No.557351

染まった鈴の音(恋姫短編)

荒田柿さん

また短編です
今回は前に書いた通り明命と亞莎のどちらか書こうか迷ったあげく、蓮華にしようと心に決めて、思春を書きました
前回はドタバタを目指すと書きましたがよく考えたら『ドタバタ』と『修羅場』は同義語じゃないことにここ最近(約20年間の期間を指す)気付きました
今回はほのぼのを目指したいと思います

2013-03-20 22:07:36 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:6219   閲覧ユーザー数:5243

思春「遠征ですか?」

一刀「遠征か…」

蓮華「遠征よ」

 

ここは呉の謁見の間

時刻は昼過ぎといったところだ

 

蓮華様より招集がかかったところに来てみると北郷の奴も来ていた

そして聞かされたのがこの話だった

 

蓮華「北方の村の治水の視察と監督を一刀にやってもらうわ。そんなに大変な仕事じゃないわよ。ようやく平和になったんだから一刀にはこの地以外での経験を積んで欲しいの」

思春「私は?」

蓮華「思春には一刀の護衛兼補佐をしてもらうわ。治安が悪いっていうのは聞かないけど、万が一ってこともあるから。あと、期間は三ヶ月よ」

 

 

それから五日後

呉の地を出発して今は北郷の奴と一緒に馬車に揺られている

天気は快晴

旅をするのには適した日だ

北郷の奴がいなければさらに旅をするのに適していただろう

 

一刀「思春ってさ、遠征っていうのは慣れてるの?」

思春「気安く話しかけるな。……まあ、元海賊だからな。昔はあちこち周ったさ。お前はどうなんだ?」

一刀「俺?俺はこっちの世界に来てからは最初お客さんだったし、途中からは本格的に忙しくて、実はまともに城を離れたことないんだよね」

思春「何?お前本格的に遠征の経験がないのか。どうりで期間が妙に長いと思った。今回の遠征、足を引っ張るなよ」

一刀「まあ、なるべく頑張るよ。ところで、今回の場所も思春行ったことあるの?」

思春「いや、今回の村は最近できたばかりだからな。私も行ったことないさ」

 

一刀「さて、着いたはいいけど…」

思春「ふーむ…」

 

田舎というかなんというか…

 

一刀「なんかあんまり物がないところだな」

思春「だてに最近できたわけではないということか」

 

しかし、これは想像以上だな

建物を作るにも資材自体がまだあまりないようだ

人はいるが、出稼ぎの出張といったものが多そうだ

確かにこれなら蓮華様の言った通り治安も悪くなさそうだ

というか、悪くなりようがない

 

一刀「もしかしてこの仕事って結構大変なのかな」

思春「まあ、人が多そうではないからな。視察はともかく監督はつかれそうだな」

一刀「経験を積むってそういう意味かよ」

思春「蓮華様も強かさを持つようになってきたな。お前も精々苦労するがいい。蓮華様の名前を汚すなよ」

一刀「はあー…。とりあえず拠点に行こう。ええと…書簡によると…あそこか?」

思春「…え?まさかあれか?」

一刀「…多分そうなんだろうなあ」

 

いかにも急ごしらえで作った感じだな

構造自体はしっかりしてそうだが、構造以外の部分が妙に貧乏くさい

でも、中に入ってみると意外と内装は整えられていた

 

一刀「客間に寝室に書斎に厨房までついてるのか」

思春「拠点としては使えないこともないな」

一刀「きっと、これ作ってたから外装あんな感じになっちゃたんだろうな」

思春「まあいい。さっさと荷物を整理して、村長や現地の人たちに挨拶に行くぞ。ぼさぼさするな」

一刀「あ、ちょっと待ってよ」

 

 

一刀「ふう、初日はこんなもんか。基本的に皆いい人そうだな」

思春「本番は明日からだ。気を抜くなよ」

 

挨拶を回って行ったら外も暗くなりそうな頃になっていた

村長は人のよさそうな感じだったが、妙に歓迎が手厚く、この時間になってしまった

 

思春「どこかで飯を食わなければならんな」

一刀「ん?飯?……飯?」

思春「どうした?」

一刀「いや、そういえばここに来てから飯屋を見てないような気がして」

思春「なに!?」

 

それから村の中を探してみたが、確かに飯屋はなかった

 

思春「何もないとこだとは思っていたが、飯屋すらないとは…」

一刀「まあ、人もいないしここで店を開いても儲からないんだろうって考えてるんだろうな」

思春「しかし、どうしたものか」

一刀「…なあ、拠点に厨房があったよな?」

思春「あったが……まさか…」

一刀「自炊しろって意味なんじゃない。食べ物は売ってるし」

思春「だが……いや……そうなんだろうな」

一刀「思春は料理できる?」

思春「得意料理は魚の丸焼きだ」

一刀「じゃあ、今日は俺が作るか」

思春「どういう意味だ貴様!」

 

一刀「できたぞ。野菜炒めだ」

 

これは…

 

思春「普通だな」

一刀「悪かったな」

思春「いや、お前ならこんなものだ」

一刀「擁護になってない。大体、思春は野菜炒め作れるのかよ」

思春「これくらいなら余裕だ」

 

やったことないが

 

一刀「ふーん。あ、そうだ!ついでにあれも作ったんだった。ちょっと待ってろ」

思春「あれ?」

一刀「……これこれ」

思春「胡麻団子?また妙なものを作るな」

一刀「亞莎と一緒に作ってる内におぼえたんだ」

思春「ふむ……おお、ちゃんと胡麻団子の味がするじゃないか」

一刀「いちいち皮肉っぽいな。そんなに信用ないか」

思春「いちいち気にするな。器が知れるぞ」

一刀「まったく…」

 

しばらくして飯も食い終わった頃

 

一刀「これから食事どうする?」

思春「ふーむ、まあ、不本意ではあるが当番制にすべきだろうな」

一刀「じゃあ、明日は思春な」

思春「仕方あるまい」

一刀「じゃあ、今日はもう寝るか。思ったより晩飯を作るのに手間取ったし」

思春「絶対胡麻団子を作ったせいだろ」

 

 

一刀・思春「あ」

 

しまった、一番最初に気付くべきだった

 

一刀「寝台が一つしかない」

 

しかもその寝台が妙に大きい

 

一刀「どうしよう」

思春「…分かった。私が床で寝よう」

一刀「思春にそんなことさせられ…思春「分かった。では、お前が床で寝ろ」少しは戸惑えよ!」

 

しばらくの話し合いの結果

 

一刀「おじゃましまーす」

思春「うるさい。何も言うな。あと、こっちに近づいてきたら殺す」

 

結局大きい寝台に二人で寝ることとなった

まあ、添い寝よりすごいこともしてきたんだからこれくらい平気だろう

 

一刀「なんか変に緊張する」

 

うるさい

こっちだって落ち着こうとしてるんだ

 

それから次の日は料理を作った

 

一刀「…」

思春「…」

一刀「…なあ、これって…」

思春「……片づける」

一刀「ああ!食うから!ちゃんと食うから!」

 

くそ、野菜炒めって炒めて終わりじゃないのか

なんだよ塩胡椒って

 

 

ある日は一緒に治水工事の調整を行った

 

一刀「ここはこんなもんかな?」

思春「いや、ここはもう少し人員を増やして安全を確保するべきだ。川を甘く見るな」

一刀「んー、じゃあこんなもんかな」

思春「そんなところだ。あと、こっちのこの方法だが無駄が多すぎる。この書類に書いてある方法を使え」

一刀「了解」

 

だてに元海賊はやってないさ

 

ある日は一緒に洗濯をした

 

一刀「洗濯はできるんだな」

思春「一時期は一人暮らしだったからな」

一刀「料理は出来なかったけどな」

思春「うるさい。さっさと干せ」

 

最近は料理だってまともになってきてるんだ

 

ある日は一緒に酒を飲んだ

一刀「思春も酒強いよな」

思春「雪蓮様や祭様に鍛えられたからな。そら、器があいているぞ」

一刀「うわ、これ以上無理だって」

 

ふん、軟弱だな

 

そしてある日

およそ出発から一ヶ月とちょっとたったころ

 

思春「出来たぞ」

一刀「お、麻婆豆腐か。うまそうだな。いただきます」

思春「いただきます」

一刀「……うまい!とてもあの野菜炒めを作ったとは思えない」

思春「いい加減その話は忘れろ」

一刀「あれ?麻婆豆腐にもやし入れてるのか?」

思春「悪いか。私は好きなんだ」

一刀「いいや、もやしは悪くないよ。でも、もう少し辛くてもいいんじゃない?」

思春「そうか?私はこのくらいがちょうどいいんだが…」

一刀「…」

思春「…どうした?急に黙りこんで」

一刀「いや、なんだかなあって思って」

思春「?」

一刀「ほら、俺達ってさ、最初のころなんか仲が良かったとは言い難かっただろ。でも、それが今じゃ一緒に生活して、一緒にご飯作り合って、一緒に仕事の相談をして、一緒に洗濯物なんか干したり、一緒に酒を飲んだりしてるじゃない。そんで軽口を言い合ったり、料理の好みを言い合ったりしてさ。なんかこういうのいいなあって思ってさ」

思春「…」

一刀「…思春?」

思春「…水とってくる」

 

急に顔が赤くなってるのが手に取るようにわかる

ああ、くそ、にやけるな私

 

その日の晩のことだ

 

一刀「おやすみなさい。思春」

思春「…」

一刀「…思春?」

 

ぎゅっ

 

一刀「し、思春?なんで抱きついてくるの?」

思春「うるさい。しゃべるな。ほんの気紛れだ。おやすみ」

 

そう、ほんの気紛れだ

次の日以降もこうするのもほんの気紛れなんだからな

 

そして…

 

一刀「ふう、完成だな」

思春「これで最後か」

 

期間も終わりごろになりようやく最後の仕事も片付いた

 

村長「ご苦労様です。天の御使い様にこんな僻地まで来てもらって。感謝の言葉もありません」

一刀「いやいや、国の役人として当然のことをしたまでですよ」

思春「そうですよ。こやつは天の御使いだなんて大そうな名を持っていますが、ごらんのとおり大した人間ではありませんので」

一刀「おい」

村長「ははは。愉快な人たちです。城への迎えは二日後の朝につく予定だそうです。そこで、明日の晩ささやかながら宴会の準備をしています。ぜひとも参加してください」

一刀「ありがとうございます。楽しみにしています」

 

 

一刀「この生活も明日で終わりか」

思春「…」

一刀「……なあ、明日の午前中は二人でなんか手のこんだものでも作らないか?」

思春「……分かった。いいだろう」

 

次の日は朝から仕込みやらしてお互いにあーだこーだ言いながらいろいろ作った

案の定食べきれなかったが、宴会の際に皆にふるまった

宴会は楽しかった

三ヶ月とはいえいっしょにすごした仲間たちだ

私も少々はめをはずしてしまった

 

そして夜

慣れとは恐ろしいものだ

最初は離れて寝ることだって焦っていたのに今じゃ当然のように抱き合って眠っている

普段はこの時間にお互いを求めることもあるが今日はそんな気分には不思議とならなかった

今夜はいつもより抱きつく力が強くしている気がする

 

一刀「ただいま、蓮華」

思春「ただいま戻りました」

蓮華「おかえりなさい、一刀、思春。久しぶりね、どうだった?」

一刀「いやー、なかなかすごいところだったな。まさか飯屋すらないとは思わなかったよ」

蓮華「え!定食屋とかなかったの?」

一刀「知らなかったのかよ…。まあ、おかげで随分料理の腕は上がったけどな」

蓮華「へえー。じゃあ、今度ごちそうしてよ」

一刀「あんまり期待するなよ」

思春「…」

蓮華「思春?」

思春「あ、いえ、では私は荷物の片づけなどがありますからこれで」

 

くそ、何をいらいらしてるんだ私は

分かっていたことじゃないか

ここに帰ってくれば北郷は呉の皆の物だと

もう、あの生活は終わったんだ

 

思春「…くそ」

 

何に向かって私は悪態をついてるんだ

 

晩飯は定食屋で麻婆豆腐を食べた

流石に金をとって食べさせているだけのことはある

人並みに料理ができるようになってそう思った

火の加減、材料の切り方、材料の選択、盛り付けの仕方

多くのことが私や北郷を上回ってた

なのに…

 

思春(…ものたりない。何かが足りない)

 

自分の未練がましさにいらいらする

 

 

 

その日はもう何かをする気にはならず布団に入った

だが…

 

思春(…寝れん)

 

妙に寂しさを感じた

 

思春(…添い寝がないと寝付けないなど…私は子供か)

 

自虐を言っても心は晴れなかった

 

思春(…散歩でもしよう)

 

 

 

夜風を浴びながら目的もないままうろつくことしばらく

もう夜も遅い時間だというのに明かりがついた部屋を見つけた

 

思春(こんな時間まで誰が起きてるんだ?いや、もしくは明かりを消し忘れたのか?)

 

気になり近づいてみると鍵が開いてる

不用心だと思いながらも中の様子を探ると、筆を走らせる音と話し声が聞こえる

 

思春(あれは…亞莎と…北郷!?)

 

北郷がいたことにしばらく驚いたがすぐに合点がいった

 

思春(これが亞莎が前に言っていた『勉強会』というやつか)

 

二人は真剣に、だが楽しそうになにかを語り合っている

大方、政治やら学問についてのことだろう

 

思春(ほんの二、三日前なら私があそこにいたんだよな)

 

そこまで、考えてここから立ち去ろうとした

ここにいてもいい思いはしないだろう

だが、動こうとしても足は動かないし、目はじっと二人を見てる

そんなとき…

 

一刀『ここらで休憩にしようか。いつものやつ持ってきてるよ』

亞莎『ありがとうございます』

思春(あ…胡麻団子…)

 

そう、もともとあれは亞莎の好物だった

そんなこと最初から知っていた

だけど…

 

思春(くやしい…)

 

二人は胡麻団子を食べた後も『勉強会』を続けていた

私は相変わらず動くことができずに全神経を部屋の内部のさぐりにそそいでいた

だが、いい加減に夜も更けていった頃

 

亞莎『ふぁあ~』

一刀『ああ…もうこんな時間か。そろそろ終わりにしないと』

思春(ようやく終わりか)

 

ようやくこの苦しい時間も終わる

そう安堵したとき

 

亞莎『待ってください』

一刀『亞莎?』

亞莎『もう少し一緒にいてください』

一刀『もうでも、眠そうだよ』

亞莎『では、眠るまで一緒にいてください』

思春(…何?)

亞莎『久しぶりにもう少し一刀様を感じたいのです』

思春(やめろ)

亞莎『本当はご寵愛に授かりたいところですが、今日は一刀様もお疲れのようですし』

思春(やめろやめろやめろ)

亞莎『私が眠るまで抱きつてても構いませんか?』

思春(やめろやめろやめろ…そこは…そこは…)

一刀『…分かったよ』

思春(そこは私の場所だ!)

 

そこまで考えてそこから何かが爆発したかのように逃げ出した

今まで動けなかったのが嘘のようだ

一目散に自室に着くと、扉を壊さんばかり荒っぽく閉めて、布団をかぶった

 

思春「ひっく…うう…ぐす…ぐうう…北郷…北郷…ほんごおおぉぉ…」

 

次の朝

目覚めは最悪だった

鏡を見ると顔色は予想通りにひどいものだった

だが、何とかしようとする気力はなかった

 

思春(あ、今日は蓮華様のところに行かないと)

 

今日は蓮華様と仕事だということを思い出しのろのろと蓮華様の私室へ向かった

 

蓮華「あら、思春遅かっ…どうしたのその顔!」

思春「いえ…だいじょうぶ…心配いりません。なんでもないですから」

蓮華「何でもないわけないじゃない!ちょっと医者に診てもらいましょ」

 

強引に引っ張られてちょうど呉に滞在していた華佗のところへ連行された

こんなところに来てもどうにもならないとわかってはいたが、それを言う元気も私にはなかった

華佗のやつは妙にいろいろな検査と質問をした後、私と二人きりで話を切り出した

 

思春(どうせどうにもならないのに…)

華佗「よく聞いてくれ…妊娠一ヶ月ちょいといったことろだ」

思春「………は?」

 

完全に不意打ちだった

そこから、華佗は何か喋っていたがよく覚えていない

気が付いたら北郷の部屋の前に来ていた

確かに、あの生活中何度か北郷に抱いてもらった

よく考えてみれば不思議じゃない

そして、今現在おそらく北郷の子を妊娠しているのは私だけだろう

これで名実ともに私は北郷の物になったわけだ

そして…

 

思春(お前ももう私の物だ…北郷)

 

親子は父と母が常に一緒にいるべきだからな

そこに邪魔者は必要ない

 

思春(そう、子供ができたんだから、邪魔者はいらない。また一緒に料理を作りあったりしようじゃないか、また一緒に酒を飲んだりしようじゃないか、また一緒に添い寝でもしようじゃないか、また一緒に暮らそうじゃないか)

 

そんなことを考えながら扉を開ける

今日は室内で仕事をしているはずだ

 

 

 

 

 

今度は何をしてでも絶対に離さないからな

お前はもう私だけのものだ

北郷…いや…一刀


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
30
6

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択