No.628887

天の迷い子 第二十話

どうもヘタレど素人です。
久々の更新です。
長い目で見てやってください。
一人でもどなたかの暇つぶしになれば幸いです。

2013-10-17 00:28:06 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1126   閲覧ユーザー数:1034

Side 流騎

 

地面に座り込み、目を閉じて座禅を組む。

一つ、二つ、三つ………と深く長い呼吸を数えていく。

呼吸を数える事以外の思考は全て捨て去り、意識を内側へ収束させる。

しかし、感覚は外へと広げ、周りの変化を感じ取る。

それが師匠から教わった集中の極み。

極めればまるで自分が空気に溶け込んだかのように感じるらしい。

 

俺は未だそこには辿り着けていない。

内への集中は上々。

外への集中はわずか十メートルくらいか。

 

呼吸によって取り込んだ空気を氣と共に身体を循環させる。

氣は使えば使うほど上達するそうだから、日頃から使い続けるようにしている。

 

丹田に意識を集中し、氣を活性化させる。

全身を氣が巡っているのをイメージ。

氣脈が徐々に満たされていく。

しばらくして氣脈が満たされると、そのままさらに練氣する。

氣を消費することなくさらにさらにと詰め込んでいく。

 

「…っ!ぐっ!……っあぐ!…まだ、まだ!」

 

痛い。

それこそ血管を無理矢理押し広げるようなもの。

まだだ。まだ頑張れる。まだいける。

ぐおっ!なんかミチミチいってるけど!

 

「〈ピキィッ!〉ぎゃあぁぁああ!!脚つった!!!」

 

ゴロンゴロンと転げまわりながら悶絶。

変な感じに力が入ってたみたいだ。

 

「………何やってるんだ?お前。」

「………………やあ、何か用かな?伯珪。」

「今更取り繕っても遅いからな。」

 

いつの間にか後ろに立っていた伯珪は、呆れたような目で俺を見ていた。

 

「…まったく、様子を見に来てみればまた氣の拡張鍛錬とか。お前この前それのやり過ぎで気絶したばっかりだろ。」

「………その節はどうもご迷惑をお掛けしました。」

 

十日ほど前にも同じように拡張鍛錬やってて、やり過ぎでぶっ倒れたんだよなぁ。

たまたま伯珪が通りがかって、わざわざ部屋まで運んでくれたんだった。

 

「あんまり無茶な鍛錬するなよ?お前、なんか焦ってるように見えるぞ?」

「うぐっ!や、そんな事、無い、よ?」

「眼が盛大に泳いでるからな?少しは息を抜いたほうがいいぞ?その方が疲れたまま鍛錬するよりも効率がいいだろうしな。…そうだな、うん、この間の言葉をそのまま返してやるよ。抱え込みすぎるのは悪い癖だぞ。」

「はぐっ!!…うぅ、わかった。今日はこれで終わりにする。」

 

くそぅ、自分の言葉に追い込まれるとは思わなかった。

がっくりと肩を落とし、部屋へ帰ろうと踵を返した。

 

「あ、はっけーさん、もう流騎見つけてたんスね。んじゃあ早く行くッスよ!」

 

伯がいきなり走り寄って来てそう言った。

 

「行くって何処にだ?」

「え?何も聞いて無いんスか?部屋に戻ろうとしてたからてっきり準備でもしに行くんだと思ってたっスよ。何してたんスか、はっけーさん。」

「ち、違うぞ?これから気分転換に遠乗りでもしようって誘うつもりだったんだぞ?あと、私の字は伯珪だ。はっけーじゃない。」

「え?ちゃんと言ってるッスよ?はっけーさん。」

「だ~か~ら~、伯珪だって言ってるだろうが!」

 

やいのやいのと二人が言い合う。

なんだ?伯つながりで仲良いのか?

 

「えーと、とにかくこれから遠乗りに行こうって事でいいのか?」

「あ、ああ。気分転換も兼ねてって事でな。」

「わかったよ。でも、俺も伯も馬には取り敢えず乗れるって程度だから、あんまり飛ばさないでくれよ?」

「わかってる。気分転換って言ったろ?のんびり行こう。」

「ほらほら、早く馬を選びに行くッスよ!最近はオイラも政務に駆り出されて、肩こって仕方ないんスから!」

「お前は肩こるほどもやってないだろ!何だかんだと理由をつけて最低限の仕事しかしないで逃げてく癖に!」

「…孤児だった人間に頭脳労働を求められてもッスよ。オイラだってできる事なら二人の手助けをしたいッスけど、勉強を教えてくれる様な人、いなかったッス。それでもオイラ頑張ってるのに………。」

 

伯はそう言って俯いてしまう。

 

「あ、いや、何もそういうつもりじゃ…。す、すまない!私が言い過ぎた!本当は姜維が居てくれてすごく助かってる!出来る事をやってくれるだけでいいから!だから許してくれないか!?」

「…っく、………っくくく、…っぷはははははははは!!はっけーさん単純すぎッス!そんなだからお人好しとか言われるんスよ!」

 

伯珪が頭を下げると、途端に笑い出す伯。

だろうなぁ、そんなん気にするタマじゃないよなぁ。

実際のところ、伯はとても頭が良い。

教えればすぐにその知識をものにするし、柔軟に応用することも出来る。

軍略や政治を教えられる人間が居ればかなり伸びると思う。

武術に関しても、この二ヶ月ほどでかなりの伸びを見せている。

伯珪との試合も、三本に一本はとれるようになっていた。

…いや!悔しくない!悔しくないぞ!?

あっさり抜かれて情けないとか、教わった事をすぐに実践できて羨ましいとか全然思ってない!!

誰に言い訳してんだ、俺………。

 

「ぬなっ!?ああ、もういい!!さっさと馬を選びに行くぞ!ほら、付いて来い!」

 

ずんずんと肩を怒らせて歩いていく伯珪。

 

「あ~あ、怒らせちゃったッスねぇ。」

「伯がからかうからだろ?まあ、本気で怒ったわけじゃないだろうし早く行こうぜ。」

「ういッス!」

馬小屋に着くと、伯は早速テンションを上げて馬を選ぶ。

 

「え~と、え~と、おぉ!こいつ、ごつくて強そうッスね!!あっ、でもこっちは何か速そうッス…。うーんこっちの馬も捨てがたいッスし。どれがいいッスかね?」

 

伯は馬小屋の端から端までパタパタと走ってはうんうん唸っている。

俺はと言えば、一頭一頭じっくりと見て、相性の良さそうな馬はどれかと伯珪に相談している。

 

「そうだなぁ、初心者にはこいつなんかいいんじゃないか?大人しいし乗りやすいと思うぞ?あ、でもこいつは昨日騎兵の訓練で使ってたっけな。」

「そっか、それじゃ二日続けてってのも可哀想だよな。それじゃあ…。」

 

ああでもないこうでもないと馬たちを見ていると、なんとなく気になる馬がいた。

 

「なあ伯珪。この馬は?」

「ん?ああ、こいつはなぁ。気性も穏やかで、頭もいいんだけど、他の馬と比べて足も遅いし、力も無いんだ。」

「ふ~ん。でもさ、今日はそんなにスピ…速度を出すわけじゃないんだし、こいつでも問題無いんじゃないのか?」

「まあそうなんだけどな。いざって時に遅い馬に乗ってると、逃げられなくなるかも知れないと思ったんだが。」

「その時はその時だな。なんとなく俺、こいつが気になるんだ。問題なければこいつに乗りたいんだけど。」

 

その馬は、ほんの少しの好奇の眼をこちらに向けていた。

始めて見た人間に対する好奇心だろう。

けど、それ以上に気になったのは、その奥に見え隠れする何かだった。

 

「そうか、わかった。まあ大丈夫だろ。」

「ありがとう、伯珪。よし、それじゃあ今日はよろしくな!」

 

馬の体を撫でながら挨拶をした。

やっぱり少しの喜びの感情の奥に何かがある。

一日こいつに接していれば何かわかるかな?

 

パッカラパッカラと蹄の音を響かせて、三つの影は荒野を駆ける。

伯珪の白馬はやっぱり速いし、伯珪の馬術もすごいから無茶苦茶スムーズ。

伯の馬もでかくて速い。

俺が乗っている馬は、最初に伯珪が言ってたみたいに、前の二人より少し遅くなる。

その度に二人がスピードを落としてくれるんだけど、なんだろう?

上手く言えない違和感がある。

行軍中や戦場で何度か馬には乗った事があったけど、その時とは明らかに何かが違う。

何なんだろう?

 

「お~い流騎!大丈夫か!?お前もそいつも疲れてるようなら言えよ~!休憩にするから!!」

「ああ!大丈夫だ!こいつもまだ疲れた様子もないし、俺も思ったよりしんどくないか…ら…って、ああ!そういう事か!!」

 

チラリとこっちを見た馬と目が合った。

やっぱりこいつ、俺を気遣ってくれてたのか。

よく見てみれば伯珪や伯の馬に比べて、俺が乗ってるこいつは歩幅が小さく、上下の揺れが少ない。

俺に合わせて調整してくれてるのか。

優しくて頭の良い子だ。

違和感の正体はそれだけじゃない。

それだけ不自然な走り方をしているのに疲れている様な素振りもないんだ。

呼吸も一定だし、走りも淀みない。

これは…。

 

そうこうしている内に目的地に着いたらしい。

伯珪達は馬を降り、水を飲んだりしてくつろいでいる。

俺も馬を降り、首を撫でてやる。

 

「ありがとうな、気遣ってくれて。お前のおかげで本当に楽だったよ。ご苦労様、しばらく休んでてくれな。」

 

感謝と労いの言葉をかけ、水を飲ませてやる。

すると、ぐりぐりと胸に鼻を摺り寄せてきた。

これは、どういたしましてと有難うってところかな?

助かったのはこっちの方なんだけどな。

ぽんぽんと軽く叩くように撫で、伯珪の横に腰を下ろす。

 

「ずいぶんと懐かれたみたいじゃないか。」

「ああ、すごく良い子だよ。優しくて賢い子だ。」

 

うっすらと微笑みながらそう言うと、伯珪はにかっと笑顔を浮かべると、バシバシと背中を叩いてきた。

 

「そっかそっか!お前と相性が良いみたいで安心したよ!馬がお前に懐いたって事はお前も馬の事を好きになってくれたって事だもんな!」

「いたっ!痛いって!…元から馬っていうか動物は好きだったけど、今日もっと好きになったかな。」

「ああすまん。でもそうか、好きになってくれたか。公孫の馬達は、相棒であり家族だからな。本当に嬉しいよ。」

「なんて言うか、伯珪って馬みたいだよな。」

「………それは、良い意味で、だよな。」

「ははっ、もちろん。前に誰かに聞いたんだけど、馬って臆病で繊細で仲間思いなんだろ?伯珪そっくりじゃないか。」

「うぅ、どーせ私は臆病者だよ…。」

「なんでそこを取るかなぁ。仲間思いってとこを主に聞いて欲しかったのに。」

「よかった、そっちか。でも、仲間思いって、仲間を大事に思うのは当然じゃないか。私が特別ってわけでも無いだろ?」

「それを当たり前だって思えるから、伯珪は良い奴なんだよ。だから民にも兵にも馬にも好かれるんだ。」

「お、お前はまたこっぱずかしい台詞を…!おだてたって何も出ないぞ!?」

 

プイッとそっぽを向く伯珪。

けどその横顔は耳まで真っ赤で、第一印象そのままの真っ直ぐでお人好しで、信頼できる奴だと改めて思った。

 

「なぁ~!流騎!はっけーさん!なんかあそこに黒いのが一人居るんスけど!」

 

いつの間にか小さな丘に登っていた伯がこっちに向かって叫んでいた。

 

「黒いの?」

「何だろう?こんな所に一人でなんて、ただの村人ってわけじゃないだろうな。流騎。とにかく行ってみよう。」

「ああ。」

 

頷いて丘を登ると、伯が指差したそこには、黒い服を着て黒馬に跨った、日焼けした老人が立ってこちらを観察していた。

太い眉に、鋭い眼光。

髭をたくわえ、逆立った髪はまるでライオンの様に見えた。

 

「お前は、丘力居!?どうしてこんなところに!!」

 

伯珪が驚きの声を上げた。

 

「丘力居?」

「誰ッスか?」

「お前達は知らないのか。烏桓族の大人の中でも最も力を持つ者の一人だ。」

 

烏桓族って言ったら幽州の北に住んでる騎馬民族で、長年睨みあってる間柄だったはずだけど。

 

「へぇ、その丘力居さんがこんなとこで何してるんだ?一応は敵の領地だろ?」

「ッスよねぇ。まさか散歩とかッスか?」

「ふむ、まあそんなところよ。」

「あっはは!散歩なわけ無いッスよねぇ…ってマジなんスか!?」

「貴様らと同じく、遠乗りに来たのだよ。まさかこんな所で白馬長史に会うとは思わなかったがな。」

「お前らがそんな名で呼んだりするから、こっちでも定着しちまったじゃないか。そんなガラじゃないってのに。」

 

にやりと笑う丘力居に拗ねたように文句を飛ばす伯珪。

まるで友達の様に。

俺と伯が二人のやり取りを見ていると丘力居がこちらを見て訊ねた。

 

「不思議か?儂等がこんな風に語らうのは。」

「ああ。烏桓と幽州は長年小競り合いを続けてるって聞いてたから。」

「それは事実だ。だが公孫賛の馬術は儂等烏桓の民から見ても、比肩しうる者は少ない。儂等は騎馬民族だ。馬の扱いに長ける者には敵味方問わず敬意を払う。それに数多く弓矛を交えた者同士、敵ではありながらもどこか分かり合っているものよ。なあ、公孫賛。」

「まあ、な。後はしぶとい爺さんだって思うくらいだよ。」

「ふっ、小娘が。言いよるわ。まあ良い、生意気なじゃじゃ馬娘の逢引をこれ以上邪魔するのも野暮というもの。儂はこれで消えるとしよう。」

「はぁっ!?逢引って、私がか!?何処をどう見たらそうなるんだ!?」

 

言って踵を返そうとした丘力居に伯珪が裏返った声をだし、抗議の言葉をかけた。

 

「む?違うのか?てっきりそっちの小僧のどちらかが貴様の想い人だと思ったのだが。」

「違う違う!流騎も姜維も友人で弟みたいなもんだって!」

「そうッスよ。それにオイラの好みはおっぱいが大きくて包容力のある大人の女ッス。そこんとこ認識しておいて欲しいッスね。」

「いや、お前は黙ってろ。なんか腹立つ。」

「ははは、まあそう言う事だよ丘力居。もちろん大事な友達である事は間違いないけど、恋人って訳じゃ無い。好きだし、一緒に居て楽しいけどな。」

「良き友、か。この歳になると友と呼べる者は少なくなるばかりよ。公孫賛、その者達を大事にするが良い。」

「ああ、言われるまでも無い。」

「そうか、それではな。」

 

丘力居は勢いよく馬に跨った。

 

「なあ、年齢とか立場とか関係無く、俺達は友人にはなれないのか?」

「………無理だな。そうなるには、我々は、長く多く殺し過ぎた。」

「そっか。残念だな。」

「ああ、残念だ…。また会う事もあるやも知れん。その時まで、さらばだ。はっ!!」

 

丘力居はわずかに笑むと、馬を駆り、駆けていった。

そういえば丘力居はこの世界では珍しく男の武将なんだな。

 

「ん?ああ、そういえば言ってなかったか?五胡をはじめとして異民族達は基本的にこの漢の国と違って男が力を持っているんだ。そういうとこも連中が蛮族と呼ばれる所以かな。」

 

なるほど、と頷いて荷物の中から包みを取り出した。

 

「取り敢えず昼飯にしよう。腹減って仕方ないんだ。」

「おっしゃあ!待ってましたッス!!さあ食うッス!早く食うッス!すぐ食うッスよ!!」

「…お前は。なんて自分の欲望に素直な奴だ。流騎にばっかりやらせて無いで準備ぐらい手伝えよ!」

「はいはいッス!」

 

三人で手早く準備を終わらせる。

 

「気になってたんだけど、これって何なんだ?」

「ん?おにぎりって言って、俺の故郷の代表的な弁当の一つだ。食ってみなよ。」

「ああ、じゃあこいつを。はぐ、むぐむぐ、んくっ。これは旨いな!程よい塩加減、中の具も口の中で米と混ざっていい味を出してる。食べた事の無い味だけどこれは?」

「それはおかかだな。鰹って魚を茹でて、乾燥させて、燻製にしたものだよ。それを削って醤油を垂らしてあえたものだ。」

「へえ、ほんとに旨いよ。…もう一つ、っと。はむっ、はぐもぐ、……っ!!?ん、んぐっ!うあぁ!す、すっぱあぁぁ!なんだよこれぇ!」

「あ、梅干し食っちゃったんスね?あはは、知らないで食べるとやっぱそういう反応するッスよねぇ。俺も通った道ッス。我慢ッスよ。慣れれば癖になるッスから。」

「う、梅干しって言うのか、じゅるる。唾液が、じゅる、止まらないんだけど、じゅるぅ。」

「ごめん、言うの忘れてた。でも、夏場とかの食欲が落ちる時期に粥に入れて食べるとさらっと食べられて良いんだぜ。」

「確かに食欲は増しそうだな。」

「はぐはぐ、もごもご、がつがつがつがつ!ん!?んぐっ!!〈ドンドン!!〉」

「落ち着いて食えよ、伯。〈こぽぽぽっ〉ほら、水。」

「んぐんぐんぐ、ぷっは!」

 

早く食わないと伯に全部食われそうだな。

おにぎりを一つ掴み、口へ運ぶ。

うん、旨い。

おかずもいい味だな。

 

 

「ふう、旨かったよ流騎。御馳走様。」

「相変わらず料理上手ッスねぇ。いいお婿さんになるッスよ。」

「お粗末様。って、それはあんまり嬉しくないぞ、伯。」

「はははは、まあいいじゃないか。しかし流騎、なんであんな事を?」

「あんな事って?」

 

湯を沸かしてお茶を淹れていると伯珪に質問された。

 

「ほら、丘力居に友人にならないかってさ。まさかそんな事言い出すなんて思わなかったからびっくりしたよ。前から考えてたのか?」

「そういう訳じゃ無いけどなんとなくあの人ならって思ったんだ。それに何でも言ってみなきゃ分かんないだろ?」

「いやでもな、北に築かれた長城からも分かるようにさ、それこそ始皇帝の時代からこの国と異民族は対立してるんだぞ?簡単に和解なんて出来ないし、そもそも和解しようと思う奴だって普通いないぞ。」

「そりゃあ全部の人達と仲良くなんて出来ないだろうけどさ、丘力居とは友達になれそうな気がしたんだ。あの人はちゃんと話を聞いて、感情的じゃなく理論的に答えてくれた。伯珪だって親しげに話してたじゃないか。」

「まあ何度も刃を交えた仲だしな。心をぶつけ合ったというか…。でもだからって友人になるのはやっぱり難しいよ。」

「まっ、どっちにしろ時間が必要な事ッスよね。いまどうこう出来る様な話じゃ無いッスよ。それよりもそろそろ帰んないと野宿する羽目になるッスよ。」

 

少し深刻に話し込みそうな雰囲気を察してか、伯が軽い調子で場をおさめてくれた。

 

「…そうだな。じゃあ行くか。」

 

それぞれ馬に跨り走り出す。

 

 

汜水関の戦いからおよそ三か月、幽州に来て二ヶ月。

だいぶ傷もふさがり、溜まっていた書類仕事もほとんど片付いた。

他の文官の人達にも仕事を分担するようにしたから伯珪ばっかりに負担がかかる様な事も無いだろうし。

 

「伯珪には悪いけど、そろそろ幽州を出る頃合いかな。」

 

ぼそりと伯だけに聞こえるようにつぶやいた。

 

「そっスね。長く居すぎるとそれだけ別れがしんどくなるッスからね。いい時期なんじゃないッスか?」

「じゃあ伯珪にはそのうち俺から話しておくよ。準備も必要だし、…十日くらい見ておけば十分か。」

「よろしくッス。」

「お~~い!どうした~!?疲れたのか~!?」

 

おっと、少しスピードが落ちてたみたいだな。

俺と伯は目を見合わせると、馬の腹を蹴りスピ-ドを上げた。

 

 

三日後、俺は伯珪を町に連れ出していた。

幽州を離れる事を話すつもりだ。

 

「ほい、伯珪。」

 

肉まんを買って伯珪に渡す。

 

「ああ、ありがとう。」

「………。」

「………。」

 

いざとなると言い出しづらいな。

後回しにしてたら言い出せなくなるし、さっさと言ってしまおう。

そう思って息を吸い込んだ。

 

「…ところでお前らいつ幽州を出ていくつもりなんだ?」

 

ところで先に言われてむせた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「ごっほごほ!だ、だいじょぶ。あ~もう、先に言われた~。」

「あ~すまん。後回しにすると言いづらくなるからと思って。」

 

同じ事考えてたのか。

 

「えっと、準備が出来次第発つつもりだ。手伝い放り出すみたいで悪いんだけど。」

「別にかまわないさ。そもそもお前達が手伝ってくれた事が思いがけない事だったんだから。それが元に戻るだけだ。それで、お前達はどうするつもりなんだ?」

「まずは仲頴達を探そうと思ってる。さすがに洛陽にはいられないだろうから、洛陽から来た商人達から情報を仕入れつつ大陸を回ってみるよ。」

「え?でも董卓は…。」

 

そう言って伯珪は申し訳なさそうに俯いてしまう。

伯珪の所為って訳じゃ無いのに。

ほんとお人好しだよな。

 

「大丈夫。仲頴は生きてるよ。」

「流騎…。信じたくないのは分かるけどでも…。」

「そう言うんじゃ無くてな。洛陽の董卓の屋敷から見つかった遺体は一人だけだったよな?」

「ああ、屋敷で働いていた人達は皆避難していたのか一人だけだった。」

 

ならそれは仲頴じゃない。

もし仲頴が自害を選んだとするなら、きっと文和も運命を共にするだろう。

仲頴を一人で死なせるなんて意地でもしないだろうからな。

だとするなら、その遺体は身代わり。

何故かその瞬間フォンさんの顔が浮かんだ。

栗色の髪を纏めて、細い目をさらに細めて笑っているフォンさんの顔が。

…それにそうなったら遼姉達も黙ってはいないだろう。

きっと徹底抗戦するはずだ。

それこそ死ぬまで戦い続けるだろう。

でもあの人達が討たれたって話も聞かない。

だからきっと逃げたんだと思う。

 

「九割がた皆生きてる。だったら探して、会いに行かないと。何よりまた皆で笑い合いたいから。」

「…そうか。確かに筋は通ってるな。その文和って奴の性格は知らないけど、そいつが忠臣ってやつならあり得ない話じゃ無いか。」

 

伯珪はふう、と一つ息を吐いた。

 

「もし感情で希望的観測を言ってるならひっぱたいてでも止めるつもりだったんだけどな。どうやらそういう訳じゃ無いみたいだな。」

「ありがとな心配してくれて。」

「いらない心配だったみたいだけどな。」

「そんなことないさ。こんな風に心配してくれる友人が居ると思うだけで、力が湧いてくるんだから。」

 

俺はすっと伯珪に手を差し出した。

きょとんとした顔で俺と差し出された手を見比べている。

 

「改めて、俺と手を繋いで欲しい。どれほど離れていても、絶える事の無い友情の誓いに。」

 

この二月の間、俺も伯も伯珪の事を見てきた。

時間としては短い間だったけど、伯珪の人となりを理解するには十分だった。

彼女は裏表が無い。

いつも真っ直ぐで正直だ。

だから俺はこう思った。

この人はきっと裏切らない、そしてこの人を裏切りたくない、と。

 

そんな伯珪と、俺は心から友達になりたいって、そう思うよ。

 

「…ああ、これからも私達は友人だ。例え何があろうと変わらずにな。」

 

ギュッと互いの手に力と想いを込めた。

 

「伯も同じ思いだと思うぞ。」

「はは、じゃああいつも入れてやるか。」

 

それからの七日間、俺と伯は伯珪を引っ張りまわした。

もちろん大方の仕事が一段落したところを見計らって、だ。

屋台を巡って、茶を飲んで、大道芸を見て、子供達と遊んで。

笑って怒ってまた笑って。

楽しいと思える一日が過ぎていく。

頑張り屋な友人に、遊ぶって事を覚えて欲しかったから。

まっ、俺達が楽しむためってのが大半だったけどな。

 

 

「ほんとお前らこの七日間引っ張りまわしてくれたな。今日が出発の日だっての危うく忘れるところだったじゃないか。」

「忘れるほど楽しかったって事ッスよねぇ。ならむしろ感謝してもらわないと。」

「休憩時間をうまいこと見計らって誘うもんだから断るに断れなかったじゃないか。…確かに楽しかったけどさ。」

「だったらいいじゃないッスか。楽しいは正義っスよ。」

 

ケラケラと伯は笑う。

伯珪も何だかんだで苦笑していたから、悪くは無かったんだろう。

 

「まったく。それでだ、これは私からの餞別だ。旅をするなら必要だろう?」

 

そう言って伯珪がくれたのは、

 

「あ、この間の。」

 

あの遠乗りの時にそれぞれが乗っていた馬だった。

 

「ああ、お前達に懐いていたみたいだったしな。名前はお前達で付けてやってくれ。」

「有難う伯珪。大事にするよ。お前も、これからよろしくな。」

 

首筋を撫でると、ごしごしと鼻を胸に擦り付けてきた。

こちらこそって事かな?

 

「うおぉぉおおお!!よろしくッスよ!!うはははははははは!!!」

 

伯は早速飛びついてじゃれ合っている。

そういやあいつは兵卒だったから自分の馬って持った事無かったんだよな。

 

「あんまり長くなると別れ難くなるからそろそろ行くよ。」

「また近くに寄る事があったら声をかけてくれ。今度はお前の友人達を紹介してくれよ。歓迎するからさ。」

「…ありがとう。必ずそうさせて貰うよ。」

 

うわ、今のすげえ嬉しい。

伯珪は皆と友人になれるって、そう思ってくれてるんだ。

 

「それまでにもう少し余裕を持てるようにしといて欲しいッスけどね。」

「くっそ、絶対見返してやるからな~。」

 

二人が睨みあっていると、

 

「は、伯珪様!か、火急の報告が!!」

 

一人の兵士が慌てて駆け寄ってきた。

 

「どうした?そんなに慌てて。」

「冀州の袁紹がこちらに攻め込んできました!!その数、およそ八万!!戦線布告とほぼ同時に一気に侵攻!次々に城を落とし、ここ遼東に辿り着くのも時間の問題かと!!」

「っ!?袁紹が!?」

 

伯珪の顔が驚愕と焦りに染まる。

無理も無い。

八万なんて幽州の軍じゃどうしようもない数だ。

そしてこの国の最大勢力の袁紹が動いたって事は、もうこの国は乱世に突入したって事だ。

乱世は弱肉強食。

弱ければ喰われるのは仕方ない。

 

だけど俺はこう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

袁紹、またお前か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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