No.537215

殺人鬼の兄弟は異世界を旅する

第五話 西の刺客、猿女

2013-01-28 18:48:37 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:3708   閲覧ユーザー数:3329

 

 

『ううぅ……ぐすっ……もう、お嫁に行けないわ……』

 

「にゃうぅ~……」

 

「何を大袈裟な……」

 

 俺達は風呂から上がるとレンがよよよと泣き崩れ、黒レンは伸びていた。

 

 何でそんなに風呂が嫌いなんだ? ……あ、猫だからか。

 

 そんでもって現時刻は夜9時を過ぎたあたりだ。

 

「動くとなれば今だろうな、兄さん?」

 

「ああ……」

 

 俺達は緩んだ気を引き締める。

 

 その時に事は起きた。

 

「ひゃあああ~~っ!」

 

「っ!」

 

「この声……このかちゃんか?」

 

 俺達はすぐに行動した。声が聞こえたのは女湯の方からだ。気配を探ると人が4人ほど、あと何か分からない小さな物が多数。

 

 取りあえず様子が見える場所へ移る為に外へ出て、跳躍して屋根に跳び乗る。

 

 そこから見えた光景は何とも言いがたいものだった。

 

「……猿?」

 

「……猿だな」

 

 そこには今まさに猿たちがこのかを連れ出していこうとしていた所だ。

 

 そして疑問が浮上する。何故敵はこのかを攫おうとするのか? ただの人質としてなら理解出来るが、それなら何故今まで他の人を人質にする機会があったのにそれをしなかったのか?

 

 確か、このかは学園長の娘であり、京都の出身だったはず。さらに彼女は体内に膨大な魔力を内包している。その魔力は俺に匹敵するかそれ以上だ。

 

 ……偶然にしては出来過ぎていないだろうか?

 

「神鳴流奥義……百烈桜花斬!!」

 

 そして俺達が様子見していると野太刀を持った少女が駆け、無数の斬撃を猿に浴びせて殲滅した。

 

 そのことに俺達は少し驚いた。

 

 ―――ドクン

 

 さらに退魔衝動が起きる。あの子、人間じゃないのか? だが、魔にしては退魔衝動が薄い。……半妖か?

 

「ほぅ……あの歳でよく出来ているじゃないか」

 

「おまけに人外ときた。……くくくっ、久々に殺したくなったよ」

 

 ああ……それには同感だが、本気でやるなよ?

 

「志貴、抑えろよ?」

 

「ああ、分かっているさ兄さん。それじゃ、俺達の出番は無いようだし……さっさと部屋に戻ろう」

 

「ああ」

 

 そして俺達は出番が無いことに多少の拍子抜けがあったものの面白い物が見れて気分が高揚する。

 

 ……今夜は眠れるだろうか?

 

 

 

 

 

 私はこのかお嬢様を連れ去ろうとした式神を殲滅し、無事に事なきを得た。

 

 そして離れた所の木から鳥が慌ただしく飛び立つ。

 

 ……チッ、逃がしたか。まあ、今回はお嬢様を守れたことで良しとしよう。

 

「っ!?」

 

 そして私がお嬢様に怪我が無いか確かめようとすると突然、言いようのない悪寒が走る。

 

 なんだこの悪寒は!? 今までに感じたことの無い凶悪なものだ!

 

 私が悪寒がした方を見ると、二つの影が旅館の屋根から消える所を目撃した。

 

 なんということだ……敵は複数だったのか。最低でも三人、その内二人は強敵であろう事が予測される。

 

 その後気配は全く感じ取れなくなったので恐らく完全に逃走したのだろう。今夜はこれで諦めてくれると有り難いが……油断は出来ない。

 

「……ゃん? ……っちゃん……せっちゃん!」

 

「……ハッ!?」

 

 気がつくとこのかお嬢様が私を呼んでいた。

 

「あの、なんかよー分からんけど……ありがとうな、せっちゃん」

 

 お嬢様が眩しい笑顔で私にお礼を言ってきた。

 

 っ!?!?!?!?

 

「あ……いや……」

 

「あっ、せっちゃん!」

 

 私はつい恥ずかしくなってその場を逃げてしまった……。

 

 

 

 

『ねえ桜鬼、面白いことでもあった?』

 

 俺達が部屋に戻るとレンが開口一番に言ってきた。

 

「ああ、中々面白いものが見れたよ」

 

 だが、おかげで眠れなくなった。

 

「その代わり興奮して眠れなくなったけどな」

 

『ふぅ~ん……で、どうするの?』

 

「少し散策して頭を冷やすとするさ。レンも来るか?」

 

 まったく、欲求不満でどうにかなるんじゃないか、俺?

 

『そうね……いいわ。どうせ暇だし、付き合ってあげる』

 

「なら行くぞ」

 

 そしてレンが肩に乗った。志貴の黒レンも同行するようで、こちらも肩に乗っている。 

 

 俺達が外へ出るためにロビーへ向かうと、違和感がした。

 

「……なにか魔術的な力を感じる」

 

「ああ、俺もだよ、兄さん」

 

 ふむ、少し調べてみるか。

 

 俺は静かに目を閉じ、浄眼を発動した。浄眼を発動した俺の瞳は蒼く輝いている。

 

 そして辺りを見回すと、結界の様な物が張られていた。恐らく先ほどの少女だろう。

 

「結界か……。どうやらあの野太刀使いが仕掛けたようだ」

 

「へぇ……ん? あそこに張ってある札がそうじゃないか?」

 

 志貴が入り口の自動ドアの上に御札が貼ってあるのを見つけた。

 

「これか……。恐らく式神払いか魔除けの類いの札だろうな。これなら少しぶらついても心配ないだろうな。向こうがヘマでもしない限りだが」 

 

 そして俺達は外へ出た。

 

 

 外へ出て適当にぶらつくと幾分か頭が冷えてきた。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

「そうだな……ん?」 

 

 俺達が帰ろうとすると妙な気配がした。

 

『……何かが来るわ。人……みたいね』

 

 レンがそう呟くとソレが来た。

 

「あれは……また猿か?」

 

「ただ、少し大きいがな」

 

 俺達が見た物は大きな猿の着ぐるみだった。

 

「待て、アイツが抱えている奴は……このかじゃないか?」

 

 そしてその後を先ほどの少女と明日菜、ネギが追いかけてくる。

 

「本当だな。チッ、同じ日に二回も襲撃を許すとはどういう了見だ?」

 

 だが、コレで確信した。敵の狙いはこのかだ。恐らく、彼女の内に眠る膨大な魔力が目当てだろう。

 

『ねぇ桜鬼、追いかけないの?』

 

「追いかけるさ。行くぞ、志貴!」

 

「ああ!」

 

 俺達はネギ達の後を追った。奴等は列車に乗り込む。

 

 俺達は列車の上に乗り、様子を見る。あまり表だって行動したら後が面倒なので奴等が対処できる事は極力任せたい。

 

 そして隣駅へ着いた。途中、車両から何故か水が溢れてきたが、問題は無いようだ。

 

 そしうて猿の着ぐるみは駅前の階段で止まった。

 

 俺達はその側にある建物の屋上で待機する。すると、レンが降りて少女の姿になる。黒レンは子猫のままだ。

 

「へぇ、随分面白い事になってるわね」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺達が様子を見ていると、着ぐるみを着た奴(多分、女)が御札を取り出し、振るう。

 

 すると、『大』の文字を象った炎が現れネギ達の行く手を阻む。

 

 俺はここで良い事を思いついた。

 

「レン、あの炎を消せるか?」

 

「何言っているの? 当然じゃない」

 

 上等だ。ならばレンの力を見せて貰おう。

 

「それじゃ、よく見ててね桜鬼」

 

 レンが一時的に魔力を解放する。と言っても、ほんの一部に過ぎないが。

 

 さらに両手を挙げると、氷の礫が無数に現れた。そして……

 

「そーれっ!」

 

 両手を振り下ろすと礫が一斉に炎に向かって高速で飛来する。

 

 ガガガガガガガッ! パキパキパキンッ!!

 

「うわぁっ!?」

 

「きゃああー!?」

 

「明日菜さん、ネギ先生!? っく! 何なんだコレは!?」

 

「な、何が起こってはるんや!?」

 

 周囲にいた奴等はどこからともなく飛来した氷の礫に驚く。

 

 そして礫が着弾し、次々と凍結して炎が一瞬で消え、氷の草原が出来上がる。

 

「もう! 一体何なのよー!?」

 

「こ、これは……!?」

 

「炎が一瞬で……」

 

 ふむ、あの程度の炎なら簡単に消すか。しかし、かなりの威力だな。……当たったら痛そうだ。

 

「砕けなさい」

 

 そして白レンがパチンッと指を鳴らすと氷塊が砕け散った。

 

「うふふ……ざっとこんなものよ?」

 

 レンはそう言って、無い胸を……っ!? 今、凄い寒気がしたのだが……?

 

「……桜鬼? 今、失礼なことを考えなかった?」

 

「い、いや?」

 

「そう……ならいいわ」

 

 こ、こいつ心でも読めるのか?

 

「あらら~~? なんか凄いことになってますね~~?」

 

 俺達が視線を戻すと敵の方に新手が来た。ゴスロリ服に短刀を二本装備した剣士のようだ。

 

 そして二刀流の少女と野太刀の少女が切り結び、明日菜とネギはこのかを誘拐した女が召喚した猿と熊の式神を相手している。

 

「うふふ……楽しそうね? ……ねぇ桜鬼、少し遊びに行ってもいいかしら?」

 

 ソレを見たレンが楽しそうな笑みを浮かべて聞いてきた。

 

「接近戦も出来るのか?」

 

「当然じゃない。レンも一緒に来るわよね?」

 

『……。(コクリ)』

 

 どうやら黒レンもやるようだ。

 

「ん? ……そうか、なら行ってこい」

 

 黒レンは志貴の方を向くと、志貴が何か察したかのように言った。

 

 後で志貴に聞くと、黒レンはレンだけじゃ色んな意味で心配だから一緒に戦うらしい。

 

「それじゃ、行ってくるわ」

 

 そしてレン達は戦いの場へ飛び降りた。

 

 

 

 

 桜鬼に許可を貰った私はそれぞれ戦っている人達の間に『フルール・フリーズ・クルールー』を射出した。

 

 それに驚いて中央に降り立った私達を見る子羊達。いえ、訂正するわ。あの中の一人、二刀流の人は狼ね。上手いように実力を隠してるみたいだけど、私の目は誤魔化せないわ。

 

「貴様、何者だ!?」

 

 野太刀を持った少女が私に向かって大声で問う。もう、野蛮ね。少しは上品に聞けないのかしら?

 

「うふふ、こんばんわ。私達もパーティ混ぜて下さらない?」

 

「…………」

 

 私は裾をつまんでお辞儀をし、そう言った。

 

「はわわ~~、なんだかよう分からへんどすが、うちは刹那先輩と楽しみますので~~」

 

「くっ!」

 

 あら、私達を無視するなんて良い度胸ね。ま、あの狼さんは一筋縄ではいかないでしょうから放っておきましょう。

 

「……。(コクリ)」

 

 それじゃ、狙うのはお猿さんと熊さんに、哀れな子羊さんね。

 

「それじゃそこの貴女。私の相手をしてくださるかしら?」

 

「はっ、お嬢ちゃん、バカにするのもええ加減にしときや! 猿鬼、熊鬼!」

 

 あらあら、別に馬鹿になんてしてないのにね? ともあれ、目の前の可愛らしいぬいぐるみを屠ってあげなきゃね。

 

 私とレンは襲いかかってきたぬいぐるみの攻撃を紙一重で躱し、私は『フルール・フリーズ・クルール―』で串刺しにして凍らせ、レンも『フルール・フリーズ』で同じように串刺しにして凍らせる。

 

 はい、これで氷の彫像の出来上がりよ♪

 

「な、ウチの猿鬼と熊鬼が!?」

 

「あら、もう終わりなの? つまらないわ、うふふ。」

 

 つまらない、本当につまらないわ。少しは期待していたのに……この程度じゃ遊びにもならないわ。

 

「はぁ……もういいわ。貴女、つまらないから―――」

 

 私は『ナッツ・クラッカー』で彼女の真横に移動して――

 

「―――死んでくれるかしら?」

 

『フルール・フリーズ・クルール―』を彼女に向かって撃ち出す。

 

 人質を楯にする暇なんて与えない。貴女が出来るのはその場を飛び退いて回避するか、このまま串刺しになって氷の彫像になるかの二択よ。

 

「ひぃっ!?」

 

 そして彼女が選択したのは前者だったわ。うふふ、良い子ね。人質は解放させてもらったわ。

 

「さあ、どうするの? 私はもっと貴女と踊っても構わないけど……貴女、ダンスが下手だからつまらないわ」

 

「ぐっ……アンタは一体なんなのさ!」

 

「あら、淑女なら人に名前を聞く時は自分から名乗るものでしてよ? でもそうね……私は真夏の雪原を歩く白猫ってところかしら?」

 

「な、なに訳の分からない事を……!」

 

「別に分からなくてもいいわ。で、どうするの? まだ続けるのかしら?」

 

 私は氷の礫を浮かべて微笑んだ。

 

「……チッ。月詠、今日は退くよ!」

 

「え~~!? まだウチは楽しみたいのに~~……って、置いて行かんといて~~!」

 

 あら、もうパーティは終わりなのね。ま、少しは腕試しになったかしら?

 

「さて、眠り姫は大丈夫かしら?」

 

 私とレンはこのかという少女の様子を見た。

 

「…………」

 

「そう、なら問題無いわね」

 

 レンが呼吸と脈が安定していると言ってたので一安心ね。

 

「お嬢様から離れろーー!!」

 

 だけど、何を勘違いしたのか野達の剣士さんが私達に斬り掛かってきた。私達はそれを跳び退くことで回避した。そしてこのかを後ろにやって野太刀を構える剣士さん。

 

 もう、勘違いもいいところだわ。

 

「「せ、刹那さん!?」」

 

 そして子供先生と 明日菜が彼女の行動に驚く。でも、あの子達も私達を警戒していることには変わりない。

 

 私って、そんなに勘違いされるようなことをしたっけ?

 

「随分と乱暴なのね、貴女」

 

「黙れ! もしお嬢様に指一本でも触れたら……貴様を斬る!」

 

「あら怖いわ。なにもそんなに殺気立つことないのに、うふふ」

 

「……」

 

 彼女は黙ってこちらを睨み付ける。

 

 私としてはこの小鳥(・・)さんと踊っても構わないのだけれど……さっき桜鬼が念話で戻って来いって言われたから、ねぇ。

 

「……さあ、レン。私達も帰りましょう。ご主人様が待っているわ」

 

「……。(コクリ)」

 

「それでは紳士淑女の皆様方、私達はこれで失礼しますわ」

 

 私はそう言って、周囲に吹雪きを発生させて視界を塞ぐ。そしてその隙に桜鬼の所へ転移した。

 

 

 

 

 

 私は正体不明の二人の少女が消えるのを確認すると、構えを解いた。

 

「……ふぅ」

 

 助かった……。今回は向こうが退いてくれたから良かったものの、もし戦っていたらお嬢様がいる此処では私達がやられる事は必須だ。

 

 それに、奴等はあの式神使いの前鬼と護鬼を一瞬で倒したのだ。強敵なのは間違い無い。もしかして先刻の悪寒は彼女達だったのかもしれない。

 いや、奴等は去り際に「ご主人様が待っている」と言っていた。つまり、彼女達を従える程の実力者がまだいるのだ。正直ゾッとする。

 だけど、彼らと関西呪術協会は対立しているのだろう。でなければあの猿女と戦う意味が無い。……もしかして、私は早まったことをしてしまったのだろうか?

 

「……んぅ」

 

 私が思案していると、このかお嬢様が目を覚ました。怪我は無いようだ。

 

「……よかった、もう大丈夫です。このかお嬢様……」

 

 私がそう呟くとお嬢様は目を見開き、その後目尻に涙を浮かべて言った。

 

「よかった……せっちゃん、ウチのコト嫌ってる訳やなかったんやなー……」

 

「えっ……、そりゃウチかとてこのちゃんと話し……」

 

 ハッ!? し、しまった! ついお嬢様に失礼な事を言ってしまった!

 

「し、失礼しました!」

 

「せっちゃん……?」

 

「刹那さん……」

 

 何という失態! 影でお嬢様に支える者として恥ずべき事だ!

 

「わ、私は…このちゃ……お嬢様を守れればそれだけで幸せ……いや、それもひっそりと影で支えればその……あの……」

 

 ああああ……私は何を言っているのだろう。

 

「御免!!」

 

「あっ……せっちゃーん!」

 

 私はもう恥ずかしくてその場から逃げ出した。だけど、そんな私に明日菜さんは、

 

「桜咲さーん! 明日の班行動、一緒に回ろうね! 約束だよー!」

 

 こう言ってくれたのだ。

 

 その返答に何と返したら分からなかったので、取りあえず頷いた。

 

 

 


 
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