No.610131

真・恋姫無双 EP.114 呪縛編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2013-08-18 23:00:16 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1972   閲覧ユーザー数:1862

 心がひたすら渇いた。多くの物を幼い頃から与えられたが、それで満たされることはない。降り積もる不安と嫌悪が、やり場のない怒りとなって溢れ出す。

 目にするものすべてに、苛立った。

 

(どいつもこいつも!)

 

 理由はない。幸福そうな笑顔も、悲しみに沈む横顔も、怒りに赤く染めた顔も、すべてがささくれ立った感情を刺激するのだ。だから、メチャクチャにしてやりたかった。

 

「ほら桃香、みんなが見ているよ。君のその、醜い姿に怯え、嫌悪している」

 

 桃香の耳元で、劉協は意地悪く囁いた。そして視線の先に、彼女の義妹の姿を捉える。

 騒ぎを聞きつけたのだろう、徐々に人が集まって来た。けれど少しでも間合いに入れば、桃香の右手が襲いかかる。

 劉協はそんな桃香の背で、身を隠すように騒ぎを見ていた。

 

(あいつらと同じ目だ)

 

 王宮で何度も劉協が向けられた目。遠くから腫れ物を触るように、感情を押し隠している。けれどその裏では、蔑むように笑っているのだ。

 ――憎い!

 溢れ出る憎悪に形はなく、ただすべての方向に飛び散って他者を巻き込んでゆく。

 

「殺せ! 目に留まるすべての者を殺してしまえ!」

 

 

 桃香は走り出す。遠巻きに見る者たちに、次々と襲いかかった。一番下の兵士たちは、胸当てすら付けていない者も多い。

 

「た、助けてくれー!」

 

 不気味な姿に怯え、振り下ろされた鋭い爪で皮膚を切り裂かれる。致命傷ではないが、戦意を喪失するには十分な攻撃であった。

 

「あははははは!」

 

 逃げ惑う兵士の姿に、劉協は楽しげに笑う。

 騒ぎが大きくなればなるほど、箝口令では隠しきれないほどの事態になる。長安から逃げてきた人々にとって、桃香は支えであった。それが失われた時、いったいどうなるのか。

 

(疑心暗鬼が人の本性をさらけ出させる。綺麗事で見ないフリをしてきた本質に、誰もが気づくんだ)

 

 見せかけの信頼で結ばれた人間関係が、徐々に崩壊するのは見ていて楽しかった。

 

(知ればいい! 偽りの絆に!)

 

 一般の兵士だけではない。愛紗や星、桔梗たちも集まってくる。

 

「桃香様!」

「お姉ちゃん!」

 

 義妹の愛紗と鈴々の二人が、悲痛な表情で桃香の右手が届かない距離まで近寄って来た。

 劉協は二人に注意しながら、その背後で何か言葉を交わしている桔梗と星に警戒する。

 

(あの表情は、僕が何かをしていると気づいたみたいだね)

 

 何をしているかまではわからないだろうが、この騒ぎに関わっていることは気づいただろう。

 

 

 劉協は疑惑の視線を受けながら、わずかに唇を歪めて笑う。

 

(やれるものなら、やってみろよ)

 

 挑戦的な目で見返しながら、桃香の右手を操る。その手を、彼女自身の首元に当てて見せた。

 

(僕に手を出せば、桃香には自分の手で死んでもらう)

 

 その意思表示だった。

 

(わかっていても、お前らには何もできない。ただ壊れてゆくのを、黙って見ているだけだ)

 

 愛紗も鈴々も近寄ることが出来ない。遠巻きで見守る中を、桃香と劉協は進んで行く。目的地などない。ただ、この騒ぎを大きくすることだけが目的だった。

 

(何もかも、消えてしまえばいい!)

 

 なぜだろうか。劉協は心の奥から湧き上がるような感情を、制御できなかった。説明の出来ない、怒り、不安、悲しみ、焦燥感。

 自分が何を求めているのかも、もうわからない。暗闇の路に迷い込んで、ただ渇く心を満たそうと前に進み続ける。

 劉協は、視界から色が失われるのを感じた。生きていることの虚しさが、熱を帯びて全身に巡る。

 

「あははははは!」

 

 自分の笑い声が、遠くの雷鳴のように耳の奥で鳴った。すべてが無意味な気がした。生きることも死ぬことも、あるべき世界の形すべてが瓦解し、色彩のないのっぺらとしたものになる。

 

(ああ……)

 

 思う。ただ、ただ、無為な時間の羅列が永遠に続くのだと。

 

 

 気づいてしまえば、後の行為は吐き出されただけの汚泥でしかない。それでも、止めることなど出来ないのだ。

 

(どうせ意味のない世界なら、壊してしまえ! 何もかもが塵芥のごとく、大地の一部になってしまえばいい!)

 

 その先に何もなくとも、構わなかった。

 

「あははははは! 死ね、死ね、死ね!」

 

 桃香が右手を振り上げる。野次馬のような人々の輪が割れた。逃げ惑うその中から、ある一団が姿を見せた。

 

「いったい、何の騒ぎ?」

 

 まだ何も気づいていないのか。格好からして、今まさにこの街に到着した旅人のようだ。

 劉協は、桃香の後ろで彼女らを見た。

 ドクン――。

 心臓が跳ねる。

 

「えっ?」

 

 先頭に居た少女が、キョトンとした表情で右手を振り上げた桃香を見た。周囲に居た誰もが、その少女の引き裂かれた無残な姿を想像する。けれど、まるで時が止まったように桃香の右腕は落ちてこない。

 

「な、何?」

 

 少女の後ろに居た別の少女が、驚きと困惑の声を上げる。何が起きたのか、理解出来たものはいない。ただ、桃香だけが劉協のその呟きを耳にした。

 

「月――」

 

 劉協の視線の先、桃香の正面に現れた一団の先頭には、忘れることの出来ないその姿があった。

 董卓こと、月の姿が――。


 
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