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とある 食蜂派閥と女王の行方 

流され体質な操祈ちゃんと結構女王様を操っている縦ロールちゃん

2013-05-29 00:42:23 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:5811   閲覧ユーザー数:5729

とある 食蜂派閥と女王の行方 

 

「女王っ!? 女王っ!? どちらにいらっしゃいますかっ!?」

 トレードマークであり自身の二つ名ともなっている自慢の縦ロールを揺らしながら少女は常盤台中学の校舎内を必死に駆け巡っていた。

「今日は大切な派閥の総会があるというのに……女王はどちらですのぉっ!!」

 走りながら縦ロールの焦りはどんどん増していく。

 今日は半年に1度の食蜂派閥の総会。1年生から3年生までの派閥構成員数十人が一同に会議室に集う最も公式性の高い集会が開かれる。

 体調不良で授業を欠席した者にさえ出席を求める厳格な出欠管理体制を敷いている。

 全員強制参加。それが今日の総会の絶対にして唯一のルール。

 全ては派閥の長である食蜂操祈との絆を謁見を通じて確認するために。

 なのに、総会の要であるその操祈がどこにもいなかった。

「女王っ! お隠れになるのは冗談が過ぎますわよっ!」

 常盤台の校舎内では禁止されている大声を張り上げるも効果は無し。操祈は一向に見つからない。

 操祈のための派閥で操祈のために総会を開くのに本人がいないのでは話にならない。操祈不在のために総会中止となったのでは、派閥構成員からどれほどの不満が表出されるのか分からない。それは操祈のカリスマに傷を付けることに他ならない。

「女王派閥は……女王のカリスマによってのみ成り立っているというのに……」

 縦ロールは下唇を軽く噛んで苛立ちを表す。操祈の秘書的なポジションを辞任している彼女の焦りは最高潮に達していた。

 彼女の理解によれば、食蜂派閥はレベル5第5位心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈を個人崇拝するための派閥だった。

 能力の系統も学年も部活も異なる数多くの構成員たちが一つの派閥を築いていられるのは、操祈という求心点のあってのこと。

 操祈という荘厳にして強大な力を誇る女王が君臨しているからこそ、本来何ら利害関係を結ばないはずの少女たちが一つの旗の下に集うことができる。

 けれどもそれは、食蜂操祈という少女に常盤台中学の生徒たちを魅了して止まないカリスマがあっての話。裏を返せば操祈のカリスマに陰りが生じれば派閥は容易に瓦解する。それは縦ロールにとって最も恐ろしい事態であり、けれどあり得ない話ではないと思っている。

 そして操祈はその比類なき強大な能力、中学生離れした抜群のプロポーションとモデル顔負けの美貌というハイスペックに反し、カリスマの発揮と維持にはほとんど関心がない。女王らしく振舞うことにまるで執着がない。

 

『甘いもの大~~好き♪ 縦ロールちゃ~ん、愛してるからぁケーキもう5つ食べていいわよねぇ~?』

『却下です。先ほど昼食を採ったばかりでケーキをそのように食せば……体重が2キロは増えますわよ』

『…………別に女同士なんだからぁいいじゃん。男の子の目があるわけでもないんだしぃ』

『女王の完璧なプロポーションが崩れるなどあってはなりません。ゆえに却下です』

『え~っ! 縦ロールちゃん、私に厳し過ぎぃ~。ぶぅ~ぶぅ~』

 

 操祈は女王の座を脅かそうとする者に対しては(実際にはそんな者は皆無だが)容赦しない一方で、ガサツだったり品位のない振る舞いを平気で行う。縦ロールが終始監視してサポートしない限り操祈は何を口走り何をするか油断ならない。

 

『例え私がプクプクに太ってもぉ~常盤台の生徒たちの認識を操作してぇスリムボディーのままに見えるようにしてればいいじゃん』

『写真でも撮られたら本当はプクプクだってバレてしまいますわよ』

『写真を見た子の認識をまた変えちゃえばいいじゃん♪』

『写真がインターネット上に流出したら幾ら女王でも対処しきれませんよ』

『縦ロールちゃんは随分細かくて難しくてどうでもいいことを考えてるのねぇ~』

『何とおっしゃろうと、女王の美しいプロポーションを乱す行為はたとえ女王だろうと許しません』

『ぶぅ~ぶぅ~』

 

 操祈には人間の記憶を自在に操作できるという能力が存在する。けれど、誰がどこで何を見て誰に何をどう伝えるのか分からない現代社会においては操祈の超能力といえども完璧ではない。

 操祈の力でも対処しきれない領域が幾らでもある以上、縦ロールとしては過失自体をなくしたい。けれど、操祈は自身の言動に対して無頓着だった。

 そして操祈は形成している派閥の維持に対してもかなり無頓着だった。

 

『女王……次回の派閥総会についでですが』

『あぁ~そういうのぉ面倒くさいからパスぅ。縦ロールちゃん代わりにお願いねぇ』

『女王派閥はみな、女王のカリスマに惹かれて集まってきた者たちばかりです。女王として臣下の礼にたまには報いていただきませんと派閥が瓦解しかねません』

『……その認識がそもそも間違いなんだけどねぇ』

『今、何かおっしゃいましたか?』

『う~ん。派閥を辞めたくなったらぁ別にぃ辞めてもらえばいいじゃん。敵対したり私の女王の座を脅かそうとしない限りどうでもいいって言うかぁ』

『女王がそんな認識では学内最大、いえ、歴代常盤台中学の派閥の中でも最大級の勢力を誇る女王派閥の維持など到底務まりません』

『はいはい。分かりましたよぉ~。出ればいいんでしょ出ればぁ…………権力ごっこにもセレブごっこにもあんまり興味ないんだけどなぁ』

 

 操祈は今日もまた派閥構成員との顔合わせの席を逃げ出している。それは縦ロールにとって行事の中止、派閥の危機を招くという問題以上の意味を持って嫌なことだった。

「どうして……どうして女王は女王らしく振舞ってくれませんのっ!」

 縦ロールにとって操祈が女王らしく常に優雅に完璧に振舞ってくれないことは大きな苦痛だった。

「遂に巡り合えた……私の真のお嬢さま。理想を体現できる女王だと言うのにっ!」

 縦ロールの操祈へ寄せる想いは誰よりも情熱的で派閥への忠義は厚かった。彼女は操祈と食蜂派閥にこの常盤台中学に入学してきた意義を見出していたのだから。

「私の常盤台は……女王と共にあるのだから」

 縦ロールは自慢の巻き毛をそっと撫でた。

 

 

 縦ロールが何故常盤台中学を進学先に選んだのかと問われればその答えは決まっていた。

 

『私が常盤台中学を志願した理由は……本物のお嬢さまに囲まれて優雅で煌びやかな学生生活を送りたいからです』

 

 小学生時代の縦ロールはお嬢さまに憧れるごく普通の一般庶民だった。彼女は同年代の他の多くの少女のように上流階級、お嬢さまといったものに大きな憧れを抱いていた。

 けれど、縦ロールには他の少女と明確に違う点が1つあった。それは、お嬢さまへの憧れをただの憧れに終わらせないことだった。

 

『初春さん。私……努力を重ねて中学は常盤台に進みたいと思っています』

『常盤台中学と言えば……学園都市でも五本の指に入る名門校ですよぉ。ああ~♪ 学園生活もきっと優雅なんでしょうねぇ~』

『ええっ。本物の上流階級とお嬢さまたちが常盤台には存在しているのです。私は、ハイソ階級への仲間入りを果たしたいですわ』

 

 縦ロールは同じ学校に通う1歳下の友人に向かって自分の夢をよく熱く語っていた。

 

『でも、常盤台はレベル3以上の高位能力者じゃないと入学できないんじゃ? それに、礼儀作法や習い事の実力なども面接で評価されるので合格がとても難しいとか』

『私、先月の測定で遂にレベル3に上がりました。常盤台の受験資格を手に入れましたわ』

『それはとてもすごいです。おめでとうございます♪』

『お茶や舞踊、パーティーマナーなどは以前より習っています。本物のお嬢さまたちに無作法と笑われたくはありませんので』

 

 縦ロールは本物のお嬢さまよりもお嬢さまらしくありたいと願っていた。そのための努力を一心不乱に積み重ねていた。

 

『その縦ロールの髪型もとってもお嬢さまっぽいですよね♪ 乗馬とかテニスとかお嬢さまっぽい趣味がよく似合いそうです』

『外見から気合を入れませんと本物のお嬢さまたちに対して見劣りしてしまいますから』

『本当にお嬢さまへの憧れが強いんですねぇ』

『ええっ。お嬢さまの仲間入りを果たすことは私の大きな夢ですから。初春さんも常盤台を目指してみては?』

『私はレベル1ですし、ハイソな習い事をしたことがありません。そして何より……お嬢さま学校にはホモがありませんから。私はBLがある共学に進みたいと思います』

『えっ? ホモっ!? BLっ!?』

 

 縦ロールという少女の原動力は真正のお嬢様に対する憧れ。言い直せば、生まれながらにはお嬢様ではない自分に対する強いコンプレックスだった。

 

 

『ここが学び舎の園……私のような庶民には一生縁がないと思っていた場所に、ようやく辿り着くことができました……』

 

 入学式当日。縦ロールは今にも涙を流してしまいそうになりながら感無量の想いで第7学区学び舎の園の光景を眺めていた。

 近隣に集う5つの名だたるお嬢様学校が共同で開発し運営している乙女たちのみの箱庭。他からは隔離された選ばれし少女たちの街は縦ロールには光り輝いて見えていた。

 漫画や小説に出てくる上流階級サロンへの立ち寄り資格を得た気分だった。それは、小説や漫画のヒロインと自分が一体化したかのような高揚感を彼女に与えていた。

 けれど、縦ロールは気付いてしまった。

 

『私……目立ってますわよね』

 

 自分がこの街の主人公たる女学生たちの注目を浴びてしまっていることを。何人もの女学生が縦ロールにチラチラと視線を送ってきていた。

 憧れや好意の視線でないのは明白だった。悪意までは感じないものの奇妙なもの、場にそぐわないものを見るような視線だった。校内で漫画のキャラに扮したコスプレイヤーに遭遇してしまったかのように微妙な振る舞いを見せて去っていく。

 

『……私は、お嬢さまにはなれていない。ということですの?』

 

 盛り上がっていた気分が急速に冷めていくのを感じた。自分がこの学び舎の園の住人でいることに不適切のレッテルを貼られた気分だった。

 この時の彼女はまだ気付いていなかった。幾本もの華麗な縦ロールという彼女のトレードマークそのものが、お嬢さまの象徴と考えたこの髪型こそが違和感を乙女たちに与えていたことを。

 入学を直前にして再び強まったお嬢さまに対するコンプレックス。

 その強すぎるコンプレックスは常盤台中学に入学し、本物のお嬢さまたちと接することで更なる変化、いや、歪みを見せることになった。

 

「女王っ! どこですのぉ~~っ!!」

 校舎内を走り回るという明確な校則違反を犯してまで操祈を探した者の本人に繋がる糸口は何も掴めない。

 総会中止の四文字が頭の中にチラついて縦ロールの緊張感が急激に増していく。

 恥も外聞も捨てて校内放送やメーリングリストを用いて操祈の居場所の情報提供を求めようかと思ったその時だった。

「縦ロールさん」

 後ろから声が掛かった。振り返るとショートカットの柔和な表情を浮かべた少女が立っていた。

「口囃子さま」

 立っていたのは食蜂派閥に所属する3年生の口囃子(こばやし)早鳥だった。縦ロールは少し安堵して息を吐き出した。

「あの、女王の居場所は……」

 縦ロールは不安げな表情でレベル3のテレパス能力者の少女に尋ねた。

「私のテレパスの有効範囲内にはいませんね。派閥所属の精神系能力者の方にこっそり食蜂さんを探して頂いていますが……校内にはいらっしゃらないと見た方がよろしいかと」

 口囃子は首を横に振った。

「やはりそうですのね……」

 縦ロールの口からため息が漏れ出た。操祈はあまりにも奔放すぎる。そして奔放さを許されてしまう強大な能力を操祈が有しているのがまた問題だった。

 

「女王にはあまり奥の手を使って頂きたくありませんわ」

 操祈には同時に複数の人間の記憶を改ざんできる能力がある。総会をすっぽかした後に派閥構成員たちに偽の記憶を植え付ける可能性は十分に考えられた。総会は成功裏に終わったと思い込まされるかも知れない。

 改ざん込みでの放浪なのだろうとは縦ロールには予測が付いている。

 けれど、その筋書きを実行して欲しくなかった。その展開は悲しすぎるから。14歳の少女にとって派閥構成員たちの女王への憧れと思慕は綺麗なものであって欲しかった。

 だから、何としてでも総会が始まる前に操祈を見つけ出したかった。

「こうなったら……女王を探しに外へ出るしかありませんわね」

 このまま手をこまねいて総会中止に追い込まれるのは嫌だった。そこで縦ロールは校外に探しに出ることにした。

「探すあてはあるのですか?」

 口囃子が不安そうに縦ロールに尋ねた。

「いいえ。私がカフェにお連れする以外に女王がご自分でどちらに出掛けられているのか確かめたことはありませんの。教えてもくださいませんし」

 縦ロールは首を横に振った。

「では、闇雲にこの広い学園都市を探すおつもりですか?」

「…………はい」

 自分の計画性のなさに落ち込んでしまう。

「ですが、自分にできることを全力でしたいのです。たとえ愚かな行為であろうと」

「……でしたら、私もお供しますわ」

 口囃子は頷いてみせた。

「えっ?」

 口囃子の突然の申し出に縦ロールの方が驚いた。

「私のテレパス能力を使えば女王に関する噂をキャッチできるかもしれません。あの方はとても目を引く外見をしていますので。闇雲に探すよりはマシになるかと」

「ですがそれでは口囃子先輩にご迷惑と負担を……」

 縦ロールも精神干渉系の能力はその使用が大きな負担となることは知っている。複数の人間を同時に相手にするとなるとその分消耗は激しくなる。

 操祈のような桁違いのキャパシティーを持つ超能力者でもなければ、使用を制限した方が良い能力だと縦ロールは認識していた。けれど、口囃子は首をゆっくりと横に振った。

「たまには先輩らしいことをさせてください」

 口囃子はクスッと笑った。

「それに総会は参加が強制ではありますが、みなさんが今日の集まりを楽しみにしているのもまた事実です。その期待は裏切らないようにしたいですから」

「…………はいっ。よろしくお願いします」

 縦ロールと口囃子は連れ立って学校の敷地の外へと出て行った。

 

 

『縦ロールさんと口囃子さんがあの様子では女王の失踪は確かのようですわね』

『食蜂さんも困った方ですわね。大らか過ぎると言うか空気が読めないと言うか』

『厳しい物言いですのね。まあ、それはともかくとして、総会を無事に開くためには……最悪、女王の替え玉が必要ですわ』

『替え玉? そんな都合の良い方が急に見つかるとは……』

『私たちは常盤台中学の生徒。全員がレベル3以上の高位能力者です。幾つかの条件さえ満たしている人物なら、女王の代わりを演じてもらうこともきっとできるかと』

『幾つかの条件、ですか?』

『女王の不在を口外しない口の堅い方々の能力を合わせて考えますと、女王に負けないスタイルの良さ、似た声質、マイペースで動じない性格。この3つの点を兼ね備えている方ならきっと女王の代わりを務めてくれるはずです』

『確かに御坂さんの寂しい胸では食蜂さんの代わりは務まりませんわね。プッと笑われるのがオチですね。大平原と山脈では真似しようがありませんものね』

『いえ、そんな、御坂さんをピンポイントで貶めたいわけでは……』

『ですがとにかく、常盤台の生徒に条件に該当する方はいません。私たちも外に出て替え玉を探しましょう』

『自分で提案しておいてなんですが、女王の替え玉を探すって、女王本人を探すのと同じぐらい大変なのでは?』

『それは面倒くさいですわね。なら、御坂さんの部屋からゲコタ人形を無断でお借りして食蜂さんに仕立てたことにしてみんなでワイワイ総会を開きましょうか?』

『よりによって何故ゲコタなんですか? しかも御坂さんと女王に喧嘩売る行為を……』

『けれど他に、良い替え玉は……』

 

『富樫く~ん、六花ちゃ~ん、モリサマちゃん、デコちゃ~ん。どこ~? せっかくの学園都市見学なのにはぐれちゃったよぉ。疲れたからここでお昼寝しよ。お休みぃ~♪』

 

『『いたぁ~~っ!!』』

 

 縦ロールが常盤台中学に入ってすぐに感じたのは“本物のお嬢さま”たちへの失望であり、“本物のお嬢さまには絶対になれない自分”への失望だった。

 

『習い事、ですか? お父さまに勧められて色々習ってはおりましたが……私、生来手先が不器用で体を動かすのも得意ではないのでこれと言った特技は……』

 

 常盤台の生徒たちは縦ロールが期待していたほどお嬢さま然とした存在ではなかった。

 縦ロールが思い描くようなお嬢さま必須スキルを身に付けている学生はさほど多くなかった。また、それを自ら進んで習得した者は更に少なかった。

 外観に関しても、縦ロールにはお嬢さまと一般人の間に差があるようには思えなかった。

全員が同じ制服姿ということもあったが、漫画や小説で表現されるような特別なオーラのようなものは一切感じなかった。ごく普通の子に思えた。新入生の中で幾本もの縦ロールをはやしている彼女はむしろ浮いた存在だった。

 一方で、常盤台の生徒たちは全く予想していなかった質問を縦ロールへと最初に投げ掛けてきた。

 

『お父さまのご職業は何ですか?』

『えっ? 父、ですか? その、普通の地方公務員ですが……』

 

『お母さまはどの家のご出身ですの?』

『母の……出身、ですか? えと、小さな定食屋の娘ですが……』

 

 常盤台に通う“本物のお嬢さまたち”が最初に縦ロールに尋ねたのは、家柄であり血筋だった。縦ロール個人の能力や才覚ではなく、彼女が生まれながらにして持っている“モノ”であった。

 言い換えれば、縦ロール自身にはどうにもならない先天的な部分こそがお嬢さまにとっては最も大事な識別ポイントだった。

常盤台に通う令嬢たちはその点を何ら悪意も含みもなくごく自然に最初に尋ねてきた。それは彼女たちにとっては相手を称賛し親密になる材料を得るための善意の表れだった。

 

『生まれながらのお嬢さまでなければ……本物のお嬢さまにはなれない。そういうことですわね』

 

 縦ロールは頭の中のお嬢さま像と実際のお嬢さまとの間のギャップに苦悩していた。

 念願叶ってやっと入学したはずの名門お嬢さま学校は縦ロールにとって楽しい場所ではなくなっていた。

 彼女は入学後親しい友人を作ることもなくクラスメイトたちと距離を置きながら漠然と無為に時間を過ごしていた。

 

『結局……私にはこんなお嬢さまらしくない趣味しか自分を慰めることもできませんのね』

 

 入学から1ヶ月ほど経ったその日も縦ロールは人の近寄ってこない敷地の片隅のベンチで秘蔵コレクションを眺めながら時間を潰していた。

 

『ゲコタ、ピョン子コレクションは常盤台の方々にはとてもお見せできませんね……』

 

 ゲコタストラップを指で突きながら自嘲して笑ってみせる。

 縦ロールはお嬢さまの仲間入りを果たすべくそれらしい習い事を積み重ねてきた。一方で彼女の美的趣向はそれから離れたものへも向けられていた。それがゲコタ・ピョン子グッズの収集だった。

 

『ゲコタ、ですか? わたし、両生類はちょっと……ホモならいいんですが』

 

 ゲコタコレクションは小学生時代から既に周囲の友達に引かれていた。カエルキャラであり子供向けというレッテルを貼られたゲコタグッズは同世代の少女には全く好かれなかった。

 常盤台中学校に入っても状況はまるで変わらない。探りを入れている段階でゲコタの評判はすこぶる悪かった。

 なので縦ロールは自分のコレクションを常盤台中学の誰かに見せたことはなかった。

 

『もし常盤台の中に私と同じゲコラーの方がおりましても……私と同じように趣味を公にすることはできず、肩身が狭い思いをしているのでしょうね』

 

 縦ロールはまだ見ぬ、存在しているのかさえも怪しい校内の同志と感覚をシンクロさせながらゲコタシャープペンを撫でた。

 

『…………なんで縦ロールちゃんはぁ~こんな校舎の片隅でぇ奇妙なシャーペンに向かって語り掛けているのぉ?』

 

 いつの間にか真正面から少女が1人、縦ロールのコレクションが入った箱を覗き込んでいた。長いブロンドの髪がひと際目立つスタイルの良い美人だった。

 

『あっ、あなたは……』

『縦ロールちゃんったらぁ~入学してもう1ヶ月以上経つのにぃまぁだクラスメイトの名前も覚えてないわけぇ? いけないんダゾ♪』

『勿論……知っていますけど……学園都市レベル5第5位の心理掌握さん』

『う~ん。それは私の名前じゃなくてぇ二つ名の方なんだけどなぁ。まあ、いっか。私もあなたのことを縦ロールちゃんってあだ名で呼んでるし♪』

 

 目の前に現れた陽気な声を出す少女は、それまで縦ロールと縁が全くなかったクラスメイトの食蜂操祈だった。

 

「本当に……女王ったら、どこに行ったのでしょうかね?」

 縦ロールは口囃子と共に校門の外に出た。眼前に広がるのは学園都市第七学区の学舎の園の風景。名門お嬢さま学校が集まるこの地区で出店を許されているだけあってお洒落でセンスがある店が並んでいる。

 今でこそ慣れたが、入学当初この街は縦ロールにとってアウェイの象徴だった。

 昔のことを思い出して若干苦い思いをしながら操祈がいないか必死になって探す。特に喫茶店には気を配って凝視した。

「どうやらこの辺りに操祈さんはいらしていないみたいですわね」

 縦ロールより早く結論を口にしたのは口囃子の方だった。

「あちらのテラスでお茶を楽しんでいる方々にちょっと無断で回線を開いてお話を勝手に聞かせていただいていたのですが、操祈さんに関する話題は全く出ていませんでした」

「先輩の能力は探偵に向いていますわね……っ」

 縦ロールは口囃子が強引な方法で情報収集を行っていることにちょっと驚いた。

「私にできるのは精々が集音器か携帯の代わりぐらいのものです。ですが操祈さんは私とは次元の異なる様々なことができます。その力にはとても憧れますよ」

 口囃子は縦ロールに向かって笑ってみせた。

「そうでしたわね。私たちはみな、女王に憧れて派閥に加わったのでしたね」

 縦ロールは口囃子の言葉に同意してみせた。

「さあ、女王を探しに他の所に参りましょうか」

「はい」

 縦ロールたちは更に場所を移動することにした。

 

 

 2人はバスに乗って第七学区の繁華街へとやって来た。

「人の多い場所なら女王の手掛かりを握っている方も多いかと思いましたが……」

 縦ロールの口からため息が漏れ出た。金曜日の放課後の繁華街は人間で溢れすぎていた。

 彼女はまたも自分の考えが甘すぎたことを悟らずにはいられなかった。

「ダメですね。人の流れが激しすぎて……通行人に注意を払っている方がいません」

 口囃子は首を横に振った。

 縦ロールはピョン子型の携帯を取り出して中身を確認する。

「やはり、女王発見の報はありません」

 大きなため息と共に縦ロールの焦りは加速していく。

「回線を無作為に繋いで色々な方に情報提供を求めてみますか?」

「いえ。それは周囲にパニックを起こすだけでしょう。やはり、聞くのであれば常盤台の生徒にしませんと……」

 自信のない声で縦ロールは述べた。常盤台の生徒は基本的に大人しい。なので、学び舎の園を出て繁華街に出てくる生徒は元より少ない。

 都合良く常盤台の生徒が通り掛かる可能性は低いと縦ロール自身も感じている。

 けれど、縦ロールはこの瞬間、運が良かった。

 

「あっ! あちらに常盤台の制服の方が3名いますね」

 口囃子の声に反応して顔を向け直す。

「あれは…………婚后さんと水泳部の1年生の2人、ですわね」

 

 道路を挟んだ反対側の歩道を仲良さそうに3人並んで歩いている少女たち。操祈ほど目を惹く存在ではないものの、本物のお嬢さまであり美少女トリオと呼べる。

 けれど、そんな3人組を見る縦ロールの視線は複雑だった。

「…………よりによって現れたのが婚后さんたちだなんて。新たに派閥を立ち上げ御坂さんとも親しい潜在的に女王と敵対する可能性がある彼女たち、ですの……」

 大きなため息が漏れ出た。

 婚后光子は縦ロールにとっては頭の痛い人物だった。

 婚后は2年生から常盤台に転入してきた。いまだ常盤台のしきたりに慣れておらず、また、常盤台生のほとんどが入学直後に有形無形で受ける”洗礼”とも遠い存在だった。

 一方で婚后は自身を立派な常盤台生徒として積極的に振る舞おうとしていた。

 行事があるごとに積極的に参加し自分の存在を誇示してきた。他校の生徒とも口で堂々と渡り合い、後ろに控えようとする他の常盤台生と比べると大きな差異を見せている。

 そんな婚后が派閥に興味を持つようになったのはある意味で自然なことだった。

 婚后は常盤台の中でも5本の指に入る実力の持ち主。彼女の操る能力エアロ・ハンドは純粋な威力だけなら美琴に次ぐ。

 その一方、婚后の言動は自身の粗忽さもあって空回っている印象が強い。故に、校内でみさきや美琴に次ぐ有名人であるのは間違いないが、人気者であるとは言えない。むしろコメディアン的というか、笑われる対象であった。

 

『私婚后光子はここに常盤台ミステリーリサーチ、略してTMRの設立を宣言いたしますわ』

 

 けれど、婚后は派閥を立ち上げた。仲の良い2人の後輩と共に。

 

『ふ~ん。婚后さんてばぁ~新しく派閥を立ち上げるなんてぇ、現行の常盤台に随分とぉ不満があるみたいねぇ』

『じょ、女王……っ』

『別に心配しなくてもぉちょっかいなんて出さないわよぉ。心狭いって思われたくないしぃ。御坂さんを怒らせちゃいそうだからぁ』

 

 婚后の派閥立ち上げは操祈を不快にさせ、縦ロールを緊張させた。常盤台で派閥を立ち上げるとは現状への不満表出と受け取られる行為だった。

 操祈は婚后の行動を快くは思っていない。けれど、縦ロールが知る限り、操祈が婚后や1年生に対して直接何かをしたことはない。放置している。

 婚后が立ち上げた派閥は総勢3名の弱小勢力。そしてその活動内容は校外の不思議を探索するいわばただの社会勉強。操祈と利害が衝突する類のものではない。

 3人が美琴と近いことが気掛かりのようだったが、それ故に操祈は婚后たちと関らないようにしているように縦ロールには見えた。

 操祈が関らないようにしている3人に近付いて良いものか縦ロールは判断に悩んでいた。

「婚后さんに接触して情報を得るべきか否か。迷いますわね」

 自慢の縦ロールを指に巻いて回しながら思案する。 

「縦ロールさん。今、私たちにとって最も必要なことは何なのか? よく見極めて行動するべきだと思いますよ」

「先輩」

 考えてみる。何故、ここまで出てきたのか? 何のために学校を出てきたのか?

 全ては操祈を探し出すため。総会を無事に開催するため。

 考えるまでもなかった。

「私……婚后さんにお話を聞こうと思います」

 縦ロールは拳を強く握り締めた。

「ええ。私もそれが良いと思います」

 口囃子の力強い頷きも得て全身に力が篭る。

「それでは……お話を聞きに参りましょうか」

「はいっ」

 縦ロールと口囃子は横断歩道を渡って婚后たちへと近付いていったのだった。

 

『へぇ~。縦ロールちゃんはぁ私に全然興味がなかったのねえぇ』

『あの、別にそんなことは……』

 縦ロールは食蜂操祈に顔を覗き込まれて焦っている。

『別に気にしなくて良いわよぉ。化物って強く思われてるよりはよっぽど友好的よぉ』

『化物? ………………あっ』

 縦ロールはふと思い出した。食蜂操祈が人の記憶と精神を自由自在に操る強大な能力を有している。そのために多くの女学生たちから否定的な感情を持たれていることを。

『クラスメイトなのに随分遠い人のように考えているのねぇ……ああっ、なるほど。縦ロールちゃんはお嬢さまに夢中なのねぇ』

『何故私がお嬢さまに頭を悩ませていると知っているのですか? ……ああ、なるほど』

 縦ロールは自分の頭の中を覗かれているのだと理解した。

『驚いてないのね』

『…………高位能力者のお嬢さまが集まっている学校に通っているのですから、そういうこともあるかと』

『縦ロールちゃんは、私が考えたお嬢さまの枠に夢中なのね』

 操祈は小さく息を吐き出した。

『そしてあなたの理想のお嬢さまがいなくてこの学校に随分失望しているのね』

 操祈は縦ロールのゲコタコレクションを見ながら言葉を付け足した。

『…………はい。私の期待に応えてくれるお嬢さまはいません』

 操祈に嘘を付いても仕方ない。そう思って縦ロールは頷いた。

『まあ、この学校の生徒に失望しているっていう点ではぁ私も同じなんだけどねぇ』

 操祈は楽しそうに笑ってみせた。

『みんな御坂さんみたいなぁ漫画の主人公タイプの能力を持つレベル5ならぁ尊敬するらしいんだけどねぇ。私みたいなぁ敵役タイプの能力を持つレベル5はダメなのよねぇ。小学校の時と……何も変わってないって言うかぁ』

 ブロンド髪の少女は笑顔を崩さない。けれど、その笑顔が縦ロールには悲しく思えた。

 

『縦ロールちゃんは高位能力には関心がないの? 私にも御坂さんにも入学時から興味がなかったみたいだけど』

 操祈は不思議なものを見る目で縦ロールを見ている。

『…………私がここに来たのはお嬢さまの仲間入りするためでしたから。入学する時までレベル5の方が2人も入ってくるなんて知りませんでした』

『ああ。今年の常盤台入試の倍率が高くて驚いた理由をようやく理解したみたいね。そうよ。みんな御坂さんと一緒の学校に通いたくて、倍率が高かったの』

 操祈は自分と一緒に通いたいとは口にしなかった。そのさりげない排除は縦ロールに寂しい気持ちを催させた。

『みんなが縦ロールちゃんのようにぃ能力に無関心ならぁそれはそれで良いんだけどねえ。まあ、そうなったらぁこの学校は価値がなくなって潰れるでしょうけどねぇ』

『…………私の求めるお嬢さまとは外見や振る舞いが優雅なだけでなく、ハイスペックな能力の持ち主です。一般人には決して成しえない強大な力というのもお嬢さまの大事な一要素だと思います』

『なるほどぉ。私のこの力もお嬢さま指数に転換できるってことねぇ。私のお嬢さま指数は御坂さんと並んでなかなかってことね。うんうん』

『そうなりますね』

 縦ロールと操祈は顔を合わせて小さく笑いあった。

 

『食蜂さ~ん。こちらにいらっしゃったんですね』

 ショートカットの少女が小走りに2人に近付いてきた。

『こんにちは』

 少女は縦ロールに対しても丁寧に頭を下げた。

『あっ、こんにちは……先輩』

 縦ロールは見慣れない女子生徒に向かって挨拶した。70名ほどの1年生の中では見たことのない生徒だったので先輩だと思った。

『今、お取り込み中でしたか?』

 ショートカット少女は操祈と縦ロールを交互に見ながら首を傾げた。

『い、いえ。別に。先輩、ご用件があるならどうぞ』

『それではご歓談の最中に失礼いたします』

 先輩少女は頭を軽く下げると操祈に近付いて耳打ちした。

『…………そう。私に直接言えばいいものを。本当、ここのお嬢さま先輩方は手口が陰湿で私好みだわぁ』

 操祈の表情から笑みが消えて暗い瞳になった。

『縦ロールちゃ~ん。悪いんだけど私ぃちょっと用事ができちゃった♪ ムカつく派閥をちょっとぶっ潰してきちゃうゾっ♪』

 操祈は可愛らしくウィンクしてみせた。

『あ、あの……一体、何が?』

『実は私ぃ~常盤台のスキルアウトのボスやってるのよねぇ~♪』

 再び楽しそうに語る操祈。縦ロールには訳が分からない。

『常盤台にスキルアウトが? えっ? でも、スキルアウトって無能力者の集まりなんじゃ?』

『常盤台の気に入らないお嬢さまたちに風穴開けてやるのが私たちの派閥なの』

『ああ、派閥。ですか…………気に入らないお嬢さまたちに風穴』

 縦ロールは操祈の言葉の何かが胸にグっとくるのを感じた。

『そういう訳でぇ~今からちょっとぉスキルアウトらしくぅ対抗勢力シメてきま~すぅ♪』

『あっ、はい。気をつけて……』

 縦ロールは立ち上がって操祈と先輩少女を見送る。

『3年生だか何だか知らないけれど、レベル4が5人集まったぐらいでイキがるなんて、大層な自信家よねぇ』

『…………やり過ぎないように気を付けてくださいよ』

『う~ん。それは相手次第かもぉ』

 操祈と先輩少女は会話を交えながら縦ロールの視界から消えていった。

『常盤台のお嬢さまに……風穴を開ける……か』

 そのフレームは縦ロールの口から何度も何度も繰り返して呟かれた。そしてそのフレームを口にした操祈のことを思い出す度に胸の奥が熱くなった。

 これが縦ロールと操祈の事実上の初対面だった。

 

 

「婚后さんたちのお話ですと、こちらの公園に女王はいらっしゃるという話ですが……」

 縦ロールは婚后たちに話を聞いて操祈の居場所に関して重要な情報を掴んだ。けれど、その情報は縦ロールの表情を渋くさせるものだった。

 

『食蜂操祈さんでしたら、御坂さんがよく立ち寄る公園で拝見しましたわ。ツンツン頭の高校生ぐらいの殿方と一緒に』

 

「御坂さんがよく立ち寄る公園……ツンツン頭の高校生ぐらいの殿方と一緒……」

 常盤台の女王の威厳を保つためには非常に良くない事態が生じているのではないか?

 そんな嫌な予感がしてならない。

「縦ロールさんは食蜂さんが心配ですか?」

 自分の不安を見透かされたように口囃子に顔を覗き込まれた。

「当然です。常盤台の女王の沽券に関わる問題ですから」

 仕方なく頷いてみせる。

「こんなにも熱心に心配してくださる方がいて食蜂さんは幸せ者ですね」

 口囃子は縦ロールの瞳をジッと見る。

「ですが、その心配の仕方は食蜂さんを寂しがらせているとも思いますよ」

「えっ?」

「ご存知の通り、食蜂さんは寂しがり屋さんですから」

「へっ?」

 口囃子の言葉の意味が分からない。操祈がそのふてぶてしいまでの尊大な態度とは裏腹に割とセンチメンタリストであることは縦ロールも知っている。

 けれど、何故その話を今自分に向かってするのかよく分からない。

「さあ、そろそろ公園ですわ」

「は、はい」

 2人は公園の中へと入っていく。

 

「女王はどこに……って、電撃っ!? あの大きさ……まさか御坂さんがっ!?」

 縦ロールは公園に入った早々に、その隅の一角から巨大な電気な柱が天に向かって吹き上げているのを発見した。

 常盤台中学が誇る最強無敵の電撃姫、学園都市レベル5の第3位超電磁砲こと御坂美琴の電撃に間違いなかった。

「女王が危ないのかもしれませんわ。早く行きましょうっ!」

「えっ、ええ」

 驚きの表情で空を見上げている口囃子を急かせて電撃が発生した場所へと走る。

 1分ほどで自販機とベンチがある休憩スペースへと到着し縦ロールは操祈を発見した。彼女にとっては最悪な形で。

 

「なっ? あれは一体、どうなっているのですの?」

 縦ロールは目の前の光景が信じられなかった。

 いや、信じたくなかった。

 操祈は見知らぬツンツン頭の少年と腕を組んで立っていた。豊満な胸を押し付けて自分たちの仲の良さを見せつける感じにしながら。操祈はとても楽しんでいるように見える。

 そして操祈と少年の正面には美琴が立っている。全身から青白い電気の柱を立ち上らせながら。誰の目にも怒っているのは明らかだった。

「私の目には食蜂さんと御坂さんがあちらの殿方を取り合っているように見えますわね」

 隣に立つ口囃子は楽しそうに3人の様子を見ている。

「これが恋の修羅場というものなのですね。私、生で見たのはこれが初めてです」

「何をのん気なことを……女王が御坂さんと見知らぬ男を取り合って三角関係だなんて……そんなこと、あるはずが……」

 あるはずがないとは思いつつも、目の前の光景はそれが現実であることを物語っている。

 そして目の前で繰り広げられている会話はどう見ても恋の修羅場のものだった。

 

「私がぁ上条さんとお付き合いするのをぉ御坂さんはぁ反対するのぉ? もしかしてぇ御坂さんは上条さんのことをチュキチュキ愛してるモード力全開だったりするのかしらぁ?」

「アンタみたいなゲス女まで引っ掛ける見境のないエロハーレム王を誰が好きになるって言うのよっ! バカも休み休みに言いなさいっ!」

「見境のないエロハーレム王って幾ら何でも酷すぎませんかぁ? 俺はただ、高校生のお兄さんとして操祈ちゃんの悩みを聞いて解決しようとしてだな」

「操祈ちゃん……ですってぇ~っ!? 何でアンタ、その女を名前で呼んでんのよ?」

「それは勿論私と上条さんがぁ親しい仲って言うかぁ深い仲、だからだゾ♪」

「へぇ~。アンタ……私のことは御坂って苗字で呼ぶのにソイツのことは名前で呼んでるんだぁ。本当に随分仲が良いのねぇ」

「まあ待て。落ち着け。俺は本人の希望を取り入れて操祈ちゃんと呼んでいるのであって、別に深い意味があるわけじゃ……」

「でもぉ、上条さんのおうちに招待されてぇお泊りとかしちゃったらぁ~操祈って呼び捨てにされちゃう未来が待ってるのは確定力発揮みたいな? キャハ♪」

「操祈ちゃん。お願いだからこれ以上御坂を煽らないで。本気で俺たち死ぬって!! アイツのヤバさはよく分かってるんでしょ!」

「頑張ってぇ~愛する上条さぁ~ん♪」

「アンタたち2人とも黒焦げにしてあげるわ。お泊り展開がなくなって残念ね」

 

「御坂さんが想いを寄せている殿方に食蜂さんが略奪愛を仕掛けている構図ですわね♪ 素敵ですわ」

 口囃子は瞳を輝かせながら操祈たちを見ている。

「その構図で間違いないとは思いますが……何でそんなに楽しそうなのですか?」

「恋バナが嫌いな女の子はいませんよ♪」

「そんな可愛い場面にはとても思えないのですが……」

 微笑んでみせる口囃子に対して縦ロールの冷や汗は止まらない。

 会話の最中に美琴は何回も操祈たちに向かって電撃を放っている。直撃すれば間違いなく死ぬレベルの電気の塊を。上条と呼ばれている高校生であるらしい少年が右手を突き出して電撃を打ち消しているために事なきを得ているが。

「それにしても……最大出力でないとはいえ、御坂さんの電撃を何度も打ち消しているあの殿方は一体何者なのでしょうかね?」

 縦ロールには上条がどうやって美琴の攻撃を防いでいるのかよく分からない。避雷針などを利用して電撃をどこかに避けているわけでも、反射させているわけでもない。上条の手に触れた途端に電撃がかき消されているように見える。どんな能力なのか仕組みがよく分からない。

「それは勿論……」

「勿論?」

「食蜂さんと御坂さんの運命の王子さまに決まっていますわよ♪ 素敵ですわよね♪」

「いえ、そうじゃなくてですね……」

 恋の三角関係に嵌ってしまっているらしい口囃子に分析を求めても無駄なようだった。

 

「学園都市第3位と第5位に同時に好意を寄せられて、なおかつ第3位と互角に張り合う。あの殿方もレベル5なのでしょうかね?」

 自問しながらそんなはずはないと心の中で打ち消す。

 縦ロールは他のレベル5について潜在的競争者になるかも知れないと調べてみたことがある。その結果知り得たレベル5の男たちの名前と顔は目の前の上条と一致しない。

「もしや、いまだ到達者0人と言われているレベル6だとか? けれど、女王や御坂さんが好意を寄せていることを考えるとそう仮定した方が自然かもしれませんわ」

「恋をするのにレベルは関係ない気がしますわ」

 縦ロールの仮説を口囃子は否定した。

「確かにあの男性が持っている不思議な能力は操祈さんと御坂さんを惹きつけるのに大事なポイントになっていると思います」

「はい」

「ですが、すごい力を持っているというだけで恋に落ちるほどあの2人は安い少女ではありませんよ。きっとあの男性には食蜂さんたちが夢中になる他の素敵な点があるのだと思います」

「は、はあ」

 縦ロールは頷きながらもまごついた。カップルや人物を見るときにどうしてもバランスというものを最初に考えてしまうのが彼女の物の見方だったから。

「縦ロールさんだって……食蜂さんのレベル5という称号と圧倒的な力にだけ惹かれたわけではないでしょう?」

「えっ?」

 食蜂派閥に所属している意味を聞かれて、即答することができなかった。

「力に惹かれただけなら、御坂さんを長にして派閥を立ち上げることもできたはず。多くの時間と労力を割いて派閥の維持と運営に専心することもないはず。割に合いませんもの」

「そ、それは……」

「縦ロールさんには他ならぬ食蜂さんに惹かれた点がきっとあるはずですわ」

「………………っ」

 縦ロールは黙り込んでしまった。自分が何か重要なことを忘れてしまっている気がしてならない。でも、それが何なのか具体的によく分からない。

 食蜂派閥を、そして操祈を盛り立てることにずっと懸命だった。でも、それが故に自分の原点がどこにあったのかもう分からなくなってしまっていた。

 

「さあ、アンタたちとのお遊戯もこれまでよ。次の最大出力の攻撃で消し炭にしてあげる」

「いやぁ~ん。御坂さんが怖いぃ~上条さ~ん♪」

「こんな時までフザケて抱きつかないでっ! 俺ら本当に死んじまうっての! そして御坂、お前悪役が似合いすぎなその黒い笑顔を止めろっ!」

 

「って、今は悩んでいる時ではありませんわ。女王を助けにいきませんと」

 縦ロールが悩んでいる間に事態は一層の悪化を迎えていた。怒りに満ちた美琴の体から吹き上げられる電気の柱が尋常ではない大きさに膨れている。

「そうですわね。でも、どうするのですか? あの状態の御坂さんをどうにかするのは私たちには……」

 縦ロールは目を瞑って考える。

「下手な考え休むに似たり。全力で女王をお守りするだけです」

 縦ロールはピョン子の携帯を取り出し右手に持ちながら3人の前へと飛び出していった。

「縦ロールさん。幾ら何でもそれは無謀です!」

 口囃子の制止も聞かずに。

「大丈夫っ! 御坂さんは私と同じゲコラー。同じ趣味を持つ者同士、きっと分かり合ってこの場を収めることができるはずです」

 縦ロールが口囃子と自分に説明しながら美琴の斜め左後方から接近していく。

 けれど、それはあまりにも危険な行為だった。

「うん?」

 美琴の体の周囲に張られている微量な電気は接近してくるUNKNOWNの存在を捉え本体へと情報を伝えた。

 美琴の本能は接近してくる正体不明の存在を反射的に敵と判断し、直ちに迎撃態勢を取った。そして美琴の理性が判断を下す前に蓄えている膨大な電気の一部を接近物体に向かって放っていた。

「えっ?」

 縦ロールは呆然としながらその光景を見ていた。

 背中を向けたままの美琴から1発の電撃が放たれたことを。そして殺傷能力に満ちたその電撃は自分へと向かって飛来してきた。

 

 

『縦ロールちゃんは今日もひとりっきりなのねぇ~』

 その日もまた操祈は校舎の片隅でこっそりゲコタコレクションを眺めている縦ロールの元へとやってきた。

『ゲコタコレクションは心穏やかに1人で見るものです』

 縦ロールはため息を吐いて操祈に答えた。1週間ほぼ毎日のように操祈は縦ロールを訪れていた。

『心理掌握さんこそ、こんな所で私に構っていて良いのですか? 派閥の方が待っておられるのでは?』

『だから私はぁ心理が苗字でも掌握が名前でもないんだけどなぁ』

 操祈は小さく息を吐く。

『それにぃ、私が一緒にいると派閥のみんなも偉くて怖~い先輩方に目をつけられちゃうからぁちょっと距離を置いた方が良いのよぉ』

『3年生を中心とする派閥を幾つも潰して回ったのによく言いますね』

『だってぇ~降りかかる火の粉は火元から叩き潰すのがぁ私のモットー? だしぃ~♪』

 操祈は明るく笑ってみせた。

 操祈が新しく派閥を立ち上げ、その為に上級生の既存派閥のリーダーたちから不評を買っていることは縦ロールもよく知っていた。

 既存派閥の面々はその不満を食蜂派閥の数少ない構成員たちにもぶつけた。それが操祈を怒らせて、既存の派閥との全面対立へとエスカレートしていった。

 レベル4の行為能力者さえも軽々操ってしまう操祈は各派閥を自身の能力をもって黙らせている状態だった。けれど、力による弾圧は既存派閥との更なる溝を産む結果を招くことになってしまっていた。

『力を見せ付けるだけでなく、カリスマを発揮して相手勢力を抱き込む姿勢も見せませんといつまでも対立の時間が続きますよ。労力の無駄遣いになります』

『う~ん。そういうことを言われてもぉよく分からないんだよねぇ。穏健な人間関係なんてぇ私のこれまでの人生には全然なかった話だしぃ』

『穏健な関係がないって、どんな人生送ってきたんですか? 狼に育てられたとか?』

 縦ロールは怪訝な表情を操祈に向けた。

『…………まぁそんな感じかもぉ』

 操祈は僅かに目を逸らして短く息を吐き出した。

 

『縦ロールちゃんこそぉ毎日ぼっちでぇ穏健な人間関係があるようには見えないのだけどぉ?』

『…………ここは私の考えるお嬢さまの園とは違う場所です。どうにも馴染めません』

 今度は縦ロールがため息を吐く番だった。

『あなたの考える理想のお嬢さまがいないからぁ?』

『…………はい』

 操祈相手に嘘をついても仕方ない。それは彼女と近く接したことがある者にとっては常識だった。頭の中を覗かれれば嘘か本当かすぐに見抜かれてしまうのだから。だからこそ、操祈以外の相手であれば同意し難い世間体の悪い言葉も認めなければならない。

 思春期の多感な少女たちにとってそれはとても苦痛なことだった。操祈との接近は自分の評価を押し下げる可能性が高い。そのリスクもあって操祈は煙たがられる存在だった。

 縦ロールのように学校に馴染めていないことが自他共にあからさまな場合を除けば。

 

『お嬢さまがいないんならぁ……縦ロールちゃんが理想のお嬢さまになっちゃえばいいんじゃないのぉ?』

『私がお嬢さまに? ……あっ』

 何気なく紡ぎ出された操祈の言葉は縦ロールにはとても新鮮なものに聞こえた。

『私ならぁ現状が気に入らないならぶっ潰して新しく作り変えちゃうゾぉ♪』

 操祈は楽しそうに笑ってみせた。

 そんな操祈の大胆不敵な言葉を聞きながら縦ロールは1週間前のことを思い出していた。

 

〔常盤台の気に入らないお嬢さまたちに風穴開けてやるのが私たちの派閥なの〕

 

『……この人のハングリーさはブレがないんだ』

 胸の奥がカッと熱くなった。常盤台中学に入学して一番の高揚感だった。

『縦ロールちゃんはぁ髪型も気合入ってるしぃ~なっちゃえばいいじゃん。生まれながらの何となくお嬢さまなんて全部蹴散らしてさぁ。私が本物のお嬢さまダゾってね♪』

 話す操祈はとても楽しそう。常盤台に通う“本物の”お嬢さまと縦ロールが取って代わる光景を想像して楽しんでいるようだった。

『お気持ちは大変嬉しいです。ですが……私にはこの学校の生徒に取って代われるようなお嬢さま力に欠けています』

『えぇ~? そんなことないと思うけどぉ。常盤台の生徒の中で一番漫画に出てくるお嬢さまキャラと瓜二つなのは縦ロールちゃんなのにぃ。ぶぅ~ぶぅ~』

 操祈は唇を尖らせてブーイングする。

『私は格好だけのなんちゃってお嬢さまですから。能力や内面的な強さも含めた真のお嬢さま足りえる人物は他にいますよ』

『う~ん。御坂さん?』

 縦ロールは首を横に振った。

『その方はお嬢さまとしてはまだまだ原石の段階です。ですが、私が幼少時より研究してきたお嬢さまエッセンスを注入してその方を本物のお嬢さまにしてみせます』

『へぇ~。縦ロールちゃんにもそんな胸を熱くさせる存在がいたんだねぇ。サービスでそれが誰かは覗かないであげるねぇ』

『すぐに分かることになると思いますよ。私の理想とする、気高く美しい本物のお嬢さまはもうじき現れますから』

『それは楽しみねぇ。縦ロールちゃんのコーディネート力に超期待みたいなぁ~♪』

 操祈が楽しそうに笑ったその時だった。

 10人ほどの常盤台生徒が縦ロールたちを取り囲んだのは。

 

 

『先輩方ぁ~。こんなに大勢で訪問とはぁ私も大人気ですネェ』

 どう見ても友好的には見えない女子生徒たちを前にして操祈は余裕の表情を見せる。

『この1週間、アンタが好き勝手してくれたせいで各派閥の面子は丸潰れなのよ』

『私たちにも常盤台上級生としてのプライドがあるのよ』

『下級生にはちゃんと“教育”を施さないとねえ』

 面々は操祈を見ながら怒りを露にしている。

 正面から縦ロールと操祈を取り囲んでいる生徒は10人。

『……伏兵も周到に準備していますわね』

けれど、縦ロールは視界の隅、植え込みの中や校舎の陰に数名ずつの生徒が隠れているのを発見した。総勢20名。各派閥の実力者の揃い踏みといった様相を呈している。

 それはつまり、常盤台生徒の中でも指折りの実力者たちがこの場に集結して操祈を排除しようとしていることを意味する。

 けれど、そんな状況にも関わらず操祈は涼しい顔をしている。そんな彼女の余裕の態度に縦ロールは再び強い高揚感を得ていた。

『そっちのお嬢さま気取りの勘違い庶民ともども、今日こそ上級生へのマナーを躾けてあげるわよ』

 女生徒たちが1歩ずつ前へと足を踏み出す。そんな彼女たちに対して操祈は──

『お嬢さま気取りの勘違い庶民……ふ~ん。私のお友達にそんなこと言っちゃうんだぁ』

 瞳を怒らせながら黒い笑みを返してみせた。

 

『先輩たち全員のぉ今日の記憶を消してあげましょうかぁ?』

 操祈はリモコンを取り出しながら昏い表情を浮かべた。

『この人数相手に可能かしら? お前が物理攻撃に弱いことは分かってる。こちらは誰か1発でも入れれば勝ちだ』

 操祈の挑発に対して女生徒たちは人数を頼りに反論に出る。

『それに私たちの記憶をどれだけ消そうが無駄だ。私たちはお前を一目見ただけで嫌悪感を覚える。何度記憶を消されようが、改ざんされようが、何度でもお前を狙う』

 ある女生徒の言葉に他の生徒たちが一斉に頷いてみせる。

『本当に性格悪いですねぇ先輩たち♪ レディーの品性の欠片もないんダゾ♪』

 操祈は笑って返しながら縦ロールを見た。

『こんな感じの毎日だからぁ困るのよねぇ』

 縦ロールは操祈と女生徒たちを交互に見比べた。

『毎日毎日突っ掛かって来られるのも面倒だしぃ……同士討ちしてもらって入院でもしてもらおうかしらぁ?』

 クスッと笑う。操祈は20人という敵の数を全く気にしていない。敵になるとさえ思っていないのは縦ロールの目には明らかだった。

 けれど彼女は怒っている。その理由についても縦ロールには見当がついている。

 なら、縦ロールがここで提案すべきは一つだった。

 

『怪我をさせても誰も得をしません。それよりも、校舎の隅に隠れている者も含めて敵対者を全員動けなくしていただけますか? 私の話がよく聞こえるように耳も塞げなくして』

 縦ロールは自分の使命を果たすべく要求を述べた。

『…………オーケー。そういう面白い展開は私ぃ大好きよぉ』

 操祈は楽しそうに笑ってみせた。

『お前たちっ! こんな状況だってのに、何を楽しそうに笑ってるんだ!』

 縦ロールたちを取り囲む範囲が狭くなる。それに対して操祈は

『私を倒したいのなら御坂さんを引き入れなさいっての。それができないから先輩たちは三下なんダゾ』

 ムッとした表情でリモコンを押してみせた。

 その瞬間、操祈に詰め寄ろうとした10名、隠れていた10名が共に動きを止めた。

『屋上と校舎内から私を狙っている奴らも止めてやったゾ♪ 隠れているつもりなんて思考が筒抜けの私には通じな~い♪』

 操祈は縦ロールが存在を気付かなかった箇所にまで潜んでいた相手方の動きを封じた。

『……胆力、能力、実行力。何をとっても素晴らしいですね、本当に』

 縦ロールは操祈の圧倒的な実力を目の当たりにして感嘆の息を漏らしている。

『じゃあ、今度は縦ロールちゃんのお手並みを拝見させてもらうわ』

 操祈は目を閉じた。

『ええ。お任せを』

 縦ロールは大きく息を吸い込んだ。縦ロールの一世一代の大演説、いや、説教の始まりだった。

 

『控えなさいっ! こちらにおられるお方をどなたと心得えますか? 常盤台に冠たる食蜂派閥の長、常盤台の女王です。あなたたちのような下賎の輩が無礼を働いて良い存在ではありませんっ!』

 立ち上がり手を横に振りながら凛とした声で女生徒たちに告げる。颯爽と述べた縦ロールだったが、女生徒たちは一斉に反発を示した。

『誰が下賎の輩よ。私のパパは大手貿易業の社長でママは旧華族の出身なのよ』

『女王って……その女は化物って言った方がより実態に即しているじゃないの』

『後輩の分際で生意気言っているんじゃないわよ!』

『黙りなさいっ!』

 女生徒たちの声を一喝して黙らせる。

『たかが1、2年早く生まれたことでしか己を威張り散らせない、能力も半端。知性も教養も半端。言われなければ誰にも気付かれない名家の看板オーラを掲げるしか芸のないまがい物どもが女王の威光に並び立てるとでも思ったのですか? 思い上がるなっ!』

 縦ロールの叱責に女生徒たちの動かないはずの体がビクッと震えた。

『この常盤台に真の令嬢たる資質を持ち得るは、この女王をおいて他にはおりません。あなた方程度が真のお嬢さまの如くして我が物顔に振舞うのは不届きであり越権行為です。身の程を弁えて今すぐ女王に謝罪して許しを乞いなさい!』

『あっ……』

 縦ロールと操祈を交互に見ながら女生徒たちは震えていく。

『あなたたちの安寧、栄光、挫折、滅亡。それらは全て女王の御心次第なのです。あなたたちは女王の前に膝をつき頭を垂れた状態ではじめて尊厳を得られるのです。そして女王に逆らうとは、全てを失うことなのです。それは現状を考えれば分かるはず。あなたたちは名誉ある常盤台の生徒の一員を全うしたいとは思わないのですか? 女王と共に栄光を掴みたいとは思わないのですか? あなたたちは何のためにここに入学したのですか?』

 生徒たちからの反論の声はなくなっていた。代わりに重い沈黙がこの場を支配する。

 

『まぁまぁ縦ロールちゃ~ん。先輩方をあんまりイジめちゃダメよぉ~』

 沈黙を打ち破ったのは操祈だった。

『私は別にぃ先輩方に謝って欲しいとは思ってないしぃ~。ただ、私たちの活動をちょっと寛大な目で認めて欲しいだけだしぃ~』

 操祈はリモコンのボタンをもう1度押した。

 女生徒たちの操作が解けた。けれど、動こうとする者は1人もいなかった。

『そういうわけでぇ食蜂派閥の存在をぉ先輩方に認めて欲しいんですよぉ~。意地悪しないでね♪』

 ウィンクして可愛らしくアピール。

『……分かった。今後二度と食蜂派閥には手出ししない』

 中央の女生徒が呟くと周囲の少女たちは一斉に首を縦に振った。

 食蜂派閥が常盤台の生徒たちから認定を受けた瞬間、いや、食蜂派閥が誰にも邪魔されず中央部に君臨する土台を得た瞬間だった。

 

「えっ?」

 美琴の身体から漏れ出た電撃の一部は上空に向かって伸び、まるで竜のようにして弧を描きながら縦ロールを襲ってきた。

 その突然の出来事に縦ロールの身体は全く反応できない。走っていたはずがいつの間にか止まっている身体で呆然と空を見上げていた。

 少女は1秒後に迫った感電死の運命を漠然と残酷に受け入れるしかない。

「縦ロールッ!!」

 その運命を打ち破ったのはブロンド髪の少女だった。

 操祈は美琴に向けてありったけの能力を発動させた。

「きゃぁああああああああぁっ!?!?」

 操祈の精神干渉は美琴の電磁バリアによって弾かれる。けれど、その際に美琴の顔の付近で小さな爆発が幾つも生じた。

 爆発は美琴に怪我をさせるほどのものではなかったが、その体勢を大きく崩した。その結果、美琴が発していた電気も大きく揺らぐことになり、それは縦ロールに向かって発射されてしまった電撃の軌道にも大きな影響を及ぼした。

「ひぃっ!?」

 電撃は縦ロールの顔のすぐ脇を掠めていったものの直撃することはなかった。

 

 けれど、まだ縦ロールたちの危機が過ぎ去ったわけではなかった。

「あれ? 電撃が……コントロールできない?」

美琴の集中力が途切れ体勢を崩したことによって、既に体外に放出されている大電撃が彼女の制御を離れてしまった。

 天に向かって伸びていた電気の柱が今度は渦を巻くようにして揺らぎながら地上目掛けて落ちてくる。

「上条さんッ!」

「おうよっ!」

 けれど、上条という少年はこのような非常時においても落ち着いていた。

 上条は操祈から離れると右手を前に突き出しながら美琴に向かって突進し

「これで終わりだぁっ!」

 右手で美琴の身体に触れた。次の瞬間、街1つの電気システムを壊してもおかしくない膨大な量の電撃は一瞬にして掻き消されてしまった。

「一体……どうなっているのですの?」

「助かった。ということ以外何も分からないですね……」

 縦ロールは隣にやってきた口囃子と顔を見合わせながら首を捻るしかなかった。

 

 

「ふぅ~。さすがは上条さん。いつも絶体絶命の危機にいい仕事してますね。我ながら感心しちゃいますよ。うんうん」

 大事故を未然に防いだ上条はいい表情を見せている。しかし──

「アンタ……非常時のドサクサ紛れにどこを掴んで揉んでるのよ?」

 電撃を停止させたことで感謝されても良いはずの美琴から怒りの声を向けられた。

「えっ?」

 上条は緊張しながら顔を美琴の掴んでいる部分へと向ける。

 ……胸、だった。上条は美琴の胸を鷲掴みにしていた。

「いやぁ~ほとんど起伏がないから胸だって気付かなかったよ。てっきりお腹だとばかり思ってねぇ。あははははは」

 上条は泣きそうな表情で笑っている。もう笑うしかなかった。

「誰が貧乳ですって? 絶壁ですって? えぐれ胸ですって?」

「そこまでは言ってないだろうっ! 確かにボインボインな操祈ちゃんと比べる全然胸の膨らみがないけどな…………あっ」

 上条はしまったという表情を見せた。けれど、もう遅すぎた。

「そこのゲス女の前に……アンタから殺すっ!」

「暴力反対~~っ!! 命は大事にぃ~~っ!!」

 上条が全力で逃げ出し、美琴が追いかけながら電撃を放つ。

「待ちなさいよ、こらぁ~~~~っ!」

「操祈ちゃんっ! 御坂との仲直りはまた今度の機会に絶対果たしてみせるからなあ。それじゃあ、今日はこれでぇ~~っ!」

 その挨拶を最後に上条と美琴は公園内から姿を消して見えなくなってしまった。

「あ~え~と……」

 縦ロールはこの1分ほどに起きたことがあまりにも目まぐるし過ぎて付いていけない。

「行っちゃいましたね」

「そうですね」

 そんなどうでもいい会話をこなすのが精一杯だった。

 

 

「大丈夫だった?」

 目の前にやってきたブロンド髪少女に声を掛けられてようやく縦ロールは正気に戻った。

「あっ、はい。女王のおかげで生き長らえることができました。本当にありがとうございます」

 操祈に向かって丁寧に頭を下げる。操祈の機転がなければ死んでいたのは間違いなかった。衝撃が大き過ぎて実感が湧かないがとにかく危険な状況だった。

「縦ロールちゃんはぁ私の大事なお友達なんだからぁ助けるのは当然でしょう~」

 操祈は何でもないと言わんばかりに普段の語尾を延ばした喋り方をしてみせた。

「ですが、本来なら女王に捧げるべき命を、女王に助けていただいたことに無限の……」

「口囃子先輩たちは一体何をしにぃここまで来たんですかぁ?」

 長々と礼を述べ始めた縦ロールの話を打ち切って操祈は口囃子に尋ねた。

「今日は派閥の総会ですので食蜂さんを捕まえにここまできました」

「あ~今日は総会かぁ~。面倒臭いからぁ脳内から忘れ去っていたんだけどぉ~私が行かなきゃダメ?」

「ダメです。みなさん今日の親睦パーティーを楽しみにしているのですから」

 口囃子はすげなく答えた。しかも会の内容が変わっていた。

「縦ロールちゃんが代理の長ってことで仕切るってのはぁ?」

「ダメです。女王あっての女王派閥ですから」

 縦ロールの回答も簡潔明瞭だった。

「えぇ~。別にい~じゃん。御坂さんの部屋から無断でゲコタ人形借りてきてぇ~それを私だってことにしてぇみんなでワイワイやってれば大丈夫だってぇ」

「何故よりによってゲコタ人形なんですか? しかも御坂さんに喧嘩を売るような真似を」

「絶対誰か考えてるってぇ。食蜂派閥って割とそんな感じだしぃ」

「だからこそ、大事な席には女王に必ず出ていただかないと派閥の維持ができないのです。女王にはもっと女王としての自覚をお持ちになって頂かないと」

「……私を女王に仕立てたのは縦ロールちゃんなのにぃ。ぶぅ~ぶぅ~」

 操祈はブツブツと文句を述べ続けている。けれど、縦ロールは既に聞いていなかった。

「あっ」

代わりに操祈と手を繋いで前へ前へと歩き始めた。

 

「ある晴れた~昼さがり~いちばへ~続く道~荷馬車が~ゴトゴト~子牛を~乗せてゆく~かわいい子牛~売られて行くよ~」

「何でドナドナを歌うんですか?」

 縦ロールはムッとしながら操祈にたずねる。

「今の私の心境と一番合致しているなあって思ってねぇ」

 何かを諦める表情で空を見上げる操祈。

「数十人の生徒が女王を待っていてくれるのに、何でそんなに辛気臭い気分なんですか?」

 縦ロール、操祈、口囃子の3名は常盤台に帰るべく公園の中を歩いていく。

「大体、女王はもっと行事に積極的に参加してください。あなたを慕って臣の礼を採った者たちなのですから」

「……別に臣の礼なんか採ってくれなくて良いんだけどねぇ。まあ、女王さまごっこは私も好きだけどぉ」

「今、何とおっしゃいましたか?」

「う~ん。縦ロールちゃんが私のことを操祈ちゃんって名前で呼んでくれたら今後はもっと真面目に派閥の行事に参加しようかなあって」

「…………却下ですね、心理掌握さん。私の真のお嬢さまコーディネートはまだまだ夢半ばですので」

「私の心理掌握もまだまだよねぇ。ハァ~」

操祈は嫌がる表情を見せるものの握られた縦ロールの手を放さなかった。

 

『常盤台のお嬢さま先輩相手になかなかやるじゃない。ちょっと胸がスカッとしちゃったわぁ』

 女生徒たちがいなくなった後、ベンチに座り直した操祈は縦ロールを手を叩きながら誉めた。

『先輩たちを黙らせられたのはあなたの強大な力の行使があってこそのことですよ。私はその威力に便乗させてもらっただけです』

『それじゃあ私たち2人の大勝利ってことでぇ。勝利力発揮ぃ~♪』

 操祈は楽しそうゲコタストラップを指で突いている。

『常盤台の主要派閥の長たちは今日で懲りたでしょうからしばらくむやみにちょっかいを仕掛けてくることはないでしょう』

『のんびりした日常を送れるっていうことねぇ』

『いいえ。そうではありません』

 縦ロールは首を横に振った。

『女王の威光を常盤台全体に知らしめ、派閥の勢力を拡大して名実共に常盤台の顔となってこそ真の安泰は保たれるでしょう』

『えぇ~? そんなの面倒臭いよぉ』

 操祈は不満の声を上げる。けれど、縦ロールは操祈の手を握り締めて続けた。

『女王の女王への道は私がお手伝いしますから』

『えっ? 女王への道?』

 操祈は目を白黒させて戸惑っている。

『私が必ずや女王を真の女王……理想のお嬢さまに辿り着かせてみせます。常盤台に相応しい真のお嬢さまは……女王。あなたしかいません』

 縦ロールの口調はキッパリしていた。

 

『私がぁ女王になるとぉ~何かいいことあるのぉ? 私的にはぁスキルアウトのボスで十分なんだけどぉ』

『女王が真の女王になってくださいますと、私が幸せになれます』

 縦ロールの口調はとてもキッパリしていた。

『わぉ~。ブレない自己中ねぇ~』

『真のお嬢さまと巡り合ってその仲間入りを果たすのが私が常盤台にきた理由ですから』

『もうちょっとオブラードに包んでくれないかしらぁ? 私ちょっと泣きそうなんだけど』

『女王相手に嘘をついても仕方ありませんので』

 縦ロールの言葉にはどこまでもブレがなかった。

『勿論、女王が真の女王になれるべく私も全力でサポートいたします』

『縦ロールちゃん自身のために?』

『はいっ』

『私以上の自己中なんてぇ……初めて見たわよぉ。ぼっちキャラって怖いわぁ』

 操祈の瞳はちょっと涙が滲んでいる。

『でもぉ話を聞いている限りぃ私が女王になっても私に何の得もないように聞こえるんだけどぉ』

『女王が女王らしくなり、派閥が拡大すれば敵がひれ伏す安寧な生活が遅れるようになりますわ』

『う~ん。でもぉ現状でも鬱陶しいのがきたらぁさっきみたいに蹴散らしちゃえばいいんだしぃ』

『女王はそうかもしれません。ですが、他の女王派閥構成員は常盤台の実力者20名に囲まれて平気でいられるでしょうかね? スキルアウトのボスさん』

『……縦ロールちゃんにはぁ私の周囲の“大人たち”と一脈通じるものがあるわねぇ』

 操祈は目を瞑った。

『このまま私が縦ロールちゃんの話に乗せられてぇ女王になるのも悔しいからぁ何か見返りが欲しいわねぇ』

『見返り、ですか?』

 目を開く。

『そう。女王になる代わりに縦ロールちゃんには私のことを名前で呼んで欲しいなぁ。操祈ちゃんって♪』

 操祈はウィンクして最大限に可愛らしさを表現してみる。

『…………女王が真の女王になった時に呼んで差し上げますよ、心理掌握さん』

『何気にキッツい一言よね、それ』

 操祈は大きくため息を吐いた。

『ちなみにいつぐらいに私は真の女王らしくなれる予定なの?』

『私の脳内計算では卒業式の前日ぐらいには何とか』

『それって、操祈ちゃんって呼んでくれる期間が1日しかないじゃん!』

『なら、死ぬ気で頑張って常盤台の真の女王になってくださいね』

『……どうして私と普通に接してくれる人ってこうも悪人ばかりなのかしらねぇ』

『類が友を呼ぶからでしょう』

『私、女王なんでしょ? もうちょっと敬って。ううん、せめて人並みに扱ってよぉ』

『私の生活は女王と共にあります。この身命を賭してサポートいたしますよ』

『…………まっ、いっか。こうなったらなってやるわよ。縦ロールちゃんに認めてもらえるぐらいに立派な女王にね』

『はいっ』

 女王食蜂操祈が誕生した日だった。以降、食蜂派閥は急激に勢力を伸張させていくことになったのだった。

 

 

「総会が始まる時間からもう1時間以上経っているのよぉ。ハァハァ。みんなもぉ帰っちゃってるってぇ~」

 操祈は縦ロールと口囃子に手を引かれながら校舎内を走っていた。体力に自信のない彼女は学校前の停留所から走ってきただけなのに既にバテバテになっている。

「そんなはずはありません」

「ハァハァ。じゃあ、ゲコタ人形を身代わりに立てて、ハァハァ、みんなで楽しくやっているんだろうからぁ今更本物が入って来るのはぁKYだってぇ~」

「KYだろうがちゃんと入って挨拶をしていただきませんと。ごきげんようの一言でも」

「縦ロールちゃんがぁ身代わり説を否定しなくなってるぅ~。しかもごきげんようの一言のために走らされてるってぇひどくない? 女王虐待反対ぃ~」

「つべこべ言わずに走ってください」

 体育の授業もきちんと受けておけば良かったと思いながら必死に足を動かす。操祈が本当に死んでしまうのではないかと心配になった頃にようやく目的の教室が見えてきた。

「さあ、視聴覚室に到着しました。3秒以内に息を整えて女王然として入ってください」

「ハァハァ。無茶……言わないで。とりあえず、ハァハァ、中の様子を見るわよぉ」

 操祈は時間を稼ぐべく中を覗いてみることにした。

 

「今日の昼寝部はねぇ~……じゃなくてぇ食蜂派閥?の部活内容はねぇ……お昼寝だよぉ~♪」

 

 壇上には操祈の影武者が立てられて代わりに話をしていた。

「やっぱり影武者が立ってるじゃん……」

「金髪のカツラがずれてますわね」

「認識に影響を及ぼす能力も特に発動されてはないみたいですね」

 要するに操祈っぽい扮装をした赤の他人が喋っているのが丸分かりな構図だった。けれどそれに異議を唱えている者も特にいないようだった。

 

「お昼寝はとっても体にいいんだよぉ~♪ お昼寝をいっぱいするとおっぱいもスクスク大きくなるんだよぉ~♪」

「それでは、お昼寝をたくさんすれば女王のようなナイスバディに私もなれるのですか?」

「うん♪ いっぱいお昼寝してみんなでおっぱいバインバインのぉナイスバディさんになろうねぇ~♪」

 

 視聴覚室内から大歓声が巻き起こる。食蜂派閥はかつてない盛り上がりを見せていた。

「……私、出て行かない方がいいんじゃない、これ?」

「……残念ながら否定できませんわ」

「お昼寝をたくさんすれば……私もナイスバディになれるのでしょうか」

「「えっ?」」

 操祈の影武者のカリスマ?は口囃子も魅了していた。

 

「今日から食蜂昼寝部の目標はぁ~たくさんお昼寝してみんなでナイスバディさんになることだよぉ~♪」

「「「はいっ♪」」」

「それじゃあ早速実践だよぉ。みんなお昼寝開始ぃ~♪ くぅ~~」

「「「はいっ♪ すぴぃ~~」」」

 

 操祈の影武者が枕を抱いて突っ伏すと他の生徒たちも一斉にそれに習った。数十秒後には教室内のいたる所から寝息が聞こえるようになった。

「…………常盤台の女王のカリスマってすごいのねぇ。初めて知ったわ」

「…………ええ。私もまさかこんな形で確認することになるとは思いませんでした」

「それでは私も失礼してお昼寝させてもらいますね」

「「えっ?」」

 こうして食蜂派閥総会は大成功の内に幕を閉じたのだった。

 

 

 

 食蜂派閥改め食蜂昼寝部はナイスバディという単語に惹かれて更に多くの構成員を抱えることになった。

 

「お昼寝してナイスバディに……私も仲間に加わりたい。でも、あんな女と同じ活動をするなんて絶対に無理っ! でも、でも、私だってナイスバディになりたいのよぉ~っ!」

 

 そして食蜂昼寝部に入るか苦悶を続ける常盤台の誇る最強無敵の電撃姫の姿が校内でよく見かけられるようになったという。

 

 

 了

 

 

 

 

 


 
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