No.625925

夕暮れ時の来訪者

はとのはさん

肝試しを読んだ勢いで書いたもの。※一応流血表現あり
苺ちゃん、梨ちゃん、涼ちゃん、黒犬さん、鶯花さん、楜亜羅ちゃん、鶸さん、猫ちゃん、ユウくん、鶏さん、鬼月さん、朔夜さん、陽乃さんお借りしました。
口調や漢字の間違いなどがありましたらご指摘お願いします!

2013-10-07 09:24:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:381   閲覧ユーザー数:358

夕暮れ時に、彼はやってきた。

最初にそれを見つけたのは飾だった。

 

道に面した窓から飾が顔を出して涼んでいると、行き交う人の中に面白いものがあった。

紺色の傘。空にはちらほらと雲があるだけで雨は降っていない。

珍しいな、と飾は傘を目で追う。

傘をさした人物は時々立ち止まりながら通りを進んでくる。どこかを探しているようだ。

「道に迷ってるのかな……」

ふと浮かんだ考えから飾は傘の人物を助けるため、外に出た。

 

「あの、大丈夫ですか? 道に迷ってるんだったらお手伝いしますよ!」

ここのつ者たちが集まるという宿を探していると声を掛けられた。

振り向くと緑色の甚平の少年が笑顔でこちらを見上げている。

どう説明しようかと考えている内に少年の表情が笑顔から驚愕、そして疑いへと変化していく。

「ここのつ者の方々が集まる宿を探しています」

「偽り人が、ここのつ者に何の用ですか」

少年の声は最初よりも低く、腰に下げたものに手をかけていた。警戒されている。

偽り人がここのつ者の所へ行くと言っているのだから当然だが、こうも態度を変えられると悲しいと企鵝は思う。

「肝試しのお礼に。 往来で何かをするつもりはありませんし、危害を加える気もないのでご安心を」

努めて柔らかく言うと少年は少しだけ緊張を弱めた。

「ついて来てください。 入れるかは別だけど」

くるりと背を向ける少年に、苦笑しながらついて行く。

カラン、と少年が首につけた鈴が鳴った。

 

助けになればと声を掛けた人物が偽り人だった。という恐ろしく確率の低いだろう事態に、飾は内心穏やかではない。

しかし偽り人といえど困っている人を放っては置けず、企鵝を案内していた。

背中から刺されたりはしないだろうか。いや、大丈夫だ。往来では何もしないと言っていたし危害を加えないとも言っていた。ああ、でも相手は偽り人だから嘘かもしれない。

そんな考えが頭の中を巡る。信じたいけど信じられない。企鵝は偽り人だから。

ちらりと後ろを歩く彼を振り仰ぐ。表情は傘の影で読めない。

とりあえず彼のことは朔夜さんか鬼月さんに相談しよう。

そういえば企鵝は肝試しのお礼だと言っていた。

「肝試しって、この前涼さんの社で開かれたものですか?」

「ええ。 とても面白く、楽しませてもらったのでお礼をと思いまして」

手に持った風呂敷包みを企鵝は掲げてみせる。包まれているのは四角い箱のようだ。

ふわりと甘い匂いがする。

企鵝のお礼の中身を想像して、飾は少し楽しみになった。偽り人のお礼だということは頭の隅に追いやられていた。

 

年季の入った建物の前で、鳶代飾と名乗った少年は企鵝に待っているように言って中に入っていった。

まさか彼がここのつ者だとは思っていなかった。しかも偽り人である自分を仲間の集うところまで案内してくれるとは。なんというお人好し。

暇つぶしに傘をくるくると回しながら企鵝は、大人しく宿の玄関前で立っていた。

 

いつも皆が集まる大部屋を覗くと何人かが談笑していた。その中に目当ての二人の姿を見つけて飾は安堵する。

「あら、どうしましたの?」

偽り人を外で待たせているとは言い出せず、どうしようかと言い淀んでいると朔夜の方から声を掛けてくれた。

「あー、えっと、実は……」

傘をさしている人を見つけたこと、その人を助けようと声を掛けたら偽り人だったこと、彼が自分たちの宿、すなわちここを探していて連れてきたことを話す。

いつの間にか部屋にいた全員が飾の周りに集まっていた。

「偽り人で、肝試しのお礼というとあの人ですか」

「企鵝、ですね」

鶯花と涼が飾の連れてきた偽り人の名前を口にする。

偽り人、企鵝。彼は自身を恨む人間に殺されることを望み、そのために家を襲おうとも必ず一人は生かす。奇妙な偽り人だった。

「実際に会ってみてどうだったんだ?」

鶏の問いは肝試しの参加者と飾に向けられたもの。

「読めない人、というのが僕の感想です」

「なんかふわっとした感じかな。 消えちゃいそうな」

「確かに幽霊みてえな野郎だったな。 最後もいつの間にかいやがったし」

口々に企鵝についての感想を述べる。

「なんだか……偽り人らしくない人、でした……」

「でも偽り人と言われるとしっくりくる、不思議な方でしたわ」

もはや企鵝を建物に招き入れるかではなく、彼の印象や情報の交換になりつつあった。

まあ、大丈夫だと思います。そう言って企鵝を建物に入れることを提案したのは鶸だった。

「彼なら、罠をはれば捕らえるのは容易いでしょう」

鬼月さん並かそれ以上に不運なようなので、との補足から、晴れて偽り人はここのつ者たちの拠点へと迎えられることになった。

 

玄関の段差で転んだり曲がり角で足をぶつけたりしながらも企鵝はここのつ者が集まるという部屋に辿り着いた。

先導する飾が襖を開けると共に、集まる幾つもの視線。予想はしていたが疑いを含むものが多い。

「初めまして、というのが正しいのかはわかりませんが、初めまして。 企鵝と申します。 今日は先日忍社で行われた肝試しのお礼に参りました」

敵意がないことを示すために風呂敷包みを床に置き、空いた両手を上げる。

しばらくの沈黙の後、どうぞと言われ企鵝は部屋に足を踏み入れた。

「何を持って来たんですか?」

肝試しの時にもいた曲刀の男、鶸に尋ねられて企鵝は風呂敷を解く。細長い箱が二つ包まれていた。

箱を開けると黄金色に輝く細長い菓子が姿を現し、甘い匂いが広がる。

「異国のお菓子ですね。 確か、カステラでしたか」

「ええ。 一目見てこれにしよう!と思ったんです。 珍しいものですし、匂いも味も素晴らしくて」

焼き上がりを頂いてきたんですよ、と涼にカステラを渡しながら企鵝が鶸に話す。どうも彼とは縁があるらしい。

カステラを切りに台所へ向かう涼に、匂いに惹かれた飾や胡亜羅などがついて行った。

そうして年少者が居なくなったところで黒犬が口を開く。

「なんで来たんだ、偽り人なのに」

「偽り人が、礼をしてはいけないということはありませんから」

さらりと答える。

「誰も悪行で手に入れた金で買ったもので礼なんてされたくありません。 むしろあらぬ疑いを掛けられる可能性があるだけ迷惑だ」

「その点はご安心を。 ちゃんと労働の対価として頂いた金子で、正規の手段で購入したものです」

鶯花という青年からの視線は未だ険しい。

「本当か?」

「ええ」

「どんな仕事で稼いだんだか」

鬼月からの問いに応じれば鶏の疑いの声。

「女性と、話をしたり逆に話を聞いたりするだけの簡単なお仕事です」

「あらあら、女性の恨みは恐ろしいですから気をつけませんと。 でも、だからこそなのでしょうね」

納得したような朔夜の言った内容に企鵝は驚く。

「恨みを、買うことのできる仕事だったんですか……ずっと、同じ職場の男性にしか恨まれなかったので気がつきませんでした」

本当かよ、と呟いた黒犬にたぶん本当だと思いますよと鶸が耳打ちする。

金がなくなった時のための仕事だったが、恨みを買うことができるとしたら少し、腰を据えてもいいかもしれない。

 

涼が切り分けた『かすてら』なるお菓子を食べる。甘い。フワフワとした黄金色の部分も美味しいが少し苦い茶色のところも美味しい。紙が付いているのはなぜかわからないけど剥がせば問題ない。

二箱ともに毒が入っていないことを示すためとはいえ、一切れずつ食べた企鵝が羨ましい。

左隣の楜亜羅を見るととてもおいしそうに満面の笑みで『かすてら』を食べている。しかし着物の裾からしっぽが覗いていて、飾は他人ごとではないその姿に咄嗟に自分の姿を確かめた。右隣の鶯花が溶けそうな笑顔を浮かべていたのがちらりと見えた。

『かすてら』を食べ終わり、肝試しの話を鶯花やユウから聞いていると、買い物に出ていた苺と梨が帰ってきた。

「くーちゃん、あのね」

黒犬の所へ走り寄る苺が珍しく、畳の縁に躓いた。よろけた先には背を向けて座る企鵝。彼女を支えようと差し出した黒犬の手は届かなかったが、苺は企鵝の背に手をついて転ぶことはなかった。

後ろから衝撃を受けた企鵝は持っていた湯呑みに顔を盛大にぶつけ、むせる。

「だ、大丈夫っ!?」

ポタリと赤い雫が、畳に落ちた。

企鵝の正面に回ろうとした苺を梨が引き離す。

空気が張り詰める。彼は恨みを買うことが目的の一部。そこから年若い者が狙われるだろうと胡亜羅や猫などは離れた場所に座っていたが、買い物から帰ってきた苺は盲点だった。

すぐに梨が苺を部屋の隅に連れて行き、治療の心得のある涼と猫も彼女たちのもとへ。

「おい、玉兎の嬢ちゃんに何したんだ」

ようやく咳が収まり肩で息をしている企鵝に鶏が斬馬刀を突きつける。

飾も鉈に手をかけていたが前には庇うように鶯花が立っている。

見回せば陽乃は飾や楜亜羅と同じように鶸の背に隠されている。キリリとユウが弦を引く音が聞こえた。

背中に縋り付く楜亜羅の頭を大丈夫だよと撫でて、鉈を握り直す。

最悪の場合、脇をすり抜けて斬りかかろう。大丈夫、身の軽さには自信がある。僕だって戦える。

鶯花の影で飾が決意を固めているなか、俯いていた企鵝が顔を上げる。

部屋の明かりに照らしだされたのは涙目で鼻を押さえ、自らの鼻血で手を染める偽り人の情けない姿だった。

ああ、これは確かに鬼月さんと同じかそれ以上に不幸な人だと飾は確信した。きっと彼は不運の星の下に生まれたんだ。

 

編んでいた髪は血が付いてしまったため解かれ、拭かれている。

「畳、すいませんでした」

「大丈夫ですよ。 落ちますから」

口周りを赤子のように拭かれるのはむず痒い。しかも拭いているのが自分より年下の少女なのだから気恥ずかしさも加わって自然と俯きがちになる。

湯を張った桶が少し離れたところに置かれているのはたぶん、企鵝がこれ以上騒動を起こさないようにとの配慮だろう。

今、企鵝は常に被っている頭巾を脱ぎ、顔をさらけ出していた。太陽は苦手だが火の明るさは大丈夫なのだ。

「よくここまで伸ばしたな」

髪を拭き終わり櫛で梳いていた梨が感嘆する。普段はきつく編み、首の周りに巻いているためわかりにくいが企鵝の髪の長さは相当なもの。

「ただ単に、放っておいたら伸びていただけですよ」

「でも、前髪は短いですよね」

顔を拭き終わった涼が布を絞りながら指摘する。

「それに編んでますし……本当に分からない人です」

呆れたように続くのはユウ。彼は畳をせっせと拭いている。

企鵝としては育ててくれた人の真似をしているだけなのだが。

「梨ー! 見てみてー! 似合うかなってやってみたの!」

明るい声に顔を上げれば、ちょうど正面に座っていた鬼月の髪型が彼の後ろに座る苺と同じものになっていた。確か彼女は企鵝の髪の手入れを申し出たが、梨にたしなめられて似たような髪色と長さの鬼月の髪の手入れをしていたはずだ。なのになんでそうなった。

その光景には企鵝も笑いを堪えられずに吹き出した。笑っては悪いと背を丸めると髪がくんっと引っ張られて少し、痛かった。

 

「あんなに笑ったのは初めてです」

まだ笑いを抑えられず、肩を震わせ目に涙を浮かべながら企鵝は言う。

覚えてろよ……と彼を睨む鬼月。朔夜は恨みを買えましたわね、と茶化している。

偽り人がいるというのにほとんどいつもと変わらない風景が広がっていることに飾は安心を覚える。

「そろそろ、失礼します」

企鵝が編み終わった三つ編みを首に巻き、立ち上がる。

「じゃあ玄関までだけど見送るよ」

飾は自分が彼を招いたこともあり、見送りを名乗りでた。実際は罠を仕掛けたり他のところをうろついたりしないかの見張り役だが。

「あ、私も行きます」

次いで肝試しを主催した涼が手を上げ、女子供だけでは行かせられないとさらに幾人かが加わった。

戸をくぐるときに企鵝の前の鶯花は身をかがめた。そうしないと戸に頭をぶつけてしまうから。

しかし企鵝はそれに気が付かず、見事に頭をぶつけた。ちょうど、ここのつ者の中でも何人かが額を打ち、少しヘコんだ場所で。

身長が高いのも考えものだなあ、と額をおさえて悶絶する偽り人の姿を見ながら飾は思った。

「布、また返しに来ますね」

額に氷を包んだ布を巻いた企鵝は玄関前で振り向いて言った。返しに来なくていいのに、妙なところで律儀な人だ。

また来る気か、と鶯花が毒づくのが聞こえた。

「差し上げますよ。その辺りにあった端切れですし」

「そうですか、ありがとうございます」

深々と涼に頭を下げ、企鵝は通りへと消えていった。紺色の傘を宿に置き去りにして。

 

企鵝は歩きながらここのつ者について考える。

肝試しに参加した時にも思ったが、彼らには髪や瞳が普通とは違う色をした者が多い。中には好き好んで色を変えている者もいるらしい。

そんな者たちを彼らは暖かく迎えている。私の髪や瞳にも動じなかった。

偽り人であろうと害を加えなければ普通に接してくれるここのつ者たちは優しい。その優しさで痛い目を見ればいいのに。

そう思うと同時に、誰にでも優しさを振りまける彼らを羨ましく思う。

「そうか……これが」

自身の中に湧いた思いに企鵝は手を額の布に当てる。明かりの灯る宿を足を止めて振り返った。何かを忘れている気がしたが何を忘れたかはわからなかった。

まあいいか、とまた歩き出す。

少し、本当にほんの少しだけ、あの喧騒が暖かな空間が名残惜しい。できれば、ここのつ者たちを傷つけたくないと思っている自分に驚く。だめだ。あの場所は私には眩しすぎる。

見上げた空には満月。太陽は沈んで久しい。

ああ、彼らは太陽なんだ。私がいくらその下に出たいと願おうと身を焦がす害にしかならないもの。それが彼ら、ここのつ者。

柄にもない、と苦笑して企鵝は闇夜に繰り出した。

さあ、今日も恨みを買いに行こう。私が、死ぬために。

 

次の日、いつわりびとは再びここのつ者たちのところを訪れた。

傘を取りに、布を返しに。

もう忘れ物とかしてないよね、と飾は遠ざかる紺色の傘を見送った。

 


 
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