No.580935

真・恋姫無双 EP.111 悪魔編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2013-05-28 02:21:07 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2236   閲覧ユーザー数:2132

 自分の天幕に戻った桃香は、切り株を利用した台を目の前にしてジッと身動き一つせずに自分の右手を見つめていた。台の上には、小型の斧が置かれている。

 すぐそばには、劉協から預かった木箱もあった。

 

(どうすれば、いいのかな……)

 

 多くの人々を助けたいという気持ちに、嘘偽りはない。けれどそのために、自分の腕を切り落とすことなど正気とは思えなかった。

 

「でも、本当に――」

 

 本当に彼の言う通り、どんな病気や怪我も治せるのだとすれば、それだけのことをする価値があるのだろう。それは桃香にもわかっている。

 それに、天の御遣いの右手というのが心を惹いた。それはまさに、神の力である。天と一体化する高揚感が湧き上がる気がした。

 

(大勢の苦しむ人を見てきた。救えた命もあったし、救えなかった命もあった)

 

 その時点ではどうしようもなかった事だが、いつだって後悔の連続だった。他に出来ることがあったんじゃないかと、自分を責めたりする。

 

(今までなら、答えのない道だった。でも――)

 

 桃香は布を裂いた紐を、自分の右腕……肘の辺りに巻き付けてギュッと縛る。そしてそのまま、腕を台の上に乗せた。ゆっくり斧に手を伸ばし、大きく息を吸う。

 

(怖い……怖いよ……)

 

 斧を持つ左手が震えた。骨まで断つためには、ためらってはいけない。

 

「ハア……ハア……ハア……」

 

 呼吸が荒くなり、心臓が早鐘のように激しく脈打つ。視界が狭まり、意識が朦朧とするようだった。

 

 

 深呼吸を繰り返す。何度も何度も繰り返し、ギュッと目を閉じる。瞼の裏に、義姉妹の顔が浮かんだ。

 

(私はいつも、安全な場所にいる。けれど愛紗ちゃんや鈴々ちゃんは、命の危険が及ぶ場所で戦っているんだ。二人とも、今の私みたいな気分なのかな……)

 

 二人だけではない。他の将軍たちや兵士たちは、いつもどんな気持ちなのだろうか――桃香の心にそんな思いが広がる。

 

「私だって……戦っているんだよ」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた桃香は、パチッと目を見開いた。そして短い棒を口に咥えてしっかりと噛む。後は迷いを払うように一気に斧を振り上げ、叩きつけるように振り下ろした。

 

「――!」

 

 しびれるような激痛が、電流のごとく走る。砕けるほど棒を噛みしめ、声にならない声を上げた。鮮血が飛び、桃香は脂汗を浮かべながらその場をゴロゴロと転がった。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い……!!)

 

「ううぅーー! ふぅううーーー!」

 

 呻きとも呼吸ともつかぬ音を上げ、桃香は行き場のない激痛にひたすら耐えた。

 

(手を……付けないと……)

 

 思い出したように、天の御遣いの腕が入った木箱に手を伸ばす。這うようにして、ようやく取り出すと干からびたその腕を、自分の切り落とした腕の傷に押し当てた。

 するとどうだろう。血の通わぬ天の御遣いの腕に、生気が蘇り始めたのだ。細胞がウニウニと動いて、傷口に繋がっていく。ドクンと、血が流れる感覚が桃香に伝わって来た。

 

「あっ……痛みが引いていく」

 

 あれほどの激痛が、嘘のように消えてゆく。

 

「成功……したの?」

 

 ホッとしたように息を吐き出した桃香は、疲れたように全身の力を抜いた。

 

 

 その時だ。右腕にザワザワと鳥肌が立つような違和感が生まれた。

 

「何?」

 

 血が巡り、普通の状態に戻りつつあった右手が妙だった。感覚が戻りつつある中で、小さな虫が大量に這うような気味の悪い感覚が指先から上ってくる。

 

「あっ!」

 

 指が強ばり、痙攣する。そして自分の意思とは関係なく、指先が不規則に動き始めた。そしてギシギシと音を立て、掌が倍近くまで巨大化したのである。

 

「やだ……どうしたの」

 

 手のあちこちが節くれだって、剛毛がものすごい早さで伸び始めた。桃香が唖然とする間に、その右手は巨大な猿のような醜い姿に変わり果ててしまったのである。

 

「何で? どうして!?」

 

 困惑する桃香は、どうすることも出来ずに自分の右手を見つめていた。すると、不意に天幕の入り口が開いて、劉協が顔を覗かせたのである。

 

「ふふふふふ……ついにやったんだね」

「劉協様! 右手が!」

 

 すがるように桃香が言うと、劉協はわかっているという風に頷いて笑った。

 

「その右手は確かに天の御遣いのものだけれど、処刑場で血と怨念にまみれた呪いの右手だよ。奇跡の力なんてあるどころか、付けたものに呪いと災い呼ぶ忌まわしき存在なんだ」

「えっ!」

「あははははは! 桃香は本当に、馬鹿で、愚かだね!」

 

 劉協は本性を現し、悪魔のような笑みで桃香を見下ろして笑った。

 

 

 悔しさと恥ずかしさで、涙を浮かべた顔を赤く染めながら、桃香は自分の右手を隠すように抱いた。そのそばにかがんで、劉協は耳元で囁く。

 

「その右手は、徐々に桃香の体を侵食する。今はまだ右手だけだけど、いずれそこから全身が剛毛で覆われ、化け物のような姿に変わってしまうんだよ」

「……」

「意識も混濁し、正常な判断すら出来なくなるんだ。きっとそうなったらもう、誰も桃香だとは気づかない」

「……」

「あれほど君を慕っていた民たちも、その姿を見るたびに『化け物』と罵ることだろう。義姉妹の二人は、どう思うのかな? ふふふふ、それでもなお、桃香のことを『姉』と呼んでくれるだろうかね?」

 

 覗き込むように、桃香の顔を見る。彼女は唇を噛みしめ、小さく震えていた。

 

「……どうして」

「ん?」

「どうして、こんなことをするんですか?」

「どうしてだって?」

 

 ゆらりと立ち上がった劉協は、突然、感情を爆発させるように桃香を蹴飛ばしたのだ。

 

「きまってるだろ! メチャクチャにしてやりたかったからさ!」

 

 劉協は何度も、何度も桃香を蹴る。

 

「きさまらを! のうのうと生きてる連中を! ぐちゃぐちゃにしてやりたかったのさ! どいつも、どいつも、どいつも! 苦しんで、苦しんで、死ねばいい!」

 

 吐き出すように叫んだ劉協は、自分を落ち着かせるように息を吐く。

 

「これは復讐だ……復讐の始まりなんだよ」

 

 劉協の呟くような声を、桃香は遠くなる意識の中で聞いた。胸の奥には、ただ、絶望だけが広がる。


 
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