No.545008

Sweet & Mint / でぃあ・まい・ふれんど

佐倉羽織さん

まどかマギカでバレンタイン。3つめのお話しはほむらちゃんとまどかさんです。

2013-02-16 15:22:54 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:669   閲覧ユーザー数:669

○でぃあ・まい・ふれんど

 

あれは二月に入ったばかりの金曜日のことでした。私は少しずつ、運動も勉強も、ほんの少しですけれど出来るようになっていました。クラスのみんなともちょっとずつ仲良くなれて、本当に転校してきてよかった。そう心から思っていました。

そうです。今、私がそう思えるのは、見滝原に転入して初めて出来た友達、鹿目まどかさんが、ずっと気にかけてくれて一緒にいてくれたから。彼女は優しいだけじゃなくて――。私にだけ秘密を、クラスのみなさんには内緒の秘密を教えてくれたから。私はそれがとてもうれしくて、自分が少しでも必要とされることがうれしくて。でも彼女が私の中で特別な存在だってこと、あんまり意識してなかったんです。あの時までは。

 

 

「ほむらちゃんは準備終わっちゃった?」

放課後、帰り道。鹿目さんはそう言って微笑みかけてきました。

「え?えと、何の準備でしょうか」

おそるおそる聞いた私に、鹿目さんはチョット驚いた顔を見せて続けます。

「バレンタインデーだよ!もう来週だよ?」

私は、そんなこともわからなかった自分が情けなくて、沈んだ声になりました。

「……すみません、私、ずっとそういうのに縁がなくて」

「あ、そうか。ずっと入院してたもんね。ごめんね」

私が悪いだけなのに、謝ってくれた鹿目さん。申し訳なくて、私は出来る限り明るい声で答えます。

「いえ、いいんです。チョコを好きな人に送る日、ですよね」

「うん。私は大本命、は、残念ながらいないから。今年も友チョコ配ろうかなって。よかったら共同でクラスのみんなに配らない?」

きっと私が気後れしないように誘ってくれたのだと思います。私はまた申し訳ない気持ちになりました。

「あ、はい。鹿目さんが嫌でなかったら」

「私から誘って嫌なわけないよ」

さらっと笑顔で答えてくれたのに、私はやっぱり気を使ってもらっているだけなのかなって思って、ちょっと視線を落として。

「そう、ですね。ごめんなさい」

「もー、友達なんだから謝らないでよ。あ!そうだ、今日放課後大丈夫?私が――マミさんに呼ばれなかったら一緒にチョコレート買いに行こうよ」

鹿目さんはそんな私の気持ちがきっと分かっていて、わざと冗談めかした口調で注意してくれた後、私を誘ってくれました。私はそのことが心からうれしくて、やっと明るい表情が作れました。だからそのお誘いに、

「はい、ありがとうございます」

と、元気よく答えることが出来たのです。

 

 

でもきっと、鹿目さんは――忙しいから。たぶんきっと、放課後の小さなお出かけは、きっとまた流れてしまうんだろうな。放課後にはまた魔女が現れて――。私はそうあきらめてもいました。

 

でも放課後、帰り際。耳元で「今日大丈夫だよ」ってささやく鹿目さんの言葉を聞いて。私はとてもうれしくて、急いで帰り支度をして。いつになく楽しい気分でおしゃべりをして……。気がつくと私たちはもう、ショッピングモールの催事コーナーの前にいました。

 

「す、すごいですね。人が」

「この時期はみんなチョコを買いに来るからね」

「男性も結構居るんですね」

「日本人はイベント好きだからね。とかいいつつ、私もイベント大好きだけど。ちょっとのぞいていこうよ、ほむらちゃん」

「え、でも私、人混みは」

 

そういって表情を曇らせた私。視線をあげると満面の笑みを浮かべた鹿目さんの顔がすぐ近くまで寄っていました。

「手をつないでいれば迷子にはならないよ」

そう言って私の右手をぎゅっと握る、鹿目さんの顔から私は目をそらして、自分の頬が染まるのを感じながら、それでも、はぐれて鹿目さんに迷惑がかかったりしないようにしっかり握り返して。

「じゃ、いこっか」

そう言って手を引く鹿目さんに導かれて、私も催事場に向かって歩き出しました。

 

「チョコレートって思ったより種類があるんですね」

想像していたよりもずっと催事場は大きくて、私は驚きました。

「うん、あ、ここのチョコレートすごくかわいいよ、ほむらちゃん」

鹿目さんの視線の先には色とりどりの銀紙にくるまれたチョコが、ケースの中で光っていました。

「本当ですね。まるで宝石みたいです。あ、値段もすごいです」

「有名な人が作ってるのかなあ」

「そうみたいですね。でも、チョコレートってこんなに高いんですね。私が今持っているお金だとクラスのみんなの分は買えないです」

心配そうに私はつぶやきました。鹿目さんは一度驚いて私を見て、すぐに「あ」っと短く息を吐いて私をのぞき込むと、

「ごめんごめん。ここでは買わないから安心して」

といって両手をあわせました。

「え?そうなんですか?」

「ここは大人のひと向けだから。私たち中学生にはまだ早いよ」

私はほっとしました。

「そうなんですね、私びっくりしました」

「せっかくのバレンタインだし、こう言うのを見て回るのも楽しいでしょ」

「はい。ここで買わないって思ったらすこし緊張がとけました」

一生懸命見て、どれにするのか決めなくていいのなら。そう思うと本当に気が楽になりました。私が本気でほっとしているのを見て、鹿目さんはちょっと吹き出した後、

「ほむらちゃん、かわいいなあ」

と、にこにこしながらつぶやきました。

「え?え?どういうことですか?」

びっくりして聞き返した私に、鹿目さんは目を細めて答えました。

「言葉通り、だよ」

 

 

それから、しばらくの間、鹿目さんと私はきらきら輝いているいろいろなチョコを見てはあれ食べてみたいね、とか、これどうやって作ったんだろとか。そんなことをずっと話していました。ずっと病院で友達も出来ずに生きてきた私は、そんな機会は今まで無かったから、それが楽しくて。最初に不安に思ったこと――人酔いしてしまったらどうしようという不安はすっかりどこかへ飛んで行ってしまって。

 

「じゃあ、そろそろ買い物に行こうか。ほむらちゃん、大丈夫?」

「はい。なんだか楽しくて目的を忘れるところでした」

 

催事場を出た私たちは、私たちは同じ建物にある大きなスーパーマーケットに移動しました。

 

「あ、鹿目さん。あそこに大きく『バレンタインデーコーナー』って書いてありますよ」

「あれは手作りチョコレートのコーナーだよ」

手作り!? すごい!

「え?チョコレートって自分で作れるものなんですか?」

目を丸くして質問する私に鹿目さんはちょっと苦笑しつつ、

「んー。たぶんほむらちゃんが想像しているのとはちょっと違うかな?大きな板チョコをお湯で暖めて、自分で型に入れて固めて、いろいろ飾り付けをしたりするんだよ」

と教えてくれました。

「びっくりしました。私、さっきの高級チョコレートみたいなのをみなさん作れるのかと思っちゃいました」

「ははは、あんなにすごいのは無理だけど。でも結構凝ったチョコを作り人もいるよ。大本命用だね」

「そうなんですね。みなさんすごいです」

「こつが分かればそんなに難しくないよ。あ。ここだよ。この一〇〇円チョコを人数分お互いに買って、一つにラッピングして配ろう?」

 

 

私たちはかごにクラスの女子の分のチョコレートを入れて、レジの列に並びました。私は何か雑談した方がいいのかなと思って、先ほどから気になっていることを聞いてみました。

「鹿目さんもつくれるんですか、チョコレート」

「んー、人並みになら」

「……」

「私、チョコ作りたいです!教えてください!」

「じゃあ、日曜日に友チョコのラッピングするついでにうちで練習しようよ」

「は、はい」

 

 

私はそれまで友達のおうちにおじゃますることなんて無かったから、なんだかものすごく緊張していました。鹿目さんはバス停まで迎えに来てくれるって言ってくれたのですが、まだまだ寒いこの季節に、私なんかを待っていてもらうのが忍びなくて、おうちで待ってもらうことにしていました。バスを降りた時、その場に鹿目さんが立っていないのを確認して私はほっとした、はずでした。鹿目さんのことだから、あれだけお願いしてもバス停で待っているんじゃないか。そう思ってドキドキしていましたから、むしろそこに鹿目さんが立っていないという事実が、私には寂しく感じられていました。でも、何でそう感じるのだろう。それは自分がお願いしたことなのに。鹿目さんは約束を守っただけなのに。そう考えると私は、自分がなんだかいけない子のように感じて、寂しい気持ちがどんどん膨らんでいきました。

 

でも。

 

バス停から道なりに進んで最初の細い交差点。こちら側からは白い塀で見えないその角に鹿目さんはいました。

 

「ほむらちゃん、おはよう」

 

曲がり角を私が通過したとき、何故鹿目さんの声が背中から聞こえてくるのか、すぐには理解できませんでした。あわてて振り向いた私の目の前に、白いコートとマフラーをきた鹿目さんが現れました。

 

「えへへ、待ちきれなくて迎えに来ちゃった」

 

待ちきれない、なんてきっと嘘です。だって私は約束の時間よりもずいぶん早くうちを出てきたのですから。

 

「鹿目さん」

私が名前を呼んだとき、彼女は急いで駆け寄ってきて私の腕に抱きつきました。

「約束破っちゃったね」

そう言って笑う彼女の顔が、本当に近くまで寄ってきています。

「いえ、そんな」

私はそう答えるのが精一杯で、急に頬の温度が高くなるのを感じていました。

「ほむらちゃん、ほっぺた真っ赤だよ。寒いのかな?」

そう言って腕から手を離すと、彼女は私の手をとりました。

「うわ、ほむらちゃん手が冷たいよ」

「ご、ごめんなさい、私――」

「手が冷たい人は、心が暖かいんだって」

私が「冷え性で」と続ける隙も与えずに手に力を込めます。鹿目さんの手はとても温かくて、なんだかお母さんのようでした。

「ほむらちゃんの手、暖めようと思って。私ずっとポケットに手を入れてたんだ」

そう言ってもう一段強く握ってきた鹿目さんの手を、私が握り返したのを確認したように、鹿目さんは私を引き寄せて、そのまま歩き始めました。

「冷えないうちにいこう、ね」

私はうなづいて、彼女に引きずられるように歩き出しました。

 

 

「ただいまぁ」

鹿目さんはドアを開けながら声をかけました。おそらくそれが習慣なのだと思います。私にはそれがうらやましく感じました。

「まどか、おかえり。寒かったかい?」

声がしました。廊下の奥の方から顔を出した方は、長身の優しそうな男性でした。彼ははじめ鹿目さんを見て、すぐに私に視線を移すとほほえみながら話しかけてきました。

「いらっしゃい。暁美さんだね。いつも仲良くしてくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね」

「あ、はい。ありがとうございます」

私は反射的に大きく頭を振り下げていました。

「パパ、着替えたらすぐにキッチン使わせて?」

「ああ、ちゃんと後かたづけするんだよ」

「いつも片づけてるよぉ」

そう言って鹿目さんは私をダイニングに通しました。彼女の部屋はその奥にある階段を上がったところにあるようでした。

「ここが私の部屋」

「わぁ、ぬいぐるみさんがすごいですね」

「えへへ、なんだか気がついたらいっぱいになっちゃってて。コートはこちらでお預かりしまーす。あ、荷物はそこの椅子の上で大丈夫?」

「はい、ありがとうございます。さっきの方、おとうさんだったんですね」

「うん。なんで?」

「娘さんがいるような感じには見えなくて」

「あれで二児の父、だからね。もう若作りやめなよって言ってるんだけど」

「あ、兄弟がいらっしゃるんですね」

「うん。弟が。あ、あとでたっくんに会っていってよ。もうかわいくてかわいくて。わたし親バカならぬ姉バカだから」

「あ、はい。是非」

「ほむらちゃん、エプロンはある?もしよければお揃いのがあるんだけど」

私はエプロンを持ってきてはいたけれど、なんだか断りにくくなってしまって、結局お揃いのエプロンを借りることにしました。

「今日、お団子だね。かわいい」

「あ、三つ編みのままだとじゃまになるかなって思って。おかしいですか?」

「ううん、すごい似合ってるよ。はい、ほむらちゃんはこっち」

「あ、ありがとうございます」

「私、妹もお姉さんもいないから、チョット憧れてたんだ、お揃い」

私はエプロンに手を通して、後ろを結ぶとつい癖で髪をエプロンの外へかき出す動作をしました。もちろん今日は髪を結びあげていたからそこには何も無いわけで、なんだか不思議なポーズになってしまって、赤面しながら姿見に視線を移しました。

「私、こんなにかわいいエプロン初めてです」

「何事も形から形から。あ、ほむらちゃんチョットそのまま後ろ向いてて」

「?」

鏡越しに鹿目さんが私の背中に手を向けるのが見えました。

「縦結びになってる」

鹿目さんはするりとリボンをほどくと、きれいに結びなおしてくれました。

「はい、これで大丈夫!」

私は少し体をひねって背中をみました。先ほど自分で結んだエプロンと同じとは思えないぐらいにきれいな結び目が出来ていました。

「ありがとうございます」

 

 

「さて。始めますか」

「よろしくお願いします」

「あはは、お友達なんだからそんなに堅くならないでよ」

「え?いえ、今日は練習をさせてもらうので、その」

「ん。ま、いいか。じゃあまず――」

 

私は鹿目さんに教わりながら、一つずつ一つずつ、手順を重ねていきました。チョコレートを溶かして型に入れ、冷蔵庫で冷やして固める。きっとったたそれだけのことなのですけれど。それは私には新しい体験でした。私が間違えそうになる前に、鹿目さんは教えてくれました。手元がおぼつかなくなる前に、さっと見本も見せてくれたり、手伝ってくれました。だから本当に今日初めてやったのに、いつもなら絶対に失敗する不器用な私が、特に大きな失敗もせずに最後まで作りきることが出来ました。私は鹿目さんと長い間一緒にいたことが、当然うれしかったのだけれども。でも同時に、何かに挑戦してうまくできあがるってこんなにも楽しいんだと、その初めての経験がとても輝いて、うれしくて。本当にできあがって型からはずしたチョコレートを見て、なんだか自然と笑顔が生まれてきていました。

 

「すごーい。ほむらちゃん上手だよ」

鹿目さんもうれしそうにしてくれました。

「慎重にやっていたので。私とろくさいから」

言葉こそいつものように後ろ向きでしたが、私はこみ上げてくるうれしさを止められず、明るい声で答えていました。

「そんなことないよ。私が初めてやったときはこんなにうまくできなかったもん」

鹿目さんはだれに教えてもらったのだろう。私が失敗しそうなところはちゃんとあらかじめ教えてくれていたのは、きっと自分自身がいろいろ失敗した経験を教えてくれていたのだと、その言葉を聞いて私は思いました。

「鹿目さんの教え方がうまいから」

自分のいつものキャラとは違って、今日は何を言ってもほほえんでいられる気がします。

「えへへ、誉めても何にも出ないよ」

鹿目さんは恥ずかしそうに頬に手を添えています。

「そんな、お世辞じゃないです!本当にそう思ってます!」

「うんうん。ほむらちゃん、そんなに器用じゃないって知ってる。ありがとう。うれしいよ」

鹿目さんがうれしいと、私もうれしい。

「ありがとうございます」

思わずお礼を言った私に、

「なんでほむらちゃんがお礼を言うの?」

と鹿目さんは言いました。

「え?あ、すみません」

私はまた失敗した、と思うとぺこっと頭を下げていました。

そんな私に鹿目さんは、

「んー。もうそう言うのやめようよ。ほむらちゃんなんでもちゃんと出来るんだから、もっと自信を持とうよ、ね」

そうのぞき込む鹿目さんの顔。ううん、ちがうの。私が何でも出来るようになるのは、鹿目さんが上手にいろいろ教えてくれるからなの。

「え?でも私、そんな――」

そうなの。鹿目さんが上手に引っ張り上げてくれるからなの。

「そんな、じゃないの」

鹿目さんは少しふくれて、ぜんぜん折れずに詰め寄ってきます。

私、私、私……。

「わかりました。すぐには難しいかもしれませんけど、自信を持てるようにがんばります」

私は鹿目さんに喜んでもらえるのなら、何でもしたい。何でも出来るようになって、鹿目さんのように輝きたい。

「うん。じゃあそろそろできあがっていると思うから、ラッピングしようか?」

私は彼女の笑顔を見るためなら、もう本当に何でも出来る気がしていました。

 

 

「おはよう、ほむらちゃん」

「あ、おはよう、ございます、鹿目さん」

朝の通学路、いつもの待ち合わせ場所。駆け寄ってきた鹿目さんを待ちきれず、私はさっと後ろからペーパーバッグを差し出しました。

「「これ」」

きれいなユニゾンが聞こえました。気がつくと、二人ともお互いに小さな贈り物を差し出していました。

「え?」

おどろいて固まっている私に鹿目さんは照れ笑いを見せながら、

「あはは、かぶっちゃったね。じゃあ私からもらうね」

といっていったん自分の包みをしまうと、私の差し出したペーパーバッグを受け取りました。

「あ、はい。いつもありがとうございます」

「ありがとう。じゃあ、私のも受け取って?」

再びきれいな包みを取り出して、私の手に乗せます。

「ありがとうございます」

私はそれを大事に抱えながら頭を下げました。

私が頭を上げて再び彼女の顔を見たとき、鹿目さんは満面の笑みを浮かべていました。

「これで。相思相愛、だね」

相思相愛?

「……」

え?

「あー、赤くなってる!冗談だよ冗談」

鹿目さんは冗談なのかもしれません。でも――。

「わ、私は……」

「ん、なに?」

鹿目さんのことが本当に――。

「何でもありません」

「えー、なになに?」

そんなこと言えるわけ無いじゃないですか。少なくとも私と鹿目さんでは釣り合いません。

「早くいきましょう。遅刻してしまいますから」

私は悟られまいと背を向けて学校への道を歩き始めました。

「え!待ってよほむらちゃん!もー」

鹿目さんは私の気持ちを知ってか知らずか、いつものように元気よく私を追いかけてきました。


 
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