No.59103

厨二 4

馬鹿水晶さん

若気の痛い。

2009-02-19 21:43:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:385   閲覧ユーザー数:366

 

 ギルドから呼び出しがあったのは、休暇に入って三日目のことだった。朝まで飲んで、昼ごろから惰眠を貪っていたところに、目覚ましにしては不快な音が鼓膜をノックした。思い切り殴りつけるように。

 こちらから依頼を受けに出向くのが常であり、基本的にあちらからのアプローチは無い。

 例外として、ギルドにいる傭兵では達成不可能な事件がある。その場合、各地に散らばる上級の傭兵に招集が掛かる。いや、万が一上級の傭兵が訪れていたら連絡などすることはないのだが。

 傭兵の位は最上級をSSとし、SA、SB、SC、SD、AAとランクが下がり、最下級はDDとなる。俺の位はSBであるが、基本的にS級の傭兵は 存在が少なく、招集しても全世界に1000人もいない。SSクラスだと30人程度だ。そしてそいつらは、純正の人間のくせに人間辞めてやがる。

 これが吸血鬼になると話が別になる。確認されているだけでもマスタークラスの吸血鬼は10体程度だが、それに準ずる強さを持つ連中は少なくとも2000体は存在している。先日灰に帰した吸血鬼はその内の一体だろう。こいつらが大攻勢を掛けてくるとなると、現実的に人間は滅ぶ。唯一の救いなのは、吸血鬼が徒党を組むことはほとんど無いということだ。今更だがヤツらはプライドの塊であり、下等種だと思っている人間を殺すために手を組むことはない。そこを上級、もしくは中級の傭兵が集団で血達磨にするワケだ。

 ちなみにマスタークラスの吸血鬼だけは別格だと思って良い。あいつらは、人間に手を出さない。吸血する必要がなく、その行為は純粋に娯楽のためだからだ。そして、同族に対する感情など持ち合わせてもいない。まぁ、突き抜けすぎた存在の見本だ。頭の螺子がまとめて外れてるどころか、元々用意されていない。

 まぁ、傭兵にも似たようなことがいえるのだが。主に俺の師匠とか。

 半分寝たままの状態でギルドのドアを開け、無駄に明るい室内に目を細める。外との差が激しすぎる。

「で、何の用件だ? またどこぞに馬鹿男爵でも突撃してきたのか?」

「いや、もっと深刻な話だ」

 軽い冗談を華麗に無視した男は、ギルドの第三支部を司っているディザルだ。銀縁の丸い眼鏡を掛けているのだが、いつもより俯いているためその目は見えない。不気味だな。

「各地の吸血鬼が一部に集まり始めたという情報が入った」

「……今日は4月1日じゃねぇぞ」

「冗談なら良かったがな。間諜からの情報だ。可能性があるのなら、何らかの手を打たなければならない」

「待て。マジなのか?」

「私も信じたくないのだがな」

 おいおい。現状でヤツらとぶつかったら、オーバーキルってレベルじゃねぇだろ。そもそも吸血鬼の連中が何を目的にしてるのか分からない。何か大きな祭りでもあったのか?

 最近焦臭いとは感じていたが、予想外にも程がある。

「本当だとしても、こっちは何もしてねぇってワケじゃないが、ヤツらを集めちまうほどの事件なんか無かっただろ?」

 確信混じりに戯けて笑いかける。まぁ、何かあったんだろ。

「……」

「おい。何か知ってんだろ。俺とお前の仲じゃねぇか、隠すなよ」

 両手を軽く上げ、極力フランクに表現してみた。

「どんな仲だ。気持ち悪いから二度と言うな」

 つれないな。ディザルとそんな仲になるなんて、俺も御免だ。いや、こいつ自身はかなり見た目が整ってやがる上にパートナーがいないから、そっちの気があるんじゃないかと噂になったことがある。丁度その頃に休暇を申請する傭兵が続出したのは、一部では有名な話だ。

「……吸血鬼が何故徒党を組まないのか、お前は考えたことがあるか?」

 何今更なこと言ってやがるんだ。

「あいつらはそこらのガキ共より協調性が無いだろうが」

「確かに吸血鬼は協調や協力といったものを軟弱だと捉え、蔑視する傾向が強い」

「分かり切ったことじゃねぇか」

「だが、あくまでそれは一因であり、原因ではない」

「つまり、その原因ってヤツが今回の根っこにあるのか」

「そうだ。ヤツらの力の源、それは血液に他ならないが、さらにその力を増幅させている存在がある。便宜上血の書と呼ばれているが、血の書によって与えられる恩恵の性質として、同じ恩恵を受ける他者と近づくことでその力を大きく減衰するというものがある」

「なるほどな。パーティでも組もうもんなら、問答無用でヘタレになっちまうワケか」

 そりゃ面白い。いや、その血の書ってやつのおかげでとんでもないことになりかけてるんだから笑えないか。というか、何でそのことを傭兵の連中に隠してたんだ? 俺だけってことはないだろう。

「……その血の書、我々ギルド最上級の傭兵達が奪取した。我々支部レベルの幹部には内密にだ。こちらに露呈したときには、既に血の書が自らの力を封印した後だったのだ」

「はぁ? アレか? 馬鹿みたいに強いSS級の傭兵様方が、何をトチ狂ったのかは知らんが吸血鬼のエンジンを奪ったってのか?」

 ふざけんな。何でそんな奇知外どもの尻ぬぐいを俺たちがしなきゃならないんだ。そいつらが強いなら、勝手に戦って勝手に死ねよ。

「まぁ、そういうことになる。血の書に関しては研究が進められているが、我々にはどうしようもない。現段階でやらねばならんことは、吸血鬼の戦力が集中する前に、できるだけその数を減らすことだ」

「ざけんな。奇天烈どもに勝手にやらせろよ」

「我々とて出来るものならやっている!!」

 突然ぶち切れたディザルは、右の掌を木造の机に叩きつけた。かなりキてやがる。溜め込んだ燃料に本国の電波が火を着けたか。いや、燃料も同時に投下しやがったな。

 耐久力を遙かに上回る衝撃に、机は悲鳴を上げつつ綺麗に粉砕された。あぁ、経費じゃ落ちねぇぞ、これ。確か10万くらいはしたよな。そういえばディザルは幹部になる前はSA級の傭兵だった。ある吸血鬼を狩った際に後遺症が残るほどバラされたらしいが。

 相手が切れると何故か冷静になってしまう、そんな経験は誰しもあるんじゃないだろうか。

「落ち着けよ。らしくねぇな。相当やばい状況なのは分かったが、それで俺にどうしろってんだ?」

 ディザルは眼鏡を外し、眉間を揉みほぐしている。だからいつも皺が寄るんだよ。少しは力を抜けば良いのにな。椅子に座っているが肝心の机が粉々になってばらまかれているのは、なかなかにコミカルな絵だと思う。

 そして足下に転がる机の亡骸を一瞥し、大きく溜息を吐いた。

「……すまん。本国の馬鹿共の危機感の無さと、現状とのギャップが激しすぎてな。とりあえず、お前はランクSBとして、対吸血鬼の遊撃に回れ」

「遊撃ね。つまり、吸血鬼を見つけたら狩る。見敵必殺で良いんだな。それで報酬は?」

「人類の危機になるかもしれんのだぞ」

「関係ないな。仕事は仕事だ」

「装備については必要経費としていくらでも落としてやる。成功報酬は生き残ってから言い値で払おう」

 そりゃ破格だな。初めて最高級の装備を調えられそうだ。ワクワクしてきたような、逃げたくなってきたような。

「了解。そんじゃ、早速準備をして逝きますかね」

「くれぐれも遊ぶなよ」

「……」

「そこで黙るな。吸血鬼が初めて本気で攻めてくることになるのだぞ。もっと自覚を持て」

「はいはい。あぁ、他のS級はどうするんだ?」

「……お前が最後だ。既に昼前に出てもらっている」

「……そりゃ悪かったな」

 背中越しに手を振りつつギルドを後にした。

 普段全く感情を見せず、言葉遊びすらほとんどしないディザルが噴火したんだ。つまり、事は最悪の方向に動いてるってことだ。そのくらいのことは分かってる。

 というか、さっきから首筋を冷や汗が伝っているんだがな。

 胸元の煙草を取り出し、銜えて火を着ける。

 あぁ、美味いな。そして落ち着く。

 紫煙を置き去りに、街頭の極端に少ない路地を歩く。こんなとこで経費削減してどうすんだ。歩きにくいだけじゃねぇか。

 さて、まずエリシルに会いにでも逝くか。ついでにマスターにも。

 

 

 
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