No.586720

友情はラーメンの香り

にてんさん

ずるずると引きずってしまった、一人の男の物語。

2013-06-13 02:55:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:349   閲覧ユーザー数:348

 大学の時、野球部に入っていた。中学も高校も野球一筋で、熱い青春を送っていた、のかもしれない。あの頃は楽しかったっけ、高層ビルが立ち並ぶ景色を帰りの電車の中から眺めている。終電が近いため、それほど混んでいない。この中のどれくらいの人が、「俺の学生時代は最高だった」と誇らしく言えるだろう。そんなことを考えながら、大学時代を思い出す。ケンゴは今――俺のことをどう思ってるんだろうか。

 「たかゆき、おせーぞ」視界がぼやけている。目をこすって時計を確認すると、もうお昼をすぎていた。いっけね、寝坊だ。

 「おい、たかゆき」

 「わり、やったわ」ケンゴのモーニングコールで目が覚める。モーニングといっていいのかは分からないけど、とりあえずこれで部活には間に合う。寝間着のまま、部活道具を持って自転車にまたがる。大学は自転車で十分くらいの場所だ。グランドも併設されている。大学の授業はさほど好きじゃない。けど、ケンゴと野球する時はとても楽しかった。自転車で風を切る音が、徐々に大きくなっていった。

 「おせーよ、たかゆき」

 ケンゴは念入りにストレッチをしていた。一限から学校に行き、部活もさぼった所を見たことがない。真面目で、素直なやつだ。

 「すまんすまん」いつも通りおどけてみせると、「しっかりしろよ」と厳しく、優しく注意してくれる。俺はそんなケンゴを仲の良い友人として、頼れる親友として尊敬していた。

 「なあ」とケンゴらしくない、まるで赤点を隠している子供みたいに、呼び止められた。

 「すごい儲け話があるんだけど、どうだ、やらないか?」

 「はあ?」俺は耳を疑った。もう一回聞いてみると、やはり質問は一緒だった。

 「だから、儲け話だよ。お前もどうかって」

 「熱でもあるのか?」

 「ねーよ」そんなことは知っている。けど、俺は動揺を隠せなかった。せめてもの、冗談だった。ギャンブルも風俗も行かないお前が、どうして――。

 「俺は、普通が嫌なんだ」 

 「それは前聞いたよ」

 「どこかで、特別になりたいんだ」

 そんなの、俺もそうだ。口には出さず、スパイクのひもを結んだ。

 

「ただいまー」

 息子の博孝は寝てる時間だ。けど、ユキは出張の時以外は、いつも起きて待っていてくれる。我ながらいい奥さんをとっ捕まえたと思う。

 「おかえりなさい」

 帰り遅いって言ったんだから、先寝てていいよ。と毎回メールするが、毎回起きている。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 「今日は疲れてるね」

 「ちょっと、大学の時を思い出しちゃってさ」別に、女関係じゃないぞ、と付け足しておく。

 「はなし、時間ある時にでも聞かせてよ」

 「うん」ありがとな。

 ベットに入ると、安らぐはずなのに、今日はどうしても心のつっかえがとれなかった。

 

 「ラーメン行こうぜ」

 「おう。いいぜ」練習終わりに、ケンゴに誘われて近くのラーメン屋へ行くことになった。ケンゴがラーメンに誘う時は、大事な話をするときだ。儲け話が頭をよぎり、練習後の心地よさが連れ去られた。

 ケンゴはチャーシュー麺。俺はラーメンライスセット。定番だ。

 ずるずると麺をすするだけで、会話が弾まない。けど、ケンゴが切りだしてくるとしたら、チャーシューを全部食べ終えてからだ。横目で丼ぶりを覗くと、「なあ」とタイミング良く話しかけてきた。チャーシューは、全部あまっていた――。

 「俺は、この話に乗ろうと思う」

 「やめとけ」嫌な沈黙が包む。詳しい話を聞いたが、明らかに騙されている。全力で否定したいが、言葉が続かない。

 「お前が、世界を知らないだけだよ」ケンゴはチャーシューを一枚、食べた。

 思わずイラっとして「へー、すごいねー」といつものおどけた感じで答えた。

 全力で、全身全霊、否定したい。言い返せないくらいに論破してやりたかった。自信もあった。けど、口に出せない。

 「俺は、勝ち組みになるんだ。お前だって、勝ち組みになりたいだろ」ケンゴは熱く語っている。

 しかし、あまりに抽象的すぎて、分からなかった。スープを一口。

 「人生、勝ち負けじゃねーよ」

 そう言って、後悔した。放り投げた言葉は、するするとケンゴに呑みこまれて、帰ってこない。

 「じゃあ、びんぼーでもいいのか?」

 いいはずが、ない。

 「野球で、戦う前から勝ち負けじゃないって、練習中言うか?」

 言わない。勝気で、練習してるのは自分だった。どんどん、追い詰められていく。ケンゴ、そーじゃないんだ。そーじゃなくて。

 「リスクもあるけど、俺は賭けるぜ」

 「……変わったな、ケンゴ」苦し紛れに出た言葉が、これだった。

 「人は変わるよ」

 「まるで日本の季節みたいだな」上手い事いってんじゃねーよ、とケンゴはチャーシューにかぶりついた。

 お会計を済ませ、ケンゴの後に続いて店を出た。チャーシュー麺の丼ぶりには、チャーシューがまだ、残っていた。

 

 今日も、残業で遅くなった。酔っ払いからイチャイチャしたカップルまで、日本は平和だなー、と訳も分からず車窓を眺める。ビルが所せましに立ちならぶ。今日一日を振り返ろうとすると、なぜか大学まで遡ってしまう。

 ケンゴとは卒業してから会ってない。あれから、元気にしてるのだろうか。俺の尊敬していたケンゴは、存在してるのだろうか。心配するときりがない。

 近くのカップルが、今日食べたラーメンの話をしていた。――ケンゴは、チャーシュー麺、まだ食ってんのかな。

 無残にも残された、チャーシューを思い出す。今までだったら残すなんてありえなかったのに、ケンゴは変わってしまった。季節みたいな変わりようじゃない。春がきて、夏をうきうきと待ち侘び、クリスマスを誰と過ごすか考え、桜が咲く。こんな素敵な変化じゃない。ケンゴのはもっとこう、突然現れた雷雨のような、感じだ。雷が恐怖をもたらし、突風が行く手を阻む。そしたら、どうしていいか分からなくて……。

 俺はきっと、置いて行かれた気がしたんだと思う。いつまでもへらへらしてる俺と対照的に、ケンゴは、将来を見据えた。手を伸ばしても、歩みは止まらなかった。けど、それと同時に助けたい気持ちもあった。明らかに、騙されていると思った。友達に相談しても「それはおかしい」という答えがほとんどだった。あの時、もっと反対してればよかったのかもしれない。騙されるな。そう一言直球で、ケンゴに投げてやればよかった。

 

「また、考え事?」

 ユキがコーヒーを淹れてくれた。やっぱり、家は落ち着く。

 「ケンゴって、覚えてるだろ?」ユキとは大学の同級生で、学内恋愛を経て結婚した。ケンゴは、用事があって行けないと連絡があった。やっぱり、悲しかった。

 「覚えてるよ。仲よかったもんね」

 うん。仲よかったんだ。けど、途中からどこかぎこちなくなってしまった。俺のせいなんだろうか。いくら思い返しても、答えは出ない。

 「ケンゴ君が、どうしたの?」

 「いや、な」

 詳細を全部話した。ユキは「そんなことあったなんて初耳だよ。相談してくれればよかったのに」とふくれっ面になってしまった。大学の時と、お前は変わらないんだな。

 「それで、ちゃんと止めておけばよかったって思ってるんだ」

 「うん。俺は、臆病だったんだよ」

 「どうして?」少しだけ、ユキは真剣になる。こっちも身構えてしまった。

 「たぶん、ケンゴと衝突したくなかったんだよ。ほら、あるだろ、詐欺とかに引っ掛かると友達なくすって」そんなつまらないことを気にして、俺はケンゴに対して一歩引いたんだ。自分で言って、自分で理解した。衝突したことなら、いくらでもあった。けど、今回のケンゴと衝突したら、ぐちゃぐちゃになって修復不可能になってしまう。当時の俺は無意識にそうやって思ったんだと思う。臆病だ。

 「なに暗い顔してんの。ケンゴ君なら大丈夫よ」

 「だな」

 ケンゴは、真面目で、素直だ。だから大丈夫。自分に言い聞かせた。

 「まだ暗い顔してる」

 たぶん、これだけじゃない。ケンゴとは楽しい思いでの方が多いはずなのに、こういう時だけ、苦みがじわじわと溢れてきた。

 

 最近、ケンゴは部活に来ない。あんなに真面目だったのに、「賭け」をはじめて以来、学校もさぼり始めた。さぼるのは俺だけでいいのに。へそを曲げていると、携帯が鳴った。ディスプレイには、ケンゴと映っている。一呼吸置いて、電話に出た。

 「今日、学校来なかったな」俺はわざと低い声で、威圧するように言った。

 「ごめん、実は、病院行ってて」

 初耳だった。

 「なんの?」

 「整形外科」

 少し、嫌な感じがした。

 「肘、おかしくして、手術しないと野球できないらしい」

 喉の奥が、きゅっと締まる気がした。不思議と、言葉が出てこない。

 「お前だったら、どうする? 来年は就活だし、微妙な時期だよな」

 ケンゴらしくなかった。あまり人を頼らないお前が、「どうする?」だなんて。すこしの間考えて、言葉を放り投げた。それはど真ん中のストレートじゃなくて、変化球だった。

 

 「まだ、あるんだ」自分から相談するのって、なんか恥ずかしい。

 「悩みの種?」

 「うん」

 口の中が乾燥して気持ち悪かったから、コーヒーを一口、味わうように飲んだ。

 「ケンゴが、手術しないと野球出来ないって電話してきて、お前ならどうするって相談されたんだ」

 「深刻な相談だね」 

 そうなんだ。あいつの大好きな野球人生がかかってる。けど俺は……。

 「なんて答えたの」

 思い出すと、卑怯だなーって思う。

 「分からない」

 「自分で言ったこと、分からないの?」

 「違う。分からない、って答えたんだ」ユキは目を細めた。

 「それって、卑怯だよ」

 だよな。誰が聞いたって、卑怯だ、と罵り蔑む。

 「他になんていったの?」

 「うーん。俺だったら、手術しない、とかかな」

 「それ、本気でいったの?」

 たぶん、本気じゃない。あの時の俺は、ケンゴとわざと距離を置いてた気がする。変わってしまい、騙されたケンゴ。そう思っていたけど、歩みを進めたケンゴを俺は僻んで、羨んでいたんだと思う。だから、適当に答えた。本気じゃない。

 「手術は成功したの?」

 心のそこに刺さったとげを、いじくられた気がして、ずきっと痛む。

 「手術は、しなかったんだ。あいつ、俺の言う通りにしたんだ」

 声が震える。あいつの野球人生を奪ったのは、俺だ。

 「ケンゴ君も素直だねー」

 素直って言葉が、俺を苦しめる。あいつは、素直なんだ。変わってなんかいない。ましてや、俺の手の届かない所にも進んでなんかいない。「賭け」に手を出したのも、馬鹿正直に話を鵜呑みにしたせいだ。野球人生がかかった手術も、俺の言う通りにした。

 「ケンゴ君が、そんな大事な手術のことを相談するんだから、あなたは信頼されてたのね」

 コーヒーに映る自分を睨む。

 「あいつは、変わってなんかいなかったんだ」

 「そうね」

 「最低なこと、しちゃったよ」へへ、とおどけてみせる。「変わらないわね、そういうところ」

 ユキは、「久しぶりに、電話でもしたら」そう言って寝室へ戻って行った。

 電話帳を開く。ケンゴへ、発信、した。

 深呼吸する間もなくケンゴは電話にでた。

 「おう。久しぶりだな」

 ケンゴはいつものケンゴだった。頼りがいがあって、素直なケンゴが戻ってくる。

 「少し、話があってさ」

 「会社で、上手くいってないのか?」

 「いや、俺、手術のこと謝りたくて」

 口が乾燥する。コーヒーを飲んで、うるおす。もう少ししかない。

 「お前、謝るようなことしたか?」

 「本当はおれ、お前ともっと野球したかったんだ。けど、手術しないなんて適当なこといって、ごめん」

 ゆるしてくれ。俺は、卑怯者で、情けない男だ。大事な友達すらも見失ってしまうような男なんだ。

 「変わってねーなお前」

 そう聞いた時、何も言い返せなかった。頼りになって、真面目で素直なケンゴの前では、言葉が出ない。

 「気にし過ぎなんだよ。だいたい、あの時お前が適当に答えたのなんて、お見通しだ。それでも俺は、自分の選択で、手術しなかったんだよ」

 ははは、と気が抜けて声がこぼれる。流石だよ、ケンゴ。お前は変わってなんかいない。ラーメンのときも、今も。

 「また、ずるずるとラーメン啜りに行こうぜ」

 「おまえがラーメンに誘う時、たいてい大事な話しする時だよな」

 ばればれか、とケンゴは小さく笑う。

 ラーメンの約束をして、電話を切った。今日は、気持ちよく寝れそうだ。 

 


 
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