No.52900

呉IF√ あさきゆめみし

呉楽さん

Ifの雪蓮生存√。

って一作投稿されてるじゃん…orz
遅筆ですみません。・゚゚(ノД`)

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2009-01-18 21:05:19 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:32586   閲覧ユーザー数:20489

 

 

あさきゆめみし

 

 

 

 

「―――勇敢なる呉の将兵よ! その猛き心を! その誇り高き振る舞いを! その勇敢なる姿を我に示せ! 我はその姿を脳裏に焼き付け、我が母、文台の下に召されるであろう!」

 

 

なにを。

なにをやっているんだ、雪蓮。

 

 

「―――呉の将兵よ! 我が友よ! 愛すべき仲間よ! 愛しき民よ! 孫伯符、命の炎を燃やし、ここに最後の大号令を発す! 天に向かって叫べ! 心の奥底より叫べ! 己の誇りを胸に叫べ! その雄叫びと共に、我が屍を越えてゆけ!」

 

 

…叫べない。

そんなこと、出来るはずがない。

 

息を吸っている。吐いてもいる。

なのに何故、こんなにも胸が苦しいんだ。

 

 

辺りを呉の兵士達の大歓声が包む。

 

 

なぁ、おい。

雪蓮が…孫策が、死ぬ。

お前達の国王が死んでしまう。

俺たちの大切な仲間が、死んでしまう。

―――なのに何故、平然と戦ってられるんだ?

 

 

鬨の声と共に、兵士が一斉に突撃していく。

濛々と上がる土煙。

そして、戦場に響き渡る剣戟の音。

 

そんな中俺は一人、頭に靄がかかったかのように立ち尽くしている。

 

 

 

――ふと人の気配を感じて振り向くと、傍らに蓮華が立っていた。

 

 

「…行くわよ、一刀」

 

そう言って伸ばされた手。

それを俺は、知らず打ち払っていた。

 

「っ…!」

 

蓮華の群青色の瞳が大きく揺らぐ。

俺は行き場のない怒りを思わずぶつけていた。

 

「…なぁ。何でそんなに平然としてられるんだ? 雪蓮が死んじまうんだぞ! もう魚釣りも、街の巡回も、母さんの墓参りも一緒に出来なくなるんだ! なのに――なのに何で、戦なんてしていられるんだ! …最期くらい一緒にいてやろうって思わないのかよ…」

 

俺の声は尻すぼみに弱々しくなっていった。

 

 

分かっている。

どんなに無責任な台詞か。

今が、こんなことを言っている状況じゃないってことも。

 

 

結局、考えが甘いだけなんだ。

 

 

「――仕方ないじゃない!」

 

俺を迎えたのは蓮華の怒声。

目には溢れんばかりの涙が浮かんでいる。

 

分かっているのだろう。

戦が終われば医者の治療を受ける言った雪蓮との約束。

それが叶わない夢であることくらい。

 

 

「ここで降参なんてしたら、姉様の愛した、私たちの愛する呉の大地が曹操に奪われてしまう! そんなの姉様が望むはずがないでしょ!? 戦うしかないじゃない!」

 

悲哀を含んだ声が俺の耳を貫く。

 

「――孫呉の誰一人として、平然となんてしていない! …一刀は感じない? 敵に向かう兵の姿に王を失う悲しみを、王を奪われる怒りを。それらを力に変えて、彼らは戦っている。私たちに出来ることは、呉軍の将の一人として彼らを鼓舞し続けること。――そして、一分一秒でも早く、この戦いを終わらせることよ」

 

 

言い切った蓮華の表情にもう迷いはない。

そこにあるのは、孫呉の王としての雄々しい姿だけだ。

 

 

「ごめん、蓮華。俺――」

 

「いいのよ。行きましょう、一刀。私たちの戦場へ。悲恨に満ちたこの戦を勝利の二文字で少しでもまともなものへと変えるために 」

 

「…ああ」

 

悩んでいる暇なんてない。

悲しんでいる暇なんてない。

 

 

そんな暇があれば矛を振るえ。弓を放て。

……全てに終止符を打つために。

 

 

 

 

戦場は地獄だ。

人の命が軽々しく『力』という名のふるいにかけられ、切り捨てられる。

己の信念を否定し合い、誇りを傷つけ合い、肉体を滅ぼし合う。

 

――死に最も近い場所。それが戦場だ。

 

俺は、この世界に来てから幾度も戦場に立った。

黄巾党、董卓、袁術。様々な相手と戦った。

 

戦に優劣なんてない。

けれどかつて、これほどまでに哀しい戦が他にあっただろうか。

 

呉兵の嘆きが聞こえる。

魏兵の呻きが聞こえる。

 

 

戦は、一方的だった。

 

悲しみと憎しみとを鎧とし、身に纏った孫呉の兵。

対するは、撤退準備を進めていた曹魏の兵。

 

怒りと狂気に支配され戦う呉の将。

対するは絶望と恐怖に襲われ戦う魏の将。

 

 

どちらが有利かなど、火を見るより明らかだ。

こうなれば、兵数などはものの内に入らない。

 

 

 

「進め! 進め! 進め! 進め! 曹操の兵どもを血祭りにあげよ! 孫呉の王の血を……姉様の血を! 奴らの命で償わせよ! 殺し尽くせ! 腐った魂を持つ下衆共を! その血を呉の大地に吸い込ませるのだ! 贖え! 奴らの体内に流れる外道の血で! 我らが王の血を贖わせるのだ!」

 

展開する陣の中央から蓮華が声を張り上げる。

それに呼応するように戦場から将兵達の叫びが巻き起こる。

 

 

「黄蓋隊に告げる! 一兵たりも敵を逃すな! みなみな殺し尽くせ! 良いか! 敵兵の耳を削げ! 鼻をもげ! 目玉をくりぬき、喉を貫け! 敵の骸を踏みにじり、呉の怒りを天に示せ! 我らが英雄を奪った天に、怒りを! 哀しみを! 憎しみを! 見せつけるのだ!」

 

祭さんの静かな憤怒と脅迫は呉の兵を奮い立たせ、敵兵を戦慄させる。

 

「殺せ! 殺せ! 殺し尽くせ! 我らの怒りを獣どもに叩き付けろ! 王を……我らの王を穢した罪を、奴らの命で償わせろ! 投降するものは殺せ! 逃げるものも殺せ! その血を大地に吸い込ませ、孫呉に二度と刃向かえないように……!」

 

思春のあまりに理不尽な殺戮宣告。その前に異を唱えられる魏兵など皆無。

 

「邪魔者は殺してください! 一人として逃がしてはダメです! 敵に……孫策さまを亡き者にした奴らに! この世の地獄を味わわせてやるのです!」

 

普段は落ち着いた物腰の明命でさえ、この時ばかりは怒りを顕わにして叫ぶ。

 

 

徐々に魏の陣形は崩れはじめ、戦いは殺戮への幕開けを示し始めていた。

 

 

 

俺は先陣から後方あの本陣にいた。

最小の被害で最大の利を上げるためには、戦局を見極める必要がある。

これでも呉の文官の一人。剣が振れないのなら、筆を振るうしかない。

 

 

伝令からの報告は、やはり正面、右翼、左翼共に呉軍の圧倒的優勢。

 

 

けれど、それに対する懸念もあった。

無謀ともいえる無策の突撃。それを可能としたのは呉の兵の士気だ。

もともと、兵数は魏軍の方が呉軍を上回っている。

力押しで勇み攻め込んでいった呉の兵の動きには、僅かの疲れが見受けられていた。

敵もそのことには感づいているだろう。

 

 

魏に残された選択肢は玉砕か逃亡。呉に追撃をしかける力はない。

…当然、逃亡を選択するだろう。

 

 

果たして―――魏軍の後衛が徐々に撤退を始めているとの報が飛び込む。

 

それを尻目に、俺は本部の天幕へ向かった。

 

 

 

 

敵軍撤退、曹魏撤退――。

 

 

戦場に知らせが駆け巡る。

そんな中、天幕に血相を変えて飛び込んできたのは蓮華だった。

 

「一刀、冥琳、敵を追撃するわよ! 急いで本陣を上げて! 」

 

蓮華の服は返り血で紅く染まり、興奮と疲れからか肩が上下している。

隣にはいつものように平然と思春が控えているが、彼女の身に纏う殺気は普段とは別格のものだ。

 

 

「落ち着け、蓮華」

 

「これが落ち着けるものか! ここで曹操を見逃してしまったら、討つ機会はもうないかもしれないのよ! 」

 

宥めようとした一言は結果的に火に油を注いでしまった。

大きく一度呼吸をし、蓮華に告げる。

 

 

「追撃は―――しない。これが俺が冥琳、穏、亞莎と出した結論だ」

 

「な――!」

 

それを聞いた蓮華の顔が憤怒に赤く染まる。

 

 

「まず聞いてくれ。…確かにこの戦いは俺たちが有利だった。けど、敵が撤退している現状でも、兵数は魏と互角、いや、まだこちらが負けているくらいかもしれない。最初の兵数差ををここまで減らしたのは凄い事だと思う。けどそれは、それだけ呉軍が無理をしていたってことだ。これ以上敵を追撃したところで効果が上がるとは思えない。それに、俺たちが敵地に入ったらそれこそ曹操達も死に物狂いで向かってくる。これ以上犠牲を増やすのは得策とはいえない」

 

 

呉軍が今、国を護ろうと必死になっているのと同様に、魏軍も国を護るためなら死兵と化すだろう。

それに、兵達の士気の高揚も、いつまで続くか分からない。

 

兵を引くのが賢明だろう。

 

 

話しながら、胸中の狂気を必死に押しとどめる。

固く握りしめた俺の拳は手の皮膚を貫く。

 

冷静さを失うな。狂気に溺れるな。感情に流されるな。

動揺する俺に、冥琳が語った軍師としての心構えだ。

 

 

「けれど、私は姉様の敵を討たなければならない! 孫呉の王として、もう二度とこの大地を踏ませないように、曹操を徹底的に叩かなければならないのよ! 止まっている暇なんてないわ! それに、孫呉の兵はそんなに柔じゃない!」

 

 

蓮華の叫び。それに俺は返す言葉を失った。

呉の立場から言うと、俺はまだまだ新参者だ。

王と兵の質を口論出来るほど、軍の中で経験も信頼も積み重ねてはいない。

 

数瞬のきまずい沈黙。

 

 

「現実を見てください、蓮華さま」

 

口を開いたのは先ほどから沈黙を保っていた冥琳だった。

 

「兵は傷つき、馬は弱っています。この戦だけで、友人を失い、家族を失い、恋人を失った者が多く出たでしょう。これ以上無意味に犠牲を増やすことを、どうして孫呉の王が良しといたしますでしょうか。…兵をお引きください。そして勝ち鬨をお上げ下さい。――雪蓮の耳に届くように」

 

 

冥琳が話し終えると、天幕の中は波を打ったかのように静まりかえる。

だが、それでも場を包む雰囲気が払拭されることはなかった。

 

いつもなら、ここで雪蓮が面白い、それでいてどこか抜けた一言で場を和ませるのだ。

 

 

この戦で失ったもの、失うものの大きさに、俺は思わず目眩を覚える。

 

 

 

「…分かったわ」

 

呟き天幕を出て行く蓮華の肩が、今日はひとまわり小さく見えた。

 

 

 

―――程なく、戦場に響き渡った呉軍の勝ち鬨の声は。

激しく、勇ましく、それでいてどこか物悲しさを感じるものだった。

 

 

 

 

兵の撤収を終え、俺たちが再び雪蓮の元へと駆けつけたのは、戦が終わってからおよそ半刻後のこと。

 

 

「姉様っ…!」

 

床に伏す雪蓮を見て、蓮華が思わず小さく声を漏らした。

それほどまでに、雪蓮の様子は変わり果てていた。

 

薄く開いた目はうつろで褐色の肌からは生気が抜け落ちていて。

手足は力なく伸び、傷口に巻かれた包帯はどす黒く染まっている。

 

「お、…そ、かったじゃない…」

 

俺たちを認め、雪蓮の瞳がゆっくりと焦点を結ぶ。

血の気を失い、真っ青な唇からは掠れた声が零れる。

 

「…どう? 曹操はしっかりと撃、退できたかしら?」

 

「はい、姉様…皆で協力して、追い払いましたよ! 姉様の愛した大地を、守り抜きましたよ!」

 

答える蓮華は既に涙声だ。

 

今すぐ、雪蓮の枕元へと駆け寄りたい。

今すぐ、その身を抱きしめて、共に泣きたい。

 

そんな気持ちが見え隠れしている。

だが、それを許さないのは呉の王としてのプライドだろうか。

 

 

そんな蓮華を見て、雪蓮は柔らかく微笑んだ。

 

 

「…そう…冥琳も、一刀も有り難う…これで安心して逝け、そうね…」

 

「雪蓮っ!」

 

ふざけるな。

まだ雪蓮は死なない。

俺たちの前からいなくなったりしない。

 

理性に反して、そんな全く根拠のない考えが俺の中に鎌首をもたげる。

 

「…一刀、私はもう死ぬの。もう一刻も保たないわよ。…笑って、送り出してもらえないかし、ら?…」

 

 

甘い。やっぱり俺は、甘い。

でも、甘い考えが許されない現実なんて、哀しすぎる――。

 

 

「…笑うことなんて出来ない。仲間が、愛しい人が死んでしまうんだ。…笑える奴なんているわけないだろ。……なぁ、雪蓮。死ぬなんて言わないでくれよ。…頼むよ…」

 

 

雪蓮は、もう、死ぬんだ。

俺は、最期の時まで、無茶言って困らせちまうんだな。

 

ほら、北郷一刀。

笑ってみろよ。雪蓮の前で。

最期くらい格好良く男らしく、さ。安心させて天国へ送り出してやろうぜ。

 

 

けど、笑えない。

必死に笑おうとするけど、笑えない。涙が止まらない。

 

 

「…楽しかったよな、雪蓮。皆で宴会開いてさ。…蓮華や明命や亞莎は大して酒強くないくせにガンガン飲んで酔いつぶれてさ…っ…祭さんや冥琳や穏と思春一緒に飲んだ花見酒、最高に美味しかったよな。小蓮はまだ酒は早いって言われて膨れてたっけ。戦ばっかりだったけどさ、俺はそんな日常がたまらなく好きだったんだ」

 

 

俺の涙ながらの思い出話に雪蓮と冥琳が目を細める。

 

 

「魚を釣ったり、市を一緒に見回ったりしたよな。あのとき買った指輪、前つけてくれてただろ? すごく嬉しかったんだぞ。……俺、ここに来てから、胸を張って誇れる思い出がいくつも出来たんだ」

 

 

こっちに来て右も左も分からず困っていた俺を保護してくれて。

見ず知らずなのに、温かく接してくれて。

 

本当に嬉しかった。

 

 

「でもさ、もう出来ないんだよ。俺らが好きなのは雪蓮のいる日常なんだ。宴会や魚釣りや街の巡回になんてどうでもいい。雪蓮がいるから楽しかった。笑っていられた。けれど、もう出来ない。お前が消えた世界はきっと、真っ暗だよ―――」

 

 

そこから先は声にならなかった。

食いしばる歯から音が漏れる。

 

苦しい。悲しい。

狂おしいほど、切ない。

 

 

刻一刻と別れの時は迫り。

時間が許す限りはと、俺たちは泣き続ける――。

 

 

 

 

「申し上げます!」

 

 

部屋に流れる陰鬱な空気を吹き飛ばしたのは、転がるように部屋へ飛び込んできた一人の兵士。

 

 

「無礼者! 報告は後回しか他の者にしろ! ここを何処だと心得る!」

 

冥琳が激昂して叫ぶ。刀を抜きかねない勢いだ。

そのあまりの剣幕に、伝令の兵士は一瞬怯んだが、すぐに続けた。

 

 

「も、申し訳ありません! ですが、孫策様にお会いしたいという医者の方が――」

 

「…不要よ」

 

兵士の報告を遮るように、きっぱりと雪蓮が言い放つ。

 

 

「お姉様!?」

 

非難の声に、雪蓮はゆっくりと首を振る。

蓮華は更に異議を唱えようとするが、雪蓮の顔に浮かぶ泣き笑いのような顔を見て、口をつぐんだ。

 

 

「もう、無理よ…助からないわ」

 

雪蓮が囁くように告げる。

その当然の宣告は絶望的な響き共に、俺達の耳朶を叩く。

 

飛び込んできた兵士も含め、部屋は水を打ったように静まりかえる。

 

 

と。

 

「…まだ分からないぞ」

 

 

沈黙を破ったのは若い男の声だった。

皆の視線が一斉に入り口へと注がれる。

 

そこには、赤銅色の髪を持つ男性が壁にもたれかかるように立っていた。

 

「貴様、いつの間に――」

 

蓮華が立ち上がり、刀の柄に手をかける。

 

「俺の名は華佗。五斗米道の継承者で、医者。希代の英雄、孫伯符が瀕死と聞いて、いても立ってもいられなかったんだ」

 

ごっどべいどー。武術だろうか。

見たところ、全身から殺気の類は一切感じられない。

 

 

「…医者に興味はないわ。今なら見逃してあげる。…退きなさい」

 

威圧するように雪蓮が告げ、妖しげな男を睨め付ける。

並の人なら尻尾を丸めて逃げ出すような声色だ。

 

 

「孫策さん、俺があんたのその傷を治せるかもしれないとしても、か? ただし、確率は低いけどな」

 

その瞳を、男は動じず正面から受け止め、思わぬ発言をした。

 

 

「――いい目をしているわね。…けど、遠慮するわ」

 

だが、雪蓮はきっぱりとその申し出を拒否する。

確かに、今の雪蓮の様態を見ると、もはや医者に治すのは叶わぬように見える…

 

 

…ん?

その時、俺は胸の何処かに小さな疼きを感じた。

 

『かだ』?…どこかで聞いたような…。

かだ…かだ…華佗! 

 

三国志に出てくる名医…華佗のことか!

 

こっちの世界の人は大方俺の知っている三国志と性別が入れ替わっていると信じていたので、気がつかなかった。

 

この人ならば、雪蓮を助けることも可能かもしれない!

 

 

「待ってくれ、雪蓮! 華佗ってのは俺らの国の歴史では、三国随一の名医ってことになってるんだ! もしかしたら、華佗ならば、その傷を治すことが出来るかもしれない!」

 

 

だが、俺の力説に反して、雪蓮は首を縦には振らない。

 

 

「例えそうだとしても…私は孫呉の王。医者にかかって情けなく死んだなんて笑い種にもならない。『もしかしたら』『かもしれない』なんていう僅かばかりの生の可能性より、私は誇り高き死を選ぶわ」

 

それは完全な拒絶だった。

そこには雪蓮の意思も感情もなく、あるのは王としての責務だけだ。

 

 

再び舞い降りる沈黙。

 

 

「…馬鹿なことばかり言ってると張り倒すわよ。生より死を選ぶ?ふざけるのもいい加減になさい。誇り高き死なんて何処にもない。死は皆に等しく平等なものよ。死んで楽になるより、僅かな可能性に縋って、泥臭く、地面を這ってでも生きなさいよ、雪蓮。――共に歩いて行くと、かつて誓ったあの言葉は嘘だったのかしら?」

 

「…冥琳…」

 

最初に口を開いたのは冥琳。その後を追うように蓮華が続ける。

 

「お姉様。約束しましたよね…この戦が終わったら医者の治療を受けてくれるって…お願いだから、治療を受けて。姉様っ…!」

 

 

雪蓮の視線が彷徨う。

 

 

そうか。

きっと今、彼女は苦しんでいるのだ。孫呉の王と個人との狭間で。

 

気がつくと、冥琳と蓮華の視線は俺に向けられていた。

 

 

かつて雪蓮を守ると俺が言った約束。その約束は果たすことが出来なかった。

ならば、救うことくらい俺がやってみせるべきだ。

まぁ、実際救うのは、華佗なんだけどさ。

 

…お膳立ては整っている。

 

覚悟と共に、俺は口を開いた。

 

 

「なぁ、雪蓮。勘違いしていないか? 確かに、お前は呉の王だろうさ。それなりの責務も、守るべき誇りもあるだろう。けどな、俺達が雪蓮の元へ集まったのは、王だからじゃない。例え、雪蓮が一介の町人だったとしても、俺達はきっと、同じように集まったよ」

 

横たわる雪蓮の手に触れる。

その指は冷たく、そして小さく震えていた。

「死」という漠然とした恐怖。

それに襲われているのだろう。

 

「――結局、俺達にとって王なんてただの肩書きだ。辛かったら誰かと代わればいい。少なくとも、俺はそう思う。そんなのに生死まで縛られるなんて、馬鹿馬鹿しすぎるだろ?」

 

その手を、俺の両手で包み込む。

温もりを――生きる温もりを感じてほしいと願いながら。

 

 

「…俺はまだまだ雪蓮と過ごしたい。 もっともっと、宴会も、魚釣りも、街の巡回だってしたい! だから――だから、死なないでくれ! 雪蓮…!」

 

最期は掠れた叫びになった。

蓮華は再び泣き始め、冥琳は目を閉じる。

皆の思いは同じだ。

 

 

そして。

 

 

「――あー、もう、全く! 貴方達全然駄目ね! 我が儘軍師に泣き虫の妹、注文だらけの男に治療を押しつける医者! これじゃこらからの呉のことが心配でおちおち死んでもいられないわ。 ……華佗とやら。私の治療、お願いできるかしら」

 

そう言って、雪蓮は晴れ晴れとした表情で告げた。

 

「あ…ああ! あんたを失ったら間違いなくその後継者に反発が起こる。そしたらまた、戦だ。戦ではまた死人が多く出る。そんなの俺は許せない! 悪いが、あんたの治療は死ぬ気でやらせてもらうぞ!」

 

華佗が燃える男の目で吠える。

同時に手は既に手術用の器具をてきぱきと並べている。

 

それは望むところね、と雪蓮が再び微笑んで。

 

 

「『死ぬ気で』って華佗。…貴方が死んでどうするのよ」

 

蓮華が呟き、部屋は小さな、けれど穏やかな笑いに包まれた。

 

 

 

 

「これから、手術を始める」

 

緊迫した面持ちの華佗が告げる。

その傍らには大小様々な形の見たこともない手術器具。

 

ここからは、部屋に雑菌が入るといけないので、華佗と雪蓮のみの戦いだ。

 

 

俺の心は不安に苛まれる。

 

もし、手術が失敗したら。

もし、雪蓮と以前のように笑い合えなくなってしまったら。

 

胸が押し潰されそうになる。

 

 

そんな俺の額を、病床の雪蓮の指が弱々しく弾く。

 

「っ――!」

 

「そんなみっともない顔しないの。貴方は私の信念をねじ曲げた男よ? もっとしゃんとしなさい。…大丈夫よ。きっと私は貴方の元へ帰る。だから…待っててね、一刀」

 

そんなに青ざめた顔で。

そんなに苦しそうな顔で。

 

どうして他人のことを思いやることが出来るんだろう。

 

俺は頷く。また借りが出来てしまった。

冥琳も、蓮華も。思い思いに雪蓮とひとときの ―そう、ひとときの― 別れを惜しむ。

 

 

そして、手術が始まった。

 

 

 

 

 

手術は夜になっても終わらなかった。

雪蓮の部屋の前の廊下。そこを俺は延々と歩き続ける。

 

そして、立ち止まり部屋の方を一瞥。

煌々と光る部屋の明かりを確認する。

 

何度繰り返しただろうか。

雪蓮の手術中に眠れるわけがない。おそらく、呉の将兵は皆、眠れぬ夜を過ごしているだろう。

 

でも、こんなことをしているのは俺だけ…か。

壁に身を預ける。

 

 

「北郷。こんなところで何をしている」

 

唐突に、暗闇の中から声がかかる。

 

 

「冥琳こそ…何をしているんだ?」

 

聞き返すと、現れた冥琳は頭をかいた。

 

 

「眠れなくて…な。気になって出てきてみれば、先客がいた」

 

「…恥ずかしいかぎりだよ」

 

「そんなことはない…皆とて、気持ちはお前と同じだ」

 

そう言って、冥琳はとても優しい目をした。

それから、俺の隣に同じように寄りかかった。

 

 

「昔話をしても…いいだろうか」

 

俺が無言で先を促すと、冥琳は語り始めた。

 

「昔、五つか六つのころだが――私と雪蓮はいつも一緒だった。何をするにも一緒に行動していたんだ」

 

今と同じような二人の関係が目に浮かぶ。

 

 

それから、冥琳が語ったのはこんな話だ――

 

 

その頃、二人は悪戯にのめりこんでいて、落とし穴を掘るのが大好きだった。

けれど、ある日落とし穴を深く掘りすぎてしまって、出られなくなってしまった。

散々泣き明かした後、冥琳が肩車をすれば脱出できることに気づいて、雪蓮を肩車して脱出。

雪蓮が城に助けを呼びにいって、冥琳も無事に生還出来た。

 

 

なんということもない、幼い頃の記憶。

 

 

「――あのときは本当に死ぬかと思った。落とし穴の中も怖かったけれど、その後の文台さまの説教が怖くて怖くてな。」

 

そう言って冥琳は微笑んだ。でも、その微笑みはなんだか切ない。

 

「その落とし穴で泣き明かした時に、雪蓮が言ったんだ。『冥琳は私より先に死んじゃダメだからね。もし、私が死んでも悲しんじゃダメよ』、と。おそらく私を元気づけるために言ったのだろうが、昔から雪蓮は感が良い子だったからな。昨日の出来事はこのことを言っていたんじゃないかと考えると、夜も眠れなくなってしまった…情けないな、私は」

 

そういって冥琳がため息をつく。

俺は壁に任せた身を起こす。

 

 

「俺も雪蓮の勘の良さは信じるよ。…けど、俺の勘というのも、何て言うか、捨てたもんじゃないって思ってる。雪蓮や冥琳に初めて会った時、なんか、運命を感じたからな」

 

「ほほう…あの状況で。して、それはどんな運命だ?」

 

 

「こいつらとだったら絶対上手くやっていける! ずっと幸せに暮らせる! って感じかな。今までは、事実そうなってる。まさか軍師になるとは思いもよらなかったけどな。そして、俺の勘はこんな所で外れるはずがない、って予感もしてる。だから、雪蓮もきっと大丈夫だ」

 

気がつくと辺りはぼんやりと白み始め、窓から見える山の端から、太陽が昇ろうとしている。

 

 

「後者はただの自信過剰にも思えるが……たまには、北郷の勘を信じてみるのを悪くないかもしれないな」

 

ゆっくりと、本当にゆっくりと昇りゆく朝日を眺めながら、冥琳が呟く。

 

 

 

そして。

 

 

 

「――我が身、我が鍼と一つなり! 一鍼同体! 全力全快! 必察必治癒……病魔覆滅! げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 

雪蓮の部屋から、華佗のとてつもない大きな叫び声が上がる。

 

その声には微塵の迷いも含まれていなくて。

 

 

「なんだそりゃ…はは…・」

 

「く…ふふ…ははははははっ」

 

 

俺達に手術の成功を確信させるに余りあるものだった。

 

 

 

 

結論から言うと、華佗の手術は大成功だった。

 

 

数日の面会謝絶の後、雪蓮は床の上でも元気な姿を見せた。

それを見た呉の将は程度こそあれ、皆感極まって泣き出してしまう有様。

祭さんと冥琳、思春辺りの泣き顔を見るのはこれが最初で最後になるかもしれない。

そんな将たちを見つつ「まだまだ私がいないと駄目ね」と微笑む雪蓮の目も涙で光っていた。

 

俺?当然大泣きさ。皆に笑われるくらいに、さ。

 

雪蓮の肩に残ったのは多少の傷跡。

若干痛々しさの残る跡ではあるが、雪蓮は「女の勲章」といって誇らしげだ。

「傷物でも、一刀が貰ってくれるんでしょ?」とか笑顔で、半分本気で言ってくるのには、正直勘弁願いたい。

 

 

華佗は呉の将兵の中で行われた完治記念会に参加しただけで、帰って行った。

国を挙げての盛大な式典も行われる予定だったのだが、断られてしまった。

莫大な褒美の申し出も断り、南へ向うとのこと。なんでも、治さなければならない疫病があるそうだ。

華佗を気に入り、引き留めようとしていた雪蓮は大いに悔しがっていた。

 

また戦が起きれば、華佗はやってくるだろうから、チャンスがないってわけじゃない。

 

 

なんと、魏の曹操からは謝罪文と、雪蓮を暗殺しようとした兵の頭の塩漬けが送られてきた。

あの曹操が謝罪…というとちょっと想像できなかったけど、それ位戦に水を差されたことが悔しかったのだろう。

でも、謝罪文の最期に「首を洗って待っていろ」とか書くのはどうかと思う。

そして、雪蓮は送られてきた敵兵の頭を丁重に弔った。

「彼らにも愛する人や、守るべき人がいたはず」とのこと。相変わらず雪蓮は優しい。

 

 

そして俺――北郷一刀は、朝に武術の鍛錬を本格的に始めた。

今度こそ雪蓮を守る、と決意も新たに、今は弓を中心に呉の将達に順番に指導を請うている。

小蓮や穏、亞莎辺りに教わるのは何か悔しいけれど、俺より出来るのだから仕方ない。

教え方の上手さなら祭が一番かな。怖いけれど。

 

 

 

 

――そして、今日の指導監督は、雪蓮。

 

病み上がりだから当番を外していたのに、「仲間はずれにされた」とキレられたのには困った。

呉軍内の医者の許可が今日下りたので、ようやくの鍛錬参加だ。

 

正直、俺はかなり緊張している。

 

 

「一刀、余所見しない!」

 

早速雪蓮の厳しい声が飛ぶ。狙うは十五メートル程先の的だ。

鍛錬を始めたばかりは、五メートル先の的すら当てることが出来なかったのだから、よくこの短期間でこうも命中精度が上がったものだ、と心の中で自画自賛。

 

すっ、と弓を構え、矢を番える。

的から視線をそらさずに、弦を引き絞り、手のブレを最小限に押さえ、矢を放つ。

 

 

空気を切り裂き飛ぶ矢は的の中心の二〇センチほど上方を鋭く貫いた。

 

今日は絶好調だ。

 

 

「あー、全然駄目ね。ちょっともう一回構えてみて」

 

…はい?

離れて俺の一挙手一投足を見ていた雪蓮がこちらに駆け寄ってくる。

そして、俺の背後にぴったりとくっついて立ち。

 

「もっと、足を開いて…そう。肩幅よりも少し大きくね」

 

えーと。

 

「弦はもっとしっかりと引き絞って」

 

言いたいことは分かるんですが…。

 

「…あの、雪蓮さん?…そんなにくっつかれると、何というか胸とかそこらへんが当たって色々と大変なんですが…」

 

必死に理性をコントロール。

 

 

「気にしないで。わざとだから」

 

そして、満面の笑みと共に、俺の申し立ては却下される。

 

 

……自制心を鍛える、ある意味いい鍛錬になりそうだ。

 

俺はやや達観した心地でそう思った。

 

 

 

 

既に日は高く昇って、朝の鍛錬も、そろそろ三時間に突入だ。

 

「あの…雪蓮さん? そろそろ休憩にしていただけると大変助かるのですが…」

 

姿勢を直すことで、ほぼ一五メートル先の的を皆中させることが出来るようになるまで二時間。

普段なら鍛錬を切り上げる目安の時間だが、雪蓮は尚も続行。

 

的は一気に三〇メートルほど先に置かれた。

そこからは一時間で的に当たった回数は未だ零。当たれば鍛錬終了とは言われたのだが。

やっぱりいきなり距離を伸ばしすぎだったのではないだろうか。

雪蓮に言ったら怒られるから言わないけど。

 

息も大分上がり、筋肉が悲鳴を上げている。

 

「あー、もうこんな時間……そうね。そろそろ休みましょうか」

 

渋々の雪蓮の同意をもらい、俺達は木陰へと向かった。

 

 

 

「あー、やっぱり涼しいわ」

 

「ああ。…こうやって過ごすのも、久しぶりだな」

 

呟いて同意する。

このままいたら、寝てしまいそうだ。

 

 

 

「……死んでもいいかな、って思ってたの」

 

唐突に発された雪蓮の発言。俺の心臓が跳ねる。

笑い飛ばそうとしたけれど、上手くいかなかった。

 

 

「ほら、袁術から領土を取り返して以来、ずっと忙しかったでしょ? 私の目標の一つとして、袁術を倒すってのがあって、それが終わったから何か気が抜けちゃってね。あと領土を広げたら広げるだけ、王としての責任ってのが重くのし掛かってきて」

 

「私の我が儘に付き合って、多くの兵士が死んでいくの。笑いながら、泣きながら、苦しみながら。そして、いつ何時でも、『王としての行動』を取らなければならない。そうやって振る舞う内に、私が私でなくなっていくの。気が狂いそうだったわよ」

 

「だから、毒矢を受けたとき、思ったの。もういいかな、ずっと走り続けてきたんだし、もう休んでもいいのかな、って。母様の元へ向かってもいいのかなって。それでも、一刀が、冥琳が、蓮華が私を引き留めてくれたでしょ? それが嬉しくて…うれし…くっ、て…」

 

俺の胸に、雪蓮が飛び込んでくる。

黙って、俺は泣きじゃくる彼女の背中をさすり続けた。

 

雪蓮の悩みを共有できた喜びと、ここまでその苦しみに気づけなかった悔しさを噛みしめながら。

 

 

 

泣き止んでから、俺達は背中を合わせ、身を預け合った。

背中から伝わる、雪蓮の体温。それはとても温かく、儚かった。

 

「俺、思ったんだ。雪蓮も人だったんだなって」

 

「…何よそれ」

 

俺が言うと、雪蓮がむくれたような声を出した。

表情は見えないが、ちょっと怒っているかもしれない。

 

「いや、悪い意味みじゃないって。ただ雪蓮ってすげえ、って思ってたんだ。今も思ってるけどさ。王としての威厳とか振る舞いとか、言葉遣いとか。でも、同時に思ってたんだよ。何処か無理してるんじゃないかなって」

 

顔は見えない。ただ、息づかいだけが伝わってくる。

 

「ごめんな、気づけなくて。そんな一人で抱え込むほど無理してただなんて」

「謝る必要なんて――」

 

その言葉を途中で遮る。

 

「いや、謝るさ。部下として、仲間として、そこら辺は察するべきだった。けど、今度からは出来れば相談してくれよ? 俺は馬鹿だから言われないと気づけないかもしれないし。言われれば、雪蓮のためならいくらでも一緒に悩むし、考えるからさ」

 

恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。雪蓮も赤くなっているかもしれない。

背中合わせは正解だったな。

 

 

「とりあえず、今相談されたことについてはだな。――雪蓮が持つ我が儘と同じ我が儘を持ってる奴が兵士になってるんだ。死ぬことなんか覚悟の上だろ。…だから、俺達が死んでしまった彼らに出来ることは、その我が儘を実現させることだろ」

 

雪蓮が頷くのが分かった。

 

手を後ろに伸ばし、雪蓮の手を握る。

相変わらず、冷たい手だ。心が優しいからだろうか。

 

「あとは、『王としての振る舞い』か。確かに民衆の前だったらそういう振る舞いが求められるだろ。それは、頑張って演じきってくれ。だからその分、俺達の前では素の雪蓮ってのをもっと見せてくれよ。俺はもっと雪蓮を知りたいし、皆もそう思ってるはずだ」

 

告げると、雪蓮がこちらを振り返った。眉が下がり、今にも泣き出しそうな、見たことがない表情をしている。

 

「本当に…?」

「ああ。こうやって泣く雪蓮も初めて見ることが出来たし、これからもっと見たいと思ってる」

「…馬鹿ね」

 

 

そう呟き、雪蓮は立ち上がり、微笑んだ。

 

 

「……さて、湿っぽいのはここで終わり。鍛錬を再開するわよ!」

日陰から手を引かれ、俺は渋々立ち上がる。

 

 

「今度は徹底的に、ね」

 

悪戯っぽく笑う雪蓮の顔にはもう湿っぽさなどカケラもなくて、鬼軍曹としての表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

集中しろ。

弓矢と己と的だけを感じろ。

大地に踏みしめ、弦を引く。

 

先ほどの一射より鋭い早さで放たれた矢は、今度は狙い違わず的の中心を射貫いた。

 

…ようやく当たった。

 

俺が感動に身体を震わせていると、辺りからぱちぱち、となおざりな拍手が巻き起こる。

ギャラリーとしていつの間にか呉の将達がずらり。

 

 

「ふむ。一刀にしてはやるのう…」

 

祭さんがこちらに聞こえるように大きく呟く。「にしては」は余計ですって。

冥琳も同意してないで、何か言ってくれ。

 

 

「だがあれ位で喜んでいる辺りに小者の匂いが漂っているな」

 

思春。あんたは黙っててくれ。

蓮華、困ったような顔でこっちを見るな。

 

 

「えー、一刀さんはよく頑張ったと思いますよぉ」

 

そうだ。褒めてくれるのは穏だけだよ。あ、亞莎と明命もか。

 

 

「うん。一刀はよく頑張ったよね♪」

 

小蓮に同意されてもイマイチ喜べない俺がいる。

 

 

 

「こら、一刀。私の前で、他の女のことを考えるなんて、関心しないわよ?」

 

隣で雪蓮が微笑む。ちょっと目が本気なのが怖い。

でも、怒った顔の雪蓮もそれはそれで可愛いと思っていたりもする。

 

「了解。次から気をつけるよ、姫」

 

ちょっとふざけた口調で恭しくそう告げると、雪蓮は尚不服そうにしながら、俺に近寄る。

 

そして。

 

 

何を、と思う間もない一瞬の口づけ。

雪蓮は唇に手を当て微笑む。

 

 

「本当にありがとね…一刀。貴方のお陰で、私はこうして立っていられる」

 

「皆のお陰、な?」

 

「そうね…でも、有り難う。……あ、あと」

 

そこまでいって、急に雪蓮が小声になる。

 

「弓を射る時の一刀、ちょっといつもより格好良かったわよ?」

 

 

赤面する俺にくすり、と笑ってそう言い放ち、雪蓮は皆の元へと歩き出す。

 

 

その先には、やたら怖い目でこちらを睨む蓮華、小蓮、亞莎、明命、穏、思春。

まぁ、思春だけ、睨みの意味は異なるだろうが。

祭さんと、冥琳はそれを見て爆笑している。

 

命の危険に俺の背筋が泡立つ。

雪蓮。嬉しいけど、そういうのは皆がいない所でお願いしたい。マジで。

 

 

「あ、そうそう。蓮華に貴方を上げるって発言。あれ帳消しね。やっぱ一刀、いい男なんだもの!」

 

 

こちらを振り返り、雪蓮は満面の笑み。

その台詞は、ある意味、さっきの行動より爆弾発言だったけれど。

 

 

その微笑みを見ていたら、なんだかこちらまで幸せになってしまう。

 

 

             ――――俺に待っているのは、紛れもなく輝かしい未来に相違なかった。

 

 

                                                   ~Fin.~

 

 

 

 

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