No.545155

ソードアート・オンライン フェイク・オブ・バレット 第八話 背負った過去

やぎすけさん

罪を乗り越えようとするシノンに、デュオは・・・

2013-02-16 21:56:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3474   閲覧ユーザー数:3408

シノン視点

どれくらいそうしていたのか。

ついに涙も枯れ、私は魂が拡散するような虚脱感とともに体の力を抜き、老紳士の体に全身の重みを預けた。

爆発的な感情の開放の後に訪れた甘い痛みが、今だけは心地よく感じられる。

 

シノン「・・・少し、寄りかからせて。」

 

長い沈黙を破ってそれだけ言うと、デュオは「ああ。」と答えた。

私は体をずらし、前に投げ出されたデュオの脚の上に横たえた。

顔を見られるのはやはり恥ずかしかったので、デュオに背中を向ける。

頭の中はぼんやりとしていたが、死銃に襲われたときとは違って、きつく重い服を脱いだような浮遊感があった。

 

シノン「私ね・・・人を殺したの・・・」

 

唐突にそう言うと、デュオの反応を待たずに続ける。

 

シノン「ゲームの中じゃないよ。・・・現実の世界で、本当に、人を殺したんだ。五年前、東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で・・・。報道では犯人が局員を1人拳銃で撃って、自分は銃の暴発で死んだ、ってことになってたんだけど、実際はそうじゃないの。その場にいた私が、強盗の拳銃を奪って、撃ち殺した。」

 

デュオ「そんなことが・・・」

 

シノン「私は十一歳だった・・・もしかしたら、子供だったからそんなことが出来たのかもね。歯を二本折って、両手首を捻挫して、あと背中に打撲と右肩を脱臼したけど、それ以外に怪我はなかった。体の傷はすぐ治ったけど・・・直らないものがあった・・・」

 

デュオ「心の傷・・・」

 

シノン「うん。それからずっと、銃を見ると吐いたり倒れたりしちゃうんだ。テレビや、漫画とかでも・・・手で、ピストルの真似されるだけでも駄目。銃を見ると・・・目の前に、殺したときのあの男の顔が浮かんできて・・・怖いの。すごく、怖い。」

 

デュオ「じゃあ・・・」

 

シノン「ううん、この世界でなら平気だった。発作が起きないだけじゃなく・・・いくつかの銃は・・・好きにすらなれた。」

 

視線を動かし、砂上に横たわるヘカートの優美なラインをなぞる。

 

シノン「だから、思ったんだ。この世界でいちばん強くなれたら、きっと現実の私も強くなれる。あの記憶を、忘れることができる・・・って。なのに・・・さっき、死銃に襲われたとき、発作が起きそうになって・・・すごく怖くて・・・いつの間にか【シノン】じゃなくなって、現実の私に戻ってた・・・。だから、私、あいつと戦わないとだめなの。あいつと戦って、勝たないと・・・シノンがいなくなっちゃう。」

 

そこまで話した後、私は両手でぎゅっと体を抱く。

 

シノン「死ぬのは、そりゃ怖いよ。でも・・・でもね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも、辛いんだ。死銃と・・・あの記憶と、戦わないで逃げちゃったら、私・・・きっと前より弱くなっちゃう。だから・・・だから・・・」

 

デュオ「戦うのか?」

 

私が頷くと、デュオは息をついてから言った。

 

デュオ「俺も、人を、殺したことがある。」

 

シノン「え・・・」

 

デュオ「俺とキリトは以前、他のゲームで死銃と会ってるんだ。そのゲームのタイトルは【ソードアート・オンライン】。」

 

シノン「・・・」

 

キリトの話から半ば以上予想できていたが、やはり口から直接発せられた言葉には途方もない重みがあった。

私は思わず首を動かし、デュオの顔を見た。

彼は、岩壁に背中を預けたまま、何かを思い出しているように目を閉じている。

 

シノン「・・・じゃあ、あなたたちは・・・」

 

デュオ「ああ、【SAO生還者(サバイバー)】だ。そして、死銃も。俺とあいつは、SAO内(向こう側)で何度も殺しあったんだ。奴は【ラフィン・コフィン】っていう、積極的に殺人を行う【レッド】と呼ばれる奴らのギルドに所属していたんだ。」

 

シノン「で、でも・・・あのゲームでは、HPがなくなったら、ほんとに死んじゃったんでしょ・・・?」

 

デュオ「そうだ。だからこそ、一部のクズどもにはそれが最大の快楽だったんだ。」

 

シノン「・・・」

 

デュオ「俺はそういう奴らが許せなかった。命の重みも知らずに、ただ快楽のために殺人を行う奴が。だから俺は、ラフィン・コフィンのメンバーを中心に犯罪者プレイヤーを殺していった。だが、結局それは奴らがやってたことと何も変わらない。ただの自己満足だ。」

 

自嘲的な微笑を浮かべるデュオを見ながら、私は昨日のキリトの言葉を思い出した。

「もしその弾丸が、現実世界のプレイヤーをも本当に殺すとしたら・・・。そして、殺さなければ自分が、あるいは誰か大切な人が殺されるとしたら。その状況で、それでも君は引き金を引けるか?」

キリトとデュオはまさしく、その極限状況をくぐり抜けてきたのだ。

ある意味では、五年前に郵便局で私を襲った事件と、限りなく似通った状況を。

 

シノン「デュオ・・・」

 

私は体を起こし、デュオの両肩を掴んだ。

それによって開かれた彼の瞳を捉え、顔を近づける。

 

シノン「私、あなたのしたことには、何も言えない。言う資格もない。だから、ほんとはこんなこと訊く権利もないけど・・・でも、お願い、一つだけ教えて。あなたは、その記憶を・・・どうやって乗り越えたの?どうやって、過去に勝ったの?なんで今、そんなに強くいられるの・・・?」

 

罪を吐露したばかりの相手に対して、あまりにも配慮のない、利己的な質問だと思った。

でも、どうしても訊かずにはいられなかった

すると、デュオは私の眼をじっと見てから言った。

 

デュオ「少し間違ってるな。」

 

シノン「えっ・・・?」

 

デュオ「まず、俺は強くなんかない。それに俺は自分のやったことを悔いてはいない。だから、乗り越えるもなにもない。」

 

シノン「・・・」

 

デュオ「確かに俺は人の命を奪った。それは変わらない。でも、俺がやらなかったら、犠牲者が増えるか、誰かが代わりにやることになる。俺がやらなかったせいでそんなことが起きるのは嫌なんだ。」

 

そこまで言うと、デュオはとても穏やかな、だけど、とても悲しげな表情を浮かべて言った。

 

デュオ「罪を背負うのは、俺だけでいい。」

 

シノン「じゃあ・・・ど・・・どうすればいいの・・・。わ・・・私・・・」

 

デュオ「キリトにも同じことを言ったんだが・・・」

 

デュオは言葉を切ると、真剣な顔をして言った。

 

デュオ「過去は変えることも消すことも出来ない。どんなに逃げようとしたって逃げられないし、償うことさえ出来ないかもしれない。」

 

シノン「そんな・・・」

 

デュオ「でもな、シノン。お前は大切なことに気づいていない。自分の行動の結果を一方からしか見ていないんだ。」

 

シノン「・・・どういうこと・・・?」

 

デュオ「罪だけを見るな。お前は確かに人を殺したのかもしれない。だけど、同時に人を救ったんだ。」

 

シノン「そんなことない・・・私はただ・・・」

 

デュオ「その強盗は局員を撃ったって言ったよな。なら、お前が強盗を撃たなかったら、他にも撃たれた人がいたかもしれない。もしかしたら、その中には今は子供を持っている人もいるかもしれない。だとすればお前は、その場にいた人だけじゃなく、その後に生まれた子供の命も救ったということになるんだ。」

 

シノン「・・・!?」

 

デュオ「命を奪うのは、確かに罪深いことだ。だけど、お前はその罪を背負うことで他の命を救い、誰かの罪を肩代わりしたんだ。そう考えれば、ただ殺すしか出来ない俺なんかより、シノンの方がずっと強いよ。」

 

デュオの言葉は、長い間背負ってきた重みを少しだけ軽くしてくれた。

それと同時に、デュオというプレイヤーに多くの疑問を抱いた。

 

シノン〈あなたは、一体何者なの?どうしてそんな考え方が出来るの?どんな経験をすれば、あなたのようになれるの?〉

 

さまざまな疑問が、頭の中で浮かんでは消えていく。

新たな疑問は生まれたが、代わりに1つの疑問が解けてた。

 

シノン「・・・死銃・・・」

 

デュオ「ん・・・?」

 

シノン「じゃあ、あのぼろマントの中にいるのは、実在する、本物の人間なんだね。」

 

デュオ「もちろんだ。元ラフィン・コフィンの幹部プレイヤー、それは間違いない。」

 

シノン「・・・そう・・・」

 

デュオ「奴は・・・死銃は俺が殺る。シノンは周りから近づいてきた奴らを迎撃してくれないか?」

 

シノン「わかった。」

 

私は肯定すると、愛銃へカートを持ち上げた。

 

デュオ「シノン。」

 

シノン「何・・・?」

 

デュオ「勝つぞ。」

 

シノン「うん。」

 

デュオの宣言に、私は力強くうなずいた。


 
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