No.549005

キミノモノ

ユウ100Fさん

2月26日は雪さんの誕生日!
最近まどマギばっか書いていましたが水月への情熱、雪さんへの愛はもちろん尽きる事を知りませんとも!
というわけで雪さんおめでとぉ!
内容は二日しかかけてないから何とも言えないけど雪さん愛してるよぉー!

2013-02-26 20:38:26 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4748   閲覧ユーザー数:4723

「…ん」

 後頭部をそっと寄せるようにして、僕は彼女と唇を合わせる。

 柔らかくて、ほんのりと甘い。彼女の心地良い体臭がそう思わせるのだろうか。

「んっ」

 重ねた瞬間、彼女はくすぐったそうに声を漏らす。

 その声にちょっと意識がピリピリさせられるような気持ちになるけど、すぐにそれはどうでも良くなる。

 いつもの事だから。

 人間がいつしか気持ちを伝える行為として生み出したのがキスだとしたら、それはいつもの僕たちの関係から伝わる気持ちは、決まっている。

 安心感、だろうか。

「…ふふ、透矢さん、今日はちょっと強引ですね」

 唇を離した彼女のそんな言葉に、僕は慌てて手を離した。いつもは肩を引き寄せるようにしてたのに、いきなり頭を掴んでのキスは多少乱暴だったのだろうか…。

「ご、ごめん…嫌、だったかな」

「いいえ」

 分かり切っていたはずなのに僕は尋ねずにいられない。律儀というよりは条件反射、少し考え無しともとれるけど。

 でも雪さんはそんな僕の事も理解しているからか、それとも本当にそう思ってくれているのか。

 楽しそうに笑い、すぐに否定して今度は頬にキスをしてきた。

 僕はまた条件反射のように、おでこにキスを返した。

 唇にするキスはお互いが愛し合っている時。

 ほっぺたにする時は相手を愛している時。

 おでこにする時は、その人に優しくしたい時。

 母さんが教えてくれたこと。記憶の片隅にすらその顔を残していない、母さん。

 色褪せるどころか褪せる色すらない記憶の母さんの言葉の意味も、いつしか忘れていたのだろうか。

 僕は意味も考えず、ただ雪さんにしたいからという衝動だけで、キスをしていた。

「透矢さん」

 雪さんに顔を抱き寄せられ、胸に顔を埋めさせられる。

 雪さんの胸は大きい。だからといって余分なサイズとも思わせない、非常に形の良いプロポーションだった。

 でも、欲情よりも安心が先立つ。雪さんが僕にこうしてくれる時は大抵決まっているから。

「…なに?」

「寂しくなんかないですよ…雪が居ますからね」

「…うん」

 雪さん曰く、僕が時々母さんの事を考えている時は、寂しそうな顔になっているらしい。なんというか、少し情けないような気もするけど。

「もうちょっとだけ、お願い…」

「はい。どうぞ遠慮なさらず」

 でもそれ以上に居心地が良いから。

 僕は結局そのままで居る。昔からずっと変わらない。

 

―好きだって、今日も言えてないのに。

 §

 

 多分、なんだろうけど。

 僕は初めて雪さんに会った時から、彼女が好きだった。

 雪さんは昔の事はあまり覚えていないっていうけど、僕は母さんが死んだ直後から来た雪さんの事はしっかりと覚えている。それ以前の母さんの事も覚えていないのに、と自分を何度も皮肉ったものだ。

 雪さんが来る以前はセピア色がかかっているように不鮮明でどこか遠い場所での出来事に感じるのに、雪さんが来てからの世界はあらゆる場所に光が差し、色鮮やかに変わっている。

 ああ、これが恋なんだな…今になって、子供の頃からの記憶に確信を持つ。

 

「ゆきちゃん…」

「と、とうやちゃん」

 この頃の僕は嘘をついていた。

 母さんが死んだあと、父さんは「雪に優しくしてやれ」といつも言っていた。僕はそれが死の間際に母さんが聞かせてくれたキスの話と何故か混同していたんだ。

「ちゅっ…」

「ううん…んちゅう…」

 僕はいつも父さんに「ゆきちゃんには優しくしてるよ」と言っていた。その度に父さんは素っ気ないなりに褒めてくれた。

 だから、僕は雪さんの額にキスを送り続けるべきだった。

 でも、僕はすぐに唇のキスに移行していた。したいと思っていた時には実行していた、そんな感じだ。

…今思うと、なんて子供なんだろうか。

「んふ…」

「はぁ…とうやちゃん、もっと…」

 幸い、その頃から雪さんも僕を受け入れてくれていた。僕の子供とは思えない欲望まみれの感情を受け止めてくれる。

 §

 

「んぐっ…っ」

「むぅ…んはっ」

 中学生にも差し掛かった頃、男女間の意識が変わり、お互いが疎遠になりやすい年代…でも、僕たちは変わらなかった。

 むしろ、さらに激しいキス…舌を差し込み、唾液を交換するキスにまで発展していた。

「…ぷはっ、透矢さん、気持ち良かったですか…?」

 この頃には僕と雪さんのお互いの呼び方が変わっていた。

 理由は…多分、雪さんがメイドの真似事(というかすでに仕事はほぼ完ぺきだったけど)を始めたくらいからだろうか?

 さん付けで呼んできて僕をまるで崇拝しているかのような雪さんの態度に恥ずかしさを覚えていたのか、僕もお返しのようにさん付けで呼んでいたのかもしれない。

「う、ん…すごく、良かった」

 中学生ともなれば、その激しいキスの意味も分からないわけが無い。

 現に、僕は体の一部がキスに反応していた。この頃の情念というのは今よりも制御が難しく…実行に至らなかったのが不思議で仕方ない。

「…雪は、いいんですよ?」

 キスに中てられたのは僕だけじゃなくて、雪さんも同じだ。僕と同い年の雪さんが、僕と同じ性衝動に駆られてもおかしくは無い。

「…いや、それは恥ずかしいから…」

 中学校の頃も僕は嘘つきだったかもしれない。

 恥ずかしいなんていつでも使える言葉で逃げ続けていた。

 でも、雪さんを手放したくない。雪さんは僕のものだ。

 雪さんは僕のそんな醜い独占欲を知っている。だからメイドなんて事をして、僕の所有物であるアピールをしているのかもしれない。

 だからと言って不安は拭いきれない。雪さんみたいな完璧な女の子は、男からすれば格好の獲物になりかねない。

 そんなの許すもんか。雪さんに触れて良いのも、側に居るのも僕だけが許されているんだ…。

 この頃から、僕は雪さんが父さんの世話を焼いていたら、父親にまで嫉妬するようになっていた。表には出していないつもりだったけど、雪さんほど聡いとそんなのは簡単に見抜くらしい。

 父さんの世話は最低限に留めるようになり、父さんが家に居る時で手が空いたら、ちょくちょく僕の部屋に来て今みたいなキスをしてきた。

―雪が見ているのは透矢さんだけですよ…。

 そう言われている気がした。

 知っていたけど、安心はしていなかった。

 だからキスを続けていた。

 でも好きとは言えなかった。それ以上も要求できなかった。

 

 ああ、僕は…初めてそれに気付いた時、一人で激しく落ち込む事になる。

 僕は、雪さんをモノ扱いしていたんだ―。

 §

 

 好きだと言えば雪さんは僕の女の子に、恋人になってくれる。

 でもそれは、雪さんがモノじゃなくなる。人間になるから、僕が独占して良いモノじゃなくなる。

 それが、怖い…雪さんはどんな時でも僕の事を考えてくれているはずなのに、僕以外の男が干渉してくる可能性を捨てきれない…。

 だから雪さんはモノのままで居て欲しい。ずっと…僕だけのモノであって欲しい。

(僕は、本当に雪さんの事が好きなのか…?)

 唇にするキスは愛し合っているからって言うけど…それも、嘘なんだろうか?

 それは嘘じゃない…僕は確かに雪さんの事が

「好き、なんだ…」

 口をついて出た言葉に自分ではっとした。

「はい、雪も好きですよ」

 雪さんもすんなりとそれに応えてくれる。

 僕の雪さんに出会ってからの仄暗い感情はちょっとした決壊から、雪さんの何気ない返事で…終わってしまった?

 そんな、どうして…今までむしろ言いたくても言えなかった言葉が、どうして今更…出てきたんだ?

「ゆ、雪さん待って、今のは」

「ええ、誕生日プレゼントですよね? 結婚できる年齢になった時のプレゼントが告白なんて、最高です」

 透矢さんはロマンチストですね、と雪さんは楽しそうに笑った。

 ちがう、違うんだ…僕は本当に偶然のミスを犯しただけ。

 雪さんの誕生日だっていう事も忘れていた、最低の男なんだ…。

「…雪さんは、僕のモノだよ。それは変わらないで欲しいな…」

 でも僕は、結局嬉しそうな雪さんには敵わない。

 自分の犯したミスを取り戻すように、見苦しい言い訳を重ねる。

「ええ、そうですね。透矢さんにたくさんの初めてを奪われていますから…今更他の誰かなんて考えられませんよ」

「人聞き悪いなぁ…」

「否定します?」

「…できません、はい」

 雪さんは「雪の勝ちですね」と楽しく笑っていた。

 モノ扱いしていて僕は雪さんの上に立っていたつもりかもしれないけど…実際は、雪さんがわざと下に居て、僕を雪さん無しじゃどうしようもならなくしたのかもしれない。

 雪さんを見ていると本当にそう思える。

 だっていつもの雪さんなら完全に僕の意思をくみ取って、僕の思うまま動いてくれるのに…今日は、僕の失敗を見逃さなかった。完璧に告白に仕立て上げた。

 雪さんはずっとこのタイミングを待っていた…?

 それは分からないけれど。

「あの、今のはなんか格好悪かったから、もう一度言いたいんだけど」

「はい」

 雪さんはいつも僕を受け入れてくれて、キスをしてくれて。

 それは僕だけのモノであるって事を証明してくれている。

「…雪さん、ずっと好きでした。でもそう言えずにキスばかりしてごめんなさい。これからはちゃんと言うから、キスも、その先もずっと僕だけにして下さい」

「はい、雪も好きですよ。雪は透矢さん以外の人なんて見向きもしませんから、安心してください。だから…ずっと、雪を透矢さんのモノにしてくれますか?」

 でも、雪さんがいつまでもモノのままなんていけないから。

 だから僕は変わらないといけない。

「…雪さんは、僕だけの恋人だから…僕だけを見ていて下さい」

「…はい、喜んで」

 僕は改めて『恋人』の契りを交わす。

 重ねた唇に万感の思いを込めて、初めて僕たちは愛し合うキスが出来た気がした。


 
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