No.60249

恋姫無双SS『日の当たる坂道』 第一回

竹屋さん

昨日、最初の恋姫無双SSをUPしたのですが、もう一つ、始めてみようと思います。登場人物やや多め。コミカル描写もやや多め。オリキャラのバストまでちょっと多めです。
 無印恋姫の終盤あたり、とあるキャラのシナリオのおしまい辺りのちっちゃなエピソードを叩いて伸ばして広げてみました。
 さて、いかが相成りますか。

※なお終盤登場のオリキャラはこれまた知る人ぞ知るという人ですが、わかったヒトもできれば内緒にしてくださいな。

2009-02-25 22:58:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:11144   閲覧ユーザー数:8743

恋姫無双SS「日の当たる坂道」 第一回

 

 

 

「おや? 主殿――馬が変わりましたな」

 

 北郷軍遠征中のことである。

 小休止のあと、行軍が再開されてすぐ。

 趙雲――真名は星――が、北郷一刀の隣に馬を寄せてきて声をかけた。

さすがに「さすらい戦人こだわり派」――目が早い。

「うん。いや俺は一番後ろにいるんだから、そんなに良い馬でなくてもいいといったんだけど」 

 今、一刀が乗っている馬はこの遠征に合わせて愛紗が見立てたものだった。艶やかな毛並みに素直そうな眼。絞り込まれた馬体と、素人目にも良いとわかるような馬である。

「正直、こんなすごい馬に乗るのは俺には荷が重いなあ」

「何をおっしゃいますか」

 すぐ後ろから追いついてきて、関羽――真名は愛紗――が言った。

「将たるもの、己の乗馬には拘らねばなりません。ましてやご主人様は我等が君主なのですよ」

 愛紗の言うことももっともであるが、乗馬なんてハイソな趣味とは縁がなかったから、一刀の手綱捌きなんてヘタレも良いところ。こっちに来て多少勉強したものの、ついて行くので精いっぱいだ。こんな三国志版ディープインパクトみたいな至高の名馬なぞあてがわれたところで、宝の持ち腐れである。

 とはいえ、「できません」というのも男として情けない。

「分かってるよ。それに何時までも愛紗の後ろにしがみついているわけにもいかないからな」

 最初の頃はそんなこともあった。みっともないので特訓したのだ。その結果、普通に馬を走らせるくらいはなんとかできるようになり、愛紗や鈴々に迷惑をかける回数も減って、星が仲間になった頃には何とか独り立ちしていた。

「ほう? 相乗りですか」

 きらりん。と星の瞳が瞬く。

「そんな良い思いをさせていたのですか?――愛紗だけに?」

 いや、いい思いとか……そんなに、してない、と思う、ぞ――などと、一刀は心の中で弁解した。

 そうとも後ろ暗い事など何もない。

 せっぱ詰まった中でも、風になびく黒髪とか、ほのかに香る汗の香りとか、ぴったりとくっついて、服越しにもリアルに感じられるしなやかな背中――とか、その――なんだ。ええと。あれは一種の緊急避難とでもいうべき……

「戦場のど真ん中で、移動の便を図るためやむなく乗って頂いただけで、遠乗りにいったわけではない!」

 愛紗が柳眉をつり上げて生真面目に突っ込む。ただし頬は赤い。

「なんだ。違うのか。――では、主。愛紗はやむ得ない事情がないと主と鞍を共にしたくないようなので……」

「だ、誰がそんなことを言ったっ!」

「――らしいので。今度、わたしと鞍一つで遠乗りに参りましょう。前と後ろ。どちらがお好みですか?」

「ひ、昼間っから何をきいとるかああっ」

「楽しく遠乗りをするために、主の好みを聞いているだけだが」

「まあまあ――」

 どこまでもヒートアップしそうだったので、一刀は二人の間に割って入った。

「で、星。この馬はどうだ? 俺には良い馬だってこと以上はわからないんだが」

「ふむ」

 星は自分の馬の歩みを調節して、つかず離れず距離をとり詳細に一刀の馬を眺めやった。そして

「見事です。――こいつは噂に名高い汗血馬というやつですな。並の馬では足下にも寄れますまい」

ため息混じりに感想を述べた。

「当然だ! こいつが本気になったらそこらの駄馬など置き去りだ」

 胸を張って愛紗。優れてワガママなバストが揺れる。

「是非、遠乗りは主殿の馬と鞍で」

 それをキッパリ無視する星。

「却下する!」

 愛紗、言下に否定。

「――しかし、ただ難点が一つ」

「ん?」 

 愛紗が「おのれ星。ここまで来てガン無視か」と呟くのが聞こえた。どこでそんな言葉を覚えたのだろう?と一刀は首をひねった――と、それはともかく。星は(あくまでマイペースに)居住まいを正した。

「主殿。こいつは『テキロ』ですな」

 ――てきろ? 

と、一刀は頭の中でクエスチョンマークを点灯させた。あれ? それは確か馬の名前だったような……

「テキロとは馬の相のコトです。額に白い斑点というのが先ず凶相ドン! 白い斑点が口に届いて更に倍!――しかも地上に着く四つ足が全て白いとは最悪も最悪。あえて言うならド最悪です」

「う……」

 愛紗がぐぐっと言葉を飲み込んでうめき声をあげた。顔が真っ青だった。雑学魔神の華蝶仮面・星はともかく、愛紗は馬の相のことまでは考えていなかったらしい。

 で、一刀はというと。

(ああそうか……) 

 この時やっと「テキロ」が「的廬」であることに思い至っていた。

(なるほど。そういえば確か劉備の馬が的廬だったっけ)

「主に仇なす凶馬の相……たしかに千里を走る名馬ではありますが」と言いにくそうに星が言った。「馬を変えられるか。どうしてもこの馬がお気に召したのであれば凶運を祓う手段もあります」

 星の顔にはいつものようにからかっているような様子はない。それが愛紗を追いつめる。そっと、横顔をみると――かわいそうに、まっ青だ。俯いて震えている。

「…………」

 こうなれば、一刀が言うべきコトは決まっていた。

「――別の人間をこの馬に乗せてソイツが祟られた後なら安全――か? 必要ないよ、星」

 一刀がいうと、星は驚いたように目を見開いた。

「驚きました。主殿にはすでにご承知でしたか」

「ま、まあな」

 本当は、たった今思い出したのだけど、と一刀は胸の奥で呟く。

「で、では凶馬と知ってあえて乗ってくださったのですか」

 愛紗が縋り付くような声で尋ねてくる――しまった。説明の次期を逸した。

「俺は運にだけは自信があるんだ――これが的廬の馬かどうかなんて気にしない。それに」

 ええい。ままよ! と、顔に浮かべる0円スマイル。

「愛紗が俺のために選んでくれた馬じゃないか」

「ご主人様……」

 愛紗の顔に一気に血の気が戻る――いや、通り過ぎて耳まで真っ赤になる。さらにその目。俯いていた時に涙ぐんでいたのが、決壊寸前という感じでこぼれ落ちそうだ。

「ご、しゅじん、さまあ……(ぐす)」

 あ、まずい、愛紗が……愛紗が

「……(えへ)」

 照れたように微笑み返してくる愛紗が、かわいい……

「主殿がそこまでお考えだったとは――差し出がましい事を申しました。お許し下さい」

 さらに恐縮したように星が頭を下げる。素直な星はめずらしい。

 心の中で一刀は快哉を叫んだ。レアだ。凄いぞ俺! あの星に口で勝った!

 ――ああ、しかし何故だ。うう、なんか居たたまれない。なんか、こう……その。

 まるで、カンニングで100点満点とったよーな。

「わはは。こんなことで頭を下げられても困るなあ」

 一刀が決まり悪くなって頭を掻いていると、そこに、ひょろひょろひょろと頼りない風切り音がした。

「おや?」

 空を見上げる。太陽があって、よく分からない――が。

「あぶねえー、稽古の矢が流れた- 逃げてくんろー」

と、声がして、

「おやあ?」

 さく。

 酷く心細い弓勢の矢が一刀の鞍の後ろあたり――すなわち、馬の尻に突き立った。

 ひっひっひひひひひひひひーん。

 周囲に響き渡る断末魔のような嘶(いなな)き。

「ぬおおおっ!」

 首を上げて棒立ちになった馬体に必死にしがみついて振り落とされるのを防ぐ――防げたのだが。

 叫び声の続きを上げる暇もあらばこそ的廬の馬はいっさんに走り出した。

「ご主人――」

 わああああっ。愛紗の声が途中から聞こえなくなったっ! 凄い加速だっ。さすが汗血馬っ! 

「危ない! どけええっ!」

 進行方向に向かって怒鳴る。休憩中の兵士を蹄で蹴ったなんて事になったら寝覚めが悪い。昔はそんな奴もいたかもしれないが、現代人のナイーブかつチキンなハートでは到底王様なんてやってられない。いや、この際王様なんてどうでもいい! おねがい! にげてええええええ!

「暴れ馬だああああああっ 逃げてくれええええ!」

 一刀の声を聞いてわらわらと人が避ける。その間を駆け抜ける。――加速する。加速する――障害物がなくなって、すっごい勢いで馬が加速した。

「うおおおおおおおおおおっ」

 迫る遠景。飛び行く景色。自動車のない世界に来て久しく感じていなかったスピード感に肌が粟立つ。

 凄まじい上下動に脳を揺さぶられながら、一刀は神の領域に突入し(かけ)ていた!

「わはははははははははは!」

 空耳――いつか聞いたような実況放送が聞こえてくる。

《あなたから貰う最後の不運、あなたから貰う最後の大凶、そしてあなたに贈る最後のババ抜きのババ、さあ、アンラッキーテキロがここで翼を広げるか! テキロが今、翼を広げた! 外目を突いて上がってくる! アンラッキーテキロ先頭! アンラッキーテキロ先頭! 関羽と趙雲をあっという間に置き去りにした! アンラッキーテキロ先頭! 間違いなく飛んだ!! 間違いなく飛んだ!! アンラッキーテキロ先頭だ! 赤兎馬、そして絶影も飛んできている! 最後の不幸だ!! これが最後のアンラッキーテキロ!!! これが、これが、私達にくれる最後の不幸! 不幸っ…! アンラッキーテキロ、むっちゃ不幸!》

「ぬははははははははははは――――んがっ!」

 動揺のあまりトリップしかけていた一刀の顔を何かが思いっきり張り飛ばし――次の瞬間。

「んわああああああああああっ」

 一刀は宙を舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 恋姫無双SS

 

 

    「 日の当たる坂道 ~南方叛乱平定戦挿話~ 」

 

 

                         書いた人 竹屋 

 

 

 

 

『野盗? あなたまで出るなんて、随分派手な見せしめね』

 

 出陣前に偶然会った時、華琳は一刀にそう言った。

 一刀は、言葉に詰まり、その後「……見せしめっていうなよ」と答えるので精一杯だった。

「見せしめ」という言葉に狼狽えたのは、自分自身、それが目的の出兵と自覚していたから。

しかし……わかっていると答えるべきだったのか。それとももっと強く否定すべきだったのか、一刀は結局口を開くまでに決められなかった。

 華琳は「でも、そうでしょ?」と、そんな一刀をにやりと嘲笑い彼の未熟な王威を蹴飛ばした。

 あんな外見で、ツンデレで、時と場合によってはすっごく可愛らしかったりする(って本人の前で入ったら殺されるだろう)が、この世界でも曹操は曹操。一刀の底の浅い葛藤なんて「お見通し」である。

 一刀は無様に言葉をなくしてしまった。

 たしかに、今回の遠征は「みせしめ」だったのである。

 

 今回の遠征は、国同士の闘争ではない。南方の国境付近で跳梁する野盗を討伐するための出征である。

 出陣に際して北郷一刀は北郷軍の政軍両面のトップである諸葛孔明に方針を問うた。主の下問に対し孔明は「望みうる限りの大兵力による出兵」を献言した。

 理由は三つ。

 まずこの時期に巨大出兵をしても国力には影響がないこと。そして魏呉の両大国が存在しない今、洛陽を直撃しようとする戦力が存在しないこと。最後に――

 ――最後に戦による争乱の時代が既に終わったと万人に示すこと。何者も北郷一刀には逆らえず、その法が国の法であり、逆らう者に天罰と等しき鉄槌が下されると全ての者に知らしめねばならない。

 それが諸葛孔明――朱里が、乱世の幕引きのために選んだ最後の「策」だった。

 かくて、呉への出陣以来久方ぶりに大規模動員の「勅」が下る。

 参陣する諸将の首座として五虎大将の上将、関羽。

 その左右を固めるのは、同じく五虎大将の張飛と趙雲。

 本陣には新帝国の官僚トップでもある諸葛孔明が軍師の鞭を携えて侍る。彼女には戦わずして降った蜀及び南蛮に新秩序を構築するというもう一つの特命もある。

 さらに特筆すべきは中軍の構成だった。

 軍団の本体とも言うべき北郷一刀直下の中軍には、かつて降した二人の勇将と呉の王妹――すなわち呂布と張遼そして孫尚香の名前があったのだ。この軍は大陸を北から南へ移動しつつ、途中、魏や呉の旧領で派遣部隊を吸収、本隊30万は中核たる北郷軍の三将軍が指揮し、成都に結集する諸国の兵員を中軍の将帥の下に編成――その結果、遠征の拠点となる成都の街には合計80万に及ぶ大軍が出現することになる。この凄まじい規模、そして何より世界の枠組みを衆目の中で再編するかのような陣立ては公表されただけで地方で世の成り行きを見守っていた大小の独立勢力に衝撃を与えた。余裕をもって送り出されたかつて無い巨大戦力、それが時代を代表する将軍によって運用されて、たかだか地方叛乱に叩きつけられるのである。後詰めとして新首都・洛陽に馬超、黄忠の二将と20万の予備兵力を温存するとはいえ、地方の野盗相手には度が過ぎた全力全開の巨大動員。まさに大いなる「示威行為」であり、「みせしめ」といえるだろう。

 ――でも、と一刀は思い直す。

 やっと戦争が終わりかけている。地方の人たちも新しい秩序を受け入れ始めている。

 自分のようなごく普通の、何の取り柄もない子供が招かれたこの青銅(いくさ)の時代――自分が「天の御遣い」なんて者じゃないと、北郷一刀自身がわかっている。

 それでも――もしも、このちっぽけな自分に存在意義があるとしたら、それはこの戦いの時代に幕を引くことに他ならない。自分を信じてくれた愛紗と鈴々。啄県の人々。彼らが一刀に生きる目的と夢をくれた。そしてここまで歩みを共にしてきた多くの仲間たち。――望まない戦いもあったが、その向こうに、その果てに、ようやく統一という名の平和が訪れようとしている。

 だからこそ――

 ここで「野盗」を野放しにはしておけない。一罰百戒というわけではないが、力ずくで人の平安を破る事が「罪」であり、「罰」を伴う悪事であると証明しなくてはいけない。

 そのための示威行為。そのための出征。

 たとえその行為を自分自身がどれほど傲慢だと思っていても、それは新しい国の為に必要なことだった。

 だから――この心に、この体に、痛みがあろうとも、それでも先に歩いていく。

 そんな彼を華琳は――かつて魏の覇王と呼ばれた少女は微笑んで送りだした。

 北郷一刀の心を真に知るものはこの広い大陸でもけっして多くはない。一刀自身と華琳をのぞけば、あと一人である。

『王の仕事が辛くなったから代わってくれって泣きついてきても……もう代わってあげないんだからね』

 華琳はそんな言い方をして、「魏王曹操」としての自分にピリオドを打った。

 彼女が覇業を捨てたのは敗北したからではない。彼女はそれほどあきらめが良くない。たとえ一敗地にまみれようと、たとえ命からがら逃走しようと、何度でも甦って目的を果たす――華琳はそうして魏の支配者にまで上り詰めたのだ。

 その彼女が夢を捨てたのは引き継ぐ者が過たないと信ずればこそ。北郷一刀ならば、大丈夫と信じているからこそだった。

『責任とりなさいよ』

 と最後に言われて、一刀は

『やれやれ。華琳にそういわれちゃ仕方ない』

と答えて、先遣隊を見送りに向かった。

 

 で――その夜。

 仕事を整理していた一刀の元を華琳が訪れた。

「徹夜が祟ったので今まで寝ていた。ついては眠れなくなったのでつきあいなさい」

と、傍若無人に酒瓶を差し出す。

 仕方がないので長椅子を窓の下に移動させ、開けた窓から三日月を眺めながら、二人で酒を飲んだ。

「季衣を連れて行ってやって欲しいの」

 酒瓶が半分くらい空になった頃か。何となく酔えないままに何も言わずに月を眺めていたのだが、とつぜん華琳が切り出した。

「私達はやるだけのことをやったから、もう良いんだけど、あの子はまだやりたりないだろから……新しい国が生まれる瞬間に立ち会わせたいの」

 わかった。と間髪入れず、一刀が答える。

「季衣には後衛をしてもらうよ。遠征中は洛陽との連絡役をやってもらうし、成都についたら前にも出てもらう。――季衣ならいざという時、洛陽の華琳たちとも連携がとれるだろうし。頼りにしているよ」

 ――すらすらと流ちょうに。まるで原稿でもあったかのように。

「……決めていたのね。私が洛陽の守備に手を貸す事まで折り込み済みで」

 華琳が剣呑な口調で尋ねる。一刀は慌てた。

「いや、そもそもの発端は、会議中に遊びに来た小蓮が『どうしても行く』って言い出して、でも……」

「でも?」

「朱里からは『呉の王妹が参陣されるのであれば形式の上からも旧魏軍からも一人来てもらった方がいいんじゃないでしょうか?』とは言われていたけど、華琳はそもそも先手必勝の人だから後から参加してくれなんていっても、いやがるんじゃないかと迷っている内に言いそこなって……」

「当たり前よ! 嫌に決まってるでしょ! ――というか。叛乱鎮圧に国家総動員するって話が出た時にすぐ私に相談しなさいよっ!」

「だって、酒の仕込みに夢中で聞く耳なんて持たなかったじゃないかよっ!」

「当然だわ! なんで私が貴方の戦争なんか気にしなきゃいけないのよ! 酒造りの方が百万倍大事だもの!」

「おまえ! 言ってることがむちゃくちゃだぞっ!」

 ぜーは、ぜーは、ぜーは……

 荒い息をついて、お互いでにらみ合い――そして。

「ぷっ」「くっ」

 同時に笑い出す。

 ひとしきり声を潜めて笑う。やがて華琳が目尻のしずくを拭って述べた。

「でも、あの孫仲謀がよく妹の出陣を認めたわね」

「大喧嘩したよ。今回は小蓮の粘り勝ちだっただけで。今回は穏(陸遜)が目付で、その言うことを聞くのが条件らしい」

「――ふうん」

 華琳は軽く息を吐いて、また空を見上げた。

「まあいいわ。後、季衣には魏領の主だった名士豪族のリストを渡しておく。募兵と編成からやらせてもあの子なら間に合わせるわよ」

「そいつは凄いな」

 出会う前は猛将のイメージがあって、本人を知った後では小動物のイメージがあったが、なかなかどうして有能だ。

「飼い主の躾がいいのよ――誰かさんのように甘やかさないから、きちんと芸を覚える」

「……言い方は気にくわないが、もっともだ――肝に銘じる」

 ぶすっとした表情ながら一刀が神妙にいうと華琳は薔薇が綻ぶ瞬間のような華やかな微笑みを浮かべた。

「そうよ――学んで、経験して、大きくなるの――けっして自分を偽らず矯めず、ただ真っ直ぐに」

 大きな瞳が月光を映して、一刀を見返している。

「貴方は曹猛徳が天下を預けた男なのだから……」

 息を飲むような殺し文句だった。またも一刀は黙るしかない。

 まるで一片の詩。この小さな少女は野心も闘いも敗北すらもすべて言葉でなく行動で歌い上げる畢生の詩人だった。

 

 いつしか夜は更けている。

 夜気は涼やかに澄み、渡る風はあくまで静かだった。音もなく水底のような月明かりが当たりを包む。

 ほっ。

 軽く息をはく華琳。ようやく酒が回ってきたとでも言うように、頬に手を当てる。

「お願い事なんてガラでもないことを私にさせて……緊張しちゃったわ」

 ふいに体をずらすと、華琳は一刀の肩に頬を押し当てた。

「責任、とりなさいよ」

 一刀は杯の酒を口に含むと

「………………」

黙ったまま、華琳の顎に指を当てて上を向かせた。

「ん……」

 

 夏の夜。むせ返るような緑の気配が窓外より染み込むような部屋。

 むわとした香気に煽られるように、体温も上がっていく。

 胸に落ちた酒のせいか、熱は頭よりも、背中からした。

 熱い――あきれるほどに熱い。

 霞のように滲む彼女と、彼女の背後に闇をたたえる室内。

 代わりにいよいよ色鮮やかになるその「熱」は、ついにパチパチと薪のはぜる音さえともないはじめる。

 うおっ。こいつはが背中が焦げるようだっつ。

 気のせいか、煙くさいし……ん。どこかでたき火でもしているのだろーか。

 

「熱っううううううううううううういわあああっ」

 

 自分で叫んだ声に、意識が一気に覚醒する。

 すると目に飛び込んでくるのが煙。火の粉まで伴ってパチパチと景気良くはぜて燃えている。そして

「うおおおおおっ」

 火はすっぽんぽんで両手両足を棒にくくり付けられてぶら下がっている北郷一刀の背中側、すなわち地面に作られた焚き火から燃え上がり、ちりちりと彼を焦がしているのであった。

「な、なにいいいいいいっ」

 あついあついあついあついあついいいいいいいいいいっつ。

 突然訪れた危機に動転しつつも、必至に体をゆすって炎の圏外に逃れようとするが、いかんせん(すっぽんぽんで)両手両足を縛られてぶら下がっている状況では、どこへも逃げる事はできない。

「あ、熱っうううううううっ うおおお。焼ける焦げる焼ける焦げる焼ける焦げる」

「騒ぐな」

「だーっ これが騒がずにおれるか。なんだこれは! ヒトを丸焼きでもする気か!」

「そうだ」

「ふざけるな。焼いてどうするっ! 」

「決まっている。食うのだ」

「食われてたまるか!」

 あれ? とそこで一刀は気づいた。俺はいったい今、誰と会話をしているのだろうか、と。

「往生際が悪いぞ。獲物は獲物らしく、潔くオレに食われろ」

 首に力を入れて頭を持ち上げ、自分の尻の方へ顔を向けると煙に霞む視界の向うに小さな人影があった。

「……五月蠅いサルだ」

 風が吹いて、煙が晴れる。

 北郷一刀は、自分自身の膝小僧越しに怒鳴り返そうとして――それから

「なっ!」

 攣(つ)りそうな首のスジも忘れて。その光景に絶句した。

 そこにいたのは、ちょっと特別な装いの………『女性』だった。

 平均以上に大きな胸を包むのはヒョウの毛皮の胸当て。

 引き締まったウエストを誇示するかのような胸当てと同じくヒョウ柄の腰巻。

 クマか何からしい巨大な爪を数珠つなぎにした首飾りをかけ、腰には細長い葉っぱの腰ミノを吊るす。

 赤やら黄色やらの毒々しい原色を塗りたくった槍と弓矢を背負い、さらに襷がけにした革の帯に投擲用とおぼしきのナイフを五六本も差している。

 勇ましいというか、なんというか………ここはどこのアマゾンだ? 

 そんな一刀の煩悶とは裏腹に、その女性は至極落ち着いた仕草で、「うむ」と顎に手をやった。

「腹が減っていたので支度を急いだが」

 褐色の肌に黒目がちの大きな目を二度三度しばたたかせつつ、素っ裸の一刀を(尻の方から)じろじろと眺めやって、

「やはり横着せず止めを刺し血抜きをしてから料理すればよかったか?」

――などと。

 極めて野性的な装いをしたその女は、ひどく得心したように述べたのである。

 

 

 

 

第一回 完  第二回へ、つづく


 
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