No.632642

恋姫異聞録173 -女舞 第一部-

絶影さん

大変遅くなり、申し訳ありませんでした

仕事が忙しくなったということと、環境の変化で時間が取れず
ふた月も開けてしまう等と、不覚をとりました

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2013-10-30 23:29:30 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5623   閲覧ユーザー数:4229

天へ放たれた氣塊

魏延の眼の映ったそれは、武器を譲り受けた時からよく目にする馴染みの有る光景

 

光、衝撃、そして波動

 

それらは、己の手にする武器である豪天砲が放つ氣の塊と同等かそれ以上

 

「ふぅーっ、危うく凪達まで巻き込むとこやった」

 

「ごめんなのー、真桜ちゃん」

 

焦りをため息で一気に吐き出す真桜は、玄天豪雷槍と名付けられた漆黒の甲殻を纏う螺旋槍を魏延へ向け

後ろで真桜の腕を掴んでいた沙和は、真桜へ向かって軽く頭を下げていた

 

「やーっぱり、隊長の髪つこうてると言うこと聞かへんな。次は、さっきの半分でエエで沙和」

 

「その武器は、豪天砲と同じなのか!?」

 

「同じ?同じなわけあるか、コイツはウチの最終にして最高。隊長の天命、玄天の名を持つウチだけの最強の武器や」

 

唸り声のような音を立て、高速回転を続ける螺旋状の槍は、穂先に氣を纏っているのかバチバチと音を立て、まるで放電しているかのようであり

目の前の敵を威嚇するかのようでもあった

 

「桔梗様から授かったこの武器が、そんな細い槍を壊せないなんて事が有るはずが無いっ!」

 

「確かに豪天砲は、攻撃力に置いてどんな武器でも凌ぐ。でもな、玄天は、玄武の甲羅は貫けん!」

 

起き上がった魏延は、飛び上がるようにして再び嵐のような攻撃を鈍碎骨と豪天砲を交互に振り回し、真桜が構える玄武の甲殻へと叩きつけられる

だが、真桜は後ろへ下がるどころか、前へ前へと間合いを詰める

 

魏延には信じられなかった、まず1つ目に己の獲物で有る大金棒、鈍碎骨が弾かれている光景

 

「幾層にも重ねた玉鋼は、超重武器さえ弾き返す!」

 

重量のある武器を振り切った後、身体が流されるのを防ぐために撃ち出される厳顔より授かった豪天砲の砲撃と鉄杭は、槍の丸みを帯びた甲殻に流される

 

「反りの有る甲殻は直進する攻撃を受け流し、甲殻に塗られた黒い塗装は豪天砲の薬莢に使われとるのと同じモンや!」

 

氣の塊は表面を滑るようにして斜め上へと飛び散り、鉄杭を放つ豪天砲の銃身を押し返す

 

確かに真桜の持つ武器は、豪天砲とは全くの真逆の武器であり防御に特化した武器に見える

しかし、魏延にはどうしても納得がいかなかった。理由は簡単な事だ。以前、厳顔の前に立った三人の姿を見て、目の前に居る真桜に対し

とてもではないが、自分の攻撃を受けてなお前に出れるほどの膂力があるとは思えなかったのだ

 

これだけ重さのある武器を叩きつければ、誰であろうと衝撃に耐え切れず手が震え、いずれ武器を落とすはず

 

だが、目の前の将は武器を手放すどころか後ろに下がることもなく前へ前へと突き進んでくるのだ

 

「この!ならば、これでどうだっ!!」

 

二歩ほど下がった所で魏延は歯を噛み締め、地面に足を突き刺すようにして腰を落とし、身体を固定し豪天砲を両手持ちに切り替え撃鉄は全ての薬莢にその鉄槌を構える

六発の薬莢に凝縮され、逃げ場を失った魏延の荒々しい氣の塊は、一斉に撃鉄に叩かれると同時に逃げ場を求めるように前方へ

 

真桜の構える玄天豪雷槍へと放たれた

 

「沙和っ!」

 

「はいなのーっ!!」

 

叫ぶ真桜、応える沙和

 

魏延の目の前には、球状の巨大な光球を受け渡される真桜の姿

そして、同じくして螺旋状の穂先に着けられた7つの小さな砲門から放たれる氣の奔流

 

「うおおおっ!」

 

今度は互角であったのか、魏延はぶつかり合う氣弾の衝撃に押され後ろへと下がってしまい、回りを取り囲む兵達は魏延の下がる姿に驚きの声をあげていた

 

「見えたか、玄天に着けられた八つの砲門が」

 

「豪天砲の全弾と互角だと!?」

 

「互角なわけあるかい、攻撃逸らしただけや。まともに当たれば豪天砲の一発と玄天の全弾が互角や」

 

真桜の言うとおり、あの一瞬で真桜は武器を斜めに構え沙和から渡された氣を槍へ装填

豪天砲の全弾発射を斜め下から全弾発射にて迎え撃ち、力の方向を変えて受け流していたのだ

 

「い、石突からも氣の放出をしていたのか!?」

 

「そうや、7つは前に、8つ目はちょっと大きめにして、石突に付けることで使用者の身体に負担をかけることはない!」

 

地面に出来た焦げ跡と穴が真桜の武器の石突に取り付けられた砲門を証明していた

 

「鈍碎骨を受けながら前に進んで来たのはそういう事か」

 

唇を噛みしめる魏延

 

そう、魏延の攻撃を受けながらも前に進んでいたのは、武器が玄天の甲殻に叩き付けられるのにあわせ

石突からの砲撃を行い、衝撃をゼロに。同時に踏み込み、魏延に対して前へ前へと間合いを潰していたのだ

 

「あー、先に言っとくけどウチの氣が切れるのを待つとか、根比べとかせんほうがエエで」

 

考えを見透かされたかのように魏延はハッとするが、敵に惑わされるものかと首を振り

再び、魏延は愚直に攻撃を繰り返し始めた。攻撃を繰り返すのは理由が有る

 

地面を砲撃で撃ち、砂煙を巻き上げ目眩まし、砲撃での瞬間移動、小手先の技が真桜の持つ武器、玄天には通用しない

砂煙はあの高速回転の穂先でかき消され、砲撃での移動は、向こうも同様に使えるのだ

 

ならば、豪天砲と鈍碎骨の連撃を続ければいずれ氣は尽きる。武器の砲門を見て分かるように豪天砲と比べ小さい

 

つまりは、使用者の氣は少なく攻撃をそらすほどしか持ちあわせて居ないのだ

 

仲間から氣を受け取っていたようだが、先ほど大量に放出したばかりだ

豪天砲を超える程の砲撃、あの武器の全弾発射に違いないと魏延は武器に渾身の力を込めて振り回す

 

「聞き分け無いやつやな。沙和、頼むでっ!」

 

「はいなのー!」

 

真桜の言葉に答え、沙和は深く深呼吸を一つ。自然石を媒介にして自然界からの氣を、外気を身体に取り込んでいく

 

それは、目に見えるほどの氣の奔流。風の流れが目視出来るかのように、沙和を中心にして氣の渦が出来上がり沙和の掌へと集まっていく

 

「調整は頼んだで。あんまり餌やりすぎると、隊長とちごうて言うこと聞きひんからな」

 

「おまかせなのーっ!!」

 

自然界から取り込んだ氣を沙和の体内にて内気功ヘと練り直し、真桜に手渡すように左腕を握れば

真桜の身体に移動した黄金色の氣の塊は、攻撃の氣である発勁へと変換され玄天へと吸収されていく

 

「うっ!?」

 

魏延の眼に映ったのは、受け渡された左腕が大量の氣に当てられボロボロになりながらガトリング砲のように穂先を回転させながら砲撃を繰り返す真桜と

大気に漂う氣を集め、器となる沙和の身体が氣の奔流で傷つけられて行く姿

 

だが、二人の身体は倒れる事も崩れる事もない。何故ならば、沙和が同時に回復を行っているからだ

 

「外から氣を取り込んでいるのか?ば、馬鹿が!寿命を縮めてるだけだ!!」

 

「アホウ、命削るのビビって此処で負けるとかあるかぁ!」

 

無理な回復は体細胞の負担にしかならない。だが、二人はそんなことをものともせずに平然と行ってくる

玄天と呼ばれる武器も、普通に使えば、豪天砲が相手でなければ使用者の身体に負担をかけない素晴らしい武器なのだろう

だが、目の前に有るのは真桜が全ての知恵を使って創りだした謹製武器。そして決定的に違うのは、もう一つの謹製武器の使用者が違う

真桜では、魏延に対して氣の総量も力量も全てが敵わない。だからこそ身体を、命を削る

 

「真桜ちゃん、その武器って隊長の髪が・・・大丈夫なのー?」

 

沙和の言葉に真桜は、心底嬉しそうに笑を零す

 

確かに、沙和の言うとおり豪天砲や玄天に使用されている特殊な鉱石は、薄氷の上を歩くような製錬法と錬金が必要となる

霞に以前、豪天砲と同じモノを作ってくれと言われ、無理だと真桜自身が言っていた

 

「ウチの髪を混ぜたらおとなしゅうなりおったんや。誰の髪でもアカンかった、ウチの髪だけがコイツを大人しく出来る」

 

その無理を、真桜は今まで行ってきた知識を使い克服していた。小さな砲門に備えられたのは、昭の髪を使用した薬莢

針に糸を通すような技術を要する特殊な砲弾は、昭の髪を混ぜる事で小型化に成功。更に、真桜の髪を混ぜる事によって、使用者を選ぶ武器が真桜にのみ従う意志を見せていた

 

真桜は笑う。何一つ許容しない、誰の髪を使っても特殊鋼材との適合を見せない昭の髪が、唯一真桜の髪とだけ適合を見せた

 

「華琳様の髪と混ぜてもダメ、春蘭様の髪でもダメ、秋蘭様の髪でも隊長の髪を混ぜた鋼材が氣を四方に吐き出して崩れた」

 

更に踏み込み、砲撃を繰り返し魏延の攻撃を受け流す

 

「コイツが出来た時は、ホンマにうれしゅうてボロボロ泣いてもうた」

 

竜巻のような魏延の攻撃の嵐を、真桜の持つ玄天は平然と受け続ける

まるで武器が【お前を護る、お前だけを何時でも、どんな時でも護り続ける】と言っているかのように

 

魏延の攻撃を受けるたびに、玄天の甲殻は黒く輝き、螺旋の渦は全てを飲み込むかのように雄々しい音を立て始めていた

 

「玄天、ウチだけの武器。何処までも一緒や、ウチと一緒に皆を導いてくれっ!!」

 

「ならばっ!私は、全霊を持って貴様の武器ごと消し去ってくれる!」

 

意を決し、魏延が選んだのは全弾の連続発射。例え、己の武器の力を流されると言っても限度があるはず

そう考えた魏延は、地面に再び足を打ち付けるように踏みしめ、豪天砲の砲門を真桜達へと向けた

 

耳を劈く氣の破裂音。撃鉄に叩かれた薬莢に凝縮された氣は、逃げ場を与えられ大口を空ける獣のように真桜に襲いかかる

 

「此処やっ!ウチを掴め、沙和ぁっ!!」

 

「!?」

 

足を前に踏みだし、突き進んでくる真桜に対し豪天砲の全弾発射を持って迎え撃てば

真桜は、沙和から受け取った氣の塊を己の身体に押しとどめ、肉体を氣の激流で傷つけながらも、まるで昭のように

玄天に着けられた石突の砲撃を使い、地面を滑るように高速移動をする真桜と沙和

 

「お前は此処で終いやぁっ!いくでっ!!」

 

「はいなのーっ!!」

 

此処に来て、訓練で繰り返し行った舞、昭が厳顔の前で氣弾を潜った動きを見せる

 

「じ、地面を滑って!!」

 

魏延の眼に映ったのは、二発目の全弾発射をくぐり抜け真下から槍の穂先を向ける真桜の姿

 

「コレが、ウチが隊長の元で培うてきた力や」

 

玄天の甲殻で砲撃を反らしつつ、真桜は地面に石突を突き立て、魏延の腹に全弾を持って報復の一撃を放つ

 

「玄天豪雷槍、全弾発射ぁっ!!」

 

ピタリと腹の前で止められた穂先から、稲妻のような轟音と共に放出される氣の塊は、魏延の身体を空高く弾き飛ばし

天に一筋の黄金の跡を残していた

 

 

 

 

 

 

「焔耶っ!!」

 

地面に叩き付けられる魏延の姿を目の当たりにした厳顔の武器は鈍る

だが、凪の攻撃はとどまることを知らない。まるで、タガが外れたかのように自由に、そして奔放に千変万化の攻撃を繰り返す

 

舌打ちを一つするが、凪の道を断つ拳、截拳道が容赦なく襲いかかる

 

速すぎるフィンガージャブ、変則的な背面を見せる回し蹴り、裏拳から上下への足技

かと思えば、急に間合いを外して此方の気を削いでしまう変則的な動きに、厳顔は幻惑され戸惑っていた

 

「ちいっ!上かと思えば下、下かと思えば上、何よりもその背を見せる攻撃が忌々しいっ!!」

 

苦虫を噛み潰したかのような顔を見せる厳顔に対し、凪は攻撃をピタリと止めて後方へステップ

 

左右の構えをスイッチして、挑発するかのように蹴りで空を切らせた

 

凪には珍しい、いや、彼女の性格からすれば挑発などしたことは無いであろうはず

 

しかし、厳顔の目の前に立つ彼女は、まるで別人であるかのように、自然体から変則的な攻撃を繰り返す

 

厳顔の持つ武器のように撓る蹴撃、直線から弧を描くような曲線を描く拳撃

 

どれもが型にはまらぬ攻撃。まさに自由と言う言葉がそっくりそのまま当てはまる

 

「まるで別人ではないか、一体貴様等に何があった」

 

間合いを外し、武器を構えて叫ぶ厳顔に凪は、無表情で己の手甲の下地を向ける

 

凪の手甲の下地に使われた布は、昭の外套。そして、昭の真名である叢雲の叢の文字

 

「群れ、群れる事が貴様等の強さ、群れる事で仲間の知と力を手に入れたとでも言いたいのか?」

 

無言、されど仕草には言葉が有る

 

「儂の攻撃を投影し、先の先を突く、道を断つ拳。明鏡止水か」

 

凪いだ場所では、水は鏡となる。凪の技に翻弄され続けていた厳顔は、成る程と小さく頷き、地面に倒れる魏延の姿を横目に写す

 

静かな怒りと共に、桃厳狂と名付けられた大剣の柄に着けられた留め金を思い切り引張る厳顔

繰り抜かれた大剣の中央に備えられた鋼線は、引き絞られた弓のように緊張し、剣自体を支える支柱へと変わる

 

「貴様の技、しかとこの眼に納させてもらった。今度は、此方の剣技を魅せようではないか」

 

一瞬で張り詰めた空気が辺りを支配し、厳顔はゆっくりと大剣を肩に担ぐ用にして自然体へ、【無拍子】の型へと構えを変える

 

眼は鋭く、細く、獲物を狙う猛禽類のように、溢れだす殺気が厳顔の身体を包み込む

 

回りで武器をぶつけ合い、戦い続ける魏と蜀の兵士達までもが厳顔の異常とも言える殺気に包まれ、足が止まっていた

 

「凪っ!ウチも手伝うっ!」

 

「沙和も一緒なの!」

 

敵を退けた真桜と沙和が、凪の元へと駆け寄ろうとすれば凪は、無言で首を振り、後方の炎の壁を指さした

 

「二人共、任せた」

 

トントンと拍子を刻んでいた凪の足は、柔らかく地面に吸い付き握られた拳は軽く開かれ、適度な脱力状態へと変わっていた

 

しかし、その様子からは想像が着かない程の殺気と気合、氣の高まりが感じられ、沙和は頷く

 

「わかったの、沙和も凪ちゃんを信じてる」

 

「そういう事か、ええで任せたわ凪!」

 

凪からの無言の言葉が通じたのか、二人は凪とは反対方向へ走り出す

 

張り詰めた空気に、兵達は息をのみ攻撃の手が止まってしまう

 

押し込んでいたはず、押さえに徹していたはず、攻撃の手を休めるなど出来るはずもない状態で、兵は見惚れるかのように

魅了されるかのように、武器を握る手が止まっていた

 

厳顔が狙うは、居合のようにして振るう一撃。無拍子は見られている。厳顔は、凪が自分の技の機先を制するのは見られているからだと確信していた

 

その証拠に、敵は脱力し自然体へと構えを変え、無拍子を迎え撃つ形へと変えていた

 

昭と同じ、ひと目見た技は、いや己の拳で感じ取った技は、己の心に投影し鏡のようにして反射する。故に、攻撃の道筋を断つ事が出来るのだ

 

【ならば、導き出される攻撃は、儂の無拍子と同じ無拍子から繰り出される横蹴りと言ったところか】

 

構えを見せ、即座に自然体を見せる凪に厳顔は、自分がこのまま前へ進むと考えていると判断する

 

鋭い、槍のような一直線の横蹴りを持って、此方の剣速を凌駕するつもりだと厳顔は、構えを深くする

 

剣は鋼線を引き、歪みなく一本の剣となった。速は此れで互角。更に、厳顔は、肩に担いだような構えから剣を横へ落とし身体を低く落として足を開くと

中に引かれた鋼線を右手で握りしめ、反対方向へと引き絞る

 

大剣では、鞘の反動が利用できない。ならばと取った方法が、鋼線を逆に引っ張り、弓矢を打ち出すようにして構えること

 

構え、捻った身体は、凪に背を向ける一撃必殺の構え。横薙ぎの一撃が襲う、特殊な大剣を利用した厳顔の最速の型がそこにあった

 

「さて、退く事は出来んがどうする。儂は、この構えのままだぞ」

 

「・・・」

 

「どうやら、無拍子は見られているようだからな。初めに見えた時に一度、二度目は舞王殿と共に」

 

無拍子は効かない、速度は剣の方が上、その自然体からの横蹴りではこの構えには無駄

 

変則的な動き、攻撃もまた、間合いを一度外し、剣を普通の大剣へと変えた今は手に取るように分かる

 

間合いが近ければ近いほど惑わされるその攻撃も、一度はなれてしまえば隙の大きい唯の的

 

挑発の理由は、相手が常に間合いを詰めて来るように仕向けるもの。離れてしまえば意味が無い

 

ジリジリと少しずつ間合いを詰めてくる厳顔。削られる制空圏。キリキリと音を立て絞られるような緊張、蹴りの間合いよりも明らかに剣の間合いの方が長い

 

身体を縛られるような感覚を覚えながら、兵の誰もが繰り広げられる攻防を理解し、誰もが凪の敗北を予感した

 

「ふぅ・・・」

 

その時、自然体のままの凪から小さく息が吐出されると、剣の間合いが凪の身体に触れ、張り詰めた殺気が爆発する

 

刹那、兵の誰の眼にも収める事は出来なかった、音速を超えた光速の一撃

 

「・・・カハッ」

 

厳顔の眼にも映らなかった、ただ衝撃だけが突き抜ける

 

脚技の極み、影すら残さぬ、影すら置き去りにする人の業

 

その名を【無影脚】

 

一瞬、ほんの一瞬であった。厳顔の放つ光速の居合い斬り

 

間合いに入った瞬間、何者よりも早く、何者よりも鋭く、全てを切り裂く一撃を放ったはずであった

 

だが、剣先が凪に届く瞬間、剣の腹は脱力から関節部に氣を流し込まれ加速する蹴撃に弾かれ

 

居合い斬りのような蹴撃が七つ。厳顔の肉体に突き刺さった

 

光速を超える神の速さ。影すら置き去りにする人の業

 

兵達の眼には何も映らず、何も見える事はなく、ただ厳顔の肉体が弾け、地面に崩れ去る姿だけを映していた

 

瞬間、蜀の兵達から一斉に悲鳴のような嘆きの雄叫びが上がる

 

「群れる事こそ私の力。一人では何も出来ぬ矮小な心でも、己の道すら決められぬ脆弱な心であろうとも

支えるものがいれば、支えなければならぬ者がいれば、限界などあろうものか」

 

倒れ地面に伏せる厳顔を前に、凪は神速を得た代償にボロボロになった右足から流れる血で大地を染め、拳を握りしめる

 

「全ては、私の大切な人が教えてくれたこと。何処までも、何処までも、純粋に家族を守ろうとするその姿に支えられ、支えて居た」

 

倒した厳顔の力が乗り移ったかのような殺気をまき散らす凪は、目の前に群れる蜀の兵に拳を付き出し前へ前へと突き進む

 

「私は魏の一番槍。舞王が評した魏王が振るいし一振りの槍。寄手に血路を開く者成」

 

怒りと共に突き進む蜀の兵を、凪の拳は容赦なく敲く。群れる敵を相手に、己の身体を傷つけながら、一振りの槍の如く

 

集まり、命を狙う敵を前に不退転の魂を持ち、突き進む姿に魏の兵隊達は続く

 

凪の姿に、凪の心に、兵達は己を一振りの槍へと変えていく

 

突き進め、何処までも。王の望む道を切り開くが我が使命、我らが天命

 

後方では、真桜と沙和の砲撃により地面ごと掘り返された道を魏の兵達が押し上げるように駆けていた

 

「何や!?馬超と呂布!!」

 

「真桜ちゃん、隊長を助けるのーっ!」

 

「ちょい待ち、あれ姐さんやないか!」

 

炎の壁を取り去れば、現れたのは朽木のようにボロボロにされた霞の姿と、呂布を抱える馬超の姿

 

それらと対峙する昭率いる雲の兵達であった

 

「ねね、もう逃げていいぞ。充分役目は果たした」

 

「で、ですが!」

 

「恋をこれ以上、戦わせちゃいけない。もう充分だよ」

 

騎馬に呂布を乗せる翆は、陳宮を軽々と抱き上げて霞の騎馬を奪い後方へと疾走らせた

 

「じゃあな、兄様。次は、殺し合いだ。アタシが退くことは無い」

 

 

 

 

 

 

同時に翆は、真桜の玄天に魏延の数倍と言えるほどの一撃を食らわせ地面に叩き伏せると、流れるように騎馬に跨り蜀の部隊の中へと消えていった

 

「一馬っ!追って・・・って、あれっ!?」

 

消え去る翆に追撃をと一馬の名を呼ぶ詠であったが、後方に退いたはずの一馬の姿が見えず、部隊すら忽然と消えていた

 

唖然とする詠をよそに、後方で様子を見ていた水鏡は、驚愕というよりも目の前で昭と凪が成したことを見て言葉を無くしていた

 

「だ、誰も気が付いて居ないと言うの?この異常な状態を!?舞王殿は、たった今、目の前で兵を百倍にして見せたと言うのにっ!」

 

そう、単騎で三万の兵に匹敵する将に対し三百の兵を一つの生物のように動かす事によって打ち倒した

 

用兵に置いて、最も重要なのは統率力だ。それを最も理解している水鏡の目の前で、昭は三百の兵を一糸乱れぬ動きで

 

まるで一つの大きな生物のようにして動かした。用兵の理想形、象棋のような動きを意のままに成すことが出来る

 

それを、昭だけでなく前へ突き進む凪が言葉を持たず拳一つで昭に近い動きを見せたのだ

 

「理解出来ませんか?水鏡先生、アナタは少々浮世離れしているようですね。昭殿が今まで成した事から考えれば造作も無い事

むしろ、コレができるからこそ華琳様の影と呼ばれるのですよ」

 

鼻血を流しながら、爆風をものともせずに情報を集める事に徹していた稟は、絞りだすような声で水鏡の疑問に答える

 

「さあ、華琳様が動くのは今で御座います。存分に、最後の戦を駆けてください」

 

静かに事態を見ていた魏王、華琳は、瞳を閉じて頷いた。戦場に響く爆音を聞きながら、拳を握り、震わせ

 

「彼の天の知識は、涼風を護るためだけでは無い。天災、開拓、人の手に余るモノを前に対向する手段として、昭が私にくれた力」

 

曹騰より言われ、書き記し続けた知識は全て華琳の為に。全てを理解していたからこそ、昭は余すこと無く己の知識全てを書き記した

 

不意に握られる拳に手は白く、吹き上がり続ける炎の壁を恐ろしい程の憎しみと怒りで見開き見つめる華琳

溢れんばかりの覇気に、稟と桂花、そして水鏡までもが表情を凍らせた

 

「使うことが無かったのは、この力を広める事をしたくなかったから。容易に、大量に、多くの民を殺す力など使いたくなかったっ!

大陸を平定してからで充分、民の暮らしを護り繁栄させる為に使うべき力っ!」

 

珍しく、怒りを全面に表し握る武器が華琳の力で締めあげられ悲鳴を上げる

 

「思い知るが良い、鳳士元。貴様には相応の報いを受けてもらうっ!」

 

掲げる大鎌は、敵陣へと降ろされ、覇気を向ける先は蜀の陣、中央に座す劉備

 

静かに、重く、一つ一つの言葉を噛みしめるように、自分に言い聞かせるように、現実を見続けてきた王は言葉を紡ぐ

 

「私は正義を口にするつもりはない、正義など身勝手な論理で他者犠牲を強いる事に過ぎない。

私が皆に伝える言葉は唯一つ、愛する人を守りたいか?それだけだ。自己犠牲にのみ善は宿る。

誰かを守りたいから剣を持つ、誰かを愛するから剣を持つ、誰かと共に同じ時を生きていたいから剣を持つ」

 

前へ向けた大鎌を横薙ぎに振りぬく華琳は、声を雄叫びのように震わせ天に向けた

 

「身を賭してこそ平穏を手に入れることが出来る。己が身を削り、心を削り、流した血と涙で創りだした世界にこそ

愛した者達が静かに過ごせる世界があるのだ。だからこそ、私は正義を口にすることはない。私達の手は血塗られているのだから」

 

三姉妹の歌声をかき消すように、華琳は魏兵の全てに聞こえるよう、戦場に響き渡る声を上げる

 

「血河を進むことが悪であると言うのならば、私は悪で良い。剣を持ち、敵を討ち滅ぼすことを悪と言うならば受け入れよう

その先に民の安寧が待ち受けるのならば、私は躊躇うこと無く眼前に立ち塞がる敵の命を切り捨てよう」

 

静かに、だが地鳴りのように魏の兵達は、小さな唸り声を束ね紡ぎ、己の王へと捧げるように天へと叫ぶ

 

「私は、己が剣に誇りを持つ者。私と同じ、愛する者の為に剣を振るう者よ。汚名を恐れず、血塗られた道を歩む者よ」

 

握りしめる剣は、槍は、天を突くように掲げられ、華琳の声に共鳴するかのように魏の兵達の眼の色が変わる

 

「己が剣に誇りを持つ者よ、我と共に進め!」

 

華琳の踏み出す一歩に兵は雄叫びを上げる

 

昭がしたように、凪がしたように、全ての兵を大規模で一つの生き物のように、巨大で強大な獣のように変えてしまう華琳

 

舞ではなく、戦う己の姿を見せるのではなく、唯、強く厳しい何処までも前を見続ける言葉に兵達は、王の手足と変わりゆく

 

「昭殿は、常に華琳様を敬い、王として従ってきました。民と心同じくする求心力のある昭殿が敬う王となれば、皆は畏怖し敬服します」

 

水鏡に説明しながら、稟は瞳を戦場から前へゆっくり足を踏み出し加速していく華琳の後ろ姿を見詰め、心の底から嬉しそうに微笑んだ

 

まるでこの時を待っていたかのように、この姿を見ることを待望んでいたかのように、幾万の時を唯、待ち続け愛する者に出会った待ち人のように

 

「言葉を多く発すること無く、民の前に積極的に出るわけではない。だが、華琳様の所業は、将を通じ民の知るところとなる」

 

誰よりも大きく、誰よりも強く、誰よりも恐ろしい。華琳の背に何かを感じ取ったのか、水鏡は羽扇で口元に寄せた

 

「故に、帝の威光の如く。雲間から煌く日輪の如く。王の言葉は、何よりも重く何よりも輝きを放っている」

 

水鏡の言葉が続き、稟は頷き流れ落ちる鼻血を親指で拭う

 

「貴女の言葉とは、重みが違う、強さが違う、込められた思いが違う。劉備、貴女は多くを民に語り過ぎた

軽いのですよ。民と同じ身、民と同じ目線の王では、言葉一つでは此処まで兵を一つに出来はしない」

 

円を描くように腕を大きく回し、兵の指揮をすれば、見事としか言いようの無いほどに、自在に陣を変化させていく

 

「さて、準備は整いました。この先の為、前進しつつ更に情報を集めます。水鏡先生、桂花と共に華琳様の護衛を」

 

王が前へと出る行為に対し、本来は止めるべきで有ろうはずが、誰一人止める事はなく

寧ろ、王と共に戦場で戦えることを喜ぶ者ばかり

 

前に出ることで、炎の壁と火薬で落ちた士気を一気に上げる。華琳の行動が万の言葉となり兵の心を鼓舞していく

 

軍師である桂花ですら、華琳に絶対の信頼を置いているのだろう。唯、闇雲に前に進んでいるわけでは無い

何かしら考えがあるはずであると

 

「更に情報を?フフッ、貴女は貴女で何処まで上り詰めるつもりなのかしら。龍と鳳を稟賦と天稟のみで砕こうとしている」

 

続いて水鏡が近くの騎兵を呼び寄せ、ふわりと後ろに乗り前方へと走らせた

 

己の任務は、背後の軍師に生きた情報を与える事だ。この誰よりも見える眼を使ってと

 

「くっはっ!なっんちゅう一撃を喰らわせるんや」

 

「ま、真桜ちゃん、大丈夫!?」

 

「アカン、腕持ってかれた。石突の砲撃を押し返された」

 

右腕を前に、突っ張っていたのだろう。衝撃でありえない方向に腕は折り曲げられ、折れた骨は皮膚を破り骨が突き出していた

 

「す、直ぐに治療するからっ!」

 

「ええわ。先、姐さんの方みたって。ウチは、片腕でも行かな」

 

歯を食いしばり、突き出した骨を無理やり戻して元の形へと戻す真桜

 

常人では気を失うほどの激痛だが、真桜の行動を見た沙和が直ぐに氣で痛みを和らげ、己の服を切り裂き真桜の傷口を強く縛っていた

 

「ありがとな」

 

「ダメ、もうちょっとだけ待って欲しいの!」

 

「ええて、隊長が来てる。ウチも行かな」

 

華琳が走り出すことを背中で感じたのか、昭は将と兵を連れて走りだしていた

 

「姐さんを頼む」

 

「後で、後で絶対に追いつくからっ!絶対に無茶しちゃダメなのーっ!!」

 

頷き、武器を手に血だらけで役立たずの右腕を身体に縛り付け走りだす

 

雪崩のように、真桜達の開けた炎の壁の穴へと飛び込んでいく魏の兵達。それは王の道を作り上げる尖兵

 

静かな唸りは、大地を震わせる叫びへと変わり鳴らす槍と剣の音楽は、張三姉妹の歌声と混ざり王を送る壮大な協奏曲へと変貌する

 

「隊長、ウチも行くで」

 

合流し、昭の隣へと真桜が身を寄せた時だ、一際大きな叫びが

 

雄叫びとは、正にこの事

 

仲間の兵ですら身を震わせるほどの形容しがたく凶悪な、獣のような声を上げる一人の男

 

「隊長!?」

 

単純な殺気とは違う、純粋な悪意と熱気、殺気が交じり合った濁る気迫を感じた凪が後ろを振り向けば

昭の進行方向に立ち塞がろうとする蜀の兵達

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

左右の苑路、統亞の二人が敵兵の武器を弾いた瞬間、昭の指先が敵兵の眼や喉を抉る

 

以前、凪と真桜を使って見せた郭嘉演出の叢演舞戦神。それを大規模に、三百の兵を持って行うのが最終演舞【叢雲】

 

「隊長、ウチの事で怒っとるん?」

 

刀を抜き、無徒が昭の前にスルリと流れるようにれば、背を踏み台に前の敵へ空から全体重を乗せた怒りのまま振りぬく一撃を落とす昭

 

「当たり目ぇだ。大将だけじゃなくってよぉ、俺達も腸煮えくり返ってんだよ!」

 

「その通りだっ!三度も我等の家族を傷つける馬家の者め、我が三尖刀の錆にしてくれるっ!」

 

更に前に出る統亞は、昭と背中合わせになると回転するように双剣と短剣による連続攻撃で八つ裂きに

 

スイッチするように苑路と変われば、刀の突きとその隙を補う苑路の三尖刀が敵を貫く

 

「おれもだぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

 

巨大な鉞を手に、昭の前で敵を大きくなぎ払う梁の一撃

 

振りぬいた鉞の真下を、先ほどの真桜と同じように滑り、潜り、昭は再び無徒と攻撃を繰り返す

 

怒りのままに、殺意をそのままに

 

「・・・あは、あはははは。なんやぁ、前がよう見えん。アホやな、ウチなんかの為に皆、怒って」

 

溢れる雫を拭い、兵達は真桜を護衛するように囲んでいた

 

「此処で死んではダメですよー。お兄さんが怒って、手が付けられなくなりますからねー」

 

「そうよ。暴走したら、怒りで回り見えなくなって全滅するわよ。アンタら皆、アイツの家族なんだから」

 

詠と風は、前線が流れるように陣を形成し手足のように兵が滞りなく動くよう指揮をしながら真桜と合流し

回りの状況を逐一頭に叩き込み、少しの変化も見逃さぬよう細かく指示を飛ばす

 

「ねえ、秋蘭。アイツは、大丈夫?」

 

「霞と真桜、二人のことで怒ってはいるが、姉者と同じだ。怒りに飲まれては居ない」

 

弓兵を前後に、雲兵の元と華琳の元へ配置し、雷電瓶で敵を掃討しながら、自分は華琳と一定の距離を保ち前へと進んでいた

 

振り向く詠も位置関係を分かっていたのだろう、秋蘭が来ると言う事は華琳は直ぐ後ろに居ると言うこと

 

「私の妹の腕は高く付く、思い知るが良い」

 

眼を鋭く細め、皆にも分り易いほどの冷たい怒気を発する秋蘭に、真桜は驚き妹という言葉に拭ったはずの雫がまた頬を伝う

 

「アカン、ウチ死んでもエエわ」

 

「だから、死んだらダメだって言ってるでしょ」

 

「その通りですよー。真桜ちゃんには、その最強の盾で風達を守ってもらわないといけませんからねー」

 

今から自分達も前に出るとの意味を理解した真桜は、紐を取り出し歯で左手と武器をくくりつけると

任せておけと言わんばかりに二人の前へ、敵の刃を遮断する黒鉄の大盾となる

 

「風、右翼の成形は僕に任せて。向こうの軍師は、必ずさっきの石陣のような陣形を作るはず」

 

「了解しました。では、移動型八陣、八首の蛇【大蛇】にて挑むとしましょうかー」

 

兵が炎の壁を突破したのを見計らい、二人は次々と新たな指示を飛ばす。待ち構える敵の未知の陣形に立ち向かう為に

 

 


 
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