No.574912

白餅の代償

くれちさん

ギャグ風味。夢小説だけど高虎×女主としても読めるかと。

2013-05-10 19:17:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4222   閲覧ユーザー数:4207

 
 

小田原征伐の数年後、豊臣軍のとある戦勝の宴にて。

豊臣に客将として招かれている○○はいつもながら大手柄をあげていたが、途中顔を貸せと広間から連れ出された。

後方からは微かに賑やかな喧騒が聞こえてくる。早くあそこに戻りたいというより、○○はたった今突きつけられた話に現実逃避をしかけていた。

 

「で、どうする。今払えねばまた金利が付くが」

 

見下ろしてくる六尺二寸の長躯はいつも戦場で見る以上に威圧的だ。

宴から連れ出したのは藤堂高虎。

かつて白餅のお代を払えなかったのを貸しにしてくれたのはいいが、金利がついて、しかもそれが十五(十日で五割)というのは寝耳に水だった。

頭を下げてまで店主に掛け合ってくれた由、少しの金利はあろう、なくても心付けとして払おうとは思っていたものの、この金利はまったくもって初耳といってもいい。

そもそもあの白餅は二人で食べたもので○○が奢らねばならない道理はないのだが、当時高虎は士官先もない牢人だったというから、これは面子の問題でもある。

今や彼も大名とはいえ、こういったところにきっちりしているのは浅井家にいた頃からの付き合いで知っている。

しかし、何もこのめでたい日に催促しなくたっていいじゃないか。

 

「…いま、幾らになってるの」

 

試しに聞いてみて書面が差し出されたが、記された額は先の戦で稼いだ銭のほとんどと言って良かった。

 

「や、うん…わかっ、た…。今、払うね…」

 

ごそごそと○○は先ほど褒美に賜った金子を手にとった。すべて渡してしまえば完済だが、そうすると明日からの生活が立ち行かなくなる。

じぃっと手の中の大判を見つめる様を高虎はどこか楽しそうに見つめている。

 

「それを渡せばなんとやらだが…明日からがひもじくなるな」

 

何がおかしいのか。

暴利と言える金利をつけておいて、この手ぬぐい野郎。

そう考えても仕方が無い。

恨めしそうに手元を見つめ後ろ髪を引かれながらも、大判金を手渡しながら○○は気丈に強がった。

 

「…長宗我部家にお世話になるからいいもん」

「…なに?」

 

何を思ったか、途端に高虎の目つきが鋭くなった。

 

「最近親貞のお墓参りも行ってないし、元親ならきっと置いてくれるとおもう」

 

誰に言うでもなく○○は独りごちた。

この大判で路銀くらいの釣りはくるだろうから、それで長宗我部家を頼ればよいと。

 

「…わざわざ海を渡ってまで頼るとは、仲の良いことだな」

 

○○は長宗我部家から豊臣に来た。

故に今も親密な間柄でもおかしくはないのだが、当主親族の墓参りに行くなどよほど濃い付き合いをしていたのかと高虎がかまをかけた。

払えぬ借金をふっかけある目的を達成してやろうという、企みを押し隠して。

一方とりあえずの命綱が見つかり、余裕のできた○○には揶揄に返す余裕さえあった。

 

「元親とは、凄絶な仲だからね」

 

ぴきぃ、と途端に場の空気が凍りついた。

○○からすればただ単に、凄絶凄絶と口癖のように言い合っていた仲というだけだったのだが、それがいたく高虎の機嫌を損ねたようだった。

 

「…そういえば忘れていたが」

 

戦場で獲物を狙う目つきで、にやりと高虎が意地悪く笑った。

 

「この金利は複利。先に出した勘定は単利だと失念していた。…すまんな」

 

まったく申し訳ないというそぶりも見せない笑みを他所に○○が青くなった。

 

「な…!ふ、複利!?ねえちょっ…白餅で複利って!」

「なんとでも言え。借りたからにはきっちり耳を揃えて払ってもらう」

「お、鬼…!」

 

複利で十五とはこの時勢でも摘発されかねないとんだ極悪な高利貸しである。

大名のくせにとんだ銭ゲバだとは、意地でも言えない。

 

「じゃ、じゃあ、奥州に立て替えてもらえる伝手があるから…。ひと月だけ」

「待てんな。今払えぬなら体で払ってもらう」

 

ことの他広い○○の顔に逃げ切りはさせじと高虎が退路を塞いだ。

逃がす訳にはいかない。ずっとこんな機会を伺っていたのだ。

 

「な、さっきはそんなこと…」

「気が変わった。状況の変わらぬ戦場などない」

 

ここのどこが戦場だというのか。

払う払わぬと生活の危機に瀕して押し問答をしている様をそう言うなら否定はしないが、誰もその掛けは要求していない。

 

「ただし…」

 

ああだめだ売られる何処かに売られる絶対売られるもしくは無賃労働か地下行きかと途方に暮れかけた○○に、待っていたとばかりに高虎が折衷案を切り出した。

 

「嫁に来るというなら結納金で貸し借りなしにしてやってもいい」

「…!?」

 

まさか予測もし得なかった言葉に○○が目を白黒させた。

 

「ど、どうしちゃったの高虎…。熱でもあるの」

 

思わず置かれている状況も忘れ、ぺたぺたと手を伸ばして触ってみる。相変わらず冷えた眼差しと表情をたたえた顔は体温まで低めで心地が良い。

 

○○が仰天するのも無理はなかった。

今まで高虎の口からは立身出世のことばかりで、恋愛のれの字や嫁のよの字も聞いたことがなかったからだ。無論、噂などもあるはずがない。

高虎が撃たれて落馬したのを思わず駆け寄って押し倒された際も、当たり前のように何もなかった。

大胆だねとおどけてみせても凍るような憮然とした表情で一蹴され、まさかこの人は男専門なのかと思ったほどだ。

それがなんだ、これは。夢でも見ているのか。

 

「…!」

 

ぺたぺたと触る両手をがしと掴まれ、向けられた視線にようやく気づいた○○がびくりと竦んだ。この長躯でこの鋭く冷えた眼光を間近で目にするのは、非常に心臓によろしくない。

 

「…可愛いな。戦場では果敢に攻める姿が、こうも怯えるとは」

「!?」

 

あり得ない。あの氷の高虎が微笑んだ。

卑屈で何かと地位と士官先を引き合いに出してぶつぶつと陰気くさくいじけたり突っかかってくるあの高虎が、である。

もうなんだか、気味の悪さに薄ら寒かった。

 

「あ、あの、半蔵殿…もう悪ふざけはそこまでにして…。は、離してください」

 

これは高虎じゃない。

とっさに導き出した結論にこれは家康殿のところの忍びだと決めつけるも。

 

「何を言っている。俺は間違いなく藤堂高虎だ。幸も不幸もわからぬ忍びと一緒にしてもらっては困る」

 

現実は無情だった。

高虎が背を曲げて上から物理的に圧力を加えながらじりじりと後方へ押しやっていく。

 

「選ぶ権利などないが、一応聞いておいてやる。嫁に来るのか、来ないのか」

「ね、ねえ、高虎。悪酔いしてると思うからさ…もう帰って寝たら」

「はいか結構で答えろ」

「は、はひぃ…」

 

地味に拒否権もない。

そういえばいつだったか、高虎が忠節を尽くすべき主と見なした者にはとことん尽くすのを見て、「嫁や恋愛に関しても真っ直ぐなのかもなあ。見合う人が居ないだけなのかもなあ」と余計な解釈をしていたのを思い出した。だとしたらものすごくその鬱積が、見つかった相手にぶつけられるんだろうなあと、まだ見ぬ未来の嫁に同情していたものがなぜ今自分に降りかかっているのか。全く検討がつかなかった。

端から見ると覆い被さる体躯が影のようでもあり、このまま自分は闇に取り込まれてしまうんではないかと思った。

 

「時間切れだ、もう待たん」

 

暗愚を見限る立ち回りのように、せっかちな両腕が解放と同時に身躯を捉えた。

 

「あ…」

「安心しろ。俺は家臣の往き来には頓着せぬが、嫁は一人と決めている」

「あ、あわわわわわ」

 

高利貸しから始まりこうして嵌めておいてどの口が言うのか。

 

「こ、断ると言ったら…?」

「あんたに選択権があるとでも?…さっきも言ったが、…身体で払ってもらう」

 

熱を秘めた視線にぞわあと○○の体に悪寒が走った。

てっきり肉体労働に駆り出されるのかと思いきやまさかの同衾要請である。このままでは貞操が危ない。

兎にも角にも今すぐ金の工面ができれば良いのだが、今運良くそのような大金を工面できる人物に会うのは、砂浜に落とした砂金を拾うようなものだ。

と、その時。

 

「ひっ…秀吉様!」

 

宴もたけなわとなったか、ほろ酔い気分でふらふらとしている秀吉と遭遇した。

同時に盛大な舌打ちが上から降ってきた。嫌いとはいえ主君に向かっていいのかそれで。

 

「秀吉様、お助けください!」

 

藁をも掴む思いで声を掛けると、んー?と猿面が暗がりに目を凝らした。

 

「お、誰かと思えば高虎と○○か!高虎~、ついにやったんかぁ?」

「ひ、秀吉様…!先に褒美を賜った身でありながら恐れ入ります…褒美の前借りをさせてください!そうしたら、お嫁に行かずに済むんです!働きは、必ず!必ず…!」

 

呑気な呼びかけに不安がよぎりつつ○○がまくし立てると、形だけ申し訳なさそうな顔をした秀吉が首を振った。横に。

 

「すまんなぁ、○○。ここは高虎に免じて、貰われてやってくれんか?お市様から聞いとったが、こいつは浅井家に居った頃から一筋でのう。不器用じゃからよろしく頼むとこと付けられとったんじゃ」

「え…」

 

軽すぎるノリに○○は眩暈を覚えた。

まるで産まれた子犬を貰ってくれみたいなノリだ。こんな手のかかる図体のでかい犬はいらない。

 

「だもんで、わしゃあ、何も知らん!何も聞いとらんし、何も見とらん!家臣同士の諍いは、当事者だけで片してくれや」

「そ、そんな、ご無体な…!」

 

ひらひらと手を振りながら去る背中に希望の終わりを悟った○○はようやく気づいた。秀吉は高虎がこのような手に出ることを知っていたのだ。

むしろ高虎が接近してきたあれやこれやを裏で諮っていたのは秀吉ではないのかという気さえしてきた。

 

「というわけだ」

 

いよいよさっと血の気が引いた○○は唖然として頬をゆるりと撫でられたことにも気づかず、唇が降るのを阻むこともできなかった。

 

「ちょ…それでも十五で金利が増えてくって抱かれ損じゃ…」

「…だから嫁に来いと言っている」

 

そうしてぬるりと生き物のように蠢く舌が蹂躙して、考える余裕も、思考も奪っていった。

はぁ、と溢すため息に満足した高虎がゆるりと薄く笑んだ。

 

「…朝まで持つか見ものだな」

 

この流れでくすりと微かに含まれる愉悦に○○は今度こそ、引き潮のように血の気を失った。

高虎は稀に見る長躯だ。蓄えられる体力のほどを考えれば間違いなく、気を失うまで翻弄される。

 

「や、ちょ…う、そ…でしょ…?」

「嘘かどうかは、いずれわかる」

 

軽々と抱え込んで足取りも軽い高虎への最後の抵抗、力ずくの脱出もこの体勢ではもはや虚しく、○○は何処へともなく連れて行かれた。

翌朝、死んだように眠る愛方を差し置いて報告をした高虎が、秀吉を通じて仲を公言したそうな。

 
 

 
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