No.54547

Criminal-クリミナル- 《始祖の原罪》【1】

盗賊を相手に盗みを働く"アンチシーフ"のニクス・デザイアはある日、素性の知れない少女二人組と出会うが…?逃避行ファンタジーな感じです。

2009-01-27 18:28:43 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:766   閲覧ユーザー数:685

プロローグ:

 

「ぐぁあぁぁぁぁ!!!!」

薄暗い路地裏の中、男の声だろうか。

断末魔が辺りに聳える建物を叩いた。

支えを失った男の身体が鮮血を迸らせつつ倒れるのを尻目に、ポニーテールで纏めた金色の髪を靡かせながら、軽装の鎧を纏った少女・インフィは雨音が支配する路地裏を走り抜ける 。 もう一人の黒髪ショートヘア、袖口が

ラッパのように広いジャケットと、黒いジーパンの動きやすい格好をした少女ーティアと共に。

 

 

左手には大剣を。

 

右手にはティアの手を。

 

ー絶対に放すまい、と。

 

 

「まだ、走れますか?」

インフィは極力体力を維持する速さで走りつつ、少々息を切らしているティアの様子を窺う。雨が服にしみこんで思いの外動きにくく、余計に体力が削がれている事も危惧した。

「うん、まだ・・・大丈夫。」

濡れた黒髪が顔に張り付いたその顔は少なくとも活力は感じられず、眼は力無く不安の色が見え隠れする。

「迂闊でした。まさかバレてしまうとは・・・私がもう少し注意をしておけば!」

「インフィの…所為じゃない。」

インフィは無意識に手にした大剣に力を込め、そのまま突き当りから現れた男を薙ぎ払う。

 

聴きたくも無い断末魔から精一杯逃れる様に、インフィとティアは何処まで続くか分からない路地裏を疾走し続けた。

時に邪魔な木箱を、廃棄物の袋を大剣で退かしながら何度目になるか知らない角を曲がる。

そもそも路地裏で大剣を振り回す行為自体至難極まりないのだ。

一刻も早く町を出る事に越したことは無い。

 

走っている甲斐がある事を確信できるように、町の外壁が近くなって来た。

 

もう少しで外に出られるー

 

インフィが、そう安堵したと同時ー背後から銃声が響く。

 

斬り伏せた筈の町人が発砲してきたのだ。

路地裏なので追跡を逃れる事においては優位なものの、弾丸をかわす広さでは無いのが逆に仇となった事にインフィは舌打ちをする。

 

自身の大剣をティアに翳して銃弾から守る盾にする。

当然、自身の防壁など用意できるわけが無い。

負傷しているので狙いは定まっていなかったのか、弾は数発撃ち込まれたものの、インフィの腕に銃弾が掠るだけに終わる。

 

「うっー!」

痛みに顔を顰め、インフィは腕の傷口から嫌に熱い血が滲むのを感じながら即座に次の角へと身を隠し、追撃を逃れる。

 

どうしてー

 

どうして、世界はこうも冷たいー?

 

 

先程まで談笑をも交わせていた町人が掌を返すように襲いかかってくる。

こんな狂ったような状況に、インフィとティアは幾度も投げ出されて来た。

 

何度こんな目に逢えば良いのだろう。

何度、疲弊して曇り切ったティアの顔を守り続ければいいのだろう。

 

体力はおろか気力さえ萎え、収縮してしまいそうになる自分を叱咤する。

 

そうだ。ティアの心中はこんなものじゃない。

 

自分を比べる者が守るべき人である筈のティアしかいないのも、

比べる事で最早自分を保てなくなっているのも皮肉である。

 

漸く、二人は町の出口が直視できる大通りへ面する道へ出る。

そこには、やはり数人の町人が出口を封鎖するように囲んでいた。

 

「すぐに済ませて参ります。どうか、ここでじっとして居て下さい」

 

ティアを物陰に隠れさせると、インフィは既に雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔を腕で擦り、出口に集まって封鎖していた町人達へ奇襲をかけ、抵抗させる暇さえ与えず一方的に斬り伏せた。

余計な小回りを利かす必要が無く大剣を存分に振るえる分、殲滅は路地裏の場合よりも容易に済ませる事が出来た。

 

ある者は首を、ある者は脇腹を、皆悉く急所をごっそり削がれて倒れ伏す。

大量の血を流し、町人の一人が放った最期の言葉がインフィの耳朶に響いた。

 

「世界に仇為す穢れた罪人めー今にー裁かれるーがーいい…」

 

インフィは、虚ろ気な目でその町人を見降ろしながらその言葉を反芻する。

 

「世界に仇為す穢れた罪人ー…」

 

そして、思わず死した町人へ怒号を投げ返していた。

 

「罪人、罪人、罪人ー…そうやって責め立ててくるのは貴方達ではないかっ!!」

 

 

 

空虚。

 

何を言っても、声が届く事は無いと知っているのに。

 

激情が烈火の如くインフィの身体を駆け巡るが、降り頻る雨が彼女の頭を冷やしていく。

 

町を出るのに一刻を争うのだ、留まる理由は無いとティアを潜ませた方へと踵を返す。

 

後に残るは虚しい雨脚が世界を叩く音だけ。

インフィの大剣に付着した血も綺麗に洗い流されていくのが分かる。

 

しかし、地面は確実に血で染まっていくだろう。

 

恨みなど無い。憎しみなど、ありはしないのに。

 

自分が斬ることで、確実に憎悪は増幅していく。

 

そして、集約された憎悪が向かう先は、恐らく追われているティア本人だろう。

 

それでも……

インフィは、斬らない訳にはいかなかった。

 

 

 

インフィは、護らない訳にはいかなかった。

 

 

 

インフィは、祈らない訳にはいかなかった。

 

どうかー

 

どうか、この「悪夢」を この雨で全て洗い流して下さい…

第一章:光射すは暗淵の果て

 

 

 

「腹痛ぇ~…」

活気ある行商人達の集う大通りで、どこか場違いな台詞が漏れる。

腰に吊った剣は、容姿と比べると持つに値しない鋭さを持った両刃剣。

銀の髪は、この大勢の買い物客や商人の中でも一際目立つ。

人の熱気で長袖で固めた服の中は汗まみれ。だが、今はそんな瑣末な問題等どうでもよい。

少年ーニクス・デザイアは、腹痛に苛まれていた。

便意を催した人にとって、この賑やかな売り手の掛け声も腹痛を加速させる

下剤でしか無い。

 

「ぐあぁぁぁ・・・っあっあっあっ!!」

いきなり峠である。

と言うのも、用をたす便所が何処にも存在しておらず、行商人も品々を

広げて客を捕まえているのに多忙で訊いても全く相手にしてもらえないと言う不遇さ。

 

「せっ、世界はどうしてこうも冷たいの・・・?」

腹の中が世界の終末的抽象風景を描き出すかのように暴れ狂うので最早喋る事も辛い。

(くぬぅっ・・・げ、限界、だにゃも。。だ、誰かに・・・場所を)

そして、腹の痛みが進行すると、人は例外なく珍妙な言語を話しだす。

「は、はのっ、こにょあひゃりにおひぇあらいわ・・・(あ、あのっ、この辺りにお手洗いは・・・)

涎を出し、上目使いで余裕の無い変質者の類に分類される顔色と実に異質な言語を話すニクスを見て、

話しかけられた女性は驚愕し、即座に本能の赴くままに自己防衛を開始する。

「き・・・キャアァー!!!!変態!!」

腹に蹴りを入れられ、逃亡される。

「お、おひょっ・・・?!?」

止めの一撃をクリーンヒットで腹に貰ったニクスは、そこに跪いて地面を舐める。

腹の痛みが極限にまで達すると、人は例外なく誠に奇怪な行動を取るようになるものだ。

ニクスは芋虫のように地を這って便所を目指す。

「まだだ・・・まじゃ、俺は堕ちん、ぞっ!」

人通りの多い大通りにて、一部異様な光景の出来上がりである。

 

しかしー誰もそれを気に留めることは無い。

腹痛は、本人にしか分からない一大事なのだからー

 

そして、遂に栄光は訪れた。

横目で「男女」のシンボルが描かれた建物を発見。

ニクスは腹痛も介さず立ち上がり、顔に満面の笑みを浮かべる。

その顔に満ちるのは、「開放」の一言。

「俺は、勝った・・・!俺は、人生の勝利者に輝く絶対神なのだァー!!!!」

最早文脈も狂ってしまうほど歓喜に打ち震え、ニクスはその建物へラストスパートをかける。

 

だが、彼は失念していた。

ーその建物自体に、最後の難関が待ち受けていると言う事を。

 

 

満室。

 

その言葉は、一体どれだけの絶望を生みだせば気が済むのだろう。

 

ニクスは一向に出る気配の無い扉に爪を立てながら、死人の顔で寄り掛かっていた。

ラストスパートを掛けたのでもう遠くの便所へ行く気力も腹の耐久力も残っていない。

 

(神は・・・俺を、見捨てたのか・・・へへっもっと格好いい終わり方が良かったぜ・・・)

 

そんな一刻の猶予も残されていないニクスの頭に禁断の思考が過るのに、そう時間は掛からなかった。

 

(待て・・・そうだ。まだ秘奥義・・・いや、裏奥義と呼べる手段が残されているー!)

 

男にとっては禁断の聖域(?)ー女子トイレ。

 

 

最も、その女子トイレも全室塞がっていたのであれば諦めもついたものだが、悪魔の悪戯か、

ニクスが覗きこんだ女子トイレは― 無人。

 

まさに楽園の花畑が広がっているかのような幻視をニクスは垣間見たと言う。

 

何度も申し上げるが、腹の痛みが極限すら超越すると、人は例外なく恥も外聞もかなぐり捨てて

本能の命令を遂行しようとする。

 

 

言わずもがな ニクスは、その禁断の一室で真の開放を味わい尽くした。

 

さて、"行きは良い良い帰りは怖い"と言う子守唄があるように、ここからの脱出がニクスの次の懸案事項となる。

 

今から出て、女性が一人でもいたらそりゃぁもう全力でアウトである。

 

少なくとも、折角場所を把握したこの手洗いには近づけなくなるかもしれない。

ニクスは便所の扉に耳を近づけて外の状況を窺う。

 

無音ー早速脱出のチャンス到来。

 

ニクスは元々よく考えないで行動する少年である。

普通、何かしらの特殊能力でもなければ、トイレ内部は兎も角トイレ外部の状況は全く感知できないのだ。

つまり、女子トイレに入った時点でニクスは絶対的な脱出は不可能である。

窓から出るーなどと言った手段は構造上通用するかもしれない。しかし、このトイレは換気扇式。

加えてニクスはそんな考えを巡らせはしない。彼は腹痛状態であろうが判断力に欠けていた。

 

目が合う。

 

それは丁度女性・男性トイレの境目であり、もう数歩歩いていれば或いはニクスの裏奥義は隠匿できたかもしれない。-しかし、運命は皮肉である。

 

少女が居た。-しかも、トイレの方を向いて。

 

金髪の髪を長いポニーテールで纏め、軽装の鎧姿は女の子らしさを微塵も感じさせない出で立ち。

片腕には負傷の跡がくっきり残っている包帯の跡。

そして、眼に付くのは腰に下げた、自分の得物よりも持ち主の容姿に似合わぬ巨大な大剣。

顔は、美が付いても文句は無い少女の柔らかさとーどこか疲弊した少女らしからぬ翳り。

 

状況が状況だが、ニクスは目が合ったこの少女から視線を離せずにいた。

その眼は、どこまでも穢れの無い空を映したようなー深い蒼穹の星。

その底の見えない蒼は、ニクスをその大空へ抛り出すような解放感を与える程だった。

 

この女の子は、自分の瞳を見てー何を感じているだろう。

不意にそう思ったニクスだが、それを思ったことによって自身の現状に立ち戻る。

 

「ぁー・・・トイレまちがえちゃった~☆」

目を泳がせながら、ニクスは再度男子トイレへ入る事にした。

余りにも苦しい言い訳だったが、少女は何も言う事無くニクスから視線を外してくれた(?)

 

「ぅしっ、上手くいったみたいだけど・・・」

ニクスはある事に気付いていた。

少女が辛そうに微笑んでー視線を外した事。

(思いの外受けが良かったか?)

 

如何せん、その真意に辿り着く事は出来ずにー彼女が居なくなったトイレを後にした。

腹の調子も快調、その波に乗ってニクスは"アンチシーフ"としての今回のクライアント(雇い主)を探しに盗賊ギルドへと足を運んだ。

"アンチシーフ゛とは、盗賊達からの金品等の奪取を目的とした職業である。

なので盗賊ギルドからの情報受注をしない手は無い。今や常套手段化していると言っても過言では無いだろう。

そして、盗賊ギルドとはそのままの意味で「盗み」の仕事斡旋所である。

クライアントから依頼を受け、その依頼ーつまりあらゆる「盗み」をこなす事で報酬を頂くプロセスで

盗賊ギルドはクライアントの情報-仕事そのものを売っている。

 

本物の盗賊ーつまり旅人から直接金品を奪う賊とは一線を画す仕事なのでその類からは敬遠されがちだ。寧ろ天敵と呼んで差支えないだろう。

 

しかも、この盗賊ギルドも、とある巨大情報組織・"GAT"の管轄下に置かれている組織で、

取り締まろうものなら逆にGATからの報復を受けることとなるので安易に潰す事は出来ない。

GATから見れば、盗賊ギルドは単なる資産収集の一環でしかないとの事。

ならば、GATは一体何を目的としているのか。

公式にはこの超広大世界-"メガリス"の世界調査の全制覇となっている。

余りの広さに地域毎に孤立している箇所も珍しくは無く、一切の異地域との交流が無い事もある。

故に、全世界調査に乗り出しているのがGATであり、その末端の一つが盗賊ギルドなのだ。

 

「おっさーん、仕事あるー?」

おっさんと呼ばれたギルドマスター・ゼオルは不機嫌そうな顔をあげてニクスに向き直る。

顔を上げた際に顔に被せていた本が滑り落ちるがゼオルは気にしなかった。

年を取っているように見えるが、高く見積もっても三十代前半。ギルドマスターと言う

高位の役職にしては若い。薄手で長袖のセーターを羽織って茶色のズボンを穿き、髪もまだまだフサフサの赤毛を振り乱している。

仕事場に居るにしては所帯染みた不精溢れる格好をしている。序でに無精髭も生えており、

煙草を燻らせ始めて背もたれ椅子に全体重を預けているので、甚だ働いているようには見えない。

服装や就業態度に規定が無いのはギルドマスターの特権だろうか。

仕事柄そういった規律が薄いのも原因がもしれない。

 

 

躊躇なくおっさん呼ばわりされたゼオルは面倒臭げに客の対応を始める。

「んだぁ?いつぞやのガキじゃねーか。」

「ガキでも仕事はこなしてんだから文句は無しだぜ?金が無くなって来たから仕事くれよ!」

「はっ、んなモンまぐれだって相場は決まってんだよ。幸運は続かね~」

嫌らしい笑みを浮かべてニクスに紫煙を吐きかける。

「ゲホッガハッ、運じゃないつーの・・・」

 

「ほぉ~、言うじゃねぇか・・・なら、こいつはできんのか?」

ゼオルがニクスに依頼書をちらつかせる。

「ん?どんなん?」

ニクスが受け取った依頼書の内容は、こう書かれていた。

(盗賊団・グリーズから我が宝物(ほうもつ)を取り戻して欲しい。宝物の詳細は、黒い宝石で名称をダーク・トゥインクルと呼ぶ。)

「盗賊団・グリーズ?こいつらからこのダークなんたらって宝石を持ってくればいいのか?」

盗賊ギルドの依頼で奪取したモノは、この盗賊ギルドを介して雇用主(クライアント)へ納品することになっている。

そして、盗賊ギルドから、クライアントより支払われた依頼料の内から報酬をギルドシーフへと支払われる。

「報酬が高ぇ分、難度も前の仕事とは比べ物にならねぇ筈だ。一応言っとくが命の保証なんぞ期待するなよ。」

ゼオルは躊躇なく客の欲しがる情報を提示し、危険度の高いことを示唆する。

どんなに幼かろうが客であろう以上、彼は差別する事をしない。

「そんな保証、この世界じゃ紙よりも薄い保証じゃん。されてもいらねーって。」

ゼオルは悪びれもせず大笑いする。

「っはっは、だろうな――で、どうするよ、やめとくかぁ?これはホンの顔見せだ。引き受けて情報料払うんなら本格的な賊の居場所諸々を提供させてもらう。」

挑戦的なゼオルの焚きつけに、ニクスは思案する。

情報料を払うのはいいが失敗すると払った分無駄になる上、賊を相手取るのだ。

ギルドマスターの言ったとおり、命の保証は全く無いと言っていいだろう。

ここは自身の力量を的確に見極め、判断できる者が生き残るシビアな所だ。

「何言ってんだよオッサン。俺は――"アンチシーフ"だぜ?」

しかしーだからこそ、自分を自分たらしめるには丁度良い証明の場となる。

「で?」

「受けるに決まってんじゃねーか!」

ニクスは場違いな熱血ぶりを振りまいて情報料を机に叩きつけた。

 

ーしかし、そうは問屋がおろさない事もある。

 

ギルドマスターことゼオルは、真剣な眼差しでニクスを睨み――冷ややかに言い放つ。

 

「お前じゃ、無理だ」

ニクスは虚を突かれたようにたじろぐ。

 

「なっ、何で!」

ゼオルはその双眸に怜悧な光を灯しながら視線を落とす。

 

 

その突き刺さる様な視線の矛先には、ニクスが叩きつけた手ーもとい、手が握っている

 

 

金。

 

 

 

 

「情報料が――思いっきり足んねぇんだよっ!!!!!」

情報料が足りず、盗賊ギルドから追い出されたニクスは、

別口から金を稼ごうと思案していた。

街道の人混みは熱気を極め、盗賊ギルド内の涼しさが希薄になる。

 

「とは言え、んな簡単に儲け話が転がってる訳ないんだよなぁ・・・」

別にもっと情報料の安い仕事を探せばよかったのかもしれないが、

それすらも届く事の無い己の持ち金を見る勇気は微塵も無い。

情報料を後払いで仕事をさせてもらおうともう一度盗賊ギルドへ戻ろうと

ニクスが踵を返したところに、声が掛けられる。

 

「あの――」

 

「ん?」

ニクスが振替ると、そこにあの軽装の鎧を纏った金髪の少女が立っていた。

腰に差している大剣もそうだが、彼女の蒼い瞳はやはりニクスの目を引く。

「ぅおおおおぉぉぉ!?」

あのトイレでの裏奥義について問い詰めに来たのだろうか、とニクスはあらぬ方向の

疑いを以って後ずさる。

「え、あの・・・」

あまりの引き具合に金髪の少女も戸惑いを隠せない。

「な、何の用でせうか??」

平静を装っているが寧ろ怪しすぎる語調でニクスは彼女に問いかける。

「は、はい。実はお尋ねしたい事がありましてー」

少女は一枚の紙切れを取り出してニクスに見せる。

 

そこには一人の子供の顔が描かれている。

「この子が、どうかしたのか?迷子?」

「はい、旅の連れなのですが私の怪我を治すための傷薬を買いにこの街の薬屋へ出たきり

 一向に帰ってくる様子が無いのです。一緒に行きたかったのですが、私はその時

 傷口から入った菌によって熱を出していて・・・私は止めたのにも拘わらず出て行ってしまって。

 もっと強く、引きとめるべきでしたー」

 

少女は酷く思いつめた様に唇を噛みしめて俯く。かなり深刻な状況のようだ。

しかし、こちらも金銭状況は深刻極まりないのも事実。

「知らねぇな」で済ます以外に両者とも得をする安直な方法をニクスは考えた。

 

「なるほど、じゃあこの子を探してやるよ。ーお礼くれるんならな」

藁にも縋る表情で少女は顔を上げた。

「ほ、本当ですか?しかし、お礼とは?」

「なぁに、ホンの二千ジェムくれればいい。ちょっと入用でさ。」

「そうですか・・・確かに人手が多いに越した事は無いですので構いませんが」

少女はあっさり快諾する。

余程余裕が無いのだろうか。金の宛てが出来たことで少し拍子抜けする。

 

「よし、じゃあその子の分かりやすい目印教えてくんねぇかな?」

「目印、ですか?ええと、そうですね・・・アイタイプはブラックで帽子を被ってると思います。」

「眼の色が黒、帽子・・・もちっと分かりやすい特徴とか教えて貰えねぇかな?ほら、例えば髪の色とかー」

 

すると、少女は跋が悪そうに眼を逸らした。

「すみません・・・髪の色については」

「んお?旅の仲間にしては髪の色を知らねえなんておかしくねーか?」

少女は更に落ち着かない様子になった。

先程とは別の焦燥感に追われたような複雑な顔。ニクスが訝しげにしてると、

「いえ、知らないわけでは無いのですが・・・すみません、やっぱり探して貰わなくても結構です。」

 

少女はあっさり断った。

今度はニクスに余裕がなくなり、金の宛てが消失する事に対してかなり焦った。

 

「おわわわわわぉーん!!!!ちょい待ち!」

ニクスの妙な奇声に驚き、踵を返しかけた少女はその場で硬直する。

「は、はい?何でしょうか」

「もう詳しい特徴なんていい!とにかく探させてくれ!一生のお願いだァーッ!」

人探しをする事に一生一度の頼みをしてどうするつもりなのだろうか。

少女の焦りがニクスへ移ったように見えて、少女は可笑しくなって少し微笑む。

「気持ちは有難いですが、やはり特徴が分からないのでは探しようが無いですので・・・」

「んなモンいらねぇ!なくても探す!絶対見つけてやる!」

ニクスの気迫に押された少女は、やや後ずさりしながらも思案する。

「・・・分かりました、有難う御座います。ですが、今から教える特徴は他言しないで下さい。」

「おぅおぅ!大丈夫ーってそれじゃあ聞き込み不可能!?」

はい、と割と真剣な返事をしつつ少女はニクスにその特徴を教えた。

 

 

 

 

 

「黒髪ー・・・見ない頭だな?」

ニクスのその反応に、若干緊張していたように見えた少女の態度が和らいだ。

まるで何かにほっとしたかのような、安堵。

「はい。では、頼みます。集合場所はあの時計台の下、二時間後に集まりましょう。」

「よし、分かった。」

そう言って走り出そうとしたニクスに、少女が慌てて声をかける。

「待って下さい!名前を教えていないです!」

「おっと、そうだったな。その子の名前は?」

「ティア・・・ティア・フォロスです。私の名前は、インフィ・ガーディアと言います。」

「俺はニクス。ニクス・デザイア。よろしくな!」

そう言って、ニクスは再び走り出した。

その姿が人ごみに紛れて見えなくなるまで、インフィは見送ってから反対方向へ歩きだす。

 

「不思議な、人ですね。」

 

何を思うでも無く、インフィの口からそんな言葉が零れ出た。

 

「本当は、"黒髪の事"を知っていたら貴方を斬っていたんですよ・・・」

 

自嘲を含んだその笑みは、今にも涙が零れそうな位に――冷たく歪んでいた。

 


 
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