No.557759

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ八


黄巾党VS義勇軍&一刀率いる民達。

幕開け~終幕です。

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2013-03-22 01:06:39 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:11226   閲覧ユーザー数:7800

 

 

 

 

街の入り口で、左慈から渡された刀を抜く。

 

陽光に煌めく白刃。思えばこの外史に来てから、抜いたのは初めてだった。

 

爺ちゃんにさんざん刀剣類を見せられた所為もあってか、見ただけで業物だということが分かる。

 

流石に号は分からないものの。

 

 

著名な刀はいくらでもある。この刀が天下五剣とか大層な物でないことを祈るばかりだ。

 

だが、これは外史の管理者という存在から渡された刀。

 

乱暴に渡された物にしろ、下手をすればとんでもない業物かもしれない。

 

などと、しょうもない考えばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

 

現実を見たくないのかもしれない。だから、どうでもいい考えばかりが現れて消えていく。

 

この現実は本来、見る必要のない物なのかもしれない。もっと言えば関わる必要も。

 

 

 

――逃げればよかったじゃないか。

――こんな街、お前には関係無いだろ。

――街の人達だってお前が逃げても責めはしないさ。

 

 

 

刀を一閃。眼前で卑屈に笑う、自分を両断した。

 

 

心から迷いが消えていく。

心から弱音が消えていく。

覚悟が戻って来る。現実を受け止める覚悟が。

 

 

静かに納刀し、振り向いた。思い思いにその場に立つ街の男達。

 

その手には武器。

人を殺すことが出来てしまう武器。しかし少なくとも、今は護る為に必要な武器。

 

眼前にいる二百人余りが、この双肩に掛かる責任。

 

 

「敵には一人で当たるな、必ず一人に対し複数で当たれ。そうすれば勝てるし、死ぬことも無い。気付かれるまでは整然と進む。無意味に音を立てないようにしてくれ」

 

 

ごくりと唾を飲み込み、神妙な面持ちで男達は頷く。

 

普段とは違う様子の一刀に戸惑いながらも、指示に従えるだけの信頼がそこにはあった。

 

 

 

「ははっ」

 

 

 

ふいに、一刀は笑みを零した。

 

それだけで緊張していた男達の表情が、呆気にとられたような表情に変わる。

 

そんなことはお構いなしに、一刀は告げる。

これから戦場に出向くというのに、散歩にでも行くかのような気軽さで。

 

 

「早く帰って、酒でも飲もう」

 

 

静寂。そしてクスクスと忍び笑い。

 

そんな単純な一言で、男達の気負っていた表情が変わる。

 

残ったのは、余裕と覚悟。死ぬかもしれない、から、生きて帰る、に変わった心。

 

 

一進一退の戦いを続ける黄巾党と義勇軍を遠目に見て

 

 

「行くぞ。みんな、死ぬなよ」

 

 

一刀はただ一言、命令を発した。

 

その命令がただの気休めと、偽善であると知りながら。言葉には力が宿っていると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒と黄が入り乱れる戦場。その中で、一際目立っている青年がいた。

 

来ている服と同じ色の黒髪。適度な長さに切り揃えられたそれが、風に揺れる。

 

 

「はあっ!」

 

 

一閃。血飛沫が上がり、黄巾党の一人が断末魔も上げずに倒れる。

 

 

青年が体勢を戻す前に後ろから迫る黄巾党。

それを肩越しに見ながら、体勢はそのままで後ろに向かって武器を振る。

 

『ぐげえっ……!!』

 

身体を貫いた銀色に眼を白黒させながら、敵は事切れた。

無造作に武器を引き抜き、一振りして血を払い、同じように顔に少量掛かった血を親指で拭った。

 

一連の流れるような動作。

戦場には似合わない程の綺麗な動き。

 

街を歩けば万人、特に女人の記憶には強く焼き付くだろう端麗な容姿。

 

しかし今、命を奪い合う戦場においてそれを気にする人間はいない。

 

双刃剣と呼ばれる自身の得物を構え、彼は自身の主を探す為に駆ける。

 

その間も流れるような動きは止まらない。

 

数人を斬り捨て、走る青年は、喧騒の中に揺れる黒髪を見つけた。

 

 

「まったく……」

 

 

苦笑しながら、主の元へと急ぐ青年。

 

青年が振るう双刃剣が敵を薙ぎ、切り裂き、道を開いて行く間にも黒髪の少女は流れるような動きを止めない。

 

犇めく敵兵の間から、その姿は垣間見える。

 

左右に揺れる艶やかな黒髪。振るわれる両手に握られた二振りの剣。

 

一度、腕を振るうだけで、確実にその一撃は対象の命を奪って行く。

 

二刀を扱いきれる人間は極稀。しかし少女の剣はそれ単体が生き物であるかのように閃き、敵を切り刻んでいく。

 

青年は思う。まるで踊っているようだと。

 

味方にとっても、敵にとっても、見る者にとってそれは死の舞。

 

だが、それを美しいと思ってしまう自分は、少しおかしいのかもしれないな、と自嘲気味に青年は笑った。

 

 

少女の、白と黒を基調とした服の裾が翻る。

 

多くの敵を屠っているのにも関わらず、その服には一滴の血も着いていない。

 

舞う様な少女の剣閃の嵐。

 

 

『ぎゃっ!』

 

 

その背後に迫っていた敵の命を、双刃剣が奪った。

 

自分の後ろに立った青年を、黒髪の少女はチラリと一瞥し、直ぐに眼前の敵へと視線を戻した。

 

 

「余計な事をするわね」

 

「申し訳ありません。しかしお嬢様、些か気が昂ぶっている所為か、動きが荒くなっていましたので」

 

「……分かっているわ」

 

「そして少し我らが劣勢かと」

 

「それも分かっているわよ」

 

 

憮然とした少女の声。その声に、執事然とした青年は改めて苦笑した。

 

しかしそれもすぐに真面目な表情へと変わる。

 

 

「冗談抜きで、ですよ。来る保証も無い援軍などを当てにしていてはこちらが全滅してしまいます。ご決断を」

 

「……問題無いわ」

 

「お嬢様」

 

 

窘めるような口調になった青年。それに反して、少女は笑っていた。

 

 

「心配性ね、あなたは。大丈夫よ、もう来たもの」

 

「……なるほど」

 

「この現状を黙って見ているほど、愚かな太守ではなかったようね。……兵力が少ないのが気になるけれど」

 

 

少女の鋭い視線の先、未だ距離があるが確かに見えていた。

 

黄巾党の背後へ整然と接近する、一団の姿が。それを察した青年は安堵の息を吐いた。

 

 

「戦線を下げるわ。せいぜい敵が夢中になって追い掛けてくるような逃げ方を指示しなさい。ゆっくりと、ね」

 

「了解いたしました」

 

 

戦場の雰囲気にそぐわない一組の男女。

慇懃とも言える少女の命令に異を唱えることも無く、青年は優雅に一礼した。

 

 

 

 

 

(義勇軍が引いていく……?)

 

 

徐々に近付く黄巾党の背中。

 

それが徐々に前進して行くのを見て、一刀は眉根を寄せた。

 

黄巾党は義勇軍が自分達を恐れたとでも思ったのか、気勢を上げて、退いていく義勇軍を追い始める。

 

既に彼らの興味は前方の退いていく義勇軍にしか無い。

 

つまり、より黄巾党の注意は後方に向かなくなる。

 

目の前の敵にだけ注意を向けている時点で、取り返しのつかない失策だというのに。

 

 

(そういうことか……いよいよ優秀な将がいるらしいな、あの義勇軍には)

 

 

こちらの接近を察したのだろう。

 

黄巾党の注意を更に引きつけてくれた義勇軍に心の中で礼を言い、鋭い眼光で黄巾党を見据え、捉えた。

 

 

 

あと数十メートル。

あと数メートル。

あと、数歩。刀を、抜いた。

 

 

 

 

「俺に続けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」

 

『おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

一刀の叫びに、一気に気勢が上がる。ギョッとして振り返る黄巾党。だがもう遅い。

 

黄巾党が、背後から自分達に迫る一団を見て驚愕の表情を浮かべるのと、その先頭にいた黄巾党の一人を、一刀が叩き斬ったのとが、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

『ぐぬぬ……敵を侮ったか』

 

 

酷い喧騒の中、黄色い布を頭に巻いた髭面の男がその表情を悔しげに歪める。

 

彼の名は張慢成。荊州北部にて決起した黄巾党の一員である。

 

黄巾党内の他の面々よりも武があり、それなりの指揮能力があるという理由で自然と上に立つ人間になっていた彼だったが、この現状を見て、自分の立場を後悔した。

 

今回も簡単な襲撃だった筈だ。兵力などほぼ皆無な街を襲撃し、物資を奪う。

 

その物資を糧にして漢王朝を打倒する為の準備を整える。完璧だったはずだ。

 

血の気の多すぎる仲間を鎮め、街を完璧に壊滅させず、生かさず殺さずの状況を作り、ほぼ定期的に街を襲撃する。

 

それの繰り返しを行えば良かった筈だ。

 

 

だが、なんだこの状況は?

 

どこからともなく現れた黒衣の義勇軍。

今までにも何度か義勇軍の軍勢は破っている。

 

義勇軍など所詮は寄せ集め。恐るるに足らず。ましてや自分達より数が少ないのだ。

 

突撃して来る義勇軍と、それを指揮している人間に対して哀れみすら感じたほどだ。

 

しかし改めて思う。なんだ、この状況は?

なぜ数の多かった我らがこうも一方的に屠られているのだ?

 

黒衣の義勇軍を相手にしている分にはまだ良かった。

 

勢い良く突撃をしてきたにも関わらず、消極的な戦展開。

 

積極的に攻撃してくるわけでもなく、護りに徹しているわけでもない。

 

数では勝っている筈なのに圧しきれない状況に苛立ちを覚え始めた矢先に、徐々に引いて行く義勇軍。

 

それを機に攻勢を強めない手は無かった。

 

命令を下すまでも無く、気勢を上げて追って行く仲間達。勝った、と思った。

 

しかし、だ。その瞬間に背後から轟く声。

 

背後を振り向けば、仲間達が犇めく隙間から、少なくとも仲間では無い第三軍が見えた。

 

一拍遅れて気付く。襲撃する筈だった街に背を向け、注意を怠っていたことに。

 

もう遅かった。前と後ろからの挟撃。大混乱だった。

 

退いたと見せかけた義勇軍もここぞとばかりに攻勢を強める。

 

逃げようとする仲間が、どこからともなく飛来する矢で急所を貫かれる。

 

それとは別に飛来する矢の雨。

 

狙ってなどいないような、てんでバラバラな斉射だが踏鞴を踏ませるには充分な攻撃だった。

 

足を止めた仲間が義勇軍に次々と討たれていく。

 

 

徐々に近付いてくる叫び声と断末魔。それは明確な死、だった。

 

だが自分とて武遍の者。黙ってやられるわけにはいかない。

 

血に濡れた剣を構え直す。

 

 

いつでも来い、簡単にやられる私では――

 

 

前方の仲間達の群れが割れ、若い男が姿を現す。同時にその影から黒い何かが飛び出した。

 

それに気付くのと、胸に激痛を感じるのがほぼ同時。

 

一拍遅れて、斬られたのだと気付く。おそらく二回。

 

断末魔すら上げられず、自分の身体が倒れていくのを感じた。

 

その感覚すら徐々に、急速に失われていく。そして、何も分からなくなった。

 

 

 

 

黄巾党の将、張慢成。

 

彼が最後に見た物。それは蒼天に翻る黒い髪。そして、紅く美しく輝く二つの瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

袈裟切りに斬った敵が倒れる。

 

背後から迫る敵。身を翻えせる体勢では無い。左手で鞘を後ろに向けて跳ね上げた。

 

伝わる柔らかい感触。それだけで鞘が敵の腹を突いたのだと分かった。

 

うっ、と息の詰まる声。それを冷静に知覚するより先に、返す刀で背後の敵を薙いだ。

 

ブシャアッ、と吹き出す鮮血を外套で受け止める。

 

 

――まだシミ抜きをしてもいないのに、汚れては大変です――

 

 

出陣前にそう言って外套を渡してくれた黄忠の言葉が蘇る。

 

冷えている思考の中で、静かに感謝をし――

 

 

「らあっ!」

 

 

今まさに民を斬ろうと剣を振り上げている黄巾党の脇腹に、蹴りを叩き込んだ。

 

そのまま敵の首に刀を突き立てる。嫌な感触と、ごぽっという水音の混じった断末魔。

 

敵の死を確認したと同時に、すぐさま刀を引き抜いて体勢を立て直した。

 

 

「敵も混乱し、崩れ始めている!あと少し頑張るんだ!皆で生きて帰るぞ!!」

 

 

腰が抜けた民に手を貸しつつ、声を張り上げた。

 

周辺に数人の民が集まり、複数人になったのを確認し、場を任せる。

 

奥へと斬り込む為に、敵と味方が混在する戦場を駆けた。

 

時々鋭い風切り音が聞こえ、目の前の敵が矢で急所を貫かれ倒れていく。

 

それらを踏み越え、避け、駆けていく。その間も手は止まらない。

 

擦れ違いざまに敵を斬り捨てていく。

 

 

『敵将!義勇軍が大将、吉利が討ち取った!』

 

 

若い男の声が戦場に響いた。多分、自分と同年代。

 

その声とほぼ同時に、敵のまとまりに乱れが生じた。

 

 

そっか、義勇軍の大将は吉利って人なのか。あとで礼を言わないと。

 

 

ふと、そんな事を思った。何かが一瞬引っ掛かったが、その違和感も人を斬った感触で掻き消える。

 

 

――足りない。

 

 

春蘭はもっと苛烈で激烈だった。

 

 

――足りない。

 

 

凪にはもっと無駄が無かった。

 

 

――足りない。

 

 

強さが足りない。

速さが足りない。

技量が伴っていない。

 

 

――何もかもが足りない。

 

 

分かりきっていた事だが、武は未熟。知も未熟。全てが未熟だった。

 

だが、止まるわけにはいかない。脚を、腕を止めず、敵の息の根を止めなければならない。

 

死にたくないのなら。死なせたくないのなら。奪わせたくないのなら。

 

未熟だろうが、血に濡れようが、心が徐々に摩耗して行こうが、止まるわけにはいかない。

 

 

眼前に、普通の雑兵とは違う雰囲気を纏った中年の男性が立っていた。

 

こちらを視認したのか、持っていた槍を構える。その顔には憤怒。しかし、同時に油断も。

 

 

『我が名は黄巾党が将、趙弘!!』

 

「……ただの一般人、北郷一刀」

 

 

雄々しく名乗った将とは対照的に、静かに名乗りを返す。

 

侮辱されている、もしくは軽く見られているとでも思ったのか、その顔が紅潮していった。

 

だけど、そんなことはどうでもいい。

 

どうでもいいが、ひとつだけ確認したいことがあった。

 

しかし黄巾党の将、趙弘にとってはこちらの都合などお構いなし。

 

 

『ふうんっ!!』

 

 

「――っ!」

 

 

唐突に横薙ぎに振るわれた槍を体勢を低くして回避した。

 

思考の片隅で、随分と俺の身体も柔らかくなったな、とか思った。

 

頭上を通り過ぎた槍から眼を離さず。

 

体勢を低くしたまま抜刀し、趙弘の空いた腹目掛けて斬り掛かる。

 

 

『ぬっ!』

 

 

趙弘も馬鹿では無いし、決して弱くは無いのだろう。

 

俺の手が腰の刀に伸びたのを眼にした時点で、後ろへ一歩飛び退き、距離を取っていた。

 

 

こちらをそれなりに認めたのか、趙弘と名乗った黄巾党の武将はすぐには動かない。

 

だったら好都合だ。

 

 

「趙弘って言ったか。ひとつだけ聞きたいことがある」

 

『ふん、聞かずとも分かるわ!我らが立ち上がったのは腐敗した漢王朝を打倒する為――』

 

「いや、そんなことはどうでもいい」

 

『なあっ!?』

 

 

心の底からどうでもよかった。

 

さすがに予想外だったのか、趙弘は眼を剥いた。

 

 

「分かりきってんだよ、あんたらが立ち上がった理由ぐらい。腐敗した漢王朝を打倒……結構なこった。頑張ってくれ」

 

『き……貴様っ……!!』

 

 

ぶるぶると身体を震わせる趙弘。

恐らく怒りに震えているのだろう。でなけりゃ寒がりかのどちらかだ。

 

 

「過程を気にしなくなった時点であんた等はただの賊だ。どれだけ崇高な思想だろうが、そうなっちゃお終いだろ」

 

 

なぜ、腐敗した漢王朝を打倒しようとしたのか?

それによって虐げられる民衆がいたからだ。それが理由。それが根幹。

 

目的は、漢王朝の打倒。

だが、何のために為すのか。それを忘れてしまえば、ただの反乱に終わる。

 

世を乱した愚かな反乱。そう後世に認知され、残るだけだ。

 

 

正しいか正しくないかなどは後世の判断在り気だ。

 

それはそっちに任せておけばいい。俺の聞きたいこととは、それとは全くもって別のことだった。

 

多分、俺以外の人間にとってはどうでもいいこと。

 

もしかしたら、俺にすらどうでもいいことなのかもしれない。

 

この外史は、あの(・・)外史と違うのだから。でも、聞くだけは聞こう。

 

だって俺は――

 

 

「張角、張宝、張梁……もしくは天和、地和、人和って名に聞き覚えはあるか?」

 

 

あの娘達のマネージャーだったんだから。

 

もし心当たりがあるのなら、知り合いであるのなら、こいつらは言わば彼女達のファンだ。

 

例え外史が違っても、そのことだけは知っておきたい。ただの自己満足だと分かっていても。

 

 

しかし

 

 

 

『なんだその名は?そんなもの知るか!』

 

 

 

趙弘はせせら笑った。まったく知らないと。

 

庇っているような様子も無い。黄巾党とはいえ、立ち上げた人物が違うのだろうか。

 

それとも、ファンやそういった類のものから派生したのだろうか。真実は定かではない。

 

だが、趙弘の口からそう聞いて、不思議と安心する自分がいた。

 

 

「そっか。ありがとう、安心した」

 

『……何を言っている?』

 

「いや、なんでもない。ただ、これで」

 

 

一足飛びで、趙弘へ肉薄した。

 

 

「なっ……!?」

 

「――迷わずお前を斬れる」

 

 

辛うじて反応し、槍を防御の為に構えた趙弘を、槍ごと叩き切った。

 

驚愕に眼を見開き倒れていく趙弘。その口がパクパクと動く。

 

しかし、意味のある言葉は遂に出てこなかった。

 

 

趙弘は地面に倒れ、そして死んだ。呆気なく、一撃で、何の劇的な展開も無く。

 

 

麻痺してるな、とどこか客観的に、自分の心を評した。

 

少なくとも勝って嬉しいとか、そういった類の高揚感は無い。

 

それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。

 

だが、それについて深く考えていられるほど、現状はそう緩やかに事を運んでいないのもまた事実だった。

 

 

趙弘という実力者が倒れたことで、周囲の黄巾党がどよめく。

 

彼らが俺と趙弘の戦いに手を出さなかったのは、趙弘の強さに信頼を置いていたからだろう。

 

だが、その趙弘は俺の足元で死んでいる。なら、その動揺に拍車を掛けるのは今しかない。

 

 

「黄巾党が将、趙弘!!北郷一刀が討ち取った!!」

 

 

戦場全体に聞こえるよう、大きく勝ち名乗りを上げた。

 

その声が、抱えている胸中の思いとは違うよう、出来るだけ雄々しく聞こえるように。

 

 

 

 

 

 

 

「――――討ち取った!!」

 

 

 

戦場のどこかで、そんな勝ち名乗りが聞こえた。

周囲の怒号や喧騒で、肝心の名が聞こえなかったが、その台詞に動揺する周囲の黄巾党。

 

動きの止まった敵など、ただの的。容赦なく、二振りの剣で斬撃を浴びせた。

 

少し遅れ、武器を捨ててバラバラに撤退を始める黄巾党。

 

とすると、どうやら今討ち取られた将が最後の指揮官だったらしい。

 

 

「お嬢様」

 

 

その声の全てが聞こえたらしい万福が追撃を、と眼で訴えかけていた。

 

 

「分かっているわ、万福。これより追撃戦に移る!!半数は万福の指示を仰げ!もう半数は私に続きなさい!」

 

 

言って先行し、黄巾党の背を追う。

 

そんな中で漠然と、さっきの声に聞き覚えがあるような気がした。

 

 

(さっきの声……)

 

 

とても、安心する声。とても懐かしい声。まさか、と思う。

 

だが今は目の前の敵を追うのが先決。後ろ髪を引かれる想いで、私は駆けた。

 

 

 

 


 
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