【結衣】
今日は京子やあかりたちが偶然にも用事が重なり、一人で部室にいるのも
どうかと思い、たまには廊下でも歩きながら学校内を見て回っていると
向こう側から千歳がいつもより疲れた様子で歩いてきた。
「あれ、千歳?」
「あぁ、船見さんか~」
「何か疲れてるみたい?」
「そうなんよ、今日に限ってみんな用事できてな~」
「へー、ごらく部も同じような感じだよ」
奇遇だねと二人で同時に言葉を発する。普段から一緒にいられる機会があまり
ないのに、同じことを思っていたことを同時に口に出したことが不思議と面白かった。
「せっかくやし、お茶でも飲んでく?」
「いいの?」
「ええよええよ、どうせ今は誰もいないんやし」
「ありがとう、千歳」
私は千歳に微笑むと、千歳も同じように微笑み返してくれる。
それが何だか可愛らしく感じた。
私と千歳は生徒会室の中へと入って、私は手近にある席に座る。
ポットから急須にお湯を注いでから湯飲みに淹れるまでの流れを見ていると
何だか落ち着いた気持ちになる。いつもは騒々しいくらいだから余計そう感じるのかも。
たまにはこういうのもいいな、と思っていてテーブルに頭を預けていると
目の前に湯飲みを置かれる。
「どうぞ」
「うん」
お茶を啜っていると、思い出したかのように千歳が声に出したのを私は聞き逃さず、
気になったので聞いてみた。
「どうしたの?」
「そういえば、綾乃ちゃんの用事思い出したわ。確か歳納さんを探しにいくって」
「あぁ、もしかしたら。京子も綾乃を探してるのかも」
私が言うと千歳は急にメガネを外して鼻血を噴出していた。またいつもの妄想か、と
近くにあるティッシュを何枚かつまんで、辺りの血をふき取った。
「ほんまにあの二人ええなぁ」
「あぁ、最近は良く二人でデートしてるみたいだしな」
京子に特別な感情は全くないといったら嘘になるだろうけど、綾乃と上手く
いきそうならそれも悪くないと思える。
それに私も似たような気持ちに最近なっているから。
そう考えながら千歳をチラッと見やると、私の視線に気づいた千歳は満面の笑みをして
優しい声で私に聞いてきた。
「なぁに?」
「なんでもない」
自然と微笑みが零れる。でも、この気持ちは伝えられないな。
あまり一緒にいたことないし、千歳は私に対してそんな気持ちは微塵もないと
思ってたから
だけどそんな私の気持ちを考えをひっくり返すようなことを千歳は呟いた。
「いつも思てたんやけど、船見さんのそういう優しさ。私、好きやわぁ」
「ぶっ!」
「あら、大丈夫?」
「ん、あ、ああ・・・」
噴出しそうになったお茶を何とか留めて、少し垂れてしまったのをふき取ろうと
ティッシュに手を伸ばすと、千歳も同じことをしようとしたのかお互いの手が触れていた。
勘違いしそうになる。千歳が私のことを恋の方で好きって捉えてしまうけど。
千歳に限ってそういう気持ちはないのではないか。
私から見てると、千歳は綾乃のことが好きだと思っていたから。
「私の気持ち通じた?」
「あ、うん。私も千歳が好きだよ」
友達としてっていうニュアンスで言ったけど、千歳にとっては別と取れたのか。
「嬉しいわぁ」
と言って、私の手を彼女の両手が覆い、ギュッと握られる。
その暖かさと柔らかさで私の胸はドキドキが止まらないでいた。
「あ、いや・・・友達として・・・だけど」
「え・・・」
本当に嬉しそうにしている千歳には悪いけど、そう訂正した。
お互い期待しあって、後でダメになってしまうのが怖かったし、
最初からそんな関係を期待しない方がいいって思ったから。
「船見さんは全くそんな気持ちはない?」
「そ、そうだよ!」
胸が苦しくも、そう返すと寂しそうな顔をする千歳を見て窒息しそうになるほど
罪悪感を味わった。でも、これはお互いのため、そう思い込んだ直後。
私の唇にすごく柔らかい感触と、千歳の匂いを感じた。
「ん・・・んん・・・」
ぷはぁっ
千歳が身を乗り出して私の唇に触れたみたいだ。
深いキスではなかったから、多少湿ったような感覚だけ。
でも、それは十分に私の理性を破壊できる威力を持っていたわけで。
私は湯飲みから手を放して立ち上がり、千歳の隣に立つと彼女の手を引いて
空いた手を背中に回して引き寄せた。
「そんなことしたら、止まらなくなっちゃうじゃない」
「ええよ、私もそのつもりやったから」
「千歳は綾乃のことが好きなんじゃないの?」
「好きだけど、一生懸命にしてる綾乃ちゃん見てたら、親友としての好きっていうのが
一番に感じたんよ」
遠くを見るような目で語る千歳が健気で私の心が思わずキュンとなってしまう。
私はグッと千歳を抱きしめて、頭を撫でる。
「私も似たような気持ちかな」
幸せそうにしている京子と綾乃を見ていたら、それで満足していた私がいた。
関係は変わらず、相手が幸せならそれでいい。
だけど、自分が我慢しているというわけでじゃない。
それに気づくちょっと前から、私は気になっていた。千歳を見ていて・・・。
「その時からちょっと前くらいかな、船見さんのこと意識しはじめてな」
「私もだよ」
「あはは、どこまでもおそろいやね」
「本当に」
二人は抱きしめあったままの体勢で笑いあった。
どれくらい時間が経過したかわからないくらい、似たもの同士笑いあっていた。
そして、二人の声は消え。静かにお互いを求めるキスを交わしていた。
最初の戯れとは違う。深い、長い接吻を。
静かに時間は過ぎていく、誰もこない生徒会室。
だから、この気持ちが安らぐこの子と少しでも多く一緒にいたかった。
その長い長い沈黙を破ったのは千歳の方。
「ありがとうな」
「ん?」
キスを終えた私達は背中合わせに立って、少し少し話し合った。
かなり長くキスしていたように感じていたが、実質10分ほどしか経っていなく。
不思議な感覚だった。
だけど、その時の気持ちよさはしっかりと残っていた。
「私のこと見てくれてて」
「それを言ったら私も方だろ」
「そやな~」
笑う千歳の声が耳に心地良い。私は目を瞑ってその声をしっかりと記憶した。
ごらく部と違って二人でいられる時間はごく僅かなものだ。
だから、いつでも聞けるようにこうして焼き付けていく。
彼女の笑顔を覚えておく。
会える時間が愛の全てではない。短くても、ちゃんと互いの気持ちを伝えて
信じていれば育めることを知った。
振り返って少し照れくさくなりながら、私は一言千歳に告げた。
「これからもよろしくな、千歳」
「うん、こちらこそ。船見さん」
「せっかくだし、名前で呼んでくれない?」
背中を向き合わせたまま、私は千歳の手を触り握ると、やや緊張した強張りが残る
千歳はとても甘い声を出してこう言った。
「うん、こちらこそ・・・。結衣」
「何だかこそばゆいな。嬉しくて」
誰もいなかったこの日は二人で仲良く手を繋いで途中まで歩いて帰ったのだった。
恋に疎かった私にも春は訪れたようだ。甘酸っぱい、幸せな春が。
お終い
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色んなカップリングを自由に書いてみたい、っていうとこから始めましたが。どうにもこの二人では自分の腕前だと良さが上手く引き出せないことに気付いたわけでして。それでも良ければ見ていってください。少しでも楽しんでもらえれば幸いです。