No.563313

無限転生、甘楽 ~第三章・前篇2 ハイスクールD×Dの世界~

秋宮のんさん

前篇二つで終わらせようとしたんだけど、まだ長かった。
次で前篇終わりです。

2013-04-06 16:38:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4240   閲覧ユーザー数:4010

第四話:マスター、できました。

 

「甘楽~~~~~~っ!!」

 教室の机、休み時間を利用して仮眠を取っているところを松田くんの魂の叫びに叩き起こされた。

 昼間は眠いと言うのに、一体どうしたと言うんだろう?

 鉛が仕込まれたんじゃないかと思う程、重く感じる頭を起こして、出そうになる欠伸を無理矢理抑えながら問い返す。

「どうしたの?」

「イッセーが! イッセーの奴が!!」

「アイツ! 転校“性”のブロンド少女と一つ屋根の下で暮らしていると言う事が判明したのだ~~~~~っ!!」

 松田くんに続いて元浜くんが、なんか重大発現っぽく告げてきた。

 ………なんだ、そんな事か。

「知ってますよ」

「「なにっ!?」」

 そんな事で騒ぐのは止めて欲しい。こっちはまだ身体が慣れなくて昼間はしんどいと言うのに………。

 もう一度寝ようとしたら、胸元を掴み上げられ無理矢理立ちあがらされた。眼前には今にも血の涙を流しそうな血走った目を向けるハゲとメガネがいた。

「何故お前がその事を知っている!? 一緒に登下校する現場を見ただけではそんな事は解らないはずだ!? それなのに何故、“知っている”!?」

 怖いです松田くん………。

「貴様! 実はイッセーと共に何か隠しているのではないか? イッセーの周りに突然女の子が集まりだした理由も知ってるのではなかろうなあ?」

 意外と鋭いですよ元浜くん………。

「いや、別に………、だってイッセーとアーシアは仲が良くても違和感無いって言うか………、あの二人の組み合わせは俺的に応援したいって言うかね?」

 だってイッセーは大事な初恋をあんな女に穢されたのだ。元シスターで純粋無垢なアーシアと付き合うのは、彼の傷心した心を癒してくれると思うんだ。それにアーシアの方も、あんなに一生懸命になってくれるイッセーは必要としているし、その気がある様にも見える。あの二人は俺が見る分にはとってもお似合いとしか言いようがないのだが………?

「ほざけ~~~~~~~~~っ!!」

 首っ!? 首締まってます!?

「貴様! イッセーは既にリアス部長だけにも拘わらず、オカ研に入り、副部長の姫島朱乃先輩に、一年生の塔城子猫ちゃんにまで手を出しているのだぞ!? その上金髪美少女まで―――!? これ以上奴の毒牙に曝される犠牲者を増やすわけにはいかんのだ~~~~っ!!」

「そうだ!! イッセー如きの周りに美少女を集めるのなど、断じて許さん!!」

 私怨ですね。解ります………。

「ようしっ! 甘楽! 俺達モテない組は、イッセーに対抗するべくこれより会議を―――!」

 なんか話がややこしくなりそうだと焦っていると、誰かに肩を掴まれ、そのまま引っ張られて助け出された。

 そのまま俺の首に腕を回してきたのは、話題となっているイッセー本人だった。

「まあまあ、二人とも。そんなに親友を虐めるもんじゃないさ? 純粋に祝福の言葉を投げかけてくれる友人は大事にしないとなぁ?」

 なんだろう? 助けられて嬉しいはずなのに、この優越感に浸っているイッセーはちょっとキモイ………。いや、傍から見れば苦笑程度なんだが、馴れ馴れしく首に手を回してきてるもんだから顔が近すぎてキモく感じる………。

「き、貴様っ!? 一人だけ勝ち組人生に入っているからって何を余裕かましてやがる!?」

「そ、そうだ! その内、お前は全校生徒の男子を敵に回し、モテ期終了と共に孤独のどん底を味わう事に―――!」

「ところで甘楽~~? 今日の部活の話なんだがな~~~?」

 急に話が俺に向けられた。慌てて俺も対応する。

「あ、はい。なんあったの?」

「いや~~、今日もいつも通りだ。ただお前の体調が心配だっただけでさ~~。もう慣れたのか~~?」

「ああ………、うん、まだちょっと慣れてないけど、木場も優しくしてくれるし、塔城は何だかんだで気を使ってくれてるみたいだし、部長と副部長も色々アドバイスしてくれるから全然平気」

「そっか~~。同じ初心者のアーシアに負けないように頑張れよ~~~!」

「うっ、そこはちょっと自信ないけど………、まあ、上手くやっていくよ」

「おう! がんばって行こうぜ~~~!」

「う、うん………」

 イッセー、さっきからなんで語尾伸ばしてんだ?

 疑問に思いながら、イッセーが腕を放し「じゃあな~~~♪」と実に勝ち誇った声を上げて去っていく中、何がなんだか解らないでいる俺が、松田くん達の方に視線を戻すと………、何か泣いてるハゲとメガネの姿があった。

「つ、甘楽………っ! お前だけはっ! お前だけはっ! いつも皆の味方だと思っていたのに!!」

「俺達を立てるためにだけ存在する縁の下の力持ちだと思っていたのに!?」

「「よもやイッセーと共に美少女の園に先んじるとは~~~~~~~~っ!!」」

 意味解んねえよ。泣くなよお前ら………。

 鬱陶しいと思いながらも、俺はついついこの二人に構って「今度イッセーに女の子紹介してくれるよう頼んでみますから?」っと慰めていたりなどする。

 だって、この二人は、今も変わらず俺に接してくれるから………。

 

 

 

「あれ、三バカがまた椿木に絡んでるよ?」

「アイツらも空気読めばいいのに? 解ってないんじゃない?」

「………でも、むしろあの方がいいのかな?」

「え? なんでよ?」

「そうよ。だって椿木って最近………」

「うん、御両親を通り魔に―――妹さんもまだ入院してるんだって………」

「じゃあさ、やっぱりさ………?」

「うん、そっとしてあげる方がよくない?」

「………でもね、椿木くんね、やっぱり―――」

 

「あ~~はいはい、解りましたから泣かないでください。今度イッセーに知ってる女の子紹介できないかどうか聞いてみますから?」

「本当だな!? 絶対だぞ!?」

「我らが甘楽大明神様! やはりアナタは我らが神だった!!」

「………さっき『俺達を立てるためだけに~~~』みたいな事言ってませんでしたっけ?」

「「とんでもないっ!? 女の子紹介してくれるなら別だ!?」」

「清々しい程に欲望優先なんですね………」

 

「うん、やっぱりいつも通りの方が椿木くん楽しそう………」

 

 

 

 そろそろ、ここまでの経緯について話さなければならないだろう。

 あの教会での戦いの後、アーシアは転生悪魔として復活し、俺は病院で頭と足に包帯を巻いた潤美の看病をしていた。潤美は表情こそ笑っていたが、よっぽど怖い思いをしたのか、男性恐怖症を患ってしまっていた。兄である俺に対しては症状が弱い物の、直接触れ合うと、あの時の恐怖が蘇ってしまうようだ。

 そんな妹を見て、助けられなかった罪悪感も伴い、俺はアイリを紹介する事にした。既に悪魔を召喚した経験のある潤美に対し、アイリの事を俺の使い魔で『死霊(レイス)』なのだと教えた。完全にメイド然としたアイリの姿が兄の趣味だと勘違いされそうになったが、その辺は上手く誤魔化せた。

 ………うん、誤魔化せただけで誤解は未だに解けてない。

 ついでに妹から借りたグレモリーの魔法陣で塔城を呼び出し、俺からのお願いで潤美の話相手になってもらうように頼んだ。女の子二人にお世話されて妹も安心して普通の笑顔を取り戻しつつある。

 だが、ここで一つ問題が発生した。ウチの両親はあのイカレタはぐれ神父に殺され、妹は精神的な事もあって入院中だ。葬式代と墓代、そして入院費と一度に沢山のお金が飛んだ上に、これからの生活を保障してくれる大人が一人もいないのだ。親戚には何人か「面倒を見ても良い」っと言ってくれる人もいたが、さすがに二人一緒に面倒をみるのは難しいと言われている。妹としてはこの町でしか塔城を呼べないと言う事もあってか、他の町に行く事になる親戚の家への移住は嫌がっている。

 俺も、一度襲われた妹を手の届かない場所に送るのはちょっと怖かったし、何より自分の身の安全なんて、何処に行っても保証なんてされない。俺が稀有(レア)な神器(セイクリッド・ギア)を有しているらしい事は他の勢力に伝わっていると思った方がいいだろうし、最悪、この先の物語で登場する『禍の団(カオス・ブリケード)』との接触だってあり得る。そうなれば、その先の話がどう転ぼうが俺の死亡フラグは確実なものになるだろう。っと言うか、今までの経験上、一度フラグ立つと、俺自身ではフラグを折る事ができないっぽいんだよな? 他の誰かが俺のフラグを折ってくれる事はあっても、俺自身が処理するのは絶対的に不可能だ。

 祖父母の仕送りで何とかこの町で暮らせないかと思ったのだが、家の維持費とローンを考えるとそれも難しい。多少危険でも動ける俺が働かない事には生活が立ち行かないのだ。

 っと、それをついうっかり病院に見舞いに来てくれたイッセーにポロリと漏らしてしまったところ、その話がリアス先輩に伝わったらしく、いつもの様に塔城を呼び出したらリアス先輩まで出てきて「悪魔にならないかしら?」っとスカウトされてしまった。

 最初は「危険な事はしたくないので………」っと断ろうとしたのだが、ニッコリと笑った紅髪の悪魔さんは、書類らしい紙束を取り出し俺に差し出して見せる。それに目を通して思わず生唾を飲み込む俺。

「な、なんですか? この保証額は………っ!? 人間世界じゃありえない破格なんですけど!?」

「うふふ、さらに今のアナタにはこちらのプランを―――」

「何この掛け捨てっ!? バカの俺でも解る! うおっ!? ちょっと待て! こっちの医療費って既に有効と見なして良いのか!?」

「そして、私の眷族悪魔になれば、これだけの特典が―――!」

「小難しくて解らんところにまでなんと丁寧で解り易い解説付き!? 穴を探しても今の俺には好条件過ぎる!?」

「極めつけは、アナタが私の眷族になってくれる事で、妹さんへの子猫の依頼。仲間と言う事でタダ(、、)にしてもいいわよ? お友達の家に遊びに行くのは普通の事だしね?」

 精神的助けになるお友達が、用心棒的スキルを持ってやってきたっ!?

「グレモリーの悪魔になれば、将来こっちで仕事を探す事も出来るわ。悪魔として昇格して行けば地位も上がって左団扇だってできるのよ? そうでなくても私の眷族になった以上、領地の一つくらいアナタの物になるのは決まっている事よ? 色々な事がいっぺんに解決すると思わないかしら?」

 やべぇ………、ヒスっても無いのに、この女に魅了されてる俺がいる。

 悪魔とか死亡フラグとか色々恐いけど、この好条件を蹴る意味はないぞ?

 し、しかしっ! ここで悪魔になってしまえば確実に戦闘は避けられない―――いや、そもそも神器が発動してしまった時点でそれは避けられないのであって―――で、でもだな………!

「どうかしら? アナタが仲間になってくれればイッセーも喜ぶと思うのだけど?」

「やります」

 ………。何故だ? 何故即答した俺。してからメッチャクチャ焦ってるけど、今更断る理由もないし……。でも今のは明らかにイッセーに反応して肯定したよな? あれ? 俺ってそんなにイッセーの事意識してるのか? 確かに一番親しい友人だけど………。ん? 今何か変な方向でのフラグが全力で立ってしまった気がする………?

 何はともあれ、………こうして俺は、リアス先輩―――改め、リアス部長の眷族悪魔にして『戦車(ルーク)』となったのだった。

 余談だが、転生して皆にあいさつした時、イッセーから「何か顔が少し洗脳されてるっぽいぞ?」っと言われ、本来この枠に入る筈だった未来のヴァルキリーさんと自分の姿が被って見えた事は………、早めに忘れようと思った。

 

 

 

「しっかし、いくらあんな神器が発現したとは言え、俺が『戦車』とはな~~? 『兵士』の駒一つ分が良いところだと思うんだけどな~?」

 自分の消費した駒の質について嬉しい半分に呟きながら、初心者悪魔のお仕事、ビラ配りに勤しむ。

 正直、雑用じみたこう言うのは嫌いなんだが、いざやってみれば難しい事が無くて助かり放題だ。っと言ってもこれが悪魔の仕事と言うわけではないので、いずれは使い魔にやらせ、俺自身は契約を取ってくると言う事になる。

「………ヤタロー」

 名前を呼んだ瞬間、何処からともなく現れた黒い鴉が、俺の肩に止まる。八咫烏のヤタロー。悪魔になった事で呼び出す事が出来る様になった。他の契約している皆との繋がり(リンク)も戻り、会話くらいならできる様になった。

「ヤタロー、俺がビラ配り卒業したら、この仕事頼んでいいかな? アイリには極力潤美の傍にいて欲しいし?」

『正直面倒なんだけど………、頼まれてあげても良いわよ?』

「ごめんね。ありがとう」

『ん~~~、それじゃあ、見返りにカッコイイ方(、、、、、、)のアナタを呼び出してもらうとか?』

「別の誰かに頼もう!」

 ヒステリアを要求されたので全力で逃走。あれは、本で読んでた時には解らなかい男としての色々な心がへし折られる。解り易い例えとしては過去の厨二病が高校生になって再発したような自己嫌悪感だ。

 俺の事がよっぽど可笑しい事になっていたのか、ヤタローは楽しげに笑いを漏らす。

『冗談だってば、ちゃんと仕事してあげるわよ』

 まったく勘弁してほしい。ただでさえ、俺の依頼主はSっ気ある人ばっかりなんだから………。

 以前の依頼でも、告白したいがその勇気がないと言う、とっても臆病で奥ゆかしい女の子が依頼主で、最初はちょっと相談に乗って話をしていただけだったのだが………、告白の仕方があんまりにも滅茶苦茶な方法(例えば、自宅前に落とし穴を作って、その中にラブレターを仕込むとか、いきなりデートは怖いのでとりあえず肉体関係から築いて行きたいとか)ばっかりだったので、思わずツッコミ入れまくってたんだよ。そしたら俺の反応がやたら気にいったみたいで、その後も何度も呼び出され振り回される様になった。最近、あの子が俺をからかう度に息が荒くなって目が据わって顔を紅潮させるようになってきているので、俺は本気で怖い思いを味わっている。

 そんな感じで、毎日疲れる思いながら、多少は上手くやっている。同期のアーシアに比べると劣る所はあるが、まあ、契約はしっかりとれているので部長達は褒めてくれている。若干、イッセーの嫉妬の眼差しが痛い気もするのは、彼が未だに契約を一つも取っていないからだろうか?

 それとも、俺もアーシア同様、転移魔法で普通に転移できる事にだろうか?

 せめて前者であってほしいと願うばかりだ………。

 

 

「ビラ配りは今日までで良いわ」

 もはや日課となりつつあるビラ配り、今日も放課後にイッセー、アーシアと共に三人で向かおうとしたところ、部長からそんな言葉を賜った。

「三人とも、ビラ配りは今日で卒業よ。そろそろ貴方達も使い魔を持っても良い頃でしょうし、これから使い魔の契約を取りに行こうと思うの?」

「使い魔、ですか?」

 イッセーが若干困惑気味に訪ねると、部長は掌を差し出し、ボンッ、っと手品みたいに煙を上げて一匹の蝙蝠みたいなのを呼び出した。

「これが私の使い魔よ。イッセーはもう会ってるわよね?」

「え?」

 部長の言葉にイッセーが首を捻ると、コウモリはまた煙を上げて、一人の女の子に姿を変えて見せた。

「ああ! あの時の……っ! ………」

 なんでだろう? 何だかイッセーがすごく落胆してるように見える。記憶が曖昧なんだが、この二人(?)の間に何かあったのだろうか?

 続いて副部長が子鬼の使い魔を呼び出して見せ、塔城は白ネコのシロを抱きあげて見せた。木場が使い魔を紹介しようとしたらイッセーが「ああ~~、お前のは良いから」と無碍に扱ってしまった。ちょっと残念そうにする木場だったけど、その肩に白い鳩が既に乗っているので紹介されるまでも無く俺も解った。

 ………イッセーじゃないけど、このイケメン、使い魔のチョイスまでイケメンクリオティーが狙ってるとしか思えないレベルだ。イケメン嫌いでもない俺まで「けっ!」っと言いたくなる嫉妬。

「甘楽は、既に死霊(レイス)の使い魔を持っていたわね?」

「え? あ、はい! アイリの事ですね」

「人間だった頃から使い魔を持っていて、少しだけど魔法も使えるみたいね?」

 話してないのに何故そこまで解ってしまう!? 確信を持って言ってるらしい部長の笑顔に末恐ろしい物を感じる。

 今の話を聞いて副部長以外の皆もちょっと驚いている様子だった。

 さて、どう誤魔化したものか? 下手な事を言ってしまうと、俺が転生者である事がバレてしまう。転生を繰り返す事で異世界漂流が出来て、おまけに生前の力を受け継ぐとか、出来る事ならあまり知られたくはない。かと言って、アイリの事はともかく、魔術の類を子供の頃に会得しましたと言うのは無理があり過ぎる。独学で憶えられる環境ではなかったし、魔術を知る人間に会った事があると言った所ですぐに嘘だとバレる事だろう。

 少し苦い顔で考えた俺は、誤魔化すつもりで咳払いを一つして、妥当な言い訳を口にしてみる。

「えっと………、実は俺の遠い御先祖様が、精霊とか使い魔とか、色んな物と契約していたみたいで? その契約を子孫にも受け継ぐようにしてたみたいです? 魔法の類も契約した使い魔とかに教わって、簡単な物なら使えますけど、あんまり知識なかったんで真面目に勉強してこなかったんですよね~~~!」

 多少苦しくはあるが、嘘は言っていない。これなら信用してもらえるだろうし、この先何か起こっても「俺の遠い御先祖様が~~~」っと言う事にして誤魔化せるだろう。もし、俺の先祖を調べる様な事が起きても、「俺はそう聞いてるだけです」っと答えれば謎のままで終われるはずだ。

 っというか、そうであってほしい………。

「なるほどね。アナタの先祖に魔術師でもいたのかしら? でもその口ぶりだと他にも契約している使い魔がいそうね?」

 なんて鋭いんだこのお姉様っ!? 誤魔化したつもりなのに、しっかり穴を突いてくる!?

 部長の言葉にまたも驚いて集中する視線に笑みを引きつらせる俺は、すぐに観念して両手を上げる。

「ヤタロー」

 名前を呼ばれて現れた八咫烏が俺の頭の上に乗っかる。

 肩じゃなくて頭なのは何かの腹癒せだろうか?

「へ~~、鴉か? なんからしい使い魔だな」

 イッセーの呟きの後、目を丸くして近づいてきた部長がヤタローに手を添えて驚きの声を漏らした。

「この子は………!」

「あらあら、八咫烏ですわね~~。鴉の妖怪です」

 副部長が感心した声を上げるものだから、イッセーやアーシアまで目を丸くしてしまう。

「本当にすごいわね甘楽! アナタ、使い魔だけでも相当のクリオティがあるのかもしれないわ!」

「えっと、喜んでもらえるのは嬉しいですけどね? 契約したのは俺の御先祖様ですから?」

 っと言う事にしているので、内心小躍りしたいくらい嬉しいのを必死に我慢する。俺ってもしかしたら、この世界では相当にレアなんだろうか? ついに俺にもチート主人公の扉が開く時が―――!?

 

『こねえよ』『来ないと思います』『来るわけないだろう。0点』

 

 浮かれそうになっている俺に、内側からグリード、ヤミ、エレインの冷たいトリプルボイスアタック!

 うるせえよっ!! 少しくらい夢見させろっ!!

 まあ、確かに使い魔をいくら召び出せても、その力を一時的に借りるのが精一杯で、戦力として呼び出すのはちょっときつい。この世界の使い魔なら、自分より強い相手でも契約してしまえばいつでも呼び出せるんだろうけど、俺のは『ニューゲーム』の能力だからな、自分のステータスに依存されてしまうのだろう。

「甘楽、今の状態であと何体使い魔を呼べるかしら? アナタの戦力を確認しておきたいの」

「え、えっと……! ちょっと待ってください! 悪魔化して多少補正が付いたから………?」

 Fate世界で手に入れたサーヴァントの状態確認を応用して、現状契約者とのリンクを確認する。

 

『イチ様』(大きな力を必要としない限り力を借りれる。召喚可)

『ナツ様』(大きな力を必要としない限り力を借りれる。召喚不可)

『ツクヨミ』(召喚不可)

『床島霧』(召喚可)

『ヤタロー』(回復効果有り。召喚可)

『ピーターハウゼン』(神器化。??????)

『サーニャ』(索敵能力有り。召喚不可)

『リネット』(精密射撃能力有り。召喚不可)

『芳佳』(召喚不可)

『アイリ』(召喚可)

『ディズィー』(召喚不可)

『アレイン』(召喚不可)

『まろん』(召喚不可)

『グリード』(召喚不可。人格交代使用可能。―――エラーコード―――あhウェアbf;kjぼいアbんbvりうgファjwkn)

『セイバー』(召喚不可。―――エラーコード―――hkぁwんgkjbh@pふぁklhjんgぱえ:@-90うjy)

『セルシウス』(召喚不可)

『シャーリィ』(本人の召喚不可。テルクェスの召喚可)

『リコッタ』(召喚不可)

『ミナヅキ』(召喚可)

『ハルカ』(召喚不可)

『ヤミ』(能力制限。召喚可。??????????)

 

「………アイリとヤタローを含めて、七人ってところかな? ちょっとリンクが変になってるのもいるけど?」

 頭の中に浮かんだ情報を整理して伝えると、皆は一層驚きの声を上げた。

「な、七体も使い魔がいるのかよ!? 俺でもお前がすごいって解るぞ!?」

「甘楽さんすごいです! 私と同じ頃に悪魔になったのに、もうそんなに使い魔さんがいるなんて!」

「これは………! 想像以上の拾い物になったかもしれないわね!」

 イッセーもアーシアも部長も、祝福満点で褒めちぎってくる。ここまで手放しで褒められたのは初めてで、嬉しいを通り越して戸惑ってしまう。

 部長は、使い魔の確認をしておきたいから見せてほしいと頼んできたが、俺の召喚は召喚するだけで力を奪われる。そのため、同時に召喚できるのは二体が限度だと教えると、しぶしぶ諦めてくれた。その変わり、機会があったら必ず見せる様にとも念を押された。

 この時、イッセーが俺の肩を掴み―――、

「なあ、お前の使い魔って、アイリみたいに女の子の使い魔とかいるのか?」

 ―――っと、かなりマジな顔で聞かれた。

 んなわけねえ、と突っ込んでやりたいところだったが、実際俺が召喚可能………っと言うかそもそも契約してる相手の殆どが女の子だと言う事実に、適当に誤魔化す以外の選択肢を失っていた。

 とりあえず俺の使い魔紹介(仮)が終了して、同時に朱乃さんの準備が整った合図を聞き、俺達は魔法陣から転移して、使い魔獲得に行く事となった。

 

 

 一つ解らない事がある。

 俺が今まで転生した世界は、全てが原作の存在する作品世界だ。作品世界である以上、そこには複数のルートが存在する。例えば『アニメ』『漫画』『ノベルス』『ゲーム』などと言った時系列が違ったり、順番が違ったり、登場しないはずのキャラが登場していたり、などと言ったものだ。

 原作がゲームであれば、マルチエンディングと言う事もありえる。そうなった場合、俺が介入する世界の流れは、必ずしも王道ではない場合がある。『超昂閃忍ハルカ』の世界ではバットエンドに向かっていたわけだし、『IZUMO2』の世界ではアニメ版の進行となった。この時、ゲーム版『IZUMO』の進行を体験していた俺には、過去との繋がりのまったくない世界―――つまりは並行世界の未来を体験したような感覚だった。

 だとしたら、今の俺は『ハイスクールD×D』の『アニメ版』と『ノベルス版』のどちら進行で来ているのだろうか?

 ライザー戦前に使い魔獲得イベントが起きていると言う事はアニメ版の様にも思えるが、ソーナ眷族との接触が無い所を見るとノベルス版進行にも思える。だが、ノベルス版の進行では使い魔のイベントはライザー戦の後の筈だ。

 っと言う事は………? これは一体どのような流れで進んでいるのだろう?

 この疑問に対する答えは解らないが、可能性としては他の転生者が既に存在していて、何処かで何かをやらかしているばっかりに、こちらの進行が僅かに狂った―――っとも考えられる。

 まあ、もう一つの可能性としては大して問題はないとも言える。実際、俺は『鬼神楽』の世界でそれを体験した。今まで順調だったのに、最後のエンディングのルートだけが全部まとめてやってきたアレだ。

 まだその世界は体験した事はないが、例を上げるなら『STEINS;GATE』の世界だろうか? アレで主人公の岡部が未来を知り、過去に戻って必死に未来を変えようとするが、結果を変える事が出来ない場面がある。あれと同じように、世界の未来を知っている―――つまり作品の先を知っているからと言って、その全てを回避する事は出来ない場合がある。

 いや、別の作品でそれが簡単になされている物もあるが、そうなると今度は起こり得ない事件や、予期せぬ未来が複数出現する。これも『家庭教ヒットマンリボーン』の世界で体験済みだ。いわゆる原作ブレイクの結果と言う奴だな。

 だが、それらは全て、『誰かが何かをした』事で発生する齟齬だ。俺の様に、転生しても何もしないでいれば、世界の流れはもちろん変わる事はない。経験上、俺達転生者は事件に―――つまり原作に干渉し易い場所に生まれ育つようなので、本気で何もしていないと『巻き込まれる』っと言う現象が発生する様だが(そこには死亡フラグも一緒なので『とある魔術』の世界ではすんなり死んでしまった俺……)、世界に干渉しないように努めれば、本気で拘わらない事も出来る。

 そうなると、今度は原作をこの目で確認できない為、進行状況や流れが変わっているかなどの確認もできなくなるというリスクもあるのだが………、その辺は今は関係ないので横に置いておこう。

 結局のところ、俺は不安を抱いていると言うだけなのだ。

 今までは極力干渉しないように、だが目の前の現象に耐えられず、流される様に手助けをしてきた。―――っと言うものだが………。この世界ではグレモリー眷族として名を連ね、まして既に原作のキャラの位置を先んじて奪っている。大きな流れを変えてしまう心配はないのかもしれないが、『STEINS;GATE』のDメールよろしく、俺の些細な行動が巡り巡って大きな歪みを作ってしまわないとも限らない。

 今、この瞬間、原作との齟齬が生まれている現象は、もしかして俺の起こした些細な行動(、、、、、)に繋がる物なのではないだろうか?

 仮にそうだとしたら、俺はこの責任をとれるのだろうか?

 この先、俺は無自覚に『バタフライ効果』を発生させ、とんでもない事を起こしたりしてしまわないのだろうか?

 俺は、それが怖かった。その不安が、部長達が褒めてくれて、喜びに酔っていた俺の頭を冷たく冷やしていく………。

 

「あんなのどう見ても水浴びに来た修行中の猛者だろう!?」

 イッセーの叫び声に我に返ってみれば、筋肉隆々のウンディーネが、同じく筋肉ムキムキの同族と、縄張り争いで殴り合っていた。

「………、いけない、つい考え事をしていた所為で現実と幻覚の区別がつかなくなっている………」

「気持ちは解る! 解るがアレは現実なんだ!! ちくしょう! 俺も幻覚だと思いたいぞ! 誰かそうだと言ってくれっ!!」

 目頭を押さえ苦悩の声を上げていると、涙声のイッセーが同意の声を叫んでいた。

 いや、他の世界のウンディーネを知っているだけにアレはないよ。氷の精霊セルシウスだって、あんなに美人なのに、あのムキムキさんはいくらなんでも………。

「はっ!? ………甘楽、まさかお前の使い魔もアイリちゃん以外は………っ!?」

「ふざけるなっ!! イチ様もセルシウスもヤミも皆垣根無しの美少女だ!」

 

『………//////////』

 

 ああっ!? しまった! つい反射で叫んだ所為で余計な事を………っ!?

 俺の内側で契約してる皆が一斉に照れているのが伝わってくるっ!? 今まであんまり考えなかったけど、これって実は俺のプライバシーが存在しない状態なのではっ!?

「ちくしょうっ!! お前やっぱり美少女の使い魔持ってやがったんだな!? 見せろ! 俺にも美少女の使い魔見せろっ!! って言うか、一人くらい俺に紹介しろっ!!」

「何イッセーまで松田くん達と同じ事言ってんのっ!? って、この人もあのエロバカ三人組の一人でした! 同類でしたね!? 今思い出したよ!?」

 ぎゃーぎゃーと二人で騒いでいる俺達をよそに、使い魔マスターらしいザトゥージさんと部長は端の方で―――、

「セルシウスか。こっちの小僧は氷の精霊を使い魔にしているのか。中々見込みのある奴だぜ!」

「一人だけ使い魔に『様』を付けていたけど、何か理由があるのかしら?」

 などと、俺の小さな発言に目聡く気付いて来て、内心ちょっと焦らされていた。

 これからは発言に注意しよう………。

 余談だが、この後発生するスライムによる脱衣シーンは、俺も木場と同様スライムに目隠しされ、何も見られなかった。

 

 ……………………………。

 

 べ、別に惜しくなんて無いぞっ!! 見てしまってたら間違いなくヒスってたしっ!!

 

 ………………………………。

 

 うん、ごめん。結構マジに惜しかった………。

 ムッツリでごめん………。

 

 

 

 話は順調に進み、ライザーがオカルト研究部にやってきて、イッセーが喧嘩を売った。

 俺は特に何もしなかったが、イッセーが簡単に倒された時は結構な衝撃だった。

 見えなかったのだ。俺はイッセーがやられる時、彼と同じ『兵士(ポーン)』のミラに倒される瞬間を、この目で見ながら追う事が出来なかった。気付いた時にはイッセーは天上に叩きつけられ、地面に倒れ伏していた。

 勝てないと悟った。『戦車』である俺でも、あの『兵士』には勝てないのだと悟らざろおえなかった。

 俺は、『女王』の次に強い駒なのに、相手の『兵士』にも勝てない。もしこのままレーティングゲームをする事になったら………。

 身体中に冷たい震えが、ぶるりっ、と上がった。

 

 

 修行すると言う事で部長に連れられ山に来ていた。

 大量な荷物を持たされて苦しみの声を上げるイッセー。その隣を涼しい顔で追い抜いて行く木場。

「くっそ~~っ! 涼しい顔しやがって~~~っ!!」

「イッセー、黙って登った方が体力削らないよ………?」

「お前も涼しそうだな? 俺と同じ量持ってるはずなのに………」

「俺は『戦車(ルーク)』だからその補正が掛ってるんだと思う。むしろ、イッセーと同じ量しか持たされない時点で、イッセーより弱いって思われてるって事でしょ? ………その証拠に、ほら?」

 俺が隣を指差すと、ちょうどそこを塔城が通り過ぎるところだった。俺達の三倍近い大荷物を背負い、木場同様に涼しい顔で汗の一滴も見せず。

 その姿に驚いたイッセーは尻持ちを付いて、すぐに土下座して叫んだ。

「参りました~~~~~~っ!!」

 その言葉は、同じ『戦車(ルーク)』なのにイッセーと同じ量しか持たされていない俺の心の声でもあった。

 

 

 部長の別荘に到着してすぐ着替えたら、それで特訓の始まりだった。

 

● レッスン1 木場との剣術

 

「うおおおおっ!」

 イッセーが力強く木刀を振り降ろすが、木場はなんなく受け止め、いなして見せる。

「違う! もっと視野を広げて周囲と相手を見るんだ!」

 木場はそう指導してすぐ、イッセーの木刀を弾き飛ばして見せる。

「……! さすが『騎士』―――」

「ぼさっとしない!」

「うおおおっ!?」

 木刀を払い落されて終わったと思い込んだイッセーに、木場は容赦なく追撃して行く。イッセーが躱せるギリギリの速度で打ち込んでる辺りがすごいと思う。

「次、甘楽。アナタの番よ」

 イッセーが一撃貰った所で部長から交代の指示が飛ぶ。

 俺は一度木刀を握り直して『剣』と言う得物を見つめる。

 慣れ親しんだ感触だ。色んな世界を周って、色んな武器を手にしたけど、殆ど使いこなせた事はなかった。ただ一つ、IZUMOでテルから集中的に教えられた、剣の扱いだけは、転生して身体のリセットが繰り返されても馴染み深く残っている。

 一度目を閉じ、あの頃を思い出す。あの頃だけは、何度思い出しても異常なほどに記憶が鮮明に残っている。

 彼女が教えてくれた全てが、声と一緒に蘇ってくる。

 ゆっくりと目を開き、両手に木刀を握り、構える。

 

 ―――俺が持っているのは刀だ。

 

 自分にそう言い聞かせ、今置かれている自分の姿を、あの頃へとトリップさせる。

「お願いします」

「………!」

 中段に構え、木場と真剣に向き直る。

 木場は少し片眉を上げた様に思えるが、表情からは一切を感じ取らせない。

 強い相手だ。俺じゃ勝てない。それがひしひしと伝わってくる。

 だからこそ俺は、余計な事を考えず、ただ真直ぐに向かって剣を振り降ろす。

「っ!」

 『戦車(ルーク)』の補正に任せて振り下ろした剣を、木場はなんなくいなしてしまう。踏み込む足を素早く軸足に転換し、得物と自分の重心を意識して即座に切り上げ二連撃を放つ。

 これも木場は危なげなく受け止めてしまう。

「はあっ!」

 負けじと再度剣を振り抜くが、これもすんなり躱されてしまう。

 相手にならない。遊ばれている。そう解っていても不思議なくらい心は平穏だった。たぶん、木場が真剣に相手をしてくれているからだろう。これで相手が失笑したり嘲笑ったりしていれば、俺の心は早々に折れて、投げ出していたかもしれない。

 敵であるなら良い。それはただの挑発なのだから、乗ってやる必要性はない。実際、俺はライザーが来た時も、奴を嫌な奴だとは思ったが、我慢する事は出来た。

 でも、もしこれが味方だったら?

 もし味方に嘲笑われていたら、俺は心を平静ではいられなかった。

 助けてくれるはずの存在。助けなければいけない存在。それが味方だと思っている俺にとって、味方の罵声は何よりも辛く、容易に心をへし折ってしまう。転生を始める前の俺は、それで学生生活の全てを台無しにしたと言っても良い。

 だから! こうしてちゃんと向き合ってくれる味方に! 手を抜いて失望させたくない!

 強い気持ちを込めて飛び出し、絶好のタイミングで胴を薙いだ俺の一撃は、それが当然の様に躱され木刀を弾き飛ばされてしまった。

 すぐに身構えながら後ろに飛ぶが、その後、木刀を拾う間もなく頭に一撃を貰ってしまった。

「あたたた………っ!」

 頭を押さえて尻持ち付く俺。今度はイッセーが俺と変わって再び木場と打ち込みを始める。そんな中、イッセーから目を放さないまま部長が声をかけてきた。

「甘楽、アナタ剣を嗜んだ事があるの?」

「ええっと………、契約してる奴と、夢の中で稽古した事が……!」

 咄嗟にらしい嘘を吐いて誤魔化す。俺の剣のスキルは、恐らく俺の中では一番秀でている。子供の頃から大人になるまでずっと実践の中で鍛えた技術だ。身体が足りてない今の俺では木場には到底届かないが、独学で、しかも子供の頃に目立った剣才も見せずに達している様なレベルでない事は確かだ。下手な事を言えば足が付く。

「夢の中?」

「契約した相手限定ですけど……、『夢想』って言って、夢の中で時間を作る事が出来るんです。まだ慣れてなくて、全員と、ってわけにはいかないですし『夢想』で作った空間も安定しなくて、すぐに消えちゃったりとかもするんですけど………」

「それは、身体も鍛える事が出来るのかしら?」

「そこまで万能ではないです。精々精神だけです」

「そう、それでもアナタには充分な剣の素質がありそうね。こうなると、アナタが『騎士(ナイト)』でないのが惜しいわね。やっぱり、あの破城槌の神器(セイクリット・ギア)が、アナタを『戦車(ルーク)』にしているのかしら?」

 俺が『戦車(ルーク)』の適性を得た事。それは俺にも謎だ。俺もそんなに頭が良い方じゃない。推測できるのにも限度がある。今一番可能性が高いのは、部長が言った通り神器(セイクリット・ギア)の特性によるものだろう。

 などと、話している内に、もうイッセーが打ち込まれてしまった。立ち上がって交代するが、俺もイッセーと大して変わらない時間で打ち込まれてしまうのだった。

 

 

● レッスン2 朱乃さんとの魔法修行

 

「魔力は身体全体を覆うオーラを流れる様に集めるのです。意識を集中させて、魔力の波動を感じるのですよ」

 そう助言を受けながらイッセー、アーシアと共に魔力の玉を掌に作って見せる。

「出来ましたっ!」

「俺も出来ました」

 朱乃さんがイッセーを誘惑するように密着して手取り足取り教えてるところ、俺とアーシアは同時に魔力の玉を完成させていた。

「あらあら、アーシアちゃんは魔法の才能がありそうですわね。甘楽くんも、中々のセンスですわ~」

「俺、水系統の魔法には自信あるんですよ」

 なんでか知らないが、俺は水系には頗(すこぶ)る相性が良い。なんせ、どの世界に転生しても、水系と言うだけで順調に覚えて行ったからな。

「それでは甘楽くんには、他系統の簡単な魔法を訓練した後、水系統を中心に訓練しましょうか。アーシアちゃんは―――」

 朱乃さんの指示に従い、簡単な火系統の魔法を練習する。ナツ様との契約で火系統も苦手ではないはずなんだが………う~~~む、上手くいかん! この違いは一体何だ?

 首を傾げてる俺の視界の端で、イッセーが自分の作った小さな魔力の塊と、アーシアの作ったボール並みの魔力玉を見比べ、ちょっと複雑な表情をしていた。

 

 

● レッスン3 塔城と組手

 

「………打撃は中心線を狙って、かつ抉り込む様に打つんです」

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!」

 アドバイスを受けながらイッセーがボディーに良い一撃を貰って吹っ飛んで行く。その様を、数分前にコテンパンにされた俺は、木にもたれて座り込んでいた。

「………弱っ」

 ふっ飛ばされたイッセーが戻ってくるまでの間、俺の傍に来ていた塔城が俺達二人を見てそう呟いた。本当にこの子の言葉は胸にグッサリくる。これが嘲笑いだったら俺はとっくに逃げだしているぞ。

「同じ『戦車(ルーク)』でもここまで違うもんなんだな………。正直、勝てはしなくても、同じ『戦車(ルーク)』ならそれなりにやれると思ったんだけど………」

「………甘楽先輩は勘は良いです。戦い慣れもしてます。でも、圧倒的に遅いです。鍛えてください」

「は、はい………」

 的確なご助言を賜り、何も言えなくなる俺だった。

 

 

● レッスン4 部長と!

 

 ―――っは、飛ばす。純粋な筋トレがメインでしたので。

 

 

 

 調理場で魔力を使った料理を命じられ、イッセーが沢山の野菜の皮を剥きまくって何かを閃いたらしい笑いを浮かべ後、俺達はちょっと作り過ぎの料理を頂いた。

 その後は温泉で特訓の疲れを癒していた。早上がりの俺は、入浴もほどほどに(っと言うかイッセーが女子風呂の壁に向かって唸っていたので呆れて)出てきた俺は、悪魔化した体質変化に未だになれず、眠れぬ夜を過ごしていた。

 部屋から見える星空が綺麗だったので、外に出て、屋根の上から星空観察などをしてみた。悪魔化してるおかげで灯りの無い山の夜でも周囲がよく見える。天体観測には最適だ。

 意味も無く綺麗な星空を見つめる俺は、以前感じた不安感を思い出していた。

 俺はこのままイッセー達と共に一緒にいて良いのだろうか? 既に俺の行動はかなり原作へ影響を与える元なっているはずだ。もう逃げる事の出来ない状況で、覚悟も無しに責任を取る事が出来ると言うのだろうか?

 初めて会ったライザーはこんな事を俺に言っていた。

 

「お前が新しい『戦車』? 冗談だろ? 今ミラが倒した『赤龍帝』のガキの方がまだ強く見えるぞ?」

 

 純粋な実力に対して行った言葉じゃない。すぐには解らなかったが、よくよく考えれば、あの時ライザーの眼は、俺と塔城を見比べていた。

 覚悟………、それが圧倒的にグレモリー眷族内で劣っている。だからライザーはバカにしたのではなく、むしろ失望してああ言ったのだ。それが解ってしまったばかりに、俺は余計に落ち込んでしまっていた。

「そう言えば、死ぬ気の炎………、ヒスってる時以外で使えないのはそれが理由なのかな?」

 死ぬ気の炎は覚悟の炎だ。覚悟を持てない素の俺では使用できなくて当然と言う事か。ボンゴレリングの様な媒介が無い所為かとも思ったが、『レジェンディア』の世界で俺の影は普通に使ってたしな。『ニューゲーム』の効果で媒介を必要としなかったんだろう。

 つまりは結局、俺は覚悟もできない甘ちゃんと言う事らしい。

 それでも何かが違うと思う事はある。

 一番最初、テルと一緒にいた時は、もっと頑張れてたと思う。

 メルネスに覚醒したシャーリーに仕えていた時も、力を感じた。

 『ストライクウィッチーズ』の世界でも、殆ど電池みたいな立場だったのに、俺は何の不安も抱かなかった。

 でも、他の時は出来ない………。

 今も、不安に押しつぶされて、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 いや、もう逃げられない。あの時、俺が悪魔に転生した時点で、もう全ては背負い込んでしまったんだ。だから後は――――、

 

 ―――追いつめられる事しかできないのだろうか?

 

 怖くなった。

 俺は怖くなって膝を抱えて蹲った。

 俺の内側で、グリードの気配が大きくなってくるのが解る。だが、今あいつが出てきたら、俺は何の躊躇もなくアイツと交代してしまうだろう。全ての責任をアイツに押し付けて、自分は卑しくも逃げようと考えるだろう。

 それが、とてつもなく………恥ずかしかった………。

「眠れないのかしら?」

 声に驚き顔を上げ振り向く。そこに、銀月に輝くクリムゾンブロンドの美しい悪魔が翼を広げていた。

「部長………!」

 驚いて呆けていると、部長は何かに気付いた様に首を傾げた。

「泣いていたの?」

「へ?」

 言われた意味が一瞬解らなかった。でも、微妙に視界がぼやけていたので、自分が泣く寸前だったと言う事に気づいて慌てて腕で拭う。

「良いのよ別に、恥ずかしい事ではないわ」

「いや、その………」

 言われても恥ずかしい………。

 頬に熱を感じながら、俺はそっぽを向いて照れ隠ししていると、後ろから柔らかい物が俺を包んだ。経験がないわけじゃない。この柔らかに包まれる感触を、俺は最初の世界で既に知っている。

 部長が俺を、イッセーにするみたいに後ろから抱き締めてくれている。

「いいのよ。アナタはまだ悪魔として日が浅いんだもの。不安を抱くのは仕方ないわ」

 見抜かれてしまった。何に対する不安かまではバレてないと思う。でも、俺が不安で泣いている事は、間違いなく看破された。

 部長は愛おしげに俺の頭を撫でながら、優しく俺を慰めてくれる。

 グレモリー家は眷族に対する情愛が深い。過去に読んだ本の知識が蘇る。なるほどその通りだ。この段階では部長もまだそれほどイッセーを意識していない。つまり、このレベルの愛情表現は当然と言う事らしい。

 状況が状況だけに、俺のヒステリアも空気を呼んでなりを潜めているらしく、純粋に心を慰められていく。俺の主が、下僕の俺を可愛がって、気遣ってくれている。それが、本気で、とてつもなく、嬉しい………。

 

 ―――でも………っ!

 

 突然、脳裏に過ぎった姿が、俺に部長の好意を拒絶させた。

 強引に剥がした俺を、部長はどんな表情で見つめているのだろう? 俺はその表情を窺う事が怖くて出来ない。

「甘楽………、アナタはこうされるのが嫌だったかしら?」

「そ、そんな事! 無いですっ! ………正直っ! 部長がイッセーを褒めてる姿とか見て、羨ましいと思ってたくらいです! だから………っ! う、嬉しいんです、けど………」

 自然と声のトーンが下がっていく。勝手な事と解りながら、俺はそれを伝えずにいられなくなっていた。

「あんまり、俺に優しくしないでください………。そんなに優しくされると、俺………」

 俺は………。

「俺に、そんな資格ないから………。あの人の事、思い出しちゃうから………」

「あの人?」

「俺の………最初の主です………」

 呟いてから後悔が押し寄せてくる。それを言ってしまったら、どう話の辻褄を合わせるにしても、前世の記憶を放す以外に方法が無くなってしまう。それは、俺の秘密を放してしまう事と全く変わりない。危険すぎる行為の筈だ。

「最初の主? アナタは以前、誰かに仕えていたの?」

 案の定、リアス部長は聞いてきた。今更誤魔化す事も出来ず、ついつい黙ってしまう。そんな俺を覗き見た部長は優しい微笑みを向けて言う。

「良ければ話してくれないかしら? 私の可愛い僕の事ですもの。アナタの事をもっと知りたいわ?」

 本で読んだ時、正直イケイケ系のお姉さんは好みじゃなかった俺は、この人をそんなに好きなキャラと思えなかった。だけど、こうして実際に人として接してみると、解らなかった事が解るようになった。

 この人の笑顔は、本当に優しい微笑みなんだ。俺の事を心底心配して、力になろうと励んでいる。こんな俺のために、この程度でしかない俺のために………、ともすればイッセーより『がんばる』と言う努力心に掛けていると言うのに、それでもこの人は自分の下僕を愛して、何処までも真摯に接してくれる。それが際限なく伝わってくるから、俺はどうしても照れてしまって顔に血を集めてしまう。

 イッセーがこの人にゾッコンな理由が解ってしまった。

 少し考えた後、その頬笑みに負ける形で、俺はとある世界にいた頃の話を多少脚色して話す事にした。

「前世の記憶………って言ったら解ります?」

「ぜ、前世の記憶?」

「俺の場合、御先祖様の記憶になるんですが………? ほら、俺の契約って、元々御先祖様のモノじゃないですか?」

 実際にはマジで前世の記憶なのだが、信じられても困るのでおためごかし。ちょっと意味が違うが、自分の都合には違いない。

「でも、受け取った俺にとっては前世も同じなんですよ? その記憶は感情から感触まで、全部俺の物としか思えないモノでしたから………。それに行動原理とか対応とか、そう言うのも今の俺の考えとまったく同じで、本当に他人ごとに思えないんですよ………」

「そうなの………? アナタの先祖が魔術を嗜んでいたとすれば、転生の儀式をしていたとしてもおかしくはないわね? もしかすると、アナタの記憶は本当に前世の物とも言えるのかもしれないわ」

「そ、そうかもしれないですね」

 この人、意外と天然あるんでなかろうか? 都合の良い設定を記憶の中から見つけ出してきたぞ? なんか、この先俺が無茶苦茶言っても全部信じてくれそうな気がする。

 だとしたら、本当にこの人は悪魔と思えないほど良い人だ。少し安心して話を続ける。

「その記憶の中で、一番古い記憶なんですけど………、俺はとある女性に仕えていたんです。部長とは似ても似つかない真面目すぎる性格で、黒髪の似合う大和撫子な俺の幼馴染だったんです」

 それはテルの―――アマテラスの話だ。

 彼女と過ごした幼少期。どれだけ仲が良かった事。

 だが、時が積み重なる内に、俺は立場と言う物を理解し始め、彼女が密かに望む『幼馴染』と言う関係を避けてしまっていた事。

 里に救世主が訪れ、その男とテルが恋仲になってしまった事。

 二人の関係が出来てから、俺が彼女を好きだった事に今更気付いた事。

 そして………、やっと幼馴染の関係を取り戻せるかもしれないとなったのに、そこで俺が死んでしまった事。

 俺は、その全てをかいつまんでだが、部長に話した。部長はただ黙って頷きながら聞いてくれていた。俺の隣で座って、自然に耳を傾けてくれる姿に安心しきって、つい感情任せに話してしまっていた。

「―――だから! 俺は、優しくされちゃダメなんです! そんな事をしたら………、許された気になって、テルに酷い事ばっかりしてきた事を、勝手に忘れて! 勝手に一人で救われて! ………これじゃああまりにも―――っ!」

 感情が先走って、的確な言葉を見つけられず、詰まってしまう。それでも俺の気持ちは全部届いたのか、部長は頷いて優しく俺の背中を撫でてくれる。

「辛かったのね………。いえ、悔しかったのね。本当に好きな人が相手だったからこそ、彼女の幸せを望みたい。でも、やっぱり彼女を奪われたくない。そんな気持ちに挟まれて………、それでも『幼馴染』と言う、アナタなりの答えを見つけたのに、それも叶える事が出来ず………。何よりあなたが悔しかったのは、きっと………」

 部長はその先の言葉を黙って呑み込んだ。

 そう、俺が何よりも悔しかったのは―――、

 

 好きな女を傷つけるだけ傷つけておいて、結局最後には放り出してしまう形になった事だ。

 

 やるせなかった。

 自分の『好きだ』と言う想いに気付いておきながら、その想いで彼女を幸せにしたのではなく、傷つけるばかりで終えてしまった事。

 そんな事は………っ! そんな事は………っ!

 そんな事は絶対しちゃいけないのにっ!!

 だって、俺は本当に好きになっていたんだ! 初恋の相手で、幼馴染で、きっと、テルだって俺の事は嫌いじゃなかった。仲だって良かったのだ。

 なのに俺は、彼女の事を好きでいながら、結局最後まで彼女の何も助ける事は出来ず、傷つける事ばかりしかやってこなかった。

 挙句、これから彼女が大きな責任を任されると言う時に、その全てを他人に押し付けて、自分は何処かへ行ってしまったのだ。大きな傷跡を残してだ。

 これほど非道な事はない! 悔しくて悔しくて仕方なかった!

 もう一度、そうだもう一度あの世界に転生できるのなら! 俺は今度こそ彼女を幸せにしてやりたい! 全ての恩を彼女に返したい!

 でも、それはやっぱり、叶わない事なんだ………。

 だから俺は………っ!

「俺は………っ! 俺はまた繰り返してしまうっ! この記憶を、過去の物と片付けてしまったら! 俺は絶対にまた繰り返す! また、誰か大切な人を不幸にします………。だから、あんまり………優しくしないでください………」

 絞り出す思いで告げた想いは、後から考えれば恥ずかしいくらい惨めな言い訳だった。

 何が「優しくしないでください」だ? 本当にそう思っているなら、悪人になればいいのだ。悩みも話さず、何も告げず、ただそうして欲しいと思う事を実行すればいい。なのにそれをしないで、口ばっかり拒絶して、慰めてくれと言いたげなこの態度はなんだ?

 惨めだ。惨め過ぎて嫌いだ。俺は俺が大っ嫌いだ。

 ずっとずっと、今まで何度転生し直そうが、俺が世界で一番嫌いなのは、この中途半端な俺自身だ!

 もういい………、こんな俺を見たら、この人だって気まずい上に呆れてしまうだろう。こんな男を眷族にするべきではなかったと、後悔させてしまっただろう。そうと解りながら、俺は俺で、この先の不安から寄生虫の様にこの人に付いて回るだろう。

 なんて無様で浅ましい存在なんだろう………。これではまるで………っ!

 歯噛みし、きつく目を瞑って、俺は自分自身への怒りに震え上がっていた。

「………、それはきっと、本当にアナタの記憶なのね」

 呟く様に漏れ出た部長の声に、一瞬、秘密がばれたんじゃないかと驚いたが、半分はバラしている様な物だと今更ながら気づく。

「甘楽、アナタはきっと、とても優しい心の持ち主なのだと思うわ………。優し過ぎて、考えなくていい事にまで考えてしまい、一人傷ついてしまう程に………」

 視線を合わせる事が出来ない俺は、彼女の慈しみが込められた声にただ耳を傾ける。転生を繰り返す前は、絶対にあり得ないと思えた、何処までも深い愛情の籠められた声に。

「アナタの言う通り、きっとその幼馴染は一杯に傷ついたのだと思うわ。昔のアナタは、優し過ぎるばっかりに考えてしまい、考え過ぎるあまり臆病になっていたのでしょうね。その臆病さが、彼女の求めるものに気付いていながら、逃げてしまった。………確かにそれは情けない事なのかもしれない」

 その通りだ。心に深く突き刺さる言葉でも、俺はこれを受け入れなきゃいけないんだ。それを認め受け入れないと、………受け入れないと………~~~~っ!

 目眩がした。お腹が痛い。気持ち悪くなって吐き気をもようした。

 転生を繰り返す前に、何度か経験した事がある。精神的にきつく追い詰められた時、世界が歪んだ様になって、今くらいおかしくなった。

 これは本気で辛くて、死ぬんじゃないかと思えるほどに気持ち悪い。そして一番嫌いだ。俺が何かから逃げたくないと思い、立ち向かおうとする度にこれは起きる。自分が間違っていると解るから、だから叱ってくれる誰かの言葉を受け止めなければ! そう思っている時、この症状は必ず出てくる。目眩が脳の血液を根こそぎ奪って行って、立っていられなくなるほどの異常。俺自身が絶対に勝てないこの症状は、俺が責任から逃げたがっている証拠なんだ。テルの時も、こんな気持ちがせり上がり、彼女との距離を近づける事を断念したんだ。

 くそっ! 何処まで俺は………! 情けないんだ………!

 自分の弱さに気が遠くなるのを感じる中、途端に身体が温かい感触に包まれた。ついさっきも感じた物と同じ感触。俺を包んでくれる、部長の身体の感触だ。

「でもね甘楽? 誰だって弱い物を持っている物なの。強い物だけを持てる人間なんていない。アナタが知る誰もが………私でさえ、常に強いと言うわけではないわ?」

 部長の大きな胸に顔を埋めているらしい事実に気付きながら、不思議と俺の中にあるヒステリア性の血流は感じられない。

 その変わり、俺の頭の奥で、スパークするように主張する何かが、思考させまいとするかのように弾けて瞬いていた。自然、俺は部長の声に耳を傾ける事以外が考えられない。

「アナタにもきっと『優しい』と言う強さがある。でも、同時に『怖い』と言う弱さがあるの。アナタが他人から見て、自分自身を見つめて、その姿を『弱い』と感じるのだとしたら、きっとそれはね………?」

 部長が、リアス・グレモリー先輩が、優しく俺の頭を撫でる。俺の中にある何かを、洗い流そうとするかのように………。あるいは、俺の中の、不安を、溶かしてしまおうと、して、くれる、様に………。

「………きっと、『我慢できる強さ』を持ってしまって、我慢し過ぎているだけ。無理に我慢し過ぎて、心が痛み始めているのね? だから甘楽? 主の私の前でくらい、我慢を忘れて泣いてしまっていいのよ? 私は、いくらでも受け止めてあげるのだから」

 優しく告げられた言葉。

 俺の求めていた、俺の知らなかった答え。

 聞いてしまった瞬間、全てを解ってしまった俺は………もう何も考える事が出来ず、大声を上げ、彼女に抱きついて泣き叫んでいた。

 何に対して泣いているのか、もう定かではない。

 一体俺の心は何に対して、こんなにも叫んでいるのだろう?

 俺は一体、何に臆し逃げようとして喚き散らしていたのか?

 その答えはない。

 あるとすれば、たぶんそれは………。

 今まで溜め込んだ、小さな『痛み』。

 その『痛み』がたくさん集まり過ぎて、今決壊した。

 たぶん………そんなところだと思う。

 

 

 泣き止んだ頃に俺の胸中を満たす物は、羞恥心の塊だった。

 転生累計で考えればいい歳したおっさんだと言うのに、女の子の胸の中で子供の様に泣き叫んでしまった。

 恥ずかしい! 穴が無いなら自分で掘って入りたい!

 まあ、もちろんそんな事をするわけもなく……「もう大丈夫です」と伝えて離れようとしたのだが「もう少しこうしていなさい」と、半ば強引に抱きついたまま頭撫でられている始末です。

「うぅ………っ、さすがに本気で恥ずかしくなってきたんですけど………?」

 あの、豊満過ぎる二つの双眸に顔を挟んでいると思うと、無性にヒステリア性の血流が上がってきてしまう!

 リアス部長は恥ずかしがっている俺がよっぽど可笑しいのか、クスクスと笑いを漏らした。

「アナタって本当に可愛いわね。アナタもイッセーと同じように存分に甘えてきていいのよ?」

「マジッスかっ!? メッチャ嬉しいです! でも遠慮します!」

「あら? 残念ね」

 本当に残念そうに肩を降ろしてもらったところ申し訳ない! これ以上甘えたら絶対にヒスっちまうんで無理です! ってか、この時点でヒスらない事自体奇跡に近いんだぞ!

 俺のヒステリアが次兄ぃ並みの掛り易さだったら、とっくにリアス部長を対戦前に寝取っているぞ。もしそうなったら、イッセーを初めとするグレモリー眷族に、どんな目にあわされる事か………。

 一刻も早く離れなければ………っ!

「ぶ、部長! もう良いです! これ以上甘えるのは身体に毒なのでっ!」

 将来の危機を回避するため、半ば強引に逃げ出し、血流を抑えるために息を整える。

 うん、全然大丈夫だ。やっぱり俺のヒステリアは異様なほどに掛り難い。ミナヅキの時は簡単にベルセになったのに、ノルマ―レにはとことん縁薄な俺だな?

「まったく、アナタは他人への甘え方が下手なのだから、甘えられる時に一杯甘えて欲しいのだけど?」

「充分甘えましたよ………。軽く人生の黒歴史並みに………」

「あら? 甘える事が黒歴史なら、この世の人間は皆強くないといけないわ?」

「いやいや、そうでなく………。まあ、別に良いんですけど………」

 甘える事自体を否定するつもりはないが、そうじゃなくて俺が彼女に甘えた事への恥ずかしさとか、これを他人に話すような事でもあれば~~~………っとかの意味なんだが………。

 詳しく話すのが面倒になったので止めた。

 時間も時間だ。いい加減寝る事を考えなければと、俺は部長に一声かけてから部屋に戻ろうと決めて立ち上がった時、背中から部長の言葉が届いた。

「相談したくても、相談の仕方が解らない。だから甘えられないのね?」

 言われた意味が解らず振り返ると、部長も丁度立ち上がるところだった。緩い風に靡く寝巻らしいワンピースのスカートを片手で押さえ、もう片方の手で髪を耳の後ろにやりながら、彼女は微笑む。

「辛い事から逃げたくなるのは仕方ない事よ。でも、どうせ逃げるなら、私の方に逃げて欲しいの?」

「………何の事ですか?」

 逃げるも何も、今充分に甘えたばかりだ。これ以上俺の何を吐き出せと―――、

 

「御両親の事………、本当はすごくつらかったのでしょう?」

 

 言われた言葉に衝撃はなかった。

 その変わり、胸の辺りを下からふつふつと込み上げてくる感情が、俺に両親の事を思い出させた。

 いま、おれはどんなカオをしているんだろう?

 ちょっと、怖かった………。

「イッセーが言っていたわ。御両親の御葬式が終わってからずっと、悪魔の仕事に集中していたって………。アナタが人見知りするタイプだとも聞いていたから、よっぽど追い詰められて、必死に自分を誤魔化そうとしているんだって解ったわ」

「………」

 俺は………、黙るしかない………。

 自分の気持ちを正しく理解できなくて、どう扱って良いのかさえ分からない。

 だから、俺は黙って彼女の真摯な瞳を見つめる。

「本当に甘え方が下手なのね? どう甘えて良いのか解らないから他人に頼れない。でも、他人に頼らないで生きていけるほど強くもない。だからアナタは、自然と我慢できる状況を自分の中で作って行っていた。それが今のアナタなのね………」

「………失望させましたか?」

 恐る恐る訪ねると、部長ははっきりと首を振った。

「そんな事は絶対にないわ。むしろアナタの事を気付いてあげられなかった事を謝りたいくらいなのよ? ………イッセー以外、アナタの苦しみを正しく理解できていなかった。本当にごめんなさい」

 悲痛に眉を下げて謝った部長は、すぐに顔を上げて優しい微笑みに変わる。

「もし、これからも不安を抱く事があるのなら遠慮せずに私を頼りなさい。アナタは私の―――」

「………―――っ」

 

「私の可愛い下僕なんだから」

 

 紅髪を漂わせ、威風堂々とした悪魔(ヒト)が俺の目の前に立っていた。

 俺は気付いた。悟った。

 俺が、今まで一番の力を発揮できていた理由。そして、俺が気付いていなかった願望………。

 俺はずっと、誰かに仕えていたかった。

 アマテラスと言う少女に仕えていた時から、俺の願望は生まれたのかもしれない。もしかするとそれよりずっと前から、………俺は、何処までも信用できない自分より、何よりも信頼できる誰かに仕え、使ってくれる事を望んでいたのかもしれない。

 今目の前に、俺が『この人のために戦いたい』と思わされる人が立っている。

 なら、俺が抱く覚悟は―――。

 俺は傅(かしず)き、胸に拳を当て、まるで騎士がそうするように頭を垂れた。

「はい、これからもアナタ様に頼り、そして全力を尽くし仕える事を約束します。マイマスター」

 俺の言葉に、マスターは驚く表情を一つ見せずに受け入れた。

 本当に威風堂々とした、その美しい長としての姿を見せたまま………。

 この日から、彼女は俺のマスターになった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択