No.546690

~~黒の御遣い~~ 其ノ壱 「黒の御遣い、江東に降臨す」

jesさん

え~・・・この度、作者の思いつきで描きたくなる病気が発病したため、変なタイミングで新作を投稿させていただきます。

今描かせていただいている「受け継ぐ者たち」の方もしっかりと更新していくつもりなので、よろしくお願いします。

尚、この作品を読んで少しでも興味を持ってくれる方がいれば、続きを更新するつもりですので、感想等お待ちしております。

続きを表示

2013-02-20 17:07:52 投稿 / 全23ページ    総閲覧数:2020   閲覧ユーザー数:1823

     ※注意!!

   

     ・この作品は恋姫ssですが、主人公は北郷一刀ではありません。

      (ですが、北郷一刀も主要人物として登場します。)

     ・主人公をはじめ、オリキャラが数人登場します。

     ・主人公はチート強いです。

     ・この作品は、呉サイドで進行します。

     ・作者は小説を書くのが上手くありません。

 

  以上の事を了承していただける方のみ、この作品をご覧ください。

 

 

 

 

其ノ壱 ~~黒の御遣い、江東に降臨す~~

 

 

――◆――

 

 物語の始まりなんてものは、どう話したもんかいまいち分からない。

 一応主人公である俺の自己紹介でもいいが、なんか誰得?って感じもするしな。

 

 つー訳で、とりあえず今ここがどんな時代のどんな場所なのか。

 まずはその辺から話す事にする。

 

 今は、キリストさんとやらが生まれてからだいたい1900年ってとこ。

 そしてここは俺が済む街、中国の四川省・成都市だ。

 

 なかなかいい街だぜ? 文字でしか伝えられないのが残念だ。

 

 その昔、人々が鎧を着て剣を手にしていた時代はとっくに終わり、今やたいていの人は洋服を着て 手にはおしゃれなカバンやら杖やらを持っている。

 

 馬に乗る人も、最近はめっきり見なくなった。

 皆、遠出をするのにはたいてい汽車に乗るからな。

 

 街には、そこらじゅうにレンガや石造りのでかい建物が立ち並び、あちこちの工場からは途切れることなく煙が空に登っている。

 

 外国からの知識や技術もどんどん取り入れて、この国はここ数十年でみるみる内に発展していった。

 

 ・・・・・・・というような事が、確か学園の教科書に書いてあった気がする。

 

  だって、実際に人が鎧を着て剣を持ってる時代なんて、俺は見た事が無い。

でも、もしそんな時代の人たちがこの街をみたら、間違いなくビックリするんだろうな。

 

 それはさておきそんな感じで、俺の故郷たるこの国は、外からの力のおかげもあり目覚ましく発展してきたわけだ。

 その代わり、領土や技術提供なんかの外交面でいろいろと問題はあるみたいだけど、ぶっちゃけ学生の俺にとっては関係ない話だ。

 

 つまり俺に限らず、普通に暮らしているだけの一市民にとっては平和で住みやすい国ってこと。

 

 世は事も無し。 おしなべて平和と言っていいだろう。

 

 ただし俺に限って言えば、今目の前にある状況を除けばだが・・・・・・・・

 

 

「おい! 聞いてんのか、新(あらた)!?」

 

「っ!・・・・・・・・」

 

 名前を呼ばれて、ふと我に帰る。

 ヤバいヤバい、語りに夢中ですっかり忘れてたぜ。

 

 実は今、俺は学園に向かう途中でからまれているまっ最中なのだ。

 といっても、別に慌てるような事じゃない。

 俺にとっては、もはやこれはお約束イベントだからな。

 

「てめぇ、ぼーっとしやがって! アニキを無視するとはいい度胸だ!」

 

 相手は三人組。 その身体的特徴から、俺はそれぞれ“チビ・”ホセ“・”デブ“と呼んでいる。

 今俺に怒鳴ったのはチビで、アニキと呼ばれているのはホセの事だ。

 

 この三人は俺と同じ学園に通う同級生だ。

 

 もともとは、こいつらがカツアゲまがいの事をしていたところを俺が邪魔したのが始まりで、それ以来こうしてちょくちょく絡んでくるわけだ。

 

「はぁ~、懲りねぇなお前らも。 前回だって俺に散々やられただろ?」

 

「う、うるせー! あんなもん負けと認めるかっ!!」

 

「そうなんだな! ドブ川に落とすなんて卑怯なんだな!」

 

「あのな、ありゃお前らが勝手に落ちたんだろーが」

 

 つい4日ほど前だったろうか、例のごとくこいつらは俺にこうして絡んできていたわけだが。

 その時は丁度隣にイイ感じのドブ川があったので、奴らの攻撃を避けながらそっちへ誘導してやった。

 そしたらこれまたイイ感じに狙い通り落ちてくれたので、そのまま放っておいた訳だ。

 

 あんな無様な負け方をしながら、わずか4日で懲りもせずこうして俺の前に出てくるとは・・・・

 毎度のことながら、こいつらのそういうズ太いところだけは感心させられる。

 

「とにかく、今日こそはまともに戦ってもらうかんな!

    お前の持ってるソレも、絶対に使わせてやる!」

 

「あ? これか?」

 

 チビが指さしたのは、俺がいつも手に持っている長い包み。

 中には俺の愛刀、“爛真(らんま)”が入っている。

 

 一応中身は見せないようにいつも包みに入れてはいるが、中身が刀であることは学園のヤツならだいたい知ってる。

 

「ばーか。 お前らになんざ、こいつどころか腕一本だって使ってやるもんか」

 

「なにぃ!? くそ、舐めやがって!!」

 

 ホセの奴が、顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

 てか、ただの不良相手に真剣なんか使ったら完全に俺の方が悪者になっちまうじゃねえか。

 下手したらそのまま刑務所行きだぜ。 この年で前科がつくのは勘弁してほしい。

 

「ほらほら、いいからとっととかかって来いよ。 もうすぐ始業の時間だし」

 

 “チョイチョイ”と、人差し指を前に出して振ってやる。

 

 

「くぅーーーッ! 今日と言う今日はゆるさねぇ!!」

 

「いくらなんでも舐めすぎなんだなっ!!」

 

 俺の安い挑発に乗って、三人が一斉に向かってくる。

 まったく、毎度のことながらザコ感漂う台詞と共に突っ込んで来やがって。

 

 ま、いちおう腕一本も使わないって言っちまったからな。

 たしかポケットに・・・・・・

 

「ほれっ!」

 

 “ポイ”

 

「「「ん・・・・・?」」」

 

 俺はポケットから取り出した“ソレ”を、三人足元に放り投げた。

 

 そして・・・・・・・

 

 “バババババババンッ!!!”

 

「うおぉぉぉお゛!!!?」

 

 俺が投げた“ソレ”は、煙と火花を挙げて勢いよく破裂する。 爆竹ってやつだ。

 

「び、ビックリしたんだなーーっ!!」

 

「テメェ、また姑息な手を使いやがって・・・・・・」

 

 怒ったホセが、再び俺に掴みかかろうとするが・・・・・

 

「あ。 あんまり動かない方がいいぜ?」

 

 “パン! パパパパン!!”

 

「ヒイイィッ!!?」

 

「踏むと破裂するタイプだ。 さっき話してる間に周りにバラまいといたから」

 

 しょせんオモチャみたいなもんだが、ちょこっと火薬の量をいじってあるので、やられる方はけっこうビビるはずだ。

 

「んじゃ、俺は行くから」

 

「お、おい待て!」

 

 “パパパンッ!!!”

 

「ヒッ!!?」

 

「あっはっはっは! お前らも早くしないと、授業に遅刻するぞー」

 

「くそ・・・・・新ぁぁーーーっ!!!」

 

 ほんと、朝から騒がしい奴らだ。

 

 前言は撤回しよう。 俺にとっても世は事も無し、おしなべて平和だ。

 あいつらの愉快な悲鳴を背中で聞きながら、俺は一足先に学園に向かうとしよう。

 

―――――――――――

 

―――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――◆――

 

「はぁーー・・・・・」

 

 まったく、朝から面倒な目に遭った。

 

 三人組と別れた俺は、それから数分かけて学園に到着。 教室の自分の席にたどり着いた。

 ここが俺の通う学校、“国立成都十字学園(こくりつせいとじゅうじがくえん)”だ。

 

 この国で最大の学校であり、今や成都の学生のほとんどはここに通う。

 

 小等部・中等部・高等部があり、全員を合わせると生徒数は6000人を超えるかなり大きな学校だ。

 

 ちなみに、俺は高等部。

 

 なんでも、この学校は1000年以上も前に“ある人物”に創設されたらしい。

 もちろん当時は今みたいに大きな校舎もなけりゃ、生徒だって数えるほどしかいなかった。

 それでも伝統ってやつは恐ろしいもので、それから現在にいたるまでこうして発展し引き継がれている。

 しかも創始者である“ある人物”は、実は俺にとってけっこう縁の深い人物だったりするんだが・・・・・・

 

「ちょっと新っ!!」

 

「ん?」

 

 なんだよ、人がせっかく学校の紹介をしてるときに。

 顔をあげると、そこにはよく知った顔が腰に手を当てて“キリッ”と俺を見下ろしていた。

 

 あー・・・・・

 こいつの紹介はまぁ・・・・・・めんどうだから省くか。

 

「省くなーっ!!!」

 

「うぉ!? なんだよいきなり!」

 

「いや、なんか今すごく適当な扱いを受けた気がしたらか・・・・」

 

「たく・・・・・・」

 

 勝手に人の脳内読んでんじゃねぇよ。 

 たく、しょうがねぇなー・・・・・・

 

 登場一発目から怒鳴り散らしている色気のカケラもないこの女は、杏麗(あんりぃ)。

 同じ組で、一応俺の幼馴染。 だから俺は、縮めて杏って呼んでるけど。

 

 以上、紹介終わり。

 

「ねぇ新、あんたまた私の事適当に考えなかった?」

 

「ん? 気のせいだろ」

 

 眉をピクピクさせて、俺を睨む杏。

 こいつ、昔から変に勘が鋭いんだよな・・・・・

 

「んで、何だよ杏。 何か用か?」

 

「何か用じゃないでしょ! 聞いたわよ、またケンカしたんだって?」

 

 言いながら、また眉をつり上げる。

 つい数分前のケンカの事がもう耳に入ってるとは、恐ろしい奴だ。

 

「ケンカじゃねぇよ。 あいつらに絡まれたからちょっと相手してやっただけだ」

 

「それをケンカっていうんでしょ!? ・・・・・もぅ。」

 

 今度は腕を組んで、困ったように息を吐く。

 ついでに薄紅色のショートカットの髪を触るのは、杏がいらついてる時に出る癖だ。

 

 まぁこの後に言われる事は、だいたい予想は付いてるんだが・・・・

 

「私はね、別にケンカするのがダメッて言ってるわけじゃないの。

 そりゃ、男の子なんだからそういうのも仕方ないかなって思うし。

 でも新、あんたまた卑怯な手を使ったんでしょ?」

 

 そら来た。

 

 俺がケンカで何か小細工を使って勝つと、いっつもこうして小言を言われる。

 

「あれは卑怯じゃない。 れっきとした戦略だ」

 

 頭の後ろで手を組みながら、鼻をならす感じで言ってやった。

 でも、こんなことで引き下がるやつじゃない事はよく知ってる。

 

「そうだとしても、何でそんなことするの? 

新なら、そんなことしないでも簡単に勝てるじゃない」

 

 少し残念そうな顔をしながら、そんな事を言ってくる杏。

 

 まぁ、こいつの言うことも一理あると言えなくもない。

 自信過剰とは思われたくないが、俺は自分の強さにはある程度の確信を持っている。

 ぶっちゃけ爆竹を投げて破裂するのを待つより、直接殴り倒した方が速かっただろう。

 

 そうしなかった理由は、単純にあいつらなんかに少したりとも本気を出したくなかったというのもあるが、そもそも、俺はもっと根本的なところから考え方が違う。

 

「いつも言ってるだろ? 俺は別に、正義の味方になりたい訳じゃない」

 

 杏がいつもの様に小言を言って来た時は、俺もいつもの様にこの台詞で返す。

 世に言う“正義の味方”みたいに正々堂々ってのは、どうも俺は性に合わない。

 

 たとえば“そいつら”は、大切な人が人質に取られて敵のアジトに乗り込んだら、バカ正直にその手下どもを倒した後にボスを倒して、あとくされ無く大切な人を助け出すんだろう。

 

 けど俺は違う。

 

 俺なら隙を見て敵のボスをさらい、迷わず人質にする。

 そいつと交換で人質を取り戻したら、あとは適当に混乱させてとっととずらかるだろう。

 

 少し分かりにくい説明かもしれないが、つまりはそう言う事だ。

 誰が見てもカッコよく、スマートに勝つ・・・・・なんて事に、特にこだわりは無い。

 

「でも、本当は強いのにわざわざズルイ手を使うなんて、やっぱり嫌だよ」

 

「いいんだよ、それで。 強さなんてむやみに振りまわしても、ろくなことにならない」

 

 今は腕っ節の強さがものを言ったような何百年も前の時代じゃない。

 そんな時代に少なからず憧れが無いわけじゃないが、そんな事を考えたって仕方ないしな。

 

 

 “キーンコーン カーンコーン”

 

「ほら、授業始まるぞ。 お前も席に戻れよ」

 

「もう・・・まだ話は終わってないんだからね」

 

 唇をとがらせながら、杏は自分の席へと戻って行った。

 

 ふぅ・・・・始業の鐘に救われたな。

 

 “ガラガラ”

 

 少しして、教室の扉が空いて先生が入ってきた。

 俺たちの担任であり、歴史の担当教師でもある諸葛先生だ。

 

「みんなおはよう。 それじゃあさっそく授業を始めようか」

 

「起立! 礼! 着席!」

 

 学級長の号令で、全員がお決まりの動作をして席に着く。

 

「さて、それでは前回の続き、三国志時代の末期からだったな」

 

 教科書を片手に、もう片方の手にはチョークを持って、諸葛先生が黒板に文字を書いて行く。

 

 諸葛先生は若くてカッコいいし、授業も面白いのでけっこう生徒に人気だったりする。

 噂じゃ、女生徒の間でひそかにファンクラブ的なものがあるとかないとか。

 

「・・・・こうして、天の御遣いと蜀の王・劉備は大陸を統一し、今の中国の原型を創ったわだ

が・・・・・・」

 

 三国志時代か・・・・・・。

 

 この国の歴史上、もっともし烈な争いが繰り広げられた時代。

 一騎当千の武将たちが、自分の誇りをかけて腕を振るった時代。

 

 そんな時代なら、もしかしらたら信じられない程強い人間もいたんだろうか・・・・・?

 

「―――関(かん)っ! 関 新っ!!」

 

「えっ!? あぁ、はいっ!!」

 

 ヤベっ・・・完全に聞いてなかった。

 

 いつから呼ばれてたんだ・・・・?

 

「ゴホンッ! 天の御遣いについての説明文を呼んでもらっていいかな?」

 

「は、はいっ!」

 

 俺は慌てて、教科書を持って椅子から立ち上がる。

 

 チラっと杏の方をみると、口パクで『ばーか』と言っていた。

 あいつ・・・・後で覚えてろよ!

 

 

「えっと・・・・・。 “天の御遣い・北郷一刀は、大陸を統一した後、国で初めて学校と言うものを発案・創立した。 それがこの成都十字学園である。 また、彼は蜀王・劉備を始め、臣下の武将たちを自分の妃とした。 その血は脈々と受け継がれ、現代にもその血を引く者は多く残っている。”」

 

 俺が文章を読み終えると、諸葛先生は満足そうに頷いた。

 

「うん、その通りだ。 そして、その血を継いでいる者の一人が君だ、新」

 

「はぁ・・・・・」

 

 また始まった。 この手の話しになると毎回これだ。

 

 さっき、『この学園の創始者とは結構深い縁がある』と言ったのはこの事だ。

 俺の先祖は、今話に出た学園の創始者である北郷一刀と、その妃の一人である関羽という

ことらしい。

 俺の“関”という性が、その証拠といっていいだろう。

 俺が剣の腕が立つのも、その関羽の血を継いでいるからだと皆は言う。

 

「天の御遣いの血を引くものとして、もう少し興味を持って授業を聞いてくれると嬉しいな」

 

「はい、すいません。」

 

「うん。 じゃあ座っていいよ、ありがとう」

 

 ペコっと頭を下げて、俺は席に着いた。

 

 う~ん・・・・・。 諸葛先生には、なんか逆らえないんだよな。

 それもこれも、多分あの人が受け継いでいる血のせいだと思う。

 

 “諸葛”という性でだいたいの人は分かると思うが、先生は三国志時代の名軍師・諸葛孔明の血を引いている。 

 そしてその諸葛孔明も、天の御遣いの妃の一人だ。

 と言う事は、先生も天の御遣いの血を引いているわけで、つまり俺と先生は遠い遠い親戚と言うことになる。

 

 天下の諸葛孔明が相手じゃ、逆らう気も無くなるってもんだよ。

 

「天の御遣い・北郷一刀は、管輅という占い師の予言通り、空から流星の如く現れたと言われて

いる。 そして・・・・・・」

 

 俺が座ってすぐ、諸葛先生が授業を再開する。

 しかしそもそも、俺はこの天の御遣いとやらがうさんくさく思えて仕方が無い。

 

 空から流星の如くって・・・・・宇宙人かよ!

 

 まぁ実際に教科書にも載ってる訳だから、実在した事は確かなんだろうけど。

 

 俺たちが着ているこの黒い制服も、もともとは天の御遣いの服をモデルにしてるらしい。

 もっとも、彼が着ていたのは正反対の白色だったらしいけど、黒くなったのは時代の風潮ってやつだろう。

 俺も、この軍服のようなデザインの服と帽子は気にいっている。

 

 しっかし・・・・・天の御遣いが本当に教科書にあるような偉大な人物だったとして、臣下の武将を皆妃にしたってのはどうなんだ?

 ご先祖様にこんな事を言うのはアレだが、本当はただのスケベだったんじゃ・・・・・。

まぁ、そうでなきゃ今ここに俺は存在していない訳だから、文句は言えないけど。

 

「よし、それじゃあ今日はこの辺にしておこう」

 

 お。 気づいたら授業が終わりそうな雰囲気だ。 ちょっと得した気分。

 

「ああそれと、ひとつ課題があった。 三国志時代について、レポートを提出してもらいたい。 各自、街の資料館に言って実際に見たものをまとめる事。 期限は来週までだ。 いいね?」

 

「「「「えーーーーっ!!?」」」」

 

 まじかよ・・・・・!!

 

 先生からの突然の爆弾に、生徒達から一斉にブーイングが飛ぶ。

 俺も例にもれず、全力で不満顔をした。

 

「提出できなかった者は直で成績に響くから、覚悟しておくように。 それでは」

 

 しかし生徒からのブーイングなどなんのその。

 諸葛先生はさわやかな笑顔でそう言うと、さっさと教室を出て言った。

 

 ・・・・・あの人、ああいうとこは鬼だな。

 

「はぁ~・・・・・・」

 

 ・・・・まいった。

 

 一時限目の終わりから、既に残りの授業に耐えられるテンションでは無くなった俺であった。

 

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――◆――

 

“キーンコーン カーンコーン”

 

 放課後。

 

「あー、やっと終わった!」

 

 学園の終了を告げる鐘の音と共に、大きく伸びをする。

 授業と眠気の呪縛から解き放たれた俺の身体が、歓喜の声をあげているぜ!

 

「さて、とっとと帰って剣の稽古でもするか」

 

 俺は剣を初めてからこのかた、家での稽古を欠かしたことはない。

 今日も今日とて、帰ってすぐに始めるつもりだ。

 

 とりあえず、素振り5000回あたりかな。

 

「ねぇ、新」

 

「ん?」

 

 今日の稽古メニューを考えながらカバンに教科書を詰めていると、いつの間にやら横に立っていた杏に声をかけられた。

 今朝とは違って、特に怒ってはいないようだ。

 

「何だよ杏。 今朝の話しの続きか?」

 

「それはもういいの! そうじゃなくて、今日これから・・・・暇?」

 

「これから? まぁ、暇と言えば暇だけど・・・・」

 

「ほんとっ!!?」

 

「おわっ!!?」

 

 ビックリした!

 

 俺の返事を聞いたとたん、少し喰い気味に杏は嬉しそうに身を乗り出してきた。

 まったく、どうしてこいつはいきなり騒がしくなったりするんだ。

 

「じゃあさ、これから一緒に資料館に行かない?」

 

「えぇ、これからか!?」

 

 杏の言おうとしている事は分かる。

 諸葛先生が言っていた課題の為に、これからついでに行って済ませてしまおうと言う事なんだろうけど・・・・

 

「期限は来週だろ? 別に今週の休みに行ったって・・・・」

 

「ダーメ。 こういうのはね、さっさと終わらせておいた方が後で楽なの。

 それに、どうせ帰ったって剣の稽古するだけなんでしょ?

ほら、遅くなっちゃうから早く行こっ!」

 

「お、おいっ!?」

 

 腕を引っ張って俺を無理やり立たせると、そのまま歩きだす杏。

 

 はぁ~・・・・・どうやら、俺に拒否権はなさそうだ。

 このまま、連行される囚人の気分でついて行くしかないか。

 

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――◆――

 

「うわー、おっきいねー!!」

 

「だな・・・・・」

 

 資料館に着いた俺と杏は、その建物の大きさに少々面食らっていた。

 

 資料館は街の隅の方にあるから、場所は知っていても実際に来た事はなかったのだが、

 こうして見てみると、随分と立派な建物だ。

 

 赤いレンガ造りで、歴史を展示するにしては新しいデザイン。

 大きさだけなら、学園の高等部校舎にも負けてないな。

 

「正直来るまではそんなに興味無かったんだけど、外観がこれだけ迫力あるとちょっと期待しちまうな」

 

「ね、早く入ろっ!」

 

「わかったから引っ張るなって!」

 

 こいつは俺の制服をどれだけ伸ばす気なんだ!

 

 走る杏に遅れないように、俺も慌てて駆けだした。

 

 この資料館は、今からだいたい2、30年前にできたものらしい。

 だから建物自体は比較的新しいが、中に展示してあるものはどれも桁違いに歴史の深いものばかりだ。

 その中でも、とりわけ三国志時代の資料は多い。

 当時の文献や、様々な装飾品。 更には、有名な武将が実際に使った武器まで、いくつか展示してあるらしい。

 

 さすが、今のこの国の土台を創った時代だけのことはある。

 

「ねぇ、新。 こっち来て、こっち!」

 

 杏の奴は、入るなり子供の様にはしゃいでいる。

 恥ずかしいから、大声で手を振るのはやめて欲しい。

 

 あそこは・・・・・どうやら三国志時代の武器を展示してあるコーナーの様だ。

 

「なんだ? なにかあったのか?」

 

「ほら、これ見て!」

 

 そう言って、展示用ガラスの向こう側を指さす。

 

「っ! これって・・・・」

 

 半ば呆れていた俺だが、実際に見ると驚いた。

 

 そこに展示されていたのは、一振りの巨大な薙刀だった。

 大きな刃の部分は、ほとんどが赤く錆びてところどころ欠けてはいるものの、当時の鋭さを連想させる存在感を放っている。

 その付け根に施された装飾の龍は、まるで生きているような精巧さだ。

 1000年以上の時を経てなお、その薙刀は息をのむほどの美しさと重厚さを纏っていた。

 

 その薙刀の前に立てられている説明書きには、こう書かれている。

 

「“関羽雲長の青龍刀”、か・・・・・」

 

 

「関羽って、新の遠いご先祖様だよね? こんな大きな武器を使ってたなんて、やっぱ      り強かったのかな?」

 

「そりゃ、武神なんて呼ばれてたくらいだからなー」

 

「もしかしたら、新より強かったり?」

 

「さぁな。 1000年以上も前の人間だぞ? 実際に戦えないなら興味ねーよ」

 

「なによ、冷めてるわねー」

 

「ほっとけ!」

 

 人を、夢をなくした可愛そうな大人みたいに見るんじゃない!

 

 そりゃ、俺だって興味が無いわけじゃない。

 

 こんな青龍刀を自在に使って戦っていたなら、関羽はどれだけ強かったのだろう。

 関羽だけじゃない。 この時代の武将と呼ばれた人間達は、いったいどれほどの力をもっていたのだろう。

 もしそんな人間達と実際に戦えたなら、俺の剣は通用するのだろうか・・・・・なんて。

 

 でも、できない事をいつまでも考えてたって仕方がない。

 俺たちが今生きているのは、戦争や将軍なんかとは無縁の時代なんだ。

 

「うわぁ。 見て新! 綺麗だよ!」

 

「へ?」

 

 まったく・・・・今度は何だよ。

 

 少し目を離したすきに、杏の奴は既に隣の展示へと興味を移していた。

 そこは、どうやら三国志時代の装飾品やら日用品を展示しているコーナーだ。

 

「なんだこれ? 鏡・・・・・か?」

 

「うん! 綺麗でしょ?」

 

 そう言って目を輝かせている杏が見つめていたのは、一つの鏡のようだった。

 

 確かに綺麗だ。 規則正しい円形の鏡の周りには、細やかな装飾が施されている。

 当時の事を考えれば、多分結構な貴重品だったに違いない。

 

 けど、なんだ・・・・・?

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「ん? どうしたの、新?」

 

「え? いや、別に・・・・・」

 

 なんだろう・・・・・・。

 

 この鏡は、不思議な感じがする。

 言葉にはできないけど、なんだか俺の事を呼んでいる様な・・・・・

 

「ね、次はあっち見てみよっ!」

 

「あ! おい・・・・・・っ!」

 

 けれど俺のそんな疑問は、杏の元気な声によってかき消された。

 例によって俺の腕をひっぱり、違うコーナーへと引きずっていく。

 

 ・・・・・・・はぁ。 まぁいいか。 どうせ、何かの気のせいだろ。

 そう割り切って、早足の杏に歩調を合わせる。

 

 この後しばらく、俺は杏に振り回されながら資料館を見学したのだった。

 

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――◆――

 

「はぁー、結構おもしろかったね♪」

 

「まぁ、そうだな」

 

 資料館からの帰り道、俺の数歩先を歩きながら、杏の奴は満足そうだ。

 

 ま、なんだかんだで俺も結構楽しめたけど。

 そのおかげで時間が立つのも忘れてしまい、今はもう夕陽が沈み、空が暗くなり始めている。

 

「これだけいろいろ見れば、いいレポートが書けそうだね」

 

「ぐぅ・・・・・そうか、レポートを書きゃなきゃいけないんだよな」

 

 半分忘れてたぜ。

 

 見るだけなら簡単なのに、これからそれをレポートにまとめるという作業が面倒極まりない

 

「・・・・・ねえ、新」

 

「んー?」

 

 先を歩く杏が、こちらを見ないまま声をかけて来た。

 

 俺はレポートの重圧に押しつぶされているので、生返事で返す。

 

「今さ・・・・・私たち、二人きり・・・・・だよね?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 周りに人影や、気配はない。 中国語的にも、二人きりで間違いないはずだ。

 

「じゃあさ、これってその・・・・・で、でで・・・デー・・・・」

 

 なんだ? 杏の奴、恥ずかしそうにでーでー言いやがって。

 

 ・・・・・・ああ、そうか。

 

「なんだ、“出そう”なのか? 仕方ね―な。 この辺に公衆トイレは・・・・・」

 

「ちがうわボケーッ!!!!」

 

 “ズドンッ!!!”

 

「ぐはうぅッ!!?」

 

 弾丸を思わせる杏の見事なボディブローが、俺の腹を貫いた。

 俺の身体が、自分でも美しいと思うほどくの字に折れる。

 

「新のバカ! 最低っ! 鈍感っ! 死ねっ! 砕け散れっ! もう知らないっ!」

 

 杏の奴は腹を抑える俺を一瞥すると、ズカズカと先に行ってしまう。

 

 くそ・・・・・・頭に浮んだ暴言をかたっぱしから吐きやがって。 

 死んでからあまつさえ砕け散ってたまるか!

 

「イテテ・・・・・ったく、何なんだ?」

 

 人がせっかく心配してやったのに、女心って奴はよくわからん。

 

 

「ああーーーっ!!」

 

「うおっ!? 今度はなんだよ!」

 

 既に数メートル先まで歩いていた杏が、今度は叫び声と共に立ち止まった。

 

 あいつは静粛と言うものを知らんのか。

 

「どうした、杏」

 

 まだ痛みの残る腹を押さえながら、杏の方へ駆け寄った。

 どうやら杏は、自分のカバンの中を必死であさっているようだ。

 

「無い! お守りがないのっ!!」

 

「お守り・・・・? ああ、昔俺があげたやつか?」

 

 杏が言っているお守りと言うのは、俺が子供の頃に杏の誕生日に買ってやった、小さな花の形をした飾りだ。

 

 しょせん子供の頃のお小遣いで買ったものだから、カラフルな糸をただ編みこんだだけの安物だけど。

 それでも杏の奴は気にいってくれたようで、それ以来何年もずっとカバンに付けてたんだが、どうやらそれが無いらしい。

 

「多分資料館に落としたんだと思う。 どうしよう・・・・」

 

「つってもな~、もう資料館も閉まってるだろうし・・・・あれくらい、また買ってやるよ」

 

「ダメッ!!!」

 

「っ!?」

 

 杏の奴は、グイッと顔を近づけて眉をつり上げた。

 かと思えば、今度は肩を落としてうつむいて・・・・・

 

「新にもらったあのお守りじゃなきゃ、ダメなの・・・・・」

 

「杏・・・・・・」

 

 顔は見えないが、今にも泣きそうな声で呟く。

 

 まいったな・・・・・。 こういう時だけ急に女の子らしくなりやがって。

 これじゃ、もう諦めろなんて言ったら俺が悪者か。

 

「はぁ・・・・・。 しゃーねぇ、戻るか」

 

「へ?」

 

 俺のひと言で、杏の顔がパッと上がる。

 

「もしかしたら、帰り道にどっかで落としたのかも知れねぇし。 

管理人でも居れば、訳を話せば空けてくれるだろ。」

 

「!・・・・・・うん♪」

 

 さっきまでのしょげた雰囲気はどこへやら。 一変して杏は満面の笑みで頷いた。

 なんというか・・・・こいつのこういうところは、昔から変わらない。

 

「ほら、行くぞ!」

 

「あ! 待ってよ新っ!」

 

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――◆――

 

 あれからすぐに走って戻った俺たちだったが、それでも資料館に着くころには完全に夜になっていた。

 最近は少しずつ街の至る所に街灯が灯るようにはなったが、それでも夜道はかなり暗い。

 

 案の定資料館の門は閉まっていて、「閉館」と書かれた看板が掛けられている。

 

「くそ、やっぱりだめか・・・・」

 

 ダメもとで門の格子を揺すってみるが、開くはずもない。

 その上管理人に訳を話そうにも、近くに人の気配すらなかった。

 

 こうなったら、かくなる上は・・・・

 

「こりゃ、飛び越えるしかないか」

 

「えぇ!?」

 

 俺の横で、杏がすっとんきょうな声をあげた。

 

「いいよ、そこまでしなくて! 明日、学校の帰りにまた探しに来るから!!」

 

「そんなこと言って、もし間違えて捨てられたらどうすんだよ?」

 

 俺や杏にとっては特別なお守りでも、他の人から見たらただの安っぽい花飾りだ。

 可能性としては、決して低くない。

 

「あぅ、でも・・・・・・」

 

「大丈夫だって。 もし誰かに見つかっても、訳を話せば捕まりゃしないだろ」

 

「そういう問題かなぁ・・・・・?」

 

「いいから、お前はここで待ってな。 よっと!」

 

 “バッ!”

 

「あ! 新っ!?」

 

 高さにして3メートルくらいだろうか。 格子状の門をひょいっと飛び越える。

このくらいの高さなら、俺にとっては何の事はない。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 

「・・・・うん。 気を付けてね」

 

 俺は格子の向こう側にいる杏に手を振って、小走りに奥へ進んだ。

 

 とにかく、まずはどこか中に入れる所を探さないとな。

 となれば、一番手近なのは窓。

 どこか閉め忘れたり、鍵の壊れている窓があるかもしれない。

 そう思って、建物の周りを回りながら一つ一つ確かめていく。

 

「・・・・・だめか」

 

 しかし、さすがにそう簡単に見つかるはずもない。 建物の表側の窓は全滅だ。

 とはいえ、いくらなんでも窓をぶち破るのは言い訳きかないしな。

 そんな事を考えながら、建物の裏側へ回ってみる。

 

 すると・・・・・・

 

 

「っ!・・・・・・開いてる?」

 

 裏に回って一番最初に目にとまった窓が、なんと開いていた。

 しかもほんの少し隙間が空いているとかではなく、ほとんど全開だ。

 

「閉め忘れか? いや・・・・・・」

 

 それはない。 さすがに、ここまで空いていれば誰だって気づくはずだ。

 となれば、おのずと答えは一つ。 ・・・・どうやら、先客がいるようだ。

 

「ま、なんにせよ空いてるならありがたい」

 

 俺は少しの警戒心を抱きながらも、既に空いていたその窓から中に入った。

 

「っ・・・・・・・」

 

 資料館の床を踏んですぐに、入る前に感じた予感が確信に変わる。

 

 ・・・・・・気配がする。 人の気配だ。

 

 姿は見えないが、恐らくは一人。 この中に、確実に居る。

 俺と同じ不法侵入者。 目的は、俺と同じ・・・・・ってことはまぁ無いだろう。

 

 泥棒か、それとも幽霊か・・・・・・。

 

 いや、幽霊なら、そもそも窓を開けて入る必要もない。

 だとすれば残るは・・・・・・何にしても、ろくなもんじゃないな。

 

「こりゃ、ひともんちゃくあるかもな」

 

 できるだけ気配を消して、俺も奥へ進む。

 

 当然のことながら資料館の中は照明は付いていない。

 明かりといえば、窓から差し込む月明かりだけだ。

 

 しかし・・・・・さすがに夜の資料館ともなると不気味なもんだ。

 

 歴史に名を残す名品たちが、暗闇の中で月明かりに照らされて淡く光ってるなんて、お世辞にも見てて気味のいいもんじゃない。

 中には人物画なんかもあるから、暗闇でじっとこっちを見つめられている気分だ

 杏の奴を連れて来てたら、多分俺の腕にしがみついてブルブル震えてるとこだろう。

 

「こっちか・・・・・?」

 

 昼間の記憶を頼りに、奥へと進む。

 

 優先順位は一応杏のお守りだが、もうひとりの侵入者だって放ってはおけない。

 そんな訳で足元にも目を配りながら、昼間見た三国志時代の展示品の前へ来た時だった。

 

「っ!・・・・・・」

 

 急に強くなった気配を感じ、立ち止まって前を見る。

 

 ・・・・・・居た。 先客だ。

 男か・・・・? よくは見えないが、背は俺より大分低い。

 

 丁度月明かりに照らされながら、そいつはなにやらガラスの前に立って展示品をジッと見つめているようだった。

 

 

「おい、あんた・・・・・・」

 

 少しとまどいながらも、俺はそいつに声をかけた。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 聞こえてないはずはない。 けれどそいつは、いっさい俺の方には目もくれようとしない。

 

「おい! あんた、そこで何やって・・・・・・」

 

「ふぅ・・・・・・」

 

「?・・・・・」

 

 俺の言葉を遮って男の口から洩れたのは、返事ではなくため息だった。

 

「この外史も、ここまで発展してしまったか。 つくづく忌々しい世界だ。」

 

 そして次に口をついたのは、意味不明な独り言。

 

 ガイシ・・・・・? 世界・・・・・? こいつ、なに言ってんだ?

 

「もはや、この鏡を使ってこの外史に干渉する事もできん。 

 まったく・・・・・管理者たるこの俺が、なんとも滑稽なものだ」

 

 意味不明な単語を連発しながらも、男は展示品から一切目をそらそうとはしない。

 

 この位置からじゃ分かりにくいが、男が見ているのはどうやら鏡。

 昼間、俺がおかしな違和感を感じた、あの古い鏡だった。

 

 ・・・・・て、そんなことはどうでもいい。 

 さすがにここまで無視されると、ちょいと頭にくるぜ

 

「おい、お前っ! さっきから無視してんじゃねぇよ!」

 

 しびれを切らして、そいつに怒鳴り散らす。

 すると少し間を空けて、男はそこで初めて俺の方へ顔を向けた。

 

「・・・・・さっきからうるさいやつだ。 お前はなんなんだ?」

 

 俺を見下すような、めんどくさそうな口調だった。

 

「それはこっちの台詞だ! お前、この街の人間じゃねぇな。 何が目的だ!」

 

 男は、丈の長くて白いまるで僧侶の様な服を着ていた。

 顔にも、妙な模様が書かれている。 こんなやつ、この街で見たこともない。

 

 いや、それ以前に・・・・・

 

「その前に・・・・・お前、人間か・・・・・・?」

 

 ふとそんな言葉が口をつき、気が付いたら俺は剣の柄に手をかけていた。

 

 姿を見たときから感じていた。 そもそもこいつ、纏っている雰囲気が普通じゃない。

 こんな人間、見た事無いぞ・・・・・。

 

「ほぅ・・・・・。 それが分かるとは、どうやらお前もただの凡人ではないらしい」

 

 俺に少し興味がわいたように、男の表情に薄く笑みが浮かんだ。

 

 

「その質問の答えは否だ。 俺は外史の管理者・・・・“神仙”だからな」

 

「シンセン・・・・・神仙? おいおい、じゃあお前が神や仙人だとでも言うのか?」

 

 バカバカしいと、半ば小馬鹿にしながらも俺は言う。

 けれど男はそれに反論するでもなく、堂々たる態度で続ける。

 

「少なくとも、貴様ら人間よりはそれに近い存在だ」

 

「はっ、そうかい。 けどどちらにしても、お前とは仲良くできそうにないな」

 

 言いながら、剣を握る手に力がこもる。

 

 こいつ・・・・・さっきから俺に向かって敵意ガンガンだぜ。

 

「見られた以上、このまま帰す訳にはいかないのでな」

 

「ああ、そうかい」

 

 いかにも悪党らしい台詞で安心するぜ。

 俺は正義の味方じゃないが、悪党の敵なら望むところだ。

 

「日ごろの剣術特訓の成果、神仙とやらで試させてもらうぜ?」

 

 刀に手をかけたまま、前傾姿勢をとる。 

 ここまで臨戦態勢に入っても、男の表情は余裕のままだ。

 

 よし、このまま・・・・・

 

「いいだろう。 人の力の限界を教えてや・・・・・・」

 

 “バキィッ!!”

 

「グフッ!!?」

 

「へへ、やりっ♪」

 

 決まった! 先手必勝の右拳。

 余裕かましてた男の右頬にジャストミートだ。

 

「剣ばっかりに気を取られ過ぎだぜ? 神仙さんよ」

 

「ちっ・・・・・!」

 

 男は一度後ろへ飛びずさり、体勢を立て直す。

 右頬からたれた血を、拳で拭った。

 

「神仙だか便せんだか知らないが、こっちもそこらの人間と一緒にしてもらっちゃ困るんだよ」

 

 トントンと刀で肩を叩きながら、お返しとばかりに男を見下す。

 それに逆上するかと思ったが、男は拭った拳についた自分の血を一瞥すると、嬉しそうに口の端をつり上げた。

 

「フッ・・・・・なるほど、どうやらそのようだ。 ならば、こちらも少し本気で行くとしよう」

 

 言いながら、男は腰を落として武術の構えをとる。

 その瞬間、周りの空気が一気に何千倍にも重くなったようにのしかかる。

 

 ・・・・なるほど、これが神仙とやらの本気ってわけね。

 

 つくづく杏の奴を連れて来なくてよかったな。 いたら今頃気絶してる。

 こりゃ、さすがに俺も剣を抜かないとまずいかな。

 

「行くぞ、名も知らぬ男。 最後に言い残す事はないか?」

 

「その台詞、そのまま返してやるぜ。 名も知らぬ神仙さん」

 

 そう言って、俺が再び剣に手をかけようとした時だった・・・・・・

 

 

 “カッ!!”

 

「っ!!?」

 

「なにっ!!?」

 

 突然、俺の横にあった展示用のガラスが光り出した。

 

 ・・・・いや違う。 光っているのは、ガラスの向こうにあるあの鏡だ。

 鏡から発せられた白い光で、まるで辺りが昼間の様に明るくなる。

 

「っ・・・・なんだこりゃ!?」

 

「バカなっ、どうして今更・・・・・・。 っ! まさか、貴様・・・・・っ!!」

 

 突然訳も分からず混乱している俺の目の前では、男は別の反応を見せていた。

 

 俺と鏡を交互に見ながら、険しい表情をしている。

 そして再び俺に視線を止めると、今度は何か思いついた様な笑みに変わる。

 

「・・・・そうか、そういうことか! ハハッ、これはおもしろい!」

 

「お前、何笑ってやがる!?」

 

「まさか貴様が“血を継ぐ者”だったとはな・・・・・。

 ならば行くがいい! 自らの血の過ちを、自らで絶てるのならな!」

 

「くっ・・・・! さっきから何言って・・・・・」

 

 “カッ!!!”

 

「なっ!!?―――――――」

 

 次の瞬間、鏡が発する光が一層強さを増した。

 しかもそれは、まるで俺一人を包みこむかのように広がっていく。

 そして辺りが全て白に染まったかと思った時、俺の身体は完全に光の中にのまれていった。

 

 ―――――――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

       

 

――◆――

<視点・・・・語り>

 

 新が白い光にのまれた後、残ったのは既に光を放たなくなった鏡と、新と相対していた神仙の青年だけだった。

 

 新を飲み込んだ鏡を見ながら、男は笑みを浮かべていた。

 

「ハハハ。 まさかこんな願ってもいない展開になるとはな」

 

「あらあら・・・・、相変わらず意地悪な子ねぇ」

 

「っ!?・・・・・」

 

 不意に、柱の陰から聞こえた声。

 

 青年はすぐに柱に向かって視線を向けるが、その表情は驚きではなく、その声の主を恨めしく思っているようだった。

 

「・・・・貂蝉、いつからそこにいた?」

 

「少し前からよ。 お久しぶりねん・・・・左慈ちゃん」

 

 柱の陰から出て来たのは、大柄の男・・・・・というには、あまりにも奇妙な言葉遣いの筋骨隆々の大男だった。

 しかもまとっているのはピンク色のビキニだけという、街中を歩いていたら速攻で国家権力に裁かれそうな風貌である。

 

 貂蝉に左慈と呼ばれた青年は、その姿を見るなり“ちっ”と小さく舌を鳴らす。

 

「こんなところまで、何の用だ?」

 

「あなたの行動を見守るのも、私の義務だものぉ。 あなたこそ今更こんなところに来るだなんて、まだこの世界に未練でもあるのかしらん?」

 

「当然だっ! この外史は、俺の唯一にして最大の失態。 “あの男”を始末できなかった、俺の責任だ!」

 

「今更そんな事を言ってもしょうがないでしょう? この外史は、すでにここまで大きくなってしまった。 もはや、あなたでも、私でも手には負えない」

 

「わかっているさ。 ・・・・・しかし、可能性が無いわけではない」

 

 そう言うと、左慈はもう一度鏡の方へと視線を戻す。

 

「さっきの子は、彼の子孫なのねん?」

 

「ああ。 鏡が反応したと言う事は、そう言う事だろう」

 

「どうして止めなかったの左慈ちゃん? あの子があの世界でどんな結末を迎えようと、それが残酷な結果になることくらい、あなたなら分かっているでしょう?」

 

「止める? バカをいうな。 貴様も言っただろう、貂蝉。 

 この外史は、もはや俺たちの手を離れた。 干渉することなど、できはしないのだ」

 

「あの子に罪はないのよ? それでも、酷な決断をさせようと言うの?」

 

「それも、奴の血を引く者の業だ。 そして俺は、その結末を見届けるにすぎん」

 

「・・・・そう。 こうなってしまった以上、私も最後まで見届けさてもらうわん。

 たとえ、この世界が無くなる様な結果になってもねん」

 

 “スゥ・・・・”

 

 それだけを言い残し、貂蝉はゆっくりと暗闇の中に姿を消した。

 それを見届けると、左滋は再び新の飲み込まれた鏡に視線を移す。

 

 その表情は怒りでも憎しみでもなく・・・・・ただ己の責任と向き合おうとする真っ直ぐなものになっていた。

 

「これでこの世界が滅ぶというのなら、所詮それまでのことだ。

あるいは、お前が創ったこの世界が正しいと言うのなら、この困難を超えて見せろ。 

・・・・・・北郷一刀」

 

――――――――――――

 

―――――――――――――――――――――――――

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ――◆――

 <視点・・・・新>

 

――――――――――――――――――――――――――

 

―――――――――――――――――――――

 

――――――――――――あれ・・・・・?

 

 俺・・・・・・どうなった?

 

 鏡の光に飲み込まれて、それから・・・・・・

 

新  :「ん・・・・・・・っ」

 

 身体に少しのだるさを感じながら、どうやら横になっているらしい身体を起こす。

 

 背中に感じる感触が固い。

 資料館の木の床とは違う、これは・・・・砂?

ここは、外なのか?

 

「くっそ。 いったいなんなんだ・・・・・・?」

 

 頭を抱えながら起き上り、目を開けた。 すると・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 その時の俺は、多分相当間抜けな顔をしていたと思う。

驚きのあまり、口がぽかんと開いたまま数秒は固まっていた。

 けど、それも無理はない。 目の前に広がる、この光景を目にすれば。

 

「な・・・・・なんだこりゃ!?」

 

 目をこすってもう一度確認するが、その景色は変わらない。

 俺の目の前に広がるのは、一面が土色で覆われた荒野。 

 そして地平線の先に薄らと見える、堂々とそびえたいくつもの山々だった。

 それ以外は何もない。 木も草も、街もなければ、人影ひとつ見えない。

 

 なんだここは? 現代の中国に、こんな場所があるのか・・・・?

 

 いや、あったとしてもそもそもおかしい。 

 どうして資料館に居たはずの俺が、いきなりこんなだだっ広い荒野の真ん中にいるんだ?

 

「あの、鏡のせいか・・・・」

 

 まだはっきりとしない意識の中で、さっきの出来事を思い出す。

 あの鏡の光に飲み込まれて、気が付いたらここにいたんだ。 他に原因は思いつかない。

 

「はぁ~、まじかよ」

 

 口から出るため息も、いつもより大きくなる。

 

 まさか、こんな小説みたいな不思議体験をすることになるとは・・・・ついてない。

 

「っ! そうだ、爛真は・・・・・」

 

 ふと、さっきまで手に持っていたはずの愛刀が無い事に気がついた。

 慌てて自分の周りを見渡すと、すぐ後ろに落ちていたそれを見つけた。

 

 

「ふぅ・・・・よかった」

 

 見つけたそれを拾い上げて、ひと安心。

 

 こんな意味不明な状況の上に、こいつまで無くしたんじゃ、いよいよ絶望だ。

 けど、これでいざ危険な目にあってもとりあえずは大丈夫だろう。

 

「なんにしても、このままこうしてる訳にもいかないか・・・・・」

 

 なんど辺りを見回しても、街らしいものの影すら見えない。

 360度、同じ景色が繋がっているだけだ。

 

 こんな場所にいたまま夜になったんじゃ、たまったもんじゃない。

 とにかく、適当でもいいから移動しない事には始まらない。

 

 そう思って、ただあてもなく歩き出そうとした時だった・・・・・・

 

「ん・・・・・・?」

 

 視線のはるか先、地平線と重なる辺りに、何かが動いているように見えた。

 

 あれは・・・・・・

 

“ドドドドドド・・・・・・”

 

 少しすると、小さくだが地鳴りの様な音が聞こえ始めた。

 動いているそれは、どうやらこっちに向かってきているようで、少しずつだがその影は大きくなっていく。

 

「馬・・・・・・か?」

 

 まだうっすらとしか見えないが、多分そうだ。

 何十頭という馬の大群が、こちらへ向かっている。

 しかも、どうやらその背中には誰か人が乗っているようだ。

 

 ん・・・・・・? 人・・・・・? 人だっ!!

 

 そう確信した時、俺の頭の中に希望が生まれた。

 まるで、砂漠のど真ん中でオアシスを見つけた気分だ。

 

「おーい!」

 

 両手を振って、向かってくる一団にアピールする。

 

 助かった。 人に会えれば、とりあえずここがどこかも分かる。

 そうすれば、どうにかして帰る方法も見つかるはずだ。

 

“ドドドドド・・・・・!!”

 

 その群れはどんどん近付いてきて、姿がはっきりしてくる。

 けれどそこで、俺はある違和感に気付いた。

 

「あれ・・・・?」

 

 何かおかしい。 というのも、馬に乗っている人間の格好だ。

 普通の服じゃない。 鎧・・・・・? まるで、兵士の様な格好をしているように見える。

 そしてその姿がだんだん近づいてくるにつれて、それが見間違いではない事が分かる。

 

 

“ドドドド・・・・・ザザッ!!”

 

 そしてとうとう、その群れは俺の目の前まで来て停止した。

 

「・・・・・・・・・」

 

 間近で見るその姿に、俺は再び驚きで言葉を失った。

 

 数十頭の馬と、その上に乗る屈強な男達。

 その全員が、鎧を着て、兜をかぶり、腰には本物としか思えない剣を差していた。

 まるで、資料館で見た武具を、そのまま身にまとった様にしか見えない。

 けれど、俺の驚きは、その男たちの風貌よりも別の所に遭った。

 

「・・・・・・・・・」

 

 後ろの兵士の様な男達の先頭に立つ馬の主と、目があった。

 

 俺が驚いたのは、その先頭にいた人物が、後ろの男達とは比べるべくもない程華奢な少女だったからだ。

 鎧すら付けず、ただ赤い服を身にまとい、黒い髪を後ろでまとめた少女。

 

 多分、歳は俺とそれほど変わらないだろう。

 しかしそれでも纏う雰囲気は歳相応とは言い難い。

 

 堂々と馬の背にまたがり、俺を見下ろす長い切れ目は、思わず目をそらす事を忘れそうなほど鋭い。

 

 姿を見ただけで分かる。 こいつは、相当強い。

 

“ザッ・・・・”

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 その少女は何も言わないまま馬の背から降りると、ゆっくりと俺に近づいてきた。

 

 馬から降りるその動作ひとつをとっても、整然として無駄が無い。

 

新  :「や、やぁ・・・・・。 あのさ、俺、実は道に迷っちゃって・・・・・・」

 

 いまだに驚きは隠せないが、俺はなんとか笑顔をつくって少女に話しかける。

 しかし、少女から帰ってきたのは言葉ではなく・・・・・

 

“・・・・・チリン”

 

「へ・・・・・・・?」

 

 聞こえたのは、鈴の音。

 それと同時に、俺の顔の前になにやら光るものが付きつけられた。

 

 

 俺の目がふし穴でなければ、これは剣。

 どう見ても造りものではないその剣が、俺の目の前で火の光を浴びてギラリと光っている。

 聞こえた鈴の音は、その剣に結び付けられているもののようだ。

 

 おいおい・・・・・・まじか?

 

「なぁ、よければ事情を聴きたいんだけど・・・・・・」

 

「貴様が、天の御遣いか?」

 

「え?」

 

 俺の言葉を遮って、初めて少女は声を発した。

 低く押し殺したような静かなひと言だが、その言葉からは、随分と重みが感じられた。

 

「天の・・・・御遣い・・・・・?」

 

 少女が口にした言葉の意味が分からず、自分でもう一度繰り返した。

 

 天の御遣い? 俺が? 答えはノーだ。

 天の御遣いって、あの三国志時代の北郷一刀の事だろ?

 

 見ず知らずの場所で、見ず知らずの少女に、いきなり剣を突き付けられ、いきなりド級の勘違いをされているようだ。

 

 はっきり言おう。 俺の頭の中は、今オーバーヒート寸前だ。

 

 けれど不思議な事に、こんな状況に置かれながら、俺は感じた事もない様な妙な高揚感に襲われていた。

 これから自分がどうなってしまうのか、どんなものに出会うのか、それがいっさい分からないこの状況に、もしかしたら少なからずワクワクしていたのかもしれない。

 

 悪いが、前言の撤回をもう一度撤回しよう。

 

 世は事も無し。 おしなべて平和・・・・・・なんて日常とは、しばらく縁が無さそうだ。。

 

 だって、この荒野での何の脈絡もない不思議な出会いこそが、これから始まる俺の・・・・・・

 

“黒の御遣い“の物語の、始まりだったんだから――――――――――――――

 

 

 

(あとがき)

 

 どうも、~黒の御つかい~を読んでいただいてありがとうございます。

 いかがだったでしょうか? と言ってもまだ何も始まってませんが。

 ここから一応、呉サイドで物語が進んで行く予定です。

 まだ登場していませんが、北郷一刀も主要人物としてちゃんと登場します。

 

 ですが作品紹介にも書いた通り、この作品を読んで少しでも興味を持ってくれる方がいればこの続きを投稿する予定です(汗 

 と言いつつ、実は既に主人公の新のデザインとか考えてたりして・・・・↓

 

 一応、コンセプトは軍服的な感じで・・・・汗

 

 それでは今回はこの辺で。

 この作品についての皆さんのコメントをお待ちしております。

 感想・指摘・要望・批評、なんでもかまいません。

 では、よろしくお願いいたします。(礼

 


 
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