No.564221

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~第三十五話 The Shock Of The Lightning 前篇

YTAさん

 皆さま、ご無沙汰しています。YTAです。
 久し振りの難産感を経験してしまったのですが、漸く投稿まで漕ぎ着けました。
 長く引っ張ってしまった正式な多段変身も解禁!!長かった……本当に長かった……orz

 それから、何時もあとがきに書こうと思って忘れてしまうのですが、誤字脱字などありましたら、ご一報頂けると、とてもありがたいです。

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2013-04-08 14:10:26 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:2414   閲覧ユーザー数:1963

                                  真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                               第三十五話 The Shock Of The Lightning 前篇

 

 

 

 

 

 

 

 北郷一刀と二人の義妹、関羽こと愛紗と張飛こと鈴々が洞窟から外に出た瞬間、一刀の胸ポケットから、鈴の音に似た音が鳴り響いた。一刀は、その元であるフラッシュメモリにもにた通信機を取り出すと、義妹達に目で合図し、山道を駆け降りながら即座に通話ボタンを押し込む。

「貂蝉か?」

 

「ご主人様?実は――」

「あぁ。罵苦(ばく)だろう?」

「……そうよん。もう遭遇したの?」

「いや。まだだが、騒動は察知した」

 

 貂蝉は、通信機の向こうで僅かに沈黙すると、珍しく真面目な口調で喋り出した。

「気を付けて、ご主人様。私達“肯定者”の探知能力をここまで欺く事の出来る罵苦……私の知る限り、一体しか存在しないわ」

檮杌(とうこつ)配下の蟲型じゃないのか?」

 

「いいえ。蟲型の罵苦が私達に対しての隠密行動に優れているのは、元となっている存在――つまり、昆虫の感情や理性がそもそも希薄だからなのん。ある意味で生物として完成されているが故に、そう言ったモノを必要としない。人間の感情と理性の集大成ともいえる“空想”から生まれた私達とは、対局の存在だからなのよん」

 

「今回は違うってのか?」

「えぇ。今回の相手は、完璧な隠密(ステルス)妨害(ジャミング)で自分の存在を隠していたみたい……今の今迄、ね。私、そう言う能力を持った敵を知ってるのよん。最も、私は前回の罵苦との決戦の時にはまだ“存在してなかった”から、記録でしか知らないけど。でも、もしそうだとしたら――いいえ、それしか考えられないんだけど、相当マズい相手かも知れないのん」

 

 

「そうか、分かった。なるだけ急ぐ」

 一刀はそう言って通信機を仕舞うと、急斜面の山肌に不意に立ち止まった。追走していた愛紗と鈴々もそれに(なら)い、足を止める。

「あの、ご主人様。今の小箱は一体……どうしてそこから、筋肉ダル……ゲフンゲフン!貂蝉の声が聴こえたのです?」

 

「摩訶不思議なのだぁ……」

「話は後だ――“鎧装”!!」

 一刀は、二人を制して言霊を発する。丹田から現れた小さな光の龍が一刀の上半身に巻き付き、立体感を失って吸い込まれる様に消えた瞬間、龍が現れた場所から“賢者の石”が紅い輝きを発しながら浮き上がる様にして現れ、一刀の身体を白金色の輝きが包み込んだ。

 

 やがて、光の奔流の中から黄金の魔人が姿を現し、両の(かいな)に、愛紗と鈴々をそれぞれ抱き寄せる。

「ちょ、ご主人様!?」

「お兄ちゃん、ダイタンなのだ!」

「悪いな、二人とも。ちょっと急ぐ――しっかり掴まってろよ!」

 

 魔人がそう言うやいなや、愛紗と鈴々の視界が、大きく縦に歪んだ。

「え?えぇぇ!?」

「お~!高いのだぁ!!」

 二人の声が発せられたのは、上空60m付近。この時代の人間には想像だにしえない、上下左右の何処にも、空気意外の物質が存在しない世界だった。

 

「もう少し高くなる。手を離すなよ――“飛雲雀”!!」

 一刀は、自分にしがみ付いている二人の義妹に向かってそう言うと、更なる言霊を発した。言霊に呼応した背中の装甲が開き、二基のバーニアスラスターが展開。送り込まれた膨大な氣を、即座に白く輝くフレアへと変換する。

 

「へ?まだ高くって――いぃぃやぁぁぁ!!」

「ひゃっほ~!!なのだ~!!」

 愛紗と鈴々は、それぞれにまったく異なる感情から来る叫び声を上げながら、黄金の魔人に導かれ、天空高くへと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

「慌てず急いで!大人は、子供とお年寄りを手伝って上げて!!」

 劉備こと桃香は、戦場で鍛えた大声で、周囲にそう呼び掛けた。村の中心地にある集会所が突然、陥没した地面に呑み込まれ、そこから数多の怪物達が湧き出る様に出現してから、まだ数分も経っていない。

 桃香は、母の梅香(まいか)を背に守りながら、不思議と冷静な頭で打開策を捻り出そうとしていた。人間は、順応の動物である。

 

幾度となく戦争などをしていれば、ましてや軍勢の指揮などしていれば、奇襲など日常茶飯事の事であり、多少なりとも動揺する事はあれ、思考が混乱に陥る事など早々なくなる。例え相手がバケモノであっても、その事自体は大して変わらない様だと言うのが、桃香の実感だった。

主である北郷一刀と義妹達が、既にこちらに向かっている事は間違いない。証拠など何もないが、桃香にはそれが事実として“解って”いる。あとは、どう時間を稼ぐかだ。

 

 桃香は、素早く周囲に視線を走らせると、一応、腰に剣を()いた三人の男達を確認し、母に「早く遠くに逃げてね!」とだけ言い置いてその場に残し、彼等の元へと走り寄った。一刀が、『万が一の時の為に』と桃香と梅香の護衛を依頼した、村の役人達である。

「りゅ、劉備様……あ、“あれ”は……」

 

「お願い。力を貸して下さい!村の皆が避難するまで、あの怪物たちを足止めしないと!」

「で、でも、あんなバケモノをどうやって!?」

「私達は、唯の役人ですよ!?警備隊でもないのに、あんな奴等の相手なんて――」

「しっかりして!!」

 

 桃香の――いや、『蜀の大徳』劉玄徳の厳しい声に、男達は思わず背筋をのばし、言葉を失った。

「今、皆を守れるのは、私と貴方達しか居ないんです!出来るとか出来ないとかの話じゃない――やらなきゃならないんです!!」

 桃香も内心、男達の言う事は最もだと分かっている。しかし、こんな極限の状態に於いて、自分の安全を考えに入れての理屈など、返って危険なのである。

 

 

『命を捨ててでも活路を開くのだ』と言う一種の恍惚(トランス)状態でなければ、生物の性として、恐怖と混乱で身体が動かなくなってしまう。そして戦場での王とは、臣下をその恍惚状態へと導き、尚且つ掌握する事が出来る存在でなければならない。

「貴方達が、産まれた時から股の間にぶら下げてるものは飾りですか!?民の税でご飯を食べてる人間なら、覚悟を決めて剣を抜いて下さい!!」

 

「はっ……はい!!」

「はい!!」

「……はい!!」

 三人の男達は、背筋を伸ばしたまま“王の号令”に返事をし、抜刀した。覇王・曹操の様な荘厳さはない。江東の小覇王・孫策の様な勇猛さもない。しかし、男達に取ってそれは間違いなく、『官たる者、民を守るべく身命を賭して戦うべし』と言う、蜀漢王・劉備玄徳の大号令に他ならなかった。

 

「全員、通り一杯に広がって下さい!倒そうなんて思わなくても良いから、兎に角、剣を振り回して敵を通さないで!!」

 怪物――下級種罵苦・マシラ――が大挙して迫る中、桃香は敵から視線を逸らさずに、自分の両横に並んだ男達にそう叫ぶ。恐怖で押し潰されそうだった。

 

 目の前に醜悪な化け物が大量にいて、しかも、明確な殺意を滾らせながら自分に向かって来ているのである。それこそ、初陣や虎牢関、赤壁の時と比べてすら、比較にならない程の恐怖だ。

「――しっかりしてよね、桃香――!!」

 桃香は噛み締める様にそう呟くと、愛剣・靖王伝家を正眼に構える。日頃から愛紗に言われている通り、腰を落として膝を軽く曲げ、重心を安定させた。引いては駄目だと自分に言い聞かせる。

 

 蟻の如き数のマシラ達が、鋭い爪を振り乱して桃香と役人達に飛びかかるのと同時に、四つの剣閃が振り乱され、マシラ達の黒い血を道連れにして空を切った。傷を負ったマシラ達の悔し気が呻き声が、他のマシラ達の勢いを僅かに弱めて押し返す。

 だが、所詮は湖に投げ入れられた小石の波紋程度のもの。マシラ達は、思い直した様に体勢を立て直すと、一斉に姿勢を低くして身体を引き絞った。

 

 その姿は、獲物に飛び掛かる寸前の猟犬を彷彿とさせる。桃香は、跳ね回っている自分の心臓を必死に叱咤しながら、「逃げちゃダメ!背中を見せたら殺されるよ!!」と、大声で言った。

 男達の声が聴こえてきたが、桃香には、自分の言葉が誰かの答えを欲して発せられたものなのか、それとも自分自身に対して発したものなのか、皆目見当がつかなかった。

 

 

 マシラ達の獣じみた大腿筋が、大きく膨れ上がったその刹那、猛々しい馬の(いなな)きが、魔境と化した楼桑村に響き渡った。馬蹄が響き、マシラ達の最後尾に位置する辺りに肉のぶつかる鈍い音が轟いて、十に及ぼうかと言う数のマシラ達が不格好な体勢で空中に吹き飛ばされるのが、桃香には見えた。

龍風(たつかぜ)ちゃん!?それに的蘆ちゃんも!」

 

 怪物達を薙ぎ払いながら桃香と男達に向かって走り抜けて来るのは、主である北郷一刀の愛馬、龍風であった。桃香の愛馬である的蘆も、半馬身ほどの距離を置いて、龍風が割った敵陣の中を駆け抜けて来る。龍風は、瞬きの間に桃香の前まで奔り来ると、身体を横にしてマシラと桃香達との間に防波堤の如く立ち塞がった。

 

「龍風ちゃん、的蘆ちゃん、助けに来てくれたんだ……ありがとう!」

 桃香が自分の傍に駆け寄って来た的蘆の首を撫でながらそう言うと、龍風は『礼などいらん』とでも言いたげに鼻息を一つ吐き、的蘆に視線を遣った後、ぐいと首を縦に振って、桃香の背後を指し示した。桃香が誘われて振り向くと、十丈ほどの距離を置いた場所で、両手を握り締めて桃香を見詰める母の姿があった。

 

「お母さん!?どうして――」

 『逃げなかったの?』そう口にしようとして、桃香はやめた。答えは、解り切っている。彼女は、この自分の母親なのだから。

「的蘆ちゃん、お母さんをお願い――」

 桃香がそう言うと、的蘆は愛おしそうに桃香の横顔を鼻で一撫でして、梅香の元に駆け出した。その姿を見た梅香の視線と桃香の視線が絡み合う。桃香は『お母さん、私を信じて』と、自分の想いの限りを瞳に込めて、母を真っ直ぐに見詰めていた。

 

 母の唇が、『頑張って』と動き、その手が的蘆の手綱を掴んだのを確認した桃香は、小さく微笑んでから、再び龍風と男達を見廻回した。

「皆、もう少しだけ力を貸して。きっと、直ぐにご主人様達が来てくれるから――!」

 男達は、その言葉に声を揃えて答えると、龍風を警戒して攻勢を止めていたマシラの群れを再び睨み付けた。

 

 龍風がゆるりと首を巡らせて怪物の群れと相対すると、桃香は再び靖王伝家を構え直した。

「龍風ちゃんの邪魔にならない様に、距離を開けて!私達は、()り抜けようとする敵を押し返すよ!」

 桃香の声に応える男達の声と龍風の嘶き、そしてマシラ達の雄叫びが一体となって響き渡り、再び騒乱が楼桑村を包む。人外魔境となった平穏な村の午後には、冬の晴れた空には不似合いな音ばかりが響き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(何だろう、これ……)」

 桃香は、滴り落ちる脂じみた汗も、服にこびり付いた塵や怪物の血すら気にも止めずに、そんな事を考えていた。龍風が戦場に乱入して来て以降、マシラ達の動き方が変わったのを肌で感じていたからである。初め、マシラ達は、桃香達を力任せに蹂躙しようとしていた。

 

 なのに今は、攻めては後退を繰り返し、明らかにこちらと“戦術的な駆け引き”を行っている様に思える。

「(これってやっぱり、中級種って言うのが居るって事だよね……)」

 桃香は、『罵苦が戦略、或いは戦術的な行動を行う場合、そこには必ず中級以上に分類される強力な罵苦が存在する』と言う、一刀と軍師陣からもたらされた情報を思い出し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 人間の思考回路に照らし合わせて考えれば、マシラ達のこの行動は、威力斥候である事に間違いない。ある程度、戦力の見極めが済めば、必ず急所を狙った乾坤一擲の一撃が飛んで来る筈だ。

「(早く来て、ご主人様。でないと――)」

 龍風は言わずもがな、多少なりとも戦慣れしている自分は兎も角、自分の両横で必死に剣を振り回している男達が、その気当たりと勢いに耐えられるとは、到底思えない。

 

 まして中級種は、接触するだけで外史に生きる存在を跡形も無く吸収してしまうと聞く。そんなものに出てこられては、気当たりだの勢いだのを心配している場合ではない。一巻の終わりだ。

 桃香が頭の隅でそんな事を考えていた時、不意に身体に衝撃が走り、桃香は横薙ぎに吹き飛ばされた。龍風が自分の首で、桃香を振り払ったのである。

 

 桃香が、クッションになった民家の戸板を振り落としながら龍風に困惑の眼差しを向けると、自分が数瞬前まで立っていた場所の地面がブクブクと“泡立ちながら”、湯を掛けられた氷の様に溶け落ちていた。 

 次いで、龍風の紅蓮の鬣が僅かに煙を上げているのを見た桃香は、そこで初めて、龍風が“何か”から自分を庇って突き飛ばしたのだと気が付く。

 

 

「なに、これ……地面が……溶けてる!?」

 どうにか立ち上がった桃香は、驚きと共に思わずそう呟いた。地面が溶けるところなど見た事もないし、そもそも、地面は溶ける物ではない。

 半ば本能的に、自分の見た事象を理解しなければならないと思い、他に方法もないが故に言葉にした様なものだった。

 

「ヴヴヴヴヴヴゥゥ……」

 未だ驚き覚めやらぬ桃香の耳に、そんな不気味な音が聴こえた。現代の人間ならば、冷蔵庫のモーター音を連想するであろう様なそれは、マシラ達の叫び声に被さる様にして楼桑村に響き渡り、そこに居た“命ある者達”は一様に、言い知れぬ不快感と恐怖を、自分の首筋に感じ取っていた。

 

 一瞬の沈黙のあと、マシラ達は、まるでカーテンコールで主演俳優を舞台に呼び込む役者達の様に、密集陣形を最前列から順番に左右に割って行く。そこから現れたのは、毒々しい(あか)に染まった甲羅を身に纏った、異形の生物。

 一見すれば、鎧武者に見えなくもないその存在を異形たらしめているのは、本来ならば両手に当たる部分に付いた巨大な鋏と、触覚じみた突起の先にぬらぬらと蠢く、白眼のない眼球だった。

 

「中……級……種……」

 桃香はまたもそう呟いてしまってから、目まぐるしく絡み合う思考をどうにか落ち着かせ様と試みた。だが、それは困難を極める一大事だった。古来より、蛇と蛙に例えられる“捕食者”と“被捕食者”の関係は、そうそう覆せるものではない。

 

ましてやそれが、本来、生物学上の天敵という存在を持ちえない人間であれば、そもそもからして、『天敵に遭遇してしまった時の対処法』と言うものが、脳味噌の何処にも存在していないのだから。背中を見せて逃げる事も出来ない。剣など、傷を付けられるかどうかすら疑わしい。

一体、こんな途方もなく絶望的な状況を、どうやって乗り切れば良いのだろうか?そんな事を取り止めもなく考えながら、萎えそうになる膝を気力だけで伸ばしている桃香の頭上で、間の抜けているのにこの上もなく頼もしい、耳慣れた雄叫びが轟いた。

 

「うりゃりゃりゃりゃー!!りん・りん・きーっく!!」

 上空から突如として飛来した鈴々は、陳宮こと音々音の台詞を真似た声を上げて、落下の勢いのままに、強烈な蹴りを怪物の甲羅に突き刺した。その角度と勢いは、最早、蹴りと言うよりストンピングに近い。        怪物は、龍風に注意を向けていた事もあり、振り向く事さえ出来ないまま土煙を巻き起こして地面に突っ伏し、身体の前半分を完全に地面にめり込ませている。

 

 

「鈴々ちゃん!……って、え?鈴々ちゃん!!?」

 桃香が驚きの声を上げて、大きな目を更に見開いて義妹の名を呼ぶと、当の本人は、無邪気な笑顔を桃香に向けて、ヒラヒラと手を振った。

「おー。桃香お姉ちゃん、ただいまなのだ!ケガしてないかー?」

 

「うん、おかりなさ~い♪じゃ、なくて!!」

「はにゃ?」

「鈴々ちゃん、どうやって来たの!?」

「ん?お空なのだ!」

 

「それは分かるよ!そうじゃなくて、どうして空から――」

 桃香が、珍しくツッコミ役になって驚きのままに鈴々にそう尋ねると、鈴々は手に持った蛇矛を軽く振り回して肩に担ぎ、ひょいと踏み付けていた怪物の背から飛び降りた。

「お兄ちゃんに放り投げてもらったのだ!それよか、危ないから少し下がった方が良いのだ!」

 

「ご主人様?え?え!?」

 桃香は、要領を得ない鈴々の言葉に混乱しながらも、背中を押す義妹の腕にされるがままにその場を引き離されてしまった。と、次の瞬間、上空から絹を引いた様な女性の悲鳴が聴こえて来て、それがどんどんと近づいて来る。

 

「この声……あ、愛紗ちゃん!?」

 事ここに至って、漸く上空を眺める余裕が出来た桃香の目に映ったのは、黄金の魔人に抱き抱えられながら目に涙を浮かべて絶叫している愛紗が、凄まじい勢いで落下して来る様子であった。

「地面にぶつかる!ご主人様、ぶつか……きゃぁぁぁぁぁ!!」

 

「あーらよっと!あ~、耳痛ぇ……ほら、大丈夫だって言ったじゃないか……あ、桃香。ただいま!」

 黄金の魔人、皇龍王は、地面に着く刹那にもう一度フレアを噴射し、落下の衝撃を緩和して、ふわりと地面に着地すると、抱き抱えていた愛紗を降ろして、兜の上から自分の耳の辺りを軽く叩いた。片や愛紗は、降ろされた瞬間にへなへなと地面に座り込み、青龍偃月刀を支えにして漸く上半身を起こしている、と言う程、息も絶え絶えの有り様であった。

 

「死ぬ……もう死ぬかと……」

「そんな訳ないだろ。見ろよ、鈴々なんか、あの高さから思い切り俺に放り投げられたってピンピンしてるじゃないか」

 皇龍王がそう言って、親指で鈴々を指し示してそう言うと、鈴々は自慢げに胸を張って、力瘤を作って見せる。

 

 

「おー!鈴々、ピンピンしてるぞ!楽しかったのだ!!」

「やかましいわ!貴様と一緒にするな!!第一、あの高さから思い切り地面に放り投げられて、どうして“ピンピンして”いられるのだ!おかしいだろう、常識的に考えて!!」

「いや。お前も大概、常識外れな存在だと思うぞ、愛紗……」

 

「ご主人様!?ご主人様まで、そのような――」

 皇龍王は、やおら立ち上がって自分の両肩にしがみ付き反論しようとする愛紗を、両手でやんわりと押し留めると、気を取り直す様に言った。

「はいはい。立てる様になったんなら、お仕事始めような。ほれ、さっき鈴々が踏み抜いたヤツも、もう起き上がりそうだし」

 

 愛紗は、皇龍王の言葉通り、甲羅の怪物が地面に巨大な鋏を突き立て、よろよろと起き上がろうとしているのを目にして、ぐっと言葉を呑み込んだ。

「分かりました……しかし!私は断じて!絶対に!常識から外れた人間などではありません!良いですね!!」

「あーはいはい。愛紗は常識人常識人……と、言う訳で。ありがとな、桃香。皆も――あとは任せて、下がって少し休んでてくれ。息を整えたら、そのまま村人達の避難の指揮を頼む」

 

 皇龍王は、愛紗の鋭い一瞥ににべもなく答えながら、桃香の頭を撫でて、突然の展開に茫然と事態を見守るしかなかった役人達を見回した。

「あはは。うん、あとはお願いね、ご主人様。愛紗ちゃん、鈴々ちゃん!」

「御意!」

 

「お~!任せるのだ、お姉ちゃん!!」

 桃香は、頼もしい義妹達の声に笑みを返すと、役人達を引っ張る様にして、慎重に後退を始めた。龍風が、その背を守る様にして桃香達に寄り添い、後退を援護する。今や、つい先程まで全身を蝕んでいた恐怖など、微塵も感じられなかった。

 

『四人一緒なら、絶対に大丈夫』

 

そう、心から信じられるから。義兄妹(きょうだい)達は何時だって、桃香の弱気をその笑顔で拭い去り、不安を吹き飛ばしてくれる。だから、どんな強大な敵を前にしても笑っていられるのだ。

今、この刻の様に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……じゃあ、手筈通りに征くぞ」

 皇龍王が、不機嫌そうな唸り声を上げて起き上がった甲羅の怪物から目を離さずにそう言うと、その脇で青龍偃月刀を正眼に構えた愛紗が、同じく視線を逸らさずに、小さく頷いた。

「はい。ご主人様が、あの中級種を。私と鈴々で、残りは全て屠って御覧に入れましょう!」

 

「むー。でも、ザコばっかじゃつまんないのだ……良いなぁ、お兄ちゃんは。強そうな奴の相手が出来て……」

 鈴々が、面白くなさそうに頬を膨らませてそう言うと、皇龍王は仮面の下で微苦笑を浮かべながら、困った様な声で答えた。

「いやいや鈴々さん。俺からしたら、普通にプレッシャーなンすけど……」

 

「え~!?じゃあ、鈴々と代わって――」

「ご主人様、鈴々!敵を前に、何時まで無駄口を叩いているのです!!」

「ほら~。鈴々のせいで怒られたじゃんか……」

 皇龍王が、兜をゴリゴリと掻きながら仕方なさ気にそう言うと、鈴々は面白そうに笑いながら、轟、と、蛇矛を腰だめに構える。

 

「にゃはは!愛紗は、鈴々がお兄ちゃんと仲良くしてたからヤキモチ焼いてるだけなのだ!」

「な……!?この、鈴々ッ!!」

「にしし!鈴々、一番槍~ッ!征くぞぉ!!」

 鈴々は、そう言うが早いか、愛紗の拳骨を華麗に潜り抜けると、不敵な笑みをマシラ達に向けて、一陣の旋風となる。次の瞬間には、十にもなろうかと言うマシラ達を空中高く薙ぎ払うや、敵陣の唯中(ただなか)で黒い鮮血を巻き起こしながら、華麗な演武を舞い始めていた。

 

「まったく、あの猿娘め!!」

 愛紗が、顔を赤くして敵陣の鈴々を睨みながらそう呟くと、皇龍王は愉快そうに笑って、愛紗の肩に右手を乗せた。

「そこが可愛くて、つい甘やかしちゃうんだろう?お義姉さんは」

 

 

「誰の事を仰っているのやら……鏡がご入り用なら、お持ち致しましょうか?ご主人様」

「ははは、そう拗ねてくれるなよ。ま、拗ねた顔も可愛いけどな?」

「ふん!また、そうして調子の良い事を……では、私も征って参ります。あの猿娘の、お守りをしてやらねばなりませぬ故」

 

「あぁ、宜しく頼むよ愛紗。武運をな」

「えぇ。ご主人様も――では!!」

 皇龍王の言葉に微笑を浮かべた愛紗が、鈴々の後を追って敵陣に斬り込んで征く。皇龍王は、その背中に軽く手を振り、振り向き様に腰の愛刀“神刃”の鯉口を切った。

 

 神速の速さで鞘から引き抜かれた白刃が火花を散らして“何か”を弾き飛ばすと、恨めしそうな唸り声が、皇龍王に向けられる。その主は、鈴々の蹴りのダメージから回復した、甲羅の化け物であった。

 皇龍王は、背後から襲来した怪物の巨大な鋏の一撃を察知して、弾き返したのである。

「おぅおぅ。怒っちゃってまぁ……ま、後頭部に飛び蹴り喰らう屈辱と痛みは良く分かるから、少し位は同情してやるぜ、化け蟹ちゃん」

 

 化け蟹――言われて見れば、それは確かに蟹であった。身体を覆った、スパイクじみた凹凸を持つ赤みを帯びた外骨格。巨大な二本の鋏に、両脇腹から生える計四本の細く鋭い胸脚、背の部分の横幅が広い甲羅……だがしかし、大柄な人間と同じだけの体躯と、大きく発達した二本の脚で二足歩行が可能な骨格を持つ“それ”を、一見して蟹であると看破出来る人間がどれ程いるかは、甚だ疑問である。

 

 皇龍王は、ゆらゆらと鋏を揺らしてこちらの様子を窺がう化け蟹に向かって、神刃を蜻蛉に構えた。

「蒼天よりの使者、皇龍王――見参!!食えもしない蟹になんぞ興味はない。泥に還る覚悟は出来たか!」

 雄々しい名乗りと同時に、魔人の足が大地を蹴り抜く。地面が砕けて陥没し、音すらをも置き去りにして、龍王の牙が醜悪なまでに巨大な“蟹”の身体を両断せんと、魔境を疾走する――が。

 

 破魔の白刃は、鈍い金属音と共に、その動きを止めていた。巨大な鋏が、皇龍王渾身の初太刀を受け止めたのである。

「そんな事だろうと思った――ぜッ!」

 皇龍王は、神刃の柄からするりと右手を離すと、自分に迫り来ていた鋭い胸脚ごと、化け蟹の脇腹に白熱した右拳を叩き込んだ。

 

「輝光拳ッ!!」

 言霊に力を得て、本来の20tから数倍の域にまで威力を高められた拳が、化け蟹の横腹に炸裂する。化け蟹は、目視不能な程の速度で中空を舞い、民家を倒壊させながら、その下敷きになった。

「ありゃりゃ……これは、あとで弁償しなきゃな……

 

 

 皇龍王は、濛々と立ち上る埃と土煙を、思わず口の前で手を振って払いながら、そんな独り言を呟いた。敵の外骨格の頑強さは、鈴々の蹴りを受けても傷一つ付いていない事からも、容易に想像がついた。だが、それと同時に、化け蟹は再び行動可能となるまでに数分の時間を要してもいた。

 それは即ち、どんなに高い強度を持つ外骨格で身を鎧っていようとも、それを貫通する“衝撃”までは相殺出来ていないと言う事だ。

 

「と、まぁ、ここまでは解ってたが――流石に決め手に欠けるよな。どうしたもんか……なにッ!?」

 皇龍王は、倒壊した民家の中から飛来したモノに対して、反射的に左腕を翳して受け止める。

「な――あ、熱いッッ!!?」

 腕を、直接火で炙られる様な感覚に思わず苦悶の声を上げながら、慌てて左腕を振り回すと、何かがベチャリ、という如何にも気味の悪い音を立てて地面に落ち、そのまま白い煙を上げて、突如として溶け出した地面へと吸い込まれて行った。いや、そうではないと、皇龍王は気付く。自分の腕に纏わりついた何かが、“地面を溶かしている”のだ。

 

「馬鹿な……ヒヒイロカネが……」

 次いで、自分の左腕を見た皇龍王は、背筋に冷たいものを感じながら、愕然とした声で呟いた。黄金の鎧は、地面と同じ白い煙を上げながら、ケロイド状に焼け爛れていたのである。

 皇龍王の鎧を形成するヒヒイロカネは、金剛石(ダイアモンド)すら凌駕する硬度を持つと言われる超金属である。決して錆付く事はないとされるそれを蝋の様に溶かすなど、高濃度の硫酸でも不可能な筈だった。

 

「どうなってるんだ……しかも、この痛みは――!」

 皇龍王は、“龍王千里鏡(りゅうおうせんりきょう)”で、即座に状態の把握を開始した。事態は余りにも不可解だった。確かに、鎧は焼け爛れていたが、皇龍王――北郷一刀――の腕にまでは達していない。

 なのに、腕に激しい痛みを感じるとは、どう言う事なのか?

 

武王籠手(ぶおうごて)は使用不可能……か。これは、魔術の痕跡……違う。もっと単純で、強い……呪詛?」

 緑色のバイザーに、忙しなく様々な分析結果が映し出されては上書きされて消えて行く。

「成程。そう言う事か」

 

 皇龍王は、民家の残骸の中からぬらりと起き上がった化け蟹に顔をむけると、忌々しそうに呟いた。

「驚いた……まさか、“形を成せるほどの呪詛”を、瞬時に作り上げる事が出来るなんてな」

 呟きが聴こえたのか、化け蟹は何処か愉快そうに、冷蔵庫のモーター音じみた唸り声を上げる。化け蟹の放ったのは、溶解液などと言う生易しい代物では、断じてなかった。

 

 

 その正体は、『触れれば溶ける』と言う概念を“実体を持つ域”にまで高めた、呪詛の塊に他ならない。だからこそ鎧の上からですら、一刀の身体に“溶ける痛み”を感覚として及ぼす事が出来たのだ。

本来、『蟲毒(こどく)』などに代表されるそれは、作り上げ、練り上げ、完成させるまでに、長い時間と複雑な儀式を必要とする。だが、この化け蟹は、必要に応じて体内でそれを自在に生成する事が可能な様だった。

 

「しかも、さっきより随分と元気になんのが早いじゃない――かっ!」

 皇龍王は、化け蟹がエアホッケーのような体勢から巨大な鋏で打ち上げて来た家屋の残骸を間一髪で(かわ)すと、“ある事”を確かめる為に、再び化け蟹に肉薄する。化け蟹の口らしき場所から連続で放たれる呪詛は、躱しても、その飛沫が鎧に付くだけで付着した場所が焼ける様に痛み、叫び出したい衝動がこみ上げて来る――が、皇龍王はそれを気力で胸に押し戻し、代わりに、至近距離から渾身の言霊を発した。

 

「輝光拳!!」

 先程と全く同じ言霊はしかし、化け蟹の身体に到達する前に、その力を開放する。暴風が如き闘気の奔流が衝撃波となって化け蟹を襲い、そして――弾けた。

 まるで、油を塗った鍋の上に落とされた水滴の様に。

「チッ、やっぱりか……」

 

 皇龍王は慎重に間合いを取り直すと、仮面の中で小さく舌打ちをした。皇龍王自身の推測を、龍王千里鏡の解析結果が(残念ながら)見事に補完し、その結果を表示する。

「氣を拡散し、無力化して弾き飛ばす……それが、お前の甲羅の本当の能力って訳だ」

 鈴々の“純粋な物理攻撃”の蹴りによるダメージより、皇龍王の氣を用いた輝光拳からのダメージが軽かった、その理由。

 

皇龍王の声に、化け蟹はまたも愉快そうに、同意するかの様な唸り声を上げた。『それが理解出来たとて、どうする事も出来まい』と、多寡を括ってでもいるのか。

 だが実際、皇龍王の攻撃は、その大半が氣に依存した物であった。最大の攻撃手段である『光刃剣』ですらも、高圧縮した氣で神刃を強化する技なのである。

 

「ハッ、上等――!!」

 皇龍王は、自分を鼓舞する様にそう吐き捨てると、未だ痛む左手で、神刃の鞘に収められていた“小柄”を抜き放った。瞬間、ナイフと形容するのも憚られる様なその小刀から、淡くも力強い、浅緑色(ライトグリーン)の光が立ち上る。

 

 

「俺の“切り札”……その胸糞悪い目ん玉おっぴろげて、良っく見とけ!!」

 小柄を持ったままの左手が神刃の柄頭に掛り、機械的な音と共に“引き下げ”られる。本来の刀の構造上、有り得べからざるその空洞の内部は、複雑な文様と幾重にも刻まれた文字らしき物で、びっしりと覆われていた。

 

 皇龍王は、必中の弾丸を薬室(チャンバー)に込める狙撃手の様な、繊細とすら言える動作で、淡く輝く小柄をそこに収納する。

 

「四神覚醒――青龍変(せいりゅうへん)!!」

 

柄頭を元に戻すと共に発せられた言霊が紫電を呼び、丹田の『賢者の石』が、一際激しい輝きを放って輪転する。神刃の浅緑と賢者の石の紅が、無限輪(メビウスリング)の如き互いを結ぶ光の路を形成して、皇龍王の身体を包み込んだ――。

 

 

 

 

 

 

「何だ……あの光は……」

 漸く数の減って来たマシラの一体を真一文字に両断した愛紗は、突如として村の一角を包み込んだライトグリーンの閃光に、僅かに目を細めた。愛紗と背を合わせていた鈴々も、光の発生源と(おぼ)しき場所に視線を投げて、驚きの表情を浮かべている。

 

「あそこ、お兄ちゃんが戦ってる辺りなのだ、愛紗!!」

「分かっている!まさか、ご主人様……」

 その一瞬、忌わしい記憶が、愛紗の脳裏を掠めた。赤い紅い、夏の夕日の中で――それより尚も赫い鮮血に濡れて浅く粗い呼吸を繰り返す、愛しい人の姿。

 

抱き上げた身体は慄きを覚える程に冷え切って、命の脈動は、恐怖を呼び起こす程に弱々しかった。美髪公とまで謳われた少女の半生に於いて、『我を失う』と言える程の恐慌状態に陥ったのは、実にあの時が初めてであったろう。

 

 

同行していた趙雲こと星が止めてくれなければ、半狂乱で主の身体を揺さぶるのを止められず、逆に出血を酷くさせて、そのまま殺してしまっていたかも知れない。鈴々も、初めて見る義姉の乱心した姿を、唯々茫然と見ている事しか出来なかった様だった。

「悪い感じはしないけど、でも――」

 

「否ッ!!」

 愛紗はそう叫んで、自分自身、更には、自分と同じ情景を思い出していたであろう義妹を叱咤した。

「愛紗……」

「ご主人様は、誓って下された。『二度と負けぬ』と。あの方は調子の良い事ばかり仰るが、我等を裏切る様な嘘だけは、決して吐かん。故に、私はあの方を信じ、あの方に託された使命を果たす為、全霊を以ってこの刃を振るうのみ!鈴々よ、お前も我が義妹なれば、己が刃でご主人様への忠義を示せ!!」

 

「……応なのだ!掛って来い、怪物ども!この燕人張飛が、一匹残らず叩っ斬ってやるのだ!!」

 鈴々は、一瞬の逡巡と不安を呑みこんで大きく頷くと、長大な蛇矛の柄で雄々しく風を切る。愛紗は、鈴々には見えぬ微笑みを浮かべて、背中の頼もしい温もりを、愛しく感じていた。

 (かつ)て、今は遠い乱世の時代。義兄と義姉が、自分達を前線に送り出す時に何時もしていた事――『信じて待つ』と言う唯それだけの事が、これ程までに恐ろしいものであるとは。

 

 当時の自分には、欠片も理解出来なかった。いや、知りもしなかった。

「まったく。『聴くのとやるとは大違い』とは、よく言ったものだ……」

 愛紗は、そんな言葉と共に青龍偃月刀を構え直した。この恐怖に比ぶれば、目の前に実体を結んでいる猿もどきの怪物など、何する程の事もないと――心から、そう思えた。

 

 愛紗と鈴々が、マシラ達との戦闘を再開した丁度その頃。村の外れにあたる場所で逃げ延びて来た人々を励ましていた桃香は、謎の光が発せられた方角に向けて両手を組み、瞳を閉じて静かに祈っていた。

 

嘗て、今は遠い乱世の時代。前線に赴く義妹達の為に、何時もそうして来た様に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 力が“変質”して行くのが、確かに感じられた。唯、それはあくまでも“変質”であって、“膨張”でも“肥大”でも“強化”でもない。単純に、発現のベクトルが変わっただけだ。

 だが、その変質は悦びだ。酷くロマンテックに例えるのなら、毎朝毎晩歩いている筈の通学路や通勤路の道端に咲く花の種類が何時の間にか変わっていて、不意に季節の変化を鮮烈に感じた時の様な、そんな悦び。

 

 ならば、この変質を、悦びと感じられるのなら。あの時に感じた怒りや憎しみは……自分を殺戮の獣神へと変じさせたのは、力の暴走などではなく、やはり北郷一刀自身が望んだ事なのだろう。例え、卑弥呼が何と言おうとも。

“小柄”を用いていなかったからコントロールが出来なかったなどと言うのは、言い訳に過ぎない。明確な意思を以って否定出来ていれば、抑え込む事くらいは出来た。

 

そう確信出来る。

――今、この刻ならば。

だが、知っている。自分には詫びる術も、その資格も無い事を。

誓ったのだ。戦い続けると。

ならば、雄々しく高らかに、己が名を知らしめよう。

決して相入れぬ仇敵に。

 

 畏れ、慄け、異形の者等よ。

 我は、荒神。

 我は、(いかづち)と風の化身にして、東の海を統べる王。

 我は、(ほこ)りと名誉を司る者。

我は、我こそは――。

 

「……蒼天よりの使者、青龍王――見参!!」

 

 

 果たして、紫電を纏った緑の魔人は、身体を包み込む淡い光の繭を自ら断ち切る様に右手を振るい、外史の世界へと顕現する。明るい赤色になった龍王千里鏡の下からは白い双眸が輝きを放ち、黄金の鎧は、何処か武術家を連想させる様な、金の縁取りを持つ浅緑の軽鎧へと姿を変えていた。

中でも異彩を放つのは、両脚の正面。(くるぶし)から膝までを貫く様に生えた、巨大な一対の刃である。龍の背びれを模しているのであろうそれは、皇龍王が用いていた物よりも遥かに巨大で、遥かに猛々しい印象を与えていた。

 

 緑の魔人は、ゆるりと右手を翳して、掌を化け蟹へと向けた。身体の内を術式が奔り、細い紫電が腕を伝う様に纏わり付いて、即興舞踏(さなが)ら不規則に舞う。

「閃電掌――!」

 その言霊を以って放たれた雷は、轟音を伴って化け蟹に直撃した。マシラ数百体を吹き飛ばす程の威力の衝撃波を浴びても余裕を崩さなかった異形は、ここに来て初めて苦悶の雄叫びを上げ、弱点とも言えないほど僅かに覗いた間接部から黒煙を上げて、地面に片膝を突く。

 

「斬りも砕けもしないなら、黒焦げにしてやるよ、甲殻類」

 両手の間の空間で雷を弄びながら、緑の魔人は、よろよろと立ち上がろうとする異形にそう言い放った――。

 

 

                       あとがき

 

 はい!今回のお話、如何でしたか?

 もう少し早く投稿出来るかとも思ったんですが、細部が煮詰まるわ煮詰まるわ……。もう、どうにも進まなくて、自分でもどうしようかと思っていました。

 今回の前半は、桃香の強さみたいな物を自分なりに書きたいと思ったりもして、色々と考えを捏ねくり回していたりもしたので、余計に迷走してしまいました。修行が足らんなぁ……orz

 

 さて、今回のサブタイ元ネタは

 

The Shock Of The Lightning / Oasis

 

でした。

自分がドンピシャ世代と言う事もあり、大好きなバンドの名曲なのですが、もう、題名で決めた部分が八割ですw歌詞にも、意訳次第では物語にリンクする部分があったりもするのですが……。

因みに、今回のエピソードで重要な存在である青龍は、本来は緑の龍なんだそうです。中国での青は、日本で言う所の緑色を指すのだとか。

 

 日本語としてそのままの意味で青い龍とする場合、『蒼龍』と書くのが正しいらしいです。つまり、愛紗の“青龍”偃月刀の飾りのあの緑の龍は、あれで正解なんですねぇ……。

 まぁ、そんな事情もあり、青龍王のメインカラーは緑にしたんですが、中国では青龍の事を蒼龍とも書くらしいので、結局は青でも緑でも、きちんと表記と配色が合ってれば良いって事なんでしょうかねw

 

 しかし、ずっと構想していた多段変身、漸くお披露目できて本当に良かった……。近々、設定資料にも詳細を書こうと思ってます。

 それから、今回のゲストクリーチャーである蟹さんは、以前ラウンジにてモチーフを相談させて頂いたヤツを、正式に登場させてもらいました。確か、アーバックスさんのご助言だったと思うのですが……何分、かなり前の事なので、間違っていたら御免なさい……(汗)。

 アイデアは沢山湧いて来るのに、中々、形に出来なくて切ないです。以前アンケートを取らせて頂いた物の他にも、お祖父ちゃんや及川の再登場構想とか、月と詠の里帰りの話とか、春蘭と思春の“春春コンビ”が一刀に一騎打ち挑んじゃう話とか……。

 

 ストーリー進行の兼ね合いや執筆時間の問題などで、色々ともどかしい日々ですが、どうにか形にしたいなぁ……。それでは、今回はこの辺りで。

 いつもの様に、支援ボタンクリック、コメント、お気に入り登録など、大変励みになりますので、お気軽に頂戴出来ればと思います。

 では、また次回、お会いしましょう!!

 


 
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