No.531451

天の迷い子 第十五話

非常に久しぶりの投降になります。
すでに忘れられているかもしれませんが、よろしければ読んでやって下さい。
ど素人の駄文をよろしくどうぞ。

2013-01-14 00:06:28 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:1472   閲覧ユーザー数:1314

流騎達が出陣する数日前、干鋼が慌てた様子で董卓の屋敷に駆け込んできた。

 

「はぁはぁ、よかった、まだ出陣してなかったんだね。」

「おぉ、どした?干鋼?そんな息切らして?」

「………………いや、大の字になって倒れてる流騎には言われたくないけど…。」

 

言葉通り鍛錬により力尽き、ばったりと中庭に倒れこんでいる流騎。

それを引き起こして座らせる干鋼。

 

「ほら、とりあえず起きて。そんな格好じゃ渡せないよ。」

 

起き上がった流騎の前に包みを置く。

 

「もしかして、あれ、出来上がったのか?」

「うん、昨日ね。それで、早速親方が持って行けって言うから届けに来たんだ。………じゃあ、これ。」

 

しゅるりと布が取り払われ、流騎に手渡される。

そっとそれを手に取ると、すらりと鞘から抜き放つ。

 

「………凄いな、これは。再現するだけじゃなく、オヤジさんわざわざ手を加えてくれたのか。」

「うん、見たことの無い武器とはいえ、見たまま説明された通りに作るだけなのは、鍛冶職人としての誇りが許さないんだってさ。僕も半人前とはいえ職人の端くれだから、同感なんだけどね。長さは少し長めで刃渡りが四尺、全体的に刃に厚みを持たせているから重量感があって、戦場で使うにはより適してると思う。手元に重心を置くことで、重さを考えれば使いやすくなってると思うよ。」

「そっか、わかった。」

「あと、親方から伝言。っんん!あ~、こほん。“てめぇ、わしがうった武器を使うんだ、不甲斐無ぇ様晒しやがったらぶっ飛ばすぞ!!”だって。」

「ははははっ、似てる似てる!…まあ、言われると思ってたけどな。うしっ!≪ぱんっ!ぱんっ!≫気合入れなおすぞ!!」

 

流騎は立ち上がり、再び鍛錬をするべく走り出そうとした。

 

「流騎!!」

「ん?どうした?」

 

流騎を呼び止めた干鋼は叫ぶ。

 

「絶対死んじゃ嫌だからね!戦には負けたっていいから皆死なないで!!」

「はは、これから戦いに行く人間に負けてもとか言うなっての。でも、ありがとな。絶対とは言えないけど、俺達だって死ぬ気は無いから。」

 

流騎は決意を新たにする。

死んでたまるかと。死なせてたまるかと。

大事な友達の顔を、一人一人思い浮かべながら。

 

 

 

 

(本当に感謝しないとな。間に合わせてくれた堂堅さんにも、急いで届けてくれた干鋼にも。おかげで油断と意表をついたとはいえあの趙雲を退かせる事が出来たんだから。)

 

ありがとう、と流騎は口の中で呟き、部隊の指揮を執る。

 

流騎の部隊は、関から出て関羽の部隊と戦闘を開始した。

左右からは伏兵、正面からは橋を架けられ、もはや関に篭もる利は無いと判断したからである。

上に兵二百を守備の為に残し、八百ほどになった流騎隊は関羽の部隊に突撃をかけた。

 

「敵部隊が来るぞ!!迎撃準備!!」

「違う!こちらも打って出て相手を押し返すぞ!!」

「弓を持て!!矢の雨を喰らわせてやれ!!」

 

各々の指揮官がバラバラの指示を出す。

まるで纏まっていない各部隊。

 

(やっぱり。劉備軍はこの一年かそこらで急に出てきた勢力。軍としての経験が浅くて将より下の人材育成が上手くいっていない。それに、関羽や張飛、趙雲のカリスマが強すぎて軍事行動のほとんどが彼女達頼りになっていて、末端までの意思の疎通と共有が出来てないんだ。この混乱に乗じればここは抜けられる。)

 

流騎の感じた通り、劉備軍の強さの本質は関羽・張飛・趙雲の三将軍の武力にあった。

全員が例外なく軍の先頭に立って兵達を引っ張る。

その強さを見た兵達は激しく士気を上げ、実力以上の力を発揮し、将達の威の下に団結する。

敵は彼女達の力を目の当たりにし、恐れ、躊躇し、士気が下がる。

逆に言えば、軍の要である三将軍がいなければ、士気は上がらず、兵は地の力しか出せない上に、相手の士気も落ちず、連携も雑になる。

 

もちろん、諸葛亮・鳳統は分かっていた。

しかし、いくら天才と呼ばれる軍師であっても時を作り出す事は出来ない。

そして、将達の力はそれでも戦い抜けると思えるほど、素晴らしいものだった。

だからこそ、将達の武力に頼るしかなかったし、実際ここまでは勝つことが出来ていた。

唯一の誤算は、猛将・関羽に匹敵するほどの力を持った無名の将が存在したこと。

これは、彼女達の唯一の欠点である、実戦経験の少なさ故に、自軍に不利な予測が甘かった為に起こした失策であった。

 

関羽隊を一直線に突っ切る流騎隊。

纏まりきっていない部隊を適当にあしらいながら中央を突破する。

先頭を走るのは、身の丈六尺を超える大男五人。

斧や棍棒などの重量のある武器で敵をなぎ倒していく。

その綻びを、後続の兵達がこじ開け、錐の様に貫いていく。

全員が目標に向けて一丸となり、脇目も振らず駆け抜ける。

 

「遼姉や雄姉の為に少しでも時間を稼ぎたかったけど、仕方ない。林雪伝令隊!各部隊に通達!作戦は防衛より退却に移行、各自の裁量で戦線より離脱せよ!」

 

関羽隊を抜け、劉備の本隊に向かう途中、二十人程の伝令兵を切り離す。

そして流騎達は、そこから弱い敵を狙って戦場を駆け抜ける。

連携の取れていない部隊。士気の低い部隊。指揮官の居ない場所。部隊と部隊の隙間。

十何日の戦いで間諜の報告を聞き、実際に自分の目で見て当たりをつけていた隊や、さっき汜水関の上から見た部隊の配置の隙を突き、するりするりと抜けていく。

 

 

「ははっ!流騎の奴、器用に抜けて行くな~。んじゃあそろそろ俺も行きますか。」

 

関の上で曹操軍の楽進・于禁・典韋の三人と戦いながらもそれを見ていた高順は、いっそう姿勢を低くすると、三人に向かって駆けた。

それまで一度も見せなかった速度で。

 

「何っ!?」

「ふえ?」

「速っ!?」

 

三人は同時に声を上げた。

高順は足に力を溜め、二歩目で三分の二の距離を潰し、三歩目を踏み出すと同時に左拳をしならせる様に打ち出し、速度重視の氣弾を最も反応の遅かった于禁の顎に命中させ意識を刈り取った。

それを見て、典韋は巨大円盤を高順に向かって投擲する。

しかし高順はそれを最小限の動きで避わし、氣を纏わせ鋭化させた手刀で円盤を操るための紐を切断。

そのまま典韋の懐に入り、水月に肘を入れ失神させる。

巨大円盤は、投げた勢いのままに曹操兵を巻き込み飛んでいった。

典韋に攻撃した後の隙を見逃さず、楽進は渾身の氣と力を籠め、高順に得意の蹴りを放つ。

その蹴りを、高順は肘打ちの勢いのままさらに身を屈めて避け、両手を付いて逆立ちの状態になりながら、楽進の顎を的確に打ち抜いた。

 

ほんの数瞬の間に将が三人もことごとくやられ、曹操軍は少なからず動揺する。

それに乗じて高順・李傕・郭汜の三部隊は、二千ほどの兵を残し、渡し板を駆け下りると、高順の氣弾で板を破壊。

別働隊と夏候惇の部隊の半数を関の中に閉じ込めた形になった。

そして、三人の部隊は戦っている徐晃を迂回して、高順・郭汜は曹操軍、李傕は劉備軍の方向へ抜けて行った。

 

「むっ!あの部隊、桃香様を狙っているのか!?」

 

劉備軍に向かって突撃する流騎隊とそれを追うように続く李傕隊を見て、関羽は声を上げる。

 

「夏候惇、すまないがここを任せても構わないか?」

「ふん。元々貴様の助けなど必要なかったのだ、とっとと行け。これほどの武人の頸ならば、華琳様もさぞお喜びになるだろう。だが、他軍の将の力を借りたとあっては落胆されるかも知れん。」

「すまん、ここは任せた!」

 

そう言い残し、関羽は五百程の兵を連れ、李傕隊を追って行った。

 

「ん?何だ、追わんのか?」

「夏候元譲を前に集中を切らせるような真似をするわけないだろう?その瞬間に勝負は着いてしまう。」

「ふははは!解っているではないか!ならばこちらも全力でもって貴様を打ち倒してやろう!」

 

一騎討ちとなり再び始まる夏候惇と徐晃の戦い。

両部隊の兵達も死力を尽くして戦っていた。

練度は互角、数は夏候惇、士気は徐晃。

二つの隊の戦いは正に拮抗していたのである。

 

曹操軍はいち早く戦場の空気を察知し、高順達の部隊を迎撃するための指示を出していた。

 

「秋蘭、兵三千を率いてこちらに向かう部隊の迎撃に当たり、敵部隊を撃破後、春蘭の補佐に入り汜水関を落としてきなさい。」

「御意。すでに部隊は編成してありますので、すぐにも出られます。」

「ふふ、さすがね。それじゃあ、行ってきなさい。」

 

夏候淵はすっと礼をすると、馬を駆り高順・郭汜隊の迎撃に向かった。

 

「華琳、千人程度の敵部隊ならオレの騎馬隊の方が良かったんじゃないか?」

 

そう言って曹操の横に馬を並べているのは、曹仁。

真っ赤な短い髪を所々はねさせ、細く切れ長の緑の瞳は、夏候惇並みの闘気を宿している。

話し方や容姿は男のようではあるが、れっきとした女性である。

 

「ええ、あの部隊を殲滅させるだけなら、紅蓮の方が適任でしょうけど、そのあと春蘭の補佐をするのはあなたには無理でしょう?」

「…あ~、確かにあの猪の手綱を握るのは勘弁して欲しいな。」

「でしょう?」

 

そう二人は笑い、夏候淵を見送った。

 

その頃、劉備軍本隊では、怪我を負った趙雲が治療を受けていた。

 

「まさか星がやられるなんて…。まだ信じられないよ。」

「申し訳ありませぬ。私の油断と慢心が致命的な隙を生んでしまいました。主や桃香様に恥をかかせることに。」

「そんな!私達は星ちゃんが生きて帰って来てくれてよかったって思ってるんだよ!ねっ、ご主人様!」

「ああ、一度や二度の負けなんて何時だって取り返せるさ。それよりも、星が無事でよかったよ。」

 

趙雲はくすりと微笑む。

 

「全く、我等の主達はお人好し過ぎていかん。」

「くすくす、でもそれがお二人の良いところでもあるんですよね。」

「朱里の言う通りなのだ。優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんが鈴々達は大好きだから、それでいいのだ。」

 

そんな会話をしながら、戦場には似つかわしく無いほどの柔らかな空気が流れていた。

しかし、

 

「報告します!汜水関から千人弱の部隊が四つ突出し、そのうちの二つの部隊がこちらに向かって突撃してきます!旗は李と流!」

「ええっ!ど、どうしよう雛里ちゃん!!」

「あわわ、お、おちちゅいて下さい桃香様。合わせて二千弱程度の部隊なら、鈴々ちゃんに三千ほどの部隊で迎撃に向かって貰えば問題ありましぇん!!」

「にゃははは、雛里かみかみなのだ。お姉ちゃん、鈴々に任せておけばいいのだ。みんな行くぞ~!鈴々に続くのだ!!」

 

元気いっぱいに隊を率いていく張飛。

 

「李と流か…。流って言うのは知らないけど、李って言うのが李傕って武将なら手ごわい奴かも知れない。雛里、鈴々について兵の指揮を執ってやってくれないか?そうすれば鈴々も目の前の相手だけに集中できると思うから。」

「わ、わかりました。ご主人様がそう仰るなら、何かあるんですよね。」

「ごめんな、無理言って。くれぐれも気をつけて。怪我なんてしないように。」

 

鳳統はコクリと頷いて、張飛を追いかけていった。

 

「うおぉぉぉおおお!!!」

「≪ガキィン!!≫っぐ!!」

 

夏候惇の剛撃を双剣でなんとか防ぎ、後方に吹き飛ばされながら威力を殺す。

ズザザッと砂埃を上げながら着地。

 

「っつ~、なんて力だ。受け続けていたら私の腕の方が先にやられてしまいそうだ。」

「ふん、ならばそろそろ諦めたらどうだ?」

「そういう訳にもいかないんだ。もうすぐ日も傾くことだし、そろそろ私も退かせて貰う事にするよ。」

 

そういうと徐晃はくるりと夏候惇に背を向け跳躍。

いつの間にかそこに居た徐晃の部隊によって用意されていた馬に跨り駆けて行った。

 

「………っ!?待て!!逃げるのか!!ええい、くそっ!誰か、馬を持て!!追うぞ!」

 

まさか一騎討ちの最中にも係わらず、あっさり背を向けて逃げるとは思っていなかった夏候惇は呆然と見送ってしまう。

状況を把握した彼女は慌てて馬に飛び乗り、徐晃の後を追った。

 

「うりゃりゃりゃりゃ~~!!どくのだぁ~~!!」

 

張飛を先頭に流騎隊に突っ込んできた。

流騎隊の先頭を走る重量級の什長達を蛇矛の一撃で二人吹き飛ばす。

残りの三人でなんとか張飛を押し止める事に成功するが、武器をへし折られてしまい後に続く兵達に突き殺された。

一時止められた張飛は狙いを変え、流騎に向かって再び地を蹴る。

ぶるんっ、と全身を使った一撃を張飛は放つ。

体格に合わない強烈な剛撃を、流騎は紙一重で防御することに成功するが、まるで野球のボールの様に軽々と吹き飛ばされ地面を転がった。

 

遅れて流騎隊に合流した李傕隊も戦闘に加わる。

李傕と十数名の手練れによってなんとか張飛の猛攻を抑える。

そのおかげで、ギリギリのところで部隊の崩壊を防ぐことが出来た。

しかしそれも鳳統の的確かつ迅速な対応で、じりじりと兵の数を減らし、時間の問題であった。

李傕はじわりと小さく汗をかいた。

共に一流と呼べる武人と軍師を一度に相手をすることは、いかに経験で勝る李傕といえども至難の業であったからだ。

さらに最悪なことに、背後に砂煙が起こっていた。

おそらくは徐晃と戦っていた関羽の部隊であろうと言う事は容易に予想が付いた。

 

「まずいの、このままでは完全に包囲されてしまう。早急に離脱せねばならん。」

 

李傕は周りを見渡し退路を探すが、鳳統が巧みに部隊を動かしその隙が見当たらない。

 

「………だったら、強行突破しか、はぁ、はぁ、無いでしょう?」

 

張飛の一撃で意識を失っていた流騎が眼を覚まし、李傕の隣に立っていた。

しかし肋骨を何本か折ったらしく、顔色が悪い。

 

「…うむ、やはりそれしかないか。では何所を狙うのだ?張翼徳の武力は並ではない。あの少女が指揮している隊には隙が見当たらない。反転している内に背後の部隊が追いついてくるであろう。出来れば将の居る場所は避けた方が良いと思うが。」

「いや、あえて張飛のす、すぐ横を、狙う。動きがある分、隊列は乱れているし、張飛に掠める方の兵が壁になって、っぐぅ、残りを逃がすんだ。今は、犠牲を出してでも、退く時だと思う。」

「なるほど、良かろう。その壁役、わしの隊の手練れに任せよ。それが一番成功率が高い。」

 

そう言うと李傕はすぐさま二つの部隊を密集させ、張飛が戦っている場所のすぐ右へ突撃をかけた。

兵を削られつつもなんとか相手を捌き、包囲を抜ける流騎たち。

その後方から追って来ていた関羽は、すぐに流騎達の意図を見抜き、速度を上げた。

その表情に怒りを滲ませながら。

 

「止まれ!!卑怯者が!!!」

 

関羽の怒声が響く。

 

「兵を犠牲にして自分達だけ助かろうなど、武人の風上にも置けん!恥を知れ!この臆病者が!!」

 

義に厚く真面目で、心根が真っ直ぐな関羽にとって、あえて兵を犠牲にするやり方はどうしても許すことが出来なかった。

 

「暴政を敷いているような者に仕えている者など下衆に過ぎんと言うことか!ならばやはり、董仲頴は我が正義の刃で裁かねばならない悪だ!まずは貴様等から成敗してくれる!!もし僅かにでも武人の誇りがあるのなら剣を取れ!」

 

ぴたりと流騎は足を止めた。

 

「…今何て言った?誰が悪だって?」

 

静かに流騎は関羽に問う。

 

「ふん!暴政で民を苦しめていると言う噂の董仲頴だ!そのような外道を悪と断じて何が悪い!!」

 

頭に血が上った関羽は売り言葉に買い言葉でそう答えてしまう。

暴政というのがあくまで噂であり可能性の話であると諸葛亮・鳳統両軍師に言われていたが、それだけの噂が流れているのだから暴政とはいかないまでも、苦しんでいる民草は存在しているのだろうと心のどこかで思っていたが故に。

 

「………………お前に何が解る。」

「何?」

「俺の事はいい。何と言われようと構わない。けど仲頴の事を悪く言うのは我慢ならねぇ!!!」

 

言葉と共に流騎は振り返り関羽に向かって足を進める。

李傕を始め、周りの人間は止めようとしたが凄まじい程の殺気と怒気に当てられ竦んでしまっていた。

 

「あんたの言う通り、俺は卑怯だし、臆病者だ。それは否定しない。」

 

一歩、また一歩と距離を縮めていく。

関羽は自分でも気付かないうちに、ほんの僅かではあるが、じりじりと後退していた。

 

「でもな」

 

流騎は関羽の目の前で立ち止まり真っ直ぐにその眼を見据える。

「うっ」と関羽は呻き声を上げた。

 

「友達を悪く言われて、黙ってられる様な屑じゃねぇんだよ!!!!!」

 

あらん限りの声と共に殺気と怒気を叩きつける。

かつて感じた事の無い純粋な怒り。

その瞬間

 

「…う、うあぁぁあああああああああああ!!!!!!!!!」

 

関羽が青龍偃月刀を振り下ろした。

 

 

肩口から斜めに斬り裂かれ、流れ出た血が地を染める。

一瞬遅れて流騎隊の兵達が関羽と流騎の間に割って入り流騎を護る。

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

(何なのだ!?あの男は!?自分でも気付かぬうちに退がっていた!斬らなければやられると思った!抜刀すらしていない男に!?)

 

関羽は息を荒げ、構えを崩さず、油断無く流騎達を睨みつける。

兵の肩を借りてなんとか流騎は立ち上がった。

 

(辛うじて致命傷には至ってないか。いくら友達の事とはいえ、頭に血が上った挙句にばっさり斬られるなんて、修行不足もいいところだな。)

 

流騎は自分で自分に苦笑する。

 

「…すまない。俺の、勝手な行動の、所為で、っぐ!時間を、無駄にした。皆、すぐにこの場から、退却、しろ。俺が足手まといになるなら、捨てて行け。」

 

自分の勝手に張った意地に兵達を巻き込むわけにはいかないと、流騎はそう口にした。

しかし

 

「すんません、隊長。そいつは出来ねえです。」

 

兵の一人の言葉に隊の全員が同意した。

 

「隊長はいっつも言ってましたよね?戦う理由は自分の為、自分の大事なもんの為であるべきだって。そりゃあ俺達も自分が大事だし、他人の為に戦うなんて真っ平ごめんですから、隊長の言ってることは分かります。」

「だったら、ここに残る、理由は、無い、だろう?」

「あ~、隊長は確かこの国の出身じゃないんですよね?だったらわかんねえかも知れないですけど…。」

 

ざっ、と兵達は流騎に背を向け、関羽達の方に視線を送る。

流騎を護るように。

 

「漢の男は、自分の惚れ込んだ漢の為に命を賭けるもんなんですよ!!!」

 

声と同時に噴き出す軍氣。

それは死を決した者達の命の輝き。

 

「伯坊!隊長を頼むぞ!!」

「………はいッス!」

 

年配の兵士は、最も年若い少年兵に流騎を任せた。

未来ある若者を死なせない為の配慮であろう。

それがわかっているから、伯と呼ばれた少年は歯を食いしばりながらも、返事をする。

 

「…隊長、行くッスよ!皆の覚悟を無駄にしちゃ駄目ッス!」

 

流騎は悔しそうに、苦しそうに兵達を見て、やがてぽつりと「行こう」と呟いた。

その唇からは紅いものが滲み出していた。

 

 

董卓軍の各部隊に伝令が届く。

 

「流騎が!?それであいつは生きてんのか!?」

「はい。その場に居た者の話によれば、一人の少年兵と共に退却したと言っております。深手を負ってはいるのでしょうが、命の心配はないかと。」

 

それを聞いて、高順はほっと胸を撫で下ろす。

 

「なら、俺達の行動は変わらず、この戦場からの退却だ!流騎の事は後で考える!」

「そんじゃあ殿は俺達が請け負うぜ!董卓様にゃあてめぇ等みてえな才能有るガキ共が必要だからな!」

 

高順と並走しながら郭汜は言う。

 

「おっさん、あんた死ぬ気かよ!?」

「俺や李傕の爺さんはよ、もう生き方よりも死に方を考える歳なんだよ。んでな、こんだけでけぇ戦で、しかも若けぇ才能を護って死ねるってんなら、これ以上の誉れはねぇ。まあ、なんだ、この汜水関の戦いの一番美味しい所は、俺達年寄りに譲れってこった。」

 

郭汜はかっかっかっと笑い、高順の頭をガシガシ撫でる。

高順はその手を払い「子供扱いすんじゃねえ」と言って、鼻をすすった。

 

「そこまで言うならあんた等に見せ場をくれてやるよ!精々格好つけやがれ!!」

 

高順はさらに速度を上げ、一気に駆け抜けていった。

 

「………よし!てめぇ等!昨日話したとおり、俺達郭汜隊はこの汜水関で死ぬ!李傕の爺さんも同じ選択をするだろう!敵は数十万の連合軍!戦う相手はよりどりみどりだ!さぁ!!死に花咲かせてやろうじゃねえか!!!」

 

戦場全てに響くかのような声で叫び、呼応するように兵達も雄叫びを上げる。

強く激しい炎で命を燃やし、彼等は最期の戦いに向かう。

 

この戦場で死ぬ事を決めたのは、流騎隊・郭汜隊そして郭汜も言ったとおり李傕隊。

彼等は、強かった。

力でも、技でも、連携でもない。

それはすなわち意志の力。

信念と言いかえても良いのかもしれない。

彼等は自分の心の中に、炎の様に熱く、鋼の様に硬い一本の槍を宿している。

それが折れるまで戦い続ける。

誰の物でもない自分の意思で。

 

敵の放った矢が胸を貫く。

突き出した槍が腹を裂く。

さりとて彼等は退かず怯まず、ただ只管に戦い続ける。

その命が尽きるまで。

 

 

「何なんだ、あれは…。」

 

汜水関の上から戦場を見渡していた楽進が、恐れの篭もった声で呟いた。

高順との戦闘で楽進達は気を失ったが、ほんの数分で意識を取り戻していた。

その後、曹兵達も士気を回復させ、戦況はすでに曹操軍の圧倒的有利となっていた。

 

「射られても斬られても全く怯まないなんて、普通じゃないです…。」

「沙和の所のウジムシ共でもあんなこと出来ないのー。」

 

自分があの敵の前に立ったとして、冷静に対処できるだろうか?

三人は誰とも無くそう思った。

その時

 

「奴らを良く見ておけ。滅多に見られるものではないからな。」

 

彼女達の後ろに曹仁が立っていた。

 

「紅蓮様、どうして此処に?」

「華琳の命だ。オレの部隊で一気にこの汜水関を制圧しろとな。それとお前達に伝言だ。「今の董卓兵を見ておきなさい。彼等こそが自らの意思で覚悟を決め、戦に赴く真の死兵と言うものよ。」だそうだ。」

 

言葉通り死兵となった彼等は周りの部隊に喰らい付いていく。

流騎隊は関羽隊に、郭汜隊は夏候惇隊に、そして李傕隊は…。

 

流騎の負傷、流騎隊の突撃と同時に郭汜隊と同じ様にこの戦場で死ぬ事を覚悟していた李傕隊は、進行方向を変え、劉備の本陣に向かった。

しかしその途中、劉備隊を護るかのように公孫瓉の白馬隊が現れ、戦いが始まった。

 

「敵を囲んで逃がすんじゃないぞ!劉備軍本陣に近づけさせるな!」

(愛沙や鈴々が居ない今、数の有利があるとはいえ、こんな連中と桃香達を戦わせるのは危険だ!星の奴も負傷してるみたいだし、ここは私が何とかしないと!!)

 

数倍の兵力差を生かし李傕隊を包囲する公孫瓉。

兵法の基本とはいえ、指示には淀みが無く、しっかりと部隊の動きを把握し上手く小隊と小隊を連携させていた。

兵の練度も高く、公孫瓉の命令に素早く対応している。

公孫瓉自身も超一流の武人には及ばないが、基本に忠実な剣技は美しさすら感じさせるものだった。

一人、また一人と今までに無い程の技の冴えを見せて、ことごとく兵達を屠っている公孫瓉の前に槍を構え、李傕が立ちはだかる。

一つ、二つ、三つと槍を突き出す。

 

(くっ!鋭い!!この男が隊長か!?それなら!!)

「第一百人隊この男の周囲を囲め!指示を出させるな!しばらくすればこの部隊を追って関羽隊が到着するはずだ!到着し次第関羽隊と連携して、他の部隊を速やかに排除しろ!」

 

李傕からは目を逸らすことなく、公孫瓉は声を張り上げた。

 

「素早く良い指示じゃな。剣技も冴え、馬術も素晴らしい。ふむ、流石は白馬長史と言った所か。」

 

李傕は落ち着いた様子でそう言うと、公孫瓉に向かっていく。

それを阻もうとした兵を数人斬り捨て、再び二人は対峙する。

 

「…一つ聞いてもいいか?」

「何かな?」

「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?援軍があるわけでも無いはずだろ?何故わざわざ勝ち目の無い戦いをするんだ?」

「簡単なことじゃ。若い才能を護る為。」

 

事も無げにそう答える。

 

「それならもう投降しろ。徐と高の旗はすでに戦場に無いし、流の指揮官は深手を負って敗走したと報告があったぞ。」

「それには及ばんよ。わしは、いや、わし等はこの場で全員死ぬつもりだからの。」

 

あっさりと答える李傕に公孫瓉は声を荒げる。

 

「ふざけるな!もう勝敗は決しただろ!?どんな命令があっても死ぬまで戦わなきゃいけない理由にはならないぞ!?いいから投降しろ!私も劉備も悪いようにはしない!」

「残念ながらその申し出は受けられんよ。わし等は死ななければいけない訳でも、死ぬしかない訳でもないからな。ただこの戦場で死ぬと決めただけだ。武人の意地と覚悟というものだよ。」

 

穏やかな、本当に穏やかな声と表情でそう答えた李傕の目の奥に、公孫瓉は揺らぐことの無い信念の炎を見た。

公孫瓉は理解した。

自分が友を、桃香を命をかけても護りたい様に、彼も命をかけてそれを貫く覚悟なのだと。

退く事も、降る事も良しとせず、仲間を護り己が想いに殉ずる覚悟なのだと。

公孫瓉は剣を握り直し、胸を張って改めて名を告げる。

 

「我が名は公孫瓉!字は伯珪!貴殿に敬意を払い、改めて立ち合いを願う!!」

「ふふっ。承知した!我が名は李傕!字は稚然!その申し出、受けよう!!」

 

二人は馬上で剣と槍を構え、相手を睨みつける。

 

「「尋常に、勝負!!!」」

 

二人の愛馬は、しなやかな脚で大地を駆けた。

 

その槍は肉を裂き、その剣は骨を断つ。

互いに劣らぬ技量。

しかし、これまでの戦いで蓄積された肉体的疲労。

加えて周りを敵に囲まれる精神的疲労。

それらが徐々に李傕の身体の自由を奪う。

そしてついに

 

「…はぁっ、はぁっ!勝負あったな!」

「…わしも部隊も、な。もはや、動くことも、かなわん。この命が尽きるのも、時間の問題じゃろう。その手で、引導を渡してくれ。」

 

公孫瓉はぐっと剣を握る手に力を籠める。

 

「わかった。お前、いや貴方を尊敬するよ。最期まで折れず、曲がらず、自らの信念を貫いた最高の武人、李稚然!貴方の事は生涯忘れない!さらばだ!!」

 

剣を振り下ろし李傕の頸を落とす。

後に公孫瓉は言う。

その時の太刀筋は、生涯で最高の一太刀だったと。

 

「白蓮殿!ご無事ですか!?」

 

しばらくして、関羽が駆けつけた。

しかし、公孫瓉は「愛沙か」と呟いただけで、李傕の亡骸から数分間ほど眼を離さなかった。

 

 

時は李傕が敗北する四半刻前に遡る。

 

前進するは流騎隊。

迎え撃つのは関羽隊。

 

一人、また一人と仲間が倒れていく。

その中で、流の字を掲げる彼等が想うのは、あの少年。

 

ある者は市場で荷物を持ち、店の親父と談笑する姿。

ある者は子供達とムキになって遊んでいる姿。

そして、全ての者が思い浮かべるのは、鍛錬する姿。

何度も何度も将軍達に立ち向かい、叩きのめされては立ち上がる。

嘔吐して、気絶して、血を流し、涙を流しても、それでも諦める事をしない。

そんな少年を想い、彼等は命を刃に変える。

 

少年は言った。

人は強いから何かを成すのではなく、何かを成す為に自らの意志で強くなるのだと。

 

少年は、大事な友達を護りたいと言った。

柔らかに笑う彼等の主を。

よく喧嘩をする、それでいてどこか楽しげな軍師を。

姉と慕う二人の将軍を。

やきもち焼きな小さな軍師と、動物好きな無双の武人を。

バカな事でいつでも笑い合える三人の親友を。

 

そして彼等は知っている。

自分達もまた、少年の「大事な友達」だという事を。

 

振るう刃に力が篭もる。

命の限り戦おう。

あの少年を護る為に。

 

我等の「大事な友達」の為に。

 

 

一方郭汜隊は、夏候姉妹の部隊に囲まれ、郭汜の側近数十名を残し、ほぼ壊滅していた。

 

「ちっ!こんな小娘共に追い込まれるとはな!」

 

ぼろぼろの身体を引き摺り、郭汜は夏候惇に斬りかかる。

しかし夏候惇は余裕を持ってそれを受け止め、弾き返す。

そしてさらに一歩踏み込み、郭汜の左腕を斬り落とした。

郭汜は苦悶の叫び声を上げるが、それでもなんとか自らの衣服を破り腕の出血を止め、剣を構えなおす。

 

「むぅ、しぶとい奴だな!いい加減に諦めたらどうだ!」

「ぐぬっ!腕一本ぐらいで、調子に乗ってんじゃねぇ!!!」

 

怒声を上げて夏候惇に突っ込む郭汜。

しかし、剣を振り上げた瞬間、どこからか矢が飛来し、郭汜の肩と両脚を貫いた。

 

「おい!秋蘭!勝負の邪魔をするな!!」

「そう言うな、姉者。もはや勝負は見えている。それに、こんな所で時間をかけていては、紅蓮に手柄を取られてしまうぞ?」

「おお!そうだったな!では、ここをさっさと片付けて汜水関に向かうぞ!」

 

夏候淵に目を向けたその瞬間、郭汜は刺さった矢もそのままに、夏候惇に向かって駆けた。

 

「ぬおぉぉぉおおおおおお!!!」

 

獣の様な咆哮と共に夏候惇に向けて剣を振り下ろす。

しかし、一瞬の反応の遅れがあったとはいえ、そこは流石夏候惇。

郭汜を遥かに凌駕する剣速をもって肩口から腹までを斬り裂いた。

 

「ふう、今の一撃は危なかったぞ。しかしこの私には届かなかったな!そろそろ逝け!!」

 

剣を腹から引き抜きさらに一太刀を入れようとしたが、郭汜は筋肉を緊張させ、抜くことが出来ない。

 

「ぐっ!貴様、何を!?」

 

ブシュッ、と血が噴出す。

すると郭汜は自分の脚に刺さっていた矢を抜き、逆手に持つと、それを夏候惇の左眼に突き刺した。

 

「…っ!?ぐあぁぁぁあああああああああ!!!!!」

「姉者っ!!!姉者ぁぁぁあああああああ!!!!!」

 

郭汜はそれを見てゴポリと血を口から垂らしながら、唇を歪める。

 

「っくくく、ざまぁ、見やがれ…!文字通り、一矢、報いてやったぜ!」

「貴様あぁぁぁああああ!!」

 

激昂する夏候淵が弓を引き絞り、郭汜の額に狙いをつけた。

 

「っぐおぉぉぉおおおおお!!!!!」

 

その時、夏候惇が立ち上がり、その眼に突き刺さった矢を掴み、力を籠めた。

眼ごと矢を引き抜いた夏候惇は、戦場全てに聞かせるかのような大声で高らかに告げた。

 

「…天よ!地よ!そして全ての兵達よ!!良く聞け!!!

我がこの五体と魂は父母から頂き、今はわが主、曹孟徳様に捧げた物!!

断りも無く棄てる事も、失う事も出来ん!!!

見よ!我が同胞達よ!!我が左の眼、永遠に我と共に在り!!!」

 

そう叫ぶと、一息に自らの眼球を喰らった。

 

「秋蘭!!弓を下ろせ!これだけの覚悟を持って挑んできた武人だ!我が大剣で最期の幕を降ろしてやる!!」

「姉者…。わかった……。」

「………はは。化け物かってんだよ、てめぇ…。」

 

郭汜は夏候惇の気迫に、乾いた笑いをこぼした。

 

「董卓軍、郭汜!我が名は夏候惇!!字は元譲!!お前の最後を飾る武人だ!!!

…何か言い残すことはあるか?」

「はっ!我は戦場で生まれ育ち、今戦場にて死ぬ!最期の相手は生涯で最高の武将にして最強の修羅!!悔いも未練も恨みもねえ!!この場で命を散らすは本望よ!!!」

 

両腕を広げ、高らかに告げる郭汜。

剣を振り上げ、笑みを浮かべる夏候惇。

 

「見事っ!!!」

 

バッ!と血飛沫があがった。

 

こうして、汜水関の戦いは董卓軍の敗北に終わった。

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
6
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択