No.593612

cross saber 第21話 《聖夜の小交響曲》編

九日 一さん

「はたらく魔王さま」終わってしまいましたね。 自分は結構好きだったのですが…………。


今回の最終シーンで久しぶりにーーーー実に6話、2ヶ月半ぶりにあのキャラクターの登場です。 もし覚えている方がいたら、作者、彼女もろとも、部屋が海になるくらい泣いて喜びます

2013-07-02 16:34:19 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:474   閲覧ユーザー数:474

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21話~闇に消えゆく~ 『聖夜の小交響曲(シンフォニア)』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side イサク】

 

南方で、さらに大きな黄金の柱が一筋立ち昇った。 突如として押し寄せてくる、膨大で温かい衝撃波。

 

「!!!」

 

 

ーーーーあれは………なんだ?

 

 

あの方角は、先刻にカイトの《ギルト・クルセイダー》が高らかに吼え猛った辺りだ。 普通に考えればあの火柱もあいつの剣技であろうが、それにしてはあまりにも規模が大き過ぎる。

 

今の自分の状況も忘れ、記憶の箱を漁ると、思い当たるところがあった。

 

「まさか…………」

 

 

 

《ゴールデンタイム・バイオレーション》

 

あいつが一度だけその剣技の名を口にしたことがあった。 実際に使用するのを見たことがなかった、それもそのはず、あいつ自身その剣技を『死の危険がめっぽう高い時にしか使えない』と言っていた。 ともすれば、あいつは今、その絶体絶命の状況にあるのだろう。

 

それなのに、俺はなにをしてるんだ!?

 

 

 

「後ろがガラ空きだよ。 少年」

 

「………っつ!!!」

 

緩慢な動作で振り払われた真紅の洋剣を反射的に後ろ手で防ぎ、振り向きざまに無音の気勢とともに連撃を繰り出す。 が、あっさりとかわされる。

 

弄ぶように次々と打ち出されるアルフレッドの軽快な一太刀一太刀を必死で受け、かわしながらも、俺の中で渦巻く一つの想いは肥大化していく。

 

 

 

 

ーーーーくそ。 くそ。 くそ………!!!

 

 

 

 

なんで俺はこんなにも無力なんだ!?

 

死を覚悟で振るう剣は、目の前の余裕綽々のままの男に傷一つつけることもできない。

 

なにが「皆を護れる力を手にしたい」だ。 今の俺のどこにその理想の帰結が見受けられるだろう。

 

貧弱に成り果てた思考は俺を蝕み、今にも最後の気力を喰いつくそうとしてくる。 だがーーーー

 

 

「………諦めるわけには……いかねぇんだよっ!」

 

 

理想が遥か遠くとも、絶望に道を塞がれていようとも、諦めるわけにはいかない。

 

皆がそれぞれの決死の戦いをしている中で、無意味に殺されるのだけはごめんだ。

 

 

俺は狂ったようにーーだが、生きるために吼え、限界を越えんと一心に剣戟を放ち続ける。

 

ーーーーとその時。 今まで緩慢ながら漬け込むタイミングすらも見せなかったアルフレッドに明らかな隙が生じた。 俺への集中力が何かに惹きつけられたかのようにプツリと途絶え、剣筋が鈍ったのだ。

 

「………!」

 

無論。 この好機を逃す訳にはいかない。

 

俺は即座に加速して間合いまで肉薄すると、全体重を乗せた連撃を放った。

 

 

 

蒼日月(あおかげつ)ーーーー」

 

 

 

右からの上段斬り。 遠心力の任せるままに身体を一回転させもう一度それをなぞり、二度目の回旋に捻りを加え今度は左上から斬り落とす。

 

男は注意が散漫になっておりさすがに反応が遅れたが、その三連撃はやはり危なげなくかわされる。

 

だが、この蒼日月(・・・・・)はここで終わらない。

 

 

俺は蒼白い光芒を纏ったままの愛剣を握る手の力を緩めることなく、振り切った右腕を無理やり引き絞った。 そして黒塗りの闇夜に、蒼い三日月をさらに三つ描き出す。

 

 

 

 

「ーーーー水無(みずな)!!!」

 

 

 

 

 

 

片手剣六連続斬り。 《蒼日月・水無(あおかげつ みずな)》。

 

 

その最後の一撃が男のワインレッドのスーツを斬り裂き、確かにその腕に傷を刻んだ。

 

「ーーーーっし!」

 

「ふむ………」

 

俺の刹那の奮起に動じる風もなく、しかしてアルフレッドは落ち着いたステップで後退し、先ほどよりどこか沈んだ真鍮色の瞳で北側を南方をみやった。

 

一転。 目の前にいる俺のことなど気にもしない様子でじっとその方角を見つめ続ける男に対する不審感が湧く。

 

斬り込むこともできようが、それでも意表を突くことなどできないのは百も承知であるため、俺も動きがあるのを待つ。

 

 

ーーーー何を感じ取ったんだ?

 

 

奴が見ているのはカイトのいる方向ではない。 なら、こいつは一体何に、そんなにも気を引かれているのか。

 

 

 

答えは、数秒と経たずにやってきた。

 

 

「………っつ!!?」

 

身体にまとわりついてくるような、生温かく、粘ついた風。 そして、悲鳴を上げているかのように甲高くーーーー人間的な獣の雄叫び。

 

 

風の吹き付けてきた方を無表情に眺めていた男の口が僅かに動き、どこか哀愁を漂わせるような音を発した。

 

 

「そうか………。 あの黒髪くんは、君がその道を選びとらざるを得ないだけのーーーーー能力的、精神的な強さを持っていたのか。 …………冥福を祈るよ。 ミーリタニア」

 

男はどこにともなくそう囁くと、目を閉じ、黙祷を捧げるかのように沈黙した。 やがて、鈍い光をともした灰色の双眸を持ち上げた男は、突如として洋剣を振りかざした。

 

 

「ーーーーー!!!」

 

 

だが、瞬間的に身構えた俺が予期していたような事態は起きず、あるいはそれとは真逆に、奴は驚くべき行動に出た。

 

 

 

「さてと。 今日はこれでお開きにしようか、少年」

 

 

「なっ!?」

 

 

奴は下方に一払いした洋剣をするりと背の鞘に収めながら、そう切り出したのだ。 奴の真意が飲み込めないまま、俺は唖然として攻撃体制さえも緩めてしまった。

 

 

「………何言ってんだよあんた。 向こうで起こったことと関係があるんだろうが…………」

 

「おそらくもう亜獣滅却の任務は遂行不要。 サンプルの回収もろくにできるか分からない。 大事な仲間を失ったからには、今の俺に目的もなく任務を遂行する必要もない。 それに俺はもともと殺戮が嫌いでね」

 

 

俺の問いに、アルフレッドはやはり感情の読み取れない瞳のまま肩を竦めてみせる。

 

「君と戦う理由というのも、こちらとしてはない。 それに、君はここで死なせるには少々もったいない人材だ。 俺はエンターテイメントは後にとっておく主義でね」

 

腹の黒い雲が空を流れていく。 男の双眸に映し出されている自分に、俺は軽い抵抗を覚え、強く唇を噛んだ。

 

「………ああそうかよ。 でも、こちとらはいそうですかとすんなり引き下がるわけにもいかねぇんだよ」

 

しかし俺が低くつぶやくと共に剣を構え直してもなお、奴は挙動一つせずに色の無い眼差しを俺に向け、静かに言った。

 

 

「分かっているんじゃあないか、少年? 俺が本気を出したなら、君は巨人に挑むアリの如く簡単に踏みつぶされるのだと」

 

「……っつ‼ …………あぁ、認めたくはねぇけどどうやらそれは理解してしまったみたいだ。 この軟弱な脚は今にも逃げ出そうとしてる。 だけどな、それでもここは死守する」

 

 

突きつけられた自分の弱さを認め、それでも俺は剣を下ろそうとはしなかった。 そんな俺を見つめる男が、微かな賞賛を表情ににじませたかと思うと、やれやれという調子で二、三度首を振った。 そして、シルクグローブに包まれた長い指が俺の背後を指す。

 

「ふぅ………。 分かっているよ、少年。 俺は今日のところは君の友人に手を出すつもりはない。 …………まあ、それでも俺を止めようとするのなら、そこにいる可愛らしいレディの身にも危険が及ぶかもしれないが…………」

 

「!」

 

振り返るまでもなく俺は男の言う意味を悟る。 背後の岩陰に仰向けで寝かせていたハリルのものであろう、衣擦れの音と小さな吐息が耳に届いた。

 

「それだけは絶対にさせない………!!!」

 

俺がより一層殺気を巻きたてるようにしてそう言うと、奴は何故か満足げに頷き、流麗に身を翻して俺に背を向けた。 そして、戦う前も、その最中でさえも変わることのなかった声音でこう言い残し、闇に向かって歩みを始めた。

 

 

「それでこそ俺の見込んだ剣士だ。 次に逢う時には、俺に本気で剣を振らせるだけの力量をもっていることを願うよ」

 

 

「………………っ」

 

 

 

音もなく夜の中へと消えゆくアルフレッドに俺は結局なに一つ言い返すこともできず、ただただその謎めいた後ろ姿が小さくなっていくのをみつめていた。

 

 

 

血がにじむほどに握りしめていた左手をようやく開いたのは、背後からゆっくりと近づいてくるハリルの気配に気づいた時だった。

 

 

「イサク君……………」

 

 

意識がまだ覚醒し切っていないのか、語尾が若干ぼやけていたが、俺はほんの数十分前に聞いたはずの澄んだ声がとても懐かしく感じ、少し時間をかけて、心配させまいと多少強引に笑顔をつくった。

 

 

「よ。 元気で良かったよ、ハリル。 色々とサンキューな」

 

 

精一杯に取り繕ったつもりだったが、それでもなお心配そうにしている彼女のあどけない表情を見てーーーあるいは紛いなりにも安堵したからなのか、俺の中の一つの感情が蘇った。

 

それはすなわち、戦闘中は無理やり意識の外に追いやっていた、あの男に対する恐怖。 死に直面する恐怖でもあり、自分のすべてを完全に否定される恐怖でもある。

 

一度湧き上がってきたそれはとどまることを知らず、加速度的に俺を飲み込もうとしてきた。

 

 

全身に悪寒が走る。 痺れたように感覚がなくなり、小動物のような小刻みな身の震えが止まらなくなる。

 

俺は自分の顔がハリルの前で今にも歪みそうになるのを感じ取るとほぼ同時に、ハリルを胸に抱き寄せていた。

 

 

「イ、イサク君…………?」

 

 

半分閉じていた彼女の玉のような瞳が一気に目一杯まで開いたが、朧げな意識の中であったからであろうか、ハリルは普段の大仰なリアクションもせずに硬直した。

 

俺はそんなことも気にせずに、生命の証を求めるように彼女の華奢な背中に回した手に力を込め、極力声が震えるのを抑えて言った。

 

 

「悪い………。 ちょっとこのままでいてくれないか?」

 

 

その言葉に彼女は無言で小さく頷くと、俺の胸に顔をうずめるようにして錦糸のようにか細い声で言った。

 

 

 

 

 

「……………私でよかったら、何時間だってこうしてるよ………」

 

 

 

 

 

いつもならあんなに幼くて小さく感じられるハリルの身体が、今の俺にはなによりも温かく感じられた。

 

 

 


 
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