No.595927

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第三十九話 我が佳き朋よ 後篇

YTAさん

 どうも皆様、YTAでございます。
 先日、投稿させて頂いたabaus様のイラストの反響がとても大きく、私も、もの凄く嬉しく思っております。御本人が降臨される事もありますので、abaus様へのメッセージ等もお気軽に頂ければと思います。

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2013-07-09 02:01:33 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:2985   閲覧ユーザー数:2458

                                    真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                    第三十九話 我が佳き朋よ 後篇

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、華琳?やっぱり、もう少し休んだ方が――」

 北郷一刀がそう言って、気遣わしげに肩を掴もうとすると、曹操こと華琳は鬱陶しそうにその手を払った。

「心配は無用よ、一刀。我が国民の前で、だらしのない姿を晒す訳にはいかないもの」

「そうか?都に要る筈の俺や華琳がこんな所をウロウロしてるなんて、誰も思いもしないだろうけど……」

 

「気持ちの問題よ。それに、この辺りなら、いつ顔見知りと出食わしてもおかしくはないのですからね」

 一刀は、華琳の言葉に素直に手を引っ込めて、目的の人物を探し出そうと周囲を見渡し、懐かしさに思わず息を呑んだ。二人は今、魏の首都・許昌にも程近い華琳の旗揚げの地、陳留に来ていた。

酒宴の翌日、如何にか華琳に一日空けてもらえないかと頼み込んだ一刀は、龍風を駆って、華琳と共にこの陳留をお忍びで訪れていたのである。

 

 ところが、普通の馬ならば数日は掛る距離を、龍風の脚を頼りに僅か数刻で走破して来た為、陳留の近くに到達した頃になって、高速の乗り物に慣れていない華琳が、酷い乗り物酔いになってしまったのだ。一刀は、何処かで休もうと提案したのだが、華琳は『貴方が私を此処に連れて来た目的を果たすのが先』と言って頑としてその提案を拒んでいた。

 

 敢えて目的を伏せていた事が、ここに来てこの様な形で仇となるとは、一刀にも予想外の出来事だった。昨日の今日の事であった為、遠乗りにでも出るのかと軽い気持ちで支度を整えただけの華琳は、常に気を張っていなければならない自領に何の相談もなく連れて来られた事も相まって、あまり機嫌が宜しくないらしい。

 一刀は、(かつ)て数多くの日々を過ごしたこの地のあちら此方を回ってみたい衝動を抑え、十数年前の記憶を頼りに目的の方向を確かめて、華琳を気遣いながら歩き出した。

 

「それにしても、驚いたわ。まさか本当に、都からこの陳留まで数刻で辿り着くなんて……」

 華琳が、まだ気分の悪そうな顔をしながらも、そう言って周囲を見渡すと、一刀は苦笑を浮かべて頷いた。

「まぁ、普通は信じられないよな。こんな話」

「当然よ。実際に経験した私でも、今朝、都に居た筈なのに今は陳留に居るなんて、信じられないもの。何だか、自分の中の時間を測る物差しが、癇癪でも起してしまっている様な気分だわ」

 

 

「はは、だろうな。俺もこっちに来たばかりの頃はそうだったよ。華琳とは逆だけどね」

 一刀は、道を間違えないよう注意しながら懐かしそうにそうに答える。例えば現代人ならば、『東京・大阪間を移動するのに必要な時間は?』と尋ねられれば、『大体、3~4時間くらい』と答えるであろう。

 大凡(おおよそ)600kmと言うのは、時速300キロもの速度を誇る移動手段があれば、余裕で日帰りが可能な距離なのだから。だがしかし、この時代に600kmを移動しようと思えば、徒歩なら20日余り、馬を使っても、乗り換えや(様々な危険から)夜には移動を止めねばならない事を仮定すると、3・4日は確実に掛るのである。

 

 そして、それ以外の選択肢はないのだ。しかも、馬なら早いと言ったところで、新幹線の様にただ座っていれば良いと言うものでもない。最高速度に達した馬を長時間に渡って操るのにどれ程の体力が必要かは、競馬の騎手達の日々の鍛錬を見れば一目瞭然だろう。

「ちょっと遠くに行こうと思えば必ず数刻も掛るなんて、こっちに来るまでは想像も出来なかったよ。こっちじゃ徒歩で一刻(約2時間)掛るところを、俺の国じゃ、四半刻(約30分)くらいで移動出来てたからな」

 

「それが実現出来れば、世界が変わるのでしょうね」

 華琳は、僅かに血色の戻って来た顔を一刀に向けて、興味深そうに言った。知識欲の旺盛な華琳は、興味のある未知の物事に付いて見聞きする時は、何時も静かな興奮を示す。

「まぁな。交易、人の往来、情報の伝達――どれも、考えられない位に早く、正確なる。でも、良い事ばかりでも無いよ。戦争の形も、酷い有り様に変わるから」

 

 まるで、TVゲームでもする様に。そう言いかけて、一刀は口を(つぐ)んだ。華琳にその説明をするには、まずTVとは何ぞやから始めねばならず、更に言えば、その仕組みと技術の概念までをも一から知識として説明しなければならない。

「剣で、人が人を殺す事がなくなるからね。絡繰(カラクリ)が全部代わりにやる様になるから――人を、物みたいにしか考えなくなってしまうんだ」

 

 そう、言い変える。あながち、遠く外れた答えでもないと思った。

「私が想う程、天の国も佳き所ではなさそうね」

 一刀の表情に影を感じた華琳が考え込む様にしてそう言うと、一刀は自嘲ぎみな笑顔を浮かべて首を振る。

「まぁね。人間が住んでる所なんて、大本を辿ればさほど違いはないさ。こっちの人間から見れば便利な物も沢山あるだろうけど、あっちから来た俺にして見れば、天の国の人間が(なく)してしまった大切なモノが、ここには沢山あるよ」

 

 

 華琳は、一刀のやって来た『天の国』が、『遥か未来の世界』である事を正確に理解する、数少ない人物の一人である。だが二人とも、決して『天の国』を『未来の世界』と表現しようとはしなかった。運命は、常に己の手の内に――。

 それこそが、覇王・曹操の信念だと知るが故。だから一刀は、華琳を連れて此処に来たのだ。(かつ)て告げられ、抗い切れなかった己が運命に、もう一度、宣戦を布告する為に。

 

 

 

 

 

 

「お、居た居た――漸く見つけたぜ」

 一刀はそう言って、隣を歩く華琳にも自分の目的が分かる様、それ――薄汚れたフード付きの外套を羽織り、道端に座り込んでいる人物――を指し示す。

「あれは……許子将(きょしょう)ではないの」

 華琳は、そう言って目を見開いた。許子将は嘗て、華琳を『治世の能臣、乱世の奸雄』と評した人物批評家である。同時に、“あの外史”での一刀の運命をも、見事に言い当ててみせた人物でもあった。

 

「そうだよ。さ――行こう」

 華琳は何事かを言おうとしたが、一刀の横顔から微笑みが消えたのを見て口を閉じ、黙って一刀に従う事にした。

「よぅ、久し振りだな。俺達の事、覚えてるか?」

 

 一刀がそう声を掛けると、許子将はフードの奥の顔を上げて、僅かに見える口元に微笑みを作った。

「おう、これはこれは……確か、以前に相を見させて貰うた方々ではないか。何時ぞやは過分な見料を頂戴し、感謝しておるよ」

「や、覚えて貰ってて良かった。忘れられてたら、どうしようかと思ったよ」

 

「ほ、ほ。忘れようにも忘れられぬよ。あれだけ強く、珍しい相の人物を二人同時に拝見するなど、早々ある事では無いからのぉ」

 一刀の言葉に、性別すら判別出来ない声でそう答えた許子諸は、フードの奥から面白そうに華琳の顔を見詰める。

 

 

「おや、そこなお嬢さん。随分と相が穏やかになられたの。この国が、お主の才に見合う器の国となった様で、何よりじゃ」

「どうも……」

 華琳は、警戒とも挑発とも付かぬ目付きで許子将を見詰めながら、それだけを言って黙り込んだ。一刀は一度、華琳の方を見遣ってから、視線を再び許子将に戻す。

 

「あんた、星詠みや八卦もするんだろ?今日は、俺の行く末がどうなるのか、また見て貰いたいと思って来たんだ」

「さて、何を勘違いしておるのか知らぬが――儂が見るのは、人の相だけじゃよ?」

「つまらない冗談だな」

 一刀は、許子将の言葉を鼻で笑い飛ばす。

 

「あんたは確かに、華琳には相を評してみせた――『治世の能臣、乱世の奸雄』とな。だが、俺にはこう言っただろ?『大局に逆らうな。逆らえば、身の破滅』……。なぁ、人相に、その人間の未来なんて出るもんなのか?」

「…………」

 

 黙して一刀を見返す許子将を油断なく警戒しながら、華琳は成程と納得した。確かに、許子将が自分に下したのはあくまでも“人物評価”だった。しかし一刀への答えは、明らかに性質の違うもの――()わば、八卦や占星術に類する、“運命の予測”だったのである。

 それならば、『許子将が八卦、あるいは占星に通じている筈だ』と言う一刀の発言は、至極道理を得たものであろう。逆に言えば、そうでないなら、許子将はあの時どうして一刀の運命を言い当てられたのか、と言う事への説明が付かない。

 

「お主の頭上に昇った星は――」

 許子将は、一心に一刀の双眸を見返しながら、どこか諦めた様な口振りで話し出した。

(あまね)く生命を育み慈しむ、この大地そのもの。最早、どれ程の才ある星詠みにも、その命運を知る(すべ)はあるまい。星詠みが紐解く事を許されるは、空を廻る星の導きのみであるが故。己が思う通りに生き、思う通りに死すがよい……」

 

「例の、“大局”がどうのって話はどうした?」

 一刀が別段、不思議そうな様子もなくそう尋ねると、許子将は緩々と首を振り、一刀から視線を外して再び深く俯いた。

「“この世界”於いては、既に歴史は大局からは外れた。従わねばならぬ道程など、有りはせぬよ」

 一刀は、許子将の言葉を吟味する様に暫く考え込む様子を見せていたが、やがて、俯いたまま既にこちらへの興味を失ったかの様な許子将に礼を言って、胡坐をかいて座る彼の膝の上に、硬貨の入った袋を放る。そうして一刀が振り返り、華琳に話し掛けようとした瞬間、背中に許子将の声が掛った。

「天魔に気を付けよ」

 

 

 一刀が怪訝な顔をして振り返ると、何時の間にか顔を上げていた許子将が、フードの奥から言葉を続けた。

「空を自在に駆ける魔物が、大地の守護者たる黄金の龍に襲い掛かる姿が視える……決して、油断をせぬ事じゃ。邪に打ち勝つ事を強く念づれば、必ずや天祐が龍に味方しようぞ」

「そりゃ――どうも」

「以前も今も、過分に見料を貰うたからの。その礼じゃよ」

 

 許子将は、一刀の曖昧な礼の言葉にそっけなく答えると、また深く俯き、今度こそ顔を上げる様子は無かった。一刀は溜息を吐いてから華琳に目で合図をし、許子将に背を向けて、街の雑踏の中へと戻る事にした――。

 

 

 

 

 

 

 顔が割れる事を懸念して一見(いちげん)の茶房に入った一刀と華琳は、茶と軽い食事を注文し、卓を挟んで向かい合っていた。

「さて。これで安心して貰えたかな、華琳?」

 一刀は意を決して、華琳にそう尋ねた。華琳の心を乱しているのは、“一刀が消えてしまった”と言う他の外史での自分の記憶を、思い出し掛けているからだ。ならば、彼女の不安を払拭するには、その外史の一刀に運命の選択を突き付けた存在に直接否定してもらうしかないと、一刀は考えたのである。

 

 例えその結果、華琳がこの世界の裏で行われた事に気が付いたとしても……一刀は、全てを受け止めるつもりでいた。これからずっと、二人で月を見る度に“あんな顔”をされるより、その方がずっと良い。

「何を、どう安心したと言うのかしら?『未来など解らない』なんて、そこいらの(わっぱ)でも知っている事だと思うけれど?」

 

「そりゃそうだけど――」

 一刀は、マールボロのパックから一本を振り出してオイルライターで火を点け、煙草盆を自分の方に引き寄せた。

「少なくとも、前の時みたいに『~したら死ぬぞ』なんて、言われなかったろ?『よく解らん』になったなら、随分前進だと思うんだけどなぁ」

 

 

「貴方、許子将の話を聞かせる為に、私を此処まで連れて来たの?」

「そうだよ。あ……ごめんな。折角、無理矢理に予定を開けてもらったのに、洒落た景勝地とかじゃなくて……」

「別に、そう言う事を言いたいのじゃないわよ。それに、無理に予定を開けたのは貴方も同じでしょう?」

 

 華琳は別に、此処に連れて来られた事に文句などは無かった。どちらかと言えば、『実に一刀らしい』とすら思っている。何せ、女一人の気分を晴らす為に千里の路をひた駆けて、どこの馬の骨とも知れぬ占い師を探し出したのだから。

 聞いただけなら、後世にまで語り継がれる程の、実に天晴れな酔狂振りと言えよう。

 

「一つだけ、約束して頂戴」

「約束?」

「えぇ。もう二度と、“あの娘達”に黙って居なくなる様な真似はしない――と。居合わせる事の出来た私より、余程、辛かった筈なのだから」

 

「華琳。お前、もしかして――」

「誓えるの?誓えないの?」

 一刀の言葉を遮った華琳は、深い瑠璃色の瞳を向けて、静かに答えを待っている。一刀は暫く考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺は、何処で野垂れ死ぬか分からない身だ。もしかしたら、“喰われて”骨も残らないかも知れない」

「…………」

「でも――前の様に、大人しく受け入れたりはしない。最後まで足掻いて、皆の所に帰って来れるよう努力する。それは……それだけは、絶対だ」

 

「……そう」

 一刀の言葉を聞いた華琳は、それだけを言うと、鼻息を一つ吐いて身体の力を抜いた。

「ま、良しとしましょう。でもね、一刀。こう言う時は、嘘でも“誓う”と言っておいた方が利口だと思うわよ?」

「嘘が通じる相手なら――だろ?」

 華琳の雰囲気が和らいだのを感じた一刀が、おどけた口調でそう返すと、華琳は一瞬、驚いた様な表情を浮かべてから、微笑んで頷いた。

「あら、流石によく分かっているのね。その通り。この曹孟徳相手に虚偽の宣誓をするなんて、万死に値する愚か者の所業ですもの」

 

 

「いや、まったく。華琳相手にそんな事するヤツの気が知れんね、ホント」

「でしょう?」

 二人が、そんな事を言い合いながら笑っていると、女給が茶器と菓子を持った盆を手にして、卓に近づいて来た。女給は、茶葉の銘柄と菓子の種類を確認してから盆を置いて、一礼した後去って行く。

 

「悪くないわね」

 華琳が、女給の後ろ姿を見つめながらそう言うと、一刀も頷いて同意した。

「安産型だな」

「えぇ。形も及第点……と。欲を言えば、もう少しお腹周りがほっそりしていた方が好みだけれど」

 

「そうかぁ?男の目から言わせてもらえば、あれ位は有っても良いと思うんだけどなぁ」

「節操無しの貴方の意見なんて、参考にならないでしょう?」

「理想が高すぎるヤツの意見も、似た様なもんだと思うぞ。俺は」

 とても、恋人にも夫婦にも近しい間柄の男女の会話とは思えぬ様な事を言い合いながら、二人はてきぱきと茶の準備を始めた。一刀は皿を並べて菓子を(形を崩したりすると華琳が怒るので)慎重に取り分け、華琳は手際良く、急須に茶葉と湯を入れ、蒸らしに入る。

 

 茶葉も湯も、適当な量を放り込んでいる様に見えて、絶妙な加減に調整されているに違いない。

「で――あの許子将の正体は一体なんなの。一刀?」

「さてなぁ……考えられる可能性はあるけど」

 準備が終わり、後は暫し待つだけとなった華琳は、卓に両肘を突いて手を組み、視線で一刀に話の続きを促した。

 

「あいつ、もしかしたら貂蝉とか卑弥呼に近い存在なのかも知れない」

「その根拠は?」

「あいつは、天の国の人間にしか分からない様な知識を持ってたんだよ」

 そう。例えば許子将は、一刀の頭上にある星、即ち“宿星”の事を、『この大地そのもの』であると言った。また一刀の運命が読めなくなった事に付いても、『星詠みが紐解くを許されるは、“空を廻る星の導きのみ”』と言っている。

 

どちらも、大地――地球もまた、空に浮かぶ星と同質のものであると言う知識がなければ、言い表す事は出来ぬ筈だ。しかも彼は、この世界が数多ある外史の一つである事、そして本来は、正史の歴史をなぞった形の物語である事すらも、確実に知っていた。

「まぁ、アイツ等みたいに俺達に協力してくれてる存在なのか、それとも罵苦を生み出した連中に近い存在なのかは、分からないけどさ。卑弥呼たちが、敢えて俺に知らせて無いのか、許子将の存在自体を知らない、或いは不干渉なのかも分からないしな」

 

 

「直接、二人に聞いてみれば良いじゃない」

「すっ惚けられたら、それまでだろ?あの二人、意外と面の皮厚いんだぜ?」

「別に、意外でもないわよ。じゃあ、貴方の様に、天の国からこちらに来たと言う事は?」

 華琳は急須を手に取って、二つの茶碗に交互に茶を注ぎながら、そう尋ねた。

 

「どうだろうな……それこそ、卑弥呼と貂蝉が把握してないとは思えない――ありがとう。頂くよ」

 華琳は、一刀が出された茶を美味そうに啜る様子を見ながら、自分の茶碗に口を付けた。

「いずれにせよ、“その様な者かも知れない”と言う以上の事は分からない、か。では、最後の天魔とか言うのについては、どう思うの?」

 

「まぁ……近々、攻めて来るんだろうな。そいつが」

「疑いの余地は無い、と」

「あぁ」

 華琳の、軍議の時のものに近い鋭利な眼差しを受けた一刀は、肩を竦め、竹で出来た長い楊枝で菓子を刺して口に放り込んだ。許子将のあの口振りからして、彼が本来、最も得意とするのは、占星術でも八卦でもなく、未来視や千里眼(クレアボヤンス)の類なのだろう。未来の映像(ヴィジョン)を、直接見る事が出来ると言うあれである。

 

 であれば、視えた事柄の結果が変わる事があっても、その事柄が“起こると言う事実”までは変えられまい。

「対策はあるの?」

「対策も何も、空飛ぶ敵ってだけじゃなぁ……流石に、情報が少な過ぎるよ。まぁ、幸い、諦めなければ大丈夫、みたいな事も言われたし、どうにかするさ」

「呑気なものね……」

 華琳は、呆れた様にそう言って、自分の菓子を上品な仕草で口に運ぶ。だが、華琳は口で言うほど心配はしていない。北郷一刀と言う男は、『出来るか』と問われ、『やる』と答えたからには、最善を尽くして事に当たる男であると、よく知っていたからである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。やっぱり、兄からは何も……」

「うん、連絡ないなぁ。ごめんな、(ともえ)ちゃん。いつもいつも、大して役に立てなくて」

 及川(たすく)は、(かつ)て北郷一刀が事務所を構えていた場所から程近い所にある喫茶店で、一刀の妹である北郷巴と、テーブルを挟んで向かい合っていた。一刀の行方が分からなくなってから、既に一年が過ぎようとしていたが、巴は二週間に一度ほどの割合で、こうして及川に連絡をして来ては、会って一刀からの連絡はなかったかを確認する様になっていた。

 

 電話でも携帯のメールでも良さそうなものを、態々(わざわざ)こうして直に会って話したがるのは、もしかしたら寂しいからかも知れないと、及川は密かに思っている。おそらく、“兄の友人”である自分と顔を合わせる事によって、何処かしらに兄の存在の残滓(ざんし)の様なものを感じたいのだろう。一刀自身は滅多に家族の事を話さなかったが、巴から聴いた話では、両親が共働きの為、妹は面倒を見てくれていた兄にべったりだったそうだし、歳も十以上離れていては、兄の方でも妹が可愛くて仕方がなかった事だろう。

 

 両親は、『お兄ちゃんを全寮制の高校に行かせたのは、お前を兄離れさせる為だった』と、よく冗談めかして言うのだと、巴は以前、苦笑交じりに語ってくれていた。

「おじいちゃんのお葬式の時も連絡取れなかったし、本当に、何処に行っちゃったんだろう……。おじいちゃんの遺言には、『別れは済ませてあるから問題ない』って書いてはあったんですけど……やっぱり、新盆のお墓参りくらいには、一緒に行って欲しいなぁ」

 

「そうだよねぇ。やっぱ……」

 及川は、言葉を濁して相槌を打った。北郷兄妹の母方の祖父(一刀の父は、入り婿なのだ)、北郷達人(たつひと)は、一刀が及川の前から姿を消した二か月後、自宅の居間の柱に背を預けて胡坐をかいたまま、瞑想でもしているかの様に息を引き取っていたそうである。当然、その時も一刀に連絡を取る事は出来なかった訳だが。

 及川は不意に、兄と良く似た長い睫毛(まつげ)と朗らかな笑顔を持ったこの少女に、自分の知っている事を洗いざらい全て話してしまいたい衝動に駆られた。だが、話したところで質の悪い冗談にしか聴こえない筈だ。第一、例え巴が自分の話を信じてくれたとしても、一刀の居るであろう場所に行く方法が分からないのでは、結局、死亡宣告をするのと大差はないだろう。

 

 

 暫く雑談をした後、及川が巴と別れて喫茶店を出たのは、午後七時を少し過ぎた頃の事だった。とは言え、既に季節も夏に差しかかった今の時期では、殆ど夕方と大差ない強い日差しが、ビル群を赤く照らしている。

 及川は、身体に纏わり付く亜熱帯の様な空気を振り払う様に伸びをして、目を覚まし始めた新宿の街を歩き出した。一刀の父が、その力を使って一刀の探索を始めるまで、あとどれ位の猶予があるのだろうと、歩きながらつらつら考える。

 

 一刀の父、北郷陽一郎が、“警察庁刑事局局長”などと言う超絶エリート官僚であると知ったのは、ほんの数年前の事だ。一刀との交友を再開する切欠(きっかけ)ともなったインタヴューの為に、一刀の家族構成を軽く調べてみれば、別に隠してあった風も無く、あっと言う間にその事実が判明したのである。

 刑事局の局長と言えば、末は警視総監を窺う事が出来る程の地位と権力を持つポストだ。今までの一刀の人生の選択に父親は反対しなかったかと問うた時、一刀は苦笑いを浮かべて『親父は入り婿だし、放任主義だからな。お前の人生なんだから好きにしろ、と常々言ってたし』と、答えたものだった。

 

 つまり、別段、家業と言う程のものではない、と言いたかったのだろう。だが、如何な放任主義者の父とは言え、息子が所在も判らずに音信不通となれば、何時、探し出そうと言う気になってもおかしくは無い。

 恐らく今は、及川の手を介して一刀の家族に渡された彼の手紙が、両親を押し留めているだろうが。しかし、息子の職業柄を考えれば、一刀の両親が“その気”になるのは、時間の問題だろう。

 

 その時、自分はどうしたら良いのだろう?巴と会った後、及川は何時もそう考えていた。北郷一刀が生活の中から消えてしまってから、何とも形容しがたい喪失感を内に抱えているのは、及川とて同じだった。

 人間には、持って生まれた性質があると及川は思っている。北郷一刀と言う人間は、唯そこに居るだけで、善し悪しに関わらずトラブルを呼び寄せるタイプなのだ。

 

だから、根がお調子者の自分は、傍に居るだけで退屈しない友人を、自分で思っていたよりも遥かに身近な存在として認知していたらしい。同じ九州に本家を持っているからと言う訳でもあるまいが、相性も良かったのだろうと思う。

 高校時代、一刀などより余程多くつるんでいた早坂章仁などとは、もう数年に一度の同窓会でしか顔を合わせないのに、何人か居た悪友の一人でしかなかった一刀とは、彼がこの世界から消失したと知っているにも関わらず、何故か“切れた”とは思えないでいる。

 

 そんな事もあって、及川は、一刀の庭でもあった新宿の街に私用で顔を出す事は滅多に無くなっていた。出向けば必ず一刀の知り合いに行き当たり、その所在を尋ねられるからだ。尋ねて来る人物達も、“その筋”のオッサンからキャバのお姉ちゃんまで幅広く、それがまた実に一刀らしい。

 及川は、本来の住人達が目を覚まし始めた街中を避け、狭い路地を通り抜けて、駅への道をひた歩く。ベテランの記者達からは、バブル華やかなりし頃の話を良く耳にする。曰く、取材であろうが飲みの帰りであろうが、タクシーなんぞ使い放題だった。

 

 

 曰く、新幹線なんてグリーンが当たり前だった――。だがしかし、及川が入社した時には既に、そんな話は神話や伝説の類に過ぎず、車のガス代ですら交通費として処理してもらうにはコツが要ると言う様な有り様だった。

ビルとビルの隙間をそそくさと歩きながら空を見上げると、コンクリートに挟まれて苦しそうな空の色が、いつの間にか藍に変わっている。及川は溜息を吐き、僅かに歩調を緩めた。

 

 確か、一刀が消えたあの時も、こんな蒸し暑い夜だった。彼が残した手紙の内容が、不意に脳裏を過る。

 此処とは違う、別の世界の事。自分の生きるべき場所は、そこあると言う事。

 長い手紙には、“外史”と呼ばれる異世界と、一刀がそこに招かれていた事が、詳細に記されていた。恐らく、気が狂ったと思われる事を覚悟の上で。

 

 実際の話、一刀とあの“化け物”との戦いを目にしていなかったら、黄金の鎧の様なモノを纏った一刀が、光の中に消えて行くのを見送っていなかったら、自分は友人の手紙の内容を信じたであろうか?

 まさか。いかに民俗学やら都市伝説やらに傾倒している自分でも、信じはしなかったろう。端から信じて貰えぬのを覚悟の上で、それでも自分だけには真実を知らせようとしてくれた(とも)の、心の内を思う。

 

「何処で何してんだよ、お前……」

 不夜城のネオンにも負けず輝き出した一番星を眺めて、及川がそう呟いた直後、背後の闇から、到底、生物の声とは思えぬ声が、染み出す様に響いた。

「見ぃつけたぁ……」

 

「は……ぁ……!!?」

 直感的に振り返ろうとした及川はしかし、その声の主の姿を見る事は無かった。首筋に僅かな痛みを感じた直後、まるで、深い谷底に落ちて行く様に、意識を失ってしまったからだ。

 闇から這い出た声の主は、巨大な牙を振るわせてほくそ笑むと、倒れ伏した及川祐の身体を軽々と抱えあげて肩に担ぎ、現れた時と同様に、音も無く闇の中へと姿を消す。

 

後には、遠くに聴こえる歓楽街の喧騒とヒグラシの鳴き声、そして、赤い赫い夏の夕日だけが残されていた――。

 

 

                                 あとがき

 

 はい。今回のお話、如何でしたでしょうか?

 前回の話が長かった事もあり、ネタ振りは全部、今回で終わらせるつもりで書き上げました。内容的には、許子将に独自解釈加えたり、一刀の妹を出したり、一刀のお父さんが実は偉かったりなど、色々と小ネタを散りばめる事が出来て良かったです。

 

 一刀の妹に関しては、他に沢山SSを書いていらっしゃる方がおりますので、まぁ、触り程度の登場にはなりましたがw及川君の描写にも、春恋乙女ネタをチョロっと入れてみたりして遊んでいます。

 次回からは、またバトル回になります。abaus様に素晴らしいイラストを描いて頂いている事もあり、俄然、頑張らねばと思う次第です。

 

 何時もの様に、支援ボタンクリック、コメント等、大変に励みになりますので、お気軽に頂ければと思います。

 また最近では、私が色々とお世話になっている小笠原樹さん、特撮義兄弟の峠崎ジョージ氏とのコレボレーション企画として、リレー式のオリジナル・ファンタジー小説の執筆中です。私の作品からレスポンスで各作家さんの作品へも飛べるようになっておりますので、こちらも皇龍剣風譚ともども、ご愛顧賜り、お気軽にコメント等頂けますれば幸いです。

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 


 
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