No.56176

もしも雪蓮がいなくなる前に、蓮華と一刀がくっついていたら ―後編―

自分の作品を読み返していると、己がどれほど『生徒会の一存』の影響を受けているかわかる…。

今回もかなりしっちゃかめっちゃかです。
蓮華に萌えるか雪蓮に萌えるか、それは各自の判断で。

2009-02-05 13:54:21 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:29473   閲覧ユーザー数:17879

 

 

「~~♪、~~~♪」

 

 と鼻歌を歌いながら蓮華は城の廊下を進んでいた。

 その足取りは軽やかだ。

 

 ―――今日は一日 大好きな一刀と二人きりだった。一刀の世界では こういうのをデートというらしい。

 早朝に多少のトラブルはあったものの、そのトラブルを逆手にとって下着専門の服屋で嬉し恥かしの時を過ごし、その後は劇場で京劇を観賞、演目は秦代末期の覇王・項羽と虞美人の悲恋を扱ったもので、ラストは不覚にも涙が止まらなかった。

 劇場を出てからは、あらかじめチェックしておいた甘味処で新作の水菓子に舌鼓を打つ。テーブルでの話題は自然 見てきたばかりの劇の感想になり、一刀は男の立場から覇王・項羽に、自分は女として虞美人の心境に興味が向き、二人して熱く語ってしまった。

 さらにその後は街中を気ままに散策し、小物屋や本屋など、普段なかなか見ることのできないものを見て回る。

 

 そんな中で、一刀から思いがけない贈り物をしてもらえた。

 

 なにげなく立ち寄った小物屋で、ふと目に留まった ぬいぐるみ。

 

 よほど物欲しげに見ていたのだろうか、一刀は何も言わず財布 片手に店主を呼び、あれよという間に ぬいぐるみは自分の手の中に転がり込んでいた。

 

『俺が蓮華に推挙する初めての人材だ』

 

 一刀が冗談めかして言う。

 

『じゃあ、その働きに大いに期待するわ』

 

 自分も負けずに言い返したが、心の中は嬉しさで一杯だった。

 その ぬいぐるみが、デートを終えた今も自分の手の中に収まっている。家柄のために 武芸や勉学に打ち込んできた自分には、ぬいぐるみのような玩具に触れた記憶は子供の頃から一度としてなかった。

 

 ずんぐりと可愛い顔をしたトラのぬいぐるみ。目に相当する部分には黒色のガラス球が縫い付けてあって、とても凛々しい眼光だ。

 

 このぬいぐるみのトラは仁(ジン)と名付けて一生大事にしようと思う。

 

 今日一日間近にいた一刀の笑顔を思い出し、仁を抱きしめる腕に力を込めた、その時、

 

「……蓮華様」

 

「きゃああああッッ!」

 

 ―――暗がりから急に声を掛けられて、蓮華は驚きに飛び上がった。

 振り返ると そこにいるのは冥琳、呉の柱石たる大軍師にして蓮華の姉・雪蓮の無二の親友だった。

 

「なんだ冥琳、……驚かさないでよ、イキナリ誰かと思ったじゃ………」

 

「蓮華様、北郷との逢瀬の余韻に浸っているところ申し訳ありませんが、ご足労願えますでしょうか?」

 

「え?」

 

 心なしか、冥琳はげっそりした表情をしていた。

 なんだかもう、誰かさんの暴走に振り回されて、精も魂も尽き果てましたとでも言わんばかりに。

 

「……雪蓮が、呼んでいます」

 

 

 

 ……………。

 

 

 

「……うわ」

 

 蓮華が案内されたのは、姉・雪蓮の私室だった。

 そこで彼女が目撃したのは、なんだかとても不機嫌そうな姉の姿だった。寝台の上で ぬいぐるみを抱きしめながら寝転ぶ その姿は、見ようによっては とてもしどけなくて扇情的だが、表情のために どう見てもフテ寝としか解釈できない。

 

 一体何がこんなに姉を不機嫌にさせているのだろうか?

 

 そして何より気になったのは、そんな姉と共寝している ぬいぐるみの存在だった。

 蓮華以上にぬいぐるみになんて縁のなさそうな姉が一体全体なんで そんなものを持っているのか。しかも そのぬいぐるみは不思議なことに今日 蓮華が一刀に買ってもらった ぬいぐるみと まったく瓜二つのものだった。

 

 まったく同じトラの、目の部分に黒いガラス玉を当てた ぬいぐるみ。

 

 唯一違うところがあるとしたら、それは大きさか。

 蓮華のぬいぐるみが一抱え分しかないのに対し、雪蓮のそれは その二,三倍はある。抱きかかえている雪蓮と同じぐらいの大きさなのだ。

 

「あの…、姉様、そのぬいぐるみは一体どうしたのですか?」

 

 蓮華は恐る恐るながらも聞かざるをえなかった。

 

「………買ったの」

 

「は?」

 

「自分で買ったの!いつも頑張ってる自分に対する御褒美よ、何?文句あるっ!?」

 

「雪蓮やめて、それ以上言うと なんか こっちが泣きたくなるから…!」

 

 冥琳が たまらない、とばかりに口を挟む。

 

「あ、あの…、いったいこれは……?」

 

 蓮華が混乱して呟くのも無理からぬことだった。

 そして、そんな妹の混乱を見透かすかのように、姉が、

 

「…下着専門服屋」

 

「うっ」

 

「……京劇、……甘味処で水菓子、………あーんど街中を散策してトラのぬいぐるみを げとー」

 

「あああ、あの、姉様……?」

 

「蓮華様、バレています」

 

「え?」

 

「蓮華様が今日 北郷と街でお二人で過ごしたこと、雪蓮にバッチリ バレております」

 

 蓮華が息を呑んだのが傍目からでもわかった。

 姉の、蓮華へ対する視線に憂いが増す。

 正直なところ、蓮華にとって今の時点で一刀との関係を知られたくないNo1は、間違いなく姉・雪蓮だった。知られたら どうイジられるか わかったもんじゃないから。

 

「ででで、でも なんだというんです?一番最初に、私に一刀を受け入れるよう仰られたのは姉様ではないですか!それが実現した以上、お褒めいただきこそすれ お叱りを受ける いわれなど一片たりともありません!」

 

 しかし蓮華は開き直った。

 

「おお、やはり女って恋をすると強くなるものね」

 

「冥琳!変な評価の仕方をしないで!」

 

 蓮華と冥琳が言い合いをしている中、それでも雪蓮は我関せずという風に物静かで。

 

「………………ねえ蓮華、お願いがあるんだけど」

 

「は?……なんです?」

 

「一刀 譲って」

 

「はぁっ!?」

 

「だからぁ、一刀を私に譲ってって言ってるのぉ、いいでしょッ!?」

 

「いいわけないでしょうッ!…はぁッ?何言ってるんですか、はぁッ!?」

 

「じゃあ、私の王様の地位と 一刀をとっかえっこしよ」

 

 そんなビックリマンシールみたいに気軽にトレードしていいのか、この二つ?

 

「雪蓮……、いくらなんでも それはちょっと突拍子が……」

 

 いつも以上に唐突&理不尽な物言いに、断金フレンドの冥琳までもが異を唱える。

 

「だってぇー、今日の蓮華見てあまりに羨ましすぎんだもん!あー!私も一刀と色んなところ遊びまわりたいー!洒落た贈り物とかしてもらいたいー!」

 

「イヤそれは…、雪蓮アナタ日頃から北郷にたかってるでしょう」

 

「えー?じゃあ、私も一刀と寝台で一緒に朝とか迎えたいー。起きたら そのまま『一刀スキスキー』とか言って熱烈なチュウをかましたいー」

 

「なななななッ!」

 

 蓮華の赤面が瞬間沸騰。

 

「姉様何故そんなことまで知っているのですッ?もしや覗いてたのですか!………はっ、まさか、あの時 私の下着が見当たらなかったのは……?」

 

「あ、蓮華 案外 勘がいい」

 

「やっぱり姉様が盗っていたのですね!呉王であるアナタが他者の寝所に忍び込んだ挙句 盗みなど、なんと恥も外聞もない!少しは己の立場を弁え、節度ある行動をとってください!」

 

「なによー、蓮華だって将来 呉の皇帝になるのに不純異性交遊なんかしちゃってー!」

 

 ――雪蓮の発言は時系列を無視しました。軽く聞き流してください。

 

「不純ではありません!私と一刀はちゃんと愛しあってるから いいんです!」

 

「おお、言い切った」

 

 と冥琳。

 

「とにかく、私の下着を盗んだのが姉様だというんなら ちゃんと返してください!そのせいで私が今日の前半、どれだけ恥かしい思いをしたのか……」

 

「もう、わかったわよ、返せばいーんでしょ?ちょっと待ちなさいよ…」

 

 雪蓮はおもむろに立ち上がり……。

 

「ちょっと待ってください姉様、なんで自分の腰に手を当ててるんですかッ?」

 

「え?だって脱がなきゃ返せないじゃない、下着」

 

「穿いてるんですかッ?他人から取ったものを穿いてるんですかッ?」

 

「だって、アンタたちが魅せつけるもんだから、つい」

 

「何が『つい』なのか!前後が繋がりません!」

 

「返したら ちゃんと穿くのよ蓮華」

 

「イヤです!なんで姉の股間でホカホカになった下着を すぐまた穿かなくちゃいけないんですかッ?どういう新境地ですかッ?そんな新しい道に目覚めたくありません!」

 

「姉のぬくもりを 股間に感じて」

 

「だからヤですっ!」

 

「いいじゃん一刀譲ってよー」

 

「ああもう まったくこの人はー!」

 

 蓮華は頭を掻き毟りたくなる寸前だった。どうしてこー この人との話はこうも噛み合わないのだろう。

 

「蓮華様、蓮華様」

 

「なっ、…なによ冥琳?」

 

「私は今日ついに、こういうときの雪蓮の扱い方を学び取りました」

 

 冥琳が菩提樹の下のシッダルタ王子のような顔で言った。

 

「雪蓮のしたいように させてやればいいのです」

 

「悟った!冥琳が悟ったーッ!」

 

 蓮華が冥琳の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

 

「戻って、戻ってきて冥琳!アナタ以外の誰が姉様を制御するっていうのよッ?」

 

「…老子の書に『無為自然』というものが書かれています。いい言葉ですね」

 

「姉様!もう少し生活を自重してください!このままだと冥琳が尸解仙になりますぅー!」

 

「蓮華、一刀譲ってよー」

 

「アナタもつくづく我が道を行きますね!」

 

 冥琳が何らかの境地に達してしまうのも わかる気がした。

 蓮華は痛む頭を押さえながら、何らかの抗弁を考え出す。

「だいたい姉様は、先ほどから一刀を譲れ譲れと仰っていますが、一刀はモノではありません、あげたり貰ったりするものではないのです」

 

「なによー、蓮華ってば いい子ぶった物言いしてー。どっちにしろ同じようなものでしょう、蓮華と一刀そういう仲なんだからー、だったら一刀は蓮華のモノじゃないー」

 

「違います!一刀は私のモノじゃありません!」

 

 蓮華は一呼吸置いて言った。

 

 

 

「私が一刀のモノなんです!」

 

 

 

「ぐはっ」

 

 その言葉に衝撃を受けたのは、むしろ傍で聞いてる冥琳だった。

 

 蓮華様、なんと思い切ったセリフを……。

 私にはマネできません!そんな口にするだけで顔から火が出そうな小ッ恥ずかしいセリフ!

 それが若さというものですか、純粋さというものですか。

 汚れた大人となってしまった私には、アナタは眩しすぎます!

 

「やだー、そんなこと言わないで一刀譲ってよー!」

 

 そしてこっちは際限なく子供だし。

 

「ん?待てよ」

 

 雪蓮は何かを閃いたようだった。

 

「なら私も一刀のモノになっちゃえば いーってことじゃない。おお!私冴えてるーッ!そしたら私も一刀とイチャイチャ?」

 

「ななっ、そんなことダメです姉様!一刀は私だけで精一杯なんです、そのはずなんです!」

 

「もぅ、蓮華はさっきから我が侭ねえ」

 

 お前にだけは言われたくねえ、蓮華と冥琳は同時に思った。

 

「………そうだ、なら勝負しない?」

 

「勝負?」

 

「どっちが一刀に相応しいかっていう勝負よ……」

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 そして場面は一刀の寝室に切り替わる。

 

 一刀は既に明かりを落とし、床に入っていた。休暇は今日で終わり、明日からまた政務に忙殺される日々がやってくる。その日々に立ち向かうためにも早くに眠っておかねばならなかった。

 

 しかしそれでも、今日、蓮華と過した時間の余熱が下がることはない。

 

 綿の詰まった寝具に包まって、一刀は顔に浮かんだニヤニヤを消し去ることができなかった。

 

「……いやあ、本当に蓮華は可愛かったな」

 

 このベッドの上で、蓮華は今朝まで一刀と一緒だったのだ。あんな可愛い子が自分の彼女なんて、まだ信じられない。夢なら一生醒めないで欲しい。それぐらい蓮華は一刀にとって可愛い女の子だった。

 

 朝目覚めたら すぐ隣で しどけない姿をしていて「おはよう」と言ってくれるところとか。

 服を着ていたらパンツが見つからず、半泣きでオロオロするところとか。

 それを逆手にとって下着専門店に同伴し、百花繚乱の下着姿を拝ませてくれるところとか。

 演劇を見て泣いちゃうところとか。

 プレゼントした ぬいぐるみをギュッと抱きしめて心底嬉しそうに はにかむところとか。

 

「ああっ!………もう!」

 

 一刀は布団の中で悶えまくった。本当なら四六時中一緒にいたいところだが、生憎 自分にも彼女にも公務というものがある、それを疎かにして二人の甘い日々というのはありえないのである。

 だから今夜は一人寝で我慢する。自分も蓮華も、明日の激務に対する準備が必要なのだ。

 ……と、一刀が自分に言い聞かせていた その時、

 そっと、

 

 ベッドの下のほうから忍び寄ってくる気配。

 

「んん?」

 

 その異変に一刀も気が付いた。

 布団の中に潜り込んでくる細い指が、一刀の足の裏を撫でる。

 

「ひゃっ」

 

 思わず声が漏れる。

 

「なっ、ちょ、もしかして蓮華か?」

 

 もはや布団の中には腕、頭、胸、腰と、体全部が侵入してくる。一刀の体にぴったりと くっ付く その柔らかさは、間違いなく女性のもの。

 

「蓮華…、もしかして我慢できなくなったのか?イヤそれにしても、そっ、ヤダそんなとこ撫でて……」

 

 二本の細腕が、一刀の胸や腹を這い回る。

 蓮華とて明日からの激務のことを忘れたわけではないだろうに、しかしそれでも求めを押さえきれないのが男女の情というものか。

 一刀だって似たような心境だったので受け入れるのに抵抗は少なかった。

 

「蓮華…ッ!」

 

 来る者は拒まず。一刀は布団に忍び込んできた その女体を激情に任せて抱きしめる。

 昨晩 味わったものと まったく同じ感触が、一刀の両手に伝わる………、ような、…まったく同じ?感触?

 

「…いや、これは………ッ?」

 

 一刀は違和感に気付いた。

 

「これは蓮華じゃないなッ!?」

 

「やだ、一刀もう気付いたの?」

 

 一刀がベッドから飛び出して、机上の灯皿に火をつける。明るくなった室内で、一刀の見守る中、掛け布団から もぞもぞと現れた彼女は。

 

「しぇっ、雪蓮~~~~ッ!?」

 

「なんで こんなに早く気付いちゃうのよ一刀、せめて服を全部脱ぎ終わるまで待ってて欲しかったー」

 

 かく言う雪蓮は事実、普段着のドレスを着崩していた。

 一方、一刀の方は事態がまったく飲み込めぬという風に、

 

「え?なに?なんで雪蓮が俺の部屋へ夜這いに?ドッキリ?いや、…そうか!冥琳の部屋と間違えた!」

 

「違うわよう、ちゃんと一刀を狙っての侵入よう」

 

 サラッと標的発言された一刀。

 

「もぅ、どうして私が蓮華じゃないってわかったのぉ?私たち姉妹だから姿かたちも結構似てると思ったのに、声さえ出さなきゃバレないと思ってたのにぃ」

 

「いったい何故こんなことをする必要が…」

 

「あ、わかった、お尻ね?一刀 私のお尻に触れた途端なんか反応変わってたもん」

 

「ええっ!?」

 

 吃驚仰天 一刀さん。

 

「そんなことないよ!ていうか俺 雪蓮のヒップに触れてたの?うわ やっべー、殺される?俺殺される?」

 

「殺さないわよ それくらいで。でもまあ、いくら姉妹っていっても私、やっぱり蓮華の お尻には及ばなかったか……」

 

「どゆこと?」

 

「だって皆言ってるもん、蓮華のお尻は国宝級だって」

 

「なんですとッ?」

 

「国中でもっぱらの評判よ?この孫呉に伝わる至宝は、この名剣・南海覇王と蓮華のお尻だって」

 

「いや、そこは名剣だけにしとこうよ…!」

 

「いくら江東の小覇王と呼ばれる私でも、お尻の魅力では蓮華には敵わなかったかー。まぁ仕方ないわよね、蓮華のお尻は国宝級だもんね」

 

「イヤ待て、それには俺は断固として異議を唱えたい」

 

「え?」

 

「何故なら俺は、蓮華の尻を、私物化したいからだ!国の宝にしてなるものか!」

 

「なるほどー」

 

 

「おーのーれーーらーーーーーーーーー~~~~ッッッ!!!!」

 

 

 絶叫と共に乱入する人影。

 ドアを蹴破って現れたのは、先ほどから国宝級と評判の蓮華様ご本人だった。顔が真っ赤に茹っている。

 

「おおおッ?れれ、蓮華ッ?」

 

「黙って聞いてれば尻 尻 尻って!やめてよ恥ずかしい!明日から後ろを気にして外歩けなくなるじゃないの!」

 

「何言ってるのよ蓮華。褒められてるのよアナタ」

 

「褒めるにしても用法があると思います!」

 

 赤面で抗議する、国宝級の尻をもつ女・蓮華。

 

「っていうか、何故 蓮華まで俺の部屋に?どゆこと?俺まだ状況が掴めないんですけどッ?」

 

「一刀!」

 

「はいぃぃッ?」

 

 いきなり どやしつけられる一刀。蓮華は肩を怒らせて彼に詰め寄る。

 

「あの暗がりの中で私と姉様を識別できたのは嬉しいけれど、そのキッカケが お尻云々てのが納得行かない!どーいうことよ、私と姉様とでは…、その、そんなにお尻に差があるのッ?」

 

「そんな改まって聞かれても……」

 

 第一、ヒップに触れて気付かれた、というのはあくまで雪蓮の主観であり……。

 

「だから、そう!俺が気付いたキッカケは、あくまで色んなものを総合してだよ。体型とか、息遣いとか」

 

「そ、そうなの……?」

 

「そうそう、俺が蓮華のことを間違うわけないじゃないか」

 

「そ、そうね、……たしかに、あんなにすぐ姉様の正体に気付けたのはビックリね、凄いわ一刀。…………あのね?」

 

「うん?」

 

「………わ、私のお尻は、いえ、お尻だけじゃなくて私の身も心も、一刀のものだからね?」

 

「れ、蓮華……ッ!」

 

 

 

「うきゃーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

 新たに絶叫したのは雪蓮だった。

 

「ムカつくコイツら!数十年間生きてきて こんなにムカついたのは今が初めてだわ!ねえ冥琳!そうよね冥琳!」

 

「…そうね、さすがの私も少しイラッときた」

 

 いつの間にか冥琳までもが一刀の部屋に入室していた。

 

「なんなんだ いったいッ?」

 

 その状況に一刀の混乱は留まるところを知らない。

 しかし、この部屋の主の混乱を、乱入者三人はまったく考慮することなく。まず蓮華が宣告するように言った。

 

「どうです姉様、これでアナタが持ち掛けた勝負は私の勝ちということで よろしいですね?」

 

「まっ、まだ決着はついてないもんッ」

 

 苦し紛れに言う雪蓮へ、妹はさらに畳み掛ける。

 

「どこがですかっ。姉様が私に成りすまして一刀に、えっと、夜這いをかけ、一刀が最後まで気付かなければ姉様の勝ちというのが勝負の内容だったはず。ここからどうやって逆転するつもりですか姉様っ」

 

「で、でも、冥琳~」

 

「イヤ、さすがに これはもう逆転は無理でしょう?」

 

「なにそれ~、それでも呉の最高の軍師なの~?」

 

「軍師だからこそ関わり合いになりたくない勝負があるのよ…」

 

 こうね、プライドの問題でね。

 こうして断金フレンドからの援護射撃も望めない孤立無援の雪蓮は、ついに子供のようにゴネだすしかなくなった。

 

「私も一刀とイチャイチャしたいのにぃ~!」

 

「えっ?」

 

「一刀?何を俄かに反応しているの?」

 

「ええっ、イヤしてないよッ?…してないです、ハイ」

 

「およよ?」

 

 しかし そんな一刀のリアクションを小覇王は見逃さなかった。

 

「これはもしや、一発逆転の糸口?……一刀 一刀!私とイチャイチャしたい?」

 

「え~と、あの~……」

 

「姉様!往生際が悪すぎです!」

 

 蓮華は慌てて怒鳴りつけるが、一度走り出した雪蓮は止まらない。

 

「私は一刀の願いに応えるだけよ♪…というわけで、寝台へ突撃~~ッ!」

 

「うわーッ!」

 

 雪蓮は一刀を巻き込んでベッドへダイブ。その形はまさに雪蓮が一刀を押し倒す状態だ。

 

「ねねね、姉様ぁー!」

 

「ねえ一刀見て、私の今の下着、蓮華の豹柄に対抗してみたの。店の人が言うには、ぜぶら柄?ですって」

 

 と雪蓮がドレスの隙間から垣間見せたショーツの柄は、遠きサバンナで牧草をモサるシマウマの模様。

 おおっ、と一刀の目の色が変わる。

 

「姉様ッ!アナタ私の下着を穿いてたんじゃなかったんですかッ?」

 

「騙されたわね蓮華!それはアナタを油断させるためのウソよ!」

 

「そのウソで どう油断しろとッ?」

 

「ちょっと待て!蓮華と雪蓮が回し穿きしたパンツだとッ?そんなレアアイテムが実在するのか!買う!金ならいくらでも出すぞ!」

 

「一刀もそんなところに食いつかないでーッ!」

 

 蓮華までもが割って入ってベッドの上は大混乱。

 そして、その隣で冥琳は、椅子と机を持ち出して、軽く茶でもすすりつつ、

 

「…………あ、この干菓子おいしい」

 

「他人の部屋の茶棚をあさらないでもらえますか!」

 

 一刀が、雪蓮と蓮華を纏わりつかせながら抗議する。

 

「冥琳!そんな ゆったりしてないで助けてくれよ!この二人を止められるのは冥琳しかいないじゃないか!」

 

「……北郷、私はな、今日悟ったことがあるのだ」

 

「なに?」

 

 冥琳はゴルゴダの丘にあがるイエッサのような表情で言った。

 

「…すべてを許すことこそ大切なのだ」

 

「誰かーッ!誰か冥琳をなんとかしてくれ!このままじゃ冥琳が死して後 復活してしまう!」

「………とはいえ、たしかにこのまま放っておくのは あまりに北郷が不憫。やれやれ、助けてやるとするか」

 

「え?マジ?」

 

「うむ、これを使うがいい」

 

 てけてけて~ん!

 

 

「小蓮様~!」

 

 

「えぇ~?」

 

 冥琳が懐から取り出した(かのように見えた)のは、孫家三姉妹の末子、孫尚香こと小蓮だった。

 何故ここで小蓮の登場となるのか?

 異次元から召喚されたとしか思えない出現の仕方をした小蓮は、最初こそ何が起きたのかわからないというようにあたりを見渡していたが、やがてその目が一刀と絡まりあう姉二人に留まると、

 

「ああぁ~ッ!」

 

 と声を上げた。

 

「何してるのお姉ちゃんたち!一刀は私が后になるんだから手を出しちゃダメェ~!」

 

「ち、また めんどくさそうなのがきた」

 

 雪蓮、軽く舌打ち。

 

「こーなったらシャオも混ざるー!えーい!」

 

 と三人目がベッドにダイブ。

 

「うわーッ!ちょちょ、ちょっと冥琳さん?これ余計混乱が増してる気がするんですけど!気のせいかなッ?」

 

「おお、これで完璧だな」

 

 冥琳が画竜点睛を果たした画家のような満足顔。

 

「なに一仕事やりとげたような顔してんだーッ!助けろ!いい加減助けてくれ!このままだと俺 三姉妹にしゃぶりつくされるーッ!」

 

「北郷、なにやら西方にはな、三匹のトラがグルグル回って醍醐になってしまう話があるそうだ」

 

「醍醐じゃねえよ、バターだよ!」

 

 ※醍醐(だいご)…インドあたりに伝わるチーズみたいな高級食品。

 

「……何故かそういう話を思い出した」

 

 そんな冥琳の感想を裏付けるかのように、三姉妹の抗争が激烈化してゆく。

 

「もーっ、蓮華も小蓮も離れてよね!今日は一刀は私のなんだから!」

 

「だれがそんなこと決めたの!雪蓮お姉ちゃんのワガママ!」

 

「ふんだ、こうなったら私が一刀と熱烈な接吻を交わしてやるんだから。むちゅぅ~~~~!」

 

「ふぐッ?ぐにゅぅぅぅぅぅぅぅ~~~?」

 

「~~~~~~ぷはっ、どうッ?」

 

「雪蓮お姉ちゃん、それ蓮華お姉ちゃんだよ?」

 

「えっ、ウソ、間違えた?」

 

 本当にバターになってしまいそうです。

 

「…さてと、私はもう部屋に戻るとするかな」

 

「えっ?ウソ?冥琳さん投げっ放しのまま帰っちゃうの?それヤバくない?せめて俺の助かる糸口を……」

 

 などと一刀の必死の助命嘆願も華麗に無視して冥琳はさっさと部屋を後にする。

 

「今日は疲れた、帰ってバラの花びらを浮かべた風呂に浸かって寝よ」

 

「冥琳さん!その前に!俺を!助けて!」

 

「いい小蓮、いっせーので一刀の筒袴を脱がすわよ」

「りょうかーい!もう帯は外してあるから いつでも行けるよ雪蓮お姉ちゃん!」

 

「小蓮も姉様も、そんなはしたない!」

 

 そんな感じで、この物語は投げっ放しのまま終焉を迎えるのであった。

 この後一刀の寝室で何が起こったのかは各自の想像にお任せするが、翌日一刀はついに政務に就くことはなかったという。

 あと、思春が留置所から保釈されて戻ってくるのは さらに二日後のことだった。

 

 

終劇


 
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