No.61537

帝記・北郷:六~黄巾の求めたもの~


始まりました帝記・北郷第二部。
今回は会話主体で手早く進めて行こうと思います。

オリキャラ注意

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2009-03-04 16:26:23 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8617   閲覧ユーザー数:6816

『帝記・北郷:六~黄巾の求めたもの~』

 

 

華琳の目覚め、それがもたらした物は大きかった。

魏の覇王が維新軍に保護され于吉達の計画が明らかになり、魏の家臣達はその多くが維新軍と協力体制を築くことになる。

いや、協力体制となってはいるが、実質は華琳が維新軍に従う事を示した以上は維新軍の支配下に置かれたと言っても過言ではなかった。

加えて一刀がかつて魏国の重鎮であり絶大な信頼を得ていたこともそれを確固たるものにする。

そうやって情勢を固めながら、于吉の立て込もる洛陽へ向けて進撃の準備を進めていた一刀達だったが、その中で二つの動きがあった。

その内の一つが、今回の青州黄巾党との戦いである。

 

 

「北郷様、それに曹操殿に孫策殿。御足労ありがとうございます」

「いやいや、龍志さんに呼ばれたら来ないわけにはいかないだろ?」

ここは兗州・濮陽城。

青州で挙兵した黄巾党の残党が食料を求めて兗州に侵入。略奪を繰り返しながらこの濮陽に向かっているという報告が龍志から届き、加えてその首魁に青州に巡業中であった張三姉妹が据えられているという事で一刀自らが討伐の為に動いたのだ。

洛陽攻めの事を考えても動かせる戦力は限られ、近衛隊を預けられている北郷隊三人娘に軍師役として同行を買って出た華琳がついて来た他、捕虜生活に飽きていた孫策がいつの間にか紛れ込み、それを追って来た祭が途中で合流。

こうして総勢、一万五千の兵力がこの濮陽に入城したのであった。

「それで状況は?」

隣の華琳が龍志に問う。

かつての主君と臣下という仲の二人だが、先日改めて顔を合わせて以来はそんな事をおくびにも出さずにお互い敬意を払いながら一刀の部下としての責務を全うしている。

「斥候の報告によると敵の総数は約二十万。物資は不足しその多くに少年兵を含んでいるものの、その士気は高く、まともにぶつかれば勝ち目はないとみていい」

「随分弱気ね。相手は統率もとれていない烏合の衆じゃないの?」

華琳とは一刀を挟んで反対側の孫策がそう言った。

先程、一刀と祭にこっぴどく怒られた為か眼尻に小さな涙の跡があるが。

「統率は確かにとれていない。しかし、奴等はそれを補って余りある攻撃性を持っている。あれはかつての黄巾党には無かったものだ」

「つまり、青州黄巾党自体がかつての黄巾党とは全くの別物だと?」

二人の覇王を傍らに控えさせておいてまったく動じた風もなく自分に問いかける一刀に、また少し風格が上がったかと少しだけ相好を崩して龍志は。

「それは正しくもあり間違ってもいます。そもそも、御三方はかつての黄巾党とはいかなる存在であったお考えか?」

龍志の問いに三人は顔を見合わせる。

「それは…張三姉妹への思いが暴走したものでないの?」

そう言ったのは孫策。

一応、孫策も三国鼎立後に黄巾の乱の真相については華琳から聞かされていた。

「それも間違ってはいない。しかし、見逃してはいけない事はあの乱に加わったものの多くが貧困に喘ぐ農民達であったということだ。つまり、彼等が張三姉妹の歌に何を見て彼女達に従ったのか、そして何故暴走という形を迎えてしまったのか。それを計らずしてこの青州黄巾党との戦いには勝てぬ」

「天和達の歌に見たもの?」

「はい…北郷様。そしてお考えくだされ、彼等と我々維新軍がどれほど違うものなのかを……何故、教祖・張角が死んだと聞かされてもなお黄巾党が消滅しなかったのかを……」

 

 

「ふう…どういうことなんだろうなぁ」

「はい?」

その夜、私室で昼に終わらなかった政務をしていた一刀がふと漏らした言葉に、お茶を持って来た雛菊が首を傾げる。

彼女も一刀と華琳の身の回りの世話の為にこの戦いに同行してきていた。

一応言っておくと、着ているのはメイド服では無い。奇跡的な事に一刀の従者にも関わらずメイド服で無い。

「いや、実は昼間にね…」

昼の龍志の話を簡単に説明すると、雛菊は成程と頷きすぐに首をかしげて。

「確かに、難しいですね…」

「だろ?龍志さんの狙いが何なのか全くわからなくて…」

黄巾党が求めたもの、維新軍と彼等の違い。

いくつか思い当たるものはあるのだが、それが龍志の言っているものには一刀はどうしても思えなかった。

「でも…ひょっとしたら……」

「うん?何か思い当たるものがあるの?」

「いえ、維新軍も黄巾党も、そもそも天下の太平を求めて戦いを起こしたのではないかと」

「あ……」

言われてみればそうだ。

どうも黄巾党というと民を苦しめた夜盗まがいの集団という認識が強くて、それに思い至らなかった。

「そっか…そう考えると、天和達が青州黄巾党の主になったのも解る気がするな」

「と言うと?」

「かつて黄巾党は天和達の歌に太平を見た。彼女達の歌は太平の象徴だったんだ…だから、再びその象徴として彼女達は求められた。そして彼女達はそれを拒めなかった」

「求められるが故の役割ですか……」

「うん…そういうのは結構解るんだよ」

かつて華琳の部下として、天の御遣いとしての役割を求められ。

今また、維新の主としての役割を求められる。

一刀もまた、誰かに何かを求められてこの乱世を生きてきた。

「…お辛いですか?」

「うーん…どうだろう。それこそ華琳に会った時はしょうが無くって感じだったけどさ。少なくとも今は、これが俺の一番だって思える。そして、自分を求める声に応えることの向こうに、自分の天命みたいなものがあるんじゃないかって思えるんだ」

自己満足かもしれないけどね。と笑う一刀。

それが、雛菊にはとても眩しく見えた。

(求められる果ての天命……か)

「それはそうと、華琳が来るって言ってたんだけどなかなか来ないんだ。どこかで見なかった?」

「ああ、華琳様でしたら孫策さんと北郷様の部屋に行く行かないで激しく刃を交えていらっしゃいましたが……」

「何やってんだ二人共ぉ~~~!!!」

大慌てで部屋を飛び出していく一刀。

その背中を見送りながら、くすりと雛菊は笑みを浮かべた。

 

「よし。焼けたようだぞ祭殿」

「うむ、かたじけない瑚翔殿」

濮陽城府の城壁の上、小さな焚火を囲って龍志が焼いた鶏肉を祭が受け取る。

「どれどれ…ふむ、うるとら上手に焼けておるのう」

「それは何より」

明日にでも始まるであろう籠城戦に備えて英気を養うべく、秘蔵の白酒を持って城壁に上った祭が、小さな火で肉を焼いている龍志に出会ったのが半刻前。

それからこうして久方ぶりに二人でのんびりと酒を酌み交わしていた。

維新が始まる前、祭が客将として幽州にいたころはしばしばこうして共に飲んでいたのだが、最近は勤務地も離れてすっかりご無沙汰だったのだ。

「しかし、策殿があれほど北郷殿を気に入るとは驚きじゃったのう」

此処に来る途中、中庭で死闘を演じていたかつての主とその朋友の姿を思い出しながら祭が盃を干す。

「そうか?あの方だったらさもありなんと思っていたが」

龍志が笑いながら祭の空になった盃を満たした。

「くく、北郷殿を中心に三国が一つになると言うのも中々面白いやもしれんのう」

「さて…それを決めるのは我らではなく、北郷様の器だろうな」

ほんのり頬を朱に染めた祭に、まだまだ素面の龍志。

飲んでいる量はむしろ龍志が多いはずなのだが…流石は魏の大蛇(うわばみ)と恐れられた男である。

「器…か。正直、始めはこの大乱を乗り越える器には見えなんだが。男とは見かけによらぬものよ」

「おや、あなたも北郷様に惚れてしまったか?」

「ぬかせ」

ぐっと盃をあおる祭。

その頬が夜目にも先程よりも赤くなっているのは、酒のせいだけではないのだろう。

「これは失礼。しかし、あの方の器は中身をあふれさせるどころか益々大きくなっている…その器に入るものが多ければ多いほど大きくなる。そんな器なのかもしれないな」

再び祭の盃に酒を満たしながら龍志がそう言った。

「すでに、あの方は己の道を見出し始めている。今までは曹操殿の築いた道の傍ら、あるいは私の敷いた道の上を行っておられたが、今やあの方の歩む跡が我々を導く道にならんとしている……願わくば、その道の行く末を見届けたいものだ」

「……いやに饒舌じゃのう。酔っておるのか?」

「…そうかもしれんな」

おもむろに龍志は盃を地面に置いて立ち上がり、女牆(敵を弓などで射るために城壁に設けられた凹凸)にもたれ遠く山々の向こうの星空を見た。

「願わくば…彼の行く道に幸あらんことを……」

龍志の呟きは、城壁を吹き抜けた風に流され祭には届かない。

彼の後姿を、祭はただじっとその深い瞳で見つめるのみ。

彼女はまだ知らない。

彼女の愛する孫呉がこれから目の前の男に、そして北郷一刀に何をもたらすのか。

彼女は知ることはできない。

 

 

「来たぞ!弓隊構え!」

号令一過、一斉に弓を引き絞る城壁の上の兵士達。

その眼下には、雲霞の如く迫りくる黄色い布を頭に巻いた兵士達の姿。

「ほわああああああああああああああああああ!!!!!!」

「中・黄・太・乙!!中・黄・太・乙!!」

充分な鎧も身につけず、手にする武器も鋭さを感じさせないほどに摩耗しているが、その瞳だけは恐ろしいほどに輝いている。

「いいか、よく引きつけてから撃つのだ!!」

「焦るでない、もうしばし待てい!!」

弓隊を指揮する美琉と祭の指示が飛ぶ。

「中・黄・太・乙!!中・黄・太・乙!!」

迫りくる軍兵の姿は狂気に満ちていて、それでいて……。

「美しいな、どこか」

「そう思われますか?」

一刀がつい漏らした言葉に、傍らの龍志が笑みを浮かべる。

「うん。どうしてかわからないんだけど、彼等のあの姿はとても怖い。怖いんだけど……」

しばし一刀はもごもごと口を動かし。

「乱世を懸命に生きる民の姿がある…そう思える」

「「放てぇ!!」」

美琉と祭の声が響き、数千の矢が青州黄巾党に襲いかかった。

「ぎゃあ!!」

「ぐえっ!!」

バタバタと倒れて行く黄色い布の勇士達。

「ほわああああああああああああああああああああああ!!!!!」

しかし、その屍を越えて次から次へと兵達が進んでくる。

二十万の相手に対してこちらの城兵は三万。

兵法からいっても戦況は絶望的に近い。

だが……。

「敵梯子隊が城壁に取り付きました!!」

「煮えた油を浴びせよ!その後は火矢だ!!」

「ほわああああああああああああああああああああ!!!」

「用意されていた油壺を堀に渡された橋に向けて投げろ!!」

「ひるむな!!登って来た敵は片っぱしから斬り落とせ!!」

「中・黄・太・乙!!中・黄・太・乙!!」

その三万の指揮をとるのは三国屈指の名将達。

そう易々とは抜かせない。

「ほわあああああああああああああああああああああ!!!」

火達磨になりながらも雄叫びを挙げ続ける者。

「中・黄・太・乙!!中・黄・太・乙!!」

針鼠のようになりながらも真言を唱えながらまだ進まんとする者。

そしてそれらを迎え撃つ維新軍の血と汗。

そこにあるのは、己に生を信じて、己の生が満たされる天下の到来を信じてぶつかり合う命と命。

「く、波状攻撃に切れ目がない……」

「黄巾党が滅んで数年…その数年の間に消え去ることなく凝縮されてきた彼等の信念が生み出したこの戦、まだまだこの程度は序の口でしょう」

龍志が放った矢が、一人の兵士の額を穿つ。

それはまだ、十五になったばかりという程度の少年兵。

ちらりと一刀が龍志の顔を見ると、ほんの一瞬だけ彼の顔が歪んでいるように見えた。

あの兵士だけではない。この青州黄巾党の大半は二十前後の若い兵士だ。

祭も美琉も、弓を撃つ手にときおり微かな迷いが見える。

恐らくは、龍志と同じように年若き兵を殺したのだろう。

「凪、西門の真桜と沙和はどうしてる?」

「はい。先程来た伝令によりますと、真桜の絡繰が効果を発揮して今のところ優勢に防備を固めているようです」

「北門の華琳と南門の孫策は?」

「どちらも優勢…おそらく、最も攻撃が激しいのはこの東門かと」

「そうか……」

再び戦場を見る。

「ほわあああああああああああああああああああ!!!」

「中・黄・太・乙!!中・黄・太・乙!!」

凄まじい攻撃に、防備の一端が押されていた。

そこの援護に向かおうとする龍志の肩にポンと手を置き、一刀自らそちらへと向かう。

その後に、慌てて凪が続いた。

主の姿を見送り、龍志は再び弓を手に城壁に付いた兵士を落とし始めた。

 

「くそ…駄目だ、押されちまう!!」

先程の城壁で、苦悶の声を上げる兵士達。

「中・黄・太・乙!!中・黄・太・乙!!」

「耐え忍べ!!ここが崩れれば他も崩れてしまう!!耐え忍ぶんだ!!」

部隊長の激励の元、兵士達は必死になって敵を押し戻す。

「ほわああああああああああああああああ!!」

「中・黄・太・乙!!中・黄・太…ぎゃあ!!」

断末魔の後、黄巾兵の一人の首が宙を舞う。

「はああああああああ!!」

それに続いて、白と銀の二つの風が次々と黄巾兵を屠っていった。

「あ、あなたは…」

白い風の正体に、部隊長が目を見開く。

傍らに凪を控えさせ、白銀の鎧に白衣を纏った彼等の主が血に濡れた白狼を掲げ、城兵達に告げる。

「恐れるな!!君達には天の御遣い・北郷一刀がついている!!!血をたぎらせよ!!思いを迸らせろ!!太平への俺達の思いを燃え上がらせろ!!!」

 

                     ~続く~

 

 

後書き

どうも、またしてもデータの消えたタタリ大佐です。こまめにバックアップしていたのですが…何でしていない時に限って消えるんでしょうね。

 

始まりました第二部最初は、青州黄巾党編です。いや、最初は張三姉妹を出すためだけに考えたんですが、いや折角だから青州黄巾党というのを掘り下げてみようということで二話にわたる展開になりました。いやはや、思い付きとは恐ろしい。

 

個人的に、原作の黄巾党への扱いがあんまり気に行っていない作者でしたから、どう掘り下げるかは比較的楽に決まりました。原作では何というか、元は同じ民だけど戦だからしょうがない。悪いことしているからしょうがないといった感じで、彼らもまた太平を望んでいた者達の一部であるという事実が片づけられている気がしたもので(一刀君とかが言及はしているんですがね)。確かに、戦いの渦中でそういう事を考えるのは正しいとは言えません。しかし、あえてそれを誰かにやってもらいたかった…誰に?華琳?雪蓮?桃香?そうだ、一刀がすればいいんだ!!…安直ですがそんな感じです。

天下取りの話で消えてしまいがちなのが、民という存在なんですよね。善政に喜び、君主を讃える。他の人々を傷つけるような輩は悪人だから殺す。そう言う書き方が多すぎる。それだけじゃなくて民衆っていうのはもっと力を持った存在なんですよね、歴史の紐を解くと。でもそれを細かく書くとそれだけで五話分くらいは書いてしまう。だからその象徴として青州黄巾党の登場です。

彼等と一刀君がこれからどういう物語を作るのかも、それなりに注目ください。

 

では、自作でまたお会いしましょう。

 

 

(久しぶりの)次回予告。

 

思いは同じ。

されど違えしは天命か。

太平への民の思いは今。

魏の大徳の元に一つとなる。

 

次回

『帝記・北郷:七~民を統べる者~』

 

 

 

 

 

 

 


 
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