No.567795

『舞い踊る季節の中で』 第136話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 負けるのは構わない。 女として、女に負けるのはある意味仕方ない事。
 でも、女として、男に負けるのは構わないと言い切れるものだろうか?
 男の娘に負けるならともかく。普段の男としての姿を知っている男に女子力で負ける事があっても良いのだろうか?

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2013-04-19 21:54:00 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:8949   閲覧ユーザー数:6379

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

-群雄割拠編-

   第百参拾陸話 ~ 狂想曲に舞う詩を詠む(中編) ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

 

【最近の悩み】

 

 人と人が触れ合えば、其処には何らかの衝突は起きてしまう。

 そして共に暮らせば、其処には楽しい事ばかりでは無く。喧嘩や喧嘩とも言えない衝突は避けられない。

 人はそんな日常を積み重ね。そしてそれを大切な糧として生きて行く。

 例えそれが好きな人達が怒っていたり、むくれていたりする顔でも。

 

 まぁ早い話、幾ら優しい明命や翡翠達でも、俺に対して怒ったりすることはある訳で。

 当然俺が悪いのであれば幾らでも謝りようはあるんだけど、中には意味不明のものもある。…と言うかちょっとだけ多々あったりする。

 さらに問題なのは、頬を膨らませて怒っていたり、むくれていたりする彼女達の表情もまた可愛いと思ってしまうところ。 いや相手を怒らせておいてそんな事を思うだなんて、俺が悪いと言うのは重々承知しているよ。それでも可愛いと思ってしまうものは仕方がない。

 なんというか、頬を膨らまして プイッ と視線を合わせないように『私、怒っています』と自己主張している姿が。 こう、その膨らんだ頬をついつい指で突きたくなる程。

 我がことながら困ったものだ。

 

 

 

明命(周泰)視点:

 

 

「ほらほら、あれ見てよ。変わった食材があるよ」

 

 私の気を引こうと楽しげな一刀さんの声。

 腕を引っ張られる時に繋がれたてから伝わる感触は、温かくて安心できる手。

 私に向けられる笑みは、しばらく見る事の出来なかった一刀さんの平穏を心から楽しむ笑み。

 その暖かな笑みは私が望んでいる一刀さんの姿。

 ………でも、こんなのは私が望んだ姿では絶対にないです。

 

「やっぱり、この姿が気に喰わない?」

 

 私のむくれた様子に、困った顔で聞いてくる一刀さんの姿は何時もの一刀さんの姿では無く、賈駆の用意した女物の服に身を包んだ女性の姿。

 翡翠様や雪蓮様に聞いてはいましたが、その長い黒髪の女性の姿はどこからどう見ても、女性にしか見え無いばかりか、雪蓮様や冥琳様達と同じくらいの美しい姿。 そのうえ艶のある仕草や優雅に微笑んで魅せる一刀さんのその姿に、女として嫉妬をしないと言えば嘘になりますが、別にその事自身に機嫌を悪くしている訳ではありません。

 

「……違います」

「じゃあ…、何で?」

 

 そう言って一刀さんに小さく溜息を吐いて、横目でチラリと私が見るのは私と同じく不機嫌そうに、そして呆れた眼差しをした賈駆です。

 何で彼女が此処に居るかと言うと、それは劉備達の城での事……。

 

 

 

 

「一刀さん準備できましたか?」

 

 正体を知られないため、私も普段の服ではなく、一緒に用意されたこの辺りの土地柄の服に着替え終えての部屋に行くと、其処には私の知る一刀さんでは無く、見知らぬ黒髪の女性が佇んでおり。一瞬、部屋を間違えたのかと部屋を飛び出てしまったほどです。

 女装の事も聞いていたし、そのつもりで心構えしていたのに、それが一刀さんなのだと理解できないくらい一刀さんは見違える姿になっていました。

 

「どう? 翡翠や雪蓮にも太鼓判押されてたけど、密偵である明命から見たらどうかな」

「凄いです。綺麗です。 此処までの変装術は見た事がありません」

「はははっ、変装術か。明命らしいや」

 

 私の言葉に苦笑する一刀さんは長い髪と飾り布を揺らめかせながら私を手招きすると、私を椅子に座らせてから、髪を櫛でゆっくりと優しくと梳いてゆきます。

 髪を慈しむかのようなとても温かな動作。 姿形は違えど私の好きな一刀さんとの大切な一時。

 

「少し眉の形も整えようか。

 そうだ。せっかくだし今日はもう少し化粧をしてみようか」

 

 いつもと違う顔で…。

 女性になりきった細かな仕草で…。

 一刀さんは慣れた手つきで私に化粧を施して行きます。

 でもそれは大喬と言う名の舞いを舞う一刀さんで、私の知らない人間。

 だけどそうだとしても、けっして変わらないものがあります。

 優しく、まるで春の陽のような暖かな微笑み。

 私の大好きな一刀さんの笑みが其処にあります。

 たとえ、その微笑みが女性のものだとしても、それは変わりません。

 私のために微笑んでくれる一刀さんの想いは、変わりようがないからです。

 だから、一刀さんを信じて…。一刀さんが見たいと思っている私になれる事を信じて…。

 私は身体の力を抜いて一刀さんがしたいようにさせます。

 翡翠様がいつか言っていた一刀さんの中にある私を期待して…。

 緩やかだけど、あっという間に流れる幸せな時間。

 此処までは良かったです。

 私より一刀さんの方が綺麗とか、作り物とは言えお胸があるとか、色々と思う所はありますがそう言うもんだと思って、考えなければ問題ありません。

 問題があったのはその後……。

 

「ちょっと、いつまで待たせるつもり…な……の………よ………」

 

 待たされる事に痺れを切らした賈駆の乱入によって撃ち破られた私と一刀さんだけの時間。

 それは仕方ない事だと理解はしています。あれから思った以上に時間が経っている事を、鍛え抜いた身体が教えてくれているからと言うのもありますが、私自身一刀さんとの時間を楽しむあまりに、彼女の事を忘れていたので仕方ありません。

 そして彼女も想像とはあまりにも違った一刀さんの姿にだんだんと声を尻窄みになってゆく言葉とともに、呆然としてゆく顔に決して自分のお思い通りにいかない事を今更ながら思い知らされるのです。

 彼女は何度も目を擦りながら、そして目の前の光景を何度も確認した後、頭を抱えるかのように顔全体を手で覆い。やがて何かを言い聞かせるかのように盛大なため息を吐き終えた後。

 

「い、一応確認してもらうけど、周泰を膝に抱えてイチャイチャしている相手って、もしかして?」

 

 まるで親の敵を見るかのように睨み付けながら問う賈駆に一刀さんは、まるで鈴が鳴るような声で。

 

「ふふっ、どうしたんですか詠。 そんなに怖い顔をして。

 それではせっかくの可愛い顔が台無しでしてよ」

 

 聞く者を落ち着かせるかのように、ゆったりとそれでいて暖かな声が私や賈駆の耳に届きます。

 ……あっ、先ほど喉に手を当てたのはそう言うわけですか。どういう理屈か分かりませんが、アレで声の調整を行ったのだと思います。むろんそれだけではないでしょうが、おそらくきっかけ程度にはなっているはずです。

 

「……いい、分かった。こんな時にそんな巫山戯た事を言うのは一人しかいないわ。

 あんたについて色々と酷い噂はあったけど、まさか女装癖のある変態だとは思わなかったわ」

「あら、変態とは酷い言いぐさねぇ。 もしかしてやいてるとか?」

「やいてなんてないわよっ! 殺意が沸きはしたけどねっ!」

 

 賈駆は賈駆で声を出す事で立ち直るきっかけとなったのか、男のくせに女としての能力が上って、どんだけ卑怯なのよ。と、小声で呻いてはいますが聞こえなかった事にします。私としてもその事については考えたくありませんから、賈駆の気持ちは十分に理解できます。

 

「それにしても………随分と化けたわね」

「でないと意味が無いでしょ。これでどうかしら?」

「………頼むから声はともかく、普通に話してちょうだい。なんか調子が狂うわ。

 それと、ボクとしては残念だけど此処までやられたら認めるしかないわ。 だいたい誰も思わないでしょうね。【天の御遣い】が、まさかここまで女装が見事に似合うだなんてね」

「ふふ、褒めていただいて恐縮ですわ」

「褒めてないわよっ! 皮肉を言っているって気がつきなさいよっ!

 って言うか、あんた分かっていてボクをからかっているでしょ」

「あっ、ばれたか」

「くっ、あんたのその格好で、そう言う事言われると普段よりムカつくわ」

 

 なのに一刀さんは、まるで雪蓮様を相手にしている時のように自然と賈駆と接し、そして笑います。

 碌に知らない相手のはずなのに、一刀さんは茶館の執事でも、天の御遣いでもなく、一刀さんとして優しい笑みを浮かべます。

 

ずきんっ。

 

 たった三日しかいなかったと言う相手のはずなのに……。

 再開してからも、ほとんと話していない筈なのに……。

 何でこうも胸が締め付けられるのでしょう。

 何でこうも賈駆の存在を不安になるんでしょう。

 

「まったく、言いたい事はあるけど準備も出来ているようだし、とっとと行くわよ」

「え? どこへ?」

「なに言ってるのよ。街を視察しに行くんでしょ」

「いや、そうじゃなくて」

「むろんボクも案内役としてついて行くわよ。

 何か事件に巻き込まれたとしてもあんた達なら何とかするだろうけど。ボク達としては、其れを知りませんでした。と言う訳にはいかないの。分かるでしょ」

 

 ……分かりました。

 私と一刀さんの二人だけの時間を奪う敵だからです。だからこうも気になるんです。

 一刀さん構う事はありません。この空気の読めない敵に案内など必要ないと、ついてこられては迷惑だとハッキリ言ってやってください。

 

「分かった。でも条件がある」

「何よ?」

 

 って、なんで頷いちゃうんですかっ!?

 一刀さん? 私と二人で街へ行きたいと言ってくれましたよね?

 私と知らない街を楽しみたいと言ってくれましたよね?

 

「詠も着替える事。

 せっかくこっちが正体隠しても詠の存在でバレたら、此処までした意味がないしね。

 あっ、なんだったらこの間着ていた狐っ娘姿でも良いけど」

「二度と着ないわよあんなものっ!

 だいたい好きで着たわけじゃないんだから、あの事は忘れてちょうだい。と言うより記憶から削除なさい」

 

 

 

 

 そうして街へ降りてきた私達ですが、賈駆は街の商人の娘らしい服に着替え。いつもは二つに分けて三つ編みにしている髪も解いたかわりに、小さな三つ編みを髪飾りのようにし、化粧も一刀さんが念のためと言って態々施したおかげか、いつもより大人びた雰囲気に身を包んでいます。

 賈駆の女としての魅力を最大限に引き上げたのでしょうか、街で行き交う人達の注目を浴びています。

 むろん一番、注目を浴びているのは一刀さんなのですが。

 

 ………面白くありません。

 

 一刀さんの気持ちが分からない訳ではありません。

 こうなってしまった賈駆側の事情も理解はできます。

 話を聞いてから、ずっと楽しみにしていたのに……。

 一刀さん側から誘ってくれたと言うのに……。

 

「これなんか明命に似合わない? こう肩に掛ける感じで巻いてさ」

 

 なんで、こうなってしまったのでしょう……。

 一刀さんが私のために服を選んでくれても、何処か気が重いです。

 これではまるで姉妹で街に遊びに来たみたいです。

 かと言って、このままの気分で何時までもいたくありません。

 一刀さんの心を癒せる大切な時間だというのに……。

 二人で共に歩む事の出来る機会だというのに……。

 嫌な気分が邪魔をして、そうさせてくれないんです。

 温かくて優しい手を繋いで、見知らぬ街を一緒に廻りたいのに。

 こう言う時は………、そうです。祭様が仰っておられたじゃないですか。

 うだうだ悩まずに飛び込めと。その後の事は身体と魂が教えてくれると。

 だから何も考えずに飛び込みます。

 魂が教えてくれるままに。

 

ぎゅっ

「えっ?」

 

 一刀さんを思いっきり抱きしめるんです。

 腰に両手を回して一刀さんのお胸に飛び込むんです。

 いつもと違い余分なものが額に当たりますが、それでもそれは確かに一刀さんです。

 変装のための化粧の匂いに隠れてはいても、確かに其処にある一刀さん本来の香りが、確かに感じられます。

 布越しであろうとも、暖かな一刀さんの温もりが体全体を通して私に伝わってきます。

 

「ぁ…」

 

 一刀さんの鼓動が伝わってくる…。

 とくんっ、とくんっ、と。耳に…、身体に…、そして心に…。

 不思議です。あれほど在った私の中の嫌な気持ちが、どんどんと解けてゆきます。

 その代わりに、一刀さんの優しさと暖かさで満たされてゆくのが分かります。

 一刀さんが好きだという想いが身体の奥底から溢れてきます。心の奥底から湧き上ってくるんです。

 もっともっとこの感触を味わいたいと、髪を……、顔を……、一刀さんのお胸とお腹に埋めて擦り付けます。

 まるで私の匂いを擦りつけるかのように、ゆっくりと、そしてたっぷりと。

 頬だけでなく顔全体で……。身体全体で……。

 そんな私の髪をゆっくりと優しく梳く指があります。

 地面に届きそうなほど私の長い髪を時折手にとっては、愛しげに口付をしてきます。

 何度も……、何度も……、私の心を溶かすように、指と口で梳かしてゆきます。

 それが何処かくすぐったくて、それでいていつまでもそうしていたくて。

 何処までも温かな感触が、私を包み込んでくれます。

 どれだけそうしていたでしょうか。

 嫌な気持ちの代わりに、心の中を温かな気持ちで満たされてきた頃。

 

「………あんた達。女同士で、しかも往来のど真ん中で何やってるのよ」

「はぅあっ!」

 

 賈駆の呆れかえった声に、私も一刀さんも正気に返ります。

 そうでした。今の一刀さんは大喬。つまり女同士と言う事でした。

 よくよく周りを見れば先程以上に注目の視線に晒されています。

 はぁぅぁぅ…失敗では無いですが、これは失敗です。

 人目も憚らず、一刀さんとあんな事を……。ぁぅぅ…。

 

「取りあえず、どっかへ逃げようか?」

「そうね」

「うぅ…すみません」

 

 

 

 

 そうしてあの場を逃げるように、私達が逃げ込んだのは二つ向こうの通りにあった茶館。

 運ばれてきた茶に一息ついた頃。

 

「悪かったわ。ごめんなさい」

 

 賈駆が突然頭を下げてきます。

 しかも一刀さんにでは無く私に向かって。

 突然の事に一刀さんは事態について行けていませんが、私には分かります。

 賈駆は謝ってくれているんです。こんな事になってしまった事を。

 こうして私達についてくるのは邪魔な事だと分かってはいるけど、本当に邪魔をする気はないのだと。

 ただ、そうしなければいけないのだと。

 公人としては頭は下げる事は出来ないけど、一人の人間として頭を下げるのだと。

 

「頭をあげてください。賈駆さんが頭を下げる必要なんてないんです。

 それに私はもう気にしていませんから」

 

 本当の事です。

 先程の一刀さんとの一時で嫌な気持ちは晴れました。

 残った不安も、彼女がたった今、取り払ってくれたんです。

 本当は頭を下げる必要もないのに、それでも彼女が頭を下げたのは彼女が優しい心根の持ち主だから。

 それがぶっきらぼうな口調とは裏腹にある彼女の本質なのだと分かります。

 私と一刀さんの間が気まずいものにならない様に…。

 少しでも快くこの街での一時を過ごせるように…。

 彼女が私達に同行している理由は、元々はそのためなのだと…。

 私達を余計な面倒や衝突から護るためなのだと…。

 物言わぬ口の代わりに、彼女の真っ直ぐな瞳と真摯な態度からそれが伝わってきます。

 

(だから、ボクの事など気にせずにこの街を楽しんでいって。

 ボク達の街を。これからどんどんと良くなってゆく街を。

 もうこの光景は見れないのよ。 だって今度アンタ達が来た時は、同じ街かと疑うほど良くなっているはずだからね)

(自信あるんですね)

(もちろんよ。 このボクがついているんだもの。

 それにそうじゃなきゃ、アンタの彼氏にも申し訳ないでしょ?)

 

 交わし合うのは視線と心。

 例え口にしなくても交わせる会話があります。

 だから理解できました。信頼できる人なんだと。

 少なくとも、自分から一刀さんの敵にはならない人なんだと。

 和らぐ私達二人の間の空気に、一刀さんも安心します。

 安心して……。

 

「二人ともなんかあったの?」

 

 そもそもの原因が何なのか理解していない事を口にします。

 心配そうな顔でそんな呑気な事を言ってきます。

 

「「はぁ~………」」

 

 大きな溜め息が出ます。

 分かっています。一刀さんがこういう方面に関してだけは察しが悪い事は…。

 

「アンタも大概苦労しているわね」

「……もう慣れました」

「……そう」

 

 同情するような声と共に、私達は二人して、もう一度深く溜め息を吐きます。

 気持ちを切り替えるために…。私が私らしくあるために…。

 一刀さんに先程分けて貰った気持ちを声に乗せて。

 

「さぁ行きましょう」

 

 今度は私から手を繋ぎます。

 一刀さんの温かな手を…。

 大きくて、力強い手を…。

 

「まだまだ見ていない場所はいっぱいあります」

 

 私と同じ小さな手を…。

 剣の代わりに、筆を持つ柔らかな彼女の手を…。

 

「ちょっ、いきなり引っ張らないでよ」

 

 聞こえてくる賈駆の声を無視して足を進めます。

 もう当初思っていた一刀さんとの一時は諦めました。

 だから楽しむのは大喬としての一刀さんとの一時。そして賈駆ととの一時。

 女同士で街へと遊びに行くつもりで楽しむんです。

 短いけれど、貴重な平和な一時を……。

 

 

 

 この人と。

 

 

 

一刀視点:

 

「あっ、これ変わった食感です」

「そうね。ボクも初めて口にするわ」

「これはパンの一種だな。この味だと使ってる菌は酒麹かな」

「ぱん?」

 

 雑貨屋や服飾店を回った後。屋台で買った一人前のそれを三人で分けてそれぞれ感想を口にする様子は、最初の頃に在った気まずさは既に無く。明命も詠も普通に楽しんでくれている事に、俺は心の中で安堵の息を吐く。

 もう心配はないようだな。最初はどうなるかと思ったけど、本当に良かった。

 二人の相性が悪かったって訳じゃないみたいだし。さっきの様子からすると、原因はたぶん俺なんだとは思うけど、……何か不味い事をやったかな?

 茶店での詠の行動にヒントあるとは思うんだけど、それも切っ掛けでしかないような気がするし…。

 こうして女の仕草とか表情は造れても、女心はさっぱり理解できないから不思議だ。

 

(だからお前は修行が足りんと言っておるんだ)

 

 あっ、なんかじっちゃんの呆れるような叱咤の声が聞こえる。

 

(しょうがないよ。お兄ちゃんなんだもん)

 

 続いて俺を擁護しながら、甘えるように俺に抱きついてくる妹の声も聞こえる。

 

(かずぴーは、まだまだお子ちゃまだからなぁ)

 

 うるさい、黙れっ、脳内親友(オー)めっ!

 つまり、最後のはともかく、そう言う幻聴が聞こえると言う事は、やっぱり俺に原因があると言う事なんだろうな。

 それにしても女の娘って、何でああもコロコロと感情が変えれるんだろう。

 表情豊かと言うか可愛いと言うか。明命も感情の起伏がそれなりに大きいけど。詠もけっこう大きいよな。特に怒に関してとは言わないけど。 …うん、言わない。口にしたら絶対怒るに決まっているから。

 とにかく、せっかくいい雰囲気になって来たんだから、機嫌がよくなった原因とか余分な事を突っ込まない方がよさそうだな。

 

(だからお前は何時まで経っても成長しないんじゃ)

 

 なんかまだじっちゃんが言っている気がするけど無視、無視。

 だいたいこれでも成長した方だと俺は思っているんだ。

 その証拠に、明命がヤキモチを焼いているのが分かるようになってきたし。

 此処で突っ込まない方がいいと判断できたんだ。

 

(((………はぁ……)))

 

 なんか失礼な溜息を吐かれた気がするけど、今の俺は機嫌が良いので気にしないもんね。

 

「何にしろ天には色んな食べ物があるって事ね」

「食べ物が在ると言うより調理法が、かな。食べ物の種類に関してはこの世界の方があるよ。

 俺の周りでは、と言う意味でだけど」

「変な言い方をするわね」

「地域によって、手に入る食べ物や風習が違うって事だよ。 一応、金さえ糸目を付けなければ出せば、それこそ世界中の食べ物の大半は手に入るけど、そう言うのはちょっと違うだろ?」

「ああ、そう言う意味ね。 じゃあアンタからしたら、此処の食べ物は大分違うんだ」

 

 詠の言葉に、明命も興味深げに俺の見てくるのを見て。 うーん、まぁ言っても良いかな。

 

「取りあえず蛙や蛇には慣れたかな。 俺の住んでた所では、肉と言ったら鶏か豚か牛の事だったし、変わった肉と言っても馬や熊や猪や鹿程度だったし」

「随分と贅沢だったんだ」

「と言うより、畜産業…って言っても分からないな。

 とにかく特定の動植物を育てる事に特化していただけだよ」

「へぇ、それに関しては色々と参考になりそうね」

「それは追々として。食べ物の種類と言う意味では、この世界に来た頃は明命に教えてもらわなければ色々やばかったかな」

「ふーん、毒キノコでも食べそうになったとか?」

「……まぁそれもあったけど、やばいと本当に思ったのは、一番安い肉かな」

 

 俺が何を言いたいのか二人とも一瞬で理解してくれる。

 俺の世界の常識からでは考えられないような物が、この世界では肉として扱われたりもする。

 鯨や海豚とか言うなら可哀相だとは思っても、日本人である俺にはまだ受け入れられる。

 犬とか鼬とかも、そう言うモノだって理解できるし仕方ないと思う。

 此処までの道中で鈴々が獲ってきてくれた人の数倍もの大きさのある鰐にも驚きはしたが、食べ物と言えば食べ物の種類に入れられる。

 だけどこの世界で一番安い肉は、そんな程度の物じゃない。 アレに比べたら、俺の世界で一部で出回っているような廃棄物から作った人工肉なんて可愛いとさえ言える。

 

「あの時、知らずに安いからと言う理由で買って帰った肉を、明命が見て本気で怒られなかったらと思うと、ゾッとする」

「あ、あの…、あの時は一刀さんの事情も知らずに」

「明命。それは違うよ。

 あの時は、俺が間違っていた時、本気で叱ってくれる人がいる事が、本当に嬉しいって思えたし、明命には今でもすごく感謝しているって事が言いたかっただけ」

 

 だから、明命の髪を感謝の気持ちを込めて優しく撫でる。

 撫でた手から気持ちが伝わるように、ゆっくりと柔らかな髪を梳いてゆく。

 

「……ふーん、そうやって刷り込んでいったんだ」

 

 俺の手の感触に擽ったそうにしている明命とは反対の方で、詠が何か呟いたような気がしたけど、よく聞き取れずにもう一度何を言ったかを聞こうとしたのを察したのか。

 

「何でもないわよ。独り言よ。独り言。

 それにしても、さっきの一口だけじゃ逆にお腹が空いてきちゃったわよ。そろそろお昼にしない?

 ボクもこの街にそう詳しい訳じゃないけど、有名どころは一応聞いて来てあるから案内するわよ」

 

 ああ、そう言えばそろそろ昼時かもな。

 明命に何か食べたいものは無いかと聞くと、食べる事にあまり拘りの無い明命には珍しく、ぜひ行ってみたい店があるとの事。

 なんでも猫を通じだ友情と言うか。どこまで本気で言っているか分からないけど、猫語を学んだ師に教わったとの事。 その時に真名も交換したらしいけど、御猫様への熱い愛への話を除いて要約すれば。星に街へ出たのならば是非行ってみるべきだと言うお店を紹介されたとの事。 何でも、まだ小さな屋台だがいずれはこの国で、いやこの大陸で最も有名になるであろうとの事。

 凄い自信だとは思うけど、其処まで言うのならば行ってみる価値はあるだろうと、詠にその屋台を知っているか尋ねようとするよりも早く。

 

「……多分あれの事ね。 朱里と雛里から少しだけ聞いているわ。 最後は泣きながら食べたとか」

 

 ……何と言うか、内容はともかく抑揚のない詠の言葉に、さっそく一抹の不安を覚える。

 

「ああ勘違いしないでね。不味いと言う訳では無いらしいわよ。美味しいには美味しいみたいな事を言っていたし。 二人以外だと蒲公英はげっそりしてたけど、翠や鈴々は美味しかったって喜んでいたし。多分、人によって好みが分かれる味って事なんでしょ」

 

 なるほど、そう言う事はあるよな。

 俺は好きだけど、梅干しや納豆が明命や翡翠達にウケが悪いようなものなんだろうな。

 とにかく、俺はともかく明命に判断を仰ぐが、彼女は彼女で欠片も物怖じせずに。

 

「御猫様の好きな人に悪い人はいません。

 ですからきっと美味しいに決まっています」

「と言う訳で、案内を頼む」

 

 

 

 

「とても美味しかったです」

「……ああ」

「……そうね」

 

 お腹が満足したのか。御猫様仲間の言葉が正しかった事が証明できて嬉しいのか、上機嫌の明命とは対照的に、俺と詠は正直げゲンナリしていた。 

 いいかげん声は女のままで、口調だけ本来の物と言うのは役に成り切れないぶん、逆に神経を使って疲れていると言うのもあるけど、此処まで俺をゲンナリさせたのは星お勧めのお店。結論から言えば、この国一番かどうかはともかく、星の言葉どおり美味しいには美味しかったし、別の意味で名物になりそうではある。

 俺と詠がウンザリしている理由。それは使っている食材についてだ。

 とにかくいくら美味しくて風味が変えてあろうとも、ひたすらメンマ一色と言うのは正直辛い。

 お通しはもちろん、頼んだ焼売や餃子の具どころか、拉麺に至っては麺が細切りしたメンマときている。

 メンマをこよなく愛し、メンマの素晴らしさを世に広めようと燃えている店主らしい自己主張が激しいお店何だが、あれでは逆効果ではないだろうかと疑問に思ったりもするが、其れは其れで別の話。

 とにかくメンマ好きの、メンマ好きのための、メンマ好きによるメンマ専門店。その名も『メンマ園』。名前そのまんまやんっ!と言う突込みすら入れる気力を奪われるぐらいメンマ熱の熱い店主だったが。メンマ好きの星が贔屓にする訳だよな。

 

「貴女もよく平気だったわね」

「そうですか? 特に問題があるようには思えませんでしたが」

「「……」」

 

 まぁ、明命は単にひたすら同じ食材でも気にしないと言う性格なだけの事で。翡翠から聞いた話では、俺がこの世界に来る前は一カ月以上もの間、朝も昼も夜も屋台の肉まんばかりだった事もあるとか。 それに任務の関係上、火を焚く事が出来ずに干し肉と煎り米だけの生活でも平気なんだともいってたしからなぁ。 何にしろそんな明命の食生活を気にして、翡翠や祭さんが時折食事を作ってあげたりしていたらしい。

 とにかく俺が明命に拾われて、食事や野営用の保存食を作るようになっからと言うもの、明命の顔色が良くなると同時に任務の働きに関しても飛躍的に伸びたとの事。

 

「とにかく、アンタが料理が出来て助かったわ」

 

 詠が感謝してくれるのは嬉しいが、俺としてはとにかく同じ食材をひたすら食べると言う拷問から解放されたかったに過ぎない。

 結局、量はともかくメンマのみを食べるのに飽きた俺は店の親父に断り、まだたっぷりと残っていた俺と詠のメンマを元にして作った麺麻丼や麺麻炒飯に調理し直した。

 おまけに試食と称して店の親父に具材で増えた分を御裾分けをし、ついでに自分の分は食べ終えてはいても、まだお腹に余裕がるのか興味津々に此方を見ていた明命にも御裾分けをして難を乗り切っただけの事。

 店の親父は親父でえらく俺の料理に感激して、麺麻丼や麺麻炒飯の再現と自分お店風にアレンジして見せると、早々に店を畳んで家に帰ってしまった。

 

「やっぱり、一刀さんの作る料理が一番です」

 

 まぁ、こうして二人が喜んでくれているなら悪くはないか。

 

「星と一緒に食べに行ったんじゃ。あの娘達じゃ残せる訳ないわよね」

「感涙しながら食べてた。と勘違いしてなきゃいいけど」

「しているに決まっているわよ。あのメンマ狂い。

 ことメンマに関しては正常な判断が出来ないんだから」

 

 詠は詠で、星の事に溜息を吐きながら頭を抱えているけど……きっと明命の猫狂いみたいなものかもしれない。なにせ明命は普段は常識も良識も在って優しい良い娘なのに、こと猫に関してはとんでもない行動を取る事があり、過去に家や部屋を猫だらけにした事が何度かあって、その度に翡翠や冥琳に怒られていた。

 猫は自由で、其処にあるから猫であって、閉じ込めたら可哀相じゃないかなぁと言って説得して以来、猫を可愛がりはしてもそう言う事件を起こす事は無くなったし。今は俺の贈った猫のストラップを魂切りの鯉口に付けて、時折それを眺めては顔を蕩かしているから、それなりに部屋を猫だらけに出来ない寂しさを誤魔化せてくれているんだろうな。

 

「なんにしろ。話の種にはなったな」

「………止めてよね。この国があんな店ばかりと思われるのは、流石に勘弁してもらいたいわ」

「大丈夫。 天の世界にもとんでもないお店って言うのはあるから。 例を言うなら茶館【山】とか」

「なによそれ?」

「説明しても理解できないお店って事さ」

 

 なんにしろ、この街の文化レベルや街の人達の様子が伺えた以上、後は本気で観光だったりするが、やはり観光と言えばお土産。そんなわけで、この地方で採れる特産品とかは……、確かお土産に持たせてくれるとか言っていたから、本気で個人的な土産となるわけで。 地域的な特徴のある織物や装飾はすでに翡翠や七乃達の分は購入済み。その中には可愛い民族衣装とかも購入できたし、来た姿を見て見たいと言う俺の欲を満たせて一石二鳥…いや三鳥かな♪ 後は………やっぱりお酒だろうな。

 どうせ持たせてくれるお土産の中にあったりはするだろうけど、それはそれとして買っていかないと煩い人達がいるからな。 こう、桃色の髪の酒精とか…、水の代わりに酒を飲む某白髪のお姉様とか…。

 それはそれで放っておいて、翡翠もそれなりにお酒は好きだから選び甲斐はそれなりにある。

 微酔いの翡翠は幼い外見とは裏腹に大人の艶があって、何時もとはまた別の妖艶さを醸し出しているんだよな。 そう言う時の翡翠が俺をに向ける眼差しはこう背筋がゾクッとする。 何というか、例えるなら捕食者と被食者のような関係を彷彿させられる感じ、と言うと何か違う気がするけどね…。

 そう言うわけで詠の案内の元で向かった先はよくある酒屋兼酒家の形を取っており……。

 

「がはははっ、そいでよ。あいつびびってやがってんだぜ」

「お前の熊みたいな腕を見せられたら普通はびびるって。馬の民とか気障な通り名があったって、所詮は馬がなければ何も出来ない連中って事だよ。それにしてもそんな事で財布ごとおいてゆくなんて気前がいいガキだよねぇ」

「おかげでこうして、酒が飲めるってものさ」

「ちげえねえ」

 

 ゴロツキらしい数名がすっかりと出来上がっているのか、やりたい放題という感じで、すでに床には空になった瓶や食べ散らかした料理の皿がいくつも散乱している。 店の人達も迷惑そうにはしているものの、一応客ではあるし、何より大勢の無頼者が相手では手が出せないというのが本音なんだろうな。

 その光景に昼間から酒というのもどうかとは思いはするけど、それについてはウチの連中の事もあるから強くは言えない。 でも、気になるのは酔ったはずみで零した内容。

 

「一刀さん」

「ん、分かってる」

 

 明命の警告の声に、俺は黙って奴らから視線を外す。

 此処は俺達の国じゃない。この国の人間である詠の前で勝手をするわけには行かないし。なによりすでに詠が動いている。店の外に向かって送ったなにやらの合図はそのためのもの。

 放っておいても兵か警邏の者が飛んでくる以上、其処に手を出すのはこの街を、いいやこの国を守る詠達の面目を潰す事になる。

 とにかく俺も明命も詠の顔を立てるつもりで、出直すか余所の店に行こうとした時。

 

「おいおい、せっかく来たのにいきなり帰るうとするなよな」

「そうそう、酌でもしてけよ。こっちもおめえさんみたいな美人に酌をされたら気持ちよく呑めるってもんだしよ」

「少なくてもしばらく大人しくはなるぜ。 此処は人助けと思ってさ」

 

 ……出口を塞いでおいて勝手な事を。

 と言うか、触れないでくれるかな。

 

「あ、あの、迷惑ですから」

「何だぁ怯えてるのか? 大丈夫。大丈夫。俺達こう見えても結構優しいぜ」

「そうそう。ちゃんと気持ちよくしてやれるからさ」

「や、やめてください」

 

 そんな事態は全力でお断りだっ!

 

「ちょっ! 汚らわしい手でボクに触れないでよ」

「こっちも中々。この気の強そうな感じがそそるねぇ」

「勝手な事言うなっ。って、臭い息を近づけないでよっ」

 

 なぁ詠、片付けちゃっていいか?

 そう思って投げかけた視線も、あいつ等にとっては逆効果で刺激したのか更に調子づいてくる。

 うっ!こ、こいつ今、人の内股とお尻を撫でやがった!

 

「ああ、お前は帰っていいぞ。お子さまには用はないから」

「同感同感、やっぱり女はこう出るとこが出てないとな」

「幼女趣味は流石にない。と言うか普通、胸のない女なんて女として見れねえよな人として」

 

 ぷちっ!

 

 …………決定。

 俺の事はともかく。俺の連れに手を出したり、馬鹿にするのなら話は別だ。

 詠には申し訳ないけど、此処は正当防衛と思って諦めてほしい。

 

「いぎぃっ!」

 

 最初に悲鳴を上げたのは俺の尻を触っていた巨腕の持ち主。

 いくら力を持っていようとも、いきなり手首と肩の間接を外されたらその力を使いようがなく。ましてやその痛みに悲鳴を上げている暇があるようなら、舞の基本的な足運びによる方向転換を利用した手が迫る事に気がつき様も無く。男の顎をあっさりと捉え。男は一気に酔いが回ったかのように、揺れる視界の中で床に崩れ落ちる。

 さてと明命を馬鹿にした奴は、………そうだよね。明命があんな事を言われて黙っているわけないよな。 既に馬鹿な二人どころか、詠の手を掴まえていた奴も一撃で打ち倒し、今は残りのゴロツキに向かって飛びかかっている。

 床に蹲って呻きながら苦しんでいる様子から、肋骨の一本か二本折ているな。

 明命としては俺の護衛のために必要な事。と言うつもりなんだろうけど。絶対それだけじゃないと言える。言わないけどね。 まぁ此処は男達には自業自得と諦めてもらおう。 明命の腕なら折れた骨も綺麗に折っているだろうしね。

 

「ふぅ、助かったわ」

「礼なら明命に言ってくれ。俺は自分の火の粉を払っただけだったしな」

「でも、助けようとしてくれたでしょ。 礼を言うには十分な理由よ。

 それと、悪かったわね。不快な思いをさせちゃって」

 

 そうして一騒動が終わり、憤慨する明命を宥め終えた頃。当番なのか、たまたま詰所にいたのか、警邏隊を率いた星がやってきて。

 

「おや、最初はどこぞの美人かと思えば思えば、詠であったか。

 今日は偉く気合いを入れてめかし込んでいるが、いったい何処の御仁と、…いや、これ以上は野暮と言うものだったな」

「言っとくけど、貴女が思っているような事なんて欠片も無いわよ。 これも仕事よ。仕事。

 それよりも此奴等をとっと連れてって頂戴。突けば色々と埃が出そうよ」

 

 警邏の兵に命じて縄を打たせる星は、その傍らで呻いている連中を見ていくなり。面白そうに、それでいてどこか肉食獣を髣髴させるような笑みを浮かべ。

 

「殆どの者が一撃。 しかも抵抗する間も無かったかの様に綺麗に急所にいれられている。

 まぁ、此方は明命殿と言った所だろう。詠と同様に自分を魅せる腕も見事ながら、此方の方も中々なもの。 問題は此方の脱臼させられた方だな。 よっと」

「ぐげっ」

「やれやれ大の男が、外れた骨を入れられたくらいで騒ぐな。 連れてゆけ」

 

 おいおい、槍の石突で骨を入れるだなんて乱暴だなぁ。

 骨を外した俺が言える事ではないけど、それでもしっかり入っている所は流石だと感心してると。何故か此方に視線を向け。

 

「脱臼をさせられたにしては腫れが殆どなく。おそらく気がついた時には既に外されたといった所。

 貴女の仕業ではと私は見ているが、違うか?」

 

 へぇ、怪我の具合を見ただけで其処まで分かると言うのは、凄いと言うか流石だなぁ。

 おそらく医術としての知識では無く、武人としての腕と経験から導き出したんだとは思う。……でも、それは相手が振るう技や、自分が受けた技だけではなく。仲間が受けた技。はては打ち捨てられた死体からも相手の技を読み取ろうと、研鑽し続けなければ得る事の出来ない観察眼。

 彼女は強くなるために、己が信じる道のために、きっと、そうやって己を磨き続けてきたんだと思う。

 

「ん? そう警戒する必要はない。詠に加え明命殿も一緒となれば身元は確か。

 見知らぬ技。しかもこれほど見事となれば、武人として興味が沸いたとしても不思議では無かろう?」

 

 ああ、そっか。えらく遠まわしだと思ったら、星は目の前の人間が俺だって事に気がついていないんだ。

 確かに知られないように変装したんだから、そうでなきゃ困るんだけど。ドタバタ騒ぎでついつい忘れていた。そうだ♪

 脳裏に浮かんだ思い付きに、口の端が上がってゆくのが分かる。むろん、本物の口ではなく心の中の表情の事。本物の口は女装姿に合わせるかのように清楚に微笑んで見せ。

 

「ふふっ、どうして私だと思われたんです?」

「流石にタダでは答えてはくれぬか。 なに、立ち位置の関係から明命殿の知人ではないかと推測した事は先程申したどおり。加えて私の知る人物に何処となく雰囲気が似ているのでな。 失礼ながらその人物の弟子か近しい人物と勝手に推測を付けさせてもらった」

「今は当らずとも遠からずとだけ。 ですが先程からの貴女様の御慧眼には敬服致します。

 身に付けた武を武だけで留めさせる事が無く。また逆に生きる上での全てから武心でもって学ぼうとする精神。まさに武を志す者の鏡とも言えるほど高き志を確かに貴方様より感じました。

 その貴女様の御慧眼でもって貴女様の知るそのお方は、どのように御写りだったのでしょうか?

 私のお話は其れからと言う事で」

 

 ほんの軽い悪戯心。

 むろん星の武人としての立場と心を穢す気など欠片も無い。

 俺の正体が見破られたとしても笑ってすませられる程度の事。

 だけど答えを聞く事無く。星の言葉は厳しい叱責の言葉で遮られる。

 

「馬鹿な事を聞いているじゃないわよっ!」

「そう言うのは駄目です!」

「え?」

 

 詠と明命が俺の悪戯を止める。

 俺が其れを相手に聞くのは卑怯だと。

 確かに悪戯程度だけど、それは同性同士の場合であり、当事者が関与していない場合。

 男の俺が女性相手に正体を隠して、自分をどう思っているか聞くのは、例え其処に色恋などの色気のある話が無いと分かっていても、やってはいけない事なんだと。

 

 明命は最後に、例えその気が無く気がついていなかったとしても、俺にそんな真似をして欲しくないのだと。

 俺を叱り、教えてくれる、そして正してくれる……。

 俺が間違った道を選ばない様に……。

 素敵な人になって欲しいのだと……。

 俺の歩む道を照らしてくれる……。

 

「そうだね。確かに卑怯だった。 二人ともありがとう」

 

 二人に感謝の言葉を届ける。

 俺の間違いを止めてくれた事に、正してくれた事に、なにより彼女達の優しさと正しさに……。

 そして、もう一人言葉を届けない人がいる。謝らなければいけない人がいる。

 だから俺は彼女に向かって……。

 

「……いきなり壁に突っ伏して、どうしたの?」

 

 声だけは女のままだけど、口調はいつも通りにして星に声を掛けるんだけど。その相手がいきなり壁に向かって突っ伏しているんだから、この場合掛ける言葉はこれで良いはず。

 ……やっぱり正体隠して聞こうとしたのを怒ってるのかな? どう謝ろうかと頭を悩ませながら、それでも少しでも早く謝罪せねばと声を掛けようとするのを何故か詠が止め。その詠に向かって、星は壁に突っ伏したまま。

 

「今の話から察するに、其処の御仁は……」

「残念ながら、正真正銘その人物よ」

 

 詠の言葉の後、さら重い空気が星の身体の周りを包み。周りの者達に言葉を掛けさせる事を躊躇わさせる。

 なんとも重い空気に身体が馴れてきた頃。星は身体をふら付かせながらも立つと、此方を見る事も無く。

 

「どうやら昼餉の時の酒が残っていているようだ。今しがた幻覚を見た上に眩暈に襲われた」

「なら、昼間から呑むのを止める事を進めるわ」

「そうだな、量を減らす事を考えてみるか」

「止めるとは言わないんだ」

「それは私に生きるのを止めろと言う様なもの」

「……そう」

「……詠よ」

「なに?」

「勝敗は武家の常と言うが、……此処まで心の折れる敗ぼ・いや、何でもない。私は私だ。

 なにより私は私以外の道を歩めないし、進むのを止めた時が趙子龍と言う人物が死ぬとき。それだけの事」

 

 なんというか、よく分からないけど何処か胸にくる言葉と決意を残して、星は黙って去って行く。

 ただ、俺のすまないと言う謝罪の言葉に、小さく呻き声を残して……。

 その後、何故か二人に頭を叩かれる痛みを残して……。

 やっぱり、女心を卑怯な手で探る真似は良くないって事なんだろうな。

 これを教訓に、反省しなきゃ。そう心のに誓う俺の耳に、何故かじっちゃんの重い溜息が聞こえてくる。

 

 

 

『………未熟者が』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百参拾陸話 ~ 狂想曲に舞う詩を詠む(中編) ~を此処にお送りしました。

 

 Sirius様、扉絵をこう言う形で使わせていただき、本当に感謝いたしております。

 この場をもって、お礼の言葉を言わせていただきます。 なんというか作品にメリハリがつくと感じます。

 

 さて、まず最初の撃沈者は、メンマとお酒と槍を生涯の友とする気まぐれチャシャ猫こと、星お姉様でした~♪ 武人として負けても、次にあいまみえた時にその者を越えれば良いだけの事と腕をさらに磨く肥やしとする星お姉様でしたが、やはり女として男に負けを喫するのは、恋姫として自分が美人と自覚しているだけにさぞキツイんでしょうね(w でも星お姉様ならきっと更に強く、そして女としても更に腕を磨いて立ちあがってくれると信じています。

 さてさて、次回はとうとう益州攻略の最後の話を飾るに相応しく、詠にあの晩の事を語ってもらおうと思います。あの天幕の中で何が在ったのか気になっている方がおられましたら、ぜひ楽しみにしていてくださいね。

 来ますよ~。色々な意味で。

 

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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