No.55557

Criminal-クリミナル- 《始祖の原罪》【5】

諸事情により、バイヤーノから逃げるように逃げたニクス、インフィ、ティアの三人が次に向かった街で……

2009-02-01 22:11:50 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:704   閲覧ユーザー数:619

 第二章:追い求むは淡い日溜り

 

 ティアが黒髪の凶児と周囲に知れ渡ってから、即座にバイヤーノから逃げるように

出たインフィ、ティア、ニクスの三人は、道中近隣の町に立ち寄る事にした。

 

 「ティアの事、バレてしまいましたので、ここもそう長く居られはしないですね……」

 寂しそうな顔で、インフィが呟く。

 

 「なぁに、そん時はもっと遠くに離れりゃいいんじゃねーか」

 「随分楽観的だな」

 ティアが呆れたが、ニクスは笑ったまま歩く。

 

 「皆、時が経てば忘れるんだ。ほとぼりが冷めたらまた来れるさ」

 「そう簡単に行くものか」

 「大丈夫です。そうなったら、また身を隠せばいいだけの話ですから」

 「インフィがそう言うなら、まあ、大丈夫かな……?」

 やや腑に落ちない風にティアは呟く。

 「ほー、ティアはインフィの言う事は信じて疑わないのな」

 そうニクスに突っ込まれたティアは、赤面混じりに取り乱す。

 「そ、そんな事は無いぞ!ただ、インフィの言う事には実績と言う名の説得力がある!」

 「ありがとうティア。でも、ニクスさんもすぐに信用してくれるようになれますよ」

 「だと、良いけどな」

 

 かんらかんら笑いながら、ニクスは町へ入って行く。

 「あいつ、何でついて来るんだ……自分が迷惑なだけだろうに」

 ティアはこっそりとインフィに尋ねるが、インフィはただ微笑むだけだった。

 

 

 

 町に入っても、意外や誰もニクス達の事を気に留める事は無かった。

 活気としては、商人が盛んに店を開いていたバイヤーノよりは劣るが

人気が少ないと言うわけでは無い。

 且つティアの情報を握っているであろう情報屋・GATの支部も設けられていると言うのに、だ。

 

 「まだ情報公開されていないのでしょうか?」

 インフィとティアは、立場上人目の付く場所に立ち入る事は憚られる。

その為多種多様な人々の出入りが激しいGATについては何の情報も得ていないのであった。

 「ニクスさんは、ティアの――……その、黒髪の凶児についての情報を耳にした事は?」

 「ねーな。聞いた事も無い」

 黒髪の 凶児の情報は国家機密であり、いちアンチシーフであるニクスの経済力では手が出ない

情報領域なのだが、それはニクスと大して変わらない経済力しか持たない世間の民衆の大半が、

ティアの情報を入手できるわけはないのと同義なのだ。

 

 ただ、その情報を所持する者が公衆の面前で漏えいすることにより、ティアにとって民衆は容赦の無き暴徒と化す。そして、ティアとインフィは幾度となくその生き地獄に逢ってきた。

 世界を三回壊滅させた凶児の認知度とその認識は、おとぎ話と同等の常識でもあり、紛れも無き実在する禁忌として浸透しており、己が生存の為、一度その情報が町一帯に広がると、そこは無慈悲で広大な処刑場になりえる。ニクスのようにティアに肩入れするのは奇跡のような出来事なのだ。

 

 ――そう、だからこそ、ティアはニクスの奇跡の様な行動に未だに納得が出来ない。

 

 助けて貰っておいて何だが、ニクスの言動は常軌を逸し過ぎている。

本来、会って間もないティアの正体を知ったのなら、世界を破滅させるような存在を肯定できる筈がないのだから――

 

 「泊まれる所を探して参ります。ティアは――ニクスさんと町を回ってみてはどうですか?」

 思い耽っていた所への不意を突いたインフィの提案に、ティアは仰天する。

 「な、おい、宿探しなんかの雑用なんて、それこそ顔が割れてないコイツにやらせるべきなんじゃないの?」

 「ひでぇ言われようだな……」

 「顔が割れてないのは私も同じですよ。それに、ティアはニクスさんともっと分かり合うべきだと思いますし♪」

 「「ぇ~……」」

 妙なところでハーモニーを奏でるティアとニクス。

 

 「ほら、息もピッタリじゃないですか。すぐ戻りますから、暫く散歩でもしててください」

 半ば強引に押し付け、インフィは宿屋を探しに走りだし――躓いて転倒する。

 

 「えぉ!?」

 「おいおい、大丈夫か?」

 二人してインフィのもとへ走り寄るが、インフィは何事も無かったかのように立ち上がり、砂埃を払い落す。

 

 「私は大丈夫ですから、先に行ってて下さいっ」

 そう言うと、彼女は先程よりも速度を上げて疾走し出した。

 

 「……恥ずかしかったのか?」

 「…………そうみたい、ね」

 

 そう思うと自然と二人から笑みが零れる。

 

 「インフィ、あんなおっちょこちょいなところがあるんだな……」

 「うん、私は見慣れてるけど元々は生真面目で殆ど失敗が無いからギャップが凄いかな」

 

 図らずも二人して少し和む。萌えているとも言うのだろうか。

 

 「んーじゃま、散歩がてら町徘徊しますか」

 「徘徊言うな」

 

 何にせよ、ニクスとティアの間の緊張を解いたという点ではインフィの功績は大きいだろう。

 

 

 こうして、二人は町を散歩する事に相成ったのだが――ティアは極度に他者の視線を恐れる。

 

それ故に、殊更人の多い所では、彼女はニクスのすぐ後ろにくっついた状態で歩いている妙な状況になっていた。

 

 「あのな……」

 痺れを切らしたニクスが口をはさむ。

 「何」

 「そんなんじゃ親交を深めるも何もあったもんじゃねぇだろうが」

 「うるさい。私だって好きでこんな行動を取るようになったんじゃない。大体、いつ私がお前と親交を深めるなんて言った?」

 「インフィがあからさまにそう言ってたじゃねぇか」

 「何?お前はインフィが言ったから親交を深めるの?」

 「話をすり替えんじゃねぇ!」

 そうやってニクスの背中越しに言い合いをするものだから、周囲の目が集まるのも無理は無い。

 

 「っ……見なさいよ、お前の所為で視線集めちゃってるじゃない!」

 「その発端はお前の位置取りが変だからだろーが……」

 

 そうこう言い合っているうちに、二人の雰囲気が険悪なものになるのに時間はかからないものに見えた。

 

 だが、その傍から見ると実に微笑ましい会話は、彼等が人目を気にして路地裏に入り込んだ際に

ある横槍の出現によって破られる事になる。

 

 

 

 「もう人目は無ぇよ。怖くないから、後ろから離れようぜ?な?」

 「あやすみたいに言うな。それに怖いなんて誰が言った」

 「こンのっ……強がりを言いやがって……」

 「それは仕方がない事だよ。ニクス・デザイア君」

 

 

 

 「――ん?」

 いきなりフルネームで呼ばれた事に、ニクスは一瞬気を取られる。

 

 ティアでも無く、自分のものでも無く、ましてやインフィのものでもない、あどけなさが残った少年の声――

 

 「君は、今非常に曖昧な所に居る。今から起こる事を知りたくなければ、ここから出ると良いよ。但し……

そこの女の子を置いて、ね」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その声は、頭上から降ってくる。

 

 その声はまるで、死神の宣告が混じったような不吉な悪寒が路地裏を包んだかの様になる。 

 

 「どう言う、意味だよ……」

 「抽象的な言い方じゃ分からなかったかな。」

 声と共に、人が降って来た。壁の上から下りたとしてもかなりの高さだ。

 

 

 普通の人間じゃ、無い――幾度の死線を乗り越えてきたニクスと、ティアでさえもそう思わせる人物がそこに居た。

 

 外見は手も隠れる黒いマントを羽織った少年だ。背はニクスと大差無いだろう。

艶やかな暗青色の髪が特徴的で、滅紫色(めっしいろ)の眼は静かにニクスを見つめている。

 

 その眼に込められているのは、機械的で感情の無い、純粋すぎる――殺意。

 

 「じゃあ簡単に言うよ。今からその娘を縊り殺すから、見ない方がいいよって事さ」

 少年は先と同じような、無感情な声音でさらっと言い放つ。

 一瞬、それは飲み込む事が出来ない程の自然さだった。

 

 「っざっけんなよ。何で殺さなきゃ

 ニクスの台詞を遮って、少年は理由を事務的に述べる。 

 「スカウファウス王国憲法第二十八章。王国とその民に仇成す者は優先的に排除すべし。

 簡単に纏めて言ったけど、これが大まかな理由さ」

 「なん……だと……」

 

 「国の決まりなんだ。これは決定事項だから。その娘をこちらに引き渡してくれると非常に助かるんだけど」

 「国の決まりだからって、人一人簡単に殺すのか」

 ニクスの問いに、少年は呆気に取られた様に返答する。

 「当然。法は遵守すべきものだよ。まぁ、君みたいな盗賊紛いな人間に言っても実感が沸かないかな」

 

 少年は一歩踏み出す。その砂利を踏む音が、耳に付き纏うように離れない。

 

 「邪魔をするなら、君も消す。法に則った行為を邪魔する者の排除も、また定められているからね」

 「俺についての情報も……お前、情報屋から情報を買ったな?」

 ニクスは歯噛みする。

 

 「うん。君達の現在地、行動内容全て"買った"よ。国のお金だから決して無理じゃなかったしね。

 だから最初言ったじゃないか、君は今曖昧な所に居る。若し君がその娘の肩を持つなら……君も同罪と見なす」

 「――」

 ティアは言葉を失う。それは、ニクスも例外では無かった。

 ニクスには、まだ活路が用意されている。それは、ただごく平然と日常的に行われている"裏切り"を行えばいいだけの事。

 

 しかし、ティアには――その活路が、無い。

 

 故に、ニクスへの最終通告に、ティアは恐怖を抱いた。

 

 ニクスの答えを聴くのを恐れた。

 

 

 次の瞬間にも、ニクスは、裏切るかも知れない。

 

 これ以上は偽善の通る余地は無い。

 

 

 二度目の奇跡は、起こり得ない。

 

 

 

 でも――

 

 

 

 

 それ以上に、ティアは、一度ティアを護り抜くと言ったあのインフィの様に――ニクスもボロボロになっていくのを見る未来を、恐れた。

 

 

 「ニクス……」

 「……」

 返事は、無い。しかし、ティアは構わず続けた。

 「ここを出てけ」

 「何言ってんだよ」

 「もう、無理。こいつは普通じゃないの、お前も分かるんでしょ?」

 「……けど」

 「私は……私は、もう誰も傷ついたり、死んでいったりするのを見たくは無いの」

 

 「・・・・・・」

 

 

 ニクスは一瞬躊躇った後、少年に背を向け、路地裏の出口へと向かう――

 

 ――ティアの手を、引いて。

 

 「な!?」

 あまりにも自然なニクスの行動に、ティアは本日二回目の仰天。

 少年は、すっと薄く笑み、最終確認を取る。

 「そう。それが、君の答えでいいんだね?」

 

 強引にティアを牽引していくニクスに、ティアは必死に抵抗する。

 「おい、痛ぇから爪立てんな」

 「何やってんだよ!お前っ、お前、頭おかしいのか!」

 「言った通りにしてんじゃねぇか。ここを出てくんだろ?……"俺達゛で」

 振り向きもせず、ニクスはずんずん進む。

 

 「お前も、同じになるんだぞ!インフィと、私と同じ……っ重罪人になるんだ!」

 そう喚き立てたティアに、背中越しから声が飛んでくる。

 「なあ、ティア。お前、さっき誰も傷つくのを見たくないって言ったよな?」

 

 ティアは無言で頷く。

 

 「ああ……だから――」

 「じゃあ!自分も含めろよ……自分も傷つきたくないって思えよ!当たり前だろ?」

 「――っ!」

 ティアの声が詰まる。

 

 「死にたがるなよ、逃げようとするなよ、諦めんなよ!」

 

 図らずも、先程と同じ立ち位置でニクスはティアに言う。

 

 「行こうぜ。インフィの所へ」

 「……」

 

 無言。

 

 しかし、確かに、ニクスはティアが頷くのを確信した。

 

 

 「よっし、行くぜ!」

「行かせないよ」

 淡々と、事務的に述べた少年は、ニクスへと手を差し向ける。

 

 「っ!飛び道具か!」

 背後を一目確認したニクスは、ティアに向かって叫び飛ばす。

 「いいか、絶対手を離すなよ!」

 「え?」

 瞬間、ニクスとティアの身体が浮かび上がる。

 その刹那、何か見えない「もの」がニクスの真下を通り抜ける風切り音がした。

 

 「なるほどね、特殊宝具(レガシィ)の持ち主だったんだ」

 大して驚く事無く、少年は再度手をニクスへ向ける。

 

 「わわ!いきなり飛ぶ奴があるか!」

 「うっせ!死にたいのか……くそっ、なんて重さだ、っいで!」

 ティアに手を抓られながらも、ニクスは必死にティアの手を繋ぎとめる。

 

 「くそっ、何か知らねぇが次が来る!」

 

 体勢を整えないまま、ニクスは現在位置から更に上昇する。

 瞬間、やはり先程居た場所から風切り音が聞こえた。

 

 「暗殺者ってだけの事はあるじゃんか…いい狙いだぜ!」

 ニクスは皮肉一杯に悪態をつくが、もたついている余裕は無かった。

 

 「うん、やっぱり点よりも線の方が当たりやすいかな」

 少年は誰にともなしにそう呟くと、何かを投げる投擲の構えを取った。

 

 「構えが……変わった!」

 少年の挙動の変化にいち早く気付いたニクスは、即座に遠ざかろうと飛翔を開始する。

 だが、流石のレガシィも、二人分の重量では速度が落ちていた。

 

 (どうする、どうする!)

 ティアの手を握るニクスの手が、急速に汗ばんでくる。

 

 「さて、これはかわせるかな?」

 少年が遠方で手を振るう。

 

 「畜生!こうなりゃ自棄だ!」

 ニクスは直感に任せ、思い切り左側へ急降下した。

 「なっ、ちょっ!」

 状況が飲み込めないティアは、目を白黒させるばかりである。

 

 そこに、何か光る線状のものが、ニクスの肩を掠った。

 「うあっ!」

 ニクスは肩に傷を負い、空中での体勢が崩れる。

 

 「これは……鋼糸(こうし)だったのか!」

 ニクスの肩を斬り裂いたものの正体ーそれは、凝視しないと視認するのも困難な

暗器の一つ、鋼で出来た糸ー鋼糸だった。

 

 「僕は鋼糸を用いた戦闘を叩き込まれて来た。それまでに夥しい量の血も

吐いてきたよ」

 少年は更に鋼糸を振るう。

 

 「っ――!」

 直感と推測で、ニクスは来るであろう死神の鎌めいた糸の刃を手に持つ剣で払う。

 「はぁ、っ、はあ、限界……かもしれねぇ」

 

 鋼糸は暗殺用の武器ではあるが、その運用性は剣の上を行く。

 更に、間合いの点でも剣との相性は最悪と言っていいだろう。

 

 まして、逃走するとなると鋼糸の間合いから離れる必要がある。

 今のニクス達の場所まで易々とその刃を伸ばす事の出来る少年にとって、

逃走は限りなく困難だった。

 

 そして、少しでも遠ざかろうと空中へ飛び上がったのは、完全なニクスの失策だった。

本来ならば、鋼糸の障害物となり得る建物を盾に走り回らなければならなかったのだ。

 

 「本来なら、真っ二つになって派手に血が飛ぶからこの方法を取ることは滅多に無いんだけどね。

 点よりも線の攻撃の方が当たりやすいから致し方無いかな」

 

 次元が違い過ぎる。

 

 ニクスの脳裏に、そんな弱気な泣き言が過る。

 

 「す、少しでも建物の陰に移動しないと……っ」

 

 血が流れ過ぎたのか、ニクスの視界がぼやけ始めてきた。

 

 「お、おい!もういいから、いい加減離せ!」

 ティアが悲痛な叫びをあげて嘆願するが、ニクスの手は離れない。

 

 「馬鹿……野郎。こんな空中で、今、誰がお前を支えてると思ってんだ……・」

 しかしニクスの強がりとは裏腹に、ティアの手を掴む力が緩んでいく。

 

 「や、っべえな……マジで落としそうだ」

 「いいんだ、それで……もう、いいんだ……」

 ティアが目に涙を溜めて宥めるようにニクスに囁いた。

 

 「手傷を負ったみたいだから、今度は当たるかな」

 少年は、そう言って容赦無く鋼糸を振るう。

 

 「くそっ……せめて建物一個分飛べてりゃ……」

 迫る鋼糸を眼前に、ニクスは先のような俊敏な回避が出来ず――

 

 「うあああっ!」

 朦朧とした状態ながらも辛うじて剣で受けたが、しなる鋼糸は更なる追い打ちを

ニクスに掛けた。

 

 「くそぉ……っ」

 

 「キャアアアー!」

 

 そして遂に、ニクスとティアは落下を開始した。

 

 「地面に落ちる前に、その呪われた血を絶ってあげるよ」

 

 少年は、ティアに向けて鋼糸を発射する。

向かいの建物ごと、彼女を貫通させるつもりだ。

 

 しかし、その未来に到達する事は叶わず――

 

 少年の鋼糸は大剣に弾かれ、墜落した二人は大剣の担い手に受け止められていた。

 

 

 「現れたね、災厄の守護者」

 

 想定していたかのように、目標を大剣の持ち主であるインフィへと移す少年。

 

 「大丈夫ですか!?ニクスさん!、ティア!」

 

 インフィは、少年など眼中にないかのように抱え込んだ二人を覗き込む。

 

 「ああ……ありがとな、インフィ……」

 

 「インフィ……戦っちゃダメだ」

 

 ティアが嗚咽交じりにインフィに縋るが、インフィはティアの頭を人撫でし、

 

 「大丈夫ですよ……ティア。今度は、私がお二人を助ける番ですから」

 

 そう言って、黒衣の少年に向き直った。

 

 「助ける?」

 ここに来て、黒衣の少年は初めて意外そうに眉を跳ね上げた。

 

 「災厄の守護者と呼ばれる少女剣士……インフィ・カルディエン。情報は既に入手してるよ。

 その大剣一振りで、ここまでその黒髪の凶児を護って来たんだよね?」

 

 インフィは、無言でそれを肯定する。

 

 「なら、分かってる筈だ。この状況を、これから君達が進む未来を。

 なのに、"助ける"?冗談を通り越して――笑えないよ、それ」

 

 少年は、すっと目を細め、怜悧で鋭利な視線をインフィに刺す。

 

 「貴方が何と言おうと関係ありません。私は、二人を助けます」

 インフィの返答に、少年は更に目を細める。明らかに少年の殺気が増すのをインフィは感じた。

 

 「僕はね、冗談が通じないタイプなんだ。君が口を開く度に、君はより惨い死に方をする事に――」

 「御託は要りません」

 少年の言葉を打ち消し、且つインフィは――

 「私は貴方に、用は無いのですから」

 

 少年を否定した。

 

 「――!……そうかい」

 インフィの通告に、痺れを切らしたかのように少年は鋼糸を振るった。

 インフィの体躯を四散させるべく、少年の放つ複数の鋼糸が空を切りながら疾駆する。

 

 「ええ。そうです」

 インフィは、圧倒的である筈の迫りくる死に対し、事も無げに大剣を構える。

 

 (大剣で防ぐ――?バカな、撓る鋼糸は大剣越しにでも君を切り裂く!)

 少年は、ニクスが剣で防いでも尚、己の鋼糸は彼に傷を与えた事、

そして今までの己の暗殺対象が取った対応を思い返し、

インフィの行為が限りなく無意味である事を確信していた。

 

 少なくとも――

 

 「貴方では、私を殺せません」

 

 インフィが大剣を思い切り振り切ったときに巻き起こる剣圧が、少年の鋼糸を残らず吹き飛ばすまでは―― ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「…………――」

 呆然。

 今の少年には、その言葉が最も合っていた。

 

 身動きが取れない。

 

 こんな未来を予想するなぞとんでもない。

 

 今の今まで、相対した暗殺対象は一人残らず為す術も無しに己の凶刃に落ちたと言うのに

 

 目の前のこの娘は

 

 その今の今までの、自分自身が持っていた確信が無意味である事を思い知らせたのである。

 

 そして、少年は失念していた。

 

 インフィは、自失している敵を黙って見過ごす手合いでは無いと言う事に――

 

 少年が気が付く頃には、既にインフィが目と鼻の先まで肉薄していた。

 

 しかし、少年も伊達に暗殺者を生業としている訳では無い。

 「甘いよ……片手の鋼糸が剣圧で弛んでも、もう片方の手にも鋼糸が仕込まれて――」

 「貴方は御託が多すぎです」

 インフィは、またもや少年の言葉を断ち切ると同時――

 

 いとも容易く、そのもう片方の手を斬り捨てた。

        ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ぐっぁ!?」

 

 完全に斬り取れたわけでは無いが、斬撃による深い裂傷は確実に少年の腕の腱を切り離し、

完治しない限り鋼糸を操れる状態では無くなった。

 

 少年が声にならない叫びを上げる間もなく、インフィは更に少年に大剣を叩き込んだ。

 紙一重で頭への直撃を避けた少年だが、肩から斜めに受けた傷からは尋常では無い出血を

起こしながら一歩退く。

 

 「……大剣士風情に……この僕が」

 「私を普通の剣士と甘く見てたのが命取りです。こんな状況は幾らでもありましたよ?」

                          ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 インフィは冷酷に大剣を翳す。その様は、断罪の刃を振るう処刑人そのものである。

 

 「……そう、か。それで正解さ。甘く見てたのは間違いない。君の勝ち、さ」

 インフィの姿を見て、己の死を得心した少年は、冷静を取り戻して仕方なさげに首を垂れる。

 

 「勝ち、負け、ではありませんよ。殺すか、殺されるか、です」

 飽くまでインフィは態度を改める事無く――その大剣を振り下ろす、のを、止める。

 

 

 ――背後から、

 

 「「インフィ!!!!」」

 その名を呼んだ、自分が護るべき二人の声が聞こえた気がして。

 

 「……」

 少年に気を配りつつも後ろを見ると、二人とも気を失っている。

 二人とも安心したのか、はたまた空中から落ちた時に身に受けた衝撃が強かったからか。

 

 「気の、せいですか……」

 「何の事、かな」

 「貴方には関係の無い事ですよ」

 インフィは、再度大剣を翳すが、どうしても振り下ろす気になれない。

 

 

 「……殺しておいた方が賢明だと思うけどね」

 挑発するかのように促す少年。

 「そうですか。本人の意向を無視できるほど私はお人よしではありませんので」

 冷酷に徹したインフィの死神の鎌めいた大剣が―――振り下ろされる。

 

 「――な」

 しかし、その刃が少年に届く事は決してなかった。

 

 予め知っていたかのように、少年は薄く笑んでよろよろと立ちあがる。

 「こ、これ、は――?」

 インフィは懸命に腕を動かし、大剣を動かそうとする。しかし、どう足掻いても

腕から先の部位が凍ったように動かせなくなっていた。

 

 「隊長、か。全く世話を焼いてくれるね……今日のところはこっちも血を流し過ぎると

致命傷になりかねないダメージを喰らったし、勝手だけど引き下がらせてもらうよ」

 

 「まっ……待て」

 「止めておいた方がいいよ。片手でも鋼糸が使える手が残ってる以上、その気になれば僕が

君を鱠切りにする事なんて訳は無い。それに、動けない騎士を殺すのは憲法上禁止されていてね

……自分が剣士の風体をしていた事の幸運を噛みしめると良いよ」

 若干の余裕を残しつつ、少年は踵を返す。

 

 「でも、今度僕が現れたら……もう死ぬしかない事を覚悟しておいた方がいい」

 「貴方の、名は」

 「教えると思うのかい?……まあ情報屋に訊けば嫌でも分かるから教えておくよ。

僕の名は、クリシス・キュエル。そっちが名乗る事は無いよ。命を狙う相手の事は一応頭に叩き込んでるからね」

 そう皮肉をこめると、クリシスと名乗った少年は、路地裏の闇に消えた。

 


 
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