No.594898

XrossBlood -EDGE of CRIMSON- (クロスブラッド-エッジオブクリムゾン-) 第一話[2]

u-urakataさん

主人公登場。
ページ毎に文章数にばらつきがありますがご了承下さい。

2013-07-06 14:09:22 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:224   閲覧ユーザー数:224

 

   1‐0/

 

 血に縛られた世界。

 血と向かい合う人々。

 血に誘われる動物。

 この世界と関わった、全ての命に、血の宿縁を。

 抗うことのできない『赤』との共存。

 

 これはその一例。

 

 第一統合保護機関『ホスピタル』

 現世界を統治する機関の名称で、数ある統治機関の頂点に位置するもの。

 この機関直属の治安維持部隊『十字軍』は、戦闘部隊『クルセイダー』と非戦闘部隊(医療部隊)『ナース』を有しており、特に『クルセイダー』はこの世界特有の『力』を持つ者のみが入隊を許可された部隊である。

 

 物語に登場するは、力の発現により、クルセイダーの一員となった者達。

 彼等の力がどのように発揮され、どのような結果を招くのか。

 それは、諸刃の剣を扱う者達のみが辿り着くことを許された末路なのだろうか……。

 

   1‐1/小隊駐屯地

 

 白く清潔感が漂う佇まい。上部に青の縁取りがされた赤い十字のオブジェを施した三階建ての建造物。規模としては町の診療所、いや、見た目は小さな病院といったところか。周りの建物との情景と合わせても、赤十字の部分以外、特に目立っているわけではなく、ただそこの町に備えられた一施設として存在している。

 しかしこの建物は医療施設ではない。

 この国、いや、いまやこの世界での治安維持を目的とし、場合によっては戦闘も辞さない武装組織――ここが物語の中心、『クルセイダー・オーズ第6小隊駐屯地』である。

 

 建物の中は、窓からの光と、薄明かりの照明が室内を照らし、そこに人影を映し出している。黙々と机で作業をしていたその人影は、大きく伸びをすると、部屋の奥を見て声を出した。

「隊長ー。前回の動物探索の資料、まとめ終わりました~」

 人影はTシャツにジーンズとラフな服装をした青年だった。彼は奥にいるであろう自分の上司に聞こえるように奥の部屋へ声をかけて報告を行なう。報告と呼ぶには少々抜けている感じが漂っているが、それに応えるように返ってきた言葉は、

「ご苦労様~。随分早かったね。ちょっと話したいこともあるから、こっちに来てお茶にしましょうか」

 と、これまた似たような受け答えが女性の声で返ってきた。

「あ、はい。すぐに行きます」

 青年は資料を事務的な机上に置くと、奥にある部屋へ歩き出した。作業をしていた場所からは数歩程度の距離にある扉の前に行く。

 特に凝った造りというわけではないが、上司の部屋、ということで、

赤崎綾斗(あかさきあやと)です。有理隊長」

 軽くノックをして名乗ると、

「綾斗君、そんな固いこと言わなくてもいいから、入ってらっしゃい」

「……はい、失礼します」

 扉を開けると、いかにも上司の机――の前に置いてあるソファで白のチャイナドレスを纏った女性が、お茶を飲んでくつろいでいた。こちらが入室したのを確認すると、手に持った湯飲みを机に置き、立ち上がって微笑みを向けた。

「何が飲みたい?コーヒー、紅茶、それとも私と同じ緑茶にする?」

「ええと、コーヒーを頂こうかと。ブラックでお願いできますか?」

「わかったわ、座って待ってて」

 そういうと慣れた手つきで準備を始めた。本来ならば、下の立場である綾斗が自分で用意するものなのだろうが、お客様や部下にお茶を出すことが私の数少ない日課、となぜか譲らないこの女性が、『クルセイダー・オーズ第6小隊隊長』綺羅川有理(きらかわゆうり)である。

 初見では物腰、言葉遣いから、なぜこの人が隊長なのか疑問に思うところがあるだろう。だが、ここでの『仕事』をすることでその疑問はすぐに吹き飛ぶことになる……。

 綾斗は、コーヒーの準備を有理に任せて部屋の入り口から見て右側のソファに腰をおろした。ソファからはティーカップやティーポット、湯飲み茶碗がずらりと並べられた食器棚が視界に入ってくる。皿の類も若干見られるが、量からしてきちんとした食事をするというよりもティータイムを室内で楽しむことを目的とした品揃えだろうか。

 余談であるが、整った食器棚とは対照的に、お湯を沸かすために隣に設置されたガスコンロはきわめて質素なものだ。食器棚は有理が自前で用意したものだが、ガスコンロに関しては施設そのものに備え付けられた備品の一つである。それも携帯タイプの。

 以前、有理が(小隊長として)中隊の駐屯地へ研修に行って帰ってきた際、

「中隊の駐屯地はガスが通っているのよ。ウチの“事務所”にもつけてくれないかしら。まあ申請しても経費云々で取り合ってもらえないのだけど」

 と愚痴をこぼしていたのを、綾斗はぼんやりと思い出しながらコーヒーが出来上がるのを待っていた。

 ちなみに、『小隊駐屯地』はあくまで名称で、その規模からして有理が言った『事務所』という呼び方が内部、外部に関わらず定着しているようだ。

「はい、おまたせ。ブラックね」

「ありがとうございます。いただきます」

 有理のいつもながらの手際の良さに感心しつつ、コーヒーを一口。ほろ苦さが口の中に広がっていく感覚が綾斗の疲れた体に染み渡っていく。書類の整理だけとはいえ、長時間紙に書かれた文章とのにらみ合いによる疲労と、単調な作業ゆえにどこらかともなく襲ってくる睡魔に一矢報いた気分になる。

「ふぅー。やっぱり隊長が淹れた飲み物はおいしいです。コーヒー一杯だけでも気分が落ち着きますし」

「うふふ、ありがとう。でもコーヒーだから私が淹れなくても気分は落ち着くわよ」

「そんなことないですよ。隊長直々にコーヒーを淹れてもらえる部隊なんて、僕らの所ぐらいでしょうし、それに隊長の気遣いが伝わってきて疲れがやる気に変わっていく気がしますよ」

「もう。おだてても、出せるのはお茶請け位よ」

 そんな何気ない会話をしていると、

「……で、話というのは、なんだ」

 唐突に、綾斗の背後から、低い声(と何者かの気配)がした。半ば条件反射のように後ろを向く。

「カ、カルマ副長。……い、いつからそこに!?」

「……お前が入ってくる前から、ずっとここに」

「ニース。綾斗君が驚くような登場をしないの。入ってくる時に隠れたりして。まあ、気配が時々消えるのは体質だから仕方ないけど」

「……別に隠れたわけではない。動物探索の際に出会った……リスに餌をあげていた」

 綾斗の背後から現れた人物は、カルマ・ニールメスタ。オーズ第6小隊副長であり、隊長の有理とはクルセイダーに入る以前、十年以上の付き合いだそうだ。彼女はニールメスタを略し『ニース』と呼んでいる。2m近い身長で言葉数も少ないが、動物(特に小動物)に好かれる等、「気は優しくて力持ち」を体現したような人物である。彼にしても性格上、副長らしくないと思われるが、有理同様、『仕事』を共にしていると副長格であることも綾斗は思い知らされていた。なお、気配が時々消える、というのは『力』の副作用らしい。

 今日はどうやら、前回の任務で遭遇した小さな客人のおもてなしをしていた都合で、綾斗へ気が回らなかったのだろう。しかし、そう遠くない所に動物たちが棲む森林がある土地だとはいえ建築物が並ぶ都会にリスが訪ねてくるとは、よほど動物に好かれやすい人物であるといえる。

 客人の退室を確認したカルマは、こちらの会話に合流したのだが、その間、気配が消えていたため、結果、視認していなかった綾斗を驚かすことになった。

「時期から推測するに、連続火災の件か」

 すると、有理は飲んでいた緑茶を机に置き、反対側の2名に目を向けた。

 心持ち、その場の空気が強張った気がした。

「察しがいいわね。ここ最近、時間帯、場所、規模の大小問わず、断片的に続いている不審火の事よ。上層部が出した結論を先に言うわね。今回の不審火、いや放火事件は、カテゴリー『XB‐b』(通称・フォーム)として処理せよ、とオーズ第6小隊に通達してきたわ」

「カテゴリー『XB』って、……やっぱり、『クロスブラッド』ですか」

 事件のことを以前から聞かされていた綾斗達には予想できていた事態だが、心の内は曇り掛かっていた。

 

   ***

 

 クロスブラッド。

 畏れられる混血。

 この世界に血を持って生まれた生物は、必ず体のどこかに十字の痣を持って生まれてくる。

 個体差、個人差があるが、その痣から突然出血をすることがある。

 そして出血後間も無くして、一種の錯乱状態に陥る。(血の覚醒)

 この時、錯乱状態を抑える『ワクチン』を投与して、正常の状態に戻ることができた者は以後、接種したワクチンを取り除いた時にのみ、各々特殊な能力『ブラッドフォーム(血清開放)』を発揮することが可能になる。このプロセスを通過したものの総称を『クロスブラッド』と呼んでいる。

 だが一方、出血の錯乱状態を放置した者、ワクチン投与にも状態の改善が見られず、症状の悪化、暴走を起こした者は、破壊衝動に駆られる『狂血者(狂血症)』となるため、クルセイダーにより捕縛、最悪の場合、処分されることになる。

 ホスピタル十字軍上層部の見解では、クロスブラッド関連の事件を、狂血者による事件『XB‐a』、ブラッドフォームを使用した犯罪『XB‐b』として区分けしている。

 こうした事例は、特殊能力を使う者が起こすため何が起こるか想定できない。当然、各自治体の自警団や、今となっては衰退の一途を辿る警察機構ではクロスブラッドに対抗する手段は脆弱だといわざるを得ない。そこで辿り着いた選択肢が、クロスブラッドにはクロスブラッドで対抗する、ことである。

 現世界でクロスブラッド戦闘の組織的運営が現在確立しているのは、軍隊を持つ国ごとに配備された対クロスブラッド戦を想定した特殊部隊の類と、綾斗達が所属している『クルセイダー』の2つといわれている。前者はクロスブラッド未発症者も含まれているが、後者はクロスブラッド発症者のみで構成された部隊である。

 つまり、クルセイダーである綾斗達、オーズ第6小隊のメンバーは全員クロスブラッド発症者であり、それぞれ特殊な能力を行使することができるのである。

 

   ***

 

「同じ人種同士で傷つけ合うのは気が進まないけど、やらなくちゃいけない。今回は『XB‐b』。能力に振り回されているのではなく、意志を持った者が力を悪用し犯罪を起こしている。伝令によると、奇跡的にまだ死亡者は出ていないみたいだけど、おそらくは時間の問題。いつまでも、たまたま、なんて悠長な構えはいけないわ」

「……解っています隊長。確かに何の感情も抱かず任務を遂行するということは、正直僕にはできません。けど、だからといって、見えない、聞こえないという訳にも行きません。僕らが止めないと被害は広がるばかりです。それ以上にみんなの大切なもの……形が有るものも無いものも壊されるわけにはいかない。だからこそ、僕は、クルセイダーに入ったのですから」

「そうね。綾斗君は『XB-b』の事例をあまり受けたことが無いからもっと反発するものと思っていたけど……その答えはクルセイダーとしては及第点といったところね。言うとおりこれ以上の被害は阻止しないと。だけど、あえて付け加えるなら」

「えっ!?まだ足りないものが?」

「……クルセイダーになったのは、お前だけではない」

「そういうこと。何も綾斗君だけが、全て背負うことはないの。私達は一つのチームなのよ。同じ目的を持つ者ならばなおさら。仲間と共に立ち向かうことができる。他人と手を取り合うことができる。人間だからこそできること。今はまだ理解できないことのほうが多いだろうけど、忘れないでいると後々の人生の支えになると思うわ」

「……師匠の言葉から、抜粋」

「いいの。私が伝えておきたかったのだから。簡単に言うと、力を合わせて頑張りましょう、ということなの」

「はい、わかります……。すみません。なんだか気張ってしまったみたいで」

「……問題などない。もし危うくなったら、……我が力を貸す」

「副長……」

 綾斗は、カルマが普段言葉にしない一人称である『我』を使ったのを聞いて、とても心強い感じがした。

 以前有理から、普段口にしないからこそ、カルマが『我』を使うときは強い意志の表れが出ていると教えてもらったのを思い出した。それは彼が綾斗を仲間として認めている証明ということになるだろう。

 正直なところ、自分を助けるため、というのは自分の頼りなさに少しへこむところもあるが反面、嬉しくもあった。

「それじゃあ、ここからは業務に則ってちゃんとしたミーティング、といきたいけど……その前に」

 ふと、有理は立ち上がると扉の方へ視線を向けた。

「戻ってきているのはわかっているわ。聞き耳立ててないで入ってらっしゃい。あなたも第6小隊の一員なんだから」

「…………」

 扉の向こう側に誰かいる。そのことは入室した際カルマのことを感じ取れなかった綾斗でも気づいた。

「…………」

 しかし、扉が開く様子は無かった。そこへ、

「もう、いつもこうだから困るわ。彼の趣味に合わせないといけないのはちょっと疲れるけど、仕方ないか」

 ため息を漏らしながらそういった有理はいつの間にか扉の前にいた。なぜか戦闘時に帯刀している彼女の武器、青龍刀『開燕(かいえん)』を手にして。

「入ってきなさい。でないと……」

 深呼吸をした後。

「その扉ごと刺し貫くぞ!!!!!」

 普段の有理とは違う張りと冷たさを含んだ口調で声を荒げた。

 声だけではない。

 体からは、何かおぞましいものが吹き出ている感じがした。

 戦いの場にまだ居合わせていない綾斗の本能は生まれて初めて、これが『殺気』であると感じ取った。

 有理の前方に存在している鋭利な空気が、扉を破壊できるのではないかと思えたそのとき――

 怒声と殺気をぶつけられた扉がギィィと音を出して少しずつ開きだした。

「いやー、姐さんのその怒声、いつ聞いてもしびれますなぁ~」

 そこには悶えながらも瞳を輝かせている人物が立っていた。

 額に緑のバンダナと黒縁眼鏡をかけた青年。服装は十字軍支給の制服を着ているのだが、態度が実に怪しい。

 かなりの不審人物に見えるが綾斗達はもちろん、他のメンバーも馴染みのある顔であるため、その場にいる者はその不審者を除いてあきれた表情をしている。

「まったく、誠君。盗み聞きする様な事はやめなさいといつも言っているでしょう。それに、この問答も」

「でも~、そういう戦闘時の姐さん、すごくカッコいいっすよ~。初めて見たとき惚れ惚れしました!」

「だからといって、私の部屋に入る度にこんなことさせないの。確かに非常時はこうなるのも事実だけど、普段の行動ですると作らないと出ないから疲れるのよ」

「そこはそれでいいんですよ~。穏やかで清楚な普段の姐さんが、キャラを作って凄みをきかすなんて……なんていうか、そこがたまらないんですよ~。そう!これは一種の『萌え』なんです!!」

 綾斗達も近年世間に浸透してきた『萌え』の定義がわからない訳ではないが、それにしても、凄み=萌えに繋げるこの男、クルセイダー・オーズ第6小隊最後のメンバー、加弥誠十郎(かやせいじゅうろう)は、やはり、変人、もとい独特な雰囲気を持った人物であることは間違いないといえるだろう。

 そんなことを考えていると――

「?」

 一瞬、何か風――のようなものが部屋の中を駆け抜けた感じがした。

 特に窓が開いているわけでは無いのだが。

「……わかったかしら?」

「……はい……すいませんでした」

 どうやら二人の会話が終わったようだ。

 だが、暖簾に腕押しな会話をしていた二人がこうもあっさりと話を切り上げられるものだろうかと思っていた綾斗は、誠十郎の下に転がっている物に気がついた。

 それは、緑のバンダナと、黒縁眼鏡。

 真二つになった、バンダナと眼鏡。

「……ええっと」

 ……

 ……

「斬った」

 いつの間にか隣にいたカルマが呟いた。

「え?」

 彼の話だと、なおも意味不明な力説を続ける誠十郎に呆れた有理がバンダナと眼鏡を一閃。数秒の硬直後、話がおわったらしい。

 ただ、扉越しの時のように、殺気は出さず、ただ、武器を振り下ろした。ほぼ刹那の瞬間に。

「余談は終わり。ミーティング始めるから集まって」

「……集まるぞ、綾斗」

「あ、はい。加弥先輩も行きましょう……よ?」

 先ほどの風切音を理解した綾斗は誠十郎に話しかけようとしたが、何か様子がおかしいことに気づいた。近寄ってみるとその変化は一目瞭然だった。

「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 どうやら先ほどの一閃がよほど応えたのだろう。謝罪と畏怖の念にかられてこちら側に帰ってきていないらしい。刃物の真価を引き出した純粋な一振りを、運悪く誠十郎は目の当たりにしたのだった。

 

   1‐2/帰宅

 

 陽が落ちて、家々の灯が闇を纏った街並みを微弱に照らす。

 ミーティングが終わり、自宅への帰路。町の南側の郊外へ通じる路地。

 綾斗はこれから起こるであろうことを頭の中で考えていた。

「うーん」

 確かに駐屯地では、決意の意を固めた発言をしたのだが、やはり彼の心は、微妙な揺らぎを捉えていた。おそらく有理やカルマは(誠十郎はどうかわからないが)そのことに気づいていたようだが、

「初めての実戦か……僕にできるのだろうか」

 当の本人はいまだ葛藤中のようだ。

「……うーん」

 唸り声と思考の整理を同時に進行しながら路地を行く。

 実戦投入が決定した今回の作戦会議は今の彼を悩ませるのに充分な話題であった。

 

   ***

 

 数時間前のこと。

 オーズ第6小隊駐屯地、小隊長室兼作戦会議室では、最近頻発して起きている連続放火事件の対策を練るためのミーティングが始まろうとしていた。

「では、無駄話も終わったところで、今回の放火事件に関する情報と解決に向けての作戦案を出していきたいと思います」

 そう言った有理自身は雰囲気こそ誠十郎の相手をする前の穏やかな顔をしているが、部屋全体を覆う空気はどことなく緊張感を漂わせている。会議の進行をする本人はあくまで穏やかに、しかし内容面に関しては事の重要性が伝わる緊張感を部屋全体で持っている。これが、この隊のミーティング、いやブリーフィングの特徴だ。

 有理の後ろには、いつの間にか引っ張りだされたホワイトボードがあり、これまでに起こった火事の件数、場所、被害の大きさ、そして、犯人の情報がまとめられていた。

「隊長、この事件。すでに犯人の素性はわかっているのですか?」

「ええ、今朝、中隊の伝令班から伝達があったとき、犯人の情報も入ってきたの。名前はガルダム・パラサンドラ。1年前まで自治体の警備員として働いていた男よ」

 ホワイトボードには20代半ばの髭を生やした男の写真が貼り付けてあった。

「警備員を辞めてからの消息はわからなかったみたい。だけど、一昨日起こった廃屋での不審火。これを起こした際、近くの街灯に設置されていた防犯カメラに映っていた。映像には血清開放から能力の発動、これによる炎を使って放火を行っていた一部始終が記録されていたわ。これを映していたカメラは3分後ぐらいに犯人に見つかって火の玉を投げつけられて燃えてしまったけど、証拠として十分な映像を撮ってくれたわ。セキュリティとしての役割を果たしてくれた」

「……それで、そいつが次に狙う標的の予測はできているのか?」

「被害のあった場所を時系列に追っていくと、駐屯地から見て南西から北西の方角へ進んでいる。被害も、徐々に大きなものとなっているわ」

「一昨日の廃屋のさらに北西となると、森が広がっていますが、次の標的って」

「…………」

「どうやら、ここで大仕事、ということでしょうね。森に火を放てば被害の拡大は免れない。最悪風向き次第では北部に広がる森林地帯は壊滅するわ。犯人の能力はかなり幅の調整ができる放火みたいだから」

「……犯人の動機はわかるか?」

「そうっす。今まで街の一部に火を放っているんでしょう?次も何かしらの建造物を燃やす可能性だってあると思いますが」

 有理はで少し思案する表情を見せた後、言葉を選ぶように話した。

「……これは私の勘になるのだけれど、彼の放火の動機は……もう無いのだと思うの」

「動機が無い?どういうことです?」

 有理の返答に困惑する綾斗だが、どうやら他の二人はなんとなく合点がいくといった感じの反応を示している。

「……『血の本能』、か」

「なるほどねぇ。そこまでいっちまったかぁ」

「血の本能……。確か、能力を使い過ぎた者は、その血に流れる本能に抗えなくなってしまう、僕らクロスブラッドの末期症状ですか」

「おそらくね。もちろん個人差があるけれどこの犯人はもう、『ただ燃やしたい』その衝動に取り憑かれてしまっているのでしょう。……私も同じ『炎』の能力者だから、その辺りは皆より解っている気がするの」

「あっ」

 そこまで言われて、有理にとっては決して他人事ではない状態に犯人が陥っていることを理解した。と同時に己の知識が浅かったとはいえ、綾斗は有理の心情を理解せずに発言をしてしまったことに後悔する。

「すみません。そこまで考えることができなくて。僕……」

「大丈夫。気にしないで。クロスブラッドである以上、仕方の無いことよ。それはここにいる全員に当てはまるものだから」

 そして一呼吸置いた後、有理は、

「はい。では、今回の作戦について説明をします。各自聞き逃さないように」

 緩みかけていた場の空気を正して、小隊長は告げる。

「犯人は律儀に3日に1度の頻度で犯行に及んでいる。したがってこのままいけば明日、次の放火に移ると予想される。そのため明日早朝より北部の森林地帯及びその周辺に建設されているビル群を中心に警備・巡回を徹底。こちらは自治体の警備員、消防隊が協力をしてくれることになっている。ニース、今回は地形の特徴を活かしてあなたに周辺警備の任を統括してもらうわ。」

「了解した。……森に放火など絶対させない」

 彼にしては珍しく気合の入った返答が室内に響いた。

「そして、肝心の犯人の確保。これには私と……今回初のメインミッションになるけどよろしくね、綾斗君。2人で頑張りましょう」

「…………」

 一瞬の間の後、

「えぇー!僕がメインの、しかも隊長と2人だけで、ですかー!」

「私と一緒では不満かしら?」

「なんだとぉ!綾斗!姐さんと2人きりなんて、なんて、うらやま、しいんだぁ。オイラはまだ」

「あなたはだまって」

「……はい、申し訳ありません」

「不満だなんてとんでもありませんよ。隊長と共に任務に参加できるなんて。むしろ僕が足を引っ張ってしまうんじゃないかと」

「心配ないわ。だから私がいるのよ。そろそろ綾斗君も初陣に出さないとね。仲間であり、戦力だから。それに会議前に言っていた決意を実行するにはちょうどいいかもね」

「隊長……。わかりました。赤崎綾斗。全力で任務に当たります!」

「ふふ、その意気はいいけれど焦らないようにね」

「はい!」

「大丈夫かぁ~?」

 誠十郎が不安そうな顔を浮かべているが、隊長、副隊長はなにやら嬉しそうだ。

「それと誠君。サブの後方支援お願いね。他の隊のヘルプで疲れているところ悪いけど」

 なにやらついで、といった感じだが、任務を任された誠十郎は、

「は!加弥誠十郎。全力で任務に当たります!」

「誠君、綾斗君と全く同じこと言ってるわよ」

「え、そんな!つっこむところそこ?もっと他に何か」

「ないわよ」

「そんなぁ、姐さん、なんかつめたい~」

「…………」

 無言のまま流し目で、関心なさげに誠十郎を見つめる有理。

「……いえ!じ、十分です……」

 何かを感じたのか、誠十郎の方から目を逸らした。

「……」

 数秒の沈黙の後、小隊長は締めの言葉を述べた。

「作戦開始は明日午前0時から。24時間の間に仕掛けてくると思われる。細かな指揮は現場での伝令に従うこと。各員気を抜くことなく任務を遂行せよ。以上」

「了解!!」

 

   ***

 

「やっぱり今、考えていてもしょうがないか」

 様々な葛藤と、作戦の回想を頭の内で整理しているうちにどうやら我が家まで辿りついたようだ。周りの建物と比べても代わり映えの無いマンションの201号室。いや、一応『ホスピタル』が運営しているのでそこが他のマンションとの違いといえなくも無い。

 部屋の前、白い扉に付けられたドアノブに手を伸ばし回すと。

 ガチャ、ガチャ。

「あれ、鍵がかかってる?」

 やや疲れた仕草で自分のポケットを探り、鍵を出す。鍵穴に入れると主人を迎えるようにスムーズな動きで回った。

「ただいま~。理莉(りり)、いるか~」

 玄関で声を出すが反応は無い。

 靴を脱いでキッチンに面した廊下を進み、リビングに入る。と、部屋の中心に置いてあるテーブルの上には書置きが残されていた。

 

『兄さんへ、お仕事お疲れ様です。私は今日から検査入院です。一週間程留守にしますので宜しくお願いします。今日の晩御飯、カレーを作っておきましたので食べてください。理莉より』

 

「しまった。あいつの入院、今日からだったのか」

 元から体が弱く病院へ通院していた綾斗の妹。3年前の事故で両親を亡くしてからは、兄妹で生活をしてきた。たとえ病弱でも笑顔を絶やさない性格に綾斗は心配と安心を妹に感じていた。ここ最近では綾斗が駐屯地の仕事(主に書類整理だが)で忙しく、帰宅しては寝るだけの生活を送っていたため今回の検査入院を知らずにいたのだ。

「忙しかった……は只の言い訳になっちゃうな」

 誰に語るでもなく一言つぶやく。

「明日の仕事が終わったら、病院に顔を出そう」

 沈んだ感情をもどしながら、今は妹が作ったカレーを温めて食べることにした。鍋を火にかけなおすと独特のスパイシーな匂いが部屋を包んだ。

「そういえば、加弥先輩がさっきみたいなセリフ聞いたら、ツッコミをいれてくるのかな。確か、し、し」

 (死亡フラグだぜ。綾斗!)

 一瞬、脳裏に誠十郎の姿がよぎった……ような気がした。

「そう、死亡フラグだ。…………あれ、なんかまずくない?」

 今日はやたらと独り言が多いと思いながらも夕食をたいらげると、

「よし、今は休もう。あと数時間で作戦の開始になる。休める時に休んでおかないと」

 仮眠をとるために横になると、綾斗の脳裏には今日告げられたことが瞬時に巡った。

「戦いはおそらく避けられない。だけど最善は尽くす。そして皆で戻ってくるんだ。……あれ、これもまずかったですか加弥先輩」

 何か不安げな言葉を残しつつも自分の決意を再確認しつつ、戦士となる予定の男は眠りに着いた。

 

 作戦開始まで、あと4時間を切ろうとしていた。

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択