No.567790

cross saber 第15話 《聖夜の小交響曲》編

九日 一さん

遅くなってすいませんでした。
高校三年生ってどうしてこうアホみたいに忙しいんですかね?

まあそんな事は置いといて、お楽しみください。

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2013-04-19 21:45:42 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:553   閲覧ユーザー数:553

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第15話〜それぞれの開戦〜 『聖夜の小交響曲(シンフォニア)』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【side マーシャ】

 

半ば薄れかけた意識の中で私は、寸前に起こったことを理解しようと試みた。

 

長身の、不気味な雰囲気の男が振り上げた洋剣が瞬き、視界が一瞬で密度の濃い暴風に包まれて………。

 

 

「!!!!」

 

 

そこまで考えたところで、突然電流が走ったように意識が覚醒した。

 

ーーそうだ。 私達はそのままその圧倒的な力に飲まれたのだ。

 

だが、私はある違和感を覚えていた。

 

あれだけの攻撃を受けたはずなのに、身体にはほとんど痛みを感じない。

 

まさか死んだわけでもあるまいと思いながらも、生きている証拠を無意識に探し求める。

 

真冬の空気の刺すような冷気と凍える大地の粗雑なザラザラした肌触り。 夜風が焦燥を誘うような音を立てて側を這い、鼻をくすぐる何とも知れない香りを運んでくる。 そのどれもが、うつ伏せになった私の五感に働きかけてきた。

 

 

ーーー生きてる……みたいね。

 

 

取り敢えず安堵の息をつく。

 

と、その時、私は自分の背中に何かが覆い被さっている重みがあるのに気付いた。 そして首を捻って背後を確認し、驚愕した。

 

 

「……っ!? レイヴン!!?」

 

 

顔を向けたすぐそこには、レイヴンの色白の相貌があった。 痛みに歪むのを見せまいとするかのように、その眉を険しくひそめ、唇を固く結んでいる。

 

すぐに分かった。 彼は私を庇ってくれたのだ。

 

「レイ……」

 

「大丈夫か? マーシャ……」

 

かける言葉も見つけられず私がもう一度彼の名前を呼ぼうとした時、不意に彼の口が開かれ、掠れた声が漏れた。

 

ズキリと胸を射るものがあった。

 

彼は、私が時間をかけて頷くのを確認すると素早く立ち上がった。 きっと私のことを案じているのだろう。

 

 

ーーこんな時でも……あなたはかっこいいんだね………。

 

 

私は所々に傷を付けた彼の黒いコートの胸に、顔を沈めた。

 

「……ごめんね。 ………ありがとう」

 

自然に溢れ出す偽りのない言葉。

 

この言葉を私は何度口にしたことだろう。 それも分からない程に、いやそれ以上に、私は彼に救われてきたのだ。

 

太く剛健なその命。 時に繊細で、冷酷。

 

そのどちらも強者には必須の代物なのだろうが、それだけならただの獣の人形だ。 だけどレイヴンはそれ以上に、人としての愛情のようなものを持っていると私は確信している。

 

だから皆、彼を頼り、頼って欲しいと思うのだ。

 

「………あなたは強いね」

 

涙がこぼれそうになるのを必死に堪え、私は彼の胸から顔をあげた。

 

「………大丈夫? 少し休んだ方が……」

 

彼の振る舞いには全くと言っていいほどダメージを感じられなかったが、きっと心配をかけまいと気丈に見せているに違いない。 しかし、普段なら感情を感じさせないような波の一つ立たない彼の瞳には、焦りに似たようなものが揺れていた。

 

私は見慣れない彼の表情に一抹の不安を覚え、もう一度肩に手を触れようとする。

 

だが、それより速く、レイヴンの手の平が眼前に突きつけられた。

 

「!!! ーーーどうしたの………?」

 

私は指の隙間から覗いた彼の表情の険しさに思わず息を飲んだ。

 

その細く整った眉はきつく寄せられ、抜くように白い顔は西方の深い闇をキッと睨んでいる。 鋭く尖った神経がさらに研ぎ澄まされたようだ。

 

私が彼の動作の要因を理解できないままにただ呆然とその様子を見ているしかできないでいると、聞こえるか聞こえないかのボリュームで静かな声が不意に発せられた。

 

「………悪い。 ……気遣いは嬉しいんだが、どうやらこの嫌味なパーティーの主催者は満足してないようだ……」

 

彼はそう言うと、身を翻して三、四歩前へ歩み出た。

 

月明かりに照らされ朧げに揺れるその背中が、じわりと滲むような気配を発した。 腰に差さる二本の刀が黒光りし、すらりと細長い彼の指が優美な動作で添えられる。

 

 

ーーゾクリ。

 

 

私の背筋を駆ける刹那の予感。 それはだんだんと重みを増し、否が応でも認識させる。

 

 

この気配はーーーあの女が………来る……!!!

 

 

そう確信を得て数秒と経つことなく、闇の中にあの女の妖艶な姿が現れた。

 

「ハァ〜〜イ。 黒髪の坊や。 ーーオマケはサラッサラ金髪の子猫ちゃんね。 二人とも元気してた?」

 

武器を外した手を無邪気に振りながら、ゆっくりと近づいてくる女。 一見、何の敵意もないように思われるが、その周りに纏った雰囲気の中にある殺気はあいもかわらず健在だ。

 

緩慢な動作で接近してきていた女は、レイヴンがいらへもなしに抜刀して切っ先を掲げるのを見ると、ピタリと立ち止まりながらも笑顔を崩さず言った。

 

「フムフム……。 確かにキミは強そうだね。 さっきの銀髪の坊やとはまた違った、イイモノを持ってる。 っていうか、どちらかと言えばーーーー私達と似てるわね」

 

舐めるような女の言葉に、レイヴンは微かに反応した。 しかし、数秒の沈黙のあとに彼が口にしたのは、肯定でも拒絶の意でもなかった。

 

「………そうか。 いや……あるいはそうであった方が良かったのかもしれない」

 

自嘲気味でさえあるその言葉に、私は今の緊迫した状況も忘れかけ目を奪われた。 彼の漆黒の双眸には、かつて見たこともない鈍い光が揺れていた。

 

 

ーーどうしたの? あなたのどこが、あいつらに似てるって言うの? 私はずっと、今までのレイヴンが大好きだったのよ。 そんな顔しないで。 そんなこと言わないで。

 

 

果たして私の思いを悟ったわけではあるまいが、彼の異変はほんの数秒のことだった。

 

「………だが、そんなことどうでもいい」

 

もう一度女に向けられた瞳には涼しげな淡い炎と明確な敵意が宿っていた。

 

「あんたは俺に倒される。 何故なら、同じ者同士の闘いなら、より強い方に軍配が上がるのが世の常というものだからだ」

 

「へえ〜〜。 面白いこと言うね、坊や。 でもあんまりオイタが過ぎると、殺すわよ」

 

後半の本気と分かるその一言が、数十メートルの距離を行き交うピリピリとした緊張に拍車をかける。

 

レイヴンの口にした「倒す」という言葉と、女の「殺す」という言葉。 この二つの間にどれだけの差異があるのかは分からない。 ただ、もし仮に二人の目的が共通していたとしても、その過程は確固として違う。

 

レイヴンには確かに、己が決意と信念が存在している。 だが女にあるのは、残虐な殺戮への狂気のみ。 一体どこが似ているというのだろう。

 

レイヴンはレイヴンだ。 私達の大切な仲間。 冷たくて素っ気ないけど温かい、誰よりも優しさに満ちた私の最愛の人。

 

私は彼の隣に歩み出て、腰の剣を抜き去った。 華奢な純白の刀身に、キラリと月光が反射する。

 

女が巻き毛を揺らしてチラとこちらを見て、ハスキーな声で言った。

 

「あら。 子猫ちゃんも死にたいみたいね」

 

レイヴンがこちらに視線を落として下がるように促すが、私はそれを遮って女に剣を向けた。

 

「私はマーシャよ。 確かに皆に比べたら猫みたいな非力さかもしれないけど、女としてあなたには負けたくない。 それに、レイヴンはあなたには倒せない。 倒させない」

 

女の猫目がさらにキュッと釣り上がった。 まだ微かに温厚さらしきものが残っていた笑顔が消え、凍えるような冷笑が浮かぶ。 女は素早くクローを両手に装着すると片腕をダラリとこちらに向け、打って変わって低い声で言った。

 

「……アナタにも殺し甲斐が見つかったわ。 せいぜい死んで今の台詞を後悔することね」

 

もう怖気づくことはなかった。 レイヴンがいてくれる、それが何よりもの力の要因となってこの腕を支える。

 

と、不意に私の手の平を色白の肌が包んだ。 目を上げると、そこにはレイヴンの相も変わらぬ落ち着いた相貌があった。 その瞳は私に退避を促している。 “ 俺のことはいいから、今すぐ逃げろ”、と。

 

 

いつもの彼だ。

 

 

だからこそ、嬉しい。

 

 

私は手の平に重ねられた彼の手を、そっと握った。

 

「貴方の覚悟は誰よりも分かってるわ。 だからこそ、貴方だけにそこまで背負わせたくない。 一緒に背負いたいの」

 

彼は数秒私の顔を熟視した後、軽く息をついて、静かに、だがはっきりと言った。

 

 

「……分かった。 だけど、もし危うくなったら…………絶対に俺に守られろ」

 

 

これは遠回しに「俺が守る」と、言ってくれているのだろうか。

 

私は心に不思議と穏やかさを取り戻し、彼の顔を見やると、彼はふいと視線をそらしてしまった。

 

それでもいい。 今隣にいれることが本当に嬉しい。

 

レイヴンと私は、揃ってそれぞれの剣を手に、並び立った。

 

女の双眸に、いよいよ暗い闇が落とされ、周りの夜風をも飲み込んでしまいそうな殺気がふつふつと伝った。

 

 

「さてと、末期の祈りは済んだわね? ーーーそれじゃあ、キミ達に習って私も一応自己紹介。 beta line(ベータライン)、鮮血のミーリタニアよ。 」

 

 

 

 

そして、闘いの火蓋は切って降ろされた。

 

 

 

 

 

 

【side イサク】

 

「ぐっ…………」

 

全身に走る痛覚が、態勢を保つことさえ苦痛に感じる筋肉を無情に殴りつけてくる。

 

気を緩めるとぼやけてしまう視界を無理やり開かせ、俺は両手に握り締めた愛剣を頼りに立ち上がった。

 

「く……そっ…………」

 

あのたったの一撃で負ったダメージは惨憺たるものだった。

 

一張羅であるダークブルーのレザーコートは無数のかまいたちにあてられたが如くボロボロに引き裂かれ、その防護を破った風の刃が身体につけた傷跡からは留まることなく赤い血が伝い、地面にポツリポツリと紅点を穿っていた。 不規則にアレグロを刻む呼吸は、酷く掠れている。

 

思考することも、何か行動を起こすこともとてもじゃないがままならない。 だが、俺にはそんなことを気にするよりも重要なことがあった。

 

もどかしくなる程の遅さで周囲を見回す。 辺りにはゴツゴツした岩山がいくつも切りたち、地形は無造作に荒れている。 どうやら先刻のあの攻撃で、村の外部へと吹き飛ばされてしまったらしい。

 

俺はそんな情報把握もそれ以上に追求しないままさらに視線を巡らす。

 

そして、見つけた。

 

 

「ーーハリルッッ!!!」

 

 

俺は全身を打つ痛みも一瞬だけ忘れ、うつ伏せになって動かないその少女の元へ転がるようにして行き着いた。

 

震える手を細い首に当てて、息があるかどうかを確かめる。 俺はそこに、微小ながらも確かな生命の鼓動を感じ取り、大きく安堵の息を漏らして、張り詰めさせていた力をひとまず緩めた。

 

見回してみると、直前に少し離れた位置にいたレイヴンとマーシャがいなかったが、他の研究員たちは気を失ってそれぞれ近くに倒れていた。

 

行き場のわからない二人とカイトの安否も気になったが、とりあえず俺は目の届く範囲で死の危険にある人がいないことに何にともなく感謝した。

 

そして、目の前で先刻の惨事も嘘のように静かに呼吸している少女の額をそっと撫でながら呟いた。

 

 

「お前のおかげだ……ハリル。 ありがとな」

 

 

ーーそう。 俺も他の研究員の人達も、ハリルがいたからこそこうして無事でいるといっても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 

あの瞬間。 男の長い腕が、災いの引き金を引くかのように、夜闇の中に消失したその刹那。

 

俺の前に飛び出す者があった。

 

 

「足をしっかり踏みしめて……!!!」

 

「……ハリル!?」

 

 

彼女の背中は、声は、震えていた。

 

今思い返すと、悪い予感に人一倍敏感なハリルはあの男が為すであろう凶撃がどれほどのものになるか悟っていたのだろう。

 

しかし、それでも彼女は背を向けなかった。

 

 

「セェェェイ!!!」

 

 

気合と共に放たれた彼女の剣技《フローズン・スラスト》が地面に突き刺さった。 寸分たがわず辺りに氷の波紋が拡がる。

 

俺も含め近くにいた研究員達の足元が瞬間的に氷結した。

 

 

彼女の意図したところでは、せめてでも衝撃を抑えようとしたのだろう。

 

その判断は適切だった。

 

俺達はダメージこそ負ったものの、最小限吹き飛ばされただけで済んだからだ。 ーー彼女自身は、防備体制に余裕を持てなくなってしまったというのに。

 

きっと彼女のその果敢な行動がなければ、俺達は遥か彼方まで身を投げ捨てられ、あるいは命も落としていたかもしれない。

 

彼女のしたことは無謀だっただろうか。 強大な力を前にか細いレイピアで立ち向かった彼女の行為はただの命知らずの愚行だったのだろうか。

 

いや、そんなはずがない。 あっていいはずがない。 そんな事を言う奴は俺が斬る。

 

どんな無茶であろうと、人を助けるためにした行いが、無駄であると蔑まれていいはずがないのだ。

 

彼女にもたらされるべきは、冷えた嘲笑ではなくひとえに偽りのない感恩だ。

 

俺は、目を覚ました彼女にちゃんと言わなければならない。

 

 

「ありがとう」と。

 

 

だから俺は、剣を抜こう。

 

無謀だとは思わない。

 

無謀とは諦めの心の延長にある。 「もうだめだ」 「かないっこない」と、そんな思いで振る剣には最早何を護る力もない。

 

俺は皆を護りたい。

 

絶望的な力の差がなんだというのだ。

 

眼前に広がる破滅の可能性に怖気付こうが背を向けようが、立ち上がりさえすれば、向かって行くことだって、あるいは逃げることだってできる。

 

無駄とわかっていながら、虚栄心を被り無為に挑むような自尊心なら捨ててしまえ。

 

それこそ無謀だ。 とうとまれるべき命の浪費だ。

 

剣士が剣を振るうのは、護るためではないのか。 他人の命を。 自分の命を。

 

だとしたら、最たる礎である「生きたい」という願望を捨ててどうする。

 

そこに残るものは、何一つとしてない。

 

それだったら、未来を信じて逃げた方がまだましなのではないのか。

 

俺は生きたい。 生きて、もっと楽しいことだとか、馬鹿なことだとか沢山したい。 マーシャと、カイトと、ハリルと。 そして、レイヴンとも。

 

だが、今、俺は背を向けるという選択を躊躇いなく排除する。

 

例え逃げ出したとしたら生き延びることは出来るだろうが、ハリルを、研究員の人達を見殺しにしてしまった自分を、俺は一生許せないだろう。 その楔は、千切れることなく俺の心を封じ込めてしまうだろう。 そうなってしまえば、死んでいるも同然だ。

 

故に、立ち向かうことこそが、俺が生き抜くための最善の方策。

 

 

ほら、俺の芯のなんたるかを試す暗雲低迷、死神の足音がゆっくりと聞こえてくる。

 

 

ーーザシュ。 ーーーーザシュ。

 

 

著名な絵画の一部を切り抜いたかのように爛々と輝く有明月を振り仰ぎ、俺は剣を錚錚と抜き去った。

 

 

 

 


 
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