No.563219

【改訂版】 真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 六章:話の九

甘露さん

・結局
・種馬
・一刀さん

意図的な分こっちのほうが下衆ですね☆

2013-04-06 11:10:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7005   閲覧ユーザー数:5556

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「し……失礼します」

「失礼する、北郷殿」

 

一刀に割り当てられた一室。

そこは簡素なもので、書簡が積まれた机と椅子、寝台しか見当たらない。

 

「まだ約束の時刻の鐘は鳴っていませんが」

「北郷殿のことだ、一寸でも遅れれば何を言われるか」

「まさか。数刻程度平気な顔をして待つのも男の甲斐でしょう。違いますか?」

 

暗に魏続のことを指し、郝萌に笑いかけてみせる一刀。

ぐぬと彼女は唇をへの字に曲げた。

そして直接言い示さなくても伝わり合う二人の会話に、やはり疎外感を感じた韓胤は一刀の隣へと割り込み郝萌と向かい合った。

 

「随分と仲がよろしいのですね」

「冗談を言うな、誰が北郷殿など」

「はっはっは、手厳しいですね。同じ地で仲潁様の命を果たす仲間じゃあありませんか。

 ……おっと、もちろん韓胤殿、貴女もです」

 

そう言うと一刀は手を取り、韓胤の透き通った茶褐色の瞳を見据える。

きゅ、と瞳が驚きのあまり一寸縮こまり、遅れて頬に朱が差した。

 

「あ、は、はぃ……」

「妻帯者の割りには見境ないのだな」

「ご冗談を、会話を円滑に進めるために信頼関係を構築しているだけではないですか。それとも、意中の魏続殿が他の女子にも優しいのを思い出してしまったと?」

「もう一度言ってみろ、いくら副従事殿とは言え許さんぞ」

「これは失礼、非礼をお詫び申し上げます」

 

礼を一つ、顔には薄ら笑いを貼りつけたまま一刀は頭を下げた。

 

「さて、と。いつまでもこうして無駄話をしているわけにも行きません。話を進めましょう。

 どうぞ、椅子にお座りください」

「……ちっ」

「韓胤殿?」

「あ、ひゃひっ」

「落ち着いてください」

「もうしわけございません……」

 

やがて赤面しながら小さくつぶやいた韓胤が座ると、一刀も席に腰を下ろした。

 

「では。こうして集まって頂いたわけですが……とりあえずもう少し顔を寄せましょう」

「は、はい……」

「よろしい。どこに耳や目が有るとも限りませんからね」

「さっさと本題に入ろう、北郷殿が文遠殿に泣かれようと知ったことではないが私まで煽りを受けてはたまらない」

 

舌打ちを一つ、嫌味と共に一刀に叩きつけるも、当人はにこにこと笑みを浮かべたまま崩しもしない。

面白くない郝萌はじろりとねめつけると、仕方なしに一刀へ向き合った。

 

「……。では何から始める? 状況の確認か?」

「韓胤殿への説明から行いましょう」

「相分かった。ならば私は精々黙っておくとする」

 

物分かりの良い対応に一刀が笑みを深める。

 

「お願いします。さて、韓胤殿。説明が遅れすいませんでした。貴女もこの地が地元、真に仲潁様へと忠を抱いているか確かめる必要があったのです」

「は、はぁ……」

 

唐突に忠を疑われ面白くないことと、予想外の規模の話であるらしいと感じ取ったことで韓胤の返事は曖昧な物となった。

一寸遅れはっ、自身の失態に気づくが、一刀は特段気にする様子もなくそのまま言葉を続ける。

 

「これから話すことは、おそらく今後数年間で最も重要で、かつ仲潁様の栄光に深く関わる問題です。

 貴女は能力ゆえに、仲潁様にとって非常に重要なこの責務の一端を担うことを許されたのです。そこをまず、理解してください」

「……」

 

韓胤が大きく、ごくりと喉を鳴らした。

その緊張は、くっきりと表情に浮かび上がった。

一刀の表情が、微かに歪んだ。

 

「では、その重要な任とは何ぞや、と」

 

一寸の間が、韓胤には数刻にも感じられて仕方がない。

間延びした一瞬、一刀の唇がゆっくりと開いた。

 

「韓遂を頭目とした涼州諸豪族勢の反乱の誘発です」

 

思考が飛ぶ。

突拍子もない発言に理解が追いつかないのだ。

しかし、引きずり込まれる程に深い黒の瞳が、思考停止を許さず無理矢理に意味を韓胤へと叩きこむ。

 

「そ、そんな……そんなことが」

 

反乱の誘発など露見しただけで一族郎党皆殺しでも足りない程の重罪だ。

軽々と口にできるような重みの言葉ではない。

現に韓胤は、その重みに呑まれ、理解しても意味のある言葉が紡ぎ出せないでいた。

そんな、と桜色の口唇から零れたのはもはや反射にも近い本能的な恐怖反応からである。

だが、この空間でその様な甘えは許されなかった。

 

「許されるのか? それとも、可能なのか? あるいは……」

「怖気づいたか?」

 

柔らかい一刀の問を、郝萌がしゃらりと剣を引き抜いた音で彩り飾る。

明確な殺意が郝萌から吹き出していた。

 

殺される、と。文官には些か刺激が強すぎたのであろうか。韓胤は腰を抜かした。

すると一刀は殺気を抑えるようにと指示を出し、二人の丁度あいだ、互いが見えなくなる様に割り込みへたり込む韓胤の手を取る。

 

「我らの為、涼州の民のため、仲潁様の為。

 善政を積み、大いに栄えさせた仲潁様への嫉妬や、その富を巻き上げることを企む中央の輩が仲潁様の失脚を狙っています。

 罪状などは無理やり作り出せばいい。邪魔な仲潁様を排除し、その富をしゃぶり尽くそう、と」

 

そう語る一刀の表情は、蒼天のごとく澄み渡り、悪を憎む正義の炎に身を包んだ英雄そのものであった。

きゅう、と握られた手の暖かさが韓胤の内側に染みこむ。

 

少女の頬に朱が差し、その鼓動が加速した。

 

「私たちは、それを阻止せねばならない。

 仲潁様こそが帝国に覇を唱えるべき人物、小人のつまらない企てで志半ばで倒れることなどあってはいけないのです」

 

董仲穎を知り仕える人物ならな皆が皆、そう言われると頷かざるをえない。

彼らにとって董仲穎、月という人間こそが絶対であり至高なのだ。

 

「故に、涼州の反乱を起こすのです。張温を筆頭としてはいますが傍から見れば、此度の太平道撃破の功績は涼州豪族達のものと言っていい状態にあります。

 仲潁様は責められる様な不手際こそありませんが金城の守備のみで将の首を上げることもありませんでしたから。

 すると当然、功績を立てた彼らには数週の間に何らかの恩賞や下賜もあるでしょうから、そこにこそ中央の輩は目をつけここぞとばかりに集るでしょう」

 

かつて、そして今現在も董仲穎が州牧の椅子に座り執政を行う為に多額の賄賂が流れているのだ。

中央は富が地方に流れることを許さない。

滞れば瞬く間に免官され左遷されることは目に見えている。

州牧でさえこうなのだ。一地方豪族となればそれは更に苛烈になることは想像に難くない。

 

「そこで、誰かしら血の気の多い豪族が爆発してしまう状況を、この手でそれまでに作り上げる。

 彼らは横のつながりが深い、一人暴発すれば後はなし崩しに戦端が開かれるでしょう。

 しかし彼ら涼州兵は精強です。太平道と連戦続きで疲弊した中央軍とでは話にもなりません。

 討伐軍の先陣は鎧一触、瞬く間に蹴散らされるのが目に見えます。

 ……ならば誰に彼らは頼るか、それこそが、我らの役目です」

 

一刀の瞳を韓胤は見つめる。

映り込むぽやぽやした表情の自身とは違って、そこには理性の色が深く漂っていた。

この頭脳は一体どうなっているのだろうか。どこまでを見通しているのだろうか。

羨慕と嫉妬が湧き上がり、それを思慕が覆い尽くした。

戦端が開かれるという事に不安を覚えたのだ。この人が失われるかもしれないと。

 

「でも、豪族の方と戦端を開けば私達も無傷では……」

「しかしだからと言って、全てを搾取され真綿で首を締められる様に殺されるのを待つ訳にもいかないでしょう」

「……それは、確かに」

「仲潁様のお力は既に強大です、しかし、絶対的な強者とはまだ呼べません。中央に本気で潰しに掛かられては困るのです。

 必要なのは力を増す切欠。中央の寄生虫を無視するほどの権力を手に入れるには、もうひと押しが必要なのです」

 

宦官や外戚の権力闘争は終焉がない。

縁者でポストを固めたり新たな名誉職を設けることでどんどん権力を肥大化させているのだ。

彼らが如何に愚かであったとしてもその指先には数万の兵を動かす力があり、その一声には数十万の民の運命を左右する力がある。

今、宦官と外戚どちらにも喧嘩を売ればそれは党錮の禁の再来となるだけなのだ。

 

「それに、私達で止められねばどうせ反乱軍は洛陽まで一直線です。逆に、彼らを止めれば仲潁様の力はより確かなものとなり、その強さを帝国中に誇示することができ、もはや並大抵の干渉など物

 

ともせず執政を行えるでしょう」

「っ、ならば……もし、それが現実となれば私たちは、いえ、仲潁様はその御徳を新たな太平を築く為に、誰にも邪魔されること無く民を包めるのでしょうか?」

 

一刀は静かに頷いた。

 

「放っておいても、遠からず彼らが反乱を起こすことは目に見えています。

 ならば、その主導権を我らが握っていれば、より民は傷つかず、国力を貶めずに済むでしょう。

 これは、仲潁様の元、平和を、太平の世を築く大きな礎となるのです。

 ──韓胤殿、ご理解頂けたでしょうか?」

 

ゆっくりと韓遂に問いかける。

密談故に目の前に置かれた、まだ愛らしさが残る表情に一寸でも曇り、戸惑いが見られれば郝萌の剣が瞬く間にその首を跳ねるだろう。

しかし、剣が鞘から抜かれることはなかった。

 

「……はいっ。私も董仲穎様に仕える身、臣として仲穎様のお役に立てるのならば……」

 

太平の世を夢見る少女の輝いた瞳は一刀を真摯に捉えていた。

感じられたのはどこまでも淀みのない喜色のみ。

 

「なにより……、忠の心で君主に尽くす北郷殿のその御心意気が、私には」

 

ふと、その表情が蕩けた。

 

「とても眩しく、この眼にお写り致しました」

 

少女は消えた。まごうことなき女の顔であった。

笑みを崩さず韓胤を捉え続ける一刀に女はゆっくりと近づく。

郝萌もその手に握られた剣も韓胤の中には存在していない、まるで二人だけの世界に取り残された様な、そんな心地が彼女を支配していた。

あと一寸。吐息が頬を濡らすほどまで近づいたその瞬間。

 

ぽん、と一刀の手が小さく薄い韓胤の肩に置かれた。

 

「あ、私ったら……。そ、その、すみません……」

 

途端に、夢見心地は消え現実が少女を包む。

夢遊病の様な不確かな感覚はリアルに引き戻され、途方も無い羞恥心が彼女の全身を茹蛸の如く染めた。

しかし一刀は笑みを崩さない。まるで何もなかったかのようにニコリと韓胤に微笑みかける。

 

「いえ、構いませんよ」

「ん、こほん。では私はさっさと確認を済ませ出て行くとしよう」

「あ……その、そういうお心遣いは、その」

 

気まずそうな咳払いに更に朱に染まる韓胤。

彼女は夢見心地だったのならば先程までの行為が全て夢であってほしいのにとまで願った。

そんな内心を知ってか知らずか、郝萌はさらりと空気を本題に戻す。

 

「張温の涼州嫌いは予想外の水準であったが、まああれならあれで誘導のしようもある。適当にお守り騎兵の皆様に功を立てさせれば勝手に逆恨みしてくれるだろう」

「ふむ……。では方針は変えず、そのままで。但し、予定よりも張温の帰還を遅らせる、と」

「相分かった。……では、野次馬は精々静かに退散するとしよう」

 

すくと立ち上がった郝萌は足早に部屋を出ると静かに戸を閉め、さっさと帰ってしまった。

残されたのは未だ紅潮収まらぬ少女と一刀だけ。

数瞬沈黙が漂い、やがて意を決した韓胤が一刀に向き直る。

 

「あ、あの、そのっ」

「私は妻を裏切れません」

 

しかし、その言葉は遮られた。それに目に見えて落胆の色を見せる韓胤の、じわ、と目尻に涙が浮かぶ。

この短い間で身も心も囚われ、そして勝手に盛り上がっていた自身の情けなさ。いろいろな感情が織り混ざって心がぐちゃぐちゃにかき乱されていた。

震える声で嗚咽を飲み込むと少女は俯いた。

 

「っ、そう……、ですよね」

「しかし」

 

きょとん、とする韓胤の頬に、一刀の大きくごつごつとした手が添えられた。

意味も分からずただぽかんと眺める彼女を他所に、その小さな額にくちづけがひとつ。

再び少女の顔が茹蛸と化した。

 

「……、え、あ、はへっ!?」

「その気持ちは嬉しく思う。貴女には、仲穎様に仕えたての頃にも世話になった。今じゃあ随分と距離ができてしまったが……」

「わ、私のことを覚えて?」

 

彼女は事務員として付き添っていた自身のことなどを覚えられているとは思っていなかったのだろう。

その表情が一気に華やいだ。

 

「よそ行きの口調は肩が凝る。その分貴女の前では隠さなくてもいいから楽だよ」

 

一刀は“自然”な、どこか困ったような笑みを浮かべると目尻に溜まった涙をその指で拭った。

 

「さあ、宵が深ける前にお帰り。それとも、送ったほうがいいかな?」

「い、いえいえいえそんなとんでも無いです、はい!」

「素が出たね。語尾にはいって付けちゃう口癖」

「あ、あぅ……」

 

先ほどとは違って、どこか心地良い羞恥に韓胤がうつむく、一刀はすっと立ち上がり彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

 

「夜も遅い、何かあってはたまらないから送ってゆくとしよう」

「で、でも……そんな」

「気にするな。俺が勝手に送るだけだ」

 

一刀は韓胤の手を取り立ち上がらせた。

綿のように軽い体はふわりと浮くと手を握り合ったまま一刀の横に並ぶ。

 

「あ、あの……」

「なんだ?」

「へ、部屋を出るまででいいんです……手を握ったままでも、いいですか?」

 

返事はなかった。

ただ大きな手が彼女の頭を二度、さらりと撫でた。

 

**

 

 

 

「──様! 密偵が戻って来ました!」

「来たか」

 

「はいっ! 天水に駐留する張温の軍勢は明日の朝動きます。残党刈りと高をくくった連中は天水の守護を薄くしているそうです」

 

「よし……、いいぞ、いい塩梅だ。歩兵の用意をまとめろ! 明日には動くぞ!」

「ははっ!」

 

 

 

**

 

 

後々の布石にーとかやり過ぎてるんで計略は事前ネタばらしなのですぞ!

代読:音々音

 


 
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