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真・恋姫†無双~だけど涙が出ちゃう男の娘だもん~[第41話]

愛感謝さん

無難な人生を望み、万年やる気の無かったオリ主(オリキャラ)が、ひょんな事から一念発起。
皆の力を借りて、皆と一緒に幸せに成って行く。
でも、どうなるのか分からない。
涙あり、笑いあり、感動あり?の、そんな基本ほのぼの系な物語です。
『書きたい時に、書きたいモノを、書きたいように書く』が心情の不定期更新作品ですが、この作品で楽しんで貰えたのなら嬉しく思います。

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2012-12-29 00:08:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2302   閲覧ユーザー数:2079

真・恋姫†無双~だけど涙が出ちゃう男の()だもん~

 

[第41話]

 

 

月を眺めながら心に誓いを立てていると、人の気配が近づいて来るのを察知しました。

その気配は見知った存在だったので慌てること無く、そのままの(くつろ)いだ格好で、その存在が近づいて来るのを待つことにします。

でも何故か、その存在はある程度の距離まで来たら歩みを止めてしまい、それ以上は近づいて来ませんでした。

 

「何か用なのかな?」

 

ボクは不思議に思って何気に問いかけてみると、近づいて来た存在は驚いたのか少し身体をビクつかせたようでした。

 

「あっ、あの……」

 

近づいて来た存在は、まるで悪い事をしでかした幼子のように少し(おび)えながら返答してきました。

ボクは上半身だけを地面から持ち上げ、身体を(ひね)って声のする方角を向きます。

そうすると、そこには気まずそうにしている諸葛亮が居て、彼女はボクの気を損ねたのでは無いかと云う事を気にしているようでした。

 

「こちらにおいで、朱里。大丈夫、怒ってないから。それに、近くに来てくれないと話せないよ?」

 

少し尻込みしている諸葛亮に、ボクは気安い感じで話しかけていきました。

そのかいあってか、彼女は再び近づく為に歩み始めてくれます。

ボクは諸葛亮に自分の隣に腰を()えるようにと、その位置の地面を手で軽く叩きながら示唆しました。

同じように地面に座ってくれた彼女に、ボクは視線を合わせながら要件を聞き出していきます。

 

「何かあったの?」

「いえ。その……」

 

要件を問いかけているのに、諸葛亮はしどろもどろに話すだけで、中々本題に入ろうとはしませんでした。

そんな彼女の態度を見て、ボクはある事に気が付きます。

 

「ああっ、そうか。朱里は心配してくれたんだね? ボクの態度が可笑しかったからさ」

「その。はい……」

「そうか。ごめんね? 心配かけちゃって。でも、大丈夫。なんとか立ち直ったからさ」

「そっ、そうですか?」

「うん」

 

諸葛亮が心配してくれていたようなので、ボクは笑顔を向けて大事ないと告げます。

それを受けて彼女は、少し驚いた顔をしながらも確認してきました。

諸葛亮はボクが嘘を言っていない事を確認すると、一安心したような態度を見せる。

でも何故か、次第にその表情を曇らせて顔を(うつむ)かせていくのでした。

 

「朱里の方こそ大丈夫? なんか、元気ないみたいだけど」

 

諸葛亮が何か気落ちしているようなので、ボクは首を(かし)げて彼女の顔を下から覗き込むようにして問いかけました。

何か心配事でもあるのかも知れないし、彼女の態度が少し変だと思ったからです。

でも彼女は、沈黙したまま何も語ろうとはしてくれませんでした。

 

「私は、ご主人様のお役に立てているんでしょうか……?」

「えっ?」

 

暫くの時を沈黙で過ごしていた諸葛亮は、良く聴かないと分からないような小さな声で呟いてきました。

でも、聞こえて来た言葉の内容が予想できなかったので、ボクは驚いて問い返してしまいます。

 

「何を言っているんだい、朱里。役に立っているに決まっているじゃないか」

 

諸葛亮が何を言っているのか分からず、ボクは当たり前に感じている気持ちを素直に告げました。

 

「でも……。ご主人様が苦しんでいらっしゃるのに、私は何の力にも成れませんでした。それに……」

 

何か言い難いことでもあるのか、諸葛亮は少し言葉を途切れさせました。

 

「それに、なんだい?」

「……ご主人様に私の助けが本当にいるのか、私なんて要らないんじゃ無いかって、そう思ってしまったんです」

「何で、そんな風に思うんだい?」

「初めは、国元での統治方法とかを見て、そう思ったんです。一見、無駄のような人員を配置しているのに、全体を見渡してみると、それが効果的に作用して効率の良い統治に成っています。それに、今迄に無い発想を思いつかれて、新しい産業を興したりもしていますよね? 私には、そんなこと考え付きませんでした。だから余計に、そう思ってしまうんです」

 

思いもしなかった諸葛亮の告白を受けて、ボクは(ひど)く驚いてしまいました。

時に諸将へ的確に指示を出して(あやま)たず、時には思いやり(あふ)れる行動で周りを(なご)ましてくれる。そんな彼女を、ボクは華陽軍の心の()りどころ的な存在だと思っていたからです。

 

「それは……」

「私の知識や知恵なんて、ご主人様には必要ないんじゃないかって、そう思ってしまうんです。でも私は、それでも何とかお助けしたいと思っているんです。でも、それが出来ないでいるのが悲しくて……」

 

ボクが二の句を告げられずにいるのを構わず、諸葛亮はこれまで抱いていた自分の想いを告げてきました。

しかも彼女の心痛の原因が、ボクの未来的記憶や情報の取得にあったなんて云う、これまで考えもしなかった事情を含めてです。

ボク自身はこれまで、そう云った情報を披露する時には、事前に告げる情報に違和感を覚えさせないような事柄を作り出してから伝えている。

特に技術に関しては過程を重視して段階を踏み、革新的な技術だと周りに気付かれないように注意してきたつもりだった。

でも、そんな浅知恵を、どうやら彼女はとうに看破していたようです。

知恵や智謀を役立てたいと希望する彼女にとって、それを否定するかのようなボクの所業は苦痛以外の何物でも無かったに違いありません。

それでも心優しい諸葛亮は、自分を責め立てるだけでボクを問い質すことも無く、これまでひたすらに支え続けてくれていたのでしょう。

そんな彼女の健気(けなげ)さを痛ましく感じ、それでいて愛おしくも感じる。そんな居た(たま)れない複雑な感情を抱いていきました。

 

 

「朱里は、ボクが嫌いなのかな? 仕えるのがイヤになっちゃった?」

 

ボクは諸葛亮の顔を下から覗き込むのを止めて前を向き、自分の両膝を両腕で軽く抱え込みながら前方の景色を見るともなしに告げていきました。

 

「しょっ、しょんな事ありましぇん!」

 

思いがけない事を言われたとばかりに、驚いた諸葛亮は顔を上げてボクの方へ詰め入り、声を荒立てながら否定してきました。

 

「本当?」

「はい。本当です」

 

ボクは諸葛亮の顔を見て、疑いの眼差しを向けながら問いかけます。

彼女は真面目な顔つきで肯定してくれました。

 

「本当かな~? ちょっと信じられないかも」

「本当ですよ!」

 

ボクは尚も確かめるように、諸葛亮へ疑問を投げかけていきました。

そんなボクの態度を見て、彼女はムキに成って否定してきます。

 

「本当に、本当?」

「はい! 本当に、本当です!」

「じゃあ……。ボクのこと好き?」

「はい! 大好きです! ……あっ?」

 

ちょっとズルイとは思いましたが、元気付ける為に策を(ろう)させて貰いました。

人は普通、肯定する事に夢中になっていると、即座に否定する事が出来なくなってしまうのです。

 

「ふふふっ……。そっかぁ~。朱里はボクを好いてくれているんだぁ~。嬉しいなぁ~」

「はうぅ~」

 

諸葛亮は秘めた想いを暴かれた事や小細工に引っかかった事が恥ずかしいのか、今度は自分の両膝を抱え込むようにして顔を服に(うず)めてしまい、ボクから顔を隠してしまいます。

でも今回は、彼女の耳が真っ赤に成っている事でもあり、ただ恥ずかしがっているだけだと判断できました。

 

「ごめんね、朱里。ボクも大好きだよ」

 

そう言ってボクは、諸葛亮の頭を優しく撫でていきます。

 

「……ご主人様はズルイです。そんなこと言われたら、許すしかないじゃないですか」

 

諸葛亮はボクに頭を撫でられる事を受け入れながらも、口を(とが)らせているような物言いで文句を言ってきました。

 

「そうだね……。ボクは本当にズルイよね……」

 

ボクは諸葛亮の頭を更に優しく撫でるように心がけながら、色々な意味を込めて謝罪するように呟きました。

 

――自分の事を全て話してしまえれば、楽になる事が出来る。

――持てる“力”を全て行使できさえすれば、簡単に大陸を統一して世の中を平和にする事が出来る。

 

これまで何度、そう思った事でしょう。これまで何度、思い止まった事だろう。

自分の知っている事を洗いざらい皆に話せれば、こんなに(つら)い気持ちを抱かずに済む。

皆の事を好きに成っていけば成っていくほどに、その想いは日増しに強くなっていく。

でも北郷以外の人達は、多少の(いびつ)さがあるものの、皆この世界、この時代の存在なのです。

この世界でしか経験できない、この時代でしか体験できない事があるから、皆は此処(ここ)で生を受けて存在している。

時に先の事が分からない事は、恐怖心を()き立てられて心を不安定の状態に(おちい)らせます。

未来(さき)の事を事前に知っていれば、それらを回避できて安心する事もあるかも知れません。

でも、それでは人生で体験する出来事が色()せてしまって、そこから何も学べなく成ってしまう。

見知っている事柄が、ただ目の前を通り過ぎていくだけに成ってしまうからです。

経験や体験から何も学ばない者には、何の成長もあり得ない。何の喜びも見い出せない。

だから、そんな一人ひとりの大切な人生を、ボク独りの我儘(わがまま)で台無しにする訳にはいかないのです。

 

自身の持っている未来的記憶や情報を、これまでも選別しながら細心の注意を払って伝えてきた。

革新的な技術は人々を幸せにすると共に、その存在が持つ利便性ゆえに、人々を依存させて堕落させてしまう危険性も(はら)んでいるからです。

細心の注意を払って伝えていても、諸葛亮のように頭の良い人物には気付かれてしまう事もある。

気付かれた事が影響してしまい、その存在の成長を(いちじる)しく阻害してしまうかも知れない。

その事をこれまで、ずっと気にかけ続けてきた。

だから、(いわ)れの無い苦しみに(あえ)いでいる人々を救う手立ても、それを可能とする“力”もボクにはあるのに、それを全力で行使して助ける事が出来ないでいるのです。

例えどんなに心苦しくて、どんなに身を引き裂かれる悲痛を感じたとしても、それをする訳にはいかない。

だからボクには、せめてもの謝罪と心の痛みが癒される事を願いながら、ただ黙って諸葛亮の頭を優しく撫でるしかなかったのです。

 

 

「ねえ、朱里。君は、自分がボクや皆の役に立たなければ、居場所が無いとか思っていないよね? そんな自分に価値は無いとか思ってさ」

 

ボクがそう言うと、諸葛亮の身体が少し震えました。

そのまま気付かない振りをして、彼女の頭を撫でながら優しく語りかけていきます。

 

「頭の良い朱里の事だから分かっていると思うけど、例え何の役に立たなくたって、ボクは君を見捨てたりはしない。ボクだけでなく、他の皆もそうだと思う。でも、それが分かっていても不安を感じてしまう事もあるし、人の役に立てる事は嬉しい事でもあるよね。だから、つい無理をしても頑張ってしまうんだと思うんだ」

 

彼女は返事をすること無く、ただ黙ってボクの話しを聞いてくれていました。

 

「だからね。そういう時は、自分の動機に気を付けていて欲しいんだ」

「動機……ですか?」

 

諸葛亮は服に埋めていた顔を上げ、ボクの方を見ながら問いかけてきました。

前方を向いていたボクは手の感触でそれを感知し、顔を彼女へと向けながら撫でていた手を下ろしていきます。

 

「そう、動機。何故、自分はそれをするのか? その意図を感じ取って、良く考えて欲しいのさ」

 

『?』と云う疑問符が頭の上で点灯しているであろう諸葛亮に、ボクは続けて話していきます。

 

「ボクはね。過程と結果は同じものだと思っているんだ。過程と結果を合わせて一つのものに成るんだとね」

「過程と結果で一つ……」

「そう。何かを為したい時は、為している過程を(ただ)の通過点と思ってはイケないと思うんだ。それでは、その行為は只の作業に成ってしまうし、結果だけが全てだと云う考えにも陥ってしまう。それは長じて、望む結果を得る為には、何をしても構わないと云う考えに成っていくだろうからね」

「そう……でしょうか?」

 

諸葛亮は今一つ符に落とせないでいるようでした。

華陽軍の軍師として策を考え出す彼女は、費用対効果を重視するのが当たり前だと考えているからかも知れません。

味方の損失は極限まで少なく、敵への損害を最大に。そんな具合にです。

確かに、軍勢の力の効率化を謀る参謀としては、その考え方でも間違いではありません。

でも人としては、その考え方だけではイケないと思うのです。

それでは、人生は結果だけが重要であり、過程には何の意味も無いと取られてしまい兼ねないからです。

 

「そうだね……。例えば、ある事を自分は実現したいと思う。その為には、したくは無い事でもしなければ成らないから、努力して頑張ると云う流れに成る。それが多くの人々の考えている、物事を実現させて行く過程だと思うんだ」

 

諸葛亮は同意を示すように(うなず)いてくれました。

 

「仮に、それで望みが実現できたとしても、それを成功だとはボクは思わない。だって、実現している過程において、(つら)い気持ちを我慢しているんだからね」

「我慢……」

「そう。その辛いと感じている想いが、結果に如実(にょじつ)に表れてしまうのさ。というより、その想いを結果に込めていると言っても過言ではないだろうね。さらに悪い事には、その辛いと感じている想いそのものを、無自覚で世界へと蔓延(まんえん)させてしまっている事なんだ」

 

ボクは言葉を続けていきます。

 

「多くの人々は、幸せに成る為に頑張って努力している。それこそ、必死の思いを抱いて切実に願いながらね。でも、その過程で辛く感じる想いを込めてしまっては、結果も辛いものにしか成らなくなる。それでは、何の為に努力しているのか分からないと思うんだ」

「それは……」

「では、どうすれば良いのか? ボクは、“幸せの定義”を変更すれば良いと思っているんだ」

「幸せの定義……?」

 

諸葛亮は何か言いたそうでしたが、ボクは構わずに話し続けます。

それを受けて彼女は、良く分からないと云った顔をボクに向けてきました。

 

「うん。多くの人々は幸せと云うものを、”何かに成る事”や”何かを得る事”だと思っている。例えば、出世して高い地位に就いて周りの人達に認められる存在に成る事とか、金銭などの財貨を多く得る事だとね。そう考えるように、成長する過程で周りから学んでしまっているんだ。だけど、それらは結局、価値観を自分以外の存在に(ゆだ)ねている事になる。自分以外のモノが無ければ、自身は幸せでは無いと思っている事だからね」

 

諸葛亮は黙ってボクの話しを聞いてくれています。

 

「望みを実現する為に辛い思いを我慢して成功したとしても、その成果による喜びは一時の存在でしか無い。価値観を委ねている以上、そう成らざるを得ない。そして、その束の間の喜びを得て幸せに成る為に、また辛い気持ちを我慢して頑張る。その悲しい連鎖を繰り返しているんだ。その事に気が付かない内は、ずっとね」

 

ボクは、さらに話しを続けます。

 

「でも何故、人は高い地位や多くの財貨を望むのだろうか? ボクは、その原因を安心したいが為だと考えている」

「安心……ですか?」

「そう。自分の過去で仕出かした事を後悔していたり、未来に何かが起こるのではないかと心配すると云った不安を、そう云った自分以外の存在を集める事で解消したいんだと思うんだ。自分には現実を変える為の、何の”力”も無いと思い込んでいるから」

「……」

 

かつてのボク自身、劉備と云う存在に対する不安を解消すべく、それこそガムシャラに”力”を求めていた。

死にたくなかった。負けたくなかった。地位を取り上げられたくなかった。

そんな浅ましい思いを抱いている存在なのだと、自分を見做(みな)したくもなかった。

自分はもっと心優しい存在であり、もっと器量の大きい存在だと思っていたかったのです。

でも実際の劉備に出会ってしまった時、それは(おご)りだったと見せつけるかのように、ボクは恐怖心のあまりに恐慌をきたしてしまった。

いくら”力”を蓄えていたとしても、いくら心の片隅に不安感を追いやっていたとしても、何の意味も成さなかったのです。

例え忘れていたとしても、自分の心の中に巣食っている恐怖心を対処していない限り、その思いは何度でも(よみがえ)ってくる。

ボクがやっていた事は、自分の思いを対処していたのでは無く、ただ気を(まぎ)らわしているだけだったと気付かされてしまった。

諸葛亮には、自分と同じ間違いは起こして欲しくありません。

だからボクは、彼女に詳しく話していこうと思ったのでした。

 

「確かに、そういった結果も重要だとボクも思う。その結果によって選択の幅が広がる事だってある。それに、色々な事が出来るように成るとも思うからね。でも、もっと重要なのは、むしろ過程にこそあるとボクは思っている。いま自分が行っている行為の質を、どれだけ高められるかと云う事の方がね」

 

ボクがそう言うと、諸葛亮は少し困惑したような表情を見せました。

 

「でも何故、行為の質を高める事が重要なのか? それはね。それこそが、人の幸せに(つな)がってくる事だからなんだ」

 

諸葛亮の瞳を見詰めながら、ボクは言葉を続けます。

 

「本来、幸せと云うものは人によって違う。同じ人が居ないのだから、そうなって当たり前だと思う。でも、共通する部分はあると思うんだ」

「……その共通する部分が、行為の質と関係するんですか?」

「うん、そう。人の幸せと云うものは、何かに成る事や何かを得る事では無くて、何かをしている時や何かを達成した時に感じる思いにこそ在るからなんだ。その充実感、達成感、満足感こそが、幸せの本質なんだとボクは思うんだよ。例え、どんなに社会的に高い地位に在っても、どれだけの財貨を持っていても、それに満足できないで居るなら何の意味も無いのだからね」

「そう……ですね」

 

諸葛亮は消極的な同意を示してくれました。

 

「ある出来事を、どのように見定めて感じるかは人それぞれだよね? だから、同じような境遇にあったとしても、人は同じ体験をしない。何かを辛いと感じて行動する事を、楽しみながらやる事に変える事だって出来るんだ。それは、人が選択できる事なんだらね」

 

ボクがそう言うと、諸葛亮は少し非難するような視線を向けました。

その事を不思議に思って、彼女に理由を聞いてみる事にします。

 

「どうかしたのかな?」

「それは辛いと感じている事を、ただ楽しい事だと思えば良いだけだと言う意味なのですか?」

「えっ?」

「違うんですか?」

 

諸葛亮の問いかけを聞き、ボクは自分の物言いが不十分であった事を悟りました。

確かにそう聞いてしまえば、そう取られても仕方がない言い方であったからです。

しかし、そう受け取られるのはボクの本意ではありません。

なので、更に詳しく説明していく事にします。

 

「ごめんね、そう云う意味じゃ無いんだよ。何て言うのかな。例えば、自分の好きな趣味(しゅみ)とかに置き換えて考えてみて欲しいんだ。そうすれば、何となくボクの言っている意味が(つか)めると思うからさ」

「趣味……ですか?」

「うん、そう。自分の人生で何故かは分からないけれど、ずっと続けている事って一つや二つあると思うんだ。それに置き換えて考えてみてくれるかな?」

「はあ……」

 

諸葛亮は気のない返事をして、良く分からないと云った態度を見せます。

その後も彼女は、困惑したまま符に落とせないようでありました。

 

「え~とね。例えば自分の趣味が、絵を描く事ととか詩を書く事とかだったとする。それを上手か下手かと思っているかは別にして、何故かずっと続けている好きな事だと考えてね?」

「はい」

 

このままでは(らち)が明きそうにも無かったので、ボクは例を上げて説明していく事にしました。

 

「ずっと続けている事なんだから、それをやっている時は楽しい一時(ひととき)なのだと思う。そうでなければ、すぐに止めてしまうだろうからね」

「はい」

「でもさ。そんな楽しい時を過ごしていたとしても、時には行き詰まる事もある。思うように行かなかったり、やる気が出なかったりしてね。そうだろ?」

「そうですね」

 

諸葛亮は、ボクの言葉に相槌(あいずち)を打ちながら聞いてくれていました。

 

「そんな行き詰まっている状態の時に人は、何とか解決策を導き出して良い状態に持っていきたいと考える。自身に問いかけながら、解決策を色々な人や書簡の内容に求めたりして答えを導き出すと思うんだ。少なくともボクは、そうしている」

 

諸葛亮は同意を示すように(うなず)いてくれました。

 

「でもね。そうした時に(あせ)りもするし早く解決したいとも思うかも知れないけれど、その一連の行為そのものも楽しいものなんだよ。自分が今まで知らなった事を調べる為の行為や、出来なかった事が出来たりする瞬間がね」

「はい」

 

諸葛亮自身にも覚えがあるのか、笑顔で同意してくれました。

そんな彼女に、ボクも笑顔を向けながら話していきます。

 

「つまり人は、自分が好きな事をやっている時に例え行き詰まってしまったとしても、それを解決する為の行為すらも楽しめるんだ。周りの人達から見れば、『何で、あんなに頑張っているのだろう?』と(まゆ)(ひそ)めるような辛い行為だって、その人にとっては楽しい行為なのかも知れないのさ」

 

ボクは結論を述べる為に、尚も言い募っていきます。

 

「だから自分の人生を、自分の好きな趣味に置き換えて考えてみてと言ったのさ。人は自分のやりたい事をやっている時の苦労や苦難を、辛く耐え忍ぶものだとは(とら)えない。だから、自分の人生に起こる苦難と思える出来事だって、それを障害だと思って忌避する嫌な出来事だと思うのか、それとも乗り越える為の挑戦の機会と思って楽しむかは、人それぞれの選択次第だと云う事なのさ」

 

諸葛亮は驚きの表情を見せました。

今まで趣味と人生の関連性を、そのように捉えた事がなかったのかも知れません。

 

「だから先ほどの朱里への答えだけれど、辛いと感じている行為を無理やり楽しむように考えろと言っている訳じゃないんだ。それだけは、分かって貰えるかな?」

「はい。すみませんでした」

 

諸葛亮はボクの物言いを受け、素直に謝罪してくれました。

理解して貰えて良かったです。

 

「だけど多くの人々は、それが分かっても『自分のやりたい事が分からない』と言うかも知れない。それが分かれば誰も苦労はしない。それが分かれば自分だって、幸せな人生を送れるんだと思っていると言ってね。でもそれは、悲しい事だけれど、いくら頭で考えても分からないものなんだよ」

「そう……なのですか?」

「うん、そうなんだ。自分のやりたい事と云うのはね、”情熱を感じながらやる行為”そのものを指すからなのさ。情熱と云うものは、自分の身の内に感じる感覚だ。つまりは、感情に分類されるものなんだよ。だから、いくら頭で考えようとしても分からないし、符に落とせない。自分の身の内で、情熱を感じられない限りはね」

 

そのように考えた事がなかったのか、諸葛亮は瞳孔を大きくして驚きの表情を見せました。

 

「だからね。多くの人々が考えている、自分のやりたい事を見い出す為の順序が逆なんだよ。自分のやりたい事が分かって、それをやれたら幸せに成れると云うのでは無いんだ。始めに自分が幸せで在って、そして自分の身の内に情熱を感じているからこそ、行為や行動が自分のやりたい事に成るという事なんだ」

「そう……ですね」

「もし、自分が情熱を感じて幸せで在りたいと思うのなら、自己を統御して感覚を大事にしていかなくちゃイケない。だって、自分の感じる感覚だけが、自身に幸せを味わわせてくれる大事な存在なのだからね。自分以外の存在は、それを気付かせてくれるキッカケに過ぎないのさ」

「はい!」

 

ボクの結論付けるような言葉に、諸葛亮は元気よく同意を示してくれました。

 

「だからね、朱里。”しなければ成らないからする”と云う動機のままでは、過程の行為は苦痛が(ともな)う辛い作業に成ってしまう。だから焦りもするし、早く結果が欲しいと望むんだ。でも、”それをしたいからする”と云う動機に置き換える事が出来れば、その行為すらも楽しんで幸せを感じる事が出来るんだ。だから何かを為そうと思う時は、自分の身の内に感じている感覚に気を付けて欲しいのさ」

 

ボクがそう言うと、諸葛亮は笑顔を見せてくれて、先ほどまでの思いつめた表情では無くなっていました。

これで少しは、今後の彼女の心情の助けに成れたのでしょうか?

もしそうであるなら、嬉しいと思えるのですけど。

ボクはおもむろに地面から立ち上がり、諸葛亮に手を掴むようにと片手を差し出しながら話しかけていきました。

 

「今迄にも色々あったし、これからも色々な事があるだろう。そんな君に、ボクは苦労ばかりかけて何も返せないかも知れない。それでもボクは、君に(そば)に居て欲しいと望み、助けを乞い願うしかない。だから今一度、頼む。朱里、これからもどうか(かたわ)らに在って、ボクを助けて貰えないだろうか? ボクには、君が必要なんだ」

 

ボクがそう言うと、諸葛亮は驚愕(きょうがく)の表情を顔に浮かばせます。

しかしほどなく、彼女は落ち着きを取り戻して真剣な顔持ちに成って話しかけてきました。

 

「私には……、ご主人様をお助け出来るような才能は無いかも知れませんよ?」

「それでも(かま)わないさ。朱里の才能だけを望んでいる訳じゃない」

「ご主人様のご期待に……、(こた)えられない……かも知れなくとも……ですか?」

「期待するのは、する人の勝手だよ。それに応えられなくても、された人が悪い訳じゃないさ」

 

諸葛亮は真剣な顔持ちから泣き顔へと次第に表情を変貌させながら、それでも懸命に笑顔でボクに応えようとしてくれていた。

そして、想いが後から(あふ)れてくる為なのか、言葉を詰まらせながら自分の抱えていた悩みを打ち明けてくる。

そんな彼女にボクは、それでも構わないとして乞い願う。

 

「本当に、こんな私でもいいんでしゅか? 後悔しましぇんか?」

「それはボクの方が言う事だと思うよ? こんな頼りない主君でも良かったら、これからも共に在って欲しい」

「本当に……? 今のまま……で?」

「ああっ」

 

諸葛亮は今のままの自分で本当に良いのかと、何度も瞳に涙を浮かばせながら泣き笑いで確認をしてくる。

そんな彼女にボクは、微笑しながら片手を差し出している姿はそのままに、次第に片膝(かたひざ)を地面につけて行き、(あたか)も結婚を申し込んでいるような姿勢に変えながら、彼女の切実な想いに応えるように何度も助力を願い続けました。

 

「ご主人様ぁああ!」

 

(きわ)まってしまったのか、諸葛亮は勢い良くボクの胸の中に飛び込んで来ました。

そんな諸葛亮を優しく両手で抱きしめ、彼女の背中を労わるように撫でていく。

 

「ごめんね、朱里。今迄、君の苦悩に気付いてあげられなくて」

 

ボクがそう謝罪すると、諸葛亮は無言ではあるものの、勢い良く頭を左右に振って否定してくれました。

 

「これからも、こんなボクでも助けて貰えるだろうか?」

「はい……。ずっと、おそばに……いさせて下さい……」

「ごめんね、朱里……。本当に、ありがとう」

「……」

 

再度の確認を問いかけると、諸葛亮は耳を傾けないと良く聴こえないような細い声で了承してくれました。

その事に謝罪と感謝を述べると、今度は無言でボクの身体を掴んで離さないように力強く抱きしめてくる。

そんな諸葛亮の態度を見て、ボクは知らず知らずの内にどれだけの不安を彼女に与えて来たのかと、そう思い知らざるを得ませんでした。

 

良かれと思ってやって来た事だった。

為し遂げたい事を為すためでもあった。

それでも気が付かないうちに、大事な人にさえ悲痛を創り出してしまう事もある。

生きて行くという事は、どうしてこんなにも辛く悲しいものなのでしょう。

この世で生きて行く以上、誰もが苦しみや悲しみからは無縁ではいられず、その存在は亡くせるものでは無いのかも知れません。

それならばせめて、謂れのない苦しみや悲しみに喘いでいる人達だけは、少しずつでも減らして行きたい。

それが出来る事だけが、全てを打ち明けられないボクにもたらされる、唯一の救いなのかも知れないから。

 

 

諸葛亮の背中を優しく労わるように撫でながら、そう心に決めていくボクでありました。

 

 


 
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