No.592781

恋姫短編 本日晴天なり。

y-skさん


偶にはこんな日もあるじゃないというお話。
賑やかさが伝わればいいなと思います。

2013-06-30 08:53:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2162   閲覧ユーザー数:1866

「味が薄い。具材が均等に切れていないから、火の通りもバラバラ。鍋の振りが甘い、玉子がばらけず玉になっている。」

 

 

黄金に輝く髪をくるくると巻いた少女。曹操、字を孟徳。真名である華琳の方が馴染みのある者は多いかも知れない。

彼女は、小皿に盛った炒飯を口に運ぶと無下もなくそう言い捨てた。

その辛辣な言葉に、「うぅ……。」とがっくり肩を落とし項垂れる少女がある。

劉備、字を玄徳。こちらも桃香といった方が馴染みがあろう。

桃香はいじらしく胸の前で両の手の人差し指を合わせ、自分よりも背の低い華琳へと器用に上目遣い。駄目? と小首を傾げてみれば、駄目と言える男は恐らくいない。

しかしながら、相手は料理に五月蝿い曹孟徳であり、世の男性に効果覿面のその仕草も同性に対しては全くの無力である。

 

「駄目よ。やり直し。」

 

額に僅かな青筋を立てながら華琳は言う。

彼女の仕草が気に触ったのか、はたまた両の手のを合わせたせいで強調された女性らしさが憎いのか。

どちらにせよ、言及は避けるべきである。

 

「……もう少し、もう少しだけ待っててね? ご主人様。」

 

瞼を濡らして、酷く済まなそうに声を掛ける。そちらにはぐったりと卓に半身を投げ出した若い男がいた。

最早声を出すのも億劫と、力なく腕を上げて答える北郷一刀である。

 

「行儀が悪いわよ。もっとしゃんとしなさいな。」

 

溜息混じりに華琳は言うも、男は卓に伏したまま。一刀の態度も詮なきことであった。

 

 

事の起こりはお日様が一番高くに上がる頃、街では料理人たちが大童な頃である。

「今日のお昼はなーにっかな?」と、うきうき気分で一刀が厨房へと向かえば、珍しい光景が広がっていた。

わたわたと忙しない手つきで炒飯を作っている桃香の姿である。

 

「料理の練習か?」

 

そう彼女に問いかけると、余りに集中、余りに余裕のなかった桃香は、いきなりの声に「きゃあ!」と驚く。

それだけならば良かったものの、いざ割らんと彼女の手には生卵。ぎゅうと握られ手はべたべた、鍋は殻殻。やっちゃったぁと肩を落とす少女の姿。

 

「ごめん、驚かすつもりは無かったんだ。」

 

慌てて言うも彼女の顔は晴れぬまま。せめてもの償いに、と一刀が味見役を買って出ればより一層と曇らせる。

最早泣き出す寸前となった少女に、どうしたものかと男は頭を悩ませる。全くのお手上げと、途方に暮れていた所ぽつりぽつりと桃香は口を開いた。

 

「日頃ね、頑張ってるご主人様にお礼をしようと思ってたんだけど……。

 ごめんね、失敗しちゃった……。作り直すから、待っててくれると嬉しいな。」

 

瞳に涙を湛えて儚げに微笑む少女。その姿に、何も思う所がない者など居るのだろうか。いや、居りはしまい。

じんじんと胸の奥へと込み上げる温かさに、北郷一刀は打ちのめされた。

どこから出したのか、男の手には白磁のレンゲ。鍋へと直接伸ばせば、少女は慌てて失敗作を遠ざける。

 

俺が食べる、いいえ私が、と仲睦まじくすったもんだとしている内に、ふらりと厨房を訪れたのが曹操こと華琳であった。

 

「何をやっているのよ?」

 

そう口にするも、涙目で鍋を隠そうとする桃香と、中国拳法さながらの動きでレンゲを繰り出す一刀の姿に、ははんと彼女は思い至る。

大方、失敗しても食べると一刀が張り切っているのだろうと当たりをつけた華琳は、お人好しと小さく笑った。

男の襟首をぐいと掴んで、「男に意地があるように、女にも意地があるのよ。」と無理矢理に引き離し桃香に柔らかく微笑みかける。

 

「華琳さん!」

 

ほっとしたように声を上げる彼女へ軽く手を振って応えると、未だ不服そうにしている男へと目を向けた。

 

「貴方の気持ちも充分に分かるけれど、美味しい物を食べて貰いたいという彼女の気持ちも分かりなさい。」

 

そう言われてしまえばぐうの音も出ない。わかったと男は卓に着く。そして、「期待しているよ、桃香。」と言えば、彼女の顔はぱァっと明るくなった。

桃香は向日葵のような笑顔で、「うん!」と元気よく頷いた。

 

 

それが今はもう随分と昔のことである。

気づけば既に日は大きく傾き、橙色の光が窓から差し込んでいた。にも関わらず、未だ一刀の元には昼食が運ばれて来ていない。

始めはしゃんと伸びていた背も、今では段々とへこんでいる腹を慰めるかのように前方へと大きく投げ出されている。

終ぞここに至れば、男には茶色の卓が大きなステーキにでも見えているだろう。

 

あの時、厨房を訪れたのが華琳であった。それが三人にとっての不幸であった。

自身が監督するのならば必ず美味しいものをと意気込んだ結果、出来上がったのは失敗作の数々。

中には充分に食べられるものも多くあった。あったのだが、華琳が求める段階には達して居らず、告げられるはやり直しの一言ばかり。

その結果、一刀は腹を空かせて崩れ落ち、桃香はひたすら鍋を振り、華琳の胃袋には普段の食事量の倍近い炒飯が収められているのである。

 

さて、そんな騒ぎが延々と続けば人が寄ってくるのも当然であった。

最初は三人だった厨房に一人、また一人と増えていく。

お相伴に預かろうという者、自身も料理を習おうという者、彼女らを肴に一杯やろうという者、挙げ句の果てには憎っくき男にちょいと一服盛ってやろうという者まで様々である。

あれだけ響いていた包丁と俎板の小気味の良いリズムは最早喧騒に掻き消され聞こえなくなっていた。

集った人々は好き勝手に騒ぎだて、たちまちに大宴会の体をなしはじめる。

 

 

「蓮華様も習って来なされ。良い機会ですぞ。」

 

「き、今日は駄目よ。華琳相手だと心の準備が出来てないわ!」

 

「心の準備って、なんでそんなものがいるのよ? さっさと祭の言う通り行って来なさい。」

 

「ね、姉様っ! 急に押さないで下さい!」

 

「雪蓮、お前こそ料理の一つや二つ覚えたらどうだ。」

 

「やァーね、冥琳。私、食べるひとー。」

 

 

「いやはや、酒というのは静かに飲むのも良いが、賑やかな所で飲むのもまた一興。惜しむらくは、メンマがないことですな。」

 

「全くじゃの。メンマは知らぬが騒ぎを肴に飲む酒は旨い。ほれ、焔耶。ぼうっとせんでお前もちょっと行ってこい。」

 

「いえ、私は桃香様の手料理を食べるためにいるのです!」

 

「威張って言うことか。全く……。」

 

「お母さん、璃々もやりたーい!」

 

「あら、じゃあ今度一緒にやりましょうね?」

 

「うんっ!」

 

 

「一刀ー! ちぃ喉乾いたー!」

 

「ちぃ姉さんたら……。それくらい自分でやりなよ。」

 

「嫌よ、面倒くさい。何のために一刀がいると思っているのよ。」

 

「少なくとも、ちぃちゃんの世話を焼くためじゃないと思うなぁ。一刀は私のものだもの。」

 

「ちょっと、勝手なこと言わないでよ! 一刀は私のなの!」

 

「……頑張って、一刀さん。」

 

 

「恋どのぉー! どこですかぁー? 恋どのぉー!」

 

「……ちんきゅ、こっち。」

 

「おお! 恋どのっ! 今行きますぞー!」

 

「私がやるから、月は休んでなさい。」

 

「ありがとう、詠ちゃん。でも、手が足りないと思うから。」

 

「平気よ、みんな勝手に騒いでいるだけだから。」

 

「それでも、ね?」

 

 

「肉発見! 者ども突撃にゃぁぁ!」

 

「とつげきにゃー!」

 

「とつげきするにょ!」

 

「……とつげきにゃあ。」

 

「あぁー! それアタイの肉だぞっ。」

 

「自然界は焼肉定食。早いもの勝ちだじょ。」

 

「それを言うなら弱肉強食なのだ。そーいう訳で、愛紗の肉は貰ったー!」

 

「こ、こら! 行儀の悪い……。」

 

 

「七乃ぉぉ、麗羽姉さまがいじめるのじゃぁぁぁ。」

 

「ちょ、ちょっと人聞きの悪いこと言うのじゃありませんわ! わたくしはその蜂蜜を少し下さらないか聞いただけじゃないですの!」

 

「ひどいですねー。麗羽さまったら、こんな小さい美羽さまから大切なもの奪おうとするなんて。名家の風上にも置けないですねー。」

 

「言ってくれるじゃありませんか。

 そこまで言うのでしたら、態々美羽さんから分けて頂かなくとも結構! 斗詩さん、ちょっと行って買って来なさいっ!」

 

「い、今からですかぁ?」

 

 

「季衣、そこのお皿取って!」

 

「はいよー。あ、これ食べて良ーい?」

 

「いいけど一つだけね。」

 

「ありがとー!」

 

「流琉。私も何か手伝おうか?」

 

「白蓮さん? 助かりますけどいいんですか?」

 

「構わないさ。麗羽の所にいるよりは随分と楽だよ。」

 

 

「まぁ、これなら良いでしょう。早く一刀の所に持って行ってあげなさい。」

 

「はい! 華琳さん、ありがとうございました。」

 

「これくらい構わないわ……と、言いたい所だけど、この前教えたことまで忘れてたじゃないの。

 上手くなりたいなら、日頃から練習なさい。」

 

「わ、分かりました。」

 

桃香は、たははと笑う。そんな彼女を眺める華琳はやれやれといった風情であった。

 

「いつの間にか、賑やかになったものね。」

 

「そうですね。」

 

少女二人が振り返った先。

そこでは人々が好き勝手に騒いでいる。

翠は蒲公英を追い回す。桂花は臥竜、鳳雛を相手に何やら演説をうっている。

春蘭を秋蘭が宥め、それを笑いながら酒を飲む霞。どこから湧き出たのか、半裸の漢女が二人。

孫呉の幼き姫君は明命に背後から抱きつきご満悦である。

室内は混迷を極め、混沌としていた。そこら中から酒の匂いが漂い、げらげらと笑い声が響く。

既に何人かは酔いつぶれ、重なるようにして眠っている。そこへ思春が亞沙を引き摺り、そして捨てていく。

正に死屍累々といった有様であった。

 

「何というか……収拾はつくのかしら、これ。」

 

本日何度目ともなるか分からぬ溜息を溢し、華琳は肩を竦めた。

桃香の笑い声もどこか乾いたものである。

 

「ま、まぁ皆楽しそうで良いじゃないですか!」

 

気を持ち直して、桃香は言う。この光景こそ、自分たちが望んだものであると。

 

「そうね。偶には、こんな日も悪く無いわ。今日は私も飲みたい気分よ。

 貴女も部屋まで付き合いなさいな。静かに、二人きりというのも良いでしょう?」

 

「はいっ。」

 

 

厨房の灯は夜通し灯り続け、遂には消えることはなかった。

明くる朝、大部分の官僚が使いものにならなかったのは言うまでもない。

 

 

とはいえ――

 なべて世は事もなし。本日晴天なり。


 
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