No.617813

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十二話

Jack Tlamさん

今回は黄巾党との戦闘、キーパーソンの登場です。

早くも何かすれ違いを見せる二人をご覧ください。

色んなフラグが立ってしまった~(涙)

続きを表示

2013-09-09 19:33:28 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:6618   閲覧ユーザー数:4907

第十二話、『鳳凰の雛ともう一人の臥龍』

 

 

――斗詩が到着した翌日、俺達は出発した。公孫賛軍の全兵力三万より抽出した二万の遊撃軍は、一路冀州を目指して進軍する。

 

そして冀州入りしてから少し経った頃。ここまで二、三回ほど比較的小規模な黄巾党の隊との戦闘をこなし、損害皆無で順調に

 

軍を進めていた矢先、前方にそれなりの規模で黄巾党が現れたのを確認した。すぐさま戦闘態勢に入る軍の連中を横目に、俺は

 

迫ってくる黄巾党の様子を観察していた。そして俺は気付く。この光景には、何か見覚えがある――

 

 

 

(side:一刀)

 

――ただこっちに来ている感じではない、何かを追いかけているように見える黄巾党の連中を見て、ふと思い出したことがあった。

 

この光景はどこか……ずっと昔に見たような覚えがある。そう、それはあの時――そして、その当事者は俺の傍らにいる。

 

「なあ、朱里」

 

「はい?」

 

「前方から進軍してくる黄巾党のやや手前、逃げているように見える人影が見えないか?というか、この光景に見覚えが無いか?」

 

朱里が分かりやすいように、その人影が見えている方向を指差す。俺が指差した先を目で追った朱里は、一瞬思案し――

 

「――はっ!?この状況は!」

 

「ああ。あの時と似ている。すぐに救助に向かうぞ。そして陣形を整え、叩き潰す」

 

――そう。前方の黄巾党から逃げてくる人影が二つ見えている。となると、あれはもしかしなくてもあの子達だな。最早確信にも

 

似た勘。経験則から判断して、十中八九俺の勘は当たっている筈だ。俺と朱里が初めて出会ったあの時の状況と、今の状況は酷似

 

している。そして俺達の噂が大陸中に広まりつつある現在、彼女達がそれを聞きつけてやって来ない訳がない。朱里然り、雛里も

 

然り。判断材料は揃っている。雪蓮みたいな判断材料一切無しの勘ではなく、真っ当な推理だと思う。あれはもう神性の領域だ。

 

「いよいよだぞ、朱里」

 

「はい」

 

「さて、作戦はどうする?連中の討伐と二人の救出、そのどちらも効率良く行わなければいけない」

 

「そうですね、先ず一刀様は隊を率いて逃げている人達を保護、素早く離脱して下さい。その間に本隊は鶴翼陣を布いて待ち構え、

 

 敵が攻め込んで来たところで翼を閉じ、一網打尽にします」

 

――成程な。俺が率いる隊の高い機動力とこちらの数的有利を活かした作戦か。この場合、鶴翼陣は有効な陣形だ。それなら――

 

「朱里、今の公孫賛軍でナンバー2の実力を持つのは君だ。正軍師でもあるし、君を中央から外すわけにもいかない。鈴々は君と

 

 一緒に中央。左右両翼は星と愛紗に其々任せる。残りの将の配置は変更無しだ。俺の隊は逃げてくる二人を保護し、一個小隊を

 

 そのまま護送に充てる。残りは敵の後方に回り込み、機を待って挟撃。タイミングを見計らって両翼に穴を一時的に開けてくれ。

 

 そこから左右に分かれた俺の隊が抜け、大回りして敵後方に回り込む」

 

中央を厚くするため、軍師兼武官である朱里と、攻撃力に定評のある鈴々を配する。星と愛紗を左右両翼に配置する理由としては、

 

本能に頼らない判断力を持ち、理性的に部隊を機動させられる将であることと……鈴々を信頼していないわけではないが、二人に

 

比べればやはり考え無しに突撃してしまう部分があるので、朱里と一緒に中央に配することで、最適なタイミングで敵部隊を叩き

 

潰して貰うためなのだ。戦力バランス的な意味でも、星と愛紗を両翼配置にしておいたほうが良いだろう。

 

白蓮は俺達を全面的に信頼してくれているので、戦闘指揮は任せて貰っている。白蓮はそれなりに戦えるが、大将に何かあっては

 

大変なので後方配置。当然だな。そして桃香だが、彼女に直接戦闘は無理なので、衛生兵達を指揮してもらっている。桃香自身も

 

医学の心得があるので、そうした支援部隊の指揮にはピッタリだろう。

 

「はい、それでいきましょう!」

 

「よし……誰かある!」

 

「――はっ!」

 

俺の呼びかけにすぐさま兵が応じる――こいつは初期から居る古参兵だ。俺と朱里の協議で決まった戦術を、素早く伝えていく。

 

「これより前方の黄巾党部隊との戦闘に入る!陣形、鶴翼陣!全軍に疾く通達せよ!」

 

「はっ!」

 

こういう戦闘指揮もまともにやるのは久しぶりだ。調練でやるのと実戦でやるのではやはり違うし、これまで今回の外史で臨んだ

 

戦闘はかなり小規模だったり、そもそも部隊を率いずに俺が一人でやってしまったのもあるので、それなりの規模になるであろう

 

今回のような戦闘は実はかなり久しぶりになる。『前回』にしたって、赤壁の後は殆ど戦闘なんて無かったしな。

 

「北郷白十字隊は先行して黄巾党に追われる人々を保護しつつ、敵の後方に回るぞ!かなり動き回るが、最後まで追随してくれ!」

 

「「「「「応ッ!!!」」」」」

 

北郷白十字隊――公孫賛軍に新規で創設された、朱里が率いる北郷黒十字隊と双璧を成す精鋭部隊だ。俺と朱里の手による調練が

 

最も行き届いた部隊であり、練度も士気も非常に高い。隊の規模はそこまで大きくはないが、戦闘能力は平均的な同規模の部隊に

 

比して優に倍するほどのもので、倍の規模の敵部隊とも互角以上に戦える強力な部隊となっている。

 

これまで実戦では中々その実力を披露出来なかったが、その機会も巡ってきたようだ。

 

「俺に続けッ!!」

 

「「「「「オオォーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」

 

北郷白十字隊が突撃する――黒字に純白の十字をあしらった十文字旗、かつて俺が使っていたものとは似て非なる旗を掲げて。

 

 

(side:???)

 

「――あ、あれは!」

 

「――『公孫』の旗印!ということは……!」

 

「――涿郡の公孫賛軍だよ、――ちゃん……!」

 

「――やった!助かったよ、――ちゃん!」

 

「――うん……!あの人達の所まで逃げ切らないと……!」

 

「――うん!急ごう!」

 

 

 

(side:一刀)

 

――俺達の隊は常識からすれば信じらないほどの機動力で逃げて来る二人の許へ向かっていた。この機動力こそ、俺の白十字隊の

 

売りだ。総合力を重視した朱里の黒十字隊とは違う、攻撃力と突破力に重きを置いた編成。まあ、黒十字隊も高機動部隊なのだが。

 

そして俺達は極僅かな時間で、二人のもとに辿り着いていた。俺は電影から降り、二人に声を掛ける。

 

「そこの二人!もう大丈夫だ!君達は我らが保護する!」

 

「――あ、あのあのあの!あ、あなた方は、公孫賛軍の!?」

 

「――あわあわあわわ……!」

 

そこに居たのは――やはり、緊張して噛みまくる小さな二人組だった。しかし、このタイミングで現れるとは。涿に直接来るかと

 

思ったが――ああ、来る途中だったのか。となると、荊州の水鏡塾を出る時期がこれまでよりも遅かったのかもしれないな。

 

「俺は北郷一刀。公孫賛軍の将だ」

 

「ほ、北郷……って!ま、まさか、『天の御遣い』様なのでしゅか!?」

 

俺が良く知る声で、その声の主とは別人の彼女が反応する。もう一方の少女は言葉を発することも出来ず、おろおろしていた。

 

懐かしい光景――『前回』からの帰還以来、立ち直るまでに時間はかかったが、漸く立ち直ったところで口癖が復活してしまった

 

朱里。未だに治っていないが、それでも大分成長したためか頻繁には出なくなっている。なにより雛里がいないので、連鎖反応が

 

起きない。この光景を最後に見たのはいつだったか――やめよう。取り敢えず、問いに応えて素早く護送させるに限る。

 

「そう呼ばれてもいるが、その話は後。君達は俺の隊の者が護送する。本陣後方に避難しているんだ。戦闘が終わるまで待ってて」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「ひゃいでしゅ!」

 

「よし。一個小隊、彼女達を本陣後方へ!」

 

「はっ!」

 

取り敢えず、彼女達を帯同させた一個小隊だけを先んじて離脱させる。離脱した小隊は凄まじいまでの速度で本陣へと戻っていく。

 

後の世話は桃香達がやってくれるだろう。怪我はしていないが、体力の無い彼女達の消耗は相当酷い筈だ。だが、後方で休むにも

 

こんな状況では気が休まらないだろうから、さっさと戦闘を終わらせなければならない。

 

俺は電影に乗りながら、傍らにいる、隊での副官を務める兵に声を掛けた。

 

「……さて、手筈通りに行こう。一方の隊はお前に任せるぞ。確実に作戦を遂行するんだ」

 

「はっ!」

 

そして俺達は一芝居打つ。今の俺達は釣りの餌。黄巾党の連中という獲物を誘導し、本隊が布いている鶴翼陣という網で捕まえる。

 

「――くそ!数が多すぎる!撤退だ!」

 

「撤退だ!撤退ーーーーっ!!」

 

――やれやれ、我ながら三文芝居だな。自分の大根役者ぶりに呆れ返るばかりだ。相手が正規軍だったら通じないぜ、こんなのは。

 

さて、上手くいくかな?

 

 

 

「――なんだあ!?あいつら、来るだけ来て逃げやがったぞ!」

 

「――だがよ、敵の方が数が多いぜ!」

 

「――構うこたぁねぇ!俺達を前にして逃げ出す腰抜けがいる軍だ!数の差もそれほどない!このままぶっ潰せ!」

 

「――だが、ありゃあ幽州の公孫賛軍だ!手ごわいぞ!」

 

「――噂と真実は違うだろうよ!現に連中の兵は逃げた!俺達ならやれる!蒼天已死す!黄天當に立つべし!狙うは大将の首だ!

 

 かかれぇーーーーーーーーっ!!」

 

「「「「「――オオォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」

 

 

 

「……連中、好き勝手言ってるんだろうな」

 

しかも、黄巾党の連中はまんまと釣られて速度を上げ、俺達を追って来ている。思惑通りに行き過ぎて、寧ろ溜息が出るレベルだ。

 

「散開用意!二手に分かれて両翼の穴を抜け、両側面から大回りするぞ!散開したら全速力だ!」

 

「「「「「応ッ!!!」」」」」

 

白十字隊が鶴翼陣を布く本体に近付く。敵も追って来る。そして、本隊の左右両翼にすっと穴が開くのを視認した――今だ!

 

「三、二、一……今だッ!分かれーーーーッ!」

 

俺の合図と同時、白十字隊は加速して本隊両翼に開いた穴に突進していく。常識外の機動力を誇る白十字隊は敵が両翼の間に入り

 

始める前に離脱を終え、その穴は即座に埋められた。馬を少し走らせ、敵の視界を外れてから、転進して全力で敵の後方に向かう。

 

後はもう敵を逃がさないように回り込むのみ。後は任せたぞ、朱里――!

 

 

(side:朱里)

 

――敵は此方の思惑通り、無陣形のまま突撃してきた。一刀様の隊は既に両翼の穴から離脱、その穴も埋めた。ここまで作戦通り。

 

ちゃんと上手くいっている。確かに、数の差はそこまで大きくないかもしれないけど――

 

「――質では、大きく違うんです……弓兵隊、連続斉射用意!……放てッ!」

 

私の合図と共に弓兵隊が矢を射かけ、左右両翼も其々の判断で射撃を開始した。此方が矢を射るだけなので、死者が出ているにも

 

関わらず、敵は益々勢い付いている――味方の戦力に損失が出るのを、必要経費だとでも思っているのだろうか。

 

「士気だけは無駄に高いですね……士気の鼓舞が上手い人がいるんでしょうか……?」

 

士気が高い敵はそれなりに強い。だけど、敵先鋒が中央に接近した時――その時こそ私が狙う勝利への決定打。必ず決めて見せる。

 

「まだなのかー、朱里お姉ちゃん!?」

 

「まだです!もう少し!」

 

敵を前にしてやはり逸ってしまうのか、突出したそうにうずうずしている鈴々ちゃんを抑えながら、私は敵が此方に来るのを待つ。

 

――やがて、狙い通りに敵先鋒が中央に肉薄してきた。

 

「今です!鏑矢(かぶらや)放て!」

 

兵に合図を出し、連絡用に開発した鏑矢を左右両翼に向け放たせる。合図が伝わり、見る間に両翼が閉じられていく。これでこの

 

包囲は完成する。公孫賛軍の練度なら完成迄の時間は僅かで済むけど、それでも完成する迄は中央の私達でもたせなければ――

 

「行くよ、鈴々ちゃん!」

 

「待ってましたー!突撃、粉砕、勝利なのだーーーっ!!」

 

「黒十字隊、張飛隊、迎撃行動開始!抑え込んで!!」

 

「「「「「「「「「「オオォーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」」」」」」

 

 

 

(side:愛紗)

 

「――関羽様!合図の矢です!」

 

「うむ、聞こえていた!関羽隊、突撃せよッ!!」

 

「「「「「オオォーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」

 

――見事。敵は雑兵であるとは言え、こうも見事に包囲してしまうとは。一刀殿の隊は逃げてくる者の保護に向かったと聞いたが、

 

その行動の真意の半分は行くだけ行って退いて見せることで、敵を勢い付かせるためであったようだ。これが正規軍相手ではこう

 

上手くはいくまいが、此度の戦では有効な策に違いない。そしてその策を完璧に実行できる部隊を率いる一刀殿の指揮能力と部隊

 

そのものの練度……どれををとっても見事としか言いようがない。手合わせをしてわかった。『天の御遣い』故に凄いのではない。

 

あの方自身が凄いのだ。その名に奢ることなく常に己を高め、人の和を重んじ、それは涿郡の平和やこの軍の練度と結束力となり

 

表れていると言うことが出来よう。

 

――私も、大いに見習わなければ。

 

「我らには天が付いている!恐れずに打ち破れ!!」

 

 

 

(side:星)

 

「――趙雲様!合図です!」

 

「応!趙雲隊、突撃だッ!!」

 

「「「「「オオォーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」

 

――まったく見事なものだ。これまで一刀殿や朱里に付いて盗賊退治をしていた時から見ていたが、見事に兵を指揮し、兵もその

 

指揮に応え、これまた見事な動きを見せる。此度もまた……私はこの軍に入ってからというもの、驚かされてばかり。私は誰かを

 

驚かすのが好きだが、ここまで色々と驚かされていると……ふむ、驚かされるのも悪くないな。

 

武人は如何なる場合でも驕ってはならぬ。己を誇るのと、驕るのは別だと教えられた。あまりに圧倒的な実力を持ち、それでいて

 

謙虚で穏やかな姿勢で警邏がてらに民と交流する人柄の良さ。あれこそが武人が目指すべき境地なのではないか。

 

ふふ……まったく、本当にあの方は私の興味を引いてやまない。如何すればあれほどの傑物になれるのか。まだ私にはわからぬか。

 

――あの方のことばかり考えるのもいかんな。私も己を高めていかねば。

 

「勇者達よ、打ち砕け!天命は我らにあり!!」

 

 

 

(side:一刀)

 

――白十字隊は味方両翼を抜けた後、大回りして敵の後方にて再集結していた。だが、それももう意味を失くしつつあった。

 

「……なあ」

 

「はっ」

 

「……俺達、もうあんまり仕事ないよな?」

 

「……ですな」

 

敵は見事に鶴翼に挟まれ、既に壊滅状態。なんとか生き残って逃げようとする奴もいるが、それらは両翼の外側にいる弓兵に狙撃

 

され、斃されていく。故に、俺達の方まで逃げてくる奴は殆どいない。いても、俺達がいる限りは一人も逃がさない。

 

――やがて、前方に見える本隊から勝鬨の声があがった。どうやら敵の大将首を取ったらしい。敗走してくる奴が多くなってきた。

 

こうなれば俺達の出番だ。

 

「敗走する連中を掃討する!白十字隊、かかれ!」

 

「「「「「応ッ!!!」」」」」

 

俺の合図に応え、白十字隊は敗走兵の掃討に向かう。そしてその暫く後、戦いは終わった――

 

 

「――大勝利だな!皆、よくやってくれた!」

 

「衛生兵の皆さん、負傷兵の方の天幕収容と治療を急いでください!化膿したら大変ですよ!」

 

白蓮が兵達を労い、桃香が衛生兵を指揮して負傷兵の救護に回る。死者は出さなくとも負傷兵は出るものだ。戦いが終わり、風の

 

指示の下で陣の設営が行われる。冀州入りしてから何度か陣泊はしたが、これまでとは違う規模の戦闘だったので兵も疲れている

 

だろうということで、ここで一旦大休止を取ることにしたのだ。

 

陣の構築から暫く。主立った将は会議室代わりの天幕に集まっていた。桃香も将なので、兵に呼びに行かせる。集まっているのは

 

俺、朱里、白蓮、風、愛紗、星、鈴々、桃香――は今来た。後は案内役の斗詩だ。

 

「さて、此度の敵は黄巾党の分隊だった。本隊はこの何倍という規模だろう。他の敵が何処にいるか調べはついているか、朱里?」

 

「はい。ここからそう遠くない所に敵の一大拠点があることを既に突き止めています。そこにはどうやらかなりの規模の軍を運用

 

 可能な兵糧が備蓄されているとの情報もあります。ここを攻め、兵糧を焼き払うことで黄巾党の活動能力を減退させます」

 

――曹操と一緒に攻めたあそこだな。そういえばもう冀州入りしたのかな、彼女達は。忍者からの報告を待たないとわからないが、

 

十中八九途中で会うことになるだろう。そしておそらく……いや、是非も無いな。

 

「部隊を分割し、一隊が敵を誘い出した上で別働隊が砦に侵入し、兵糧を焼き払います。なお、この拠点には私達が冀州入りする

 

 以前までは首謀者である張角達がいたようですが、今は主力部隊と共に出払っており、戦力は然程多くないようです。公孫賛軍

 

 単独でも、今現在の戦力であれば十分に制圧可能です」

 

やれやれ、天和達は洛陽に向かってしまったか。そうなったらもう呂布に返り討ちにされることは避け得ない。わかってはいたが。

 

その拠点の兵糧を焼き払ってしまえば、冀州黄巾党の活動は急速に減退するだろう。そうすれば、決戦へと早期に移行することも

 

可能となる。今回連れている兵は皆正規兵であり、兵糧の心配もないから別に回収してしまっても良いが、此方の荷が重くなって

 

しまうし、機動力を重視する遊撃軍において低機動化は避けたい。それに、斗詩が手配してくれた補給もある。遊撃作戦が長期に

 

渡ってもそれほどの心配はない。そもそも、この乱自体そう長くは続かないのだから。

 

「ええっ!?も、もうそんな情報を掴んでるんですか!?」

 

朱里の発言に斗詩が驚いていた――いや、ここは君達の領地だろうに。一体全体袁紹軍は何をやっていたんだよ。

 

「袁紹軍は物見を放ってないのか?」

 

「放ってますけど、そんな情報は掴めませんでした……はあ、自分達の領地なのに面目無いです……」

 

斗詩は本当に苦労人だな。『始まりの外史』からずっとそうなんだろうな。あの時、皆して外史を飛び出して聖フランチェスカの

 

生徒になった時に訊いたら、滅亡後は三人で珍道中を繰り広げて散々苦労したらしいからな。

 

「……続けようか」

 

「はい。私達はその拠点の攻略作戦を終えた後、遊撃を続けつつ敵の本隊の位置を探り、判明次第向かいます。その頃には諸侯の

 

 軍も集まって来るでしょうから、黄巾党との決戦となるでしょう。今後も十分に用心して、作戦行動を継続しましょう」

 

「成程、分かった。ではこの大休止の後、敵の拠点攻略作戦に臨むぞ。各員十分に体を休めておくように。以上、軍議を終わる!」

 

白蓮の号令一下、軍議は解散となった。

 

 

 

皆が休息用の天幕へと向かう中、桃香は保護した子達を収容している天幕に向かったようだ。世話を任されたので放っておくなど

 

出来ないし、元々世話好きな桃香のことだ、その意味でも放ってはおけないだろう。愛紗と鈴々も付いて行ったようだ。

 

――俺達も会っておくか。今後どうするかは今の段階ではまだ決めていないが、どちらにせよ重要な存在なのは間違いないからな。

 

俺は地図を片付け終えていた朱里に声を掛けた。

 

「朱里」

 

「はい?」

 

「保護した子達に会いに行かないか?分かっていることとはいえ、君も気になるだろう?」

 

「……」

 

「……流石に会い辛いか?」

 

「……いえ、会いましょう」

 

仮面で表情は見えないが、決然と頷く朱里。本当の理由も告げられないまま離別した無二の親友と、もう一人の自分と会うという

 

事態を前にして、朱里の緊張が肌に伝わってくる。相手に記憶は無いが、自分とは別人だと分かっているもう一人の自分は兎も角、

 

家族同然だった親友を前にして平常心を保っていられるだろうか……眼前の朱里は、肩を微妙に震わせて俯いている。無理も無い。

 

こんな状況、俺だってそうなったら複雑だ――俺は朱里を優しく抱き締める。

 

「か、一刀様?」

 

「震えてるよ、朱里……落ち着いて。大変だろうけど……俺も、緊張してるから」

 

「はい……」

 

少しの間抱き合った後、俺達は彼女達が待つ天幕へと向かった。

 

 

「――それで、こっちに来たんだね」

 

「――は、はい。そうなんです」

 

「――鈴々たちとおんなじなのだ!」

 

「――えっ?」

 

「――わたし達もね……」

 

天幕の中からは話し声が聞こえてくる。桃香達が二人と話しているみたいだ。俺と朱里は天幕の入り口を前にして互いを見合わせ、

 

頷き合う。合意は出来た。そして天幕へと入って行く。

 

「――桃香、ちょっといいかな?」

 

「あれ、一刀さん?この子達に会いに来たの?」

 

「そうなんだ。別に外す必要は無いから、俺達に話をさせてくれないか?」

 

「あ、はい。いいですよ」

 

桃香は俺の言葉に笑顔で頷くと、椅子を除けて俺達が話せるスペースを作ってくれた。愛紗がいつの間にか周囲から椅子を持って

 

来てくれていたので、俺達はそれに座って二人と話すことにした。

 

「――あ、あのあの!先程は、ありがとうございました!」

 

金髪ショートの少女がそう言って頭を下げてくる。傍らの紫陽花色の髪の少女も、それに倣って頭を下げてきた。緊張しまくりだ。

 

「気にしないで。あんな連中から逃げている人がいると聞けば、誰でも助けようと思うだろ?」

 

「そうですね。気に病む必要は無いのです」

 

俺達の言葉に、二人の表情がぱっと華やいだ。二人が落ち着けるようにと、少し間をおいてから俺は二人に質問を始める。

 

「……さて、君達は旅をしていたみたいだけど、どうしてこんなところに?」

 

俺の質問に目の前の二人は顔を見合わせ、頷き合うと、先ず紫陽花色の髪の少女が話し始めた。

 

「……私達、荊州にある水鏡塾っていうところで学んでいたんですけど、世が荒れていくのを見るに見かねて……」

 

「弱い人達が悲しむのが嫌で、それで、私達でも力になれればって思って、水鏡塾を出て来たんです。でも、自分達だけの力じゃ

 

 何も出来ないから、誰かに協力してもらわなくちゃいけなくて」

 

「そんな時でした。幽州涿郡の噂を耳にして、そこを治めている公孫賛様の許に『天の御遣い』が客将でいるって聞いて、それで、

 

 その『天の御遣い』が現れてから涿郡の治安も凄く良くなっているということも聞いて、それで義勇兵も募っているって聞いて、

 

 協力してもらうならこの人だって思って、それで、涿郡を目指して旅をして来たんですけど……黄巾党に追いかけられちゃって」

 

「……成程ね」

 

この子達は俺が蜀に属する場合の外史では、俺達が義勇兵を募っているという噂を耳にして涿に来たんだよな。それ以外の場合は、

 

朱里から聞いたところによると、やはり桃香の理想に賛同して義勇軍に加わったそうだ。今回も義勇兵を募集してはいたが、実際

 

集まったそれらは稟に調練を任せ、防衛に充てているため、今ここにいるのは正規兵だけだ。

 

昨日忍者兵が涿からの伝令を持ってきたが、新たに六千ばかりの義勇兵が集まったので、こちらの損失に備えての援軍として稟が

 

これまた最近スカウトしたという将を二人と、それまでに調練した六千人を派遣してくれているということだった。この大休止は

 

それらの義勇兵との合流のためでもある。数日間はここに留まるため、今回は陣地を本格的に設営していた。

 

「危ないところだったね。それで……君達の望みは軍師として俺達の戦列に加わることかな?」

 

「は、はい!……あの、どうしてそれが?」

 

「司馬徽殿の所で学んでいたんだろ?それなら君達が文官……いや軍師となるためにここに来たこと位はわかるさ」

 

「「えっ!?」」

 

司馬徽とは、もちろん彼女達が言う水鏡塾の主、水鏡先生のことだ。『水鏡』は称号だが、その名前が有名なため、本名はあまり

 

聞かなかったけど、俺は勿論知っている。

 

「水鏡先生をご存じなんですか!?」

 

「名前だけはね。さて、確かに俺達は義勇兵を募集したけど、ここにいる兵は全員が正規兵で、募集して集まってくれた義勇兵に

 

 ついては涿郡の防衛に回ってもらっている。つい先日新しく六千ばかりの義勇兵が集まったからそれまで調練していた連中から

 

 同数を抽出してこっちに援軍として寄越してくれてるとのことだ」

 

「「は~」」

 

感嘆の溜息を漏らす二人。

 

「……さてと、君達の名前を聞いてなかったね。改めて自己紹介するけど、俺は北郷一刀。公孫賛軍の客将で、今回の黄巾党討伐

 

 遊撃軍で戦闘指揮を預かっている。劉備達の名前はもう聞いたかい?」

 

そう言いながら傍らにいる桃香たちに目配せすると、桃香達は頷いた。自己紹介は済ませたようだ――それもそうか。自己紹介も

 

しないであんな親しげに会話をするのも少々違和感がある。桃香は人懐っこいから納得は出来るけど。

 

「あ、あのあの!わ、私は、諸葛亮っていいましゅ!字は孔明でしゅ!真名は朱里といいましゅ!」

 

「わ、わわ私は、ほ、ほほ鳳統でしゅ!字は士元、真名は雛里でしゅ!」

 

「……会ったばかりの俺に、真名をいきなり預けてもいいのかい?」

 

「はわわ!そ、その……先程、たたた助けていただいたので!」

 

孔明がそれはもうカミカミになりながら喋り、雛里の方はと言えば孔明の言葉に合わせてがくがく首を上下に振っていた。現在の

 

朱里ならこうはならないだろう。外史に舞い戻って来てからというもの、朱里はそれ以前よりも遥かに落ち着いているからな。

 

「……わかった、預かる。じゃあ……」

 

俺は傍らの朱里に目配せをする。朱里は俺に頷いて見せ、口を開いた。

 

「私の自己紹介がまだでしたね。私は北郷朱里といいます。公孫賛軍の客将ですが、今は正軍師の職を預かっています」

 

「「え……?」」

 

これには孔明達が驚いた――それはそうだ。孔明にとっては自分と同じ名前を持ち、雛里にとっては親友と同じ名前を持つ人物が

 

現れたのだから。加えて言えば、朱里はそこまで声が変わっていない。多少キーは低くなったが、それでも殆ど同じだ。これでは

 

殊に孔明は違和感を感じずにはいられないだろう。

 

「しゅ、朱里……って、あの、その、この、どの」

 

(……何故にこそあど言葉?)

 

取り敢えず心中でツッコミを入れておく。

 

「同じ名前ですね、孔明さん。私達の国の文化はこの大陸とは違うので、真名というものは存在しません。私の場合は『朱里』と

 

 いう名の部分が、この大陸で言う真名に相当するものです。姓名の仕組みは私の義兄である一刀様も同じです」

 

「「はぁ……」」

 

「戦列に加わりたいとのことですが、現在の公孫賛軍は軍師不足ではないので……でも、遠い荊州から来たお二人の志を無下にも

 

 出来ませんので、明日にも公孫賛殿に御目通りして、処遇を決めましょう。放り出したりはしないのでご安心を」

 

「「は、はい」」

 

「……他に何かありますか?」

 

朱里が二人を交互に見ると、孔明が手を挙げる。

 

「あ、あの……」

 

「どうぞ」

 

朱里に促され、孔明は手を引っ込めた後、遠慮がちに話し始めた。

 

「あ、あのですね、その……同じ名前の人が二人いると、特にお二人の場合は紛らわしいと思うので……真名をお預けしましたが、

 

 私のことは字で呼んで頂ければと……」

 

――なるほど、そういうことか。雛里は兎も角、孔明を呼ぶ時に真名で呼べば、朱里と同じになってしまうからな。

 

「……わかりました。一刀様は?」

 

「……ああ、わかった。それじゃあ、今夜の所は休んでくれ。明日、公孫賛殿に取り次ぐから」

 

「「はい!」」

 

二人が頷くのを見て取り、俺と朱里は立ち上がった。

 

「……じゃあ、桃香。俺達の話は終わったから、後は君達で話すと良い。だが、二人も疲れているだろうし、もう時間も遅いから

 

 早めに切り上げて自分の天幕で休めよ。まだ大休止は続くが、いつ何時戦闘になるかわからないから。いいな?」

 

「はーい♪」

 

桃香に念押しをしてから、俺達は天幕を出た。

 

 

(side:桃香)

 

「……は~。あの人達が『天の御遣い』様なんですね…」

 

「纏っている雰囲気が、他の人と違いました……うぅ、まだ少し震えてる……」

 

「雛里ちゃん、大丈夫?」

 

「うん……」

 

わたし達の目の前にいる二人の女の子……朱里ちゃんと雛里ちゃんは、一刀さんと朱里さんが纏う雰囲気に中てられたのか、まだ

 

興奮しているみたい。それはそうだよね、あんなに凄い人達だもん。

 

「……朱里ちゃん、雛里ちゃん……」

 

「はわ!?」

 

「あわ!?」

 

「やや、そんなに驚かないで。あんな凄い人達なんだもん、二人が興奮しちゃうのはわかるけど、落ち着いて。愛紗ちゃん、水を

 

 持って来てくれる?」

 

「はい」

 

取り敢えず二人に落ち着いて貰うため、わたしは愛紗ちゃんに水を持って来て貰うように頼む。程無く愛紗ちゃんが戻ってくると、

 

わたしは二人に水の入ったお椀を渡した。二人がゆっくりと呑み終わるのを待って、また声を掛ける。

 

「……落ち着いた?」

 

「「は、はい……」」

 

二人で声が揃っちゃって、可愛いなあ――って、そうだ。さっきの話の続きをする前に、二人に聞きたいことがあったんだ。

 

「ねえ、二人は軍師さんなの?あの朱里さんはそれを知ってたみたいだけど」

 

「は、はい。私達は六韜や三略、孫子、呉子、司馬法、九章算術、呂氏春秋、山海経……他にも、色々な書物を勉強してきました」

 

「うわー、それ全部勉強して覚えたの?」

 

「……(コクッ)」

 

「すごーい……」

 

――って、だめだめ。感心しているだけでは駄目なんだ。さっきの話の続きだ。

 

「……さっきの続きになるんだけど、わたし達、弱い人たちが苦しんでいる今の世の中が許せなくて立ち上がったんだ。少しでも

 

 そんな人達の力になれたら……って思って、わたしと愛紗ちゃん、鈴々ちゃんの三人で旅を続けていたの」

 

「私達と一緒なんですね……」

 

「そうなの。その途中で管輅ちゃんの占いを聞いて、この大陸に太平を齎す『天の御遣い』と呼ばれる人達が大陸に降り立つって

 

 聞いて、力を貸して貰おうって思って、旅をしながらずっとその人達が現れるのを待ってたんだ」

 

「あ、その予言は荊州でも噂になっていました。でも、眉唾物だという意見が多勢を占めていて……」

 

「そうだよね。でも占いは真実だった。『天の御遣い』は涿郡、五台山の麓に降り立ち、そこで白蓮……伯珪ちゃんと出会ったの。

 

 それでね、涿郡は凄い勢いで治安が良くなって……元々そんなに悪くは無かったんだけど、もう盗賊が嫌がって近寄れない位に

 

 治安が良くなったの。その噂を聞いて、旅をしていたわたし達は『天の御遣い』の力を借りるため涿郡に戻ったんだ。わたしは

 

 涿県の出身で、伯珪ちゃんとは一緒に慮植先生っていう人の所で学んだ同窓生なの。それもあって、涿に行って、『御遣い』の

 

 二人に力を貸して貰えるようにお願いしたんだけど……」

 

そこでわたしは一旦言葉を切る。ごく最近のことだけど、あんな口の中が痺れるような苦い思いをしたことは、今までに無かった。

 

「……断られたんですか?」

 

「断られたわけじゃないの。伯珪ちゃんは慮植先生の所を卒業して三年の間に涿郡の太守様になってた。一方のわたしは人助けの

 

 ための旅……やってることが違い過ぎたんだ。能力はあったのに、何故やらなかった。そんな奴が『天の御遣い』の力を借りて

 

 売名するなんて傲慢だ……って、伯珪ちゃんにすっごく怒られちゃった」

 

今思い返しても、途轍も無く苦いものが舌先に乗せられたように感じる。白蓮ちゃんは普段からなんだかんだ言いつつも、いつも

 

優しかった。あんな風に怒るなんて思いもしなかった。売名する事だけが目的だったわけじゃない……寧ろそれは副次的なもので、

 

ただ純粋に、力を貸して欲しかった。でも、白蓮ちゃんには売名のためだと映ったんだと思う。

 

それから暫く、わたしはその後の経緯を二人に話していった。勿論、私の理想についても……二人は時に頷き、時に驚いたりして

 

真剣に聞いてくれた。話し終えると、朱里ちゃんが口を開いた。

 

「……独立されるなら、この戦いで成果をあげ、名も上げなければなりませんが、客将という立場にあってはそれもあまり現実的

 

 ではないでしょうね……客将では朝廷から恩賞も頂けないでしょうから……」

 

「……」

 

それはそうだ。手柄を立てれば名も上がるけど、独立する場合は何処か腰を落ち着けられる場所を手に入れなくては駄目。そして、

 

客将の身分ではそれも叶わないだろう――朱里ちゃんはそう言いたいんだと思う。すると、朱里ちゃんがまた口を開いた。

 

「……でも、その理想はとても尊いと思います。そして、私達の理想も同じです」

 

「朱里ちゃん……」

 

「……いずれ独立される時が来たら、私をあなたの軍師にして下さい」

 

朱里ちゃんの口から出て来たのは、とんでもない申し出だった。

 

「朱里ちゃん……!?」

 

雛里ちゃんは驚愕してしまっている。それはわたし達も同じ。傍から見たら完全な間抜け面で。暫く皆して驚いた後で、わたしは

 

落ち着きを取り戻し、朱里ちゃんに理由を尋ねる。

 

「……『天の御遣い』であるあの二人じゃなくて、わたしなの?」

 

「あのお二方の理想はまだ伺っていないですが、私も『天の御遣い』という『存在』に心惹かれた部分はあるので……でも、私は

 

 あなたの『理想』を伺って、付いていくならあなただと思いました」

 

――そういうことだったんだ。でも。

 

「一刀さん達のやってることから考えて、一刀さん達はわたしと同じ理想を持ってると思うの――」

 

それからまた色々と話したけど、話すうちに夜も更けて来たので、今日はここまでにして、皆もう寝ることにした。朱里ちゃんの

 

申し出があった時からずっと黙っていた雛里ちゃんのことは気になるけど、多分あの子は朱里ちゃん以上に気が弱い子なんだ……

 

と思って、「大丈夫?」とか聞かないようにして、わたし達は会話を終えた。

 

 

(side:雛里)

 

私は朱里ちゃんが寝静まるのを待って、簡易寝台から降りて天幕の外に出た。夜警に当たってくれている兵の方にきちんと許しを

 

得て、少しの間天幕を離れることにした。

 

――どうしちゃったんだろう、朱里ちゃん。急に桃香さんに仕官したいって言い出すなんて。

 

理由はわからないわけじゃない。一刀さん達の理想はまだ伺っていないけれど、一刀さん達が現れてからの涿郡の善政を考えれば、

 

一刀さん達の理想が桃香さんと同じ方向を向いているのはわかる。

 

(……でも、何かが、違う……)

 

私は違和感を感じていた。桃香さんの理想と涿郡での善政は、確かに近似しているし、桃香さんの話には一応の筋は通っていると

 

言えなくはない。でも、そんな子供でも分かるような単純な図式をそのまま受け入れて良いとも思えなかった。

 

(……違う……)

 

桃香さんはとても優しい人で、皆を包み込んでくれそうで……私もあの人なら仕官したいと思う。一方の一刀さん……朱里さんも

 

だけど、やっぱり優しいんだけど……何か底知れないものを感じる。同じ理想――桃香さんの見解に真っ向から反論するわけでは

 

なく、寧ろその見解は正しいと思う。でも――

 

(目指す方向は同じ……でも、目指す『やり方』は違う……)

 

桃香さんは正直、夢を追い過ぎていると思う。実現性をまるで考えていない。そこまでの大望を抱いているからこそ人が集まって、

 

そこからそれを実現していく……というのはわかるんだけど、詰めが甘過ぎる。

 

一方、一刀さん達は公孫賛軍の客将として公孫賛様の治政を助け、地道にその名を広めている。さっきの桃香さんの話を聞く限り、

 

現実をしっかりと見つめ、それでいて尚も理想を貫く……凄い人達だ。はっきり言って覚悟の重さが違う。底知れないけれど……

 

それは器が大き過ぎるからかも。民のみならず、兵の皆さんからも慕われているようだし、支持基盤は確固たるものと言って良い。

 

理想そのものは伺っていないけど、多分大まかな所は同じなんだと思う。でも――

 

(似ているようでどこか違う……理想を貫くための『覚悟』も『力』も違う……)

 

理想を貫くということの意味を知っているであろう一刀さん達と、その意味を知らない、或いは勘違いしているであろう桃香さん。

 

どちらに協力を仰ぐべきかは火を見るより明らかなのに、どうして朱里ちゃんは――

 

「――どうして?どうしてなの、朱里ちゃん……」

 

思わず声が出る。私は声が小さいので他の誰にも聞こえないだろうけど、それでも出てしまう。

 

朱里ちゃんの気持ちも、わからないわけじゃない。理想は大きく持っていた方が美しく見えるものだし、それに惹かれているのは

 

私も同じ。主の無茶を叶えるのも臣の使命だと思えば、あんな無茶な理想でも頑張っていける。そしてそう思わせるだけの何かを

 

桃香さんは持っている。何より、私達と目指すものが同じだ。

 

平和な世界――皆が笑顔で暮らせる国。

 

それが実現出来たら、どんなに素晴らしいことだろう。その実現を助けるというのは、軍略を学んだ身からしても途轍も無く強い

 

魅力だった。理想を貫く力を既に持っている一刀さんよりも、持っていない桃香さんに仕えて一緒に夢のような理想を叶えたいと

 

いう気持ちは、私にも痛い程に良く分かった。

 

そうやって、ゆっくり歩きながら悩んでいた矢先――

 

 

 

「――そこの悩める少女よ、こっちに来て語らわんか?」

 

 

 

声を掛けられた。声の方向に振り向くと、そこにいたのは趙雲さんだった。私は数瞬の間思案し――ゆっくりと趙雲さんのもとへ

 

歩いて行った。

 

 

「……こんばんは」

 

「こんな夜更けに歩き回っているとは……目が冴えてしまって、眠れないのか?」

 

「……いいえ。少し、考え事をしたくて」

 

「ふむ、そうか」

 

そう言って、趙雲さんは盃をぐいっと煽る。彼女の傍らには少し小さめの酒壺があった。お酒好きな人なのかな。

 

「……酔っぱらいは、何か言われたとしても翌朝にはすっかり忘れるぞ」

 

――つまり、何でも相談しろってことなのかな。私は意を決して、趙雲さんに相談することにした。

 

「……理想を追うって、どういうことなのでしょうか?」

 

「それは桃香殿のことか?」

 

「……はい。私と一緒に来た朱……諸葛亮ちゃんは『天の御遣い』の方ではなく、時が来たらという条件付きですが、桃香さんに

 

 仕官したいと申し出たんです。桃香さんのお話を伺っているうちに、諸葛亮ちゃんは心を決めたのかもしれません」

 

「お主は?」

 

「私は……正直、桃香さんの理想は夢を追い過ぎだと思います。ですが、この人の許でなら頑張っていける、実現に向けて一緒に

 

 やっていける、とも思いました。どっちつかずで、自分でもよくわからないんです……」

 

私が言葉を切ると、趙雲さんは少し考え込み、ややあってまた口を開いた。

 

「……ふむ。わからぬ話ではない。白蓮殿は大望を御持ちということだが、乱世を制するような英雄の器ではないだろう。それに

 

 引き替え桃香殿は天下に起つ英雄の器を持っていると思える人物だ。私ですら心惹かれるものを感じる。一方、一刀殿や朱里は

 

 特に理想を掲げてはいないが、現実的なやり方で治安を良くし、白蓮殿の善政を手助けしているな。こちらも心惹かれるものは

 

 感じるが、それだけだ……」

 

「……一刀さん達は大望を抱かれてはいないと?」

 

私の問いに、趙雲さんは首を横に振った。

 

「……いや、そうとも思えぬのだよ。あの二人からは時折、得体の知れぬ……なんだ、強い覚悟のようなものを感じる。愛紗から

 

 聞いたのだが、あの二人は『修羅を背負う覚悟はあるか』と桃香殿に訊ねたそうだ。そんなことを訊ねるということは、やはり

 

 何らかの大きな理想を持っているということなのかもしれんな」

 

――そんなこと、桃香さんは言っていなかった。ということはつまり、私の違和感はある意味では的を射ていたみたい。

 

「両者には決定的な……いえ、『致命的な』違いがある……ということですか?」

 

「正しくその通りだ。理想を追うばかりの桃香殿に対し、全く容赦の無い姿勢で現実と対峙する一刀殿達……御二人は機を待って

 

 いる、少なくとも私はそう感じている」

 

「……」

 

「……私の身の上話をしよう」

 

またお酒を煽る。そんなに呑んで大丈夫なのかな。二日酔いにならないのかな……暫く動かないって言ってたし、問題無いのかな。

 

お酒に凄く強い人かもしれないし。

 

「……私は今ここで補佐軍師をしている程立と、今は涿郡の防衛に当たっている戯志才と共に旅をしていたが、路銀が尽きたので、

 

 白蓮殿の所で路銀稼ぎに客将をやろうかという話になってな。そこで一刀殿達と出会ったのだが、その時の私は一刀殿の技量を

 

 見抜けず、一刀殿の地位を掠め取らんと、仕合を申し込んだ。するとどうだ……一刀殿は恐ろしいほどに冴え渡る武技で、私を

 

 完膚無きまでに叩きのめしたのだよ」

 

「そんなに強い方なんですか……?」

 

「その気になれば、此度の戦はあの方一人で片付いただろうよ。何せ、五千人の盗賊を一人で、しかも敵方に死者を出さず完全に

 

 制圧してしまう方だからな。おまけにその五千人は今では公孫賛軍に組み込まれ、忠実なる精兵となっている有様だ」

 

「えっ……!?」

 

「あの朱里もそう。張飛という者がいたであろう?朱里は張飛と仕合をしたのだが、完全に圧倒していた。高速戦闘を得意とする

 

 私が、朱里の姿を見失うほどだった。あれほど自信を失くした時は無い……今の私では、全く敵わぬだろうさ」

 

「そ、そんな!?軍師の方が、それほどの武力を持っていらっしゃるなんて……!?」

 

「うむ。私はここでは次席武官扱いだが、実力では朱里に遥か上を行かれている……そんな武を、ただ理由も無く身に付けるとは

 

 考え難いのだ。何か実現したい理想があり、そのためにあれほどの武を身に付けた……私はそう推測しているのだよ」

 

――凄い。一人で五千人を完全制圧する武将……それに、本職の武官を簡単に圧倒するほどの武力を持つ軍師。そんな力が目指す

 

場所も無く存在していたとしたら、それは危険過ぎるとしか言いようが無い。

 

「そんな傑物達がああも現実的なことばかりやっているというのは……『機を待っている』としか判断のしようがなかろう?」

 

「……はい」

 

「……美しい理想を追うのは良い。それを手助けしようと思うのも、悪くない」

 

そこまで言って趙雲さんは杯を置くと、鋭い眼で私を見つめてくる。

 

「……だが、上ばかり見ていては、下で倒れていく者達を見ることが出来ない」

 

「!」

 

「理想のために一度武を振るえば、理想を抱く命が消えるのだ。それを見て見ぬふりをするのは感心せぬな」

 

――そうか、そういうことだったんだ。

 

「……ありがとうございました」

 

「ふ、礼には及ばぬ。酔っぱらいの戯言だ、お主も綺麗さっぱり忘れて寝るがいい」

 

「はい。では、おやすみなさい」

 

「うむ、良い夢を見れると良いな」

 

私は趙雲さんと別れ、朱里ちゃんが眠る天幕へと向かった。

 

――私が行くべき道は決まった。朱里ちゃんと一緒に桃香さんの所へ行って、理想にばかり走ることを阻止するのが、私の使命だ。

 

お酒で酔うのは良い。でも、理想に酔ってしまうのは……危険だから。

 

 

(side:一刀)

 

「……どうやら、外史の修正力が働いたようだな」

 

「ええ……あの時集めた六千人。その因果が今回も再現されたということは……そうなのでしょうね」

 

義勇兵がまた六千人も集まるなど都合が良過ぎる。そして、同数の調練済み義勇兵が此方に援軍として向かっているということも。

 

――となると、次はあれが来るな。

 

「……おそらく、白蓮はこの機に桃香に義勇兵を与え、独立を促す可能性が高い」

 

「はい」

 

「……孔明達の動向はどうなると思う?先程、雛里が星に相談をしていたことも含めて」

 

朱里は顎に手を当ててしばらく思案し、言葉を紡ぎ出した。

 

「……孔明さんはおそらく桃香さんの理想に賛同するでしょう。私達は目的を示したわけではないですし……雛里ちゃんの場合は、

 

 先程の話の内容を整理して考えると、理想に賛同しつつ、その暴走を止めるためという目的で参加すると思います」

 

「成程な……」

 

つまり、取り敢えずのストッパーはできるわけか。気弱な雛里なのが少し気になるが、こうと決めた雛里は強い。なんとか上手く

 

やってくれるだろう。だが、桃香の周囲と桃香自身の在り方が、それを許さないかもしれない。

 

「……まだ、夢を語ってばかりなのか……」

 

「……そうですね」

 

ここまで来て、まだ彼女は現実を見ようとしない。あの時俺達に語った決意は一体なんだったのか……名を上げる機会がここまで

 

無かったのは確かだが、未だに夢を追いかけているだけなのか。まだ、白蓮の言葉が染み込むには実感が足りな過ぎるのか。

 

「……まだ時間はあるとしても、このままでは望み薄です……」

 

「ああ……ん?」

 

――その時、気配を感じた。忍者の気配だ。

 

「……報告を聞こう」

 

「はっ……張三姉妹が黄巾党一師団と共に洛陽に進軍しています」

 

「そうか……やはり止められなかったか」

 

しかしこの後、黄巾党一師団を止められるのは……呂布を除けば袁術軍しかいないが、孫策軍の動向はどうなっているのだろうか。

 

「孫策軍の動向は?」

 

「豫洲黄巾党の制圧に当たっているようです」

 

「……わかった。引き続き任務を継続せよ」

 

「はっ」

 

その応答を最後に、忍者の気配が消える。

 

「朱里……」

 

「はい」

 

「……理想だけで人は動かない。そうだな?」

 

「……例外はあるでしょうね。嘗ての私のように……」

 

桃香の恐ろしいところは「理想だけで人を動かしてしまう」という一点にこそある。その理想が美し過ぎるが故に、大き過ぎるが

 

故に、誰もが実現させたいと思ってしまう。そして他者を引き込んでいく魅力をも兼ね備えている桃香は、その集団の中において

 

絶対者となってしまうのだ。

 

人は誰しも理想を夢見て、憧憬を抱く。それが完璧であればあるほどに――だからこそ、未熟なままでそれを掲げてしまう彼女は

 

恐ろしいのである。それだけならまだ良いが、そんな理想を掲げる存在は貴重だと思う者達が彼女を守り、彼女は内面が幼いまま

 

上につく。誰か一人に原因を求められるものではないにせよ……いや、だからこそあまりにも危険なのだ。

 

「……酔っていられるうちが花……だが、それに酔ってはいけない……ふっ、夢とはこうも矛盾に満ちたものか」

 

「酔っている人ほど、『酔っていない』と主張しますからね」

 

理想とは酒に似ている。それが無ければ現実に苦しめられ、希望を見い出せなくなってしまう。その点では、百薬の長なのだろう。

 

だが、それも過ぎれば猛毒となる。回り過ぎた酔いはやがて、理想という酒を呑んだ人の命を奪うだろう。

 

理想が無ければ戦えない。理想に酔い過ぎてはその戦いに意義は無くなる。そして叶わぬ理想は夢想となり、さらに人を狂わせて

 

歪ませていく。そして歪んだ者が見る夢想も歪み――ああ、なんと哀しく残酷な世の真理よ。曇りなど無い、強く気高い理想……

 

それこそが人の眼を、心眼を曇らせてしまうとは。

 

「……寝るか」

 

「……そうしましょう」

 

夜は更けていく。理想を掲げる者、理想に打たれて酔いしれる者達、理想に酔わなかった者、もう理想では酔えぬ者達――それら

 

全てを分け隔てなく、その内に包み込みながら――。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

外史に入ってからというもの、更新速度が落ちてます。Jack Tlamです。

 

今回は具体的な作戦を用いた戦闘と、キーパーソンの二人の登場と対比を描きました。

 

 

いやー、クサいなぁ、私。

 

どこをどう考えたらこんなクサい文言が出てくるんだか。恥ずかしい。

 

 

雛里には桃香の矛盾点に気付いてもらいました。孔明(今回朱里は二人いるので、一刀の傍にいる朱里ではない方の朱里は

 

地の文では基本的に字の『孔明』で表記します)は理想に酔ってしまいました。

 

雛里が桃香の魅力にひきこまれなかったのは、彼女が桃香に対して感じた矛盾もありますが、朱里が大きく関係します。

 

雛里自身、桃香の理想にこそ賛同はしていますが、どうしても違和感がぬぐえなかったというわけです。

 

これについてはかなり後の方で真相が明らかになるかと思います。

 

 

なんかまたいろいろすみませんでした。わかりにくいところ等々ありましたらご指摘ください。

 

 

では、次回は義勇軍の合流を描きます。

 

意外な人物たちが率いています。新登場のオリキャラの二人とは誰なのか。

 

 

 

次回もお楽しみに。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
38
3

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択