項垂れるララ。

 

「だが、まあ、行く事は伝えている。運が良ければ会えるかもな。支度しろ。この近くにある魔街道は閉じないが、早く行くに越した事は無い。」

 

空になった皿やマグを片付けると、コートを羽織って足早に塒を後にした。ララもトテトテと後ろから鞄を持ってついて行く。外に出ると、袋小路にある煉瓦作りの壁にゲルバを巻き付けた左手を翳した。ゲルバの両目から光が放たれ、壁の一部が溶ける様に崩れ去った。その空間の中に凪とララが足を踏み込むと、すぐにその入り口は消えてしまう。壁に固定された幾本もの松明に照らされる一本道を、二人は無言で歩いた。

 

「着いたぞ。」

 

地面が裂け、階段の様に土が凝り固まった。それを登って行き、再び大口を開けた地面がまるで裂け目が最初から存在しなかったかの様にあっという間に閉じる。

 

「凪殿、待っておったぞ。」

 

灰色になった髪を後ろで束ねた老婆が杖を片手に出迎えた。彼女の数歩後ろでは、山伏の様な風体の女性二人が錫杖を持っている。付き人も兼ねた護衛なのだろう。

 

「ガライ法師。わざわざ出迎えずとも・・・・」

 

「いやいや、気にするでない。儂も、ララが元気にしておるかどうか気掛かりでのう。」

 

孫娘を可愛がる祖母の様にガライはララの頭を優しく撫でた。

 

「あぅ〜・・・・」

 

擽ったいやら恥ずかしいやらでララは身を揺するが、ガライの手を振り払おうとはしなかった。

 

「ララは元々、法師に懐いていましたから。レオさんはいますか?頼んだ物を受け取りに来たんですが。」

 

「魔界の森に何ぞ用があると言っておったからのう、そろそろ戻る筈じゃが。」

 

「では、暫くこちらで待たせて頂いても?」

 

「おうおう、構わんぞ。茶の一杯でも飲んでゆっくりして行け。しかし、二人共大きくなったなあ、ん〜?ララは相変わらず綺麗な髪をしとるし、凪殿はまた一段と目付きが悪うなっとる気がするぞ?」

 

指先で眉間の皺をちょんちょんと触る。元々目尻は少し高めな凪は、顰めっ面をする時はその目尻が更に上がる為、より険悪な顔付きになってしまうのだ。

 

「顔は元々です。」

 

「父親の血が濃く受け継がれておる。旋風(つむじ)は、他人にも己にも、厳しい男じゃった。」

 

凪は何も言わずにガライに着いて行き、山小屋で進められたお茶を飲んでレオの帰りを待った。

 

「凪。凪、お父さん、どんな人?」

 

「一言で表すなら、強い、だな。牙狼には負けるかもしれないが、ソウルメタルを操れて、尚且つ術を使える魔戒騎士はそうはいないからな。それに、何よりも掟の遵守と秩序を重んじた。たとえ相手が自分より立ち場が上であろうとそれは変わらなかった。」

 

「じゃが御主の母上、ルカには甘かったのう。バルチャスやサバックでもほぼ負け知らずだったあの石頭がたとえ微笑でも、笑うのを見たのは初めてじゃ。惚れた弱み、とでも言うべき物じゃろうな。」

 

凪は何も言わずにお茶を啜った。

 

「只いま戻りました。遅くなってしまってすいません、ガライ法師。」

 

所々に暗いオレンジ色があしらわれた黒いコートを着て、左手には木の実や様々な植物が詰まった竹で編んだ籠を持った黒髪の青年が戸口に現れた。

 

「おお、レオ。遅くなったから少し心配したが、杞憂で済んで良かった良かった。」

 

「お久し振りです。」

 

凪は立ち上がって一礼した。ララもそれにならってペコリと小さく頭を下げる。

 

「あれの受け取りですか。出来てますよ、どうぞ。」

 

首から下げた革のポーチを開き、その中から瞳の形をした琥珀を嵌め込んだ二つの指輪を取り出した。指輪の方には様々な紋様が彫られており、どれ程の時間をかけて生み出されたか。

 

「指輪、綺麗・・・・」

 

「一週間足らずでここまでやれるなんて。」

 

それを受け取った凪は繁々とあらゆる角度からその指輪を観察した。指にもぴったりと嵌る。

 

「必要な材料は元々揃っていたので、作る事自体は簡単でした。」

 

「流石は阿門法師の再来と呼ばれる男じゃのう。」

 

「それよりも、凪さん。聞きましたよ。また法師を斬りそうになったと。」

 

「ホラーに取り憑かれた人間を庇おうとしました。そして明確な敵意を持って俺を攻撃した。だから応戦したまでです。こう言った事は話し合っても無駄ですから、やむを得ない時は斬ります。」

 

レオの言葉に若干刺のある言葉で返す凪。

 

「此奴とて馬鹿ではない。元老院に背けば寿命を削られる事ぐらい承知の上よ。」

 

茶碗に残ったお茶を飲み干すと、ゲルバの言葉を皮切りに立ち上がってレオを真っ直ぐに見据えた。

 

「バラデューク・バラゴ・ヤリュバ・ガロ。全ての騎士は希望の光となる。ガロは旧魔戒語で『希望』と言う意味を持つ様に、バドは『裁き』と言う意味を持つ。俺の先祖は、魔戒騎士の掟の礎を作り上げました。掟は確かに厳しい。だがその厳しさ故、今まで騎士や法師は生き残って来た。俺は今更そのやり方を変える気はありません。」

 

「レオや、この男は随分と頭が堅い気質だねえ。冴島鋼牙ですら少しは可愛げのある騎士だったのに。」

 

レオの指に嵌った豪奢な髑髏の指輪がしゃがれた老婆の声を発した。顎が動く度にカチカチと音を立てる。

 

「掟を破って潔く償おうとしない者は、たとえ誰であろうと、魔界の森にでも分け入って絶対に探し出し、粛正する。たとえ上位の騎士や法師でも・・・・・それが俺の、騎士としての矜持です。お茶、ご馳走様でした、ガライ法師。ララ、帰るぞ。」

 

ガライとレオに一礼すると、これ以上話す事は無いとばかりにコートの裾を翻して魔街道の中へと消えて行った。

 

「凪、怒る、良くない。」

 

「怒ってはいない。ただ・・・・」

 

その続きを、凪は言わなかった。唇をキッと引き結ぶと、歩みを早めた。

 

「あ、凪、待って!」

 


 
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