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真・恋姫無双アナザーストーリー 蜀√ 桜咲く時季に 第50話 【紫苑・璃々拠点】

葉月さん

お久しぶりです。
やっと拠点第三話が書きあがりました。
うぅ・・・こんなに書く暇がないなんて・・・
と、とりあえず、今回の主役は紫苑になります!
また次回作も間を置いてしまうと思いますが、飽きずに読んでいただけると嬉しいです。

続きを表示

2013-02-17 23:01:36 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:10128   閲覧ユーザー数:8259

真・恋姫無双 ifストーリー

蜀√ 桜咲く時季に 第50.3話

 

(一刻=1時間)、(一里=4km)

 

 

【紫苑の攻め方】

 

 

 

《紫苑視点》

 

「こら、璃々。走ると危ないわよ」

 

「は~い!」

 

走る璃々に注意をしましたが返事だけで璃々はまた走っていってしまいました。

 

「まったく、あの娘たら……ふふ」

 

呆れる(わたくし)でしたが璃々の笑う顔に思わず微笑んでしまった。

 

今日は久々の親子で買い物をするために町へ下りて来ました。

 

つい先日まで戦の為、璃々には外へ出ることを禁止していました。

 

その上、普段遊んでくれていた人たちも戦の準備で忙しく、璃々には退屈な思いをさせてしまっていました。

 

「璃々、少し落ち着きなさい」

 

「は~い!……あっ!おだんごやさんだ!」

 

注意をする(わたくし)の声も今の璃々には聞き入れて貰えないようです。

 

「おかあさん!おだんご!おだんご食べたい!」

 

「ダメよ。今日は新しい服を買いに行くんでしょ?」

 

「え~!おだんご~」

 

頬を膨らませる、璃々。

 

「そんな顔をしてもダメですよ。言うことを聞かない悪い子には服を買ってあげませんよ」

 

「……は~い」

 

渋々と言った表情で返事をする璃々。

 

「さあ、行きましょう璃々」

 

「……あっ、ごしゅじんさまだ!」

 

「え?あ、り、璃々っ!」

 

璃々の手を繋ごうとしたその時でした。ご主人様を見つけたらしく璃々は声を上げて(わたくし)の手をすり抜けて走り出していってしまいました。

 

璃々が走っていった先には陽に当たり白く輝く異国の服を着た殿方の後姿がありました。

 

あのように白く輝く服は紛れも無く(わたくし)の主であるご主人様のお召物に間違いがありませんでした。

 

「ごしゅじんさま~~~♪」

 

「ん?」

 

璃々の呼ぶ声に気が付かれたのかご主人様は立ち止まりあたりを見回していました。

 

「ごしゅじんさま~」

 

「おっ、璃々ちゃんじゃないか」

 

「えへへ♪……あぅ!」

 

(ずでんっ!)

 

璃々に気が付いたご主人様は手を伸ばし駆け寄る璃々を受け止めようとしましたが、その手前で璃々は石に躓きこけてしまいました。

 

あれほど走ったら危ないと言ったのにあの娘たら……

 

「ぐす……」

 

「大丈夫か、璃々ちゃん」

 

ご主人様はこけて倒れてしまった璃々を起こして顔を覗き込んでいました。

 

「璃々、大丈夫?だからあれほど走ったら危ないって言ったでしょ?」

 

璃々の膝にはこけた時に擦りむいたのか血が滲んでいました。

 

「おかあさん……ふぇ」

 

(わたくし)の顔を見て璃々は今にも泣き出しそうになっていました。

 

「よしよ~し、璃々ちゃん。俺が取って置きのおまじないをしてあげよう」

 

「……ぐす……おまじない?」

 

「ああ!このおまじないをするとたちまち痛くなくなるんだぞ」

 

「ほんと?」

 

「本当だぞ!いくぞ~~……痛いの痛いの~~……お空に飛んで行け~~~!」

 

「……ほんとうだ!ごしゅじんさま、すごい!おかあさん!痛くなくなったよ!」

 

嬉しそうに話す璃々の膝を見ると先ほどまで擦りむき血が滲んでいた膝は綺麗に治っていました。

 

「ご主人様、これは……」

 

「……おまじないだよ」

 

訊ねようとしましたがご主人様は首を横に振り微笑みました。

 

「おかあさん、ごしゅじんさますごいね!」

 

「え、ええ。凄いわね」

 

嬉しそうにはしゃぐ璃々。

 

「ところで璃々ちゃんたちはどこに行こうとしてたのかな?」

 

「うんとね……おだんごやさん!」

 

「団子屋?」

 

「うん!」

 

「違うでしょ、璃々。今日は服を買いに来たのでしょ?」

 

「おだんごも食べたいの~」

 

「いけません」

 

諦めていなかったのか、同じやり取りをまた繰り返す。

 

「言うことを聞かない悪い子には服を買ってあげませんよ」

 

「うぅ~」

 

「……璃々ちゃんはお団子が食べたいのかな?」

 

「……うん」

 

「そっか……それじゃ、ちょっとここで待っててね」

 

「?」

 

「ご主人様?一体何を……」

 

(わたくし)の問いに答えず、ご主人様は微笑んで行ってしまいました。

 

「お待たせ、璃々ちゃん。はい、お団子だぞ」

 

「わ~!ありがとう、ごしゅじんさま!」

 

ご主人様は屋台で買ってきたお団子を璃々に渡しました。

 

「ご主人様?余り璃々を甘やかさないでください」

 

「俺も食べたかったんだよ。はむ……美味しいね、璃々ちゃん」

 

「うん!」

 

「……仕様のない娘ね。ご主人様、ありがとうございます。璃々、もう一度、ご主人様にお礼を言いなさい」

 

「うん!ありがとう、ごしゅじんさま!」

 

嬉しそうに食べる璃々を見て苦笑いを浮かべてご主人様にお礼を言いました。

 

「別に良いよ。さっきも言ったけど、俺も食べたかったんだから」

 

「えへへ~♪」

 

そう良いながら璃々の頭を撫でるご主人様。

 

璃々も嬉しそうに顔を綻ばせていました。

 

「所でご主人様は市で何をしておいでだったのですか?」

 

「えっ……あ、その、ちょっと、ね。はは、あははははっ」

 

「ふふふっ」

 

ご主人様の態度で何となく分かりました。

 

多分、息抜きと称して町へサボりにきたのでしょう。

 

「う゛……と、所で紫苑はここへ何をしに来たんだ?」

 

「ふふっ。(わたくし)は璃々の服を買いに行くところですよ」

 

苦し紛れにご主人様は話を逸らしてきました。

 

(わたくし)はそれに笑いながら答えました。

 

「璃々ね、大きくなったからかってもらうの!」

 

「璃々ちゃんお口の周りにタレがついてるぞ。今、拭いてあげるからね」

 

「んんっ……えへへ♪ありがとう、ごしゅじんさま」

 

口の周りに付いたタレをご主人様は拭ってくださいました。

 

「ありがとうございます、ご主人様……あらあら、ふふふっ」

 

「?」

 

ご主人様にお礼を伝え、お顔を見ると、璃々と同じように口の周りにタレを付けていて思わず笑ってしまいました。

 

「ご主人様、口の周りにタレが付いていますわ」

 

「え!?」

 

「今、お拭きしますね」

 

「んっ……ありがとう、紫苑。恥ずかしいところを見られちゃったな」

 

お礼を良い頭を掻きながら照れるご主人様。

 

桃香様もそうですが、こんなにも親しみ易く、民たちにも優しく接してくださるご主人様にとても感謝していました。

 

本当でしたら、(わたくし)たちは敗軍、どのような要求にも応えねばならない立場なのです。

 

ですが、ご主人様も桃香様も民に重い税や兵たちには苦しい労働を課すことをせず、今まで通りの生活をおくらせて貰っています。

 

この城の主でもあった(わたくし)にさえも、ご主人様たちは将として召抱えて頂きました。

 

感謝してもしきれません。

 

「そうですわ。ご主人様、お暇でしたら璃々の服選びに付き合ってはいただけませんか?」

 

「え?俺が?」

 

「はい」

 

「う、う~ん……でもなぁ」

 

腕を組み悩むご主人様。

 

多分ですが、これ以上サボると愛紗さん辺りに怒られると悩んでいるのでしょう。

 

「ごしゅじんさま、一緒にいこ?」

 

「う゛……」

 

上目遣いでご主人様にお願いをする璃々を見て、ご主人様は声を漏らしました。

 

「……だめ?」

 

「ぐはっ!わ、わかった……一緒に行こうか」

 

璃々は少し目を潤ませて首を少し傾けて問いかけると、ご主人様は胸を押さえて苦しみながら頷いていました。

 

「わ~い!ごしゅじんさま、だいすき~~!」

 

さっきとは打って変わり、満面の笑みで飛び跳ねて喜びを表現していました。

 

……璃々たらいつの間にそんなおねだりを覚えたのかしら。ですが、ご主人様は涙に弱いのですね、これは良いことを知りました♪

 

我が娘ながら恐ろしいと思いながらも、ご主人様の弱点が分かり、今度実践してみようと心の中で心の中で思っていました。

 

「それで、どこまで行くんだ?」

 

「この近くですわ。こちらです」

 

この近くであることを伝え、服屋まで案内しようとした。

 

「ごしゅじんさま、おんぶ、おんぶして!」

 

「こら璃々!ご主人様になんてことを!」

 

「紫苑、別に気にしなくていいから」

 

「で、ですが……」

 

「璃々ちゃん、おんぶより、もっと良いことしてあげようか?」

 

「うん!」

 

「よ~し、行くぞ……それ!」

 

「わ~~~っ!高~~い!」

 

ご主人様は璃々を抱き上げ、肩へ乗せました。

 

嬉しそうにはしゃぐ璃々。

 

「ご主人様、重たくはないですか?」

 

「これくらい平気だよ。璃々ちゃん、あまりはしゃぐと危ないからちゃんと掴まってるんだよ」

 

「は~い!これでいい?」

 

「ああ」

 

手を上げて返事をした璃々はご主人様の頭にギュッと抱きついた。

 

「それじゃ、紫苑。道案内よろしく頼むよ」

 

「畏まりました、こちらです」

 

璃々を肩に乗せたご主人様を服屋まで案内をしました。

 

「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま!」

 

「ん?どうした、璃々」

 

「えへへ、呼んでみただけ♪」

 

「そっか」

 

璃々は嬉しそうにご主人様のお名前を呼び、ご主人様も笑顔で受け答えをしてくださっていました。

 

あのようにはしゃぐ璃々を見たのは久しぶりですね。

 

本当にご主人様は不思議なお方ですね。

 

ご主人様の部下、いいえ、仲間になってからまだ数日しか経っていませんが分かったことがあります。

 

それは、ご主人様の周りにはいつも笑顔が溢れているという事です。

 

老若男女問わず、ご主人様は近くに居るとみなさん笑顔になるのです。

 

これは天性の才能というほかありません。ですが、これには違った意味で欠点があるのも直ぐにわかりました。

 

欠点というのはご主人様にではなく、(わたくし)たちにとっての欠点です。

 

「御遣い様、お一つ如何ですか?」

 

「ん?いいのか?」

 

「はい。どうぞ」

 

市を歩いていると年頃の女性がご主人様に試食を進めてきました。

 

「璃々ちゃんも食べるか?」

 

「うん!」

 

「紫苑は?」

 

「いいえ。(わたくし)は結構ですわ」

 

「それじゃ、二つ貰うよ」

 

「は、はい!どうぞ」

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

「それじゃ、頂くよ。はむ……」

 

ご主人様と璃々は店員から受け取り、口へと運びました。

 

「おいしぃ~!」

 

「ああ、これは旨いな。これを作ったのは?」

 

「わ、私です!」

 

「そっか、きっと良いお嫁さんになるね」

 

「お、お嫁さん!?そ、そんな私なんてまだまだです」

 

「そんなこと無いよ。こんなに美味しいの作れるんだから、俺なら毎日食べたいくらいだよ」

 

「あ、ぅ……あ、ありがとうございます」

 

年頃の女性は顔を赤くして照れていました。

 

ああ……また一人、ご主人様の毒牙に掛かってしまいましたか……

 

(わたくし)は苦笑いを浮かべてそのやり取りを見ていました。

 

そう、欠点とはほぼ全ての女性がご主人様の人柄、優しく微笑む表情に落とされてしまうということです。

 

ご主人様ご本人は気が付いていないようですが、被害者は大勢いるのです。

 

その第一の被害者がある意味で桃香様なのかもしれませんが。

 

「……ふふふ」

 

ご主人様と桃香様がであったときの事を想像したら思わず笑いがこぼれてしまいました。

 

「ん?何笑ってるんだ、紫苑」

 

「いいえ。なんでもありませんわ。ちょっと思い出し笑いをしただけですので」

 

「何か面白いことでも昔にあったのか?」

 

「ふふ……ええ、そうですね。あったかもしれませんね」

 

「?」

 

(わたくし)の曖昧な返事にご主人様は首を少し傾けていました。

 

「ふふふ、さあ、ご主人様、服屋はもう直ぐですので参りましょう」

 

「あ、ああ」

 

「しゅっぱ~つ♪」

 

璃々はご主人様の肩の上で無邪気にはしゃいでいました。

 

「ここですわ、ご主人様」

 

「へ~、こんな所に服屋があったんだな」

 

ご主人様は店の外観を見回しながら呟く。

 

「子供の服を数多く取り扱っているので良く利用しているのです」

 

「いっぱい、い~っぱい、服があるんだよ」

 

「そうなんだ。それじゃ、きっと璃々ちゃんに似合う服が見つかるね」

 

両手を広げどれだけ多くあるのかを体で表現する璃々にご主人様は微笑みながら璃々の話を聞いていました。

 

「さあ、璃々。お店に入るからご主人様から降りなさい」

 

「は~い!」

 

「よし、それじゃ、降ろすよ」

 

「うん!」

 

ご主人様はゆっくりと璃々を肩から持ち上げて地面に降ろしました。

 

「璃々、ご主人様にお礼を言いなさい」

 

「ごしゅじんさま、ありがとう!」

 

「どういたしまして。ちゃんとお礼も言えるなんて偉いね」

 

(なでなで)

 

「えへへ♪」

 

お礼を言いながらぺこりとお辞儀をする璃々にご主人様は褒めて頭を撫でていました。

 

「璃々ちゃんは礼儀がいいね」

 

(わたくし)の愛娘ですから。さあ、ご主人様、どうぞお入りください」

 

「ああ、よし!中に入るぞ、璃々ちゃん!」

 

「うん!わ~い!」

 

「あ、こら!お店の中では走ってはいけませんよ!」

 

「はーい。おこられちゃった」

 

「ははは」

 

舌をペロッと出し、可愛く笑う璃々にご主人様は笑っていましたが、

 

「ご主人様もですよ」

 

「はい……ごめんなさい」

 

ご主人様にも注意をすると素直に謝ってくださいました。

 

「ふふふ」

 

素直に謝るご主人様を見て思わず笑ってしまいました。

 

初めてお会いした時はこうなることを予想していませんでした。いえ、どこかでまた逢える予感はしていました。

 

そして、再会を果たし、ですがお互いの大切なものを守る為に対立し、そして今お仲間としてご主人様にお遣いし、こうしてご一緒に居られることがとても嬉しく思いました。

 

「そ、そんなにおかしかったかな?」

 

「ふふふ、そうですね。少し子供っぽかったですわね」

 

「うぐっ……」

 

ご主人様は罰が悪そうに苦笑いを浮かべながら頬を掻いていました。

 

「おかあさーん!ごしゅじんさまーー!はやく中に入ろうよぉ~!」

 

「ええ、今いくわ。それでは参りましょう、ご主人様」

 

「あ、ああ。今度はちゃんと歩いていくよ」

 

「ふふふ、ええ」

 

(わたくし)は微笑みながら頷き、ご主人様と共に服屋へと入って行きました。

 

「へ~、本当に子供の服がいっぱいあるな」

 

見回しながら関心をするご主人様。

 

「ええ。あまり子供の服を売っている店が無いのでとても助かっています」

 

「いらっしゃいませ、何をおさがっ!?み、御遣い様!?それに黄忠様も!」

 

この店の女店主が奥から現れご主人様と(わたくし)を見て驚きの声を上げていました。

 

「こ、このようなみすぼらしい店に来ていただけるとは光栄です、御遣い様!」

 

「みすぼらしくなんかないよ。こんなに綺麗で可愛らしい服がたくさんあるのに」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ」

 

「う、うぅ~~~!」

 

「え、ええぇええ!?な、なんで泣くの!?」

 

女店主は服の袖で目じりを押さえて泣き出しました。

 

「こ、黄忠様以外にも分かってくださる方がいて、しかもそれが御遣い様だなんて……嬉しすぎです」

 

「し、紫苑。ど、どういうこと?」

 

「え、ええ。実はですね……」

 

(わたくし)は苦笑いを浮かべてご主人様に説明をしました。

 

「ここの店は少し奇抜な服、露出部分が多い服が多いため誰も購入していかないのです」

 

「そうかな~?俺の世界じゃこれくらい普通だったけどな。ほら、これなんか桃香に似合いそうだよ」

 

「う、うわ~~~ん!」

 

「うわあっ!な、泣かないで、あなたの服は良い物ばかりですから。もっと自信を持ってください」

 

「ご、ご主人様、それでは火に油を……」

 

「う、うううう~~~~~!そ、そんなに褒めて頂けるなんて嬉しすぎです、御遣い様~~~~~!うえ~~~~~ん!」

 

ご主人様のお褒めの言葉に感動でさらに泣き出してしまった女店主。

 

「おねえさん、泣かないで?いいこいいこ」

 

泣く女店主を頭を撫でて慰める璃々。

 

「な、なんて良い子なんですか、黄忠様のお子様は~~~~」

 

「あぁ……」

 

今度は璃々の優しさに泣き出してしまいました。

 

「ぐす……お見苦しい所をお見せしました」

 

「い、いや。そんなことないよ……うん」

 

あれから少し経ち、女店主は落ち着きを取り戻しました。

 

「ずず……それで、何をお探しでしょうか」

 

「え、ええ。(わたくし)の娘に似合いそうな服を探しに来たのだけれど」

 

鼻をすすりながら要件を聞く女店主に(わたくし)は璃々に似合う服は無いかを尋ねました。

 

「えへへ♪」

 

「そうですね……こちらの服などは如何でしょうか。まだ遊びたい盛りの様にお見受けしますので動きやすい服が良いのではないかと」

 

飾られていた一着を手に取り説明をしてくる。

 

「かわいい!おかあさん!璃々、あの服が良い!」

 

「う~ん。そうねぇ……確かに動きやすそうではあるのだけれど、直ぐに着れなくなってしまわないかしら?折角良い服なのに数回しか切れないのは勿体無いわね」

 

璃々は気に入ってくれたみたいですが、子供は成長が早いですからね。ぴったりの服を買っても直ぐに着れなくなってしまう恐れがありますから。

 

「でしたら、一回り大きな物はどうでしょうか?これでしたら最初はぶかぶかでもそのうちぴったりになるの思いますが」

 

店主は一回り大きく同じ服を取り出してきました。

 

「ならそれを一着頂こうかしら」

 

「毎度ありがとうございます!ただいまお包みいたします。少々お待ちください」

 

そう言うと女店主は店の奥へと消えて行ってしまいました。

 

「紫苑は自分の服を買わないのか?」

 

「ええ。(わたくし)にはここの服は似合わないと思いますので」

 

この店の服は可愛い服が数多くありますが(わたくし)には少々派手な気がします。

 

「そんなことないと思うよ。……あっ、これなんか紫苑にぴったりだと思うけどな」

 

ご主人様は店内を見回して一着の服を手に取り(わたくし)に見せてきました。

 

「そうでしょうか?このような服は(わたくし)よりも桃香様のような方が着た方が似合うと思うのですが」

 

「そんなことないって、紫苑ならきっと似合うよ。璃々ちゃんもそう思うよね?」

 

「うん!きっとおかあさんに似合うとおもうな!」

 

璃々は両腕を上げてご主人様に同意しました。

 

「宜しければご試着してみますか?」

 

店の奥で璃々の服を包んでいた女店主が笑顔で進めてきました。

 

「お店の人もああ言ってるし、着てみるだけでも良いんじゃないかな?」

 

「ご主人様がそう言うのでしたら……」

 

「ささ、こちらへどうぞ、黄忠様」

 

「え、ええ……」

 

笑顔で試着室を進める女店主に(わたくし)は苦笑いを浮かべながら試着室へと入りました。

 

「……」

 

ご主人様が手渡してくださった服を広げてじっと見つめる。

 

『紫苑ならきっと似合うよ』

 

「……あんな笑顔で言われては断りきれませんわ。本当に罪作りな方ですわね、ご主人様は」

 

そう言いながらも憎むことが出来ずにいる(わたくし)も既にご主人様に毒されているのかもしれませんね。

 

「ふふふ」

 

そう思ってくるとなんだかおかしく思えてきてしまいました。

 

そして、そんな罪作りなご主人様を少しいじめ、いえ、懲らしめてみようと思い立ちました。

 

「ご主人様?少しよろしいでしょうか?」

 

「ん?もう着替え終わったのか?」

 

「いえ……背中の留め具が留め辛く、出来れば留めて頂けないでしょうか?」

 

「え、えぇええ!?お、俺が!?」

 

「はい」

 

「で、でも……」

 

「っ!お嬢様~。美味しいお菓子がありますがお食べになりますか?」

 

「うん!」

 

「えっ、あ、ち、ちょっと!」

 

どうやら女店主は場の空気を読んで下さったのか璃々を店の奥へと連れて行ってくれたようですね。

 

「どうかしましたか、ご主人様?」

 

「え!?あ、いや……何でもないぞ」

 

ふふふ、ご主人様の慌てる姿が目に浮かびますね。

 

「では、お願いできますか?」

 

「う……」

 

ふふふ、さあ、ご主人様はどうするのでしょうか。

 

「そ、それじゃあ、後ろを向いててくれるかな」

 

覚悟を決めたのか、ご主人様は(わたくし)に後ろを向く様に言ってきました。

 

「後ろを向きましたわ」

 

「よ、よし、それじゃ……いくぞ」

 

ご主人様は布で遮られた試着室に手だけを入れてきました。

 

ふふふ、後ろを向いたなんて嘘なんですけどね。

 

「え?……うわ!」

 

(わたくし)は笑いながらご主人様の腕を取り、無理矢理に試着室へと引きづり込みました。

 

「ち、ちょ!し、紫苑!?」

 

「うふふ♪捕まえましたわ。ご主人様」

 

(むにゅ)

 

「し、しお、紫苑!む、胸、胸が!」

 

「あん♪」

 

(わたくし)の胸に顔を押し付けられたご主人様は慌ててもがく。その結果、ご主人様の手が(わたくし)の胸を鷲掴みにし、思わず声を出してしまいました。

 

「ご、ごめ、んむ!?」

 

「うふふ。そんなに(わたくし)の胸に触りたかったのですか?」

 

「ち、ちが!?」

 

「良いのですよ?思う存分(わたくし)の胸を堪能してくださいまし♪」

 

「んんっ!?」

 

「あれ~?ごしゅじんさまがいないよ?」

 

「っ!?」

 

璃々の声が聞こえご主人様は肩をびくっと震わせました。

 

お菓子を貰いに店の奥へ行っていた璃々が戻ってきたようですね。

 

「おかあさん!ごしゅじんさまは?」

 

「あらあら、近くに居ないかしら?」

 

「うん。おかあさんはまだおきがえ終わらないの?」

 

「ええ、ごめんなさいね」

 

「それじゃ璃々、ごしゅじんさまをさがしてきてあげるね!」

 

「あら、ホント?」

 

「うん!」

 

「でも、一人じゃ危ないからお店の人と一緒にね」

 

「は~い!」

 

「お任せください、お嬢様はしっかりとお守りいたします。黄忠様はごゆっくりとお楽しみください♪」

 

「ええ♪」

 

やはり、女店主は分かっているようですね。出なければ、ごゆっくりとなんて言わないですから。

 

「さあ、ご主人様。邪魔者は居なくなりましたわ、存分にお楽しみくださいな」

 

「ま、まさか、最初からこうなることを……」

 

「ふふふ♪さあ、どうでしょうね」

 

(わたくし)は微笑みながらもう一度自分の胸にご主人様の顔を押し付けました。

 

「んむ!?し、紫苑!な、なんでこんなことを!」

 

「それは、ご主人様がいけないのですわ」

 

「お、俺が一体、紫苑に何を……」

 

「お分かりになりませんか?」

 

「ああ、まったく……もし、紫苑に嫌な思いをさせてたなら謝るよ。ごめん」

 

「は~~」

 

ご主人様の謝る姿を見て思わず溜息を吐いてしまいました。

 

まあ、何となくそうではないかと思っていましたが……まさかこれほどまでとは……これでは桃香様も愛紗ちゃんも苦労なさったことでしょうね。

 

「し、紫苑?」

 

「ご主人様の悪い所はそういう所ですよ」

 

「え?え?」

 

「それは……んっ」

 

「んっ!?」

 

(わたくし)は戸惑うご主人様の唇に敬愛の誓いを籠めて接吻をしました。

 

「んっ……ちゅ、んんっ」

 

「んむ……ち、し、しお、んむっ!」

 

何かを言おうとするご主人様の口を自らの唇で無理矢理に塞ぎました。

 

「んっ……ぷは……ご主人様、これでご自身の悪い所を分かっていただけましたか?」

 

「えっ……あっ……え?」

 

「はぁ……まだお分かりにならないのですか?」

 

「いや、その……言いたいことは分かるんだけど……だって紫苑は……」

 

そこで口をつぐむご主人様。

 

ご主人様が仰りたいことは直ぐに分かりました。

 

「……夫は璃々が生まれる間に先立ちました」

 

「っ!?」

 

「それとも子持ちはお嫌ですか?」

 

「そんなことないよ。紫苑は魅力的な女性だよ」

 

そういうとご主人様は優しく抱きしめてくださいました。

 

「でも、俺なんかでいいのか?」

 

「ふふふ♪」

 

ご主人様のあまりにも間抜けな答えに思わず笑ってしまいました。

 

「な、なんで笑うんだ?」

 

「申し訳ございません、ご主人様。ですが、このような姿で女性が迫ったのですよ?なら、答えは一つではありませんか」

 

「うっ……そ、それもそうだよな」

 

ばつが悪そうに頭を掻き苦笑いをするご主人様。

 

「はい……お慕いしております、ご主人様……」

 

「紫苑……」

 

目を閉じ、もう一度ご主人様へ接吻をしようと顔を近づける。

 

「おかあさん!ごしゅじんさま、どこにもいないよ?」

 

「「っ!?」」

 

璃々の声が聞こえ、唇に触れる寸前の所で(わたくし)とご主人様は動きを止めた。

 

「あれ?ごしゅじんさまのくつがここにあるよ?ごしゅじんさまそこにいるの?」

 

先ほど無理やり試着室へ引き込んだ後、ご主人様は足場を汚しては不味いと思ったのか、(わたくし)に抱きしめられながらなんとか靴を脱いでいました。

 

「あ、ああ!ここに居るよ、璃々ちゃん」

 

言い逃れできないと思ったご主人様は璃々に話しかけました。

 

「い、今、紫苑が着替えてるのを手伝ってるんだ!」

 

「そうなんだー!おかあさん、きれい?」

 

「あ、ああ、綺麗だ……ぶっ!?」

 

璃々の質問に答えていたご主人様は徐に(わたくし)を見て噴出していました。

 

「どうしたの、ごしゅじんさま?」

 

「げほ!げほ!なんでもないよ、少し咽ただけだから。もう少し待っててね」

 

「はーい!」

 

「(し、紫苑!なんで裸なんだよ!)」

 

小声で話しかけてくるご主人様。

 

今更ですが、ご主人様は(わたくし)が裸だったことに先ほど気が付いたようでした。

 

「(あら、いやですわ、ご主人様。先ほど、背中の止め具が止められないと言ったではありませんか♪)」

 

「(そ、そうだけど……)」

 

「(まあ、ご主人様が差し出してくださいました服は背中に止め具などは無いんですけどね♪)」

 

「(っ!?ま、まさか、最初からそのつもりで……)」

 

「(ふふふ、さあ、どうでしょうね?)」

 

「おかあさん、ごしゅじんさま、まだー?」

 

「もう直ぐ着替え終わるから、待っててね璃々」

 

「はーい!」

 

「(それではご主人様。着替えてしまいますのでもう少々お待ちくださいね)」

 

(わたくし)は微笑みながらご主人様に小声で話しかけ、試着を再開いたしました。

 

「どうかしら、璃々」

 

着替え終わり、試着室から姿を現す。

 

「わ~~~!おかあさん。きれい!」

 

「ふふふ、ありがとう。ご主人様も如何ですか?」

 

「あ、う、うん……綺麗だったよ」

 

「あらあら、ふふふ♪」

 

ご主人様の返答に思わず笑ってしまいました。

 

「そんなに裸の方がよろしかったのですか?」

 

そして、ご主人様の耳元で囁いた。

 

「え?……っ!ち、ちが!違う違う!そう言う意味で言ったわけじゃないよ!」

 

ご自身の言ったことの意味を理解したのか、慌てて否定する。

 

「ふふふ、そんなに慌てなくてもよろしいのですよ」

 

「ほ、本当にそう言う意味じゃないんだって!なんて言うか……あまりにも似合ってたから見惚れちゃって……あぁぁ~~!今のなし!聞かなかったことにしてくれ!」

 

言い訳をするご主人様でしたが、またその言い訳も歯の浮くような台詞で恥ずかしくなったのか顔を赤くしていました。

 

「ふふふ、いいえ。しっかりと覚えておきますわ、ご主人様♪」

 

「うぐぅ……し、紫苑って結構、意地悪だな」

 

「そのようなことはないと思いますが……でも、なぜかご主人様を見ていると苛めたくなってしまうのよね。どうしてかしら?」

 

(わたくし)自身も良く分かりませんでした。でも、慌てるご主人様を見るとさらに慌てた姿を見たくなり苛めたくなってしまうのは確かでした。

 

「はぁ、もう好きにしてくれ……ああ、この服俺がお代出すから」

 

「っ!ご主人様に買って頂くなんて、申し訳がありません」

 

「いいって、俺が薦めた服なんだから俺が出すよ」

 

「で、ですが……」

 

「いいからいいから、この服を着た紫苑がまた見られるなら安いくらいだよ」

 

「では、お言葉に甘えまして。ありがとうございますご主人様」

 

「まいどありがとうございます。こちらの商品はこのお値段になります」

 

「っ!?……こ、こんなにするの?」

 

「はい。なにぶん、希少な糸や布を使っていますので」

 

ご主人様は請求書を見て驚いていました。そんなにこの服は高いのでしょうか?確かに珍しいつくりではありますが。

 

「ご主人様、本当によろしいのですか?」

 

「お、男に二言は無い!」

 

ご主人様は冷や汗を流しながら胸を張っていました。

 

ふふふ、男の意地というやつでしょうか。

 

「毎度ありがとうございます!」

 

「は、ははは……しばらくは貧乏生活だな……はぁ」

 

財布を覗きながら溜息を吐くご主人様。

 

「まあ、紫苑の綺麗な姿を見れたからいいか」

 

「あらあら、ご主人様ったら」

 

何気なく言ったのでしょうか、ご主人様は財布をしまいながら女子(おなご)が顔を赤らめるような言葉を言っていました。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「いいえ。ふふふ♪」

 

「?」

 

やはりご自分の言ったことに気が付いていないご主人様に(わたくし)は微笑んでいました。

 

(ぐぅ~)

 

何処からともなく音が聞こえてきました。

 

「うっ……そうだった。俺、昼を食べる為に町に来たんだった」

 

「あらあら、そうだったのですか?」

 

そう言えば、既にお昼はとうに過ぎていましたね。(わたくし)と璃々は既にお昼を済ませていましたが、ご主人様はまだだったのですね。

 

「ふふふ。では、服を買って頂いたお礼にお昼は(わたくし)にお任せください」

 

「え?そんなの悪いよ」

 

「持ち合わせはあるのですか?」

 

「うぐっ!」

 

図星を突かれご主人様は声を詰まらせました。

 

「で、でも、折角の親子水入らずなのに邪魔しちゃ悪いよ」

 

そう来ましたか……ですが、それは悪手ですよ、ご主人様。

 

「そんなことありませんわ。それに璃々も御主人様と一緒に居たいわよね?」

 

「うん!璃々、ごしゅじんさまといっしょに居たい!」

 

「璃々もああ言っています。もう少しご一緒してください、ご主人様」

 

「う、う~ん……」

 

ふふふ、悩んでいますね。もう一押しと言う所でしょうか。

 

「(璃々……)」

 

「?……っ!うん!」

 

璃々に小声で話しかけると初めは小首を傾げていましたが直ぐに理解したのか頷きました。

 

ふふふ、さあ、ご主人様。この攻撃に耐えられますか?

 

(くいっくいっ)

 

「ん?なんだい、璃々」

 

璃々はご主人様の服の袖を摘まみ引っ張りました。

 

「璃々、ごしゅじんさまともうすこし居たいな?」

 

「ぐっ!」

 

「だめ?」

 

「う、うぅ~~~……はぁ、負けたよ」

 

(なでなで)

 

「えへへ♪」

 

「でも、璃々を使うなんて卑怯だぞ、紫苑」

 

璃々の頭を撫でながら(わたくし)に話しかけてくるご主人様。

 

「あらあら、なんのことですか?」

 

(わたくし)は微笑みながらとぼける。

 

「紫苑にはかなわないな……本当にいいのか?」

 

「ええ。では、参りましょう。美味しいお店をご紹介しますわ」

 

「御遣い様、黄忠様、またお越しください!」

 

「ああ、また来させてもらうよ」

 

ご主人様は笑顔で答え店を出ました。(わたくし)と璃々もそのあとに続いて店を出ました。

 

「それでは、ご案内いたしますわ」

 

「ああ、よろしくたっ」

 

「見つけましたよ、ご主人様!」

 

「え?」

 

「あら」

 

店を出てご主人様を案内しようとした矢先でした。

 

凛とした張りのある声に(わたくし)たちは振り返りました。

 

「あ、愛紗!?なんでここに?」

 

「なんでここに?ではありません!昼を食べに行くと出かけ、一体何刻経っていると思っているのですか!」

 

「え?え~っと……今、何時だ?」

 

「っ!三刻です!執務室を出て既に三刻も経っているのです!」

 

愛紗ちゃんはご主人様を睨み付けながら詰め寄っていました。

 

「愛紗ちゃん、少しは落ち着いて」

 

「紫苑は黙っていてもらおう!」

 

「でも、そんなにご主人様にお顔を近づかれてはちょっとした拍子に口付してしまいますよ」

 

「え?……っ!な、何を言い出すのだ紫苑!」

 

(わたくし)の言葉に愛紗ちゃんは慌ててご主人様から離れました。

 

「ごほん!な、なぜ紫苑がご主人様と一緒に居るのだ」

 

「璃々の服を買いに町へ。そして偶然ご主人様にお会いした、ということです」

 

「そうか……ん?それにしてもそんなに璃々の服を買ったのか?」

 

「いいえ。これはご主人様が(わたくし)に選び買って頂いた服ですわ」

 

「なっ!?」

 

「おかあさん、すごくきれいだったんだよ!」

 

「ほ、ほ~~う……服をね……ご主人様が……」

 

愛紗ちゃんは眼を鋭くして袋を睨み付けたあとご主人様を睨み付けていました。

 

あらあら、(わたくし)、眠っていた獣を呼び起こしてしまったかしら?

 

「兎に角、城へ戻りますよ!仕事は山積みなのですから、サボっている暇は無いのですよ」

 

「ち、ちょ!俺まだ昼を!」

 

「言い訳は戻ってから聞きます。今日は終わるまで執務室から一歩も出しませんからね!」

 

愛紗ちゃんはご主人様の手を握り城へと連れ帰ってしまいました。

 

「し、紫苑、ごめんな!璃々ちゃんも!ま、また今度誘ってくれ!あ、愛紗、そんなに引っ張らなくてもちゃんと歩くって!」

 

ご主人様は(わたくし)と璃々に謝りながら戻って行きました。

 

「あらあら、残念だったわね」

 

「うん……」

 

「ふふふ、また今度、誘ってみましょ。今度はご主人様がお暇な時にね」

 

「うん!」

 

残念そうにしていた璃々でしたが、笑顔で頷いてくれました。

 

「さあ、残りのお買い物を済ませてしまいましょう」

 

「は~い!」

 

(わたくし)は璃々の手を取り、ご主人様たちとは逆へ歩いて行きました。

 

《一刀視点》

 

「はぁ……」

 

俺は今、言葉通りに椅子に縛り付けられていた。

 

(ぐぅ~~~~~)

 

「うぅ……ひもじい」

 

お昼を食べそこね、愛紗に連れ戻されてからなにも口に入れていなかった。

 

「それに、なんで明日に回しても大丈夫なものまで今日中にやらないといけないんだ」

 

………………

 

…………

 

……

 

(どんっ!)

 

『こちらも今日中に終わらせてもらいます』

 

机の上に置かれる大量の書簡と竹簡。

 

『ええ!?これって明日でも大丈夫なやつだろ!?なんで今日中なんだ!?』

 

『三刻もサボっている余裕があるのですから、これくらい出来ないことはないですよね』

 

愛紗は腕を組み、睨み付けながら言ってきた。

 

『もちろん、すべて終わるまで、一歩もここからは出しませんよ』

 

『ちょ!し、縛ることないだろ!?』

 

『いいえ。ご主人様の事です。またすぐにどこかへ行ってしまうに決まっています』

 

『俺ってそんな信用無いのか……』

 

『信用されたいのでしたら、しっかりとサボらずに!ご自身の仕事を真面目に!してください』

 

愛紗は言葉の節々を強調して俺に言ってきた。

 

『わ、わかったよ。で、でも何か食べ物を……』

 

『愛紗ーーーーー!大変なのだ!』

 

『どうした鈴々。騒がしいぞ』

 

大声を上げて鈴々が部屋へ駈け込んできた。

 

『また、あの蝶々仮面が現れたのだ!』

 

『なんだと!くっ!ここにも現れるのか。場所はどこだ!』

 

『あ、あの愛紗、食べ物を……』

 

『市場なのだ!』

 

『よし、案内しろ、鈴々!』

 

『がってんしょうちなのだ!』

 

『あ、愛紗』

 

『それではご主人様、私と鈴々は現場に向かいます』

 

『あ、うん。それは分かったけど、食べ物を……』

 

『では行ってまいります!』

 

『行ってくるのだ!』

 

『食べ物を……行っちゃった』

 

愛紗と鈴々は得物を担ぎ執務室から駆け出して行ってしまった。

 

『……とりあえず、仕事を進めるか。誰か来た時に頼めばいいよな』

 

俺は筆を取り仕事は開始した。

 

………………

 

…………

 

……

 

「そしてあれから4時間くらいか、愛紗どころか誰も来ない……」

 

(ぐぅ~~~~)

 

俺の腹が何か食わせろと抗議するかのように鳴く。

 

「はぁ、お腹空いたな~」

 

(こんこん)

 

「ん?今部屋をノックする音が聞こえたような気がしたけど、空腹で幻聴まで聞こえてきたのかな?」

 

(こんこん)

 

「ご主人様?いらっしゃいますか?」

 

「この声は紫苑?」

 

幻聴かと思われたノックの音はどうやら幻聴ではなかったようだ。

 

扉の向こうから紫苑の声が聞こえてきた。

 

「どうぞ、開いてるよ」

 

(がちゃ)

 

「失礼いたします、ご主人様。ご気分は如何ですか?」

 

「うん、まあ、空腹以外はいつも通りかな」

 

「ふふふ、そう思いまして料理をお持ちいたしましたわ」

 

「おぉ~!?し、しお~~ん!」

 

俺は感動のあまり泣きそうになった。

 

「あらあら、泣くほど嬉しいのですか?」

 

「だ、だって紫苑と別れてから何も食べてないんだよ」

 

「あらあら、では……」

 

「あ、あの紫苑?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

紫苑は蓮華ですくい俺の口元へ運んできた。

 

「自分で食べられるから」

 

「いいえ。ご主人様は仕事をお続けください。今日中に終わらせなければいけないのでしょ?」

 

「そ、それはそうだけど……食事中くらいゆっくりと」

 

「あ~ん」

 

「……あ、あの、紫苑?」

 

「あ~ん」

 

「だからね?」

 

「あ~ん」

 

「俺の話を……」

 

「あ~ん」

 

「……あ、あ~ん」

 

俺は等々折れてしまい口を大きく開けた。

 

「どうですか、ご主人様?」

 

「……ん、あ、ああ、おいしいよ」

 

「そうですか♪それでは、もう一口。あ~ん」

 

「……あ、あ~ん」

 

また差し出す紫苑に俺は口を開けた。

 

うぅ……逆に恥ずかしすぎて味どころか仕事も手に着かないよ。

 

そして、それから数十分、紫苑に食べさせてもらい、ようやく俺の腹は落ち着いた。

 

「ごちそうさま、紫苑。美味しかったよ」

 

本当はあまり味が分からなかったんだけどね。

 

「ふふふ、お粗末様です……あら、ご主人様。口元にお米が付いていますわ」

 

「え?どこだ?」

 

俺は口元を探り、お弁当を探した。

 

「反対側ですわ。(わたくし)がお取りしますね」

 

「ありがとう、しおっ(ちゅっ、ぺろっ!?」

 

紫苑はあろうことか顔を近づけてお弁当のあるあたりをペロッと舐めてきた。

 

「んっ……ふふふ、取れましたわご主人様」

 

「し、紫苑……な、何をして」

 

「ふふふ、ご主人様の口回りは、ちょっとお塩が効いてとても美味しいですわ」

 

「そ、それは炒飯の塩加減で……」

 

「ふふふ。ではご主人様。お仕事がんばってくださいね」

 

「え?あ、うん……」

 

紫苑はそれだけを言うと食器を片付け、出口へと向かっていった。

 

「ご主人様?」

 

「え?な、なに?」

 

「ごちそうさまでした♪」

 

「っ!?」

 

「ふふふ♪」

 

紫苑は一言告げ、微笑みながら部屋を出て行った。

 

「……こちらこそ、お粗末様です……」

 

紫苑の行動に動揺しながらも俺はポツリとつぶやいたのであった。

 

《To be continued...》

葉月「約一か月ぶりでーす!私は生きていますよ!」

 

愛紗「……死ねばいいのに」

 

葉月「何か言いましたか?」

 

愛紗「何も言っていないぞ」

 

葉月「今、魏軍の罵倒軍師のような発言が聞こえたような気がしたんですけど」

 

愛紗「幻聴だ」

 

葉月「う~ん……疲れてるのかな?」

 

愛紗「過労死してしまえ」

 

葉月「っ!やっぱり言ってるじゃないですか!」

 

愛紗「気のせいだ」

 

葉月「気のせいじゃないですよ!」

 

愛紗「なら、気の迷いだ」

 

葉月「別に迷っても居ません!と、兎に角、今日のゲストは紫苑・璃々ちゃん親子です!」

 

紫苑「あらあら、随分と荒れていますね、愛紗ちゃん」

 

愛紗「くっ!誰のせいだと!」

 

璃々「愛紗おねえちゃん、こわい……」

 

愛紗「わぁあっ!べ、別に怒っているわけではないぞ!だからそう怯えるな!」

 

璃々「ほんと?」

 

愛紗「ああ、本当だとも!」

 

葉月「……計画通り」

 

紫苑「あらあら、悪いお顔をしていますわよ、葉月さん」

 

葉月「こうなることを予想して璃々ちゃんをゲストに呼んだ作戦勝ちですよ」

 

紫苑「あらあら、どこかの悪巧みが上手い、商人の様ですわね」

 

葉月「そう言う紫苑も作中で色々と策を弄しているように見えましたが?」

 

紫苑「ふふふ、(わたくし)の様な女性は殿方を射止めるにはあれくらいしなくては振り向いて頂けませんから」

 

葉月「なるほど、熟女は積極的にせめっ(スコーンッ!)!?」

 

紫苑「何か、おっしゃいましたか?」

 

葉月「え?あ、いや……し、紫苑さんの様な美しい女性は積極的に責めないとダメですよね!あは、あははははっ!」

 

紫苑「あらあら、そんな褒めても何も出ませんよ」

 

葉月「ほ、本当の事ですから!」

 

紫苑「ふふふ♪そうですか」

 

葉月「(こ、殺される!あと少しで射殺される所だった!)」

 

紫苑「ところで葉月さん」

 

葉月「はい!な、なんでしょうか!」

 

紫苑「なぜ、あそこで止めてしまったのですか?」

 

葉月「え?」

 

紫苑「ですから、なぜ閨の場面を書かなかったのですかと聞いているのですわ」

 

葉月「だ、だって、この話は未成年者も読むわけですし」

 

紫苑「以前、愛紗ちゃんと桃香様のお話は書いたと伺いましたが?」

 

葉月「だ、誰からそれを!」

 

紫苑「ある筋からの確かな情報ですわ」

 

葉月「ある筋って誰ですか!」

 

紫苑「それは秘密ですわ。ただ、蝶とだけ言っておきましょう」

 

葉月「……」

 

紫苑「さあ、どうして書いていただけなかったのかお聞かせくださいますね?」

 

葉月「そ、そろそろお開きの時間となりました!それではみなさん!また次回お会いしましょう!次回は投票第二位の桃香が主役です!それではまたーーーーー……」

 

紫苑「あらあら、逃げられてしまいましたか。璃々、(わたくし)たちも帰りましょうか」

 

璃々「は~い!それじゃ、愛紗おねえちゃん、またね」

 

愛紗「ああ、また……ん?……し、しまったーーーー!今回まったく会話に参加していなかった!くっ!葉月め!どういうこ、と……って、誰も居ないではないかーーーーーっ!」


 
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