No.614721

深紅の宇宙の呼び声/Preface Story NEGATIVE ONE 序文 信じること

VieMachineさん

前に上げた Preface Story ZERO よりさらに前の話です。
長文を書く根気が続かず、非常に短いものばかりになってしまったので、5つ連結して序文としました。
この後、塗りつぶされる『彼』の話が Preface ZERO の直前まで続くのですが…是もプロット段階なので、とりあえずこの序文で一度完結です。

2013-09-01 03:13:04 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:514   閲覧ユーザー数:514

 クリーンルームに保管されたその金属塊は、運び込まれてから二年が過ぎるというのにうっすらと焼け焦げるにおいとオゾンの生臭さを漂わせているように感じた。脳裏に血の味が思い起こされる。私の眼球を切り裂き彼の体にめり込んだ欠片、その感触を今でも覚えている。彼のつぶやく声と自分の叫び声が今でも聞こえてくる。

 この塊は彼の残した彼自身。私はこれに今から電子のメスをいれる。彼自身はすでにこれしか残されていないにも関わらず。私たちはどうしても彼が必要だった。あの能力を自在に使える人間が必要だった。そのために予算が付き、莫大な彼を復活させるための費用が調達された。私は喜ぶべきなのだろう。あの日私の浮ついた気持ちが生んだ過失を相殺できるはずのこの再生を。でも素直には喜べないのだ。彼自身の塊は壊れていて、私と、私の仲間たちと、彼 につながる人たちの中に残った彼の欠片を統合しなければ彼自身の魂にはならないからだ。それは私の、私の仲間たちの、彼につながる人たちの中に残った恣意的な彼の欠片を純粋な彼に統合することを意味する。私には彼を私の求めるとおりの人物としてインプリントする事ができる、その事実が哀しくて苦しくて辛い。

 

「お姉ぇ?」

 

 彼を取り上げ別の保管庫へ向かう。そこに眠る魔除けの呪いの元に。あの日彼と最後に約束した場所へ。すべての災いを封印したパンドラの箱を開く。それはあっけなく、軍より渡されたたった2枚のキーによって解放された。空気の流れ込む音とともに一瞬の耳鳴り。そうして、あの日別れた機体と出会う、廃棄された第11カタパルトに、周囲の破壊の跡とともにいびつな姿を見せる試作機と。ゆっくりと赴き空席になっている電子の玉座に彼を納める。管制室から延びるレトロなケーブルを使い、通信プロトコルの更新を行うと、機体の無線インターフェースがしきりに送信を始めた。今の彼にとっての反射行動、不随意運動、いやインターフェースに埋め込まれた単なる通信検出にすぎない。

 

「じゃあ、はじめよっか」

 

 答えず、第3のキーを挿入した。機体に取り付けられたバッテリーから最低限のシステムが立ち上がり彼を覚醒する。当時の古めかしい機体整備用コンソール出力のプロンプト文字が自動的に一行繰り下がり、彼の思いが出力される。

 

『泣くな、俺が守る』

 

 反射的にコンソールに入力する

 

『泣いてない、あなたが守ってくれたから』

 

 しかしそれは単なるコマンドミスの警告を誘発しただけ。背後で妹が気まずそうに息を吐いた。頭を振り深呼吸をしてからコンソールに入力、私のラボにある彼の偽物を呼び出す。さまざまな人たちの思考から抽出した彼の偽物。それは私たちにとってもっとも彼に近い彼の偽物。これを彼に統合する。

 躊躇。そして振り返る。妹の曖昧な笑みを私は見逃さない、見逃せない。でも彼女からその笑みはすぐに消え、屈託のない『作られた』笑みへと変わった。いつの間にか見知った顔も増えている。火訝さんと氷狩くん、昴と社長令嬢、あの日私たちを見逃してくれた大尉さんもいた。みんなが私の一挙動全てを見つめていた。怖かった、でも誰も代わってくれない。こんなに彼を知った人間がいるのに、私がやらなくてはならない。コンソールを見つめ、統合用のプログラム名を入力する。そのまま見つめ 続ける。誰も声をださない、真空中にいるかと錯覚するような間隙

 

『やれよ...』

 

 無意識に実行が始まった。

 

『老けたな』

 

 俺はそう言ってやった。誓って言うが、故意であって不意ではない。不意に言えるわけないのだ。精巧なカメラの前に移ったその顔の左目を貫く傷跡を無視して言えるわけがない。その左目は現在ではアンティークとも言ってよい単なる装飾義眼で…。そう、何かを病的なまでに恐れ気負っていることがありありと分った。

 思考が始まるとともに、自分の置かれている状況はほぼ正確に理解できていた。見るように写すことができたし話すように書き出すこともできた。俺のほとんどは失われてしまったのだろう。身体だけではなく心と記憶のほとんどの部分も。それに何ら危機感も喪失感も抱かないのは元より覚悟の上だったから。そして、おそらく目前の泣きそうなその顔の泣きそうなその理由のおかげなんだろう。だから、俺は故意にそういった。

 

「…」

 

 2年の間によほど自分を追い詰めたのだろう。大体、見てわかるほど追い詰められているその状態がすでにおかしい。完璧が信条のこいつがこれほどの 人々の中で全く虚勢の一つも張れないなんて考えづらい。だから、俺は自分が俺だと思える全てを使って、こいつが俺だと思える全てを表現するしかない。たとえ俺だと思える全てがこいつに作られたものだとしても、そうするしかない。

 触るように触れられたら、その髪に触れたかったが…それだけは難しい。まったく便利で不便な身体だ。何時でも外に出れるくらい便利で、何時でも中に入れないくらいには不便だ。

 

『泣いてもよかったんだぜ?』

 

 無言の顔に伝える。あの時は必至で、こいつを縛るような約束をしてしまった。それもこいつが自分を追い詰めるための理由になっただろう。自分の至らなさに吐き気を通り越した虚しさをも覚えるが、まぁ今となってはどうしようもない。それを顧みるのは俺らしくない。俺は、その代償を払えばいい。俺が思う方法で、お前に応えていこう。それが俺だ。

 

『かいしょうなし…』

 

 口で言えよっ

 

『さて、私の至高のお方?私めは一体何をしましょうか?』

 

 お前が知る俺以上の俺を見せてやる。お前が作った俺以上の俺をな。お前も俺が知るお前以上のお前を見せてくれるんだろう?お前が作ったお前以上のお前をな。だから泣くな、だけど泣いてもいいさ。お前のしたいようにすればいい。俺は俺のやりたいようにするからな。

 

 気づいたのは『彼』が運び出される最中だった。暗い生育室から『彼』を運び出す瞬間に感じた一陣の風、それは明らかなメッセージであり、感謝であり、愛であった。

 

「おまえさ、もしかして話してたのか?ずっと?」

 

残された私の娘に問いかける。答えは当然あるわけがない。

 

『おまえさ、もしかして話してたのか?ずっと?』

 

残された私の娘に『問い』かける。答えは…

 

『伝えることを聞いた。伝わることを知った。感謝した。約束した。』

 

 ああ、そうなのかと思う。私たちはまた、罪を犯したのだと。私たちはまた、彼女に罪を着せるのだと。それを苦々しくは思ったが、しかしまた仕方のないことだと割り切れないほど私は子供でもなかった。ともかく、ECHOS端末を使い、彼女に連絡すると同時に、『彼』のインプリント作業の停止を要請する。

 

「彼もおまえも作られた者だ。彼は誰かの体としてつくられ、誰かに上書きされる定めにある。悲しいが、おまえの最後の声が彼に残るかな…?」

 

 声は伝わらない。娘はまだ、音声の届かぬ場所にいる。それをわかっていて私は声に出して聞いた。それは私自身の心を慰めるため。

 

『探すよ…あの人を…ずっとずっと…変わってしまっても…』

「っ!」

 

 ECHOS端末が私に娘の姿を見せる。無表情ではなかった、すでに意志のある笑みを、育成殻の内側に配置された網膜状センサーから伝えていた。その笑みはとても透明で哀しく見えたが…それは私の感傷だろうか。

 

「…おまえの名前は楓葉にしよう。私の名であり、色褪せていくもの。そして冷たく厳しい冬を迎えるもの。常に愁いをもち、彼方を眺めてもそれは遠すぎて見えず、追いかける彼は少しもとどまりはしない。しかしおまえが実り熟したそのの小粒を口に入れることがあるのなら…どうなるのかな、わからんが、ともかく春は来るんだろうな…」

 

 どうでもいい感傷だった。おそらく『彼』は塗りつぶされることになるだろう。彼がそれを許し、会社がそれを強要するだろう。しかし彼女にその決断は重すぎる。だからその時の事を相談しておこう。彼は彼女のためなら全てを捨てることができた。もちろん、今回もそうするだろうから。

 

「彼の名は…盧橘…でいいだろうな。」

 

 今から5000年以上もの昔の詩だ。私がまだこの地球の文化を研究する学生だった頃に見つけた唄。命の儚さを感じさせる、しかしそれ故の巡り会いの歌。何者もとどまらず、しかしとどまらぬが故再び訪れる。万物流転、諸行無常。透明でそのあわれなことこそおまえには相応しかろう。故に哀しみの歌からおまえに名を贈ろう。この流転するシンディ・メイプルリーフが無常である娘に。

 その彩る葉のごとく鮮やかに生き、舞う翼果のごとく世界を巡り、甘い樹液のごとき幸せを得られるように…

 

 盧橘花開楓葉衰

 出門何処望京師

 沅湘日夜東流去

 不為愁人往少時

 

 

 夜、目が覚めた……。

 懐かしい夢をみていた…幼いころの夢。

 水の中に私はいる……たまに映し出される母の姿。

 母だと教えられた人の姿……。

 

 そんな中で…声が聞こえたの……。

 泣いている子供の声。音じゃなくて…感覚。

 

「キミ…ヒトリナノ…?」

 

「ボク…ヒトリナンダ…」

 

「ナニカイッテヨ…サビシイ」

 

 でも私は話し方が分からなかった。

 私に自由になるのは声だけ。

 かわりに、いつも思ってた。

 貴方と話がしたい…貴方に会いたい……。

 貴方は一人じゃない…ちゃんと聞こえてる。

 

「僕の言ってること…聞こえてるよね。」

 

「話せないんだね、無理しなくていいよ。」

 

 時が過ぎるごとに貴方の声はしっかりと聞こえるようになっていた。

 その感覚は幼いものから頼れる力強い声に変わっていって……。

 最初は弟のように感じたのに、今は兄のように感じている…。

 そして……

 

「僕、先に行くことになったよ。」

 

 貴方はそう言った。

 私はどうしても貴方に声をかけたくなった。

 声にしなくても、貴方が理解していることは知ってたの。

 でもしっかりと、言葉で伝えたかった。

 この何もない世界の中でいつも私を見守ってくれた貴方に。

 何もない世界の中で貴方を見守っていた私が…。

 貴方はこう言ったっけ…。

 

「誰でも少しは出来ることなんだ。君もおぼろげに出来てる。

 でも完全な言葉を伝えるのは…練習がいるよ。

 いきなり無理をするのは…危ないんだ。」

 

 ああ、私はなぜ無為に時を過ごしてしまったのか。

 今必要な時に思いを伝えることが出来ない。

 でも…今や私の世界には貴方しかないのだから…

 私の今の全ては貴方だけなのだから…。

 

 伝えたい……何を犠牲にしても……。

 それがくだらないたった一言だとしても…。

 

「…目を閉じて、

 言いたいことを心に浮かべて…

 強く浮かべて…そして信じて。

 必ずできるって…そしてできた後の

 出来事を想像するんだ…。強く…。」

 

 強く…強く…。

 私の思い描く貴方のイメージを一つの形に固めていく。

 心に思い浮かぶ貴方の姿に…

 そして見送る私の姿も…。

 

「強く、強く、強く……。目を開いて!!」

 

 目を開く…。

 水の中を風が通り抜ける。

 私の口から、貴方の耳へ。

 

 そこには貴方がいた…。笑っていた…。

 同じように水の中にその体を浮かせて。

 ただ一言。他愛もない挨拶。伝わった。

 

 盧橘……私に力をくれた。

 貴方と同じ力を、私が母から受け継いだ力を。

 私も出て行くことになり、先に行った貴方を探した。

 そして…今も探している……。

 

 大丈夫、私には彼が分かる。

 だから絶対に…会える。

 

 

 わかっている。本当の君はもう帰ってこない。だけど……。

 不覚にもあの姿を見て、君が戻ってきたと思ってしまった。あのころに帰りそうになってしまった。

 

 ルールがあれば自分を律することができる。私が結局こうなってしまうと思ったから君と二人で賭けをしたんだ…。

 

 あれが、もし私を思い出したら、あれを君にする。しかし思い出さなければ、あれはあれの人生を歩かせると。

 

 全てはあれが生まれる前に心と記憶を持ってしまったことが悪かった。心を持ったものに別の心と記憶を与えることは、私の傲慢だと思った。だから君は賭けをしようといった。私のために。

 

『お前が悩むのなら、俺はいつでも一緒に考えてやる。

 今の俺は考えることしかできないから時間はたっぷりある。

 お前は俺とあれの命を左右することが許せないんだろう。

 もてあそんでいるように感じるんだろう。

 でも俺のほうは別にかまわない。

 俺はお前のものだ。だから賭けをした。

 お前が苦しまずに決められるように。』

 

 そうだな…。賭けを続けよう。

 傲慢な私が納得できるように…君を犠牲にして…

 

『ば~か、泣くなよ。

 俺はお前の傍にいられればそれでいい。

 そう言ったろ、あのときに…』

 

 …ありがと、ありがとう…ごめんね…。


 
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