No.582728

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 26

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。

2013-06-02 12:28:26 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6079   閲覧ユーザー数:4901

【26】

 

     0

 

「見よ! これが、浅ましくも天を名乗り、天を貶めた愚者の末路ぞ!」

 何進が民衆へ向けて怒声を放つ。瞋恚の咆哮は空気を震わせ、処刑場へ集った民草へ鋭い緊張を強いた。

 油の臭いが濃く漂う処刑場には、ひとつ黒い箱が据え置かれていた。宵闇よりも尚濃いその真黒は、罪人に着せられた純白の着物をせせら笑っていた。

「括目せよ! そして刻め! これが天の御遣いの最後だ!」

 何進の目配せに応じ、二人の屈強な処刑人が哀れな咎人を黒い箱へ押し込む。箱の戸が閉じられると、処刑人たちは傍らに置かれた油壺を振り回して、その中身を箱へと浴びせ掛けた。

 残忍な笑みを浮かべた何進が、燃え盛るたいまつを手に取る。民衆は息を呑んで事の次第を見守っている。普段は処刑もまたある種の娯楽ではあったのだが、この時ばかりは事情が違っていた。

 天の御遣いは、帝の客人である。

 だが、大将軍何進はそれを処刑するという。

 それは帝の命か。

 何進の独断か。

 だが、齟齬矛盾に戸惑う観衆に構わず――何進はたいまつを放った。

 刹那、黒い箱は破裂するような熱風と共に火炎に包まれる。罪人が上げる苦痛の慟哭が中空を切り裂く。甘く、ざらつき、脂っぽい――肉の焼ける臭いが辺りに漂い、咎人の悲鳴にわなわなと揺れた。

「どうだ! どうだ、天の御遣い! おまえが真に天だというのなら、その箱から逃れて見せろ! 炎から逃れて見せろ! 偽物め、紛い物め! 身のほどを知れ! 恥じて死ね!」

 何進の声に炎が震える。煙が身悶える。中の罪人が暴れ、揺れた箱が倒れる。だが、それでも業火は咎人を逃がさず、ただ黙して断罪を続けた。

 暫くして、処刑場の中央には灰燼と化した箱の残骸と、生焼けの死骸が惨めに残った。その亡骸は、垢とゴミに塗れた乞食のようにみすぼらしく、衆目は何進が天の御遣いを箱へ詰めたその意図を、この時ようやく知った。

 

 これが、天の御遣いが禁城へ召喚され、ひと月後に起こった、処刑劇である。

 

 

処刑劇のひと月前

 

     1

 

 華琳の発症があってから、ひと月と少しが過ぎた。周辺の城砦を使った隔離策、遺体の焼却、経口輸液、殺菌の徹底等々、虚は打てるだけの手は打った。その甲斐あってか、或いはコレラも広がるところまで広がり切ったのか、感染の拡大は収まり、病状回復がみられる患者も多く現れていた。ただ、それ以上に死者数が多く、洛陽の民の三割強が死んだ。だが――。

「かなりマシだな」

 董卓邸の一室で、虚はそう零した。それを聞いた向かいに座る華佗が渋い顔をする。

「そんな言い方はないだろう」

「洛陽が丸々沈んでも不思議はなかった。それどころかえん州、徐州も軒並みやられ兼ねん。それに比べれば、洛陽の三分の一で済んだのは上々だ」

「しかし――」

「別に俺と一緒に満足しろとは言わないさ。おまえは医者。俺は軍師。軍師にとっちゃ命の扱いも指折り勘定だ」

 本当はそうとも限らない。ただ、自分という男がそうであるだけだと、虚は己を嘲った。

「何より、華琳、劉備、張遼が回復した。それだけじゃない。劉協殿下、何進大将軍、董仲穎相国、賈詡軍師、呂奉先将軍、華雄将軍――と大物は軒並み無事だ。十常侍の段珪が生き残ったのは余計だったが」

 虚の過激な科白に、華佗が顔を顰める。

「曹操殿は――」

「謁見は無期限の延期になったし、陳留へ返した。劉備たちも一緒だ。まあ、暫くは城へ戻らず近くの砦で様子を見ることになるだろうがな。陳留へコレラを入れる訳にはいかん」

「陳留は無事なのか」

「今のところは――だ。ただ、飲食を中心とした衛生管理は徹底させている。今大陸で最も衛生的なのは間違いなく陳留だろうさ」

 軽い口調で虚が言うと華佗は小さく息をつく。

「このまま、収まるだろうか」

「嫌に気弱だな、華佗。いつもの暑苦しさはどうした」

「この三週間で嫌というほど見たが――コレラ患者の死に方は心に痛い」

 若く優しい情熱家の医者は視線を虚から逸らして、何気ない様子で庭を見た。

「――虚様」

 俄かに訪れた沈黙に、慇懃な男の声が滑り込む。

「万徳か。どうした」

「禁城より使者が」

「そうか。ここは相国様の邸宅だが――まあ、今は俺が管理を預かっている訳だし、いいだろう。客間へ通してくれ。会おう」

「かしこまりました」

 礼をとると、万徳は静かな足取りで部屋を去った。

「じゃあ、俺もそろそろ帰るとしよう」

 そう言って、華佗は腰を上げる。

「すまないな。碌なもてなしも出来なかった」

「いや。気にしないでくれ」

 それから適当に、いくらか挨拶の言葉を交わすと二人は穏やかに分かれた。華佗が去ってから、虚は身支度をするべく、仮初めの自室へ足を向けた。

 ――ついに来たかな。

 そんな予測を脳裏で弄びながら、「慧。戻っているな」と口にする。

 と、どこからともなく、少女が一人、虚の傍らに侍った。

「あてならここに」

「陳留は変わりないか」

「全くなし。秋蘭と、桂花と、三羽烏ががんばってる。――それから、風も」

「そうか」

「お兄さんに会いたいって」

「言伝を頼まれたのか」

 問うと、慧は首を横に振った。

「別に。ただ、とっても会いたそうな顔をしてただけ。乙女の顔だね、あれは」

「風には、可哀そうなことをした」

「――そうだね。でもやるんでしょ」

「ああ」

 静穏に、けれども力強く虚は肯定する。

「で、結局どっちになったのさ」

「劉協だ」

「妹の方か。まあ、妥当かもね。劉弁は身体が弱いみたいだし。――掻っ攫うなら丈夫な方がいい」

「もう少し言い方があるだろう」

「ふふ、まあいいじゃない。大目に見てよ、お兄さん。失敗したらお互い命はないんだし」

 不敵に笑う慧と、呆れた顔の虚は共に廊下を行く。

 これから始まるはかりごとへ、その身を投じるために。

 

 

     2

 

 禁城よりの使者に申し伝えられた登城期日は、使者との面会から二日後のことであった。虚は万徳と慧を伴い、謁見の間を目指して、禁城内部を進んでいる。先導する案内の使者は表情を変えることもなければ、必要以上の口を利こうともしない。高飛車というよりは事務的な態度だった。

 赤々と絢爛な城内の様子に、慧は楽しげに視線を振り回しているが、虚はこの禁城に漂う独特の、ある種貴族的で、ある種辺境的排他的な空気が好きになれなかった。

 暫く行くと、眼前の石段から一人の女が供を付けて下りて来るのが見えた。量の多い金髪を偉そうに揺らす、不必要に眩い女だった。知らぬ顔ではあるが、禁城内であってもさして遠慮するでもない女の態度から、相応の地位にあるものであると虚は推察する。先導する使者が足を止めてその女に礼をとる動作を示したので、虚、万徳、慧もまた礼をとった。使者は押し殺した声で「袁本初中軍校尉であられます」と言った。

 ――あれが、袁紹。慧からの報告では、派手好きのバカ女と訊いているが、さて。

 四人の前を通過すると思われたその金髪女は、予想に反して虚の前でその足を止め、「そこのあなた」と声を掛けて来た。

「――は」

「見ない顔ですわね。名乗りなさい」

 袁紹は高飛車な声で言い下ろした。

「は。我が名は虚。拝顔の機会を賜り、光栄の極みであります、袁本初中軍校尉閣下」

「虚――そう、あなたが。華琳さんのところの新参軍師。黄巾党の乱では随分な活躍ぶりであったと聞いておりますわ」

「活躍などと。先日の軍功は、数奇なるめぐりあわせが積み重なったまで」

「あら。華琳さんの軍師にしては謙虚ですこと。――それで、今日は華琳さんは一緒ではありませんの? 黄巾の褒賞授与にいらしたのでしょう」

「いえ。流行病の騒ぎのため謁見は延期。我が主は今陳留に」

「――そうですの。ではあなたはどうして禁城に?」

「帝より拝謁の機会を賜りました」

 すっと、袁紹が目を細める。

「華琳さんではなく、あなたが?」

「は」

「華琳さんはこのことを知っているのかしら」

 その懸念はもっともである。即ち、帝が虚との面会を望むのであれば、使者をして華琳にその旨を命じ、華琳と共に登城させるのが筋だからである。中央に何ら地位を持たない虚が単独で招聘を受けるなど、あまり考えられないことであった。

「いえ。何分急なお話でありました故、陳留に照会しているいとまはなく」

「事後報告になりますのね。そう、いい気味」

 いやらしい眼光を湛えて、袁紹は薄ら笑いを浮かべた。

「で、あなたはどのようなご用事で招聘を受けましたの」

「流行病の治療の報告をせよ、と」

 それを聞いて、袁紹は怪訝そうに眉根を寄せた。

「あなた、お医者でしたの」

「いえ。ただ此度の流行病につきましては、その対象法を偶さか心得ておりました」

「そう――面白いのか、胡散臭いのか。よく分からない方ですわね、あなた」

 虚は袁紹の値踏みするような視線を真正面から受けた。

「では――何進さんが此の度の病で大立ち回りをしておられたのは、あなたの指図でしたのね」

 冷徹な袁紹の視線が、虚の双眸をとらえる。

「何進さんが陳留くんだりからぽっと出て来た一軍師に顎で使われる筈はありませんから――あなた、以前から何進さんとは仲良くしておられたのでしょう?」

 虚もまた、袁紹の視線に怜悧な眼差しで応じた。

「華琳さんに無断で」

「――」

「あの方、何進さんのことをあまり好ましく思っておられませんもの。自分の配下が何進さんと接触することなど、許す訳がありませんわ。あなた、何を考えておいでなのかしらね――天の御遣いさん」

 袁紹は艶美な指つきで、虚の頬にそっと触れる。

「一時期、ほんの短い間だけ流れた噂。曹孟徳の元に舞い降りたる天の御遣いの噂。今ではぴたりと止んでしまって、わざとらしいほど聞きませんけれど。この袁本初が知らないとでもお思いなのかしら」

「ご記憶、ありがたくあります。中軍校尉閣下」

 婀娜っぽく、悪戯っぽく、袁紹が微笑む。

「可愛げのない方ですこと。もう少し狼狽えられてはどうですの?」

「十二分に驚いております」

「ふふ。まあ良いですわ。帝の他に天と呼ばれる不敬な男がこの禁城へやって来た。しかも、拘束ではなく、招聘。――何進さんも張譲さんも、何を考えておいでなのかしらね」

 袁紹は虚の顔から指を離すと、微かに距離をとった。

「まあ構いませんわ。わたくしはわたくしの道を行くまで」

「――手始めに、董仲穎相国閣下を蹴り出しますか」

 虚の言葉にいささか驚いた様子ではあったが、それでも袁紹は当初からの余裕を崩しはしなかった。

「董卓さんを? そんな必要はありませんわ。あの方、この洛陽のため、そして大陸のため、随分と御尽力下さっておりますもの」

「確かに、この洛陽のため、この大陸のため、尽力なされているうちは――動機がない」

「……随分、大胆な物言いをなさいますわね。これがもし董卓さんのお耳に入れば――」

「飛将軍の方天画戟がこの胸を貫きましょうな」

 虚は口角を上げて、肩を竦めた。

「先ほど、わたくしはあなたを評して謙虚と申し上げましたけれど、撤回させて頂きますわ。傲岸にして不遜。大胆にして不適。華琳さんはよくあなたのような方を抱え込んだものですわ」

「我が主は、人材マニアでありますれば」

「まにあ……?」

 不思議そうに首を傾げたその一瞬だけ、袁本初はただ一人のあどけない小娘の顔をしていた。それは中々に愛らしい表情で、虚の目を否応なしに引きつけた。

「愛好に偏重し、収集に偏執する者――の意にございます」

 答えると、袁紹は実に可笑しげに、けれども極めて品良く笑った。名門の品位が、不躾な大笑いを許さなかったのだろう。

「言い得て妙ですわね。けれど、華琳さんに聞かれては、その白いお首が、陳留の城壁の上まですっ飛びますわよ」

「まったく。ですので、これはこの場だけ。私と閣下だけの秘密ということにして頂きたい」

「あなた――秘密をお作りになるのが好きですのね」

「お近づきになるための、最も有効な手立てであると心得ます」

 袁紹は高貴なる中軍校尉の表情で、虚は冷酷な軍師の微笑みで相対する。

「まあ、よろしいですわ。告げ口だなんて子供染みた真似、この袁本初の良しとするところではありませんもの。それでは虚さん、またいずこかでお会いしましょう。お互い生きていればのお話ですけれど」

「――は」

 礼をとる虚の前から、袁本初は優雅な足取りで去って行った。

 ――袁本初。流石は名門、ただの派手好きではなさそうだ。

 袁紹に対する評価を改めると、虚は再び使者の先導に従って謁見の間を目指した。

 

 

ありむらです。

 

久し振りの本編更新で緊張しております。連載再開のお知らせにおきましては、たくさんのお言葉を賜りまして、ありがとうございました。

 

なるべく週一で更新したいとは思っております。無理な時は、二週にひとつくらいになるやもしれません。

 

皆様のお暇潰しに、ゆるりとご利用くださいませ。

 

ありむら。


 
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