No.587713

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 29

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。

2013-06-15 23:57:44 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5798   閲覧ユーザー数:4562

【29】

 

     1

 

 曹孟徳――華琳は自室で、酒盃にそっと口をつけた。濁った酒が鈍重な香りと気持ちばかりの酒気を鼻孔に齎す。

 ここ数日、陳留城内は慌ただしかった。朝廷で起こった幾つもの出来事が、曹操軍の面々に焦燥を強いた。

 陳留を襲った第一の青天の霹靂は、霊帝の崩御である。

 それについで、劉弁が即位。そして、劉弁を排斥し、劉協の即位を画策していたとして――。

 

 虚が処刑された。

 

 何進からの通達と共に、遺体は洛陽から陳留へと齎されたが、それをまともに検分しようとした者は現れなかった。

 虚の亡骸が一体どのような状態であるのか、皆想像がついていたらしい。けれども華琳はあの男の主として死骸を検分した。

 黒く焼け、熱のために歪に変形したその死骸は、生焼けの部分には、腐肉を食らう白い米粒のような虫が巣食い、美味そうに皮膚なり筋なりを貪っていた。

 それが虚であるのかどうか、最早判然としなかったが、処刑自体は大勢の観衆の目の前で行われたものであり、虚が生きたまま荼毘に付されたのは疑いようのない事実であった。処刑はあまりに惨く、壮絶であったという。肉の焼ける臭い、炎に焼かれ叫び声を上げる虚。処刑は町衆の下卑た娯楽であるという側面を持つが、流石の洛陽の民たちも目を背けたのだという。

 箱詰めにしてじわじわと炎で焼き殺す。叫び声を聞くため、なるべく喉が焼けてしまわないようにとの配慮。蒸れた空気での呼吸困難を狙った残虐な思慮。焦げた箱の残骸で亡骸が無様に彩られるようにとの趣向。徹底的に虚を蔑ろにした処刑方法。

 そんな方法をとりながら、何進は何食わぬ調子で、追加の通達を寄越した。

 兵士、兵糧を終結させておくようにとの通達である。

 劉弁即位の後、何進は本格的な宦官弾圧、特に十常侍への圧迫を開始した。張譲、段珪らの反撃に備え、曹操、袁紹、袁術その他幕僚に対して戦の備えを命じたのである。

 その背景には、董仲穎の消極的態度がある。つまり、董卓は宦官排斥のため、その軍事力を買われて何進に呼ばれ洛陽へ上ったというのに、今回の十常侍圧迫については消極的なのだという。噂によれば、何進による虚処刑に反発しているとのことで、今は新しく立てた邸宅に劉弁を囲い、張遼、呂布、華雄という猛獣を引き入れて引き籠り生活に浸っているのだという。

 この態度から、虚の罪状が一層真実味を帯びた。虚と董卓の間に一定の親交があったのは華琳も承知しているところであるが、華琳が陳留へ下がった後も繋がりはあったのだろう。董卓は劉弁派の何進が呼び寄せた訳であるが、どちらかと言えば劉協と親しかった。とすれば、虚があの後さらに劉協と繋がりを強くし、劉協即位を狙ってもおかしくない。

 客観的には――そう見える。

 そして何進はそれを、虚の処刑を餌にしようとしたのだ。

 虚は霊帝の客人であった。それを崩御直後に、碌々弁明の機会を与えないまま処刑したのは軽挙であり、妄動であると十常侍は何進を非難している。けれども何進はそれをもろともせず宦官に圧迫を加える。

 そうすれば、張譲や段珪は朝廷外へ助力を求めるはずである。それこそが何進の狙いなのだろう。すなわち、十常侍が各地にどのように影響力を持っているのか、これからの動向で浮き彫りにしようとしているのだ。

 虚はそのための餌に使われたのである。否、餌の一つ、というのが正確だろう。

 本来の華琳であれば、何進に抗議するだけでは済まさない。客人として迎えておきながら罪状不明瞭のまま処刑するなどあってはならないことである。

 何より、あの虚が、一刀が劉弁を排斥し劉協を立てようなどと、そのような軽挙に走るはずもない。何進如きに察知されるような暗躍を行うはずはない。とすれば、一刀は次期皇帝については少なくとも策謀を巡らせていた筈がない。

不意打ちを食らった、というのが事実だろう。そして、あの虚が易々と捕まったその裏には、自分、曹操の進退の問題がある。一刀が禁城にて暴れれば、曹孟徳の立場も危うくなろう。そんな虚の配慮は彼から届いた手紙によくあらわれていた。

 手紙を届けて来たのは、洛陽からどうにか逃れて来た涼伯――慧である。手紙にはこうあった。

 

 時に備えるべし。

 

 この手紙があったからこそ、華琳は感情の激流を抑え込むことが出来た。

 そしてこの手紙が、華琳に泣くことを許してくれなかった。

 陳留が慌ただしかったのはそのためだ。

 虚の欠けた穴を埋めるべく、皆必死で駆け回った。何進から発せられた、兵馬を集結せよという号令を利用し、軍勢を大々的に編成。虚、風、桂花の軍師三人衆から虚が欠けたことを受けて、代わりに徐庶を抜擢した。

 そして徐庶が前線で戦わないことから、新たな前線の将が必要となったことから、華琳は曹家の人間を陳留へ掻き集めることにしたのである。

 もっともはやく陳留へ到着すると思われるのは、徐州に暮らす妹の曹徳だろう。近日中には向こうを立つと連絡があった。

 こうして虚の死を受けながらも、陳留は迅速に事を動かしていった。

 だが、曹操軍の面々もまた人の心を持っている。皆胸に秘してはいるだろうが、虚の死に酷く傷ついているのはよく分かった。風や春蘭、秋蘭は一切それを表に出さないが、季衣や流琉などは見ていてかわいそうになる。

 彼女らも将としての職務は全うしており、兵たちの前では毅然としているため、華琳から苦言を呈することはないが、それでもふとした折に、酷く悲しげにしている姿を見ると胸が痛んだ。

 何より、季衣にも流琉にも個室を与えているにも拘らず、夜は二人で眠るようになったらしい。

「あなたは、あの子たちの兄ではなかったの、一刀」

 夜の自室で、華琳は更に酒盃を呷る。近頃、酒を手にする夜が増えている気がする。酒精に頼らなければ眠ることが出来ない。

 

 飲まずに眠ると、『夢』を見るのだ。

 

 目が覚めると、それがどんな夢だったのか、分からなくなってしまう。底なし沼に沈むように夢の記憶は失われてしまうのだけれど、夢の中で味わった、切り刻まれるような悲しみは、確かに華琳の胸に残留していて、どうしても耐え難かった。

 不意に、部屋の戸が叩かれた。

「華琳さまっ」

 桂花の声である。この娘も、虚の死の報せがもたらされてから幾らか痩せたように見える。流琉に聞けば食事はとっているらしいのだが、春蘭曰く、桂花が戻している場面に遭遇したらしい。

「入りなさい」

「は」

 入室して来た桂花は、やはりやつれて見える。そのことを自分でも分かっているのか、部下の前にも近頃は顔を出さない。指示はなるべく人を介して出しているようであった。

「徐州より早馬が」

「何事かしら」

 

「徐州の陶謙が、華琳さまの妹君、曹徳様を急襲したと!」

 

「――何ですって?」

 華琳の思考から酒気が消え失せ、脳が猛烈な回転を始める。

「あの子は?」

「瑯邪郡から彭城まで引かれましたが、陶謙軍に追いつかれ、孫家の末姫、孫尚香と共に砦へ籠られました。敵兵およそ五万五千」

「孫家の末姫がなぜ――。ああ、そう言えば、徐州に幽閉されていたのだったわね。そう、陶謙はこの曹孟徳の動きを徐州へ向けさせ、孫家の姫を殺すことで、孫家を袁術の首輪から解こうとしている。――やはり、陶謙は十常侍と繋がっていたようね」

「華琳さま」

「桂花。今すぐ動かせる軍勢は」

「すぐに出られる分で言えば、一万。少し遅れて五万。ですが黒騎衆はまだ」

 黒騎衆とは虚の編成した二千の軍勢である。

「構わないわ、その一万ですぐに出る。第一陣は私、桂花、春蘭、季衣、流琉。第二陣は、秋蘭、風、凪、真桜、早和、万徳、神里(徐庶)に任せるわ」

「恐れながら」

 桂花は冷静な表情で口を開く。

「陶謙軍には劉備軍が帯同している模様。秋蘭、凪、真桜、早和も第一陣として伴うべきかと」

「そう……劉備。あの劉玄徳がね。分かったわ、桂花。そのようになさい。夜が明ける前には出立するわ。彭城までならそう時間もかからないでしょう」

「急がせます」

 桂花は礼をとって華琳の自室を出て行く。

「陶謙に劉備。関羽、張飛。諸葛亮、鳳統。――叩き潰してあげるわ」

 ふ、と黒衣の男の影が脳裏を過る。

 ――一刀、私は覇道を踏破してみせる。

 覇王曹孟徳は、出陣に備え支度を開始した。

 

 

     2

 

揚州淮南郡にて。

 

 孫権は部屋の窓から夜空を見上げていた。

 曹孟徳の軍師――虚が死んだという報が入ったのはつい先日のことであった。

 虚。

 これはきっと、彼の本名ではない。孫権は――蓮華はそのことに気が付いている。

 孫家の人間で、彼の正体に気が付いている人間が他にどれほどいるのか、分からない。

 だが、蓮華だけはあの虚という男を知っている。否、虚ではなく。

 

 北郷一刀――という男を。

 

 嘗て孫呉へやって来た天の御遣い。純白の着物を纏ったその男は蓮華の夫となり、蓮華はその男の子を生んだ。

 

 そんな記憶が、確かにある。

 

 だが事実は異なっている。純白の御遣いは、真黒の魔王となって曹孟徳の傍らに立っていた。

 だがあれは北郷一刀だ。見間違えよう筈もない。

 ならば自分の中に、蓮華の胸の中にあるこの記憶は一体何だというのだろう。愚にもつかない幻想なのだろうか。一刀へ恋したときめきも、愛した幸せも、子を儲けた喜びも、すべて虚ろな幻影でしかないというのだろうか。

 否。

 そんなはずはない。これは実際にあったことだと、蓮華の魂が告げていた。

 けれども、今、夫は、北郷一刀は蓮華の傍にはいない。そして、もう戻ることもない。彼はもう死んでしまったのだから。

 謀反の容疑が掛かったという話だったけれど、十常侍が反発し、相国も抗議的な態度を見せている以上、虚が、一刀が謀反を企てた可能性は限りなく低い。とすれば、政争の具として、使い捨てられてしまったのだろう。

「……一刀」

 知らず、蓮華の眦から涙が伝った。

「蓮華様っ」

 忠実なしもべの声がした。

「入りなさい、思春」

 そして蓮華はしもべの、甘興覇の、思春の様子からただならぬ事態を感じ取った。

「何があったの、思春」

 

「徐州の陶謙、小蓮さまを急襲!」

 

 その言葉に、心臓が跳ね上がる。

「何ですって……!」

「小蓮さまは現在、彭城の砦に、曹孟徳の妹、曹徳と共にたてこもられています」

「――曹孟徳の妹、がどうして」

「曹徳も徐州に居を構えておりまして、陶謙は同時に攻撃を仕掛けた模様」

「で、母様たちはどういっているの」

 蓮華の問いに思春がかしこまる。

「袁術より決して動くなと通達が。雪蓮さまはそれにお従いになるおつもりです」

「そんな――」

 前回はあれほど小蓮のことを思い、悲しんでいた姉がそのようなことを言うだろうか。

「文台様、冥琳様も同じご意見。この機に動き、小蓮さまを取り返そうとすれば、それは袁術への離反的態度となろうと」

「孫家再興のためには、そうよね、王がいればいいのだもの。そして王は時に切り捨てるという選択肢を手に取らなければならないこともある。それは私も理解しているつもり」

「蓮華さま。曹孟徳は徐州へ軍勢を派遣したとのこと。これから私は曹孟徳の元へ参ります」

「――どういうつもり」

「小蓮さまの保護を曹孟徳へ嘆願してまいります」

「止めなさい、思春。それではまた曹孟徳に借りを作ることになってしまうわ。孫呉再興を果たしても、曹操への借りに埋もれた始まりになってしまう。それは――小蓮も望まないでしょう」

「ですが、それでは曹操が小蓮さまだけを見殺しにすることも」

「曹孟徳は誇り高き人物。そんなことはしないでしょう。ただ、ここで孫家から頭を下げて保護を頼んでは駄目。思春、あなたは母様についていなさい」

「……御意」

 蓮華の命を受けて、思春が大人しく下がる。だが、部屋から辞そうとするその時、

 

「北郷であればこんな時、迷いなく飛び出して行ったのでしょう」

 

 思春はそんなことを言った。

「思春――あなた、記憶が」

「蓮華さまもやはり、謎の記憶に悩まされておいででしたか。私はつい先日、この記憶を取り戻しました」

「……そう」

「取り戻すのが少し、遅かったようです」

 虚の死に、一刀の死に間に合わなかったということなのだろう。

「あの男の方は、記憶を取り戻していたのでしょうか」

「……」

「詮なきことを言いました。申し訳ありません。では――私はこれで」

 思春が部屋を去る。

 そして。

 

 孫仲謀は、出陣の支度を開始する。

 

 小蓮を諦めるなど、出来ようはずもない。しかし、孫家は兵を出せない。

 ならば、自分は孫家を出奔する。

 孫仲謀は筆を取り、書置きを残す。孫家から出、ただの仲謀として蓮華は戦場へ赴く。

 孫家の王は姉の雪蓮が務めるのだ。孫仲謀の孫家での存在価値は、その姉が倒れた時のための補充要因。孫文台や孫伯符のような王には到底慣れないことを蓮華は理解している。自分などよりはむしろ、小蓮のほうが、その素質に恵まれていることも。

 陳留から彭城までよりも、淮南から彭城までの方が時間は掛からない。

 兵数はとても用意できない。近くの砦に待機させている五千が良いところだろう。

 だが、かまわない。

 王になれない自分には存在価値などない。

 ならば。

 

 家族のために命を懸けて何が悪い。

 

 砦に詰めているのは嘗て小蓮についていた兵たちだ。小蓮が幽閉される際、引き剥がされた将と、その兵たちだ。

 今頃は歯がゆい思いをしていることだろう。

 ならば自分はその旗印となろう。孫家を出た、ただの仲謀が率いよう。彼らがまた孫尚香に仕えることが出来るように。彼らの主を取り戻そうではないか。

 

 

 

 

ありむらです。

 

毎度、読んでくださる皆様、ありがとうございます。

 

さて、物語が動き始めました。

ここから、血腥い激動が続いて行くことになります。

 

それから、次回第三十回は、キリの良い回に相応しい、ある意味サービス回にしたいと思います。

 

ご期待ください。

 

ありむらでした。


 
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