No.582111

訳あり一般人が幻想入り 第15話

VnoGさん

◆この作品は東方projectの二次創作です。嫌悪感を抱かれる方は速やかにブラウザの「戻る」などで避難してください。

2013-06-01 00:09:12 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:606   閲覧ユーザー数:600

 

『おい貴様等、これはどういう事だ』

 

 忍者の格好をした男が森の中で、同じ忍者服の無数の男達に囲まれていた。

 

『上から命令が下ったんだ。大人しく捕まるか殺されるか、選べ』

『なんだと? 俺は裏切りをした覚えなどない』

 

 男は見に覚えのない濡れ衣に困惑した。取り囲む男たちは一斉に忍者刀を持ち構え出す。

 

『その忠誠心が仇となったな。動くなよ、殿から殺さず連れてこいと言われてるんでな』

『ふん、さては敵の差し金か、唆(そそのか)されて有りもしない情報に踊らされているのか』

『それは、殿に直接会ってから決めるんだな。かかれぇ!』

 

 男の号令に、囲んでいた周りに男達が一斉に襲いかかる。

 

『貴様等にやられると思ってるのか? 青二才がぁ!』

 

 

 

第15話 fragment trigger

 

 

 

「……なに今の夢。なんでこんな中二臭い夢なの……なんかこう、もっといい夢を見させろ」

 

 各部屋に数枚しかない大きい洋窓からくる太陽の光を部屋全体に照らす。目覚めた横谷は、そんな明るい部屋とは裏腹に、眠気混じりの渋い表情で先程まで見ていた夢に愚痴る。どう考えても三流中二病チックな忍者漫画のありがちな一場面である。

 

「まぁいい、起きよう。あのメイドにどやされてさらに嫌な目覚めになるのは勘弁だ」

 

 そそくさと身支度を整え、この時間あそこにならいるであろう、と思いキッチンに赴く。そしてキッチンに着くと、朝食を作っている咲夜だけが立っていた。

 

「なんで一人なんだ?」

 

 横谷は朝の挨拶の代わりに、疑問を咲夜に声をかける。

 

「あら、意外に早いのね。朝食作り終わったら起こしに行くつもりだったんだけど」

 

 本当に意外と驚いたのか皮肉のつもりで言ったかわからない挨拶を言い、疑問に答える。

 

「眠気から覚めていない妖精がここに立っていても邪魔なだけよ。それにお嬢様と妹様とパチュリー様の分だけを作るだけなら私一人で十分よ」

「ああ、三人分だけね……ん?」

 

 横谷は一瞬納得しかけたが、大いなる疑問がまた一つ生まれた。

 

「俺の……あいや、他の人たちの分は?」

「それはあとで起きてくる妖精たちの仕事。起きてくるまでは朝食はないわよ」

「エエェ……」

 

 横谷は困惑気味に声を漏らす。食べ物を摂らなくても動けるが、体内時計が狂わされることは出来れば避けたいものである。しかし、どうやらその杞憂(きゆう)は消えるようだ。

 

「大丈夫よ。一応、美鈴とあなたの分もあるから」

 

 咲夜のその言葉に横谷は少し安心すると共に、何故美鈴の名前と一緒に出るのか一瞬疑問が湧いたがさほど時間はかからず把握し、芋づる式にこの後に言われることを考え今日の仕事がなんとなく理解した。

 

「てことは、もしかして今日は門番の仕事ってことか?」

「察しが良くてよかったわ、ええそうよ、本当は昨日に続いて小悪魔の補助をやってもらうつもりだったけど……小悪魔から『優さんは図書館の仕事には合わないと思います』って言われて、余っている仕事は門番しかなかったから仕方なくね。まったく、それほど働かなくてもいい仕事も向いていないだなんて、とんでもない外来人だわ」

(くそっ、言ってくれるよなホント。けど働く場所が変わるのはいいことか……)

 

 咲夜はオブラートに包まず横谷に非難の言葉を浴びせる。横谷は眉をひそめるが、都合が良い事態と(とら)えていた。

 昨日のあの事が記憶から一切無くなるわけがない。それが被害者の立場である小悪魔は尚の事である。その記憶を抱えたまま一緒に仕事することは、どう考えても居心地が良いと思えない。

 あのことを引きずって、自分は小悪魔の気を遣いながら距離を置くはずだし、小悪魔も気にしていないと優しく気を遣うだろうが、先日より距離を置くだろう。

 横谷にとって一番疲れるパターン。相手が相手なだけに。相手が咲夜のような罵声を浴びせる人物ならまだ良かったかもしれない。マゾ属性を持っているわけではなく、対策が講じやすいからである。

 とはいっても、ただただ聞き流せばいいのだ。ひどく汚いヘビメタのノイズがある曲だといった感じに。

 だが相手は小悪魔だ。罵声の代わりに慰めを言う人物。その言葉は、ノイズが一切入らないすっきり高音質な洗練されたBGMのように聞き入り、心に響く。

 それに反応してなにか気を遣う返事を言わないといけないと勝手に思い込む。この手の人物の対策はこれしか持ち合わせていない。

 考えれば他に山ほど対策は思い浮かぶのだろうが、咄嗟となるとその山ほどの対策も思いつかずに実行に移せないだろう。

 相手が(性格的に)嫌いな人物じゃない。そんな人を身近にいると、その人に嫌われないように取り繕っている、子供の頃にそういった経験があった。

 初めての友達が離れていかないよう、嫌われないようにまるで主従関係に近いくらい取り繕った。子供ながらに疲れたが、離れると心の拠り所が無くなってしまいそうで怖かった。結局はある人は嫌いな人物に成り代わり、またある人は嫌いな人に奪われて、周りにいなくなってしまったが。

 多分無意識にしてしまうんだろうな、と横谷は軽く憂うつになる。心の拠り所を失うまいと気を遣って、しかしあまりくっつかないように距離をとって。

 いっそのこと、とことん嫌われるようなことをしてしまえば疲れることはないのだろうが、とそれをいとも簡単に出来るほど悪人になれない。と言うより今は自分の立場がさらに悪くなるだけである。

 そんなことも出来ず、ずっと図書館の中に働いて雰囲気を悪くしないように気を遣うことが続くと考えると気が滅入りそうだ。

 だから勤務地が変わることはそんな状況から逃れることができるから、願っても無いことではある。

 

「じゃあ、門番に行く前にこの二つ、妹様の分とパチュリー様の分があるから、あなた運んでくれないかしら?」

しかし、どうやらまだ逃げられないらしい、しかも裏ボスが居るオマケ付き。

「え、俺が……」

 

 横谷は思わず嫌気な声を漏らす。咲夜が(にら)みを利かせる。

 

「なにか不満なの?」

「あいや……やります。やらせていただきます」

 

 ここで怒らせてしまうと後が怖くなるので反抗せず返事し、二人分の朝食が入っているワゴンを押す。

 

「因みに妹様の部屋は地下にあるわ。ノックはしないでドアの前に置くだけでいいから」

 

 咲夜は注意を促し、横谷に釘をさす。横谷は言われなくてもこっそり置いて立ち去るつもりだったが。

「はいはい、わかりました」

 

 早めに終わらせようというはやる気持ちと、顔を合わせたくないという拒む気持ちが交錯しながら、横谷はその交錯した気持ちが表しているかのように重い足取りで地下に向かう。

 

 

 朝日は昇っているのにもかかわらず、相変わらずオレンジの火以外の明かりがない地下廊下を、二人分の朝食が入っているワゴンを引いて横谷は歩く。

 徐々に歩くに連れて先程交錯しながらも安定していた気持ちが崩れ、拒む気持ちが徐々に侵食し、足取りがさらに重くなる。

 

(ああ……行きたくねぇなぁ……)

 

 図書館のドアの前で、まるで学校に行きたくない子供のように声なき声で駄々をこねる。とはいえ冷めた料理を出すわけにもいかない。侵食した部分を責任感という自分を律する気持ちに変え、意を決してドアを開ける。

 開けた途端に相変わらずの暗さとカビの臭いで、美味しそうだった朝食が見栄えも匂いも図書館の雰囲気に飲み込まれて食品サンプルに様変わりしそうだった。

横谷は図書館の迷路を闇雲に進んで行く。目標は昨日見た本の城、パチュリーがいるはずの本の城に向かっているつもりだった。

 本当はどちらも会いたくはないのだが、あえて顔を出せる人物はパチュリーの方に重きを置いている。小悪魔に会ってしまったら昨日の事が蘇って気分を落としたくないからである。

 

「あれ、優さん? どうしてここに……?」

 

 誰がフラグを立てろと言ったよ回収も早すぎだろ、と心の中で叫んだが神様も試練と言う名のイタズラが好きらしい。もし真正面にいなければそのまま気づいていないふりをして立ち去ることが出来ただろう。横谷は小悪魔と目が合って体が硬直する。

 

「あ、ああ……パチュリー様の料理を持ってきてくれたんですね」

 

 硬直する横谷の持っている物を見て理解する。横谷は目を逸らしながらも返事する。

 

「お、おう。咲夜が持って行けって頼まれて……」

「わざわざすいません……えと、お疲れ様です……」

 

 横谷に会うことを想定していなかったのは向こうも同じで、小悪魔は間投詞をつけた後にたどたどしく労いの言葉を掛ける。

 

「では、後は私が持って行きます」

「あ、ああ。頼む」

 

 小悪魔は横谷の持っている料理や飲み物を受け取り、パチュリーのもとへ運ぶ。

 

「こ……小悪魔」

 

 横谷が一瞬ためらいながら呼び止める。それに反応して小悪魔は振り返る。

 

「何でしょう?」

「……咲夜に言ったってな。『この仕事には合わない』って」

「あ……すいません勝手なことをして。怒ってますか?」

「いや、そういう事じゃないが……なんでそう思ったのかな、と」

 

 横谷はずっと目線を外しながら尋ねる。しかし横谷の心の中では勝手に答え付けていた。

内心では俺が図書館に居ると、気まずくなって仕事も落ち着いて出来ない。だからどこか別のところに行って欲しい。そう決めつけていた。

 

「私の勝手な想像ですけど、慣れない環境で単純な作業だったから、フラストレーションが溜まってあんなに怒ったり急に倒れたのかなって思って、私の独断で咲夜さんに進言したんです……すみません、余計なことでしたよね」

 

 小悪魔は細かく返答する。余計なことだとは思っていたが、昨日の事で横谷の体調のことを考え、咲夜に図書館で働かせないほうが良いと進言したのだ。

気休めでも、同情でも、ましてやここに働かせないための口実でもない。心の底から心配して咲夜に言ったのだ。

 

「……俺が居ると気まずくなるの間違いだろ……」

 

 横谷は顔を下に向けて呟く。

 誰だって本心を語りたくないから聞こえの良い返答しか言わない。あんな優しい言葉と慈しみの表情の裏には一刻も離れたい心情と抑えている蔑みの目で頭がいっぱいなはずだ。

 横谷の心では、小悪魔の孝道の一つ一つさえも素直に受け止めずねじ曲がった考えが暴走する。

 

「え?」

「あっ、いやなんでもない!」

 

 横谷は慌てて踵を返し、図書館から立ち去る。小悪魔は横谷の様子に首を傾げたが、すぐに手持ちのものをパチュリーに届けていった。

 

(何やってんだよ俺は! 余計なこと言いやがって! 昨日反省したばかりじゃないかよ……)

 

 横谷はうなだれながら自分自身を(とが)める。昨日寝る前にあれだけ反省したにもかかわらず、それとは裏腹の言葉を投げかけている自分がいた。幸い小悪魔の耳には届かなかったみたいだが、もし届いていたら優の印象がさらに悪くなっていただろう。

 

「なにが『俺がいると気まずくなる』だ、自分が言ったら世話ねぇっての」

 

 横谷は自分に悪態を吐いた後、残りの朝食を届けに奥に続く暗がりの廊下を歩く。

 

 

「……ここか」

 

 廊下の奥にあったもう一つの階段を降り、一つだけのドアの前に佇む。ドアの上の二つの火がゆらゆらと燃え、まるでドアの間から冷たい風が漏れているかのように背筋が凍る気分になる。

 図書館から一直線となっている長い廊下を隔て、その廊下の一番奥に一つのみある何の変哲もない洋風ドアで、鍵などで厳重に閉められているわけでもなかった。そんなドアの奥にいるのが、レミリアが危惧して幽閉したことがあるほど危険な人物、妹様『フラン』がいる。

 

「に、しては……中から何も聞こえないぞ?」

 

 足音や何かしらの生活音がドアから聞こえて来るかと思ったが、一切の物音も聞こえなかった。こういった奥まった部屋にずっと居るせいで、生活時間が周りとは違う時間を送っているのか。

なんにせよ横谷にとっては都合が良かった。物音がないのは、ここに来たことに気づいていないか、今は寝ているか。外に出ている可能性もあるがそれらしき人物は見かけていない。それ以前に、自分から外に出ようとしないと小悪魔が話してくれている。

 鉢合わせは免れたな――横谷は安堵(あんど)感いっぱいの心境で、ワゴン内の朝食をドアの前に置いてそそくさと去ろうとした。

 

「――だれ?」

「!?」

 

 後ろから女の子の声が横谷の耳に届いた。厳密に言えばドアからだが、横谷はすぐ後ろにその声の主がいると錯覚してしまうほど極度の緊張に陥った。

 

(まさか、フランか!? 気づいたのか!?)

 

 その声は、ただただあどけない少女の問いかけなのだが、心理状態と昨日の入り知恵のおかげで横谷には狂気を孕んだ尋問に聞こえてくる。

 

(に、逃げろ!)

 

 横谷は一目散に、ワゴンを押してこの場から離れた。追いかけられようが後ろから弾幕を放たれようがお構いなしに、後ろを振り返らずに少しでも距離を離すために走る。

 

「・・・・・・」

 

 横谷に問いかけた少女がドアを開け、横谷の必死さが伝わるほどの足音が響く暗闇の廊下をまっすぐ見つめたまま沈黙する。

 

「お早うございます、お嬢様。お食事の用意ができました」

「ふぁぁ……お早う、咲夜」

 

 朝食一式が入っているワゴンを横に置いて、朝の挨拶をかける咲夜。それに欠伸をして挨拶を返すレミリア。咲夜は朝食をテーブルの上に置いた後、レミリアの着替えに取り掛かる。

 

「ねぇ咲夜、アイツはどうなの? うまく働いてるかしら?」

 

 レミリアは寝巻きからいつものピンクの洋服に咲夜が着替えさせながら、横谷の事を咲夜に尋ねる。

 

「はっきり言って、使えませんね。掃除もまともに出来ないですし、図書館では小悪魔から『ここには合わない』と言われ、今しがたパチュリー様と妹様の分の朝食を運びに行っていますが、少し不満を漏らしましたし……」

「ふぅん」

 

 咲夜の酷評にも特に何も言うことなく相槌を打つ。働きっぷりに関してはメイド妖精と等価値と考えているのか特に関心はないようだ。

 

「お嬢様、あの男がここに働かせるほど有能な人間とは思いません。あの男の血だけが目的なら、わざわざ働かせなくても良いのでは?」

 

 咲夜はレミリアに率直に意見を言う。異議を唱える意味ではなく純粋に理由がわからないのだ。

もちろん横谷という男が有能な人物であるなら「さすがはレミリアの御眼鏡にかなった外来人」としてあんな意見を言うこともなかったが、メイド妖精よりも劣る働きっぷりに咲夜は正直に言って「居ても居なくてもどうでもいい、むしろ邪魔な外来人」でしかない。

 ボロ雑巾のように使いなさい、とレミリアが紫からもらったボロ雑巾を使えと言われても、ここでは使いようがない。

 それに理由があの男の血を欲しいだけなら生かす必要がない。そもそも幻想郷には外来人を殺してはいけないというルールはない、殺しても「元々計算に入っていない人が消えた」程度しか扱われないほど外来人の命は安い。

 大抵の外来人は妖怪に喰われたり、のたれ死んでも誰かからお咎めを食らうことはなく、その死者は無縁塚に埋葬されたり、たまにある妖怪にどこかへ運ばれるなどされて存在を闇に葬られてしまう。

 

「つまり、私の手であの男を処分して欲しいと?」

 

 着替え終えたレミリアは、皮肉な言葉を言い放ち椅子に座る。

 

「い、いえ、そういう意味では……」

 

 咲夜は慌てて訂正する。その姿を見てレミリアはいたずらっぽく笑う。

 

「ふふ、冗談よ。でもまだあの男を生かしておくわ」

「それは何故でしょうか?」

「アイツを殺して血を手に入れるのは簡単なこと。なんだったら今すぐにでも行動を起こせるし、失敗なんてありえない。だからまだ泳がして、そこで生かす価値があるか決める。焦ることなんてないわ」

 

 レミリアは腕を大きく広げて理由を述べる。その姿は、腕を広げた空間から優を監視して、高みの見物をしているように見えた。

 

「確かにそうかも知れないですが、小悪魔に合わないなどと言われる外来人が価値ある人物とは思いませんが」

「そうかしら? 昨日、魔理沙が例によって図書館に侵入したけど何も取らずに、しかもなぜか泣いて帰っていったわ。今まで魔理沙があんな姿で帰っていくのは見たことなかったわ、アイツが図書館に働いて本が盗まれなかったってことは、警備員に向いてるかもしれないわね」

 

 どうやらレミリアは自部屋で唯一の大きな窓から、魔理沙の図書館への侵入と退散の一部始終を見ていたようだ。

 

「は、はぁ」

 

 咲夜は浮かない顔をして返事を返し、テーブルの上に朝食をレミリアの目の前に置き、次いでカップに紅茶を入れる。

 

「それが駄目なら、フランの玩具(おもちゃ)にしてもいいかもしれないわね」

 

 レミリアはふふ、と笑みを浮かべながら紅茶を口の中に入れる。そして次の瞬間、レミリアの顔が一気にしかめた。

 

「……咲夜。この紅茶に何か入れたかしら?」

「あ、はい。庭先に植えていたバラを一本、紅茶に使いました」

 

 今度は咲夜が笑みを浮かべて説明する。

 

「まぁ、バラが入った紅茶は優雅でいいと思うけど、なんで青臭いのかしら?」

「バラの全てを余すことなく使いました。勿論、茎もミキサーに掛けて紅茶の中に入れました」

「……そう。もう下がっていいわ」

「? わかりました……」

 

 咲夜は首を傾げたが、言われるがままに部屋を後にする。

 

「はぁ……何年も咲夜を見てきているけど、あの天然は全く読めないわ……」

 

 そう言ってレミリアは、咲夜が作った創作紅茶を窓からテラスに垂らしていく。

 

 

「だはぁ! ハァ、ハァ……ちくしょう、なんで起きたし、くそったれ……」

 

 勢い良く走った代償に、心臓が早鐘を打って息を乱している。横谷は息を整いながら悪態を漏らす、そこに咲夜が現れる。

 

「なにをそんなに息を切らしているの? パチュリー様になにか失態でもしたの?」

「……俺をそんなに役立たずの外来人にしたいか」

 

 眉をひそめながら横谷は息を切らした理由を言う。

 

「多分フランに……妹様に見つかった。それで走って逃げてきたんだ」

 

 それを聞いた咲夜の顔は曇る。いつも咲夜自らが運んでいるときでもフランは反応することはなかった。とはいえ長年この仕事を務めた自分から、突然新しい人が代わりに行えば何かしらの違和感に反応することはあるだろう。

 それよりは、横谷がフランに見られた。それは目に付けられたに等しい。興味を持って部屋から出て接触することも考えられるだろう。そして新しいおもちゃを見つけたと思って半ば強制的に遊ばせ、最悪の場合は能力を使って殺してしまうかもしれない。

 咲夜の心配は横谷が死んでしまう可能性ではなく、能力で殺された後は跡形も無くなってしまうため、レミリアが望んでいた横谷の血が採れなくなってしまうことに対してだった。

 

「そう、じゃあキッチンにバスケットあるから、それ持って門番に行って頂戴」

 

 咲夜は冷静に横谷の言葉をスルーして、次の仕事に就くよう促す。

 

「いや、なんでそんな冷静なんだよ? 大丈夫なんだろうな? この後目ぇ付けられて殺されかけるなんて嫌だぞ!?」

「いいから、早く行きなさい……何ならここで殺されたいかしら?」 

 

 そう言うなり咲夜は、ナイフホルダーからナイフを取り出す。それを見た横谷は青ざめた顔で即座にキッチンに向かって走った。

 

「良かったわね、お嬢様があの事を言っていなければここで死んでいたわ」

 

 咲夜は無様に走っている横谷を尻目に独り言を言う。ナイフをホルダーにしまった後、咲夜は思索に耽る。

 

(妹様を監視したほうがいいかしら……アイツの命はいいとして、血が無くなったらお嬢様や妹様に作る紅茶の材料が消えてしまうわ……)

 


 
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