No.571055

SAO~黒紫の剣舞~ 第一話

bambambooさん

※この物語には、《キリトが剣道を続けている》《ユウキがHIVキャリアじゃない》など、原作と大きく異なる点がいくつかあります。


今回は、クラインとの出会いです。

2013-04-29 10:20:06 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2349   閲覧ユーザー数:2238

第一話 ~ 剣の世界 ~

 

2022年11月6日。その日、俺は自宅にある道場で剣の修業を終えたあと、シャワーを浴びてから急いで自分の部屋に向かった。今日は、楽しみにしていたVRMMO――――《ソードアート・オンライン》の正式サービスが開始される日だ。

 

ソードアート・オンライン、通称《SAO》。

 

ネットの公式サイトでそのPVを初めて見た瞬間、俺は、その世界に魅せられた現実の大地と遜色ないフィールド。生きているかのようなNPCやモンスターたち。ド派手な《ソードスキル》という必殺技。全てを包み込む浮遊城《アインクラッド》。それら全てが俺の心を一瞬にして捕らえ、魅了した。

 

その日からというのも、俺はSAOの起動を、首を長くして待っていた。千人限定で抽選されたβ版のテストプレイヤーに選ばれたときなんか、文字通り飛び上がって喜んだくらいだ。そしてそのゲームが、いよいよ今日始まる。

 

「お兄ちゃん……」

 

二階へと続く階段を登る途中、妹の直葉に控えめな声で呼びとめられた。妹といっても実際は《義妹》で、同じ親の血を分け合ったわけではい。かといって、全く血の繋がりがないわけでもない。

 

俺が生まれて間もないころ、俺は事故で両親を喪った。重傷を負いながらもどうにか一命を取り留め、一人残された俺は、母さん――叔母の桐ケ谷翠に引き取られた。その一年後、母さんは娘を一人出産し、その娘こそが義妹の桐ケ谷直葉であった。つまり、俺と直葉は従兄弟同士ということになるのだ。

 

俺と直葉は、近所の人が羨むくらい仲が良かった。祖父の言いつけで俺が剣道を習い始めるとき、「お兄ちゃんがやるならわたしもやる!」と言って剣道を始めるくらい直葉は俺にベッタリで、俺もそれを可愛がっていたため、《桐ヶ谷さん家の仲良し姉妹》――なんで姉妹だ――の通り名で有名になったぐらいだ。

 

――――しかし、それも俺が十歳のころ、住基ネットの抹消記録に気が付くまでだった。

 

「なんだ、直葉?」

 

直葉の呼ぶ声に、俺は舞い上がっていた気持ちを抑え込んで振り返り、硬質な声で返した。すでに階段を半分くらい上がっているため、自然と俺が直葉を見下ろす形となる。

 

「……ううん、なんでもない。いってきます」

 

数秒間、直葉の目を見つめて口を開けるのを待っていると、不意に直葉が目を逸らし、そのまま俺に背を向けて玄関から出て行った。荷物からして、今日は部活なのだろう。

 

「いってらっしゃい」

 

玄関の引戸が閉まり、直葉の姿が完全に見えなくなる直前、自分にしては珍しく、俺は直葉に言葉を返した。すると、直葉は小さく笑ったように見えたが、一瞬のことなのでよく分からなかった。

 

そのとき、俺は何となく、これからしばらく直葉に会えなくなるように感じた。

 

そして数時間後、その直感は現実となった。

 

 

直葉を見送ってから急いで部屋に戻った俺は、寝巻に近いラフな格好に着替え、流線型をしたヘッドギア型のゲームハード《ナーヴギア》を手に持った。

 

俺はそれを頭に被ってベッドに横になると、肉体から精神だけを切り離して仮想世界へと繋げる魔法の言葉を紡いだ。

 

「リンク・スタート」

 

瞬間、視界が白一色に塗りつぶされた。

 

視界内で機械がいくつかの確認作業を終えていくに従って身体の感覚が薄くなっていき、身体が無重力空間に放り出されたように軽くなっていく。そして最後に背中にあったベッドの感触が消えると、いつの間にか、どこを見渡しても何も無い、真っ白な空間に立っていた。

 

何も無い空間をただ眺めていると、突然、空中にホログラムのように文字が現れる。

 

【《β版ソードアート・オンライン》のキャラクターデータが残っています。キャラメイクデータを引き継ぎますか?】

 

ある程度予想していた文章を流し読みした俺は、【Yes】のボタンを押す。

 

【Welcome To Sword Art Online!!】

 

剣がぶつかるような甲高いサウンドエフェクトと共に、その一文が現れ、視界が白から黒へと流れ出す。俺はその空間の流れに身を任せ、虹色のリングをくぐり抜けた。

 

二、三秒経過すると、さっきまで感じなかった足が地面に着く感覚がして目を開ける。

 

そこには、現実と同じ、しかし、現実にはありえない光景が広がっていた。

 

石造りの中世的な建物が立ち並び、現代では着る人もいないであろう古めかしい服装の人が二人、道端で談笑していた。片方は若い女性で、もう一方は、銃器の広まった現代世界では博物館や本以外ではおおよそ見ることがなく、ゲームではお馴染みの《剣》を腰に挿している男性だった。

 

銃刀法を軽く無視した刃物を持った男に対し、女性に通報する気配はない。むしろ、それが当り前であるかのように受け入れ、楽しそうに微笑んでいる。

 

その光景が、この世界は仮想の中の世界、《ソードアート・オンライン》の中であることを認識させた。

 

「久しぶりだな……」

 

βテストのときに最初に見た街、《はじまりの街》を見渡し、感嘆の息をつく。ひとしきりその光景を堪能した俺は、デフォルトの装備を整えるべく。石畳の道を踏みしめて武器屋へ向かって歩き出した。

 

 

「ぐあっ!?」

 

広大な草原フィールドに立ち、青いイノシシの攻撃を受けて吹き飛ばされた男を見て、苦笑いを浮かべる。

 

「だから、一、二、三のリズムで斬るんじゃなくて、起動モーションをしっかり取ってからほんの少しタメを入れて、スキルの立ち上がりを確認したら、あとはシステムに任せてこう……ズバーンと」

 

「ズバーンって言われてもよお……」

 

吹き飛ばされた男、クラインは、不平を漏らしながら立ち上がり俺を見た。

 

「そんな目をされても、これ以上説明しようがないぞ。あとは慣れるまで練習あるのみ」

 

「へーい」

 

面倒くさそうな返事をしたクラインは、青イノシシに視線を向けると、さっきの適当な返事とは打って変わって真剣な眼差しに変化した。

 

それを見ると、クラインがいかに本気であるかがよく分かる。まあ、だからこそ俺もこうしてクラインの練習に付き合っているのだが。

 

クラインとは、俺が武器屋に向かう途中で出会った。出会ったというよりは、一方的に話し掛けられたと言った方が正しいかもしれない。

 

SAOにログインしてすぐに行動した俺の様子を見て、俺がβ版テストプレイヤーと当たりをつけた彼は、俺にこの世界の引率(レクチャー)してくれないか、と頼んできたのだ。

 

十歳のときの出来事から、他人に対して警戒心の強くなった俺は、最初はその頼みを断った。しかし、クラインは「そこをなんとか!」と必死になって頭を下げて来たため、最終的に俺の方が折れる形で承諾した。

 

最初は嫌々だった俺だが、俺のアドバイスを真剣に聞くクラインの様子を見て、いつの間にかそんな感覚を忘れていた。今では、正直良かったかなとすら思える。

 

「そういえば、クラインはどうしてあんなに必死だったんだ? 土下座でもしそうな勢いだったけど」

 

ふと、彼の事情が気になった俺は、マナー違反と分かっていながらも、ソードスキルの発動に失敗してまた派手に吹き飛ばされたクラインに、手を差し伸べながら尋ねた。俺の手を取って引き起こされたクラインは、どうしようかと思案する素振りを見せたあと、「誰にも言うなよ」と前置きを入れてから話し出した。

 

「オレはSAOをダチと一緒にプレイするつもりなんだけど、オレたち全員VRMMOは初めてなんだ。そんで、オレはそのグループのリーダーみたいな立場にされてるし、オレが誘った手前、皆を引っ張ってかなきゃと思ってよ」

 

「……そうなのか」

 

「ま、そんなわけだからこうして指導受けてんだ。キリトにもあとで紹介してやろうか?」

 

『これは、ゲームであって遊びでない』と製作者の茅場晶彦は語っていたが、結局のところ、ゲームであることには変わりない。

 

しかし、そう語るクラインの目からは嘘を感じられない。クラインは、本当に責任を感じているのだろう。

 

「考えとくよ。それよりも、まずはソードスキルを発動させないとな」

 

「……わかってらあ……」

 

それから十分後、コツを掴んできたらしいクラインは、ソードスキルの立ち上げだけなら問題なくこなせるようになってきた。

 

「せああああっ!」

 

しかし、未だにまともなヒットは無い。あとは、タイミングの問題だろう。

 

この分なら大丈夫かなと判断した俺は、少しだけクラインから視線を外した。

 

ちょうど視線を向けた方向、約40メートル離れた地点。そこで、二体の青イノシシを相手取っているプレイヤーを見つけた。離れているためほとんど顔は判別できないが、腰まで伸びる黒髪から推測しておそらくF型のアバターだろう。

 

それにしても――――

 

「……綺麗だな」

 

思わず、口から零れ落ちた。

 

二体の青イノシシの突進や突き上げ攻撃を的確にいなし、被撃するギリギリのところで完璧に回避。現れた隙は絶対に逃さず、確実に命中させダメージを与える。

 

彼女の戦い方は誰でもやってる至ってシンプルなものだが、動きのキレが全く違う。動き一つひとつに余裕があって堅さがなく、身を翻して片手直剣を振るうたびに、黒い髪が残滓を振りまいて楽しげに宙を躍る。まるで、軽快な舞でも見ているかのようだった。

 

――――パキンッ!

 

「いよっしゃあああ!」

 

「ッ!?」

 

名前も知らない女性プレイヤーの戦闘を眺めていると、突然、ガラスが砕けるような音とともに野太い男の声が響いた。

 

何事かと驚いて振り返ると、嬉しそうにガッツポーズを決める、クラインの姿がそこにあった。その近くに、青イノシシの姿は無い。

 

「見たかキリト! オレはやったぞ!」

 

子供のように無邪気に喜びながら、顔を近づけ詰め寄ってくるクライン。それを鬱陶しく感じ、手のひらで押し返すと、クラインはカエルが潰れたような呻き声を上げた。

 

「あ~……わりぃ、余所見してて見てなかった」

 

「はあっ!?」

 

十分な距離を作ってからそう告げると、クラインは信じられないといった表情を作った。

 

「んだよ、折角成功したってのによお……。オレ様の勇姿を無視して何を見てたってんだ?」

 

「アレだよ」

 

ジト目のクラインをスルーして、俺がさっきのプレイヤーの方に視線を向けると、クラインも同じ方向に視線を動かした。

 

青イノシシのHPを見るに、戦況は終盤といったところだろう。そう俺が判断した直後、青イノシシたちが時間差をつけて女性プレイヤーに突進攻撃を仕掛けた。対する女性プレイヤーは、後ろに下がるでもなく、左右に避けるでもなく、前に踏み出した。

 

「あぶねえ!」

 

隣のクラインが叫ぶ。

 

女性プレイヤーと青イノシシが正面衝突する瞬間、女性プレイヤーは右側に踏み込んで突進をギリギリで回避すると、相手と自分の推進力をそのままに、青イノシシの胴体を横薙ぎに切り裂いて残りHPを奪い去った。だが、それで安心してはならない。直ぐ目の前には、もう一体の青イノシシが迫って来ているからだ。

 

しかし、女性プレイヤーはもう一体の青イノシシのことも織り込み済みだったらしい。一体目を切り裂いた直後、女性プレイヤーは踏み込んだ右足で急ブレーキをかけて静止すると、流れるような動作で片手直剣を高々と振り上げる。

 

「せいッ!」

 

裂帛の気合いとともに、青い光芒を帯びた刀身が振り下ろされ、接近してくる青イノシシを地面に対して垂直に叩き斬った。

 

少しの間をおいて、ガラスの割れる音が女性プレイヤーの前と後ろで鳴り響いた。

 

「スッゲぇ……」

 

クラインが、目を丸くして呟く。

 

青イノシシ二体を仕留めた女性プレイヤーは、大きく剣を振って鞘に収めると、俺たちの方に振り向き、スカートの端を軽く摘まみ上げ、右手を胸に添えるという芝居がかった動作で一礼した。どうやら、観客がいたことに気づいていたらしい。

 

「クラインも、あれくらい出来るようにならないとな」

 

「ハハハ……どんだけ先になるんだあ……?」

 

大きく手を振ってその場を後にする女性プレイヤーに手を振り返すクラインにそう言うと、乾いた笑い声が返ってきた。

 

「まあ、頑張れ。気が済むまで付き合ってやるからよ」

 

遠い目をするクラインに、一応慰めの言葉をかける。

 

「うおっしゃあ! やってやろうじゃねぇか!!」

 

すると、クラインは大声を上げて自らに喝を入れると、気合い十分といった様子で曲刀を構え、

 

「……と言いてぇところだけど、そろそろメシ食わねぇとな……」

 

ダランと力なく両手を下げて、自分の腹部に手を持って行った。

 

もうそんな時間なのかと思い、視界の端にある時計に視線を向けると、【5:17】と表示されていた。

 

「いつのまにか五時過ぎてたんだな」

 

「オレ、ピザの宅配を五時半に指定してっから落ちるな」

 

「準備万端かよ」

 

俺が呆れを含ませて溜め息をつくと、クラインはメニューを操作する手を止めて、目だけで「うるせえ」と訴えかけてきた。

 

「ああそうだ。メシ食ったあと、ダチと《はじまりの街》で落ち合う予定なんだけど、お前も来るか?」

 

一瞬考え、俺は頭を振った。クラインはともかく、そのダチと気まずくなるかもしれないし、大人数と相対するのはどうも苦手だからだ。

 

「いや、遠慮しとくよ。それより、早くしないとピザが来ちまうぞ?」

 

「おっといけねぇ」

 

クラインの誘いを丁重に断り、代わりに軽口を返すと、クラインは急ピッチで指を動かしメニューを操作した。

 

そんなクラインを尻目に、これからどうするかを考えようとしたとき、クラインが素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれ? なんだこりゃあ……ログアウトボタンがねぇ」

 

その声に、オレは考えるのを中断して、可笑しなものを見る目を向けた。

 

「い、いやホントにねぇんだって! キリトも確認してみろよ!」

 

「そんなわけないだろ……」

 

弁解するように捲し立てるクラインに、内心呆れ果てながらメニュー・ウィンドウを開き、ログアウトボタンのあるページに移動する。

 

「ここにあるはず……あれ?」

 

ページが開かれ、その中の様子が目に映った瞬間、俺は絶句した。

 

いくつか並ぶ項目に、一カ所だけぽっかりと穴が開いていた。そしてその場所は、βテストのとき、現実世界に帰るたびに使用した《LOG OUT》のボタンがあった場所だったのだ。

 

「だろ……?」

 

「ああ……」

 

同意を求めるクラインに、頷き返す。

 

しかし、何故だ?

 

ただのバグであるならそれに越したことはないが、こんな重大なバグを製作者側が残しておくとは思えない。

 

それに、SAOの正式サービスが始まってから三時間以上経つというのに、未だにアナウンスが無いのも不思議だ。さすがに、一人くらいはログアウトしようとしただろうから、そのときにGMに連絡が行ったはず。そうでなれば、全プレイヤーを強制ログアウトさせるくらいの対応を見せるはずだ。

 

そのとき、俺の脳裏に、SAOにログインする前に感じた《しばらく直葉に会えなくなる》という予感を、もう一度強く感じた。

 

「……まさかな」

 

そんな下らない予感を振り払うように頭を振った瞬間、アインクラッド中に低く重厚な鐘の音が響いた。

 

「な、なんだ!?」

 

「多分、GMからログアウトボタンに関する説明があるんだろう」

 

「あっ、なるほどな」

 

驚き慌てるクラインに、努めて冷静に答える。

 

すると今度は、俺やクラインの身体をペールブルーの薄い膜が覆った。これは、《転移》の際に発生するライトエフェクトで間違いないだろう。

 

「どうやら、本当にそうみたいだな」

 

「ふぅ……。取り敢えず、帰れる目途が立ってよかったぜ」

 

「といっても、お前が食べるころにはピザは冷えきってるだろうけどな」

 

「しまった!?」

 

額を拭うような動作を見せて一安心するクラインに軽口を叩くと、一瞬で絶望へと変わる。

 

その表情を見て、いつもの俺なら噴き出しているところだが、胸に去来する異様ないやな予感のせいで、そんな余裕は無かった。

 

そして、転移が始まる。

 

それは、百層全てをクリアしなければ終わることのない、《デスゲーム》の始まりでもあった。

 


 
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